Thursday, April 29, 2010

西暦2010年卯月茫洋花鳥風月人情紙風船

ある晴れた日に第75回


くねくねと走るキャメラはわが腸の白きポリープを探り当てたり

うねうねと突き進んだる内視鏡わが白きポリープをズキンとちょんぎる

下腹にズンとくる衝撃と共に断ち切られたるわが白きポリープ

目の前のモニター画面の真ん中で断ち切られたり10ミリのポリープ

次々にわれらの夢が消えてゆく大きな夢も小さな夢も

どこか夢を売っているところを知りませんか 

昔のあんたはすごかったうれしがらせて泣かせて消えた

眼の前で大口開けて寝る男理由なく憎く思う電車の内かな

歯磨きの代わりに入歯接着剤で磨きたる息子の口を急いで漱ぐ

厳めしき教授の顔をよく見れば丹波の洟垂れ小僧なり

久しぶりにどんべえ食べたら吐き気を覚えたよ

朝日差す歩道の端に横たわる灰色の猫はびくともついに動かず

図書館で古今著門集借りた老人の自転車は錆びていた

恵比寿駅午後2時40分空っぽのNEXが通過する

町内の怪しき者は通報せよとパトカーが喚いている恐るべき警察国家ニッポン

はまぐりの実を捨てたなと息子を怒る

腹立ちて息子を怒鳴りつけたれば1日パソコン動かざりけり

母上のグリンピースの混ぜご飯妻が作りて食べさせてくれたり

母上の大好物のグレープジュース食わずになりて久しきことなり

春になったら由良川へ行こう
岸辺では善チャンがサクラマスを釣っているだろう

ガンクロの娘美白になりて娘と歩いてる

哀れまた美女に食われし文士かな

歌っても歌わなくてもいずれは沈黙



♪卯の月は死に物狂いで生き抜けり 茫洋

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第42回

bowyow megalomania theater vol.1


10月18日 晴

私、フリープラン、田中美奈子。満期養老保険。

きちんと、乗りなさい。いいよ、遣り直し。洋子ちゃん、どうしたの。何、暴れているの。長島先生に、顔をぶたれたの。洋子ちゃん、エーン、エーン、エーン。なんで泣いたり するの。

泣かないで。洋子ちゃんは、泣いた。かわいそうだったね。

文枝ちゃん、練習しよう。指差さないの、ね。岳君、御喋り、しない、知らない、バイバイ。

逆。そんな事、したら、汚れちゃうよ、もっと、広げなさい。ねえねえ、ねえねえ、悪いけど、ずれてくれる。

そんな事したら、嫌われちゃうよ、長島先生に、怒られちゃうよ、ぶん殴られちゃうよ、ぶっ殺されちゃうよ。


第1部うつろい 完



♪春になったら由良川へ行こう 川辺では善チャンがサクラマスを釣っているだろう 茫洋

Wednesday, April 28, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第41回

bowyow megalomania theater vol.1


10月17日 雨

一番ホーム、電車が参ります。一番ホーム、電車が参ります。次は高座渋谷に止まります。危険ですから、白線の内側迄下がってお待ちください。

お客様にお願い致します。発車間際の駆け込み乗車は危険です。無理なご乗車はなさらないようお願い致します。

二番ホーム、電車が参ります。二番ホーム、電車が参ります。次は大和に止まります。危険ですから、白線の内側迄下がってお待ちください。

お客様にお願い致します。発車間際の駆け込み乗車は危険です。無理なご乗車はなさらないようお願い致します。

二番線、ご注意ください。二番線、ご注意ください。電車が通過します。危険ですから、白線の内側迄下がってお待ちください。

一番線、ご注意ください。一番線、ご注意ください。電車が通過します。危険ですから、白線の内側迄下がってお待ちください。


はまぐりの実を捨てたなと息子を怒る 茫洋

Monday, April 26, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第40回

bowyow megalomania theater vol.1


みんなが笑うので、僕も笑いました。ギャハハと笑ってしまいました。お父さんが真面目くさった顔をするといつも笑いだしてしまうのです。

きっと脳のせいです。頭の中がそういう風になっているのに誰も分かってくれません。周りが緊張した雰囲気になってくるとかえって駄目。なんとかその雰囲気をやわらげようと思って、自分から笑い出してしまうのです。

今日もお父さんを見て、思わず笑ってしまいました。

ワハハハハハ、ワハハハハハ、ギャハハ、ギャハハ、ギャハハ ワハハハハハ
御免、御免なさい。

でもいつもと違ってお父さんは怒りませんでした。いつものように
「こらあ馬鹿あ、静かにしろ!岳黙ってろ! 笑うと自閉症になるぞ!」
と怒鳴るかと思ったけれど、今夜はなにも言いませんでした。

なにも言わないで、黙って僕の顔を見ました。悲しい目でした。



腹立ちて息子を怒鳴りつけたれば1日パソコン動かざりけり 茫洋

Saturday, April 24, 2010

川西政明著「新・日本文壇史第1巻」を読んで

照る日曇る日第339回

伊藤整の日本文壇史を引き継いで川西版の第1弾が、大正5年12月の「漱石の死」のシーンから始まりました。冒頭の「明治という時代を生きた文豪夏目漱石は、今、死の床についていた」という格調高い1行は、大正の作家たちや昭和文壇の形成、昭和モダンと転向、文士の戦争へと続く全10冊への期待をいやがうえにも高めてくれます。

著者によれば漱石の死の遠因は、彼が20歳の時に患った虫垂炎の治療法の間違いにあるそうで、わずか49歳でこの世を去った偉大な文学者の「夭折」が、今更ながら惜しまれます。この章では師匠の枕辺に集う小宮豊隆などの高弟と、芥川・久米・松岡などの若い弟子たちの周章狼狽ぶりと漱石の長女筆子をめぐる久米と松岡の争奪戦が興味深く描かれます。
漱石の妻鏡子の信頼を集め当初大きくリードしていた久米が、油断大敵伏兵の恋敵松岡の逆転を許してしまうくだりなどは文字通り巻を措くあたわざる面白さです。

もっと面白いのは第3章で紹介される芥川龍之介の不倫の恋です。最晩年の漱石によって後継者に擬せられていた芥川の「月光の女」野々口豊、「愁人」秀しげ子との姦通の現場を、著者はまるでシャーロック・ホームズのように天眼鏡片手に執拗に追跡しています。

芥川よりもっと面白いのは、佐藤春夫と谷崎潤一郎の谷崎の妻千代をめぐる愛の争奪戦です。14歳の時千代の姉初子の娘小林せいを強姦した谷崎は、彼女を自分好みの悪魔的な女ナオミに育て上げ、「痴人の愛」の泥沼に沈みます。千代を離縁してせいと結婚しようとする谷崎は、当時人気絶頂のイケメン俳優岡田時彦(岡田茉莉子の父)の童貞を奪い、谷崎の元を逃れようとします。

苦悩する谷崎にないがしろにされ、VDの憂き目に遭っていた千代を救ったのは、純情詩人佐藤春夫の純愛でした。昭和5年8月18日、幾多の変転を経てついに千代は晴れて谷崎を離縁して佐藤の妻となったのです。万歳!

谷崎よりもっともっと面白いのは、第5章の「北原白秋の姦通罪事件」ですが、残念ながら本日の字数が尽きました。どうぞ書店へ駆けつけて、この世にも奇怪な姦通事件のおどろおどろの大団円を、川西名探偵とともに追跡してください。

ただ白秋が「ソフィー」と呼んだ運命のファム・ファタール松下俊子に一目ぼれしたのは、私が長く勤務していた原宿の会社のすぐ傍であり、かつまた現在岡田茉莉子氏の自宅のすぐ傍、さらに白秋の2度目の不倫相手江口章子が、白秋と別れて流れ着いたのは、私の郷里の街にある郡是製糸の教育係であった、とはまことに不思議なこともあるものです。その章子が、熱烈なキリスト者波多野鶴吉翁が設立した製糸工場の、女工の生活改善のために戦ったとは、本書を読んではじめて知りました。

さて一言にして小説より面白いこの本の感想をつくせば、作家はいちじるしく色を好み、また色に翻弄され尽くすということでしょうか。男の肉は女の肉より薄いのです。


♪哀れまた美女に食われし文士かな 茫洋 

Thursday, April 22, 2010

演劇集団円公演「ホームカミング」を見て

茫洋物見遊山記第22回


わいらあこないだ「ホームカミング」ちゅう芝居見ましたんや。ハロルド・ピンターはんが原作、翻訳は小田島雄志、演出・脚色大島也寸の格調高い英国芝居や。出演は山口眞司、石田登星、石住昭彦、吉見一豊、吉澤宙彦、朴王路美はんたち。
ほとんど全編大阪弁でしゃべくりおったさかい、わいも関西弁風に書かせてもらいまっせ。

舞台はロンドンの下町のオンボロの1軒家。そこは長男の父親と叔父、2人の弟が男同士でみじめったらしい生活をしとる。元肉屋の父親は死んだ母親代わりのハウスキーパー、叔父はタクシーの運転手、3男はボクサー志望の日雇い労働者やが、次男はしがないリーマンやろか、実際はなにをしとるんかわからん。

みな心のどこかに傷があり、父は次男をののしり次男は父に「はよくたばれ」と抜かす。人間とゆーよりは動物園の檻の中の野獣のよう吠えたける。「清く正しく美しく」じゃのうて「暗く貧しくエゲツなく」生きておる。夢も希望もない毎日や。

そこへ突然ふらりと舞い込んだのがとっくの昔に故郷を捨てて苦学奮闘、太陽の光もまぶしいサンフランシスコ大学の哲学教授となっておったインテリゲンチャンの長男。すでに2人の子持ちやが容姿端麗色香芬々の妻を同伴してのホームカミングちゅうわけや。ちなみにこの2人だけは標準語でしゃべりよります。

掃きダメに鶴というも愚かな紅一点。腐りきった陋屋にたちまち渦巻くは野卑な男どもの性の蠢き、欲望の嵐。良識ある長男の理性の制止も聞かばこそ、朝な夕なによってたかって美女の美脚・美乳にむしゃぶりつけば、嫌だ嫌だも好きの裡、あろうことか淑徳貞潔が謳い文句やったはずの教授夫人は、全身下半身のあらくれ男どもの前に婀娜な姿をみずからさらし、美脚をひらいて太腿の奥にあるモノをばえいやっと見せつける。

あっと息をのむ野郎ども。思いもかけぬ展開にぐっと生唾を飲み込む観客たち。毒をもって毒を制するみだらな毒婦の本領発揮でございます。
ほれ、よう魚心あれば水ごころありというやんか。かくて放恣な教授夫人の肉体の疼きの奥の奥に秘められた肉欲の花は、1点突破・全面展開とあやしく放恣な悪の華をビシバシ咲かせ、ついに単細胞な下半身男どもをあざやかに牛耳ります。

「あほんだらなにしてけつかんねん!」と鶴の一声に、あらくれ男どもがギョット身を引くところが本公演のハイライト。

想定外の成り行きに泣く泣くサンフランシスコに帰るやさぐれ長男、あまりの不条理ドラマツルギーの進行についていけず心臓麻痺でどうと倒れ伏す叔父、「あなうれしや義父のわれにも接吻くりゃれ」と哀願する父親をしり目に、女王蜂クールビューティは足元にひれ伏す奴隷どもを満足げに見下ろすんやった。

やっぱ男はクールビューティにはかなわんちゅうこっちゃ。


♪眼の前で大口開けて寝る男理由なく憎く思う電車の内かな 茫洋

日経広告研究所編「基礎から学べる広告の総合講座」を読んで

照る日曇る日第338回バガテルop126

毎年この本でわが国の広告と広告業界のお勉強をさせてもらっています。2010年版の特色は、1に不況どん底時代の業界の嘆き節と絶望の苦悶。2にインターネットメデアとの阿鼻狂乱風のお付き合いというあたりでしょうか。

政権党が何をしようがしようまいが、経済学者がどのように世界を解釈しようが不況のあとにくるものは好況に決まっているので、景気は順調に回復するでしょう。すでにその兆し=「広告モエ」現象はあちこちにほの見えているようで、またしても軽佻浮薄なちょいと出ました広告野郎がのさばる世の中が、ほれ本町3丁目の角のてらこ履物屋までやって来ているのさ。


ネットは08年の「君中部」に続くすいすいすだらかツイッター旋風の出現で、またまた一種異様な猫じゃ招き猫じゃええじゃないかの狂騒状態に突入し、私のように多少とも品性のある低級遊民&古典守旧派の顰蹙を買っていますが、民主党の断末魔崩壊と同様もはや誰ひとりとどめることができない「時代の流れ」となるでせう。

これまでのブロガーの言説にかろうじて三段論法があったとするなら、ツイッターはあほばか感傷的一段論法いたちの最後っ屁あるのみ。正反合あれども弁証法は皆無也。

で、なにが変わるって? なあんも変わりやしないのさ。「携帯の進化?」とおんなじことで、機械は進歩すれども人間はげしく強行劣化・腐敗堕落して無限地獄に転落、カンダタ同様やたらめったら忙しくなるだけのこってす。

それじゃあ、また。(吉田秀和翁の声音を真似して……)

♪厳めしき教授の顔をよく見れば丹波の洟垂れ小僧なり 茫洋

Tuesday, April 20, 2010

文化学園服装博物館で「ヨーロピアン・モード展」を見る

茫洋物見遊山記第21回&ふぁっちょん幻論第59回

18世紀のマリー・アントワネットの時代から1970年代のポスト・シャネルの時代まで、200年の時系列をいっきに通覧する欧州モードのコレクション・ア・ラ・カルトです。

これを一瞥していると、それぞれの時代の社会経済政治文化の流れを、いかに当時の女性の衣服がストレートに反映していたかが、あちこちで読みとれてなかなかに興味深いものがあります。
とりわけ私が細い狐目をお皿のように丸くして、食い入るように眺めたのが1920年代のドレスとバッグでした。

不自由なコルセットから解放され、過剰な装飾についに別れを告げ、のびのびと美脚を街頭に向かって突き出したミニドレスたちのなんと簡素で美しいことよ!

大胆なフォルムと目の覚めるような色、柄、デザイン、そして選び抜かれた最高級の素材と繊細な意匠の数々。なかんずく溜息が出るような藝術的な完成度を誇るのは、あまりにも小さな、そしてあまりにも華奢な布製のバッグ。これぞアールデコの極致、人類文化史上の最高傑作といっても過言ではないでしょう。

1920年代が現代ファッションの原点であるとよくいわれますが、それどころかここにこそ近未来のトレンドの源流が凝集していると確信できた垂涎の展覧会でした。


♪ガンクロの娘美白になりて娘と歩いてる  茫洋

Sunday, April 18, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第39回

bowyow megalomania theater vol.1


10月16日 晴れたり曇ったり

ハッピー・バースデイ、お父さん。ハッピー・バースデイ、お父さん。
と歌いました。

みんなで夜ケーキを食べました。鎌倉ベーカリーのショートケーキを食べました。

お父さんはすごくうれしそうでした。
いきなり「おめでとう」なんて言われても、もう歳だからなあ、とお父さんが笑うと、でもまだまだ若いじゃない。私の方がさきに死ぬわ、とお母さんがいいました。

だいじょうぶ、俺たちが生きている間はちゃんと守ってやるからな。安心しろ、岳。
とお父さんはえらそうに言いました。

お母さんと弟の純ちゃんが、エヘヘと笑いました。


♪歯磨きの代わりに入歯接着剤で磨きたる息子の口を急いで漱ぐ 茫洋

Saturday, April 17, 2010

デッカ盤「ヴァイオリン・マスターワークス」を聴いて

♪音楽千夜一夜第129回

これはデッカが総力を挙げて取り組んだヴァイオリン演奏CD35枚組セットです。

アッカルド、アモワイヤル、ジョシュア・ベル、キョン・チョンファ、アルチュール・グリュミオー、ヘンリク・シェリング、ルジェロ・リッチ、ギドン・クレーメル、諏訪内晶子などがバッハからベートーヴェン、モーツアルト、ブラームス、チャイコフスキー、ヴィヴァルディなど古今の名曲を1枚当たり197円で弾き比べるという楽しい趣向ですが、かつて蘭フィリップス・レーベルから発売されていたCDの柔らかく温かな音色がみなデッカの硬質のサウンドに変わっているところにの一抹の寂しさを感じます。

それはさておき、演奏でまず興味深いのはギドン・クレーメルのバッハの無伴奏全曲。さながら鋭利に研ぎ澄ましたる正宗の妖刀で、バッハをバッタバッタと切り倒しながら進んでいく異貌の青眼剣士のごとし。その都度青白い燐光が見え隠れして物凄い。
ヨーヨーマやスターンのようにはどうしても弓馬鹿になり切れない世界浪人インテリゲンチャンの懶惰な悲しみが随所に放散されていて、これは若くして死んだオレグ・カガンの奇跡の名演奏には惜しくも一籌を輸するとはいえ、グリュミオーの超甘美な演奏と並ぶ好演ではないでしょうか。

次はそのグリュミオーによるCD2枚分のアンコール小曲集。この手のものではクライスラーが絶品で、宇宙の神秘と音楽の美の精華を数分の演奏に込めた珠玉の出来栄えにはかないませんが、下手なヴァイオリニストの大曲演奏よりも楽しませてくれます。

聴きごたえがあったのは、シェリングとイングリッド・ヘブラーのモーツアルトのソナタ全曲。モノラルを感じさせない2人の音色は美しさの極み。ハスキルだけがモーツアルトではありません。

圧倒的なオーラで迫るのは、やはり韓国の烈女キョン・チョンファ。サンサーンス、ヴュータン、ショーソンの代表曲を希代の色男シャルル・デュトワと奏でます。チョンファの後窯として同じすけこまし野郎に抱かれ、密かに子をなしたというわが諏訪内晶子チャンも、黒い噂にめげずにブルッフ、サラサーテ、ドボルザークで意外な?好演。
濃厚なチョンファとは対極にある清冽無比な大和撫子の恋の嘆かいを嫋々と歌い上げています。

それにつけても東洋の美女を両手に花とものにした元N響音楽監督が、羨ましくも憎たらしい。

♪昔のあんたはすごかったうれしがらせて泣かせて消えた 茫洋

Friday, April 16, 2010

ハルモニア・ムンディ盤「宗教音楽選集」を聞き流しながら

♪音楽千夜一夜第128回

独仏ハルモニア・ムンディレーベルが集めた「宗教音楽コレクション」を仕事の合間に聴きました。(最近どういう風の吹きまわしか春一番とともに突然仕事が舞い込んできてブログ書きこみどころではなくなったのです)

ルネ・ヤーコブ指揮のバッハの「クリスマス・オラトリオ」、メンデルスゾーンの「聖パウロス」をはじめウイリアム・クリスティー指揮のヘンデル「メサイア」、フィリップ・ヘレべッヘ指揮のモンテヴェルデイ各種、ケント・ナガノ指揮のバーンスタインの「ミサ曲」など中世から現代までの全70曲を29枚のCDで時系列に刻んだ記念碑的なアーカイヴです。

中ではやはりヘレべッヘ指揮シャンゼリゼ管のモーツアルトの「レクイエム」が聴かせてくれました。どうしようもなく凡庸なケント・ナガノのバーンスタインは、彼の数少ない銘盤のひとつとなるでしょう。

あとの曲や演奏は猛烈に仕事をしていたのでいまとなっては全然覚えていません。ひどいものです。しかしどれも演奏の水準は高く録音も優秀。こんなCDが1枚わずか207円で買えるとはものすごい時代になったものです。

ついでに思い出したのですが、こういう歴史的一大回顧の傑作は、ドイツグラモフォンが2000年に出した「グレゴリアン聖歌から現代音楽まで1000-2000」という壮大なタイトルのコンピレーション(廃盤)で、この12枚組を聴くだけで西洋音楽の歩みがすべてわかった気になれる見事な出来映えです。


ねくねと走るキャメラはわが腸の白きポリープを探り当てたり 茫洋
うねうねと突き進んだる内視鏡わが白きポリープをズキンとちょんぎる
下腹にズンとくる衝撃と共に断ち切られたるわが白きポリープ
目の前のモニター画面の真ん中で断ち切られたり10ミリのポリープ

Monday, April 12, 2010

ボーザール・トリオの「ハイドンのピアノトリオ全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜第127回&バガテルop125

ピアノがメナハイム・プレスラー、ヴァイオリンがイシドール・コーエン、チエロがベルナール・グリーンハウスの3人による演奏は、むかしLPで一枚ずつ揃えて大切に聴いた覚えがあるけれど、その後ずっと長い間忘れていて、1か月前に吉田秀和翁の「名曲の楽しみ」でホーボーケン番号の35番だか6番だかを聞かされて、それがこの節はやりのギンギンのクールな音色とは遠く離れた人肌の温みを思わせる優婉な味わいの音楽だったので、こないだネットで買って仕事の合間にBGMのように聴きながら、それでも耳だけは懐かしい旧友の声に耳を奪われるようにして昨日とうとう聴き終わったのですが、ああ南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、冥途の土産に聞いておいて本当に良かった。やはりベートーベンもよい、モーツアルトもよい、シューベルトもシューマンも結構毛だらけ猫灰だらけお前のかあちゃん糞だらけですけれど、ハイドンの音楽は、やっぱなんというか大人の音楽で、若書きの曲すらも相当年季が入っていて、かの小林秀雄がモーツアルトやらバルトークを、中原中也がシューベルトに入れ込んだのに対して、大岡昇平がハイドンに一家言を持った(がほとんど書かなかった)というのは、いかにも昇平らしくていいなあと雨がジャブジャブ降る春の宵にひとり静かに想うのでしたが、それにつけてもこの名盤やハスキルやグリュミオー、シェリング、ネビル・マリナーやらコリン・デービス、クラウディオ・アラウやブレンデルやシュライヤーやらメンゲルベルグの歴史的銘盤を和蘭を本拠地に続々送り出してくれたフィリップス・レーベルの死滅とロンドン・レーベルへの吸収合併はいかにM&Aばやりの昨今とはいえそぞろ身にしむ寂しさであるわいなあ、そういえば木挽町の歌舞伎座もあんなに反対運動を繰り広げたのに今月いっぱいで閉幕になるという、さすれば帝都一を誇った最高の音響も永遠に失われる、3階立ち見席にあざやかに聞き取れた清元志寿太夫の破天荒の唸り声も中村歌右衛門の艶冶な衣擦れの音ももはやわがなれ親しみし空間ともども悠久の彼方に消え去ってゆくかと思えばあな悲しあなうらめし夢も希望もあるものかいなと涙涙にかき暮れし卯月壬辰の宵なりき。


次々にわれらの夢が消えてゆく大きな夢も小さな夢も 茫洋
どこか夢を売っているところを知りませんか 

Sunday, April 11, 2010

ガ行の時代に

ある晴れた日に第74回&茫洋広告戯評第11回


ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ。

ガツン、ガッツ、ガンガンメール。

ギンギラ、ギッチョン、銀色ナツオ

グングン、グリコ、グーグル、グー。

ゲンチャン、ゲンキ、ゲンキン、ゲロゲロ。

ゴー、ゴー、ゴー、箪笥にゴン。


時代ガタガタ 国家ギタギタ、人心グラグラ ゲリラ ゴキゲン

ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ。

ガ-、ギー、グー、ゲー、ゴー。

今日も明日もガ行の時代だ。


♪歌っても歌わなくてもいずれは沈黙 茫洋

Saturday, April 10, 2010

前田和男著「男はなぜ化粧をしたがるのか」を読んで

照る日曇る日第337回


黄昏迫る平成の御代にあっては、「男のくせに化粧なんて」、と部厚い眉をついついひそめてしまう私ですが、今を去る何十年も若かりし日には自分でヘレンカーチス第2液を美容院から買ってきて会社をずる休みしてパーマをかけたことがありました。

頭は茶髪のナチュラルウエーブで、ベルボトムのパンタロン姿で颯爽と神田鎌倉河岸の汀にあった小さな会社に入っていきましたら、受付嬢が一斉にのけぞって引いていく姿がおぼろに知覚されました。その当時私は、別にオシャレしようと思ったわけではありません。なにやら前途茫洋の憂い深く、ちょいとおのれの身体外観をギタギタにしてやりたかったのに違いないのです。

「男はなぜ化粧をしたがるのか」というタイトルを持つこの本も、私と同様化粧せざるを得なくなった孤独な生の実存の根っこを鋭くえぐってくれるのかと予想していましたら、案に相違してああ堂々の「男性化粧&時代相関説」の開陳でした。
日本史にはわが国に統一国家が誕生した上古、初めて国風文化が成立した平安、武士の時代に転換した中世、戦国を経て幕藩体制が確立した江戸時代、近代国家が成立した明治大正、敗戦と戦後レジームの昭和、という6つのメルクマールがあると唱える著者は、それぞれのエポックにおいて男性の化粧がどのように変遷してきたのかを、1)メークアップ、2)整身(髭そり・脱毛など)、3)整髪の3つの視点から詳細に比較対照しました。
そしてついに化粧は時代のバロメーターであり、歴史は「戦時モード」と「平時モード」を繰り返してきたことを実証するに至るのです。
ここで著者がいう「戦時モード」とは神話時代、中世鎌倉、戦国・江戸初期、明治維新から昭和初期の「常在戦場」の時代であり、「平時モード」とは平安、室町、江戸後期、昭和~現在を指していますが、まあ平たくいえば平和であればマッチョな男らしさが忌避され、猫も杓子も全身化粧に憂き身をやつし、戦争になれば男はよりマッチョになりはてて化粧どころの騒ぎではないということでありましょう。
魏志倭人伝から古事記、万葉、源氏はもとよりルイス・フロイス、森銑三、石井研堂、ドナルド・キーン、杉浦日向子に至るまでまるで打出の小槌のごとく自由自在に博引傍証しながら上記の命題を執拗に証明し続ける著者の研鑚努力と異様なまでの執念に激しく打たれた一冊でした。

♪町内の怪しき者は通報せよとパトカーが喚いている恐るべき警察国家ニッポン 茫洋

Friday, April 09, 2010

06ザルツブルク音楽祭ダニエル・ハーディング指揮「ドンジョバンニ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第126回

モーツアルトイヤーの記念すべき演奏なのにどうしてこんな技術も経験もない若僧にこの名曲の演奏をゆだねるのかその真意がわかりません。

冒頭の序曲の最初の和音のうすっぺらで軽薄な鳴り方を耳にしただけで悪い予感が走り、それは最後のドンジョバンニの地獄落ちで最終的に確認されました。

題名役に巧者のトマス・ハンプソン、ドンナ・アンナにクリスティーネ・シェーファー、レポレロにイルデブランド・ダルカンジェロ、ドンナ・アンアにメラニー・ディーナー、ドン・オッタヴィオにピヨートル・ベチャーラなどという布陣はそれほど見劣りするものではなく、それどころか他のヴェテラン指揮者ならかなりの好演が期待できたと思うのですが、ともかくこのチンピラあんちゃんの程度がひどすぎる。短距離競走の選手のようにむやみやたらに猛烈に飛ばすのです。モーツアルトの音楽の意味や美しさをぜんぶ棚に上げて……。

こんな乱暴で浅はかな指揮者に付き合わされているウイーンフィルもいい迷惑です。演出はマルチン・クシュイという人ですが特にどうということもなし。モーツアルトが見たらきっと落ち込むだろうという世紀の凡演でした。

