Monday, May 31, 2010

杉本寺を訪ねて

茫洋物見遊山記第29回&鎌倉ちょっと不思議な物語第220回

このお寺の歴史は鎌倉幕府の開府よりも古く天平3年(731年)にさかのぼります。まず当時関東地方を行脚していた行基がこの地に観音像を安置し、ついでその3年後に光明皇后が本堂を建立したのが杉本寺の開基のいわれとされています。

「吾妻鏡」には文治5年(1189年)に近所の家からの火災で本堂が焼失した、とありますが、その折になんと3体の観音像が自力で庭の大杉の元に避難したので、それ以来「杉本観音」と呼ぶようになったそうですが、杉本寺の周辺にはいまなお大小の杉の木が見られます。

さらにこのお寺を乗馬したまま通りかかった武士は必ず落馬するというので「下馬観音」という異名もつけられています。似たような地名に「下馬四つ角」という場所が鎌倉駅を右折して由比ヶ浜に向かう途中にありますが、昔はここで武将が下馬する定めでした。

私が小林秀雄とすれ違ったのはこの「下馬四つ角」の近くでしたが、彼が下駄ばきで海の方へ急いでいた姿がいまも忘れられません。「下馬四つ角」は大雨の後にはいつも冠水していましたが、最近はそういうこともなくなったようです。


六月や奇麗な風の吹くことよ 子規

鎌倉のプラットホームに降り立てば潮のかおりが胸元にくる 茫洋

オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を見る

茫洋物見遊山記第28回

月曜日の午後、オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を見物してきました。

あらゆる方向からやってくる光線を描こうとしたモネ、森羅万象をキャンバスの上で解体し再構築しようと試みたセザンヌ、未開の国の風光に新芸術の根を下ろそうと苦闘したゴーギャン、女性の放恣な肢体に限りない偏愛の目を向けたボナールなどの傑作115点が続々登場して眼福の限りを尽くしますが、本展の白眉はなんといってもゴッホとルソーでしょう。

 わが偏愛の日曜画家アンリ・ルソーの「戦争」と「蛇使いの女」を間近で眺めることができたのは望外の喜びでした。この2つの作品さえあれば、私は本展にガチャガチャ並べられているスーラやシニャックやシスレーやエミール・ベルナールやロトレックの凡作愚作どもを喜んでゴミ箱に投じるでしょう。

 ゴッホは1887年から1889年までに制作された7点が並んでいますが、「自画像」「アルルのゴッホの寝室」「星降る夜」「銅の花器のフリティラリア」などを眺めていると、その比類ない藝術の素晴らしさに圧倒され、いつまでも鑑賞していたいという誘惑に駆られます。

思うにこの人の作品は単なる「絵画」ではなく、それ以上のなにか奇蹟的なもの、例えば此岸と彼岸を行き来する精霊の踊り、あるいは宇宙的な生命の饗宴そのものではないかと思われます。

自画像や白百合や大熊座から放射される紫や黄色や橙色や緑色の色彩の氾濫は到底この世の人間の業とは思えません。夜の空から降って来る無数の星を寄り添いながら仰いでいる小さな恋人たちをご覧なさい。これはゴッホという天才を仲立ちとして私たちに伝えられた一種の天界からのメッセージではないでしょうか。

そこでは人類の誕生以前の原始的な存在が、生の混沌のただなかであらんかぎりの歓喜の歌を歌っています。そして私は、聖なる酔っぱらいのその聖歌に、いつまでもいつまでも耳を傾けていたのでした。


荒れ狂う命のたぎりをキャンバスに叩きつけおりゴッホ顕現 茫洋

Sunday, May 30, 2010

西暦2010年皐月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に第76回 


ホー、ホー、ホー、ホー ホー、ホケキョ ショパン哉

長島一茂がギリシアの暴動について語っている五月の朝よ

飛んでいる蝶の名前を言えることほぼゆいいつの長所ですかね

年年に知らぬこと多く現れ出でてよくも考えずみなほうりなげる

カラオケでわたくしがただひとつ歌える歌赤胴鈴之助

若き日のわたしをクラシックから遠ざけた平井丈一朗のバッハ演奏

わが胸の奥の奥にも巣食いたる「空気さなぎ」よ何を孕むや

摩周湖を泳いでいたが怖くなり引き返したりと元赤軍派学生

母のごとき咳をしている咳しつつ思う

ちちははの京の土産に頂きし「ギリシア神話」はついに読まれず

氷雨降る春の夕べの桜花光を待たで白々と散る

瓶というものに惹かれる資本蓄積を思わせる故なるか

なにゆえぞ広告を商う君(われ)の顔卑しき

ええじゃないかそれがどうなろうとあれがどうなろうとええじゃないか

MGMのライオンのごと吠えることわが唯一の特技なりけり

今日もまた鏡の前でMGMのライオンのごとく三つ吠えたり

日本橋の三越前のライオンで待ち合わせし人はついに来たらず

原宿のR社ビルのエレベータードアが開いてホワイトライオン降りたり

フランス人がライオンの歯と名付けたるタンポポの花のギザギザを愛ず

チューリップアントワネットの如く落つ

首飛んで君が魂魄いずくにやおわす

イルカ殺すなクジラ殺すな日本人よ

鶯は三人囃子ではやしおり

鶯の囃し疲れて休むかな

ダンデリオンライオンの歯が笑っている

横須賀やきのうの夢の捨て所
  
菖蒲湯や息子のあとに入りけり

この棒がこの黄金虫が虚子である



俳聖のいかな名句も吾輩のひりだす駄句に叶わじと知れ 茫洋

Saturday, May 29, 2010

蒲原有明・川端康成旧居跡を訪ねて

茫洋物見遊山記第27回&鎌倉ちょっと不思議な物語第219回

鎌倉文学館の「文学散歩」に参加して、明治時代の詩人蒲原有明と昭和の文学者川端康成の旧居を見物しました。大塔宮からほど近くにあるこの旧居跡には現在も蒲原有明の遺族の方が住んでおられるそうです。