ところが最近FMで聞いた彼のヴェルディ「レクイエム」の出来映えの素晴らしかったこと! この人はたまたまモーツアルトが下手くそであっただけなのかもしれません。


♪久しぶりにどんべえ食べたら吐き気を覚えたよ 茫洋

Tuesday, April 06, 2010

アルトゥール・ルービンシュタインの「ラスト・コンサート」を視聴する

♪音楽千夜一夜第125回


1975年1月15日、アルトゥール・ルービンシュタインは、米国カリフルニア州パサディナのアンバサダー・カレッジでエルサレムの青少年国際文化センターの活動を支援するためにコンサートを行いました。

彼はその翌年急に視力が減退し、眼中で蚊のようなものが飛び回る「飛蚊症」という病気で引退していますから、実質的にはこの時の演奏がフェアウエルコンサートになった模様です。

盛大な拍手に迎えられて登場した当時88歳のルービンシュタインは、はじめにベートーヴェンの熱情ソナタを演奏しますが、往年の熱情的な名演奏にくらべると老成した大人の滋味豊かな演奏で、パッショナータな箇所もむしろ淡々と弾かれています。

次はシューマンの作品12の幻想小曲集ですが、これは諦観とリリシズムがないまぜになった不思議な味わい。バックハウスともケンプともリヒテルとも違う夢幻のような時空が展開されます。「もっとも非ルービンシュタイン的なルービンシュタイン世界」とでも呼べばいいのでしょうか。

次はなんとドビッシイーを3曲。驚いたことに「レントより遅く」、2曲の「前奏曲」などをこの人が弾くのですね。しかしミケランジェリのような感銘は受けませんでした。
後半はお得意のショパンがスケルッツオ、エチュード、ノクチュルヌ、ポロネーズ、ワルツと5曲演奏されますが、さしたる技巧の衰えは感じられないものの、どうという演奏ではありません。

私はシューベルト、ブラームス、シューマンに比べて西洋俳句のような、瞬間痙攣射精のようなショパンのピアノ曲を格別好むものではありませんが、ルービンシュタインの全盛時代の演奏は、コルトー、サンソン・フランソワに次いで高く評価しています。後輩のアルゲリッチやポリーニもうまいことはうまいけれど、あれは全然ショパンの音楽ではありません。

特に後者は、ショパンへの愛などまるで眼中になく、ただ不感症ハイテクロボットのように狂気に近い演奏を繰り返しているに過ぎません。あんな苦しい音楽に「ブラボー!」と絶叫する人は、心のどこかでなにかがぶつ壊れている人でしょう。まともな人なら、孤絶と絶望の人ポリーニのために一掬の涙を流すはずです。

要するにアルゲリッチやポリーニはアルゲリッチやポリーニを弾いているだけ。後続する内外のあまたのショパン弾きも、「賞を獲りたい」、「有名になりたい」、「金儲けしたい」の一念だけで、ほらほらよくご覧なさい、卑しい顔をして卑しいショパンを弾いている。これでもか、これでもか、とスタインウエイをどつきまくっているだけの話です。

一度でいいから耳を澄ましてコルトーとフランソワを聴いてみたまえ。君はもうショパンを自分で弾こうなどというだいそれた考えを捨て去るほかはないだろう。

あのアパートのあの部屋で男女3人自殺したのか 茫洋

Monday, April 05, 2010

高橋慎一郎編「史跡で読む日本の歴史6鎌倉の世界」を読んで

照る日曇る日第337回

最近の歴史学の世界では、考古学の最新情報を取り入れた複合融合学際的な取り組みが増えてきて喜ばしい限りです。古文書の解読も史跡の解釈も同時代の歴史的遺物なので、同じ研究者が統一的に取り組むべきなのですが、それを妨げていたのがお馴染みの縦割り専門馬鹿的蛸壺学界でした。そういう不可解な境界を打ち破り、共時的かつ双方向で情報交換する研究方法が徐々に進行しつつある、これはそのささやかな成果の一端とでも評すべきなのでしょう。

とりわけ冒頭の「都市鎌倉」の成立と展開の項で市内の中心部の司法・行政・立法・祭祀の拠点の様相や代表的な通商道路や河川などの交通網、頼朝や御家人たちの公私それぞれの居住空間の使い分けについて具体的に触れた箇所は、800年後のその都市の住人である私にとっておおいに興味をそそられたことでした。鎌倉中心部の鶴岡八幡宮、大倉御所、頼朝法華堂、今小路西遺跡、鎌倉大仏、北条氏常盤亭跡、和賀江島などの遺跡、遺構の意義について観光ガイドが教えてくれない専門的な知見を得ることができるのはなにものにも代えがたい喜びです。

それにしても不思議なのは鎌倉大仏です。執筆者秋山哲夫氏によれば、大仏は1943年6月16日に完成しましたが、「吾妻鏡」によればその大仏は「木造の阿弥陀仏である」と記されているそうです。ところが同じ「吾妻鏡」の1252年8月17日条には、「金銅の八丈釈迦如来像を鋳造しはじめた」とあるので、この時点で鎌倉大仏は木製から金銅製、阿弥陀仏から釈迦如来に変身したはずです。

しかし私たちの前に鎮座ましましているお姿は、かの与謝野晶子が間違えて詠んだ釈迦如来ではなく阿弥陀仏。すると後世のある時点でまたしても釈迦如来から阿弥陀仏への改鋳が行われたということなのでしょうか。大仏の謎は深まるばかりです。


♪恵比寿駅午後2時40分空っぽのNEXが通過する 茫洋

Saturday, April 03, 2010

高橋順子著「一茶の連句」を読んで

照る日曇る日第336回


生涯に約二〇〇〇〇の句を詠んだといわれる小林一茶の「連句」にはじめて光を当て、解釈と鑑賞の道筋をつけた大変な力作です。

著者によれば連句とは五七五の長句と七七の短句をつかず離れず交互につなげてゆく共同作品であり、のちに第一番目の句である発句が独立して俳句が誕生したのですが、江戸時代にはこの連句こそが芭蕉などの俳諧師にとって「表芸」であったそうです。

私も以前友人たちとこの「俳諧之連歌」に挑んで、「歌仙」(三六句形式の連句)を巻いた(詠んだ)ことがありますが、季語はもちろんのことここで月を詠む、ここで花を詠むなどの数多くの決まりごとがあり、そのわずらわしさにすたこらさっさと逃亡した苦い記憶だけが残っています。

それらを高尚な文化とは思わず、スコラ的な煩瑣な規則の弊害の残滓とみなした愚かな私でしたが、この労作をつぶさにひもといてみると、一茶が到達した近世短詩形文学の世界の豊饒さと深遠さに感嘆しないわけにはいきません。これこそは江戸文化が生み出した歌舞伎と並ぶ最高最美の果実なのでしょう。

ではちょっと著者の解読ぶりを、文化一〇年正月八日に長野県長沼の住田素鏡宅で巻かれた七吟歌仙をのぞいてみませうか。

秋風に昔歌舞伎がはやる也 茶

硯へこぼす刈かやの露 薺

嬉しさに諏訪の御灯吹けして 我

妹が名にせようね火香具山 茶

離れ屋に梓の声の細細と 薺

二五句で一茶が(江戸時代の)昔の歌舞伎を褒め称えると、薺が受ける。歌舞伎見物にうつつを抜かすいっぽうで七夕の行事に思いを込める女たちが、秋草の葉から集めた露に浸した筆で短冊に願い事を書いている。これを恋の呼び出しの句という。

二七句は恋の句。恋文をもらって喜んだのはなんと諏訪湖の上社の男神と下社の女神。彼らは全面凍結した諏訪湖を渡って恋の御渡りをするのだ。二八句もまだ恋の歌が続く。一茶は万葉集の天智天皇の古歌を念頭において、「畝傍」や「香具山」という名の遊女がいたら面白い。「耳梨」ではちょっと困るが、と思っているのではないかと著者が付け加える。凄い読み!

二九句でようやく恋離れの句が詠まれる。人里離れた家に梓弓の弦を鳴らして因縁浅からぬ想い人の霊を呼び出す巫子の口寄せの声が細々と聞こえる……。

この華麗な修辞と見事な発想の転換! 一茶ももちろんすごいが彼の門人や周辺の商人や市井の人々の洗練された趣味と教養の深さに脱帽せざるを得ません。


図書館で古今著門集借りた老人の自転車は錆びていた 茫洋

Friday, April 02, 2010

岡井隆著「注解する者」を読んで

照る日曇る日第335回

「注解する者」と自称する著者は、対象物にいつのまにか寄り添い、書物(おくのほそ道、古事記伝等)や作家・藝術家(ラフカディオ・ハーン、森鴎外、ウイトゲンシュタイン、川村二郎等)や音楽(オネーギンや薔薇の騎士等)や皇族(天皇皇后やヤマトタケルノミコト等)能・歌舞伎(熊野等)などの内部に柔らかな水を注ぎながら侵入してたちどころに溶解し、楽々と自他合一化を果たしながらその内通貫入の喜びの言葉を書き記します。

例えば著者は、芭蕉の「おくのほそ道」を俳諧の一体として読むべしと提唱した安東次男にならってこの名作の注解を開始します。そして新潟の遊女が登場する場面が「おくのほそ道」における「恋の座」であると喝破した著者は、「一家に遊女もねたり萩と月」の一句を呼び出して、ここには遊女と僧形二人の一夜のかかわりがほのかに暗示されており、「それでなくては翌朝涙と共に同行をせがむ二人をにべもなくことわるという一場面の深さはでてきない」「だから無情な仕打ちをした芭蕉は歌枕の故地を訪問しようとした土地の衆にぴしゃりと断られたのだ」とあざやかに溶解してみせてくれるのです。

詩と散文、散文と韻文、散文詩と短詩、詩論と詩想の境界を軽々と突破し、融通無碍に解体してはまた回帰するその自在な詩興は、長く言葉と遊び戯れてきた著者ならではの独創的な表現世界と申せましょう。
和歌から蚕の糸のように絶え間なく繰り出される綾なす言葉のつづれ織は、蝶のように舞い、蜂のように刺したかのモハメド・アリの軽快なフットワーク、あるいは宇治平等院の天女が自在に宙を飛翔しながら地上に降らせる華麗な花々の乱舞を思わせます。

本居宣長の「古事記伝」を注解する箇所も面白い。小碓命が大碓命を厠で殺す有名なシーンがありますが、景行天皇が熊襲を退治したとき、「その背皮を取りて、剣を尻より刺し通したまひき」とあるのを「尻から刺す時背皮をつかむのは合理的ではない。これは衣の背をつかんだのだろう。剣は下腹部に達しただけだから即死ではない」と小児科医らしく分析する本居宣長について同じ内科医師の著者がコメントしています。

さらにまた、かつてはマルクスに親炙した著者が召されて皇居に赴き、晴れがましくも当代一の宮廷歌人として天皇皇后の御前に膝を屈する複雑な心境を吐露しているくだりも苦く心に残ります。

注解者などと韜晦しながら、そこで語られる言葉は純乎とした詩であり、技巧の粋を尽くした現代詩の最高峰を往く。私も数多くの詩を読んできましたが、これほど明晰で透明で高雅な日本語の森の中を散策した経験はかつてなく、またこれからも滅多にあるまいと思わせる見事な完成度を誇る詩文集です。


朝日差す歩道の端に横たわる灰色の猫はびくとも動かず 茫洋

Thursday, April 01, 2010

鎌倉文学館で「鎌倉と詩人たち展」を見る

茫洋物見遊山記第21回&鎌倉ちょっと不思議な物語第213回

遠くに由比ヶ浜の海を高台から望む当館では4月18日まで「鎌倉と詩人たち ことばを旅する展」が開催されています。収蔵品展鎌倉文人録シリーズの第4回です。

今回は島崎藤村、蒲原有明、北原白秋、萩原朔太郎、日夏耿之介、野口米次郎、中原中也、西脇順三郎、三好達治など鎌倉ゆかりの詩人たちの詩稿や書や詩集、遺品などを紹介しています。

高見順愛用の一輪挿しと壺、尾崎喜八愛用の竹笛と小型双眼鏡なぞはどうでもよろしいが、萩原朔太郎の「乃木坂倶楽部アパートメント」の草稿や昭和13年に創元社から出版された中原中也の詩集「在りし日の歌」などはありがたさに涙がちょちょぎれる思いです。

田村隆一と女を争奪した北村太郎の2人の「荒地」派詩人の作品が肩を並べて展示されているのもなかなかおつなものです。田村隆一の詩は、例えば「平家は好きだが源氏は嫌いだ」という対比法的な手法で原稿用紙の途中まで書かれていましたが、うろおぼえですが「日本人は好きだがアメリカ人は嫌いだ?」などと書いて抹殺したあたりで完全に行き詰まってしまったようで、とうとう未完のままで放り出してありました。

うまくいくかわかりませんが、彼に代わってそのあとを続けてみましょう。

平家は好きだが源氏は嫌いだ。
桜は嫌いだが梅は好きだ。
猫は好きだが犬は嫌いだ。
酒は好きだが酔っ払いは嫌いだ。
池袋は嫌いだが谷中は好きだ。
黒沢は嫌いだが成瀬は好きだ。
ショパンは嫌いだがシューマンは好きだ。
高層ビルは嫌いだが木造平屋は好きだ。
靖国神社は嫌いだが十二所神社は好きだ。
日本国は嫌いだが日本人は好きだ。
日本人は好きだが僕は僕がいちばん好きだ。


♪母上の大好物のグレープジュース食わずになりて久しきことなり 茫洋

Wednesday, March 31, 2010

鎌倉国宝館でひな人形展を見る

茫洋物見遊山記第20回&鎌倉ちょっと不思議な物語第212回

今年も国宝館恒例のひな人形の陳列が始まりました。(4月4日まで開催)

これを眺めていると今年もようやく春になったのだなあ。またひとつ馬齢を加えたのだなあ。わが家の女の児は家内だけだなあ。家族ともどもあと何年くらい安穏に暮らせるのだろうなあ、とさまざまな想念が湧いてくるのがいと不可思議です。

ひな人形の起源は平安時代にまでさかのぼるそうです。源氏物語にも時々出てくる「形代(かたしろ)」、お祓いのために身代わりで川に流した紙人形がその原型ではないか、と私は勝手に想像しているのですが、もはや捨てようとしてもあまりにも立派で博物館くらいにしか安置できなくなった江戸時代のお雛様100点が会場狭しと並んでいる姿はけだし壮観です。

江戸時代といってもほとんどが享保時代のひな人形ですが、その顔容の能のお面を思わせる幽玄美と細密無比な工芸技術の冴え、全身の堂々たる造型感覚、そして身にまとう衣服の立派さには思わず脱帽します。彼らの息女の健康と平安を祈念する恰好の形代として、こんな見事なひな人形を、当時の分限者は所有していたのです。しかしそれは、彼らの子孫への愛情の表現であるとおなじくらい、彼らの富貴の誇示でもあったはずです。

ところで会場のひな人形の並び方は、現在のお雛様とは左右が逆になっています。学芸員の方にその理由を尋ねましたら、昔からわが国では左大臣が右大臣より偉かったように、「左」が「右」より優位の「立ち位置」だったので、この会場のお雛様のように「向かって左に女雛、右側に男雛」というスタイルで並べていたそうですが、大正天皇もしくは昭和3年の昭和天皇の成婚式の際に西欧先進国の先例にならって左右を入れ替えていらい、現在の形になったのだそうです。
やはり昔ながらの男尊女卑の陋古な慣習はまずい、と考えたのでしょうね。

♪母上のグリンピースの混ぜご飯妻が作りて食べさせてくれたり 茫洋

Tuesday, March 30, 2010

西暦2010年弥生茫洋花鳥風月人情紙風船

ある晴れた日に 第73回


梅の花花との間に萼ありて

春日遅遅日光写真待つ心

面白うてやがて悲しき水の歌

3月や歯科皮膚科整形外科に日参す

椿落ち鴨泳ぎタテハ飛び鶯が鳴く弥生廿日

辛夷咲き野鴨繕い黄蝶舞い鶯鳴くなり弥生の廿日

桜咲き瑠璃シジミ飛びおたま泳ぐ谷戸にも春は巡りきたれり

なのでなのでを連発すれどなのでの前がてんで分からん

青空から忽然と消えし大銀杏甦れわれら一人一人の胸の裡に

神を恐れおののく孤独な少年を待ち構えていた酒と薔薇の日々

東京の明るい廃墟をよろばいつわが胸に浮かぶ江戸の俤

あの小澤のあとにメスト!ウイーンオペラの歴史と伝統ここにパッタリ尽きたり
 
おたまじやくしの表層を水澄ましのごとく滑走する小澤メスト輩

百聞は一聴に如かずロバの耳に響く王様の音楽

3流のオペラハウスのカルメンを涙を流して聴いているビゼー

カラヤンの最悪の録音はショパンのピアノ曲を管弦楽に編曲した演奏。そこではお涙頂戴のやすっぽい叙情が大安売りされている

普通の女性が光り輝く美女となるげに化粧とは恐ろしき道具よ

人は死に 詩と音楽が 永遠に残る

もう二度と帰ることなきいまのいまをわが生の証とて歌にとどめむ

坂の上の風呂屋の下の道端に今年も咲きたりミモザの花が

今日も元気だ桃山パンク黒墨捲れば紅蓮の炎

私をリストラした人をリストラした人がリストラされました

人よりも物の命は長ければ物に過ぎぬと驕るなかれ人

待ち兼ねた春が蝶よ花よとやってくる

金メダルが2つあったら良かったのにねと語る焼肉屋の柔らかな心

欠陥車作りし咎を身に負いて謝り続けるトヨタ社長

古き良きアメリカの黄金時代二度と帰らず

美しきヴァイオリニストをたぶらかす希代の色事師とく本業に戻れ

あのアパートのあの部屋で男女3人自殺したのか

わが息子指差し「あんな児には近づかないのよ」と教える母親


♪くだらなきいまのみの感懐をとどめおきたくけふもまたくだらぬうたをよむのです 茫洋

Monday, March 29, 2010

「演劇集団 円」を応援しませう

バガテルop124

円は1975年に芥川比呂志を中心に劇団雲から独立した演劇団で、岸田今日子、南美江などが活躍、現在はテレビに出ずっぱりの橋爪功を柱に、松本留美、有川博、立石涼子、朴璐美などを擁しています。

そんなことはどうでもよいのですが、じつは私の知人がこの劇団で翻訳家として活動しているので、今年1年間は円を支援しようと心に決めました。

2010年のプログラムは4月にハロルド・ピンター原作、大橋也寸演出の「HOMECOMING」、8月は鶴屋南北原作、森新太郎演出による「四谷怪談」、10月はオーエン・マカファーティ原作、演出平出琢也による「シーンズ・フロム・ザ・ビッグピキュチャー」、12月は岸田今日子を記念して谷川俊太郎現代語訳による「むかしむかしのわっはっは」というレパートリー。正統派の新劇あり伝統派の歌舞伎風あり、アヴァンギャルドあり、日本昔話ファミリーものありと実に豊かなラインアップです。

特報です!

ただいま円の会の会員に無料登録すると、この4公演を15000円でいい席で見られます。申し込みは03-5828-0654、〒111-0035台東区西浅草1-2-3田原町センタービル5階の「円の会」まで。以上、私としたことが非常に珍しくあまりにも露骨なPRでした。

♪3月や歯科皮膚科整形外科に日参す 茫洋

Sunday, March 28, 2010

コーリン・デービス指揮コベントガーデン「螺旋の回転」を視聴する

♪音楽千夜一夜第124回

古いレーザーディスクを引っ張り出して、DVDに焼きながら珍しい演奏を聴きました。
コーリン・デービス指揮コベントガーデンのロイヤル・オペラが少人数で演奏するベンジャミン・ブリテン作曲のオペラ「螺旋の回転」に、ペートル・ウエイグルという人が屋外ロケの映像をつけたものです。

グラードボーンに良く似た緑の草原の中に古い洋館と教会が建っていて、その建物の内部や何エーカーという広大な敷地のあちこちを贅沢に使い、ヘンリー・ジェイムズ原作のこのSF的小説を一篇の映像詩に仕立て上げています。

物語のあらすじは、家庭教師として古い洋館にやって来たヒロインが、その館に住む少年少女に宿る死者の霊と対決し、勝利を収めたものの最後の最後に少年が息絶えてしまうという西洋によくある怪奇譚です。

美しい女優とハンサムな男優が演じ、彼らの口パクの歌を、実力派のヘレン・ドナート、ロバート・ティアーズ、ヘザー・ハーパーなどが歌っていますが、ラストではそれなりに盛り上がるものの、原作におけるネジがギリギリと回転して、恐怖に慄く登場人物たちを抜き差しならぬところまでギリギリ追い詰めていくような臨場感はありません。むしろ、のどかな野外劇といった趣が強く出ています。

ブリテンの作曲の腕の冴えは、第2幕の第13のバリエーション、第6シーンにおけるピアノ連打の劇伴において最大限に発揮されており、ここぞとばかりにたたみかけるコーリン・デービスの指揮も見事です。


♪春日遅遅日光写真待つ心 茫洋

Saturday, March 27, 2010

ブーレーズ指揮ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を視聴して

♪音楽千夜一夜第123回

数々の印象深い銘品をつくってくれたドビュッシーですが、やはりこれがいちばんの代表作でせう。あれほど傾倒したワーグナーから足を洗い、独立独歩で創造した新しい楽の音がここには香り高く鳴り響いています。

指揮者ブーレーズの評価は年経るごとに高まり、いまやアーノンクールと並んで斯界の一大権威と化した感がありますが、冷静に振り返ってみれば昔のクリーブランド時代やウイーンコンチエルトムジークス創成時代の方が双方ともにはるかにマシな演奏をしていたと言えそうです。どう考えても面白くもおかしくもない、それでいてもったいぶったこけおどしの、似ても焼いても食えないタヌキおやじの指揮ぶりに熱狂する人の気持ちが私のようなド素人にはいくら聞いてもてんわからないのでしゅが…。

そんな御大ではありますが、1992年3月になぜだか英国に飛んで、ウエールズ・ナショナル・オペラ管弦楽団と演奏した「ペレアストメリザンド」ではそれなりに楽しめる劇伴をつとめて破綻はありませぬ。メリザンドはアリスン・ハーグレイ、ペレアスはニール・アーチャー、ゴローはドナルド・マックスウエル、老王アルケルはケニス・コックスという欧米人の歌手ばかりが出演していますが、フランス語の発音に欠ける点はなさそうです。

演出はベルリン生まれのペーター・シュタインという人ですが、第3幕第一場でアリスン・ハーグレイのブロンドの長く美しい自毛を使って非常に官能的な愛の戯れを演じさせています。城塞の窓辺のペレアスがあおむけざまに垂らした髪を庭に立つメリザンドがつかんで愛撫し接吻の嵐を降らせる情景こそこのオペラの白眉でしょう。

地上では許されない無垢の愛の交歓を目撃したペレアスの義兄ゴローは嫉妬に駆られてついに弟を殺してしまい、衝撃を受けたメリザンドもあとを追うようにして死んでしまいます。ある点まではワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」に似ていますが、聴いてみると全然違う音楽になっています。どちらかといえばドビュッシーの方が陰影に富む複雑で高級な音楽といえるでしょうか。

「ペレアストメリザンド」は数あるオペラのなかでヤナーチエックの「利口な女狐の物語」と並んで私がいっとう好きなオペラ(いっとう嫌いなのはプロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」)なのですが、これまであまり演奏の機会に恵まれず、個人的には七〇年代の終わりにパリのシャンゼリゼ劇場で見たマゼール指揮パリ管の公演がもっとも感動的なものでした。(あの頃のマゼールは良かった!)

この「ペレアストメリザンド」の演奏は、それに次ぐものとして、長く手元に置きたいと思っています。

♪私をリストラした人をリストラした人がリストラされました 茫洋

Thursday, March 25, 2010

カラヤン指揮ウイーン国立歌劇場の「薔薇の騎士」を視聴する

♪音楽千夜一夜第122回

これは1960年8月のザルツブルク音楽祭にかけられたシュトラウスの名作オペラの歴史的公演の記録です。出演は元帥夫人にシュヴァルツコップだけでなく、ゾフィーがローテンベルガー、オクタヴィアンのユリナッチの女性陣に加えてオックス男爵にオットー・エーデルマン、ファーニナルにはなんとエーリッヒ・クンツという豪華キャスティングで、この映像はランクオーガニゼーションという映画会社が製作してビデオ時代から世界中でベストセラーになっていましたが、いまではDVDでも鑑賞できるというわけです。

カラヤンはのちに1984年の同じザルツブルク音楽祭でも同じオーケストラとこの演目を上演し、映像化しました。これも同じタイプの見事な演奏ですが元帥夫人にアンナ・トモワ・シントウ、オクタビアンにアグネス・パルツア、ソフィーにジャネット・ペリー、男爵にクルト・モル、ファーニナルにゴドフリート・ホルニクというキャステイングはクルト・モルを除いてどうみても前者に勝ち目はないでしょう。
アンナ・トモワ・シントウはカラヤンやベーム好みのソプラノですが、フィガロの結婚の伯爵夫人ならともかく元帥夫人でシュヴァルツコップと対抗しようというのはちょっと虫が良すぎます。

さて「薔薇の騎士」においてははじめと終わりがいちばん大事。なんせ公衆の面前で、成熟した貴夫人とやる気まんまんの若い騎士(しかも女性によって演じられる!)によって愛の戯れならぬずばり性交が行われるのですから、それにふさわしいコンビを登場させなければあとが続きません。ここでは冒頭のクラリネットが鋭い男根と化して元帥夫人をいっきに貫き、その直後に痙攣的に果てるときのお相手が問題です。セーナ・ユリナッチの演技も相当はがゆいものがありますが、まあまあ許せるとして、アグネス・パルツアというのでは見ている方だってしらけます。

大人の女の哀しい愛の終わりを告げる3重唱が見事なアンサンブルで歌いおさめられたあとは、若いバカップルがその恋の末路も知らずにいまだけに許される野放図な愛の賛歌を歌いあげるのですが、、さてその終幕間際には、黒人の子供の召使が元帥夫人が忘れた絹のハンカチーフを拾って退場する演出でおわらないと、このオペラはどうしても終わらないのです。


♪カラヤンの最悪の録音はショパンのレ・シルフィールド そこではお涙頂戴のやすっぽい叙情が大安売りされている 茫洋

Wednesday, March 24, 2010

ブレゲンツ音楽祭の「トロヴァトーレ」を視聴して

♪音楽千夜一夜第121回

独スイス国境のオーストリアのボーデン湖上で二〇〇六年の真夏に開催されたブレゲンツ音楽祭の実況録画です。

演出はロバート・カーセンという人ですが、湖上に巨大な船のような石油コンビナートのような構造物を設置して、演技はその広大な空間を舞台に行われます。なにかあると空高く伸びた煙突から紅蓮の炎が衝撃音と同時に舞いあがり、ビジュアル効果満点の派手な見世物です。

指揮はトーマス・ロスナーでウィーン交響楽団が出張っての演奏。なかなか快調なテンポでヴェルデイ節を奏でていました。歌手はヒロインのレオノーラにイアノ・タマール、マンリーコにカール・タナー、ルーナ伯爵がジェリコ・ルチッチ、アズティエーナにマリアンネ・コルネッティという布陣でそれぞれ歌唱力にある実力派と見受けられましたが、なにせ全員がマイクを通して歌っているために、その真価は知るべくもありません。

あくまでも真夏の夜のスペクタクル、世界中からやってきた観光客向けのはかない一場の夢と評すべき公演なのでしょう。

♪面白うてやがて悲しき水の歌 茫洋

Tuesday, March 23, 2010

スコット・フィッツジエラルド著・村上春樹訳「冬の夢」を読んで

照る日曇る日第335回

フィッツジエラルドが彼の代表作を書く前に、いわば練習問題のようにすらすら書いた短編小説が5本並んでいます。

村上春樹によれば、彼はみじかいものならだいたい1日で書き飛ばしたというのですが、その切れ味の鋭さといったら芥川も及ばない天才的なもの。とりわけ最後から2番目の「リッツくらい大きなダイアモンド」という作品なぞ、太宰治のストーリーテリングをはるかにしのぐ物語の行方知らずの恐るべき面白さです。

その大半がアメリカの通俗文芸誌向けのよくできた高級娯楽小説ですが、「罪の赦し」だけは一種異様な性格の物語。主人公の少年の「原罪」にまつわる宗教意識や苦悩について、張りつめた緊張感のもとで、重苦しい独白が積み重ねられてゆきます。

この古風なピューリタニズムこそが、後年の酒と女と薔薇の日々の放蕩と自己破壊を早くから準備したフィッツジエラルドの内面の知られざる核だったのです。



♪神を恐れおののく孤独な少年を待ち構えていた酒と薔薇の日々 茫洋

Monday, March 22, 2010

藤原歌劇団の「ジョコンダ」を視聴して

♪音楽千夜一夜第120回


昨二〇〇九年の一月三一日に東京文化会館で行われたポンキエルリのオペラ「ジョコンダ」のあら珍しや四幕版の公演をビデオで見ました。

まず特筆すべきは指揮者菊池彦展と東フィルの好演です。この指揮者がどのようなキャリアの人か私は全然知りませんが、彼は大きな手振り身振りでこの不感症のオーケストラを力ずくで眠りから叩き起こし、波乱万丈の物語が進行するにつれて、オペラに不可欠な熱いコンブリオの力動をもたらし、ついに観衆の興奮と感動をもたらします。

力の限り歌いまくる歌手と、それに対抗して負けじと昂揚していく管弦の高鳴りこそはオペラの醍醐味。最近私が聞いたウエルザーメストの青白いインテリ貧血症のコンコンチキ音楽とは180度ベクトルの異なる正則音楽を耳にして、これなら欧州より日本のオペラの方がよっぽど優れていると痛感しました。

表題役のエリザーベト・マトスとその恋人エンツオ役のチョン・イグン、ジョコンダに横恋慕する密偵バルナバ役の堀内康雄も好演。2幕の冒頭では有名な間奏曲「時の踊り」が奏でられ、そのあとは一気に海上船の火災や3幕の黄金の館へとなだれ込みますが、終幕第4幕のジョコンダの自害まで快い緊張を保ちながら音楽は疾走し続けます。

オペラや作曲家の精神にいっさい肉薄することなくおたまじやくしの表層をまるで水澄ましのようにすいすい滑走する凡庸なフランツ・ウエルザー・メストや小澤征爾とは鋭く一線を画する充実した公演記録でした。

♪おたまじやくしの表層を水澄ましのごとく滑走する小澤メスト輩 茫洋

Sunday, March 21, 2010

神奈川県立近代美術館で「松谷武判展」を見る

茫洋物見遊山記第20回&鎌倉ちょっと不思議な物語第212回

松谷武判は1937年大阪生まれのアーチスト。1954年より日本画を学び、戦後はあの伝説的な具体美術協会の前衛美術運動に参加し、1966年以降は「人の真似をするな。誰もやらないことをやれ」をモットーにパリで制作を続けているそうです。

そういう経歴の人とも知らずにのこのこ入っていきましたら、やたら暗くて黒いものばかりで面喰いました。大半の作品が、白と黒を基調に鉛筆で描き重ねて黒の線と黒の面を強調しています。とりわけビニール系接着材の黒いボンドを、キャンバスに円く堆く浮き彫り(レリーフ)したものが多いのですが、しかし女性の乳房や禅坊主の立体的な墨書を思わせるそれらのマッス(塊)はけっして無秩序な立方体ではなく、きわめて稠密に計画された美意識によって厳しく貫かれています。

会場狭しと押し寄せる黒、黒、黒のインパクト…。そのモノトーンとはおそらく人間と世界と宇宙の根源にひそんでいる暗黒物質の重力を象徴しているのではないでしょうか。会場のあちこちで渦巻き流動し続けている黒い球体から発せられる未知のエネルギーが感じられ、私たちの存在を背後から支えるとともに、私たちの未来と運命を領導している不可知な物質の力を感じさせる不思議なコレクションです。

なおこの「松谷武判展」は、来る3月28日まで神奈川県立近代美術館鎌倉で開催されています。

♪辛夷咲き野鴨繕い黄蝶舞い鶯鳴くなり弥生の廿日 茫洋

Saturday, March 20, 2010

平成の隠者、東京をさすらう 川本三郎著「きのふの東京、けふの東京」を読んで

照る日曇る日第334回


川本三郎という人は、嫌なことは、しない、書かない。ただ好きな人とだけ付き合い、好きなことだけをして、好きなことだけを記事にして生活している、と聞いたことがあります。まことにうらやましい平成の隠者、聖賢のような存在ですね。

そんな川本氏がもっとも好むのは東京の東西あちこちの気ままな町歩き。それも高層ビルやキンキラキンの商業施設が建ち並ぶ「街」ではなく、銭湯と居酒屋と古本屋がある昔ながらの庶民的な「町」を選んで歩くのです。

だから本書で主に取り上げられているのは永井荷風が好んだ隅田川を越えた深川や洲崎、三ノ輪浄閑寺、荒川の放水路などですが、川本氏の町歩きのフィールドは東京の全域にまたがっており、両国や神保町、神田、東京、新橋、阿佐谷、新宿なども忘れられてはいません。

それにつけても、荷風の幼馴染井上唖々ゆかりの森下町「山利喜」、小名木川六間掘、大久保湯灌場に杖を引いた荷風散人、その荷風の足跡をたどった野口富士男氏、さらにそれらの先達を慕う川本氏が、今は無き江戸の風景のよすがを求めてさすらう姿を見ていると、現代の読者である私(たち)もまた彼らの驥尾に付して懐古掃苔の旅に出かけたいと願わずにはおられません。

私は「断腸亭日乗」を読んで以来、かつて荷風が通い詰めた新橋の「金兵衛」という一膳飯屋の所在を尋ねていたのですが、本書でそれが汐留交差点角にある天明時代創業の佃煮屋「玉木屋」の近所にあったと初めて知らされ、久しぶりに新橋を訪ねてみたくなりました。

近年大規模な開発が行われたにもかかわらず、あの辺にはまだ江戸時代から続く老舗が残っているようです。


♪東京の明るい廃墟をよろばいつわが胸に浮かぶ江戸の俤 茫洋

Friday, March 19, 2010

アラン・J・パクラ監督「大統領の陰謀」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.28

この映画では、70年代前半の合衆国を驚倒させたウオーターゲート事件の顛末を事実に則して描いています。なんとワシントンポスト紙の2人の新米記者の執拗な取材とスクープが、ニクソン大統領を失脚させるに至るのです。原題は「俺たち全員ニクソン組」ってか。

ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマン扮する新聞記者は、通称「ディープスロート」、実は当時のFBI副長官の内部情報を得ながら、ニクソン再選のために資金と情報を非合法に集め、民主党候補を倒そうとする勢力(結局それはニクソンと彼の7人の腹心に直結していたわけですが)の追及を開始します。

最初はほんの断片的な情報に基づいて突撃取材を敢行し、また別の断片をまるでパッチワークのようにつなぎ合わせて事件の核心に迫ろうとする2人の悪戦苦闘ぶりがこの映画の見どころです。例えば大統領再選委員会の名簿をポスト紙の女性記者の「肉体的協力」で手に入れ、そのメンバーの自宅をアルファベット順に、しかも2度も!訪問して不正資金提供の証言を得ようとするくだりなど彼らの猛烈な記者根性には脱帽せざるを得ません。

証言を引き出す手口も斬新で、例えば「小澤幹事長、あなたは地元の企業からの不正献金をもらったでしょう?」と尋ねて「私はお金についてはつねに秘書に適正に処理させてきました」という答えが返ってきたら、この態度を、質問に対して正面から回答しない「否定の否定」とみなして疑惑ありという主旨の記事にするのです。あるいはまた自分からは積極的に証言しようとしない人物に対して、「容疑者はMですね・」とイニシャルで聞いて証言者にうなずかせたり首を振って否定させたりして確認する手法、また「もし私の推察が事実に反していたら、いまから10数える間にこの電話を切ってください」と追い詰めて確認をとるなど、あれやこれやの取材のテクニックは非常に興味深いものでした。

アラン・J・パクラ監督は、冒頭の民主党本部へのスパイの侵入事件以外さしたるアクションもないこの映画の眼目を、監督は事件記者の取材活動そのものに絞って描写していますが(もっともそうせざるを得ないという事情もあるわけですが)、テレビがニクソン再選を伝えるなかデスクで懸命にタイプを叩く2人というシーンで全編を終わらせるラストはいささか物足らない。もう少し劇的なパフォーマンスを見せてほしかったと思わずにはいられませんでした。

主演の2人はかっこいいスターぶりでしたが、彼らを激励叱咤し、社運を賭けて真実の追求と報道の自由を死守しようとする彼らの上司役のジェーソン・ロバーズがこの年のアカデミー賞をもらったのは当然と思わせる名演技でした。


1976年 アメリカ ワイルドウッド・エンタープライズ制作【製作】ウォルター・コブレンツ               【原作】カール・バーンステイン                   ボブ・ウッドワード                 【脚本】ウィリアム・ゴールドマン              【撮影】ゴードン・ウィリス                 【音楽】デビッド・シャイア                 【原題】All the President’s Men


♪やっと待ち遠しい春が蝶よ花よとやってくる 茫洋

Thursday, March 18, 2010

木村大作監督の「剱岳」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.27

新田次郎原作の山岳小説を、ベテラン映像キャメラマンが初めて監督しました。噂ではかなり過酷なロケだったそうで、特に雪山の登攀の際の滑落や猛烈な吹雪のシーンなどはほとんど命懸けの撮影だったのではないでしょうか。
かつて彼が森谷司郎監督・高倉健主演の「八甲田山」で手掛けた過酷な大自然と人間との闘争をここでもまたぞろ描こうとしているようです。

キャメラは剱岳とその周辺の春夏秋冬を美しくとらえ、大雲海の彼方にそびえる霊峰富士の姿など感嘆に値する映像を刻み、物語の最後では相争った陸軍測量部に属する主人公たちとそのライバルであった登山家たちの友愛に満ちたうるわしいエールの交換で映画のラストを盛り上げることに成功してはいますが、細部を子細に眺めるといくつもの欠点が目につき、この二時間を優に超える大作氏の大作の鑑賞をおおいに妨げています。

そのひとつが映像のセピア色の濁りを秘めたトーンです。物語が明治四〇年前後の設定なので、こういう懐かし風にまとめたのでしょうが、どうも被写体が曖昧模糊として醜くなり、見にくいことこのうえありません。この自称「撮影者」は、かつて黒沢が激賞しただけあってどんな映画でもピンだけはドオンピシャリ合っていますが、それと同時につねに画面を陰鬱かつ大仰なものに変質させてしまいます。要するに、彼の眼は濁り、彼の感性の根っこには図太くどんくさい体育会的なものが盤居していて、これが木村大作という撮影者の長所でもあれば短所でもあります。

例えば彼のキャメラは、黒沢の「用心棒」や深作の「極道の妻」たちなどでは、物語に内在する不穏な空気を醸成することに貢献して一定程度の成功を収めているのですが、高倉健が主演する「居酒屋兆次」、「駅」、「海峡」などではいうにいわれぬエグさをもたらし、溝口や成瀬や小津を好む、より映像の質に敏感な都会人たちが、劇場に足を運ぶことを視覚暴力的に阻止しているのです。

 では彼の映画監督としての初仕事はどうだったのでしょうか?
まず演出の手腕に関して大きなクエスチョンマークがつきます。あれほど苦労したはずの剱岳初登頂があんなにあっけなく描かれるとは! 前に触れた感動的なラストがそのあとで出てくるとはいえ、難攻不落の孤峰がこんなに簡単に登れるのなら誰も苦労はしないでしょう。

そのほかのシークエンスでも説明抜きで救難隊が登場したり、突然ベースキャンプに到着していたりと手前勝手な演出が目立ちます。どのカットを刻み、どのカットを残し、どの長さにするかという基本的な技術とセンスがないから、こういうみっともない仕儀になるのです。また普通のプロの監督や編集者なら、この題材をもっと効果的に二時間以内の長さで収めるに違いありません。

不慣れな監督を助けるべき池辺晋一郎の音楽も最悪です。映像がいくら剱岳の四季を描いているからといってヴィヴァルディの「四季」などのヴァイオリン協奏曲の連発はないでしょう。そして感動的なシーンにはバッハ。あまりにも安易な劇伴のやり方には憤りさえ覚えます。これでは音楽家の仕事ではなくBGM屋さんの仕事ではないでしょうか。あなたはわが国を代表する作曲家らしく、この驚異の映像に拮抗するだけのオリジナル音楽を創造して仙台フィルに演奏させるべきでした。

 最後にこの映画にかかわった全員のクレジットが「仲間に」というタイトルのもとで延々と流されますが、つねに出演者名を登場順やアルファベット順に並べているウディ・アレンならともかく、映画製作にかかわった人物やら出資者やもろもろの協力会社などを、監督・俳優・音楽・美術等の専門性や職能をいっさい明示せずに、いわば亜細亜的な一視同仁視してしまう古い体質の郷党意識には、さすがに超保守反動主義者の私といえども反発せざるをえません。

♪坂の上の風呂屋の下の道端に今年も咲きたりミモザの花が 茫洋

Wednesday, March 17, 2010

フランツ・ウエルザー・メスト指揮チュウリヒ劇場管「ドン・ジョヴァンニ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第119回

止せばいいのに、昨日メタメタに悪口を言った同じ指揮者と団体によるモーツアルトを聴いてみました。これも序曲が軽薄そのもので、テンポだけはいっちょまえにフルトヴェングラーと同じくらいの遅さですが、コクもタメもないまるで蒸留水のような演奏。お前ワルトトイフェルでもやるのかよ。

レポレロの「カタログの歌」など、私がこれまで耳にした中でも最低に近い演奏で、やれやれどうなるのかと思っていたのですが、そこはほれさすがは器の広いモーツアルト、幕が進むにつれて次第に様になってきて、村娘ツエルリーナとドン・ジョバンニの2重唱などはそれなりに聴かせてくれました。

しかし「魔笛」のパパゲーノ役ならともかく、サイモン・キーリンサイドの表題役などは、明らかなミスキャストというべきでしょう。マリン・ハルテリウスのドンナ・エルヴィラ、エヴァ・メイのドンナ・アンナ、アントン・シャリンガーのレポレロ、ラインハルト・マイヤーのマゼットもすべて2、3流の歌うたい。いや別に3流でも4流でもいいのですが、モーツアルトならでは、オペラならではの劇的感興がかけらもない演奏です。

スヴェン・エリック・ベヒトルフという人の演出は間口が狭いこの劇場の奥行きを深くしてうまく幕で仕切って何層かの構造をつくり場面転換に創意工夫を見せていましたが、所詮はそこまで。天啓と霊感はついに最後の最後まで訪れない典型的な凡演でした。

それなのに馬鹿っ面下げて「ブラボー!ブラボー!」を連発しているチュウリヒ劇場の観客は、まるでどこかの国のそれに似ているようで覚えずぞっとしました。にもかかわらずこのフランツ・ウエルザー・メストという若い指揮者の評判は欧州では上々のようで、悪評嘖々だった小澤征爾の後任としてウイーン国立劇場の音楽監督に就任するとか。

こんな吹けば飛ぶよなお兄ちゃんなら、ティーレマンやガティやパッパーノの方が百層倍もマシだと思うのは私だけでしょうか。

♪あの小澤のあとにメスト!ウイーンオペラの歴史と伝統ここにパッタリ尽きたり 茫洋

Tuesday, March 16, 2010

フランツ・ウエルザー・メスト指揮チュウリヒ劇場管「カルメン」を視聴する

♪音楽千夜一夜第118回

2008年6月下旬から7月1日までかけてスイスのチュウリヒ歌劇場で行われた公演を収録・編集したビデオを見ました。

指揮者のメストはこのビゼーの名作オペラを♪すいすいすいったららったすらすらすいのすい、とまるで楽譜の内部を植木ツバメが通り抜けるような軽快さで演奏いたします。
山崎浩太郎氏によれば、こういう手口がいわゆるひとつのなうい(←老人語)現代的な劇伴方法で、これこそが今後の指揮の主流になるのだ、などと偉そうに抜かしております。
 しかし馬鹿たり、こんな音楽的真実から限りなく逸脱してあらぬ方向に逃走するような卑劣な演奏の、どこがオペラであり、どこがビゼーなのでしょう。お前たちはさだめしかのフルトヴェングラーのモーツアルトのダポンテオペラの劇伴など一度も耳にしたことがないのだろうよ。耳をほじってよーく聞いてみろ、愚か者よ。

また山崎氏のこのような言説は、彼が10年前に新進ひょおろんかとしてデビューしたばらいのころ、ナクソスから発売された30年代のメットのヴェルディのピコなどが指揮したCDを口をきわめて褒め称えて、かうした血沸き肉躍る狂熱的な音楽ダンスこそが、オペラ本来の醍醐味であるというお前さんの正論とてんで矛盾しておるではないか。

そういう非オペラ的な指揮者が奏でる非オペラ的な演奏にふさわしく、マチアスなんとかという人の演出も、スペインの抜けるような青空の下、わが家の愛犬ムクが兵士どもに頭を撫でられて舞台の端でシッポを振ったり!するという奇妙なものであり、カルメン役のヴェッセリーナ・ペルトゥージもフェッム・ファタールとしての妖艶さと磁力に決定的に欠け、ドンホセも、エスカミリヨも、ちょうどそれに匹敵する程度の歌うたいであり、考えてみれば、そもそもここチュウリヒ歌劇場は、かのカルロス・クラーバーが在籍した時代から、楽員の指揮と技術が落ち込んでどうしようもない3流オペラハウスであったのであり、しょせんはこの程度のカルメンしか俺たちに提供できないザマなのさ。

♪3流のオペラハウスのカルメンを涙を流して聴いているビゼー 茫洋

Monday, March 15, 2010

「ドイツグラモフォン社創立111周年記念55CDセレクション」を聴いて

♪音楽千夜一夜第117回


1898年の設立から2009年に至る111年間にこのクラッシックの名門レーベルが世に送り出した55枚のレコード&CDを集めた記念碑的なコレコションです。

アルファベット順にざっとご紹介しますと、まずはアバドの隠れたブラームスの名盤である「21のハンガリア舞曲集」から始まって、私のアバター名とも相通じるかのアマデウス弦楽四重奏団による「ベートーヴェンの作品59、131」。昔懐かしアルゲリッチの「ショパンの前奏曲集」、ミケランジェリの「ドビュッシー前奏曲集&映像」、私の嫌いなホセ・カレーラスをバーンスタインが徹底的に苛め抜いた「ウエストサイドストーリー」。

お次はブーレーズの「春祭&ペトリューシカ」の再録、御大ベーム翁の泣く子も黙る「モツレク」、アホバカドゥダメルの「マラ5」、ディスカウの「冬の旅」、フルニエのバッハの無伴奏、フリッチャイのヴェルディの「レクイエム」、フルベンの「シューマン&ハイドン」、ハーンの「バッハ協奏曲集」、ホロビッツの「モスクワ・ライヴ」、ギレリスのベートーヴェン、ヨッフムの「カルミナ・ブラーナ」、カラヤンのベト9、ケンプのベト協4,5番、クライバーのベト5,7番と続きます。

それからマルケヴィッチの幻想交響曲、マゼールのメンデルスゾーン、ミンコフスキーのラモー、ムターのブラームス、てんでつまらんランランのメンチャイ、ネトレプコ、ターフェル、ヴンダーリッヒ、クヴァストホフ、ヴィラゾンのアリア集、オイストラフのチャイコン、ポリーニのショパン、リヒターのロ短調ミサ曲、ロストロのドヴォコン、リヒテルのラフコン、ヴァルヒャのバッハ等々、これでもかこれでもかのてんこもりでたったの1枚208円でした!

んで55枚中のベストワンはというと、これが我ながら意外なことにイゴール・マルケヴィッチがコンセール・ラムルー管と入れたベルリオーズの「幻想」。定評あるミュンシュ、クリュイタンスのパリ管あるいはフランス国立放送管とのライブを2割は軽くしのぎます。あの陰険なカラヤンが生涯にわたってマルケヴィッチを日陰に追いやった理由がよくわかる恐るべき名演でした。

次点は初めて耳にしたヴィラゾンのアリア集、3位はわが偏愛の指揮者フリッチャイが振った一世一代の名演、ヴェルディの「レクイエム」でした。


♪百聞は一聴に如かずロバの耳に響く王様の音楽 茫洋

Sunday, March 14, 2010

鶴岡八幡宮の大銀杏見物

茫洋物見遊山記第19回&鎌倉ちょっと不思議な物語第211回

遅まきながら先日の強風で倒れてしまった鎌倉八幡宮の大銀杏を見物に行ってきました。じつは鎌倉には、鎌倉時代の遺物としては大仏様とこの大銀杏くらいしか残されていませんから、今回の事件は、神社のみならず市民と世界遺産登録をめざす鎌倉市としても大きな損失だったのです。

現場は私のような物見高い見物客で大混雑。くだんの大木はすでに根元から切断されてその大部分が左側の空き地に積み重ねてありました。そしてかつて義経の妾静御前が頼朝夫妻の前で踊った舞殿では、若い新郎新婦の結婚式が何事もなかったかのように執り行われていました。

私は八幡様の階段のわきにある大銀杏を見るたびに、短刀を握りしめて木陰に隠れていた実朝の甥公暁の姿を想像したものです。しかし今日はいつも見慣れた30メートルに達する巨樹が、普段はあったその場所にありません。あるべきものがない。私たちの心にぽっかり空いた空虚さながらに……。この大いなる欠如が、逆にこの大銀杏のかつては偉大だった存在というものを、晴れ上がった青空に浮き彫りにしているようでした。

報道によれば、もういちどこの樹を立ち上げるために新芽をはやす養生を行うとか。もしその作業がうまくいったとしても、樹齢1千年を超すといわれる現在の大きさまでに成長するには何世代も要するわけですし、今日この大銀杏を取り囲んでいる群衆も私自身もとっくの昔に死に絶えているはずなのですが、それでも平気で偉大な神木の遺伝子を後世に残そうと考えるその心根の不思議さ。

思うに古代から受け継いだ私たちの心の奥底には依然として巨樹には神が宿るという原始的な信仰のような意識と心性が残存していて、それが縄文杉や屋久杉の前で自然に頭を垂れるという無意識の身体行動に出るのでしょう。今回も東京農大の植物の専門家がどうと倒れたこの大銀杏の前でしばし両手を合わせて祈っている姿がテレビで映し出されましたが、最先端の科学と前近代的な信仰との思いがけない出会は自然のようでもありながら、多少の違和感を伴って私の印象に残りました。


♪青空から忽然と消えし大銀杏甦れわれら一人一人の胸の裡に 茫洋

Saturday, March 13, 2010

佐々木秀一著「ロミー」を読んで

照る日曇る日第333回


1938年にナチ占領下のウイーンに生まれ、1982年に43歳でパリ7区バルベ・ド・ジュイ通り11番地のアパルトマンで死んだ女優ロミー・シュナイダーの本格的な伝記です。

ロミーと聞いて誰もが思い出すのは、アラン・ドロンと共演したジャック・ドレー監督の「太陽が知っている」、ジョセフ・ロージー監督の「暗殺者のメロディ」、オーソン・ウエルズ監督との「審判」、クロード・ソーテ監督との「すぎ去りし日の…」「夕なぎ」、ルキノ・ヴィスコンティ監督との「ルートヴィッヒ」、ジャック・ルーフィオ監督との「サン・スーシーの女」辺りでしょうか。

特にヴィスコンティ監督の「ルートヴィッヒ」でオーストリア皇后エリザーベトに扮したロミーが、白馬に跨って乗馬服で登場するシーンは、思わず息を呑む泰西名画のような超絶的な美しさ。ワーグナーの音楽とあいまって、これぞヴィスコンティ美学の真髄、といたく感じ入ったものでした。

1961年、ヴィスコンティは当時相思相愛の仲であったロミーとアラン・ドロンを英国の戯曲家ジョン・フォード原作による舞台「あわれ彼女は娼婦」に出演させますが、この成功が、若き2人の華々しいキャリアの出発点になったようです。

もうひとつ私たちがロミーで思い出すのは、その早すぎた晩年の悲劇です。1981年7月5日の日曜日の昼下がり、ロミー最愛の息子ダヴィッドは当時の義父の両親の家に入ろうとしましたが、屋敷の正面の門は鍵がかかっていたために、囲い塀をよじ登って内庭に降りようとしたところ、薔薇の茂みに足をとられてバランスを失い、その下で待ち構えていた鉄格子の先端の槍の穂先に腹部を貫かれ、懸命の治療も虚しくその日の夕方、14歳7カ月のはかない生涯を閉じてしまいます。

この悲惨な出来事がそれでなくともエキセントリックなロミーの心身を痛々しくも直撃し、睡眠薬を乱用するようになった悲劇の女優は、それでもなお渾身の力をふり絞って遺作「サン・スーシーの女」を完成させたあと、まるで精根尽きたように、その翌年心不全で亡くなります。

小柄でフォトジェニックなロミー・シュナイダーは、わが国で一昔前に活躍した鈴木保奈美という女優にちょっと似たところがありました。2人とも、普段は道行く人が誰ひとりその存在に気付かないほど地味な女性なのに、熟練のヘアメイクの手にかかるとたちまち異様な美しさで銀幕に光り輝いたものでした。

♪普通の女性が光り輝く美女となるげに化粧とは恐ろしき道具よ 茫洋

Friday, March 12, 2010

胸を打つソプラノとピアノの調べ 吉田秀和著「永遠の故郷 真昼」を読んで

照る日曇る日第332回&♪音楽千夜一夜第116回


おそらく遺作のつもりで雑誌「すばる」で連載されている(であろう)吉田氏の最新作「永遠の故郷」の第3作です。

「夜」から始まり、「薄明」に続くこの「真昼」編は、死の亡き父君に献呈され、主としてマーラーの歌曲について述べられていますが、冒頭におかれた「愛の喜び」と題されたある女性の思い出が深く心に残ります。

これは、戦後間もなく音楽の原稿を書きはじめた吉田氏を担当していた、ある女性誌の編集者と氏の、音楽を通じた余りにも短すぎた心と心のまじわりを、淡々とつづった掌編です。