鎌倉のいいところは、表通りからちょっと入ればどこか山奥の侘び住まい風の雰囲気が楽しめることですが、鶯乱れ鳴く当地もちょっとそのような野趣を醸し出しておりました。なんでも林に誘われて東京から移った最初の住まいがこの旧有明邸であり、1946年(昭和21年)に三島由紀夫が自作を携えてはじめて鎌倉を訪問した場所もこの川端邸であったそうです。

わが国の詩壇に象徴詩という手法を薄田泣菫とともに確立したといわれるこの詩人を私は嫌いではありません。再読しようと思って書斎を探したのですが、有明の詩集と随筆集「夢は呼び交わす」はいつのまにか息子が勝手に持ち出してしまって手元にないので、文学館のテキストから「あまりりす」という詩を彼の「春鳥集」より孫引きして、全国の学友諸君に対する本日の連帯の御挨拶に代えたいと存じます。


『あまりりす』

おほどかに、
ひとりほほゑめる
わが戀の
花や、あまりりす。

あやしうも
貴に、すゐれんの
照りいづる
媚にも似もやらず、

おもひ屈し
すこしたゆたげにも
うつむける、
あはれ、あまりりす。


ちちははの京の土産に頂きし「ギリシア神話」はついに読まれず 茫洋

Friday, May 28, 2010

佐藤賢一著「王の逃亡」を読んで

照る日曇る日第346回

血わき肉躍る「小説フランス革命」も、いつのまにやら第5巻となりました。
ヴェルサイユからあほ馬鹿おばさん連中によってパリのチュイルリー宮に拉致されていたルイ16世は、なにをとち狂ったのかマリー・アントワネットの情人と噂のフェルセン伯の先導で国外逃亡を図ります。

 しかし様々な労苦と蹉跌の後、あと一歩というヴァレンヌの地で、とうとう王本人であることがばれてしまったルイ御一行さんたちは、逃亡に気付いた国民議会の追手につかまってしまうのです。

この小説のもっとも面白い箇所は、フランス王国の王様ともあろう人物がコルフ男爵夫人ことマリー・アントワネットの執事デュランに扮装して、ヴァレンヌ町の助役ソースと吉本興業的漫談を取り交わすところでしょう。

そこでは王などという肩書を取り払った、あるいは取り払われた生身の、結構機転のきく、人の良い、太ったおっさんの等身大の姿が浮かび上がり、身分や地位や権威や権力というもののあほらしさがはしなくも逆照されているのです。

国民議会の右派、左派、中間派を代表する3名の議員に強引に逃亡用の大型ベルリン馬車に乗り込まれたルイ6世の周章狼狽ぶりもあざやかに活写されていて遺漏がなく、さあこれからフランス革命はいったいどうなるのだろう、とハラハラドキドキさせてくれる著者の手腕は見事です。

瓶というものに惹かれる資本蓄積を思わせる故なるか 茫洋

Tuesday, May 25, 2010

「鎌倉宮」を拝しながら

茫洋物見遊山記第26回&鎌倉ちょっと不思議な物語第218回


「鎌倉宮」は、承久3年1209年に建立されたいまはなき東光寺の跡に明治2年に建立された新造の神社ですが、これも廃仏毀釈の変種かもしれませんね。この神社にはどういう因縁だか毎年新年に一個人という資格で「正式参拝」しているのですが、そこで聞かされる神主のくだらない講話には辟易しています。

 宗教者にとってこの種の精神講話は必須の布教手段であって、私はこれまでキリスト教と仏教とこの神道というの3つの系統の講師のレクチャーを耳にしてきたことになりますが、その順番で内容がおそまつ君になるような気がしています。

 靖国神社といい鎌倉宮といい現代史に無知で不勉強なために落ち目の神道勢にあって、私がゆいいつ期待しているのが、最近ННKを退職して神主に転向された神戸大震災時のアナウンサーとして有名な宮田氏で、いつかは彼の精神講話を聞いてみたいと思っています。

閑話休題。

さて「鎌倉廃寺事典」によれば、東光寺の前身が建久2年に頼朝が建てた薬師堂であるとする「吾妻鏡」の記述は誤りで、これは近くの永福寺の伽藍の一部であったそうですが、このために現在の大塔宮の一帯は薬師堂谷と呼ばれるようになりました。

東光寺のもっとも著名な事績は、このお寺に幽閉されていた後醍醐天皇の皇子である護良親王が、足利直義の命令で殺されたことでしょう。「太平記」には彼が淵辺某の刀の鋒を口にくわえて激しく抵抗したけれど、ついに首切られて果てたことが生々しく記述されております。

護良親王の墓はこの神社にもありますが、じっさいの生首が葬られているのは浄妙寺の首塚で、かつて作家の高橋和巳夫妻がそのすぐそばの洋館に住んでいました。

首飛んで君が魂魄いずくにや 茫洋

Monday, May 24, 2010

古井由吉著「やすらい花」を読んで

照る日曇る日第345回


一羽の胡蝶によって夢見られた酔生夢死の奇譚が、耳を傾ける人とてなく、とつとつ語り継がれております。そのさま在原業平のしどけなき恋物語を、あるときは漂泊の詩人西行法師の高雅な法話を、またあるときは耳無芳一の流麗な琵琶さばきを聴くがごとし。