声楽家志望だった彼女は、父も兄も戦争で失い、音楽学校も断念せざるを得なかったのですが、彼女は歌うことが大好きで、吉田氏のピアノの伴奏でヨーハン・マルティーニの『愛の喜び』を「明るく澄んだきれいな声で」よく歌ったそうです。

愛の喜びは束の間のもの
愛の悲しみは一生終わらない
私は不実なシルヴィアのためすべてを捨てた
彼女は私を捨て、別の恋人を選ぶ
愛の喜びは束の間のもの
愛の悲しみは一生終わらない(吉田秀和訳)

そして吉田氏はこの18世紀のドイツ生まれのオルガニスト兼作曲家の「都雅な趣と優しい華やかな」、「革命前夜のロココ趣味の咲かせた小さな残んの花とでも呼んでみたい」代表作を、手書きの楽譜に則して小節ごとに解説を加えた後で、このささやかな2人だけの楽興の時の終わりについて触れています。

飛び込みの仕事で忙殺されていた吉田氏が、久しぶりに銀座のはずれにあった彼女の出版社を訪ねてみると、夏の終わりに風邪をひいた彼女は、それがこじれて肺炎になり、入院したけれど「先週亡くなりました」と告げられます。

人はあっけなく死ぬけれど、歌の思い出は、ずいぶん遠くの世界まで私たちを導いてくれるものです。この短いエッセイを読んでいると、若くして死んだ女性の美しいソプラノとピアノの調べが、春浅い私の書斎に聞こえてくるような気がするのが不思議です。


♪人は死に 詩と音楽が 永遠に残る 茫洋

Thursday, March 11, 2010

三枝昂之著「啄木 ふるさとの空遠みかも」を読んで

照る日曇る日第331回

明治41年4月25日、思い出多き函館の街に別れを告げてからちょうど1450日目の明治45年4月13日、天才歌人石川啄木は、折しも八重桜が満開の東京小石川区久堅町の借家の貸間で、父と妻と友人若山牧水に見守られながら、あたら26歳の命を儚く散らして果てました。

その前月に死んだ母カツも、6月に生まれた次女房江も、妻節子も、長女京子も、みな結核で死んでいます。与謝野鉄幹晶子の「明星」への接近も、「自然主義」の取り込みも、偉大な小説家への夢の挫折も、大逆事件の衝撃を受けた社会主義思想の影響も、「一握の砂」の出版と名声も、突然の発病と無念の死も、すべてがたった1450日という短い時間と空間のなかでの生成だったことをおもうと、せめてあと10年の余命あらば、とその悔しさも一入です。

それはともかく、日本短歌史上に大きな足跡を遺した石川啄木の、余りにも短すぎた生涯とその芸術活動の軌跡を丁寧に追った本書は、「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ/花を買い来て/妻としたしむ」くらいしか諳んじられない私にとって格好の解説書でした。

著者によればわが国の和歌革新運動の第1期は、佐佐木信綱、正岡子規、与謝野鉄幹晶子夫妻によって明治30年代に「自我の詩」をキーワードとして担われ、続く40年代の第2期において、第1期の代表選手である与謝野晶子の「熱情」を「平熱」に冷却して、新たな「生活の詩」を生みだしたのが石川啄木だというわけです。

啄木は「歌のいろいろ」で「忙しい生活の間に心に浮かんでは消えてゆく刹那刹那の感じを愛惜する心が人間にある限り、歌というものは滅びない」と語っているそうですが、著者が要約する通り、「二度と帰ってこない命の1秒の、その刹那刹那を愛惜する心を、実人生となんらの間隔がない心持で歌うこと」こそ、この天才歌人の短歌観だったのでしょう。

さらに啄木は単なる生活派短歌の草分けであるだけでなく、昭和に入って渡辺順三が主導したプロレタリア短歌運動や前川佐美雄を代表者とするモダニズム短歌の源流でもあると著者は説き、その余波は、綿矢りさ、金原ひとみの小説の描写にまでも及んでいると説くのですが、

はたらけど/はたらけど/猶わが生活楽にならざり/ぢっと手を見る
こみ合える電車の隅に/ちぢこまる/ゆふべゆふべの我のいとしさ
「石川はふびんな奴だ。」/ときにかう自分で言いて/かなしみてみる。
空家に入り/煙草にみたることありき/あわれただ一人居たきばかりに
あたらしき心求めて/名も知らぬ/街など今日もさまよいて来ぬ

などの作品をほとほとと朗読してみると、確かにそういう形跡があるような気配もしてくるのでした。

 啄木の遺言により土岐哀果の手で出版された歌集「悲しき玩具」は、啄木の言葉「歌は私の悲しい玩具である」から採られたそうですが、自在に創造することができた和歌を「へなぶり」と見下していた啄木の心根がかえって悲しみを誘います。
ちなみに「悲しき玩具」の巻頭におかれた啄木の生涯最後の歌は、次のようでした。

眼とづれど、/心にうかぶ何もなし。/さびしくも、また、眼をあけるかな。


♪もう二度と帰ることなきいまのいまをわが生の証とて歌にとどめむ 茫洋

Wednesday, March 10, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第38回

bowyow megalomania theater vol.1

「カレーおいしいですか」

「おいしいです……。えーと、えーと、岳君桜木町のドリームランド行きたい」

「え、ドリームランドって桜木町のどこにあるの?」

「えーと、えーとね、桜木町にある」

「駅のそばですか?」

「駅のそばです」

「ドリームランドでなにするの?」

「乗り物に乗りたいお」

「どんな乗り物?」

「わかりません」

「じゃあ今度お父さんとドリームランド行こうね」

「はい。今度お父さんとドリームランド行きます」

「どうやって行く?」

「えーと新型の京浜東北線に乗る」

「どこから?」

「大船から」

「いつ行くの?」

「今度です」

「誰と行く?」

「お母さんとお父さんと行く……。もうお話終わりです」


♪なのでなのでを連発すれどなのでの前がてんで分からん 茫洋

Tuesday, March 09, 2010

ハイティンク指揮ベルリン・フィルで「マーラー第3番」を視聴する

♪音楽千夜一夜第115回


マーラーのニ短調交響曲は、全部で6つの楽章で構成されています。はじめの3つの楽章は、じゅげむじゅげむちんぷんかんぷん、一体何が言いたかったのかマーラー自身もよく分からなかったと思いますが、アルトが深々と「おお人間よ、気をつけよ!」と神秘的な第一声を発するやいなや、複雑怪奇な楽想はがぜん精気を取り戻し、続く子供たちの天使の歌や女声合唱が、彼岸へのあこがれを高らかに歌い上げるのです。

そうしてこの興奮が一段落してから、現世を生きる事の喜びと悲しみがニ長調4/4拍子で奏される終曲で切々と歌われるのですが、ここにこそ彼の本領が発揮されるのです。

最初の3章こそいささか平板な演奏にとどまったとはいうものの、ベルナルド・ハイティンクは海千山千のベルリンフィルを率いて、この屈指の難曲を見事に演奏してのけます。長らくベイヌムの薫陶を受けて老成したこのオランダ人は、かつてギュンター・ヴァントの晩年がそうであったように、ただ書かれた楽譜を忠実に辿るだけで、作曲者の夢見た世界をありのままに私たちに手渡してくれる融通無碍の境地に到達したようです。

フローレンス・クイヴァーのアルト独唱、テルツ少年合唱団、エルンストゼンフ女声合唱団のアシストを得たベルリンフィルが、1990年12月にベルリンのフィルハーミニーで演奏した映像を、いまはなきフィリップスレコードがライブ収録したものです。


わが息子指差し「あんな児には近づかないのよ」と教える母親 茫洋

Monday, March 08, 2010

ジョン・フォード監督の「わが谷は緑なりき」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.26

名匠ジョン・フォードが監督したこの映画の原題は「How Green Was My Valley」です。
直訳すれば「私の谷はなんと緑色だったことよ!」という意味なのでしょうが、これを
「わが谷は緑なりき」とさらりと文語体で言い表したところが見事です。「ここに泉あり」と並ぶ名ネーミングではないでしょうか。

 しかし、かつては豊かな自然に恵まれていたという英国ウエールズ地方の美しい谷間は、ほとんど顔を出しません。その谷底に生きるモーガン一家をはじめとする労働者たち、そして彼らに生活の糧を与え、彼らの暮らしを支えるとともに時として彼らの命を奪う谷底の下の炭坑そのもの、最後に全編を彩るウエールズの民衆の合唱が、この映画の主人公なのです。

 そこで描かれるのは育ちゆく多感な少年の内面、男と女の宿命の恋と悲劇、貧しい家族同士や近隣、友人たちの間の友愛の絆とその断裂、労働者同志の連帯と対立、家族炭坑主と労働者たちとの階級的対決、正義感やプライドを持ちながらも信仰心薄く品性下劣な民衆の複雑怪奇な心根ですが、ウエールズではないもののアイルランド出身のジョン・フォード監督は、あたかもそこが自分の故郷であるかのように、この谷間に生きる人々の清濁を併せ呑むように、すべての喜怒哀楽に対していつくしみを懐きながら、美しい白黒の映像を繰り出します。

 主演は少年ヒューを演じたロディ・マクドウオール、少年の姉でヒロインを演じたモーリン・オハラ、その恋人役の牧師を演じたウオルター・ピジョンなどですが、ウキペデアによれば、当時あんなにかわいらしかったロディ・マクドウオールは、後年「猿の惑星」でコーネリアス博士を演じたというので驚きました。そして清純な美貌を誇ったモーリン・オハラは当年とって90歳でまだ存命だというのですから、これまたびっくりです。

 さらにウキペデアには、長男のイヴォールの妻であるブローウィン役のアンナ・リーが撮影当時妊娠していたのにフォードはそのことを知らずに、彼女を階段から転げ落ちるシーンを撮影したために流産させ、生涯このことを悔やんだと書かれているのですが、私が見たNHKの映像にはこのくだりは登場しませんでした。
思うに例によって2時間を超える長尺物をつくってしまったフォードのオリジナルを、20世紀フォックスの帝王と称されたこの映画のプロデューサー、ダリル・F・ザナックが自分でずたずたにカットしたに違いありません。


♪梅の花花との間に萼ありて 茫洋

Sunday, March 07, 2010

ビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.25

まず原題は確か「アパートメント」というのですが、これを「アパートの鍵貸します」とした宣伝マンは偉い。こっちのほうが事の本質をとらえています。
それから誰もがいうように、名優ジャック・レモンとシャリー・マクレーンの持ち味をフルに生かしきった名匠ビリー・ワールダーの演出の冴えは見事です。

私が勝手に思うのには、演出は指揮と同じで、思い切って速くするかうんとテンポを遅くすると効果的です。中途半端がいちばんつまらない。
例えばワイルダーやジョンフォードやトリュフォーは、トスカニーニに似て物語をキビキビ進行させ、観客に生理的な快感を与えます。小津はその正反対で、私の大好きなチエリビダッケのように些細なデテールの描写に時間をたっぷりかけるのですが、そこから普段は見えない世界が見えてくる。いわば映像と音響のミクロの決死圏ですね。

さて、この映画の冒頭は主人公が勤務する生命保険会社で、巨大なオフィス空間に大勢の社員たちが整然と並んでいます。それはアメリカ資本主義特有のテーラーシステムが猛威をふるう非人間的な管理体制を象徴しているようですが、物語はそういうカフカの「審判」的状況を踏まえながらも、この会社資本主義のアホらしさを漫画批評的に描き出すことによって笑い飛ばし、最後は等身大の愛のある生活を取り戻した恋人たちにフォーカスを当てて、ワイルダー一流の「泣き笑い人生の応援歌」をララバイしながら閉幕するのです。

酒も涙も温かい……アメリカの古く良き理想主義なるものが、まだマンハッタンのそこここに確かに存在していた時代の懐かしい置き土産といってもよい映画ではないでしょうか。


♪古き良きアメリカの黄金時代二度と帰らず 茫洋

Saturday, March 06, 2010

「網野善彦著作集別巻」を読んで

照る日曇る日第330回

マルクスは「ドイツイデオロギー」の中で、「古代が都市から出発したのに対して、中世は農村から出発した」と述べましたが、網野善彦氏の駆け足の精力的な生涯は、この有名なテーゼをあくなき文献調査と実証的研究の積み重ねを通じて、よしんば西欧の中世がそうであったとしても「我が国の中世はむしろ都市と都市的なものから出発した」と完全に逆転させるために蕩尽されたと言えるのかもしれません。

戦後間もなく日本共産党の過激な政治闘争に加担するなかで氏が1951年に書いた最初の学術論文「若狭における封建革命」と「封建制度とはなにか」(本巻に収録)では、当時のマルクス主義の公式を絶対化し、歴史の中で浮き沈みする民衆の個別具体的な存在と生活を完全に捨象する傾向が端的にあらわれていました。

こうした若書きを徹底的に自己批判し、あらゆる空虚なイデオリギーと決別して輻輳する現実のただなかに沈潜した氏は、中世荘園や荘園公領制の構造、職能民の生業と流通、列島の都市や海川山野に生きる百姓(ひゃくせい)のライフスタイルの実像を摘出する作業を通じて、列島の政治経済社会が14世紀終盤の中世前期で根本的に転換し、その構造的転換がつよく現在に及んでいることをあきらかにしながら、2004年2月に肺がんによってその試行の大成の道を余儀なく絶たれるまで、偉大な歴史学者としての本領を遺憾なく発揮し続けました。

ほとんど徒手空拳の試行錯誤を断行するなかから、氏はマルクスを疑い、石母田正、松本新八郎を疑い、「農民」を疑い、「封建制」を疑い、やがて「日本」そのものを疑い、「戦後」を疑い、「天皇」を疑うことになったのです。
学界のすべての既成の権威と秩序を疑い、世の常識のすべてを疑い尽くした人が不毛の荒野の上に構築した巨大な城塞を仰ぎ見ながら、あとに続く私たちがなすべきことは、この強固な城と構築者そのものをも徹底的に疑うことによって大胆に乗り越えていくことではないでしょうか。

♪己も世界も疑え疑えすべてを疑え 茫洋

Friday, March 05, 2010

東博で「長谷川等伯展」を見る

茫洋物見遊山記第18回

没後400年を記念して東京国立博物館で開催中の「長谷川等伯特別展」を見ました。
彼の代表作として有名な6曲1双の「松林図屏風」はこの博物館の所蔵品なのでこれまでも何回か見物してきたのですが、まずは再晩年の傑作から鑑賞しておこうと第7室に足を運びました。

これはやはり東洋西洋すべての絵画の中でも極め付きの名品です。
等伯がこの屏風に描こうとしたのは、もはや現実の松林ではなく、その松林の彼方にある彼の心象風景です。この松や霧や風が象徴するものは、法華経の教えを胸に秘め、信長、秀吉、家康という戦国時代の領袖の御機嫌をとり結びながら必死で生きた天才絵師の、権力と抗い、己の理想を求め、激しく律動する心の軌跡そのものなのです。

私たちがここで見出したものは、墨の濃淡の限りもないバリエーションの裏側に潜んでいる人間存在の強烈な光と影、地上の欲望から脱して善悪の彼岸に遊びたいと願う孤独な魂の彷徨、そして絵筆1本でこの世にあらざる究極の美を目指そうとした絵師の、もはやなにものにもとらわれない自由奔放な藝術的理想の境地、すなわち安土桃山時代が生み出した孤高のパンクの精神なのです。

能登の絵仏師として若くして頭角をあらわした長谷川信春の武器は、その写実的な造形力と華麗な色彩力でした。会場の最初に陳列されている「十二天像」はその最良の証です。
やがて京に出て等伯と名乗った田舎絵師は、法華経ゆかりの羅漢像や達磨像、中国伝来の山水画の技法を身につけ、あの有名な大徳寺山門の壁画や千利休像など幾多の佳作を製作し続けます。

次第に実力と名声を兼ね備えてきた等伯が飛ぶ鳥を落とす勢いの狩野派と対抗して取り組んだのは、桃山時代を代表する豪華絢爛な金碧画でした。会場狭しと並べられている京都智積院所蔵の「楓図壁貼付」や「松に秋草図屏風」には、等伯の破綻を恐れない大胆な構図と奔放な色彩が全面展開されており、彼のシュトルムウントドランクな自立精神と鬼神も恐れないアバンギャルドな実験精神は、わが国の絵画史始まって以来の破格のものであったことがよく理解されます。

「柳橋水車図屏風」のポップや「萩芒図屏風」の象徴主義、「波濤図」のアールデコなど同時代の西洋絵画にはるか先駆ける斬新さと迫力は、守旧派の狩野派にはけっして見られないていのもので、これら作品を眺めていると、彼らがなぜあれほど執拗に等伯派を敵視したのかという理由も、おのずと得心できるというものです。

一代の英雄秀吉が死んで治国平天下を目指す家康の時代に入ると、等伯の関心は水墨画に向かいますが、「瀟湘八景図屏風」や「竹林七賢図屏風」などの気宇壮大な構図と植物や岩山のまるで動きだそうとするような生き生きした表現は、私があまり評価しない雪舟の山水画とは正反対の光彩陸離の素晴らしさです。
また「山水図襖」の怪奇幻想、「竹林猿猴図屏風」や「竹虎図屏風」における動物の愛すべきユーモラスな表情も逸することができないでしょう。

このように時代とともに微妙に変化した彼の作風でしたが、彼が多年にわたって培ってきた多種多様なジャンルにおける色・柄・デザインの技法が集大成され、6曲1双の小さな世界に炸裂したものが、冒頭で触れた「松林図屏風」の巨大な精神世界でした。

次第に混雑してきた会場を去る前に最後の一瞥をくれた私の脳裏に浮かんだのは、現世をすみやかに解脱し、宇宙における栄枯不滅の生命の透明な輝きを願う、かの桃山のパンクアーチストの見果てぬ夢でした。
 

   ♪今日も元気だ桃山パンク黒墨捲れば紅蓮の炎 茫洋

Thursday, March 04, 2010

塚原琢哉写真展「シレジア」を見て

茫洋物見遊山記第17回

シレジアというのはポーランドの地名です。かつてこの地方には、19世紀の終わりから20世紀の終わりごろまで、欧州の重化学工業を支える巨大な炭坑がありました。しかしシレジアは、現在ではわが国の三井三池と同様、生産施設も工場も住宅も誰ひとり訪れることもない見捨てられた廃墟となっています。

塚原琢哉がレンズを向けたのはその第1次産業と労働運動のかつての栄光の拠点でした。しかし黄昏の光にセピア色に照らし出された作業塔やコンベアや事務所や集会場や職員住宅には過去へのノスタルジーは感じられません。不在の労働者たちへの懐旧や悲嘆の情も皆無です。それらはいまはやりの建築遺産などでは断じてなく、時空を超えた物質それ自体なのです。かつて己をつくった人間からは遠く離れて、ただ一個の物として屹立している物たちを眺めていると、「物の生命は人間よりも長い」という不滅の真理を、ここでもまた思い出さないわけにはいかないのでした。

なお本展は今月いっぱい東京工芸大学写大ギャラリーで開かれていて、来る3月6日にはフォトグラファー自身によるギャラリートークもあるようです。


 ♪人よりも物の命は長ければ物に過ぎぬと驕るなかれ人 茫洋

Wednesday, March 03, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第37回

bowyow megalomania theater vol.1


「岳君、南武線に乗ったことある?」

「ないお。ありません」

「南武線に乗りたい?」

「乗りたいです」

「岳君、京浜東北線乗った?」

「乗りました」

「新型ですか旧型ですか」

「旧型です」

「新型は乗った?」

「乗れなかったお」

「新型に乗りたいですか?」

「乗りたいです」

「新型に乗ってどこへ行きたいですか?」

「えーと、えーと、桜木町行きたい」

「桜木町のどこですか?」

「健康福祉センター」

「そこでなにしたいの?」

「えーと、えーと、お昼ごはん食べたい」

「どんなご飯ですか?」

「カレーですよ」


♪欠陥車作りし咎を身に負いて謝り続けるトヨタ社長 茫洋

Monday, March 01, 2010

「新版クラシックCDの名盤演奏家篇」を読んで

照る日曇る日第329回&♪音楽千夜一夜第114回

音楽評論家の宇野功芳、中野雄、福島章恭の3氏によるクラシックCD批評です。私の好き嫌いや評価とは異なる部分もありますが、小沢征爾の音楽の程度がいかに低いか、アイザック・スターンを中核とするユダヤ・マフィアがチョン・キョンファなどの異端分子をいかに過酷に弾圧したか等々、あっと驚く音楽談義が満載です。

さて本邦に音楽評論家多しといえども、吉田秀和氏と宇野功芳氏ほど我が国のクラシックファンに決定的な影響を与え、今なお与え続けている人物はいないでしょう。
前者は当時無名だったグレン・グールドを世に送り出し、晩年のホロビッツの演奏を「壊れた骨董品」と評したことで、後者は偉大な指揮者朝比奈隆の令名を一躍高めたことによって、凡百のヒョーロン家どもがロバの耳の持ち主であることをあざやかに証明してみせました。朝比奈氏本人がつねづね「自分の今日あるは宇野氏のお陰です」と語っていたことがなによりの証拠です。

しかしそれだけではありません。クナパーツブッシュやシューリヒト、ムラビンスキーの指揮の素晴らしさを声を大にして唱え続け、ついにその「洛陽の音価」を高からしめたことも宇野氏ならではの大きな功績でしょう。既成の権威や固定観念に左右されず、ただ自分の耳だけを信じて演奏の良し悪しを断固として下す氏には幾百万の敵がいるのでしょうが、熱狂的な信者やファンもまた多いようです。

その宇野氏が、本書で耳寄りな話を書いています。なんでも私の大嫌いな元N響音楽監督のシャルル・デュトワはめっぽう女性にもてる色男で、(かつてはアルゲリッチと結婚していたことは私も知っていましたが)、韓国の天才的ヴァイオリニストのチョン・キョンファ、そして最近ではわが国の諏訪内晶子と付き合って子をなしたために、それがもとで夫からのDVに遭ったというのです。あくまでも噂話だと断ってはありますが、もし本当ならそれが彼女の長期にわたる低迷の理由ではないでしょうか。

ケンウッドの代表取締役を務めてから音楽プロデューサーとして世界を駆け回っている中野氏のお好みが、かつてロイヤル・コンセルトヘボウで長くコンマスを務めたヘルマン・クレバースとは我が意を得たりの思いでした。このクレバースとウイーンフィルのヘッツエルこそ、わが偏愛してやまないヴァイオリニストでしたから。
また中野氏がハーゲンやエマーソン、アルバンベルクSQなどを評価せず、歴史に残るカルテットは、ブッシュ、バリリ、ウイーン・コンツエルトハウス、アマデウスSQと断言しているのもさすがです。

最後に、宇野、中野両氏にくらべて30歳程も若い福島氏が、「CDの寿命はおよそ30年だ!」と断言しているのには驚きました。実際つい先日私が昔買ったグラモフォンのホロビッツの盤面が陥没崩壊しているのを目のあたりにして衝撃を受けたばかりだからです。3度の食事を2度にしてせっせと買い集めた数万枚の私のコレクションの運命やいかに?

♪美しきヴァイオリニストをたぶらかす希代の色事師とく本業に戻れ 茫洋

Sunday, February 28, 2010

日伊2組の「ドン・カルロ」を視聴して

♪音楽千夜一夜第113回

こなた我が国の新国立劇場、かたやイタリアのミラノ・スカラ座で行われたヴェルディの中期を代表する傑作オペラ「ドン・カルロ」公演をビデオで見ました。

前者は06年9月16日にミゲル・ゴメス・マルティネス指揮の東フィル、後者は08年12月7日にダニエレ・ガティが指揮したスカラ座管のいずれもライブの演奏ですが、結果的にはそれこそ雲泥の差がつきます。
序奏のホルンの数小節を耳にしただけで勝負あり。日本で一二を争うオペラ巧者の東フィルが、3時間半にわたっていくら懸命に弾いても、ヴェルディの荒々しい血のざわめきと孤独な魂の悲嘆の調べはこれっぽっちも伝わってきません。ドラマも悲劇もイタリアの光と影も感じられない、まるで由良川の蒸留水のような音楽には閉口しました。

熱血漢ガティが統率するスカラ座のアレグロ・コンブリオはここぞという箇所ではフォルテが凄まじく、対照的に第3幕のフィリッポ2世のアリアの劇伴には深い叙情が込められ、緩急自在な歌い方が見事であう。これでは日本勢は到底太刀打ちできません。

歌手陣はというと国王フィリッポ2世は新国立がヴィターリ・コワリョフ、スカラ座はフェルッチョ・フルラネットの対決ですが、当今老練の超ベテラン、フルラネットをしのぐバスを探すのは難しいでしょう。題名役は日本勢がペーテル・ドボルスキー、イタリア勢がスチュアート・ニールですが、後者はちと太りすぎ。エリザベッタ役は新国立の大村博美が長身の清楚な醤油顔で健闘していますが、所詮情熱的な歌唱力においてフィオレンツイア・チエドリンスの敵ではありません。イタリア勢のロドリーゴ役ダリボール・イエニスも素晴らしい存在感を示していました。

演出は双方とも流行のシンプルなスタイルですが、イタリアのステファヌ・ブロンシュウエブがオーソドクスであるのに対して、新国立のマルコ・アルトーロ・コレッリが壁面の移動による頻繁なカット割りを行っていたのが記憶に残りましたが、まずは5分5分というところか。いずれも照明を効果的に使っていました。

 かくて指揮と音楽、主役歌手の歌唱力においてスカラ座チームに大差をつけられてた新国立でしたが、とどめは合唱団の演技とアンサンブル。歌が下手くそなのは仕方がないにしても、洋服を着せられたその洋式チンドン屋のような姿が、依然として浅草オペラさながらであるのは困ったものです。これでは当分本物のヴェルディは初台では無理。やっぱりミラノへ飛ばないと駄目なのでしょうか。


♪よく咲いたねえ頑張ったねえと妻に褒めてもらっているシンビジウム 茫洋

Saturday, February 27, 2010

茫洋西暦2010年如月茫洋花鳥風月歌日誌

ある晴れた日に 第71回


90爺マーチを駆って高速逆走

犬よりも猫に好かれる男かな

横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経

横須賀やヤンキーも詣でる地蔵尊

ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな

死んでしまえばすべて終わりだよ山本耀司
 
物言えば唇寒し民社党

がっつりと見つめ合いたり鷹と我

風穴に光入れたり縄文人

乳さらし光歩むや縄文の女

閉じた眼に何を思うや縄文の人

ミミズクの森に棲みしや縄文の民

深々と青空呑みおり縄文人

光避け思いに沈むや縄文哲学者

かにかくに生きてありしか縄文の民

一塊の土にひそみし命かな

眼口耳われらと違わぬかたちかな
あっけらかんと笑うていたり縄文の人

1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民

電池寿命測定器の寿命も電池が支えているんだ

冠詞がない日本語には骨思想がない

胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ

曇天にヘリ低く飛びし朝年少の友独り逝きけり

我よりも若き人死ぬる日は身を清浄にして静かに慎む 

我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる

就活のバカヤローが生み出している恐るべき国家的損失

げに歌舞伎こそわが国が世界に誇る最高の芸術

亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会

またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻

ポネル死せりされどゼフィレッリ残れりわが懐かしきオペラ演出家

3位になっても4位になっても彼女の人生は続いていく

生きておればさらなる高みに登れたが足元の岩ぐらり崩れて 

おくつきにどなたがおわすかしらねどもそのうやうやしきにこうべはたるる

理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭

堕ちよ堕ちよ地獄の果てまで倫理なき小沢民主党

声はせず姿も見せぬ地底人ほんにお前ら屁以下だぜ

倫理なく自由も奪われ仕事せず哀れ沈みゆく小沢民主党

能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民

パレスチナの民族衣装を踏みにじるイスラエルの民の驕り昂ぶり

これぞ冥途の土産死に損ないアバドが死の音楽を歓喜の歌にすり替えたり

自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち
 
真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語
 
冬の朝野の鳥も人も歌うべしこの世にあることの喜びと苦しみ



♪この冬もおたまを護らんわれ一人 茫洋

Friday, February 26, 2010

嫌な感じ

バガテルop123


五輪には五輪書ほどの興味もないのですが、TVKと教育テレビ以外のどこのチャンネルも朝から晩まで狂った様にパン食ったとか晩食う婆とか絶叫しているのでほとほと嫌気がさして、本を読んだり音楽を聞いたり歯医者さんに通ったりしています。

新宿で地下鉄に乗ろうとしたら、目の前の広告ボードで篤姫が出るメトロの動画CMを上映していてうるさいのなんの。以前は紙製のポスターだったから嫌なら目を瞑れば良かったが、そいつが動画になって大音量で絶叫するのをリーマンたちが口を開いて驚いたように眺めている。これを狂気の沙汰といわずになんと呼べばいいのでしょうか。

帝都から省線で鎌倉駅に帰ってくると、構内では鳥の鳴き声の「録音」を大ボリュームで放送しています。これをやめれば線路の上で遊んでいるドバトの「ホウホウ」という囁きを聞くことができるというのに……。
JR東日本は、鳥の鳴き声を模倣すれば天国的な音楽が出来上がるというメシアンの白痴的アイデアを参考にしたのでしょうが、じつに嫌な世の中になったものです。


私が嫌いな日本語も増殖中です。

真逆
弾ける
なので
良かったでしょうか
タメ口
なにげに
粛々と
読み解く
仕分け
回収される
老人語
自分探し
地球に優しく
癒し
元気をもらう


♪真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語 茫洋

♪自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち 茫洋

Thursday, February 25, 2010

キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て

♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

「白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋

キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て

♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

「白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋

Wednesday, February 24, 2010

「吉村昭歴史小説集成」第七巻を読んで

照る日曇る日第328回


あの有名な「ターヘル・アナトミア」を翻訳した前野良沢を主人公とした「冬の鷹」、医師高松凌雲と松本良順の波乱に満ちたそれぞれの生涯を描いた「夜明けの雷鳴」、「暁の旅人」など、いずれも江戸時代の医学関係者を取り扱った評伝5本を集めたのが本巻です。

ドイツの医学書「ターヘル・アナトミア」のオランダ語訳をわが国で初めて翻訳し、「解体新書」として出版したのは杉田玄白とその門人大槻玄沢ということになっていますが、「冬の鷹」を読むと、それはほとんど誤りであることが分かります。オランダ語を解していたのは良沢だけで、彼が翻訳のほとんどを担当し、蘭語と蘭学に無知なあとの二人は、師匠格の良沢を物心両面にわたってバックアップしただけなのです。

しかし、もしも人当たりがよく時流を見極めるに敏な才子杉田玄白が、翻訳に際してあくまでも完璧を求め、偏屈で人間嫌いで孤高の独学者良沢をうまくプロデュースして原稿を版元に引き渡さなかったら、本邦初の医学実用書はついに世に出る事はなかったでしょう。

結局良沢は自分の名前を出さないことで「解体新書」の出版に同意しますが、そのことが2人の明暗を決定的にわかつことになります。良沢の功績を実質的に、いうなれば「独り占め」した玄白は、その後我が国の蘭学の泰斗として数多くの弟子、莫大な金銭そして輝かしい名誉に恵まれ、幸福な生涯を全うしたのに対し、性狷介な孤高のアルチザン良沢は、生涯にわたって貧困と孤独にさいなまれることになったのです。

わが国の尊王攘夷思想の元祖である高山彦九郎を愛し、最後まで庇護した良沢でしたが、彦九郎の自刃、息子達の早世に衝撃を受け、享和3年1803年、引き取られていた次女の嫁ぎ先で81歳で名声とも富とも無縁の生涯を終えます。

本書を読む私たちは、まさに蘭学の光と影、栄光と悲惨の鋭い対比を見せつけられるのですが、著者はなぜか人生の勝者玄白ではなく、ついにかなわぬ理想を追い求めながら敗れ去っていく良沢の「孤然とした生き方」につよい羨望を懐いているようです。

榎本武揚に従って五稜郭にわたり敵味方を分け隔てなく治療し、若き日に留学したパリの貧民病院の理想を後年になって実現した「夜明けの雷鳴」に登場する幕府の医師高松凌雲。同じく幕府の御用医師としての節操を貫いた「暁の旅人」の主人公松本良順――この2人に共通しているのも、前野良沢と同じ「孤然とした生き方」に他なりません。

そして人生最期の瞬間に、酸素マスクをみずからの手でひきちぎってこの世を辞した作者が実行してのけたのも、まさしくこの「孤然とした生き方」だったのです。

♪理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭 茫洋

Tuesday, February 23, 2010

映像狩りをするミクシィ、言葉狩りをする楽天

バガテルop122

このままにしておくと度忘れしてしまいそうなので、書いておきます。

つい先日のことですが、ミクシィ事務局から突然メールが舞い込んできました。「貴殿が掲載した写真がけしからんので削除した。以後注意するように」という無礼な内容です。
そのメールには当該の映像が公序良俗に反するなんたらかんたらと、このSNSが勝手に定めた「掟」がいくつか並べていましたが、削除された私の写真が、それらの禁止コードのどれに抵触したのか、いくら考えてもてんで思い浮かびません。

そもそも私はここ数年間というもの、毎日日記には3枚、フォトには4枚の写真をアップしてきましたから、およそ1万枚に達するそれらのなかのどれがイケテなかったのか、せめてヒントを与えてもらわないと当方としても今後どのように注意してよいのか皆目見当がつかないのです。

そこで私は、胸にふつふつと燃え盛る紅蓮の憤怒を押し殺して冷静を装い、もしかするとあれは去年の夏、出羽三山神社の境内で撮影したミイラの写真が「死体」と勘違いされて削除されたのではないかとまでこのくそ忙しい季節のさ中に想像をたくましくして、
「あれは実物ではなくて復刻された偽物だよ。だからおらっちも自信をもって掲載したんだよ」
と自己言及する懇切丁寧な解説文までつけて事務局に返信し、誠意ある回答を迫ったのですが、あれから2週間以上経ってもなしのつぶて。これっておおげさにいうと憲法が保障する表現の自由に対するいっぽう的な侵害ではないでしょうか。日頃お世話になっているミクシィ社への感謝と好意の念なぞ、それ以来ふっつり消えてなくなりました。

理解不能・対策不可能な理由で勝手に投稿映像を血祭りにあげているのがミクシィなら、同じく不条理な言葉狩りをしているブログが楽天です。

ここでは旧漢字や環境依存漢字の掲載に待ったをかけるだけではなくて「強姦」などのわいせつ?で社会の安寧秩序を震撼させそうな禍々しい言語?に取り締まりの網がビシビシかけられます。悪いのは強姦という行為であって、「強姦」という言葉ではないという社会人としての最低の教養すら、このブログの責任者には欠如しているのです。ユーザーが乱発する不穏な言葉を取り締まれば、明るく健康的な世の中が到来する。例えば「強姦」という言葉の使用を禁止すれば、世の中の強姦は跡を絶つ、などと信じているとすれば、彼らはそれこそとんでもなくおめでたい「楽天主義者」といわねばなりません。

まあそんな程度の低いメディアでも平気で利用するあんたが阿呆だといわれてしまえば確かにそうなのですが。

♪同じアホなら踊らにゃ損 茫洋

Monday, February 22, 2010

デニス・ラッセル・デービス指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団でハイドンの交響曲を聞く

♪音楽千夜一夜第111回

デニス・ラッセル・デービスは、なんと10年の歳月を費やしてカール・ミュンヒンガーが創立したシュトゥットガルト室内管弦楽団を指揮してハイドンの交響曲の全曲録音を果たしました。

これは昨2009年のハイドンイヤーにもっともふさわしいビッグイベントであり、全37枚のCDボックスがたったの5946円、1枚@わずか160円というお値段にもいたく感動して購入したのですが、どうにもこうにも残念無念な買いものでした。

デービスの演奏はECMレーベルに録音された近現代作品や最近のブルックナーではまずまずの成果を収めていましたが、交響曲の父の演奏を手掛けるには100年早すぎたようです。初期から中期の疾風怒涛時代の演奏があまりにも平凡でめりはりに欠け、いったいなにが面白くて演奏しているのかもわからない。まるで海底のナマコが猫じゃ猫じゃを踊っているような団子的無機的音響の連続に業を煮やして、後期のネームドシンフォニーを先に聞いてみましたが、主題の提示の明快さも、再現される主題の変奏の変化も、楽章ごとの緩急のつけかたも、テンポと音色の変化も切れ味が鈍く、すべてが格別の独創も企図もなくただただ凡庸かつ無感動に演奏されていくのです。

頭にきたので日頃愛聴しているドラティやアダム・フィッシャー指揮の全曲盤、さらにはヨッフムやセル、バーンスタイン、カラヤン、トレバー・ピノックなどとも聴き比べてみたのですが、これほどレベルの低い演奏と録音は皆無でした。強いてましな演奏を拾えば第105番とも呼ばれる協奏交響曲でしょうか。

解説によればトランペットとティンパニーだけが古楽器を使っているそうですが、その効果もまったく顕現していない。全曲をライブで録音したために聴衆の反応も分かるのですが、どの曲も拍手はまばらで(ブーイングこそ稀でしたが)、毎回きわめてうそ寒い空気が会場のメルセデス・ベンツセンターを冷え冷えと包みこむのが体感されます。

最新のデジタル録音の成果がそんなところで発揮されているとはデービス自身も予期しなかったことでしょう。ともかく「木戸銭を返してくれえ」と久しぶりに叫びたくなるような古典落語でした。仕方なく手元にあるボーザールトリオの9枚組でけたくそ悪く汚染された耳を懸命に洗い落としているところです。


♪またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻 茫洋

Sunday, February 21, 2010

東国博で「国宝土偶展」を見る

茫洋物見遊山記第16回&♪ある晴れた日に第71回

これだけはなにがなんでも見ておかねば、と重い腰を振り起こして早朝の上野くんだりまででかけたら一面の雪でした。大英博物館から帰国したばかりの縄文時代の土偶たちがおよそ六〇点並んでいました。

縄文のスーパースターという惹句のもとに、ネコ顔、みみずく顔、仮面、ビーナス、ハート形などさまざまな名称を冠せられた土偶、つまり土くれでできた人形が陳列されていましたが、どれもこれも高さ30センチを越えないくらいの大きさでとても小ぶりなのです。
しかし縄文早期の前7000年から晩期の前1000年くらいに青森、秋田、岩手、長野、宮城、埼玉などで発掘された土偶たちの藝術的完成度はきわめて高く、技術的な素朴さがかえってその簡素で象徴的な造形美を鮮烈に打ち出していて、岡本太郎が感動し、ここに己の創造の原点を見出したのもむべなるかなといえましょう。

これらの土偶は、多産・豊饒・再生の象徴として宗教的な儀式などに用いられたと考えているようですが、そんな学問的考察よりも子供を抱いたり背負ったりする土偶、しゃがんでいる土偶、手を合わせて合掌している土偶、すっくと誇りかに立つ土偶たちを眺めていると、1万年の遠い遥かな時空を瞬時に無化して、彼らと私たちが、「おなじ喜怒哀楽をともにしている存在」のように感じられるのはなぜでしょうか。もしかするとこの列島先住民と私たちには同じ血が流れているのかもしれません。

しかし宮城県蔵王町で発掘されたゴーグルをつけたような遮光器土偶だけは、それとは異質な文化の匂いを感じます。私見ではこれは中国四川省広漢市の三星堆遺跡で発見された同種の巨大な土偶(数年前に世田谷美術館で公開された)の影響を受けており、もしかすると紀元前2000年頃の三星堆文明の余波が東漸して、縄文前期の前1000~400年頃に日本列島に及んだ証拠ではないでしょうか。


眼口耳われらと違わぬかたちかな 茫洋
風穴に光入れたり縄文人
あっけらかんと笑うていたり縄文の人
1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民
乳さらし光歩むや縄文の女
胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ
閉じた眼に何を思うや縄文の人
ミミズクの森に棲みしや縄文の民
深々と青空呑みおり縄文人
光避け思いに沈むや縄文哲学者
かにかくに生きてありしか縄文の民
一塊の土にひそみし命かな

Saturday, February 20, 2010

大江健三郎著「水死」を読んで

照る日曇る日第327回

久しぶりにノーベル賞作家の最新作を読みましたら、これが案に相違してとても面白く読み応えがあったのでびっくりしました。

はじめは例によって下世話な私小説風なので、やれやれまたですかとあくびなどをしていたのですが、次第に作者の巧みなストーリーテリングと推理小説のように緻密に考え抜かれた重層的なプロットの罠にはまり、終盤の息が詰まるような展開と思いがけないラストに大きな衝撃を受け、ああこれが小説を読む醍醐味なのだ、という深いカタルシスを味わうことができました。

この小説は3つの位相が組み合わさって構築されています。

まずいちばん下の平面では、迫りくる老いを迎えて急速に衰える体力と突然の眩暈、加えて妻の病気や障碍を持つ息子との軋轢、人気の下落と経済的不如意など、われらが主人公を襲う暗い日常がまずはドラマの下ごしらえとして描かれています。

その上のプレートには、父の水死体が乗せられています。彼が取り組もうとする作家としての最後の仕事は、60年前に郷里松山の洪水の川にあえて短艇を乗り入れて50歳で死んだ父にまつわる「水死小説」を書くことなのですが、その願いは彼が郷里で当てにしていた資料が見つからず放棄する羽目に陥ってしまいます。
しかしそれは見かけだけのこと、それを含めてあれやこれやの一連の顛末を縷々つづったこの小説全体が「水死小説」であり、つまりはこれが小説の最上部を形成するプレートなのです。

やがて「水死小説」をあきらめた主人公の前に、若い男女の演劇集団が現れ、彼の参画を得て彼の旧作や彼の父の水死事件、彼の郷里の民衆蜂起事件をテーマにした新作を上演しようとするのですが、この若い世代の運動に随伴することが彼を過去の自分に直面させ、彼を再び政治的人間、性的人間へと急接近させ、現代の政治的・性的カタストロフィーの最先端部分にみずからを突き出す推力となるのです。

そして驚いたことに、主人公の「戦後民主主義の旗手」という仮面の下には、牢固とした国家主義者の顔容が潜み、さらにその表皮をべろりとはぐれば、森と川の精霊、聖なる土地のゲニウス・ロキ、先祖代々の霊たちに守られ、かの大いなる黄金の枝にまたがったひとりの無垢な少年の姿があったのでした。

土と血に根差した父のモラリストとしての処世を知り、その血族の一員であることをついに理会した主人公は、その来歴をつぶさに綴ることによって、彼の作家的生命を賦活させるに至ります。老残の肉体に降り注いだ深紅の血潮が、さながら三島の浪漫的な精神が降臨したように、いまにも滅び去ろうとしていた大江の実存をよみがえらせるのです。王が新たな王によって殺され、王国の不滅の伝統が維持されるように――。

藝術は人生を救う、とはまさにこのことではないでしょうか。大江のケンチャン、さすがにあなたは当代一の作家です。


♪遅れてきた老人がついに書きたり最高傑作 茫洋

Friday, February 19, 2010

正岡子規と横須賀 横須賀ところどころ第11回

茫洋物見遊山記第15回


海に沈んだ軍艦の記念碑の傍らにおかれていたのは、どういうわけか正岡子規の句碑でした。

横須賀やただ帆檣の冬木立

明治二一年の八月、21歳の正岡子規は、友人とともに浦賀に上陸し、横須賀・逗子・鎌倉に遊び、この句を詠んだとされています。それは彼が生まれてはじめて喀血し、親友夏目漱石と知り合う前年のことでした。

帆檣は「はんしょう」と呼んで帆柱の意。横須賀に来てみればたくさんの軍艦が一杯でその帆柱がまるで冬木立のようだったよ、という意味でしょうが、現地に立ったのは真夏なのにどうして季語が冬なのかすこし理解に苦しむところです。夏なのに冬木立を連想したのか、それともこれは彼が創案した写生句ではなく、頭の中でこさえた観念の句なのかと判断にまようところです。

それにしても当時21歳の青年が、「帆檣」などという漢字をさらりと使っているのには驚きます。いまでは70歳の老人ですら読み下せないのではないでしょうか。漱石の英語といい、子規の漢文といい、明治のインテリゲンチャンの学力には脱帽のほかありません。


いまは夏どころか厳寒の2月。人気のない公園を、「戦争反対」と書いた黄色いたすきを掛けた2人の日蓮宗のお坊さんが、湾内に停泊する2艘の潜水艦と4隻の駆逐艦に向かって太鼓をやけくそのように叩きながら行進していました。

♪横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経 茫洋

Thursday, February 18, 2010

帝国海軍の夢の跡 横須賀ところどころ第10回

茫洋物見遊山記第14回

横須賀は旧帝国海軍ゆかりの軍港で、港の公園の一郭には大戦で会没した軍人の慰霊塔や軍艦山城、長門、沖島などの鎮魂碑が、訪れる人もなく建ち並んでいます。

巨大な舟形をした大理石に刻まれた「国威顕彰」のスローガンを眺めていると、身も心も冷たくなってきたので、その場を立ち去ろうとしましたら、

原始海は生命の故郷であった
その海に果て、その海に眠る
戦友たちの御霊やすかれといのちながらえしものあい集い
再びいくさあらすなとねがうものなり

と書かれたひとつの墓碑銘が目に留まりました。

そのあとに続けて

浮雲一片流北辰
何人不起望郷情
有時霊魂亦環家
夜半南星漂蒼海

という七言絶句も書かれていました。井伏鱒二風に、

北極星に雲がかかれば
みんな故郷に帰りたい
いつかは君もお家に帰る
青い海からお星さまになって

といういい加減なほんやくで、いかがなものでしょうか。


♪冠詞がない日本語には思想がない 茫洋

良長院というお寺 横須賀ところどころ第9回

茫洋物見遊山記第13回


どぶ板通りを少し離れて坂道を上っていくと龍谷山良長院という曹洞宗のお寺がありました。曹洞宗は道元が開祖で、のちに禅宗の一派と称されるようになりますが、道元自身はそのような狭いセクショナリズムを排してこれが仏教の正道だと考えていたようです。

あるネット情報によれば、この良長院は、元は米軍基地内の泊浦(現在の泊町)にあったそうです。本尊は開山堂に安置してある釈迦三尊像で、これは横須賀市内唯一の鉄製の鉄仏だとか。なんでも泊町の長峯城城主の瀬尾重兵衛良長という人が創建したので、良長院と名付けられといいます。 
良長院には聖観世音菩薩もあります。また別の情報によれば、この観音像は関東大震災の横死者追善供養のため大正十四年九月一日(三回忌)に第二町内会有志によって建立され、観音像の胎内には関東大震災で亡くなった人の名が刻まれた銅版が納められたので、それ以来、震災記念観音と呼ばれていましたが、昭和25年に境内入り口広場から現在の場所に移し、良長院の縁起にちなんで祇園観音と改称。続いて、昭和28年には梵鐘の再建、燈籠の再建などによって、祇園の浄地としての伽藍が整備されたことを記念してこの観音像の由来が記されることになったそうです。

別にそういう由来などはどうでもよいのですが、何度訪れても人影がなく、そのかわりに人懐こい猫が近寄ってくる感じのよいお寺です。


♪犬よりも猫に好かれる男かな 茫洋

Tuesday, February 16, 2010

ウイリアム・ワイラー監督「ミニヴァー夫人」を見る

闇にまぎれて bowyow cine-archives vol.24

ジャン・ストルーザーの原作を、名匠ワイラー監督が1942年に映画化した愛国キャンペーン映画です。

当時のアメリカは、日独伊などの枢軸国と戦争のさなかにありました。そこでワイラーも、及ばずながらと腰を上げて、1939年現在の英国ロンドン近郊の小さな村を舞台にした戦争協力映画をとりあげたというわけです。

愛国とか戦争協力といっても、そこは格調高いジェントルマンのワイラーなので、同時代の絶叫愛国者フランク・キャプラなどと比べると、それほど露骨な戦意高揚のにおいふんぷんの要素は慎重に避けていて、むしろある日突然戦争に巻き込まれた英国の中産階級の悲劇の様相を、格調高く描いているとも評せましょう。

冒頭、主人公のミニヴァー夫人(グリア・ガースンがひと時代前の古典的な美貌を見せる)がロンドンの街頭でプチブルジョワ風のショッピングの楽しみに耽るシーンは、到底ラストの戦争の悲惨さを想像だにさせない点で、ワイラーの演出の腕のさえを物語っています。

 また平和だった家庭に突然「凶悪な」ドイツ兵が侵入するシーンや、ミニヴァー夫人の夫があのダンケルクの撤退戦に駆り出されたり、観客が予想もしなかった人物が突然死んでしまうなど、劇的な要素もたっぷり盛り込んであり、凡庸な戦意高揚映画とはきちんと一線を画しているものの、最後にエルガーの「威風堂々」のBGMが流される中で、教会の牧師が正義の戦争への加担をアジテートしたり、エンドマークと共に戦争基金への参加が呼びかけられるのを目にすると、極東の一ワイラーファンとしても、さすがにいささか鼻白んでくるのはやむをえません。


♪ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな 茫洋

Monday, February 15, 2010

大野和士指揮ベルギー王立劇場管でストラヴィンスキー「道楽者のなりゆき」を見る

♪音楽千夜一夜第110回


ストラヴィンスキーがバイロイトでワーグナーを見て反発発奮してかいたといわれる20世紀オペラをわが国の若手のホープがドライブしての演奏です。

物語のあらすじは、表題通りの道楽者トム・レイクウエル(アンドリュー・ケネディ)が、初恋の女性アン(ローラ・クレイコム)との約束を踏みにじって、悪魔シャドウ(ウイリアム・シメル)の誘惑に乗り、大都会の悪に染まって酒池肉林の快楽を味わい、とどのつまりは精神病院のベッドの上で郷里の村娘との平凡な幸福を夢見ながら痛苦と後悔にみちた一生を終るというどこかで聞いたことのあるようなお話です。

テキストはおそらくバイブルの放蕩息子の逸話やイプセンの「ペールギュント」の本歌取りであり、随所にチャイコフスキーの「スペードの女王」やモーツアルトの「ドン・ジョバンニ」、さらには反面教師であったはずのワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の遠い反響を聞きとることもできます。
要するにこのオペラは古今東西のあらゆるオペラや音楽の解体であり脱構築であり、新時代のオペラの集大成としてつくられたものなのです。私たちはひとたびは解体されたオペラが、新しい意味と光芒を備えてもういちど現代によみがえろうとする、その生成の現場に立ち会うことができるのです。

そして作曲家のその意欲的な試みを、21世紀初頭の現在という時点でじつに美しくも説得力をもってあざやかにレアライズしたのが演出のロベール・ルパージュと大野和士のコンビでした。けっして大げさな演奏と劇化ではないのですが、これほど心にしみる公演もそれほど多くはないでしょう。ただひとつ文句をいいたいのはストラヴィンスキーがなくもがなの道学者風のエピローグを付け加えたことですが、これは公演スタッフの罪ではありません。ともかく万人に推薦できるオペラビデオです。

♪亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会

Sunday, February 14, 2010

バレンボイム指揮スカラ座管で「アイーダ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第109回

09年9月6日に行われたスカラ座の来日公演のライブを、録画で見ました。会場はパリのパレ・デ・コングレ、NYのエイベリーフイッシャーホール、両国の国技館と並ぶ世界最悪音響空間の神南馬小屋ホールですが、収録マイクのセッティングが絶妙であるために、自宅での視聴が会場最上席のそれに優に匹敵するとはどうにも皮肉なものです。

 オーケストラボックスに入ったスカラ座の管弦楽と合唱団の素晴らしさは、誰もが知る通り世界最高のレベルにあり、今回の「アイーダ」における第3幕のオケとコーラスの咆哮は、バレンボイムの乗りに乗った指揮ぶりとあいまって、強烈な劇的興奮を生みだしていました。これぞヴェルディの音楽を聞く醍醐味といえましょう。

とかく日本のオケは、長大なオペラや交響曲の終わりの箇所にさしかかると、まるでガソリンの切れかかった自動車のように息切れしてくることが多いのですが、外国のオケの大半はその正反対で、当夜のスカラ座管のように、むしろこの急坂からものすごい底力と登攀力を発揮します。

「アイーダ」の演奏においては、音響的クライマックスのピークが第3幕におかれていて、主役の2人が閉じ込められた密室で死んでいく最後の第4幕では、音響の激烈さではなく、音楽の内面的な意味と感情にものをいわせなければなりませんが、この難しい演奏課題を、指揮者は見事にクリアしていました。

表題役のヴィオレッタ・ウハマーナ、ラダメスのヨハン・ボータ、アムネリスのエカテリーナ・グバノワもその持てる実力を存分に発揮していましたが、それにもまして特筆すべきはフランコ・ゼフィレッリによる格調高く知的な演出で、豪華絢爛な美術装置の前で演じられるバレエの演技に力点をおくことによって、逆にこのドラマの悲劇性を鋭く浮き彫りにしていた点が素晴らしかったと思います。

♪3位になっても4位になっても彼女の人生は続く 茫洋

♪ポネル死せりされどゼフィレッリ残れりわが心に残る懐かしきオペラ演出家よ 茫洋

Saturday, February 13, 2010

アレクサンダー・マックイーンの死

ふぁっちょん幻論第57回

外電によれば英国のデザイナー、アレクサンダー・マックイーンがロンドンの自宅で
亡くなったそうです。世界でも指折りの非凡なクリエーターであった若冠40歳の孤独な死は、惜しみても余りあるものといえましょう。

ロンドンのセントマーチーン・アカデミーを卒業して1996年にロンドン・コレに参加し、その後まもなくジバンシーのデザイナーとしてめざましい活躍を続けた彼は、2001年からはみずからのブランドでパリとミラノのコレクションでメンズとウイメンズの作品を発表し、シーズンごとに高い評価を集めてきました。

アレクサンダー・マックイーンは、つねにファッションの領域を拡大し、前人未到の新しい美を追求しようとする強烈な意欲と冒険精神の持ち主でした。たとえばロンドンのストリート系雑誌「デイズド&コンヒューズド」の依頼に応じてコムデギャルソンなどとともに重度の身体障害者をモデルにした作品を発表したり、03春夏パリコレでは義足のモデルを起用するなど、健常・障碍の区分を超えたユニバーサルデザインに対して先進的な取り組みをみせていました。彼は、私たちが美しいとみなす世界の外側に、もうひとつの美しさを見出すことができた人でした。