いかにも面妖な食わせ者のこの老人は、古今東西いかなる風体のいかなる存在・非在のものにも軽々と身をやつして、囁くがごとく、啼くがごとく、またあるときは嗤うがごとく、風のように浮かび、水のように流れる物語のやうな独吟を臆面もなくわれわれに送ってよこすのです。

この端倪すべからざる風癲老人はまだ生きておるのか、もうとっくの昔に死んでしまっているのか、生きながらに死んでいるのか、それとも死んでいながらなお生き延びておるのか、されさえも定かならず、彼岸と此岸、男と女、仙人と童子の領域を自在に往来しながら一種の悟りごとき箴言をのたまい、弱法師の能面をつけて風雅の踊りをひとさし舞ってみせるのです。

古典文学の精華と現代文学の「これまでの蓄積」がほどよく熟成された見事な作品ではあるけれど、「いったいそれがどうしたの?」と尋ねたら、どこからも誰からも返事がなさそうな、そんな虚しさも内蔵する珠玉の短編集、であります。
それにしてもこの老人が小説の登場人物に仮託して描き出す、性と生へのあくなき執着にはほとほと感嘆せざるをえません。

ああ、このやり手爺め!


♪なにゆえぞ広告を商う君(われ)の顔卑しき 茫洋

Sunday, May 23, 2010

ポール・トルトリエの「EMI録音集」を聴いて

♪音楽千夜一夜第133回

1枚200円というスーパー・バジェット価格につられて買ってしまった20枚組のCDですが、なんという音楽のたのしみをプレゼントしてくれたことでしょう。窓際の梅から桜、桜から躑躅へと季節が過ぎるのも忘れて、書斎の英国製ハーベス・モニターから流れ出る流麗なチェロの音色に耳を傾けたことでした。

まず驚いたのはバッハの無伴奏の演奏です。カザルスもロストロポービチもヨーヨーマもフルニエもマイスキーもデユプレもトルトリエに比べると、いかにも重い楽器を重々しく弾いているという印象になってしまいます。
トルトリエは、まるでヴァイオリンのように軽やかに、鶯が歌うように楽しくチェロを鳴らすのです。

しかも彼は、抜群の技量をもちながらも、そのテクニクを表に出さず、いっさいの虚飾を排してひたすら作品の本質に迫り、作曲家の音楽に奉仕しようとするところが好ましい。彼の前ではすべてのチェリストが、鈍重で、神経質なゴーシュという趣になるのです。

ここまで書いてきてひとつ思い出したことがあります。私が生まれて初めて聴いたのは平井丈一朗という下手くそかつ音楽性皆無のチェリストの超超どんくさい演奏でした。かのカザルスの高弟という触れ込みの男のそのバッハを、私はカントの純粋理性批判を拝読する思いで傾聴したのですが、あまりにも拙劣で無味乾燥なその演奏に心身が拒否反応を起こし、それ以来長きにわたってこの楽器とこの作曲家、そしてクラシック音楽に対して決定的に悪印象を懐くようになりました。じつにじつにわが生涯最悪の不幸な音楽体験でしたが、もしあの時、平井丈一朗の代わりにポール・トルトリエを聴いていたら、と改めて思わずにはいられない雨の日曜日の午後でした。

♪若き日のわたしをクラシックから遠ざけた平井丈一朗のバッハ演奏 茫洋

Saturday, May 22, 2010

バーンスタイン指揮ウイーンフィルで「マーラーイ短調交響曲」を視聴する

♪音楽千夜一夜第132回

今年はショパンとシューマンの記念の年であることは知っていましたが、マーラーの生誕150周年でもあるということを、私は最近レコード会社から続々発売されるマーラー全集の販促宣伝キャンペーンで知らされました。

誰かの記念年だからと言ってその人の記念品を購入する義理もないわけですが、商魂逞しい企業のおかげで今は亡き音楽家の存在についての認識を新たにしたり、彼らの名演奏の記録を破格の値段で入手できたりするのは、それほど悪い気はしません。

今日の昼下がりに仕事をしながら視聴したのは、バーンスタイン指揮のウイーンフィルが1976年の10月にウイーンのムジークフェラインザールでお客さんを入れて録画したマーラーの第6番イ短調交響曲のライブ演奏でした。

第5番のシンフォニーが妻アルマへの愛の告白であったのに対して、その次に作曲されたこの曲には「悲劇的」という名前が与えられ、だからこれはマーラーとアルマとの愛と幸福の生活の崩壊の予言とその実現の実況中継の音楽ということになります。
つまりこの音楽家は、貧乏や不倫や不幸やらを悲劇的に描くことを特技とするわが国の私小説作家の手法を模倣して?、はじめて交響曲という形式で表現したわけです。

なにやらいわくありげな序奏にはじまって、妻との牧歌的な人間関係に亀裂が走り、双方の行き違いや誤解がお互いの不和や対立を深めていくと、指揮者は激しく指揮台の上でジャンプを重ね、オーケストラはマーラー夫妻と一緒に泣いたりわめいたり致します。