けれどもファッションに対してきわめて前衛的な考え方を持ち、その理想を追求しようとすればするほど、バブル崩壊後の世界不況の嵐は、彼のファッションポリシーと生き方を苦難にみちたものに変えていったに違いありません。
他のデザイナーたちと共に、一方では着易いリアルクローズを提案し、プーマ社と提携するなど「食うためのデザイン」を推進すればするほど、「この世にあらざる理想のデザイン」を夢見る彼の良心はするどい痛みを覚えたに違いありません。

彼が死の直前に製作し、私たちへの最期の贈り物となったのは201年秋冬物のミラノコレクションでしたが、そこで登場するメンズウエアたちは、まったくコンセプトの異なる2種類のグループによって暴力的に引き裂かれているようです。

一方における「万人に愛されるリアルクローズ」と、まるでアフガニスタンのアルカイダへの孤独なオマージュのような、「異様でアバンギャルドなシュールレアリスムウエア」――。おそらく彼の内面におけるこの2つのベクトルの存在と内部矛盾、そしてその不可避的な対立と分裂の激化こそが、彼の早すぎる自死の引き金となったのではないでしょうか。

今宵私は、マックイーンと同じような悩みをかかえて激しく苦悩しているであろう山本耀司氏や川久保玲氏、そのほか数多くのクリエーターの健闘と自愛を切に祈りたいと思います。


死んでしまえばすべて終わりだよ山本耀司 茫洋

生きておればさらなる高みに登れたが足元の岩ぐらり崩れて 茫洋

Friday, February 12, 2010

渡辺保著「江戸演劇史下」を読んで

照る日曇る日第326回


とうとう最後のページまで読んでしまいました。

あとがきで著者は、「この本はもちろん今日の読者のためのものであるが、それ以上に歴史の闇に消えていった多くの人々の霊に捧げたい」と書いていますが、これは嘘偽りなくその通りです。

分厚い本をぱたりと閉じた私の脳裏には、歌舞伎一八番を創成した七代目団十郎や、その父七代目との金銭トラブルに巻き込まれて大坂で切腹した名優八代目団十郎の「助六」の力演、そして守田座の責め場の舞台から転落して釘を踏み抜いて脱疽にかかり、名医ヘボンなどによって両手両足を切断する手術を受けながら、わずか34歳で花の命を散らせた女形田之介のたおやかな演技、さらには富本節に引導を渡して清元節全盛の世を切り開きながら文政8年5月26年に暗殺された延寿太夫の朗々たる美声が、なぜかまざまざとよみがえってくるのですから。

著者の汗牛充棟ただならぬ膨大な資料を駆使しての博引旁証はさることながら、いまから200年以上前の江戸時代の歌舞伎三座を華やかに彩った名優や音楽の名人たちの演技や演奏を、「まるで見てきたように」描き出し、あまつさえ私たち読者の耳目にあざやかに現前化する著者の筆力と自由奔放な想像力は、ほとんど神業の領域に達しているというべきでしょう。これは単なる江戸演劇史ではありません。さながらイタコのように彼らによりそい、彼らに憑依し、青史の時代に生きた名優の一世一代の名演の真価を復刻再現して永遠の正史にとどめようとする驚異的な情熱と幻視の書物なのです。

天保一二年、水野忠邦の奢侈禁止令を利用して歌舞伎取りつぶしを狙った鳥居耀蔵でしたが、遠山の金さんの反対もある程度は奏功して、結局堺町・葺屋町・木挽町の芝居三町にあった中村・市村・森田の歌舞伎三座は、浅草聖天町近辺の猿若町に強制的に移転されました。ところがこんな辺鄙な内陸部に追いやられたにもかかわらず歌舞伎は元禄・宝暦明和・文化文政に匹敵する黄金時代を迎えるのです。

その理由として著者は、民衆が育てた江戸歌舞伎の恐るべきエネルギーを挙げています。万延元年三月三日の桜田門外の変のおり、猿若町の中村座ではまさに井伊大老の暗殺さながらの「封印切」の稽古をしていたそうですが、役者たちは「もしもこっちの初日が早かったら、あっちで遠慮してあんな騒動もなかったろう」と豪語したという挿話を紹介したあとで、著者は「この隔離された別世界には、恐ろしい現実を笑いとばすだけのエネルギーがみなぎっていた」と大略で評するのですが、ここにおいて著者の歌舞伎への愛の告白を思いがけず耳にした想いをするのは、私だけではないでしょう。


♪げに歌舞伎こそわが国が世界に誇る最高の芸術 茫洋

Thursday, February 11, 2010

ゲッティンゲン音楽祭のヘンデル「アドメート」を視聴する

♪音楽千夜一夜第108回

2009年5月28日にドイツのゲッティンゲンで行われたヘンデルのオペラ「アドメート」の公演をビデオで見ました。「音楽の母」と称されるゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルの没後250年に当たるヘンデル・イヤーのこの年は、世界各地でヘンデルを記念するイベントや演奏会が企画されましたが、これもその記念行事のひとつでした。

「ゲッティンゲン国際ヘンデル音楽祭」は1920年に開始されたフェスティバルで、 古楽の音楽祭としては現在最も長く続いている音楽祭だそうですが、今回の ヘンデル・イヤーに選ばれたのがんだ歌劇「アドメート」でした。これは1727年にロンドンで初演されたヘンデル42歳の年のオペラで、 ギリシア神話に題材を採る瀕死の王アドメートとその妃アルチェステの物語です。 かつてはしばしば上演され、人気を博したそうですが、現在ではほとんど上演の機会のない珍しい作品なのだそうです。

演出は映画監督・ドリス・デリエという知らない女性です。なんでも日本文化に深く共感し、小津安二郎の影響のもとで監督した作品「HANAMI ―花見―」(2007) がベルリン映画祭でも注目されたそうですが、 今回の「アドメート」でも「HANAMI」で共演した日本人ダンサー遠藤公義を振り付けとソロダンスに起用し、和洋折衷の奇妙奇天烈な演出世界を粛々と展開しました。

ヘンデルが描いたのはトロイア戦争後のギリシアのさる王国の宮廷の恋のさや当ての物語なのですが、国王アドメート、王妃アルチェステ、トロイの王女アンティゴナをはじめ出演者の全員が、なんと日本の江戸時代?の武将や花魁の装束で登場します。
瀕死の国王の一命を救うために犠牲となって自害した王妃を黄泉の国まで救出にむかうエルコーレ(ヘラクレス)などは、な、なんと相撲取りの格好をしていて、こいつが器用に四股を踏んだり、今は亡き朝青龍の土俵入りのしぐさまでやってのけるのです。

はじめはあまりの荒唐無稽さにあんぐりと口を開けて眺めていた私でしたが、無国籍風ジャポニスムと切れ味の良いモダンバレエ、色鮮やかな照明、そしてニコラス・マギーガン率いるゲッティンゲン音楽祭管弦楽団の快調な劇伴にいざなわれて、気がつけば3時間になんなんとする長丁場を居眠りもせず気持ちよく鑑賞することができたのでした。

ヘンデルの音楽はバッハと違って音楽語法が単純明快なので、聞く人を退屈させずに終曲までなだれこむためには相当の手練を要しますが、私がはじめて耳にするこの指揮者とオケは、かなり上手にその難事業を乗り切ることに成功していたと思います。
もっとも最高のヘンデル演奏においては、まるで高級なミニマルミュージックの演奏に遭遇したときのような興奮と催眠、そして見神効果にまでまきこまれることがあるのですが、彼らはその至高の境地にはまだ遠く及ばないようです。

配役と歌手は以下の通りですが、いずれも「中の上」ないし「上の下」クラスのひとたちでした。
アドメート:ティム・ミード、アルチェステ:マリー・アーネット、アンティゴナ:キルステン・ブレイズ、トラジメーデ:デーヴィッド・ベイツ、オリンド:アンドルー・ラドリー、エルコーレ:ウィリアム・バーガー、メラスペ:ウォルフ・マティアス・フリードリヒ

我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる 茫洋

Wednesday, February 10, 2010

閉店迫る横須賀さいか屋  横須賀ところどころ第8回

茫洋物見遊山記第12回&ふぁっちょん幻論第56回


吉祥寺伊勢丹、有楽町西武、京都四条河原町阪急など全国各地で百貨店の閉店が相次いでいますが、ここ横須賀でも名門デパート「さいか屋」の大通り店が閉鎖されることになり、地元商圏に暗い影を落としています。

「さいか屋」は明治5年創業ですから、きっと戦国時代の歴史に名を刻んだあの雑賀一族の末裔がおこした当時は流行の最先端をいく商業施設だったのでしょう。現在では、川崎、藤沢、横須賀など神奈川に拠点をおく典型的な地方百貨店ですが、尋ねるたびに来客が減少していることが気になっていました。

しかし経営不振が極まって、まさか目抜き通りに面した大通り店をクローズするとは思いがけない結論でした。横須賀店は大通り店、新館、南館の3館で構成されていますが、あとの2つは大通り店のいわば背中側に立地しており、集客の点では相当のハンディがあるはずです。それなのにどうして今回のような選択をしたのか理解に苦しみます。

販売実績を見てみないと門外漢には勝手なことが言えませんが、現場を歩いてみた感じでは、新館と南館を売却して主力商品のみに絞った大通り店だけで営業を続けたほうがコストダウンと早期黒字化につながるのではないかという印象を持ちました。
南館は飲食街になっているようなので、もしここが黒字ならば大通り店との2館体制で新規巻き返しを図るべきではないでしょうか。

いずれにしても特性のない衣料品を主力とした特性のない百貨店は、特性のないアパレルメーカーとともにこれからもどんどん滅んでいくのでしょう。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、総身に凍風が吹き付ける平成22年の横須賀の冬です。


曇天にヘリ低く飛びし朝年少の友独り逝きけり 茫洋

Tuesday, February 09, 2010

聖ヨゼフ病院 横須賀ところどころ第7回

茫洋物見遊山記第11回


諏訪大神社の階段を下った坂道の向こうにそびえているのが聖ヨゼフ病院です。

もともとは海軍の軍人の病院だったようですが、昭和21年からカトリック女子修道院聖母訪問会という組織に経営が移り、昭和36年に総合病院聖ヨゼフ病院と名称が変更され、平成17年には聖テレジア会に法人名が変更されて現在に至っています。まあそんなことはどうでもよいのですが、この病院にはかつて障碍児歯科があって、私の息子はもとより知的障碍を持つ神奈川県全域の親子が日参したものです。

健常児だって歯の治療は大変なのに、訳のわからんちんの障碍を持つ子の歯を削ったりすることがどれほど忍耐を必要とするかはどなたにも分かっていただけるでしょう。

中には猛烈に暴れる子供もいます。そんな障碍児たちを愛情と慈しみを持って辛抱強く治療に当たってくださったお医者さんと看護婦さんに深甚の敬意と感謝を捧げたいと思います。

高台の上のこの病院の頂きに居ます天使よ
幼く哀れな者たちの魂を安らかにしていと高きところへと速やかに導きたまわんことを!


♪がっつりと見つめ合いたり鷹と我 茫洋

Monday, February 08, 2010

格調高い諏訪大神社 横須賀ところどころ第5回

茫洋物見遊山記第10回

横須賀の湾を見下ろす諏訪公園の下に鎮座ましますのが、格調高い諏訪大神社です。だいじんじゃではなく、おおかみしゃと発音します。

 諏訪大神社の伝承によると、康暦二年(1380)にこの地の領主であった三浦貞宗(横須賀貞宗とも言う)が、信濃国(現在の長野県)諏訪から上下諏訪明神の霊を迎えて創建し、慶長十一年(1606)2月27日、大寒長谷川三郎兵衛の発起で、社殿と境内地の大改修が行われたことも伝えられています。
 祭神は、健御名方命(たてみなかたのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)の二柱です。健御名方命は武勇に優れた神で、東国の守り神と言われ、事代主命は、えびすさまとも言われ、開運の神として広く信仰されています。

またこの神社には大震災避難記念碑が立っていますが、関東大震災の折には高波を逃れた多くの住民が、境内の社務所や社殿で寝食をともにしたそうです。
なお高い階段の右奥に立派な日本住宅が見えますが、おそらくこの神社の神主さんのお宅ではないでしょうか。


♪おくつきにどなたがおわすかしらねどもそのうやうやしきにこうべはたるる 茫洋

Sunday, February 07, 2010

どぶ板通りのお地蔵様 横須賀ところどころ第5回

茫洋物見遊山記第9回

横須賀のどぶ板商店街のちょうど真ん中あたりに赤い門で囲われた岩屋のような一角があります。

この奥に安置されている延命地蔵尊は、昔から参拝者が絶えない、霊験あらたかな地蔵尊として知られています。いつ通っても、線香の香りが漂っています。若い人たちの姿も目立つドブ板通りに、ひときわ異彩を放つ延命地蔵尊ですが、あまり人に知られていない歴史がありました。
 昔の文献によると、このあたり一帯は海に突き出した険しい地形で、交通路といえばわずかに山裾をぬって造られた細い道だけだったようです。そこでこの付近に下町と結ぶ素掘りのトンネルを造ったところ、このトンネルが不完全だったことから、出水や地震などによってたびたび落盤事故を起こし、多くのけが人がでました。そこでこのあたりの有志の方々の発願によってトンネルの入り口にあたる場所に地蔵を祭り、通行の安全祈念することになったといいます。

明治の中ごろまでは、この付近を洞ノ口あるいは堂ノ口と呼んでいたので、この地蔵は当初は「洞ノ口地蔵」と称されていましたが、この地蔵尊の霊験あらたかなことが、いつしか近郷近在の人々に広まって、年を経るごとに信仰する人が多くなっていきました。

そして、その祈願の内容も、家内安全から商売繁盛に広がり、さらに明治、大正、昭和と時代を新たにするごとに、入学祈願の信仰の対象にもなってきました。やがてこの洞ノ口地蔵を信仰すると長生きできるという神話も生まれ、いつのころからか「延命地蔵尊」と呼ぶようになったといわれます。

以上「横須賀どぶ板商店街」のHPからの情報でした。

♪横須賀やヤンキーも詣でる地蔵尊 茫洋

Saturday, February 06, 2010

横須賀ところどころ




茫洋物見遊山記第8回

またしても横須賀にやって来ました。

左側の海を見ながらバスに乗って大滝町で降りて右側の道路に入ると、もうそこがどぶ板通りです。もともと横須賀は明治時代から軍港として栄えたのですが、なんとこの道路の真ん中にどぶ川が流れていたそうな。当然交通の妨げになるので、当時の海軍工廠から分厚い鉄板を寄付してもらい、どぶ川にふたをしたところから、「どぶ板通り」の通称ができたそうです。そしてそのどぶ川も鉄板もなくなった現在でも、その名前だけが残っているのです。

「どぶ板通り」には横須賀名物のスカジャン、ヨコスカネイビーバーガー、よこすか海軍カレー、肖像画店、土産屋、ミリタリーショップ、外人バーなどのお店が並んでいますが、私が好きなのは昔ながらの銭湯「大黒湯」です。同じ名前の銭湯は東京にもありますが、こちらはずっとひなびたローカル古典ヴァージョンです。

「どぶ板通り」の道端にとびとびに敷かれているのが、横須賀ゆかりの有名人たちの手形レリーフです。王貞治、斎藤明夫、佐々木主浩などのスポーツ選手や団伊久磨、清水哲太郎といった人々もその手跡を残していますが、雪村いづみ、原信夫、阿川泰子、白鳥英美子、渡辺真知子、宇崎竜童、阿木燿子、ジョージ川口などのミュジシャンが多いのは、この近くの海軍倶楽部に出演したことがあるからではないでしょうか。

横須賀は海と音楽とアーミーの街であります。


♪倫理なく自由も奪われ仕事せず哀れ沈みゆく小沢民主党 茫洋

♪堕ちよ堕ちよ地獄の果てまでモラルなき小沢民主党 茫洋

Friday, February 05, 2010

石渡嶺上司・大澤仁著「就活のバカヤロー」を読んで

照る日曇る日第325回&バガテルop121

この本には、企業・大学・学生が演じる茶番劇という副題がついています。

企業は優秀な学生を青田買いするために「就職協定」を幾度となく有名無実化してきました。大学側では「教育」が本分であるとうそぶき、就職など知ったことかという態度を取っていましたが、少子化が進んでどんどん学生の数が減り、経営基盤が足元から崩れ去っていく現実を目の当たりにして、どうしても就職率を上げざるを得なくなってきました。

そこに割って入るのがお馴染みのリクナビやマイナビを運用する就職情報会社です。企業からは「就職人気企業ランキング」などをちらつかせて説明会経費や媒体費用をむしりとり、大学に対しては就活指導ノウハウを様々な形で押し売りし、「就活と採活」の両側面において完全なマッチポンプで莫大な利益を上げています。

いい迷惑なのは学生たちです。勉学に専念できるのは3年生の1学期までのわずかな期間だけ。夏休み前にはインタンシップという訳のわからない就業体験に突入し、続いて大企業の説明会が大会場で開催され、大手テレビ局や電通博報堂などへのエントリーが開始されます。ともかく3年生の大みそかまでには内々定を獲得しようということで、学業などそっちのけで就活の東奔西走が繰り広げられているのです。

どこの大学でも企業訪問やら面接試験などに出陣する学生が相次ぎますから、ゼミや授業や実験などはみなうわの空。4年生になっても就職が決まらないと大事な卒業制作にも大きなダメージが出てきます。100年に一度という大不況で2010年度の内定率はこれまた史上最低を記録していることを知ってか、最近では2年生!が就職課に相談にくるという異常事態が発生しています。ゆがみにゆがんだ就活ゆえに、かなりのパーセンテージを占めるアホバカ学生のアホバカ度も、ますます亢進せざるを得ません。

アホバカ小鳩のおかげで国会がもはやまともな政策論議の場でなくなってしまったように、キャンパス内も、もはや真面目な勉強どころの騒ぎではないのです。
就職情報会社や就職本に脅かされた学生は、絶対おとされないエントリーシートの書き方や失敗しない面接の受け方を知ろうと私たちのところへやってきます。マニュアル通りの履歴書を持ち、マニュアル通りの質疑応答に熟達し、マニュアル通りのリクルートスーツを着たマニュアル人間のおぞましさ。そして彼らをそのような姿形に追い込んだ元凶であるにもかかわらず、彼らの来襲におびえる企業の異様さ。これを悲惨な蟻地獄といわずになんと呼べばいいのでしょう。

この悲喜劇を存続させている当事者は、企業・大学・就職情報会社・世間そして学生です。しかし学生自身にはこの苦境を逃れるすべはありません。私はやはり企業側が1996年に廃止した就職協定を復活し、それを政府が厳格に監視する形で、「会社訪問は4年生の8月20日、内定は11月1日」とおごそかに決めることが、現在の「就活のバカヤロー」状態を脱する唯一の道ではないかと思うのですが……。

♪就活のバカヤローが生み出している恐るべき国家的損失! 茫洋

Thursday, February 04, 2010

文化学園服飾博物館の「パレスチナの民族衣装」展を見る

茫洋物見遊山記第8回&ふぁっちょん幻論第55回

新宿の文化学園服飾博物館では「パレスチナの民族衣装」展が3月14日まで開催されています。

聖地エルサレムを囲むパレスチナ地方には、イスラエルとアラブ両民族が政治的、人種的、宗教文化的に厳しい対立を続けている訳ですが、この会場ではヨルダン川西岸とガザ地区に分断されながらも軍事的強国イスラエルにゴリアテに挑むダビデのように礫で戦いを挑んでいるパレスチナの人々の民族衣装が多数展示されています。

アラビアのロレンスを思わせる男性の衣服も興味深いものがありますが、なんといってたっぷりとした着分の生地を贅沢に使い、大きなAラインに造型された女性の色彩豊かなドレスが目を引きます。

ドレスには花や木など自然のモチーフが金の糸などで刺繍されていて、とりわけ胸元に表現されたV字型などの大胆な文様が、エルサレムやラマラ、ガザ、ベツレヘムなど彼女たちの出身地毎のアイデンティティをあざやかに表現しています。

タータンチエックを思わせるこれらの美しい意匠は、先祖代々母から娘に手作業で伝えられ、その地域や部族や家柄の誇り高い象徴であったわけですが、その連綿たる歴史と文化的伝統が、20世紀後半のイスラエルの武断的攻勢と陰険な分断政策によって暴力的に断ち切られつつあることは断腸の思いです。

難民キャンプに追いやられたパレスチナ人たちが、ありあわせの素材と拙い技術でつむいだ貧しいドレスが、そのことを雄弁に物語っているようでした。


♪パレスチナの民族衣装を踏みにじるイスラエルの民の驕り昂ぶり 茫洋

Wednesday, February 03, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第35回

bowyow megalomania theater vol.1


10月15日 雨

僕は、横浜線のことを考えています。それでお父さんに尋ねました。

お父さんはきのう僕を怒ったので反省して、今日は僕にやさしくしようと努力しているので、それが分かっている僕はお父さんに協力してあげようと思ったのです。

「いま横浜線、新しい?」

「新しいよ。JR東日本の横浜線は、新しいジェラルミン車だよ。質問はそれで終わり?」

「それでおしまいです」

僕はしばらくしてから「レコード芸術」を読んでいるお父さんにまた質問しました。

「横浜線はどこからどこまで走ってるの?」

「えーと、大船から八王子だよ」

「横浜線、新型だけ走ってるの?」

「うん、そうだよ。岳君、横浜線好き?」

「大好き」

「じゃあ横浜線の新型と旧型とどっちが好き?」

「両方好きです」

「ほんとう?」

「ほんとうです」

「新型と旧型とどこが似てるの?」

「黄色いのが」

「どこが黄色いの?」

「ここが黄色いの」
と言いながら僕は胸を指差しました。


♪電池寿命測定器の寿命も電池が支えているんだ 茫洋

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第34回

bowyow megalomania theater vol.1

10月14日 曇

「岳、うるさい! いいかげんにしろ!」と、お父さんが怒鳴りました。

「バカヤロー!」と3回怒鳴りました。

お父さんは嫌いです。僕を怒るから大嫌いです。
「旧型の山手線は、お払い箱ですか?」と尋ねただけなのに、いきなり怒鳴るお父さんなんか死んでしまえ。僕はお父さんなんか大嫌いです。

ウグイス色の103系統の山手線はいまごろどこを走っているんだろう?



♪90爺マーチを駆って高速逆走 茫洋

Monday, February 01, 2010

アバドの「マーラーの7番」を視聴する

♪音楽千夜一夜第107回

2005年の8月、スイスのルツエルン音楽祭で同管弦楽団を指揮したマーラーの第7交響曲のビデオを視聴しました。

画面を見て驚くのはミラノの孤鷹クラウディオ・アバドの病み上がりの痩身といしだあゆみに匹敵するまるで骸骨のような顔容。しかし、ようやく癌の治療を終え、古巣のベルリンフィルを辞して、新天地に羽ばたく中老のマエストロの死から生への帰還のよろこびが爆発したような力強い演奏です。

オーケストラはベルリンフィルを主体に世界各地からアバドの人柄と音楽を慕ってはせ参じた寄せ集め部隊ですが、ザビーネ・マイヤーのクラリネットをはじめ、世界でも指折りの超一流音楽家集団の演奏だけに、そのテクニックの鮮やかさは抜群で、この大作をまるで室内楽の器楽協奏曲のように弾きこなしていきます。

各パートの楽員の乗りのものすごいこと。全員がジャズバンドのように上体をスイングさせ、弾きながら歌っているようです。そしてマーラーならではの難渋で絶対矛盾の自己同一的な総譜が、これほどの名技性と透明性ですみずみまで繊細に照射されたことはかつてなかったのではないでしょうか。特に憂愁と諧謔に満ちた第3楽章の行進曲などは管と管、弦と管との対比がじつに美しく描かれ、この曲の隠された表情の出現に息をのむ思いでした。

第2楽章と第4楽章の小夜曲も同様に素晴らしい出来栄えで、超絶ソロの官能的なまでの愛の交歓に、われら聴衆の耳朶が思わずぼおと紅らむまでに酔いしれたのですが、まてまて、そもそも第7番シンフォニーは、暗闇の中でのたうつ自我の暗転と解脱の秘儀の曲ではなかったか、と思いいたれば、アバドとその1党が自己愛に陶酔しながら奏でるまるで地中海の真昼の太陽を思わせる白熱の輝きがどうにも不可解なものに思われて来るのも事実です。

引き続いて、夜の苦悩ならぬ1点も陰りのない真昼の歓喜が朗々と歌い継がれる第5楽章のコーダの大爆発を耳にすると、はたしてこれがマーラーの内面の魂の音楽なのか、やはりクレンペラーやバーンスタインの暗鬱な解釈の方が正統的なのではあるまいか、とほとほと謎と悩みの尽きない世紀の大演奏でありました。

♪これぞ冥途の土産死に損ないアバドが死の音楽を歓喜の歌にすり替えたり 茫洋

「小沢チルドレン」は何をしている

バガテルop120

先日の朝日新聞に「新人黙らす小沢5原則」という民社党関連の記事がでていました。昨年の総選挙で当選した民主党の新人143人が小沢や鳩山の醜いスキャンダルに全員が貝になって沈黙を守っている問題について論じています。

なんでも小沢学校に属する彼らは、まるで小学生のように10班に分かれて徹底的に管理・統率されているらしいのです。班長は中堅の国対副委員長たちで、国会内での朝礼(山岡国対委員長)を終えると各班に分かれてミーティングに移り、おもむろに本会議や予算委員会に出撃してやじを飛ばすのだそうです。

小沢学校の新人教育5つの掟は、1)「横並び」で党内秩序維持、2)党内の出来事はすべて班長に報告せよ、3)政府の要職につくべからず、4)テレビに出て目立つべからず、5)地元回りはこまめに、だそうです、これらはすべて小沢校長の方針だというから開いた口がふさがりません。君たちはチイチイパッパの幼稚園児か? と言いたくなります。

小沢学校を登校拒否して、あまでうす校長が唱えるように、1)党内秩序など完全に無視して、2)党内スパイの汚名を返上し、3)どんどん政府の要職を奪い取り、5)じゃんじゃんマスコミに出て己を主張し、6)地元回りなどはいっさいやめて朝から晩まで天下国家を論じてほしいものです。

選挙民は小沢とか鳩山のような手あかのつきまくった旧人よりは、しがらみのない新人に期待して票を投じたはずなのに、彼ら「期待の明星」が、福田、田中、横粂などのフレッシュマンともども、光のささない座敷牢に閉じ込められ、言論や行動の自由を奪われて、自民党の金脈政治にまみれた老獪な政治ゴロの言いなりになっている姿は「情けない」の一語に尽きます。

どれほど小沢の世話になったかしらないが、君たちが議員になれたのは、小沢の「生活第一」なぞという訳のわからぬツイッターを、選挙民が真に受けたからではありません。腐敗堕落の極に達した自民公明政治に鉄槌を下して、「ともかく政権交代させよう!」という圧倒的な民意の嵐が吹きまくった結果にすぎないのです。

小沢の言う通りに地元を地道に歩いたから見事当選したのではなく、民意があなたを当選させたのです。世間では小沢が選挙のプロであると評されているようですが、総選挙の選対が小沢以外の誰であっても、しゃらくさい選挙技術が皆無でも、民主党は勝利していたでしょう。むしろダーティなイメージが強い小沢がいなかったほうが、もっと数多くの得票を獲得していたにちがいありません。 