そして終曲の第4楽章アレグロ・エネルジコのクライマックスになると、カタストロフは最高潮に達して、楽屋の奥の方から打楽器奏者がえんやこらさと持ち出してきた巨大な木製の大槌が3度にわたってやはり木製の土台に叩きつけられ、われらが愛する主人公マーラーは、心臓麻痺?で死んでしまいます。

しかしいったいどうして我々は誰がこんな奇怪な、けたくその悪い、ほとんど病気の音楽を聞かされなければいけないのでしょうか。偉大な音楽家を襲った個人的な不幸には衷心からの同情を惜しむものではありませんが、できればこのような四丈半襖の下張の如き身辺音楽、肺病やみ風の私小説音楽、自己中的自分史音楽ではなく、自分の人生を遠くに放擲した宇宙音楽、あるいは森羅万象を対象にした普通の音楽を書いてほしかった。

異様なまでに肥大化した卑小な己の自意識を、なんの慎みも恥じらいもなく大衆の面前にさらけ出し、まるで己がイエスキリストか狂ったニーチェのように「世界苦」を主題とした壮大な音楽として公開しようとするのは、(現に今鳴り響いている音響に限りなく私自身が惹きつけられているいるとはいえ、ほんとうはらちもない愚かな行為ではないでしょうか。

マーラーのその悲愴で悲劇的な音楽を、あたかも己がマーラーその人であるかのように錯覚し、偽装して汗と涙の実演を繰り広げるバーンスタインという人にも、最近の私は昔のようには共感できずに、白々とした気持ちで眺めておりました。
赤むけのお猿さんが己の性器を弄んで泣き笑いしているような後味の悪い道化音楽を耳にしたあと、ハイドンのピアノ音楽なぞを聴いてお祓いし、そのどす黒く汚染された心をさっと洗い流した、ある「守旧派」の土曜日の午後でした。


♪ええじゃないかそれがどうなろうとあれがどうなろうとええじゃないか 茫洋

Friday, May 21, 2010

鎌倉文学館で「高浜虚子 俳句の日々」展を見る

茫洋物見遊山記第25回&鎌倉ちょっと不思議な物語第217回



百千の薔薇薫る鎌倉文学館で、俳人高浜虚子の特別展を眺めてきました。(7月4日まで開催)

虚子と言えば、ただちに

流れ行く大根の葉の早さかな

遠山に日の当たりたる枯野かな

などの秀句を思い浮かべますが、いずれも叙景のデッサンが的確で、イメージの喚起力がことのほかあざやかです。

虚子は正岡子規が唱えた写生句から出発して、「客観写生」「花鳥諷詠」という理念を唱え、俳句という芸術にはじめて理論的骨格を与えた人物ということになっています。しかしその偉大な功績を評価するとともに、彼によって拒否され、切り捨てられてしまったより多様で豊饒な俳句世界の可能性についてもあわせて一瞥を投げておく必要があると思います。

子規の膨大な句作をつらつら眺めてみると、この近代俳句の始祖が抱え込んだ複雑怪奇で融通無碍、さながら化け物のように自在な複合的表現世界は、とうてい「客観写生」などという無味乾燥なスローガンにとどまるような単純な性格の代物ではなかったと思われます。弟子の虚子は、そのほんのひとにぎりの遺産だけを譲り受けて、彼の個人営業を開始したにすぎないことがわかるのです。

そのことは、虚子と並ぶ子規のもうひとりの高弟であり、かつては子規の後継者に擬せられ、いまではほとんど忘れられた同郷の俳人、河東碧梧桐の自由奔放な新傾向俳句に接してみれば、身に沁みて理会できることでしょう。

しかしながら、碧梧桐の自由律に対して生涯にわたって徹底的な戦いを挑み、あえて「守旧派」を自称した虚子自身が、「客観写生」をモットーとする「花鳥諷詠」を詠んだかといえば、まったくそうではないところに、この人物の懐の深さをうかがい知ることができるでしょう。

去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの

金亀子(コガネムシ)擲つ闇の深さかな

春風や闘志抱きて丘に立つ

などという俳句を詠む人間が、己がしつらえた「客観写生」と「花鳥諷詠」の2枚看板糞食らえ、とひそかに考えていたことだけはまず間違いないでしょう。私にいわせれば、この図太い棒、この輝く黄金虫、この柔らかな春風と真っ赤に燃える闘志こそが、虚子の本質そのものなのです。
俳諧の中興の祖は、師の子規ほどのスケールではなくとも、獅子「心」中にあまたの魑魅魍魎が暗躍する漆黒の闇を抱えこんでいたようですね。


♪この棒がこの黄金虫が虚子である 茫洋

Tuesday, May 18, 2010

黒井千次著「高く手を振る日」を読んで

照る日曇る日第344回

こういう作家がいるとは知っていましたが、その作品を読むのはおそらくこれがはじめて。タイトルが抒情的で、なんだか涙腺を刺激するので、ついつい読む気になったのですが、ラストではその通りになりましたから、まずは想定内の首尾を収めたというところでしょうか。

テーマは「高齢者思慕あるいは恋愛」と言って構わないと思います。会社を定年退職して還暦を過ぎ、古希を迎え、長い人生の「行き止まり」に逢着した男女の交情が、はじめは処女の如く、終わりは脱兎のごとく描かれ、諸般の事情で老人ホームに入ることを決意した大学時代の同窓生の女性に「高く手を振って」別れを告げるところで、この30年遅れの思慕純愛小説が終わるのです。