それを偉そうに己の手柄のようにして新人を私物化する小沢も小沢ですが、借りてきた猫のように言いなりになる新人諸君の責任は重大です。こんな右翼系体育会か帝国陸軍初年兵まがいのあほらしい新人教育5つの掟を一日も早く返上して、党内にふつうの民主主義を早急に確立してほしいのです。

私があえて1票を投じた元鎌倉市議、逗子市長の長島選手にも、同じ神奈川県の小泉選手のように、もっと自由闊達に言いたいことを言ってもらいたいのです。

現在の「小鳩民主党」は、金と政治や基地問題などで予想通り混迷を深めており、このままでは失速破綻して参院選でも民衆の大いなるしっぺ返しに遭遇し、思いがけない敗北を余儀なくされるでしょうが、そんなことはわが国の政治にとって2の次、3の次。そんな些事より、言論の自由のない政党に、輝かしい未来などこれっぽっちもないのです。



♪物言えば唇寒し民社党 茫洋

Saturday, January 30, 2010

西暦2010年睦月茫洋花鳥風月歌日誌

♪ある晴れた日に 第70回



てめえなんか死んじまえと叫ぶたびにどこかで誰かが死んでいる

あんたのことが大好きよと囁くたびにどこかで花が咲いている

クビライの奴婢となりたるわが国の行く末憂う今年の初夢

興隆しやがては沈む英国の大人の姿大和も辿れよ

沖縄よ独立せよすべての基地すべてのアメリカー、すべてのヤマトンチューを投げ捨てて

処女の生き血吸う酔狂老人死してヌーベルバーグ死せり

昨日91歳の老人が麦畑で死んだ

ムクよ墓穴から飛び出してアホバカ小沢と鳩山の喉笛を咬め

マイアミで1泊しようと言いしはスエーデンのモデルなりしが

美貌のヴァイオリニスト腋の下を見られている

伊勢丹の武藤氏斃れたり歳六十三瞼に浮かぶよ颯爽たる展示会の姿

ト短調で生きるなハ長調で生きるんだ

歯が痛いなかで半年も生きていることよ

1羽の鳶をどこまでも追いかける2羽の鴉

他愛ないあほばか番組見る妻があどけなく笑うのが好きだ
 
ウジ虫のような存在にも生きている意味があるはず

悲しみはイ短調で鳴る横須賀線の踏切

お母さん誕生日おめでとうと言うて次男横浜に去る

地デジチューナーなんて役立たずだとお払い箱にする

大枚をはたいて下らぬ公演を見せられてそれでも喜ぶ阿呆な観客

大戸屋で20円のお釣りをもらいそこね終日不愉快な水曜日なり

大船の観音様の左側に毎朝のぞむ富士の白雪

フランク永井になった夢を見た。一晩中有楽町で逢いましょうを歌っていた。一睡もできなかった。

仏とは誰ぞ仏の教えとは何ぞお山を降りし僧の悩みは深し

われに問うほんとうに南無阿弥陀仏と唱えるだけで極楽往生できるのだろうか

正月のあっという間に終わること

虎減って寅歳増えるお正月

虎絶えて寅のみ殖えるお正月

墨痕淋漓「解脱」てふ賀状到来す

歌の在庫がなくなった

昔の自分は死んだらしい


♪目には目を 歯には歯を 死には死を 詩には詩を 茫洋

Friday, January 29, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第33回

bowyow megalomania theater vol.1


僕はとてもとても悲しくなって、大好きな家族の人にそんなに嫌われてはもうどうしていいのか分からなくなって、「岳君、嫌いですか、嫌いなんですか?」と、3人に聞きました。

そしたら3人が声を揃えて
「岳君なんか大嫌い!」
と言ったので、僕は泣きました。
僕は身も世もなく大粒の涙をじゃんじゃん流しながら泣きました。

「岳君、嫌い? 嫌い? 岳君、好きです。岳君、好きです」
と言ってわあわあ泣きました。

すると、お母さんまで泣きました。
お父さんと純ちゃんの目にも光るものがありました。

それから3人が口々に
「だいじょーぶ。岳ちゃん大好きだよ!」
と叫んでくれたので、僕は、
「岳ちゃんじゃないよ。岳君だよ」
と言って、やっと泣くのをやめました。

僕はこの人たちに嫌われたら生きていけないのです。命が続かないのです。
だからもう絶対に僕をからかうのはやめてください。冗談言うのはやめてください。


昨日91歳の老人が麦畑で死んだ 茫洋

Thursday, January 28, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第32回

bowyow megalomania theater vol.1


僕は3度の食事が大好きなのです。1日でいちばん楽しいのが、ごはんです。はっきり言って、僕はごはんを食べるために生きているのです。そのことを僕より分かっているのは庭にいるムクだと思います。しかもムクのごはん、1日に2回だけですよ。

みんなによってたかって「いいかげんにしなさい」と言われたものだから、僕はとても悲しくなりました。
僕は「はい、分かりました。いいかげんにします。もう食べました」と言いましたが、お父さんは、「お前はいつも大食いだ。大食いのブタだ。ブタブタの岳は、お父さんは大嫌いだ!」と言いました。
純ちゃんも「岳なんて、大嫌いだ!」と言いました。お母さんまで白い目をして、「岳ちゃんなんか大嫌い」と言いました。


僕はとてもとても悲しくなって、大好きな家族の人にそんなに嫌われてはもうどうしていいのか分からなくなって、「岳君、嫌いですか。嫌いな人なんですか」と3人に聞きました。そしたら3人が声を揃えて「岳君なんか大嫌い!」と言ったので僕は泣きました。僕は身も世もなく大粒の涙をじゃんじゃんおしみなく流しながら泣きました。

みんなによってたかって「いいかげんにしなさい」と言われたものだから、僕はとても悲しくなりました。僕は「はい、分かりました。いいかげんにします。もう食べません」と言いましたが、お父さんは、「お前はいつも大食いだ。大食いのブタだ。ブタブタの岳は、お父さんは大嫌いだ!」と言いました。
純ちゃんも「岳君なんて大嫌いだ!」と言いました。お母さんはまで白い眼をして「岳君なんか大嫌い」と言いました。


♪大船の観音様の左側毎朝のぞむ富士の白雪 茫洋

Wednesday, January 27, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第31回

bowyow megalomania theater vol.1


犬は吠えるだけじゃない。歩いているだけの人を歯をむき出しにしておっかけてくる。逃げる人を追っかけてかみつくのが犬です。
僕は小さい時におっかけられて咬まれました。だから犬はぜんぶ嫌いです。うちで飼っているムクも嫌いです。犬は嫌いだ。いやだ。大嫌いだ。

10月13日 晴

お父さんとお母さんと純ちゃんと4人で晩御飯を食べました。
にんじんとかおいもとかいろんな野菜の入っているチャンコみたいなお汁を2杯おかわりして、シイタケの混ぜご飯を3杯おかわりして、昨日の残りのカレーライスをチンしてお茶碗に半分くらい食べました。

それから生協のアイスクリームをペロペロなめてとてもおいしく頂いたあと、チャンコ風お汁の3杯目の口にしようとしたら、突如お父さんがオッカナイ顔で、
「こら、岳、そんなに食ってばかりいると豚になるぞ。豚、豚、ブー、ブー、いいかげんにしなさい!」
と言いました。

隣の純くんも、
「岳ちゃん、豚、豚、ブタになる」
とはやしたてました。いつもは優しいお母さんまで
「もう3杯目でしょ。いいかげんにしなさい」
と言うので、僕はすっかりしょげこんで悲しくなってしまいました。

 
♪大戸屋で20円のお釣りをもらいそこね終日不愉快な水曜日なりき 茫洋

Tuesday, January 26, 2010

吉村昭著「ふぉん・しーほるとの娘」を読む

照る日曇る日第324回

「ふぉん・しーほると」となぜだか平仮名で書かれているのはドイツ人科学者フォン・シーボルトそのひとで、彼と円山遊郭の遊女お滝との間にできた娘お稲がこの長編小説のヒロインです。

シーボルトはドイツ人であるにもかかわらずオランダ人をかたって長崎の出島にやって来て、医学や諸科学、オランダ語などの高野長英などの洋学の徒に教え、蘭学の師として高い声望を獲得しますが、その見返りに伊能忠敬などが作った地図などを無断で持ち出そうとして国外追放されてしまいます。

要するにスパイですね。この男はオランダに戻ってから今度は世界一の知日派としてアメリカに自分を売り込んでペリー提督に断られたりしています。学問はできたようですが、かなり軽薄な才子だったようです。

その有名な「シーボルト事件」で国外追放された父とお稲が、思い出の長崎で再会したのは、それからおよそ30年後のことでした。

14歳の時に医師を志し、故郷の長崎を離れて宇和島に行き、シーボルトの弟子二宮敬作、次いで岡山の石井宗謙のもとでオランダ語と医学を学んだお稲は、江戸後期から明治初年をつうじてわが国の唯一の女性産科医師として活躍を続け、宇和島藩の元藩主伊達宗城から伊篤という名をいただいたお稲は、福沢諭吉の推薦もあって宮内庁御用係の栄誉も受けたのですが、私生活上では苦難の道をたどらざるをえませんでした。

父の血を受け継いだ美貌の彼女は、恩師石井宗謙によって強姦されてタダという娘を産みますが、信頼していた教育者に裏切られたお稲の男性不信は、再会した老いたる父親が次々に近くの女性と肉体関係を持つあさましい姿を目にしてますます深まり、70歳を越えて新都とうけいで没する日まで変わらなかったようです。

タダは長じて2人の医師に嫁ぎますがいずれにも若くして先立たれ、お稲はタダ改め高子と3人の孫に囲まれながら明治36年1903年8月26日午後8時過ぎに波乱に満ちた生涯の幕を閉じるのです。(この「午後8時過ぎ」と書くのが吉村昭の真骨頂!)
最晩年の彼女のよろこび、それは父シーボルトの血をひく彼女の孫周三が、慈恵医院医学校に入り、医学の道を志したことでした。

幕末から明治時代の後期までの長崎、大坂、江戸東京を舞台に、シーボルト家の人々の激動の生涯を悠々と描くこの大河小説は、同時に近代日本が遭遇した尊王攘夷運動、黒船襲来、安政の大獄、王政復古、西南の役、文明開化の有為転変を併せて辿る壮大な歴史絵巻でもあります。


♪フランク永井になった夢を見た。一晩中有楽町で逢いましょうを歌っていたので、一睡もできなかった。茫洋

Monday, January 25, 2010

中村稔著「中原中也私論」を読んで

照る日曇る日第324回

詩人でもある中村稔がものした中原中也論を読みました。だいたい私は

ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
はたはた それは はためいて いたが、
音は きこえぬ 高きが ゆえに。        「曇天」

天井に 朱き色いで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙びたる 軍楽の憶ひ
手にてなすないごともなし          「朝の歌」


などという彼の代表作を目にしただけで、心がその詩句を音楽のように高鳴らせ、その旋律や音色やハーモニーをまた心の耳がじっと聞き入るという風な受け取り方をして、その詩的音楽の響きに打たれることが、すなわち中也の詩を鑑賞するという楽しみのすべてでしたから、上に挙げた「曇天」について著者が、詩人は生来二重の性格を持ち、いわば自分の中にもうひとりの自分を内在させていて、終生その内部対立と相互分裂に苦しんだ証拠である、後者については、抒情はあっても思想内容に乏しい、などと言いだすと、それが彼の詩の価値とどういう関係があるのだと反論したくもなるのです。
長谷川泰子との同棲で小林秀雄は他者に出会って社会的に成熟を遂げたけれども、中原中也は、生涯にわたって「外界」に出会わず、己一箇の隔絶したタコ壺的世界に自閉(けっして「自閉症的」ではない!)して終わった、などという笑うべき俗説も唱えられていますが、私と違って中原の詩の本質に迫ろうとする著者の志は壮としなければならないでしょう。
そして「これが手だ」と、手という名辞を口にする前に感じている手、その手が深く感じられていることこそが、詩人の絶対的な要件だ、というのが、中也の詩論の中核であり、その天賦の才能が彼の詩魂の源泉であったと説く著者に対しては、格別異論があるわけではありません。
けれども著者は、「感想や思索ではなく直観や純粋持続の鋭さだけが詩人を詩人たらしめた」とせっかく正しいことを口にしながら、あれやこれやの証言や心理的な揣摩臆測、さらには西田哲学やフッサールなぞもせっせせっせと援用して、詩人中原の本性を再現し、彼の実像を懸命に立ち上げようと腐心するのです。

たしかに詩人と富永太郎、小林秀雄、大岡昇平、安原喜弘などとの交友の追跡記録はまことに興味深いものがあるのですが、この篤実な伝記作家の野望はついに実現されることなく、かの3代将軍が由比ヶ浜の海に放棄した破船のように、その巨大な残骸だけが浜辺に取り残されてしまいました。死んだ中原の真実を、長く生きた評論家の追及もついによみがえらせることはできなかった。これは顕微鏡的実証主義研究による要素還元主義の失敗の好個の例といえるでしょう。


♪歌の在庫がなくなった 茫洋

Sunday, January 24, 2010

リッカルド・ムーティ指揮ウィーンで「魔笛」を視聴する

音楽千夜一夜第106回

2006年モーツアルトイヤーにおけるザルツブルク音楽祭の公演をビデオで鑑賞しました。

指揮者とオーケストラはまずは当代一流のもので先代のベームにくらべたらいろいろ文句も言いたくなりますが、古楽器以外の演奏ではこれを凌駕するものは少ないのではないでしょうか。少なくとも凡庸な小澤の指揮にくらべたら、それこそ天国と地獄の違いです。

演出はピエール・オディという人です。1幕の舞台を台本通りに山に設定して、3人の侍女をチロルの服装にしたり、パパゲーノの猿轡をやめたり、魔法の鈴を球に変えたり、2幕のタミーノの試練の場を舞台後方に据え付けた棚上の三段の装置で処理したり、3人の天使の宙釣りや緑・黄・赤・青・紫のブライトカラーによって彩られたモダンな衣装や美術でそれなりの目新しさを演出していますが、いくら目先の変化で創意工夫をしてみても、肝心の歌唱陣が非力ではオペラの感動は生まれません。

タミーノのポール・グローブス、パミーナのゲニア・キューマイア、パパゲーノのクリスチャン・ゲルヘーヘル、ザラストラのルネ・パーペなどがそれなりに歌って演技してはいるものの、ハイライトの「パパパ」の二重唱にいたってもモーツアルト歌劇の霊感はついに訪れず、わずか2つの超絶アリアで圧倒的に気を吐いたのが「夜の女王」のディアナ・ダムラウただひとりとは、まことに寂しい限りでした。

こんなお寒い「魔笛」に対して、世界中から集まった聴衆がやたらブラボーを連呼しているのも馬鹿らしさの限り。モーツアルトイヤーの記念すべき公演とはとうてい考えられません。


♪大枚をはたいて下らぬ公演を見せられてそれでも喜ぶ阿呆な観客 茫洋

Saturday, January 23, 2010

「プロムス2009ラストナイトコンサート」を視聴して

音楽千夜一夜第105回

ロンドンから中継される「プロムス」も毎年こうやって聞いたり見たりしているわけですが、私がはじめてレコードを買ったコーリン・デイビスの時代に比べると英国という国の衰退に正比例するようにだんだん熱核の放射線を失ってきたようで、なんだかさびしい限りです。
往時のプロムス最終夜の愛国主義の爆発はそれはそれは極東の亡国の民を泣かしむるほどの凄まじさで、アーン作曲の「ルール・ブルタニア」なぞを聞くと、なるほどこれが世界の7つの海を制覇した偉大なる民族の魂の歌か、と腹の底から納得できたものです。
一〇年くらい前の熱血漢アンドルー・デイビス時代はまだその熱波の余熱がユニオンジャックが打ち振られる広大なロイヤルアルバートホールのそこここに滞留していたようですが、一昨年のロジャー・ノリントン辺りになると、ノン・ビブラートで奏でられる終局のエルガーの「威風堂々」は、威風どころか愛国者の心胆を寒からしむ冷たい異風が吹きすさぶ演奏となり、昨年のデーヴィッド・ロバートソンによるBBC交響楽団の演奏もメゾ・ソプラノのサラ・コノリーとトランペットのアリソン・バルサムという二人の女性の熱演こそあったものの、どうにもしまらない指揮ぶりでした。
人間と同様、国家も音楽も、成長から衰退、大国から小国、青春期から老年期、熱狂から冷却という推移を不可避的に辿るのではないでしょうか。


♪興隆しやがては沈む英国の大人の姿大和も辿れよ 茫洋

Friday, January 22, 2010

五木寛之著「親鸞」下巻を読んで

照る日曇る日第323回

日本仏教界の巨聖にして偉大なる宗教改革者、親鸞の波乱万丈の物語の後篇です。
おおいに期待していたのですが、ちと物足らず。そのわけは、本作がどうにも尻切れトンボの終わり方をしていること、それから作者が主人公をあまりにも現代人の感覚に平準化しすぎているためか、歴史的現在という架空の時制における親鸞像のエラン・ヴィタール(生命の飛躍)が説得力をもってうまく立ちあがってこないことにあるようです。(ちなみにこの文飾技術に格別の冴えをみせたのが司馬遼太郎でした)

比叡山のエリートであることを弊履の如く投げ捨てた若き日の親鸞は、京の大谷吉水で専修念仏の教えを説いた法然上人の弟子となり、民衆と生活をともしながら生活するようになります。おのれの欲と煩悩にさいなまれながらも、仏道の修業に励むわれらが主人公は、やがて法然の「異端的正統の後継者」として、唯一無二のお気に入りとなるのですが、やがて守旧派である南都北嶺の意を体した後鳥羽上皇の強権発動によって「念仏停止」の命令が下り、あわれ法然一派は死刑や流罪の厳罰に処せられてしまいます。

親鸞もまた越後に流されることになるのですが、彼が法然の一番弟子である立場を脱して、彼独自の浄土真宗の思想世界を切り開いていくはずの不遇時代の知的格闘がまったく描かれないままで物語が唐突に終わってしまうのは、中途半端そのものです。著者にはいっそう奮闘努力していただいて、聖人の半生記ではなく、完全な親鸞伝をめざしてほしいと思います。

しかし問題は小説の出来映えではなく、専修念仏の教えの是非でありましょう。経文解析や荒修業や只管打座をえいやっと切り捨て、ただただ「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えるだけで、悪人はもとより善人さえも極楽往生できる、と説いた宗教家の志操の高さと切れ味の鮮やかさ・激烈さは、当時もいまも変わらない凄みをもって私たちに迫ってくるように感じられます。

♪われに問うほんとうに南無阿弥陀仏と唱えるだけで極楽往生できるのだろうか 茫洋

Thursday, January 21, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第30回

bowyow megalomania theater vol.1

10月13日 晴れたり曇ったり

星の子から帰ったら、お父さんがいました。

お父さんがどうしてこんな時間にいるんだろう?
今日は土曜日でも、日曜日でも、天長節でも、国民の休日でもないのに。もしかして会社を首になったのかしら。

お父さんは、僕の顔を見ると、大きな声で「岳君、お帰り」と言いました。

僕は、星の子から帰って来た時に、「岳君、お帰り」と言われるのが嫌いです。「ただいま!」と大きな声で玄関から声を掛けながら入って来るお父さんが嫌いです。小さな声で「今帰ったよ」と言ってほしいのです。「ただいま!」と怒鳴られると、耳の中で何かが爆発するような気がするのです。

そうだ、昔お父さんが何か僕には理由のわからないことでオッカナイ顔をして、「コラ!」と怒鳴りつけた。その時と同じ声だから、それが恐ろしくてとても嫌いだから、僕は耳を指でふさいで逃げるのです。

僕はムクも嫌いだ。お隣の吉本さんの家のタロウも、反対側のお隣の橋本さん家のラッシーも嫌いです。
犬はワンワン吠えるから嫌いだ。突然、理由もなくワンワン吠える奴は大嫌いだ。みんなあんなおっかないのをどうしてほったらかしにしておくのか、不思議だ。



   ♪昔の自分は死んだらしい 茫洋

Wednesday, January 20, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第29回

bowyow megalomania theater vol.1


10月12日 曇

岳君、閉めなさい。岳君、ジュース飲みなさい。じゃ、伸ばしなさい。崩しなさい。開けときなさい。

と高木先生は僕に言いました。

それから高木先生はおっしゃいました。

岳君、ちゃんと、してなさい。

岳君、食べなさい。

はい! 僕はちゃんとします。ちゃんと食べます。いい子にしてます。

今日、高木先生はキゲンが悪かったです。



♪美貌のヴァイオリニストは腋の下を見られている 茫洋

Tuesday, January 19, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第28回

bowyow megalomania theater vol.1


園長先生は、おっしゃいました。

「20年施設の仕事をやってきましていま思うことは、もう一回障碍児教育の原点に帰ろう、ということです。見る、聞く、触れる、味わう、匂いをかぐ、5感のすべてを動員して人間らしくいきいきと生きる。障碍のある人も、ない人も、その人なりに精いっぱいに生きる。その人のありのままの生命を素直に肯定する。それが障碍児者と私どものかかわりの出発点だと思うのです」

 突然、いも虫ごろごろ、俵はどっこいしょ……というあの歌が、頭のどこかから聞こえてきました。

いも虫ごろごろ、俵はどっこいしょ
いも虫ごろごろ、俵はどっこいしょ

手も足もない、ぶよぶよと豚のように太った存在。口から泡を吹いた哀れな動物のような人間が、光を通さない地下室のようなところで、ゴロゴロとなすすべもなく転がっている光景を、僕はどこかで見たような気がしました。

それはノブいっちゃんでした。それにヒトハルちゃんでした。いや、僕の姿でした。
この悲しい光景を悲惨といわずに感動的な光景だと断言できる人がいるのだろうか。

ここにいる立派な園長先生は、僕のような、木偶の坊のような、いも虫のような、ミノ虫のような哀れな存在に生命の輝きを見出し、その輝きに感動できる人なのでしょうか? 僕にはまるで分かりませんでした。

いも虫ごろごろ、俵はどっこいしょ
いも虫ごろごろ、俵はどっこいしょ


♪ト短調で生きるなハ長調で生きるんだ 茫洋

Monday, January 18, 2010

五木寛之著「親鸞」上巻を読んで

照る日曇る日第322回

五木寛之といえば希代の物語作家、現代の語り部、小説界の井上陽水としてつとにあなどれない力量をみせつけていますが、今度は来年750回の御遠忌を迎えられた親鸞聖人の生涯の物語です。


登場するのは、物語の主人公忠範(親鸞)をはじめ、河原坊浄寛、ツブテの弥七、法螺房弁才、法然、慈円、後白河法皇、その他名もなき多くの山法師、悪僧、雑民、盗人、神人、放免、雑色、車借、馬借、牛飼童、くぐつ、遊行聖、白拍子、遊女、印地、と聞けば、これが歴史的事実に依拠したドキュメントではなく、著者の想像を大胆にふくらませたフィクションであることは一目瞭然でしょう。

その前半は、彼が京の没落した官人の長男に生まれてから、僧として比叡山の横川に上り、あまたの煩悩と闘いながら京の巷の六角堂に磐踞するくだりまでを巻措くあたわざる波乱万丈のビルダングス&ピカレスクロマンとして描きます。

血沸き肉躍るのは赤かむろの統領六波羅王子と河原坊浄寛、ツブテの弥七、法螺房弁才たちの決戦や少年の背中にできた不気味で醜悪な腫れものを蛸のように口で吸いだす主人公、謎のくぐつ女玉虫や高貴な美女紫野の肉の誘惑とたたかう青年親鸞の煩悶等々、読みどころ満載の宗教人情時代小説ですが、比叡の山顚に発した一条の清水が磐根をいっさんに流れ下り、鴨の流れを顔色なからしめる一大大河小説へと奔騰するのかしないのか?

みだのちかいぞたのもしき
じゅうあくごぎゃくのひとなれど
ひとたびみなをとなうれば
らいごういんじょううたがわず

の美しい連祷がどこからともなく聞こえ、後編への期待はいやがうえにも高まります。


 ♪仏とは誰ぞ仏の教えとは何ぞお山を降りし僧の悩みは深し 茫洋
 

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第27回

bowyow megalomania theater vol.1

10月11日 晴

 久しぶりに快晴になりました。

お母さんと御父さんと一緒に、鎌倉駅から横須賀線に乗って、大船駅で東海道線に乗り換えて藤沢に行って、藤沢で小田急に乗り換えて、各駅停車でS駅に着きました。

「ぶどうの園」の園長先生のところへ会いに行きました。女の園長先生は、おっしゃいました。

「重い障碍者をみると、人は感動します。感動するものは、すべて芸術です。芸術とは文化です。だから、障碍者は文化財です。文化財であり、人間国宝であり、ユネスコとは無関係な世界遺産です。障碍者は、彼ら独自の文化を持っているのではないでしょうか。私はこれから、障碍者のカルチャーを新しく創造していきたいと考えています」

お父さんが、かしこまった顔で言いました。

「その通りです。文化にもいろいろある。先進国の文化だけが文化ではありません。むしろいわゆる遅れた国、経済的には滅びかけた国の文化の方が今となっては尊い。高度に発達したはずのアメリカの文化が破産しそうになった今、彼らの先住民であるインディアンたちの古めかしいけれど調和に満ちて幸福だった文化があこがれをもって振り返られています。僕はケビン・コスナーの「ダンス・ウイズ・ウルブズ」を見てそう思いました。しかし去年ニューヨークのアルゴンキンというホテルに泊まったとき、ボーイにこのアルゴンキンという名前の由来を知っているかと尋ねたらなにも知らないというのであきれ果てました。WASP共は自分たちの先祖が他ならぬ現地でみな殺しにしたアルゴンキン族の名前を平気でホテルの名前にしているようですが、人間として恥ずかしくはないのでしょうか?」

僕は、お父さんは自分でもよく分からない話を、分かった風に得意そうにしているな、と思いました。でも、お母さんはニコニコしながら黙って2人の話を聞いていました。



♪マイアミで1泊しようと言いしはスエーデンのモデルなりしが 茫洋

Sunday, January 17, 2010

鴉鳶

バガテルop119

世間では小沢対検察の全面戦争などと物騒なことを言うておりますが、これではいったい何のための政権交代であったのか、金銭モラルの欠如した2人の頭目を担いだ政党の愚かさ、そして渡辺爺以外誰ひとり言うべきことも言わず牡蠣のごとき沈黙を守る腰抜けフレッシュマン共に愛想を尽かして霊園の丘に登れば雲ひとつない冬晴れの青空の追いつ追われつ3羽の鳥、よく見れば飄然と円弧を描く茶色い鳶を2羽の鴉が執拗に追う姿がのぞまれ、これは面白いどちらが勝つだろう、小沢か検察か、検察か小沢か、どっちが小沢でどっちが検察かと大理石の墓場にどっかり腰をおろして仰ぎみれば、鳶の優雅でさえある悠長な飛翔に比べて黒くて敏捷な鴉どもの攻撃の激烈にして執拗なこと見事というも愚かなる対比をなし、いかにも狡猾な黒組ドウオは前から後ろからあだかも旧型零戦を挟み打つP-38の如く挑みかかりしがやがて1機は戦線離脱、残る1機は倍旧の憎悪と熱情もて仇敵廊下鳶に躍りかかりしがくだんの薄茶鳥くるりくるりと巧みに嘴撃を交わしつつ輪舞乱舞弾舞やがて阿弥陀仏鎮座まします遥かなる西方浄土に消え去り跡に一片の紫雲漂えり。



♪1羽の鳶をどこまでも追いかける2羽の鴉 茫洋

Friday, January 15, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第26回

bowyow megalomania theater vol.1



10月10日 曇

 今日、星の子で山塚さんと塩川さんが、けんかしました。

山塚さんの髪の毛を、塩川さんがひっぱったら、山塚さんが泣きました。
えーん、えーん、えーんと山塚さんは泣きました。

「山塚、ちゃんとやれよ。どうしたの。けんかしないの」
と、僕は言いました。

そしたら、山塚さんは、机の上に置いてあった花びんを塩川さんめがけて投げつけました。

ちくしょう、ちくしょう、こんちくしょう、と言って投げつけました。

黄色やえんじや白の菊の花を、教室の床の上に投げました。水をいっぱい投げました。こっ、こっ、このお、と言って投げつけました。

塩川さんのみけんから、血が流れました。
たらりたらり真っ赤な血潮が流れました。たらーりたらーり、といつまでも流れました。
血は水の上を流れ、菊の白い花と混じって、とても綺麗でした。

泣かないで、泣かないで、塩川さん、と高木先生はおっしゃいました。

こら、こら、山塚。よせ、なんてことするんだ。と長島先生は怒鳴りました。

みんな逃げ出しました。教室から全員逃げ出しました。



♪他愛ないお笑い番組を見る妻が口を開けて笑っているのを見るのが好きだ 茫洋

Thursday, January 14, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第25回

bowyow megalomania theater vol.1


10月9日 曇時々雨

朝、鎌倉駅から横須賀線に乗って大船駅に着きました。

プラットホームはおおぜいの人々でいっぱいでした。

東海道線と横須賀線と京浜東北線のお客さんで、電車も人もいっぱいでした。

どうしたんだろう? どうしちゃんですか? 車掌さん、どうしたんだろう?