といいたいところですが、実際は「右手を高々と差し伸べる仕草を見せかけて途中で止めた」と書かれているのが悲しいところ。「今日はね、ご挨拶に上がりました」と言うなりソファーの上の主人公に激しく覆いかぶさってみずから接吻を求めてきたヒロインが、今生の別れに際して、「私に見えるように、大きく振ってね」と頼んでいるのに、黒井選手はどうして「題名通りに」ちゃんと手を振ってあげないんですか? これでは羊頭狗肉でしょう、と文句をつけたくなる主人公のカッコ悪さです。

全然関係ないけど、同窓会の後、タクシーで女性を送って行って、「さよなら」を言おうとしたら、いきなり接吻されたりしたりした経験は、みなさんありませんか。ああいう夜は、どうもそういうことをやってみたくなるものらしい。そしてこの小説もそーゆーノリで書かれている節もあります。

それはともかく、小説の最後の最後で電話が♪リンリンと鳴ります。
相手はもしかするといま別れたばかりのヒロインかも知れない。そうであれば「行き止まり」状態に陥った主人公に、新しい生の情炎がふたたび点火されるかもしれません。
はてさていったいどうなるのか? 読者に気をもたせつつ最後の一節が王手飛車取りの妙手のようにぴしゃりと盤上に打ちつけられるのです。

「電話の呼び出し音は家の中から止むこともなく続いている」

さすが名人の練達の手腕というところでしょうか。


♪マリー・アントワネットの首の如く落花せり一輪の真っ赤なチューリップ 茫洋

Monday, May 17, 2010

桐野夏生緒「ナニカアル」を読んで

照る日曇る日第343回

「ナニカアル」という奇妙奇天烈な題名は、この小説の主人公林芙美子の詩から採られています。林芙美子って「放浪記」の作者であるだけでなく、詩人でもあったのですね。

(前略)刈草の黄なるまた
紅の畠野の花々
疲労と成熟と
なにかある……
私はいま生きている。

詩というよりは、このような単なる断片から思わせぶりな断想を引き出した著者は、林芙美子の花の命のように短い生涯の只中の、それもあっというまに終わってしまった1942年10月から翌年5月までの出来事に、さながら隼戦闘機のように襲いかかり、彼女の実存を丸裸にしてしまうのです。

報道班員として軍隊に徴用された林芙美子は、仏印、シンガポール、ジャワ、ボルネオくんだりまで命懸けの取材旅行を強要されます。そして著者は、天真爛漫な彼女がどのようにして軍部に取りこまれて戦争協力のお先棒を担ぎ、さらには嘘か本当か、軍に睨まれていた新聞記者との情事にのめり込んで一児をなした、なぞという恐るべき秘事を、どこでどうかぎつけたのか、鮮やかにスクープしてのけるのです。

しかしこのスクープの真贋は、この小説自体が「芙美子が書き残した秘密の回想録」であるという形式をとっているために、あたかもフィクションのように巧妙にカモフラージュされているのですが、おそらく彼女はこの偽装された回想録の記述のとおりに南洋のアヴァンチュールの夜の形見として子をなし、それを夫に養子と偽って養育したのでしょう。やはり芙美子の生涯には、不可思議なナイカがあったのです。

それはともかく、ここにひとりの作家がその周辺の文学者や新聞社といまはやりの言葉でいうとコラボレーションして、いかにたやすく精神の独立と表現の自由を喪失し、国家権力の走狗となり果てていくのかが赤裸々に描写してあるので、慄然粛然たらざるを得ません。

ほれ諺にも「殷鑑遠からず」というではありませんか。この種のむごたらしい悲劇が、ふたたびこの国で再現される日は、それほど遠くないに違いありません。


♪摩周湖を泳ぎ出したが怖くなり引き返したりと元赤軍派学生 茫洋

Sunday, May 16, 2010

林望訳「謹訳源氏物語一」を読んで

照る日曇る日第342回

りんぼう博士による源氏物語の現代語訳の刊行がはじまりました。

第一巻では桐壺から若紫までを取り扱っていますが、橋本治による前代未聞の自由奔放訳をのぞけば、これまでに発表されたどの翻訳よりもフレキシブルな現代日本語を軽快に駆使して、なにやらりんぼう博士お手製の小説のような趣で語りだされています。

この本の二番目の特色は、類書と比較して和歌の解釈に格段の細やかな配慮を示していることです。頻出する歌のやり取りは懇切丁寧に噛み砕かれ、かゆいところに手が届くように本文の中で解説されているので、男女のひめやかな交情の裏の裏が手に取るように理会されるのです。

しかしなんですね、源氏という男はどうしてこれほど好色なのでしょうか。一七歳の男子はポケットの中の手がちょっとあそこに触れただけですぐにやりたくなると多くのインテリゲンチャが語っており、私自身の経験に照らしてもそれは半面の真理なのですが、この光の君は、そういう平均レベルをはるかに超え、二七歳になっても四七歳になっても超簡単勃起型の陰茎を常備していたに違いありません。

まだ年端もゆかぬ若紫をやってしまおうかと思いながら、やはりそれは早すぎると自制した嵐の夜の帰り道、その代わりにさる女のところへ忍び込もうとして門をたたかせるが誰も出てこないので、

朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも 行き過ぎがたき妹が門かな

などというシュプレヒコールを投げかけるというあたりに、この貴君子の本領が発揮されているような気が致しますが、はていかに。異常なまでの好色を追及した男が、その好色の咎で手痛い復讐受け、終生癒されぬ苦悩のうちに世を去るという因果応報の手の込んだプロットの裏側に、この偉大な文学者の、男って所詮はどうしようもない奴というねじれた心情が隠されているようです。

♪鶯は三人囃子ではやしおり 茫洋
♪鶯の囃し疲れて休むかな 茫洋

Saturday, May 15, 2010

クリント・イーストウッド監督・主演映画「トゥルークライム」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.29
 
1999年にクリント・イーストウッドが監督・主演した映画「トゥルークライム」を見ました。アンドリュー・クラヴァン原作のサスペンス小説「True Crime」を20世紀フォックスの大プロデューサー、ダリル・ザナックの息子リチャード・ザナックが製作した中級の佳作です。

あらすじを書くのが面倒くさいので、おなじみウキペデイアから引用すると、スティーブ・エベレット(イーストウッド)はかつては敏腕新聞記者として鳴らしていましたが、飲酒と女性問題で今ではすっかり閑職に追いやられています。
ある夜、若い同僚のミシェルが交通事故で急死したため、翌日、エベレットはミシェルの仕事を引き継ぐことになりました。それはその日死刑が執行されることになっている殺人犯フランク・ビーチャムの最後のインタビュー取材をすることでした。事件現場を訪れてみて、目撃者の証言に違和感を抱いたエベレットは急遽事件の洗い直しを始めますが、そのときすでに、死刑執行まで残り12時間を切っていたのです…。

予想通り我らがスーパーマンイーストウッドはたった半日で万難を排して事件の真相に迫ります。真犯人を突き止めたのみならず唯一の証人であるその母親をオンボロ中古車に乗せて加州知事邸宅に急行、すでに毒液を注入されていた無実の死刑囚の奇跡的救出に成功するというハラハラドキドキのサスペンスドラマですが、想定内の展開とはいえなかなか楽しませてくれます。

なお「本当の罪」という原題は、無実の死刑囚を救おうと刑務所に向かった東森記者が、死刑囚の妻から「あなたはどうして死刑になる日にここへ来たの。今日まで何をしていたの?」と詰問され、言葉を失うシーンから採られているようです。

クレジットの最後に流れる女性ボーカルが、都会の孤独を切々と歌いあげて泣かせます。


♪年年に知らぬこと多く現れ出でてよくも考えずみなほうりなげる 茫洋

Thursday, May 13, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第7回

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第7回

bowyow megalomania theater vol.1

ああら、坊や初めてなのね。おやおや、もうこんなにおおきくしちゃって。

ねえ、どんな気分? いい? いいんでしょ? 分かってるんだから。隠さなくたって、分かってるんだから。

ほら、ここんところ、君のちっちゃなオッパイのとこ、しゃぶってあげる。 どおお? 気持ちいいか? いいか? いいでしょ? 男でも感じるとこなんだから? よーく分かってるんだから。

でも、どうして男の子にもオッパイがついているんだろうねえ。坊や、知ってる? 

ほら坊や、ここをなめなさい。ここも、ここも、ここもよ。ほら、ほら、ぜんぶなめるのよ。

何してるの? ちゃんとやらなきゃ駄目じゃないの。よし、よし、よーーし。
上手、上手、上手だおおおー。なかなかやるじゃないの。ああ、とってもいい気持ち。

そう、そう、そうよ。ヨーシ、こんどはこっちをこうやって、こうやって、それからこうやるんだよ。


♪氷雨降る春の夕べの桜花光を待たで白々と散る 茫洋

Tuesday, May 11, 2010

村上春樹著「1Q84BOOK3」を読んで

照る日曇る日第341回


はじめに言葉がありました。そして言葉を信じる者は言霊を信じ、言霊の幸ふ精神の王国を言葉の力によって創造することを夢見るのです。

著者はこのようにして1984年に住んでいた青豆と天吾を拉致して「1Q84年」に連れ去り、本巻の最後に元の1984年ならぬもう「ひとつの1984年」、つまり新たな「1Q84年」へといったんは帰還させたのでした。

主人公の青豆と天吾だけでなく、ここで著者がつくりだしたのは、現実と非現実が複雑に入り混じるねじれた時間と空間そのものです。3次元だけではなく4次元、5次元、6次元という数多くの時間と空間が複雑に共存し、相互に微妙な影響を及ぼし合う異数の世界を、そこに生き、死に、また甦る人々(それはもはや普通の意味での人間ではありませんが)の喜びと悲しみを、2人の主人公の運命的な恋を軸として描くことこそが著者の狙いなのです。

世紀の大恋愛の周囲には、生い立ちの謎や幼年時代のいじめ、不幸な家族の思い出や秘密結社の暗闘、スパイの張り込みや恐喝、殺人、情事や性交や妊娠、古典音楽や文学者・思想家の名セリフの引用などが過不足なくちりばめられていますが、だからといってそのプロットの斬新さと仕掛けの大きさに比べて物語の本質がさほど新しいわけではなく、むしろいささか古色蒼然たるものであるといえばいえるでしょう。

「彼はその手を記憶していた。20年間一度としてその感触を忘れたことはなかった。」

それはともかく、著者が深夜の書斎で徒手空拳で創造した小説の世界のなんという素晴らしい出来栄えでしょう。
よしんばそれらがことごとく荒唐無稽な「見世物の世界」であったとしても、私たちは著者が手品師のように繰り出す、何から何までまったく真実らしいつくりものあれやこれやを、ついつい「本物」と信じ込まされてしまうのですから。
私たちの目には月はひとつしか見えませんが、きっとある人には2つの月が見えているに違いありません。真っ赤な嘘を恐るべき真実に変えてしまう本当の小説とは、まさにこのような作品をいうのでしょう。