今日僕は、JR東日本の車掌さんに手紙を書きました。

「JR東日本車掌様
旧型の山手線は、南武線と、常磐線と、仙台と、秋田で走っています。旧型の横浜線も、南武線と、常磐線と、仙台と、秋田に走っています。

10月9日 岳」


♪ムクよ墓穴から飛び出してアホバカ小沢と鳩山の喉笛を咬め 茫洋

Wednesday, January 13, 2010

モブ・ノリオ著「JOHNNY TOO BAD内田裕也」を読んで

照る日曇る日第321回

前半はモブ・ノリオの小説「ゲットー・ミュージック」、後半は1986年に内田裕也が平凡パンチで連載したインタビュー記事「ロックン・トーク」の採録という奇妙奇天烈な合体本。しかしてその実態は、モブ・ノリオと内田裕也の、孤独で奇妙なロック・コラボレーションです。

もともとは内田裕也を真正ロッカーとして高く評価しているモブ・ノリオのリクエストに文芸春秋社の奇特な編集者が採算を度外視して応えた労作のようですが、なかなか面白い。
特に裕也が中野洋、野村秋介、堤清二、カール・ルイス、野坂昭如、金山克己、中上健次、小林楠扶、武谷三男、赤尾敏、スパイク・リー、田中光四郎、岡本太郎、立花隆、徳田虎雄、佐藤太治、武智鉄二、山田詠美、田川誠一、戸塚宏、アンドレ金、黒田征太郎などと行ったロックンロール対談は、当時の代表的人物が陸続と登場し、中曽根自民党が304議席で圧勝したあの時代の政治、経済、社会、文化状況を彷彿させてくれると同時に、短い対談ながら、それゆえに彼らの人間像をあざやかに浮かび上がらせいるような気がします。

 当時、反体制の旗手であった新左翼やの人々のあまりにも単純明快すぎる主張に不安を覚えたり、身体を張って生きてきた右翼や篤志家の発言に共感を覚えたり、理路整然と現実をさばく評論家の口舌にあきれたり、思想も言説も曖昧模糊とした存在にげんなりしたり、毅然とした政治家の良心に感嘆したり、当の主人公であるロックンローラーの知性と感性の意外なありかが次第に判然として来たり、思いがけない収穫のあるインタビューでしたが、まるで掃き溜めの鶴のように凛としたたたずまいを見せ、裕也を完全に圧倒していたのは紅一点の山田詠美でした。
「ジェシーの背骨」を書いたばかりの頃ですが、まことに魅力的な人物であることがうかがえます。

 肝心の「ゲットー・ミュージック」について触れる紙幅がなくなりましたが、このへんちくりんな音楽小説は、秘密の放送局から垂れ流されるDJのエンドレストークという新スタイルを採用しており、その中で著者は、彼が偏愛する内田裕也やフラワー・トラヴェリング・バンド、シーナ・アンド・ロケッツ、深沢七郎、私の大好きなフランク・ザッパなどのインディペンデント・ミュージック・レコードをかけながら、果てしない饒舌の嵐を巻き起こしていることをお伝えして、本日の拙いレポートを終わります。


♪我想人生是Rock´n Roll也 茫洋

Tuesday, January 12, 2010

哀悼エリック・ロメール

バガテルop118&闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.23

パリではエリック・ロメールが89歳で、ベルリンではオトマール・スイトナーが87歳で死んだ。2人とも私の敬愛する映画監督であり、指揮者であったので、今日はとても悲しい。
夕刊にスイトナーがクレメンス・クラウスの弟子であると書いてあったので、なるほど、それで彼のモーツアルトの変ホ長調のシンフォニーが、あのように確然と響いたのかが、少し分かったような気がした。

スイトナーについては以前彼の最期となったドキュメンタリー番組の感想を書いたことがあるので、ちょっとリック・ロメールのことを書いておこう。

私がロメールを知ったのは、ゴダールやトリュフォーよりずっと後になってからだったが、彼の初期の傑作「獅子座」で一驚し、続いて「O侯爵夫人」、「レネットとミラベル」「6つの教訓シリーズ」の「モード家の一夜」「クレールの膝」「愛の昼下がり」、「喜劇と格言劇シリーズの「海辺のポーリーヌ」「満月の夜」「緑の光線」「友だちの恋人」、「四季の物語シリーズの四本、「木と市長と文化会館」「パリのランデブー」「グレースと公爵」まで、楽しみながらどの作品も映画を見る事の楽しさを満喫しながらアジアの片隅で眺めてきた。

彼の作品の多くは、パリやその近郊を舞台に、若い女性を主人公にした身近な日常生活や恋を淡々と描くことが多いが、その快適なテンポと、堅苦しい演出を排した即興的な感興の盛り上がりが、今を生きる事のよろこびと映画を見る快楽を、ふたつながらに感じさせてくれて無類の味わいであった。

とりわけ思春期の少女の恋のときめきと生のゆらぎを描いて、このシネアストの右に出る者は、これまで誰ひとりいなかったし、これからもいないだろう。
「満月の夜」の亡くなった主演女優をはじめ「海辺のポーリーヌ」や「緑の光線」に登場した素人女性の横顔を通じて、エリック・ロメールは青春の初々しさと儚さを、あざやかに浮き彫りにした。処女の生き血を吸うて、この酔狂老人は命長らえたのであった。


さうして、歳を取れば取るほど若返っていくような、天馬空を往く何者にもとらわれない融通無碍なその作風こそ、彼の芸術の真髄であり、それが彼を、終生ヌーベルバーグの最先端に立たせ続けたのだ。
J.L.ゴダール、ジャク・リベットなお存するといえども、私たちはあえてこう宣言することができるだろう。今日、ヌーベルバーグが死んだ。と。


♪処女の生き血吸う酔狂老人死してヌーベルバーグ死せり 茫洋

Monday, January 11, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第24回

bowyow megalomania theater vol.1


「岳君、今日、英語行くんだよ。分かった?」 
と高木先生はおっしゃいました。

高木先生、いい匂い。お母さんの枕とおんなじ。いい匂い。髪の毛が長くて、とてもサラサラしていて、きれいに輝いて、さわるととっても気持ちがいい。

だから僕、お母さん好き。高木先生、好き。田中美奈子も、好き。髪の毛が長くて、とてもサラサラしていて、きれいにお日様に輝いて、さわるときっと気持ちが良いだろう。
だから、お母さん、好き。田中美奈子、好き。高木先生とおんなじくらい、好き。なんだ。

今日、高木先生が、C組の前の廊下を通りながら言いました。
「今日、岳君、英語行くんだよ。分かった?」

僕、英語分かりません。アイ・キャン・ノット・スピーク・イングリッシュ。
でも僕、英語やるよ。

はい、高木先生。僕、いっしょうけんめい、がんばります!



伊勢丹の武藤氏斃れたり齢六十三瞼に浮かぶよ颯爽たる展示会の姿 茫洋

Sunday, January 10, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第23回

bowyow megalomania theater vol.1


10月8日 雨

また雨だ。どうしてこんなに雨が降るんだろう。

空気中の水分が多いから、と、高木先生は言いました。

「スペインの平原には、大気中の水分が多いので、それでよく雨が降るのよ」
と、高木先生は歌いながら言いました。

そう高木先生がおっしゃったのは、去年の7月8日の午後3時ごろだったと覚えています。
高木先生は、うすく塗った口紅を光らせながら、確かにそう言ったのさ。

僕は、よおーく覚えているでしょ。ね、高木先生。



♪あんたのことが大好きよと囁くたびにどこかで花が咲いている 茫洋

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第22回

bowyow megalomania theater vol.1


10月7日 雨

10月だというのに、毎日雨が降ります。ユーウツだ。字を書くと、いっそうユーウツだ。タイクツだ。

では本当にタイクツなのかしら、と自分で自分にたずねてみましたが、じつはそんなにタイクツでもなさそうなことに気が付きましたので、タイクツは撤回します。
テッカイ、てっかい、白紙撤回だ。ユーウツでテッカイだ。雄打敵貝だあ。

そこで、僕はテレビをつけました。つけた途端に、画面の真ん中に白い光が輝いて、プッツンと言った。プッツンだ。灰のような明るい灰色になって、それからゆっくり暗くなってゆきました。

テレビが死んだんです。テレビが死んだ。
ダンスがすんだ。タンスは飛んだ。テレビは死んだ。
ダンスはすんだ。タンスは飛んだ。そして僕も死んだ。
んだ、んだ、んだべ。

今日は、もう、やだ。

何もしたくない。僕、星の子学園へ行って、星の子から帰ってきたけど、僕はもう何もしたくありません。

僕はいま、ワープロの前に座って、ポツ、ポツ、ポツと雨だれのように、ポツ、ポツ、ポツと、これを、これこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれこれを打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っ打っているんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………


墨痕淋漓「解脱」てふ賀状到来す 茫洋

Friday, January 08, 2010

梟が鳴く森で 第21回

bowyow megalomania theater vol.1

9月30日 晴

僕は、お父さんもお母さんも純ちゃんも好きです。
おんなじくらい大好きです。

10月1日 
バス停でバスを降りようとしたら、どこかの知らないおじさんに、
「馬鹿野郎、てめえ、順番に降りるんだ」
と怒鳴られて、いきなり殴られました。
いたいおう。

10月2日 雨

10月3日 雨

10月4日 お休み

10月5日 雨

10月6日 雨


てめえなんか死んじまえと叫ぶたびにどこかで鳥が死んでいる 茫洋

Thursday, January 07, 2010

池澤夏樹著「カデナ」を読んで

照る日曇る日第320回

1968年の熱い夏に、嘉手納基地のある沖縄で、沖縄人とアメリカ人の4人の男女が、いわゆる「反戦平和」の運動に加担する話です。

反戦運動というのは、具体的には、嘉手納から爆弾を積んでベトナムに向かうB-52の北爆計画を事前にアマチュア無線で教えたり、基地の米兵をそそのかして脱走させ、ソ連経由でスエーデンまで脱走させることですが、こういう政治的活動を、当時若かった、あるいは若すぎた私たちは、前後のみさかいもなく、後顧の憂いもなく、ごく自然にやってのけていたわけですが、(作者にそういう気持ちがなくとも)では、そういう私たちは、いまどこでどうしているのか、と問いかけてくるような気もする小説です。

しかしその筆致はきわめて抑制されたものなので、ある種の聖なる理想と社会改革のために自己の運命を蕩尽しようとする荒荒しい破壊と自己投棄の暴力的な情熱を再現することには完全に失敗しています。もしそれが作者の狙いであるとしたら、ですが。

たとえ1年の365日が曇天であったとしても、ただ1日だけは空が黄金いろに輝いた日が、たしかにあったような気がします。そしてその日、私はまさしく午前10時の太陽であり、若いこと、貧乏であること、無名であることに限りない誇りを持って生きていたと、誰に誇ることもなく静かにつぶやくこともできるのですが、あれらの心躍る冒険を、もう一度、前後のみさかいもなく、後顧の憂いもなく、ごく自然にやってのけることの「不可能」を、なにゆえか、何者によってか、思い知らされているような気がする自分がはがゆく、いささかやるせないのです。

沖縄よ独立せよすべての基地すべてのアメリカー、すべてのヤマトンチューを投げ捨てて 茫洋

Wednesday, January 06, 2010

梟が鳴く森で 第20回

bowyow megalomania theater vol.1


9月29日 晴

お父さんとお母さんと純ちゃんと僕の4人で大船のスエヒロファイブへ行きました。自動車に乗って行きました。トヨタ・カローラに乗って行きました。

トヨタ・カローラはお母さんが運転しました。なぜなら、お父さんはトヨタ・カローラを運転できないからです。

どうして運転できないのと純ちゃんがお父さんに聞きました。するとお父さんは、
「中学生の時にホンダ・スポーツカブにはじめて乗って坂道を降りたらだんだんスピードが出てきたので、ブレーキをかけたらそれがアクセルで、とうとう丹陽教会の玄関にぶつかってしまった。それいらい動くものは運転しないことに決めたんだ」
と答えたので、純ちゃんは「へええ」と言いました。

お母さんはなにも言いませんでした。

僕はスエヒロファイブで、ハンバーグを食べました。それからクリームソーダのサクランボウを食べました。それからクリームソーダを飲みました。とってもおいしかったです。

横須賀線の踏切は、カン、カン、カンと鳴ります。イ短調です。


♪悲しいおイ短調で鳴る横須賀線の踏切 茫洋

Tuesday, January 05, 2010

梟が鳴く森で 第19回

bowyow megalomania theater vol.1


9月28日 晴のち曇

今日はお母さんと一緒に横須賀線に乗って横須賀へ行きました。聖ヨセフ病院で虫歯を治すのです。

「痛くないからね。すぐ終わるからね」
と、先生はおっしゃいました。
僕は、じっとしんぼうしました。あんまり痛くはありませんでした。

帰りに目耕堂で、マリオの本を買いました。マリオとピーチ姫とキノピオとクッパと御兄ちゃんキノコと御姉ちゃんキノコと弟キノコと国王が出てきます。


♪ウジ虫のような存在でも生きている意味があるはず 茫洋

Monday, January 04, 2010

梟が鳴く森で 第18回

bowyow megalomania theater vol.1

9月27日 雨

昔、昔のこと。
僕が戸塚の子ども病院へ連れて行かれた時のことを思い出しました。

お父さんが、怒り狂っていました。

「俺の仕事が頭を使うから、子どもが自閉症になったんだと! どういうことだ。そもそも頭を使わないで済む仕事なんて世の中にあるのか! イ、イ、インテリゲンチャンの子どもがみな自閉症になるなら、(注1)どうしてお前の子どもも自閉症にならないんだ。え、どうなんだ!」

お母さんは、泣いていました。

「私の育て方が過保護で、そのせいでこの子が自閉症になっただなんて、とんでもないことです。(注2) 私は天地神明に誓って、そんないい加減な子育てをした覚えはありません。お医者さんが、そんな無責任なことを言っていいんですか?」

東大医学部精神科からここへ派遣されている30代のエリート医師は、口から猛烈に唾を撒き散らして怒り狂うお父さんと、泣きじゃくりながら必死に抗議するお母さんに困ってしまって、50代のいかにも偉そうな顔をした先輩医師の方を見やりました。

「まあ自閉症もいろいろありますが、結局は情緒障害(注3)ですから、まずお父さんお母さんの生き方から改めてもらわないとね」
その人を人とも思わぬ言葉に、お父さんは、またしても怒り狂い、お母さんは、また泣きました。泣きながら必死で抗議しました。

大好きなお母さんをこんな目にあわせた奴を、僕はぜったいに許さないぞ。ぜったいに……。くそっ、あんな奴ら、殺してやる。殺してやる……(注4)



注1 今から30年前には、「知的な能力を持つ親から知的障碍児が生まれる」という謬見があった。
注2 親の過保護から自閉症児が生まれるという誤解を当時の東大医学部精神科のアホバカ学者どもがうのみにしていた。
注3 東大医学部のみならず当時の専門家の大半が、自閉症を「脳の中枢神経系の先天的な機能障碍」であると正しく理解せず、「後天的な情緒の障碍」と考えていた。
注4 自閉症児は健常児と違って他者に殺意を懐くことは、ない。したがってこのセリフは物語を面白くするためのフィクションに過ぎない。なお当時の「戸塚子ども病院」は、神奈川県のみならず全国で有数の自閉症専門の病院であったことを思うと、この小説の作者と同じような兇暴な思いに駆られた自閉症児者の親は、多数存在するのではないだろうか。私はあれから30年以上の歳月が経過した現在もなお、この2名とどこかの街道筋で鉢合わせした場合、物理的な実力を行使せずに通り過ぎる自信は、ない。


♪お正月の過ぎてゆくのが早いこと 茫洋

Sunday, January 03, 2010

梟が鳴く森で 第17回

bowyow megalomania theater vol.1


9月26日

あの時、桜が満開でした。
何百本という桜が満開でした。風が少しでも吹いてくると、吹雪のように花びらが僕の周りにはらはらと降りかかりました。

公園の土の上は、もう淡いピンクでいっぱいでした。
あれは確か僕が1歳半の春、横浜の弘明寺の公園の昼下がりのことでした。
僕はまだ歩けなくて、のそのそと公園の砂場の辺りをはいずり回っていました。はい回っていましたら、お父さんがいきなり憎々しい声で言ったのです。
「こらっ、立って歩け。立てねえのか、こら、このイモムシ野郎!」

僕は、イモムシではありません。歩けないから、こうやってイモムシのようにはいずり回っているのです。
突然どこかから歌が聞こえてきました。
――イモムシ、ゴーロゴロ、俵はドッコイショ、イモムシ、ゴーロゴロ、俵はドッコイショ……

 お父さん、僕はイモムシではありません。


♪お母さん誕生日おめでとうと言うて次男横浜に去る 茫洋

梟が鳴く森で 第16回

bowyow megalomania theater vol.1

僕はS先生のおっしゃることはあんまりよく分かりませんでした。でも、僕が「自閉症」という名前の障碍者であるということはなんとか分かりました。

自閉症は、1943年にアメリカのカナーという学者によってはじめて報告された障碍で、新生児100人におよそ1人の割合で発症すると推定されているそうですが、そういえばいつかお父さんが僕のことを、「宝くじに当たったようなもんだ」と言っていました。

でもお母さんの話では、国連の統計では世界中のあらゆるタイプの障碍者は世界総人口の1割以上、つまり約4億5千万人いるそうなので、「そうか、全世界の1割以上が僕の仲間なのか」と僕は思いました。

僕はお父さんが命名したように、今月から「カナー氏症候群患者」です。「自閉症」よりこっちのネーミングの方がだんぜんかっこいいです。



♪地デジチューナーなんて役立たずだとお払い箱にする 茫洋

Friday, January 01, 2010

「現代語訳吾妻鏡7 頼家と実朝」を読んで

照る日曇る日第320回


本巻では、私のあまり好きでもない頼朝の息子頼家とその支柱である比企能員、私の大好きな畠山重忠および私のまあ好きな和田義盛が、北条氏の毒牙にかかって一族もろとも抹殺されます。

そもそも2代目の馬鹿殿頼家が、梶原景時一族を擁護できなかった時点でこうなる他はなかったのかもしれません。まあそれが歴史の必然と言ってしまえばそうなのでしょうが、時政といい義時といい、その悪辣非道さは目に余ります。

比企能員の場合は確かにでしゃばりすぎではありましたが、身に寸鉄を帯びない御家人を自邸に呼び込んでいきなり殺してしまう伊豆のタヌキおやじを誰も制することができなかった。これが昭和史に例えれば満州事変の勃発です。

では次の中華事変はと問えば、重忠と義盛の暗殺。単純馬鹿とは言わないまでも、主君頼朝の無二の忠臣であった豪傑型のこの古武士が、老獪な北条氏のよく言えば知謀、悪く言えば陰謀にいとも簡単に引っかかって、みすみす地獄の8丁目に転落してゆく哀れな姿は無残と言うも愚かです。そうして最後に訪れる悲劇は、古豪にして最強の御家人三浦氏と3代将軍実朝の相次ぐ圧殺です。

この不可避に見える道行は、源氏政権の平和的一元支配存続の道を完全に閉ざし、時ならぬ大東亜戦争の開始によって、東条ならぬ北条政権が鉄壁の軍事独裁体制として確立されるのですが、もしも北条一族に対する三浦・畠山・和田一族の連合戦線または部分的共闘体制がいずれかの局面で成立していたら、北条家は彼らの軍事クーデターによってたった一夜でもろくも粉砕されていたでありましょう。

しかしもしも歴史がそうした選択肢を許していたならば、あの疾風怒濤の蒙古襲来を、この民主・社民・国民新党の連合政権がうまく押し返したか否か、あるいはまたくだんの神風がこの場合にも吹いたか否かは、それこそ神のみぞ知るところとなり、モンゴル帝国治下の日本および日本人がいかなるコスモポリタンとして擬鎌倉・室町・戦国時代を生き延びたかは、遠く人知の及ばぬ悠遠の範疇に属するのでしょう。


♪クビライの奴婢となりたるわが国の行く末憂う今年の初夢 茫洋

Thursday, December 31, 2009

謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年もどうかよろしくお願い致します。


  谷戸ごとに虎蹲る初日かな 茫洋


虎絶えて寅のみ殖えるお正月 茫洋

Wednesday, December 30, 2009

西暦2009年師走茫洋花鳥風月歌日誌

♪ある晴れた日に 第69回


鎌倉の谷戸に眠れるホロビッツそのCDは朽ち果てにけり

エーリッヒのトラウマなかりせば聴けたであろうに「フィガロの結婚」

よみがえれクライバー、霊界の騎士像に立ちて「ドンジョバンニ」を振れ!

心より心にしみる弦の音シャンドール・ヴェーグの遺言と聴く

同じ演奏なのに何枚も買ってしまうマリアカラスのCD

あほばか指揮者と演出家よ去れ神聖なるオペラの殿堂から

隻眼隻手の主人公が健常者共をバッタバッタと切り殺す古今無双の林不忘のアイデア 

戦争は映画を殺す中山ありせば黒沢を超える名画を撮りしものを 

あら懐かし三菱がぶっこわした丸ビルがこの映画でよみがえる

丹波なる亀岡の里より出でし人応挙光秀王仁三郎

破綻せし御国の御蔵支えんと国債購いし愛国者われ

ダイエーの500m先に潜水艦浮かぶ横須賀に驚かぬ人

敗戦終戦闘争紛争アンガージュマンはありやなしや

汝エコノミーよわが憂鬱よどこまでも奥深く沈み行け 

モーツアルトはとても難しいのよと谷口先生語りき 

お母さんいま帰ったよと言える人なき年の暮れ

ヨーイ、ドン、そら走れ!しかし走れない人も数多くいて

1か月分の日経朝日が1巻きのトイレットペイパーに換わる金曜日

お父さん咲いているよと耕君が教えてくれしキンレンカの花

本物のピカソを飾る小学館ルオーを飾る新潮社

バスの中曇り硝子に一指も触れぬ大人かな

N響、有働、山田アナ、私の嫌いなNHKもいっぱいあるでよ

これはフィクションか私小説かどっちでもいいけどそれが問題だ

this is itこれがそれそのitってなんじゃらほいMr.マイケル

健ちゃんが大格闘して捕まえし巨大ウナギいまいずこ

限りなく心冷えゆくLEDブルー

中刷りの白恨めしき電車かな

大寒や柚の実絞るその心

三日月に飛行機飛んで柚湯かな

時折は笑いも漏れる7回忌



♪今宵また「ねんねぐう」と呟きて即眠りゆくしあわせなるかな 茫洋

Tuesday, December 29, 2009

MEISTER KONZERTE the master of musicを聞いて

音楽千夜一夜第104回

ドイツ・メンブラン社特製の100枚組協奏曲集を、昨日に引き続きついに聞き終わりました。

バッハ、バルトークにはじまりシューマン、シューベルト、チャイコフスキー、ヴィヴァルディ、フランツ・ワックスマンに至る250余のコンチエルトを、ゲザ・アンダ、バックハウス、グルダ、ヌヴー、リヒテル、ルビンシュタイン、ジャコブ・ザックに至る弦、管、提琴奏者が演奏しまくるという世紀の大企画が、デフレの時代にありつつも、ぬあんと1枚たったの80円とは、これを買わずにいったい何を買えばいいというのでありましょうや。

 とりわけ冒頭におかれたターリッヒ指揮リヒテルのピアノ独奏によるバッハのBWV1052の協奏曲は、ハスキル独奏によるBWV1056の演奏とともに声涙下る天下の名演奏です。加えてバックハウスとグルダのベートーヴェンの素晴らしいこと。
芸術家の真価は棺を覆うてはじめて定まるとか申しますが、このお二人のピアノをもっともっと聞きたかったと思わずにはおられませぬ。

指揮者といえばやはり何といってもフルトヴェングラー。ワルターがどうのセルがどうのとほざいてもかまいませんが、やはりクラシクの苦界においてこれほど偉大な存在はもう出ないのでしょうね。

ともかくこのシリーズの演奏、その大半がモノラル録音であるとはいえ、演奏の価値は最新デジタルステレオ録音におさおさ劣らず、いなむしろ洛陽に紙価が定まった名演奏たるがゆえに、人類の歴史が続く限りは、未来永劫にわたってそよ風にも揺るがぬ不朽の価値をもたらしておると言えるでしょう。

そういえば、たまたま今日のNHKのFMでハイフェッツのSPレコードをかけていましたが、その音色のつやつやとして色っぽいこと昨今のデジタル録音の比ではありません。デジタルのCDやブルーディスクDVDよりもアナログのレコード&テープ、LD、ビデオ、さらにそれよりも原音のライブネスに忠実なSPレコードという、まるで平成の御代に逆行するアナクロ説を唱え続けてきた超右翼兼超保守原理主義者の私ですが、流行のi-podで言葉の聞き取れない意味不明の最新音楽を「聞いた」と錯覚している人々にとっては、永遠に理解を絶する発言なのでしょうね。

少なくともCDよりもレコードの音の方が、物理的精神的に可聴世界が深いのです。


♪お父さん咲いているよと耕君が教えてくれしキンレンカの花 茫洋