しかしながら、この本の終わりでは、もはや東の夜空に2つの月は輝いてはいません。
愛すべき愚直な探偵牛河は無惨な死を遂げましたが、怪しい新宗教団体「さきがけ」では相変わらず青豆と天吾の間に誕生するであろう子供を彼らの後継者として追い求めていますし、どこか不気味な6人のリトル・ピープルは、新たな「空気さなぎ」の製造にせっせといそしんでいるに違いありません。

この世の悪に対して正義の鉄槌を振り下ろす深窓の婦人とその忠実なしもべ剛腕タマルも、さきがけの元教組の娘で、小説『空気さなぎ』の原作者である「ふかえり」こと深田絵里子の行方も杳として知れません。

その文章が読む者の心をやわらかくときほごし、無条件に楽しませ、退屈で手あかにまみれたこの世界になにがしかの新しい意味を付け加えることによって、閉塞困憊し切った私たちに「読むことによってもういちど生き直すような類の喜び」を与えてくれる点で、まことに貴重な価値を有するこの作家の「果てしなき物語」は、まだ始まったばかりであり、次なるBOOK4の刊行が、せつにせつに待たれるのです。


♪わが胸の奥の奥にも巣食いたる「空気さなぎ」よ何を孕むや 茫洋

Monday, May 10, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第6回

bowyow megalomania theater vol.1

10月25日

発作が起きました。

でも、そのことは後で分かったのです。お母さんが真っ青な顔をして僕の目をみつめていることに気づきました。

突然の発作だったらしいのです。でも僕はなにも覚えていません。
いや、なにか奇妙な夢を見ていました。

夢の中で、僕は大きな亀に乗って竜宮城へ行きました。うすいヴェールの下に桃色のおっぱいとおしりをぷちぷちぷりんと垣間見せながら、うつくしい乙姫様はおっしゃいました。

ああら、らっしゃいよ。坊や、とってもきれいな手をしてるのね。くちびるのかたちもすてきよ。取っても気に入ったわ。あらら、動いちゃダメよ、じっとしていなさい。なにもしないわ。なんにもしないわよ。あらあら、可愛いわねえ。
キスしてあげる。


♪長島一茂がギリシアの暴動について語っている五月の朝よ 茫洋

Sunday, May 09, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第5回

bowyow megalomania theater vol.1


10月22日

昨日お父さんが話してくれた話です。

なんでも遠い遠い遥かな海の彼方にフウイヌムという国があって、フウイヌム族という馬たちが住んでいるそうです。フウイヌム国では馬たちが主人で、人間はヤフーと呼ばれる奴隷としてフウイヌム族に仕えているんですって。

またフウイヌム族は人間と違ってけっして嘘をつかず、他の国とみだりに戦争をしたりせず、お互いに尊敬し合って生きているんですって。もちろん人間よりも頭が良くって親切で、馬なのに人情味にあふれているんですって。

僕は星の子学園では、おっかない人間に飼われている哀れな小鳥です。でももし僕がフウイヌムへ行けたら、意地悪な長島先生をヤフーにしてどんどんこき使ってやります。僕は立派なフウイヌムになれます。

10月23日 曇。

気分が悪い。


10月24日 雨

気分が悪い。



♪鎌倉やきのうの夢の捨て所  茫洋

Saturday, May 08, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第4回

bowyow megalomania theater vol.1

10月21日 晴れたり曇ったり

きのう吉本公平君が、塩川洋子を好きだ、塩川洋子を抱きたい、と絶叫した話はすぐに星の子学園のみんなに伝わりました。

みんなもうすぐ高校生なんだ。男の子は女の子が、女の子は男の子が、欲しいんだ。健常の人なんかは、タバコすったり、クスリをやったり、ホテルへ行ってセックスしたり、遣りたい放題やっているに違いない。

と僕はかんじてる。

しょうぐあい者が健常者とおなじことやって何が悪いんだ。
校長先生、何が悪いんじゃ。
田中美奈子さん、何が悪いんですか。
教えてください!

吉本君に聞いたら、あのあと校長先生や教頭先生にひどく叱られ、体育の長島先生にぶん殴られたらしい。

お前ら半人前のしょうぐあい者のくせに、一人前の大人を呼びつけて、ああせえこうせえと指図するとは何事か。いっちょまえにガールフレンドつくりたい、森ガールといちゃいちゃしたいとは何事だ。10年早い。いや100年早い。

といってサンザンお説教くらったうえ、体育館の裏側の物置に、そんなに好きなら2人で入ってろ!と言って、半日間とじこめられたそうです。

吉本君と塩川さんはお昼ごはんを抜かされて、うす暗い物置で半日間ほったらかしにされました。僕はそんなことは絶対に許されないことだと思います。脳性麻痺と筋ジスに失礼なことをするんじゃないぞ!

バカ者め。みんながいつまでも黙っていると思ったら、大間違いだぞ! おんどれ、しょうぐあい者だと思って馬鹿にしているといまにひどいめにあうぞ。


♪母のごとき咳をしている咳しつつ思う 茫洋

Friday, May 07, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第3回

bowyow megalomania theater vol.1


僕はその時、どうした拍子だか思わずムラムラっとなりました。

僕は普段からほとんど性の欲望がない人なのですが(S先生がそうおっしゃいました)、みんなはどうしていますか?

三平君はオナニーというのをするんだそうですが、僕はオナニーというものをいままでしたことがありません。それをどうやってするのかも分かりません。

田中美奈子さん、教えてください。美奈子さん、僕はオナニーしたくなった。僕にいますぐ、ここでオナニーさせてください!

あ、そうだ。それよりもお父さんに聞こう。どうやったらオナニーできるのか、家に帰ったら、さっそくお父さんに教えてもらおう!


♪菖蒲湯や息子のあとに入りけり 茫洋

Thursday, May 06, 2010

神奈川県立近代美術館鎌倉で「日本近代洋画の名品選」を見る

茫洋物見遊山記第24回&鎌倉ちょっと不思議な物語第216回

連休の最後の日、八幡様の斃れた大銀杏あちこちから緑の新芽が元気よく伸び始めているさまを見物してから、お馴染みの美術館にやって来ました。

1951年に坂倉準三設計の建築で日本に初めてできたこの公立近代美術館は、周辺の緑と水に溶け込んだ落ち着いた佇まいで、それ自体がひとつの美術品の様相を呈しおり、近所の葉山館や、東京のあちこちに続々誕生した醜悪で陋劣な犬小屋美術館どもと鮮やかなコントラストをなしています。
私はこの静謐でこていな美術館を訪れるたびに、改めて「建築の進歩」を唱える人たちの愚かさに気づくのです。

さてそぞろ内部に進み行っても恒例の収蔵品展ですから、黒田清輝の「逗子五景」、有島生馬の「赤い門のある家」、萬鉄五郎の「裸婦」、岸田劉生の「野童女」など、その大半が見覚えのある作品ばかりです。

とりわけ佐伯祐三の「門の広告」や関根正二の「女の顔」などを見ると、「おお、君たち元気にしていたか。いいね、いいね、ほんとにいい絵だね」と思わず声を掛けてやりたくなります。

本来はあっという間に消え去るはずのパリの広告が、祐三のおかげで芸術作品となって永遠の命をとどめている姿や、生きていることのあかしを、その力強いデッサンの描線にくっきりとどめている関根正二のスケッチを一瞥するだけで、私は「ああ、藝術は良いなあ。生きていて良かったなあ」と心の底から思うのです。

そうして、なんのことはない、この小さな美術館の油絵たちは、ぜんぶ、ぜんぶ私のコレクションなのでした。

追伸 本展は来る5月30まで当地で開催されています。
 

♪今日もまた鏡の前でMGMのライオンのごとく三つ吠えたり 茫洋

Wednesday, May 05, 2010

渡辺京二著「黒船前夜」を読んで

照る日曇る日第340回

ペルリ率いる黒船が襲来するしばらく前の時代のロシア、アイヌ、日本の交渉を描くこの本は、1)アイヌの人々の類まれな人間性と高貴なまでの文化的生活、2)強権南下侵略国家という通説を打ち砕くほとんど牧歌的なロシアの蝦夷地への接近、3)前記2項に対してきわめて柔軟かつ賢明に対応していた江戸幕府と松前藩の役人たちの存在、をいくつもの例証をあげながら教えてくれるという点できわめて有益です。

とりわけロシアから交易を求めてやってきたラクスマン、レザーノフ、ゴローヴニンと本邦とのかかわりについて述べた箇所は、下手な小説より興味深いものがあります。

文化三(一八〇六)年、長崎でいたずらに時間を空費させられて激高したレザーノフの指示で、彼の部下が北方各地の幕府勢力の拠点を焼き払い、多くの日本人を殺傷すると、その報復として幕府がゴローニンを拘留し、それに対抗したロシアがあの「ウラーのタイショウ!」高田屋嘉兵衛を捕まえます。

当時としても、また現在から考えても稀に見る逸材であったこの商人と交換に、捕囚ゴローヴニンが釈放され、ここに日ロ関係はめでたく一件落着となるのですが、不幸なことにこの段階で、日本はロシアに対する交易友好の可能性をみずからの手で封印してしまったのです。

歴史に「もしも」はないのですが、それでもあのとき「ほんのちょっとした偶然」が手助けしていれば、倒幕勢力による尊王攘夷運動のシュトルムウンドドラングをさかのぼることおよそ50年前、近代ナショナリズムが誕生し列強の砲艦外交が開始される以前に、徳川幕府のイニシアチブのもとで、平和裏に、日ロ修好通商条約を締結するチャンスがあった、と著者がいうのですから、これが実現していればその後の日本と世界の歩みは通史とは大きく異なっていたはずです。

それにしてもこの時代にはペルリ時代と比べてなんと優秀でユーモアを解する人々が大勢いたことでしょう。

幕閣に対して「ロシアと日本の蝦夷地の紛争を解決するには国家の一大事よりも天よりの評判が一大事」と平然と天命・天道思想をもちだす松前奉行、日本のためロシアのためよりは「天下のために」この紛争を解決しようと命を投げ出した一介の商人の「天の思想」は、その後西郷隆盛の「敬天愛人」を経て夏目漱石の「則天去私」の思想につながり、現在もなお私たちの倫理を人間存在の地下で根深く支え続けているのではないでしょうか。

♪ワーナーのライオンのごと吠えることわが唯一の特技なりけり 茫洋

Tuesday, May 04, 2010

今日は一日ショパンの日

♪音楽千夜一夜第131回

というのが5月3日のNHKハイビジョンとFM放送局のキャッチフレーズでした。

んで映像を見たり、ラジオをつけたりしながら終日ショパン三昧を楽しませていただいたのですが、仲道郁代さんがみずから「いま三」と卑下した一気呵成殴り弾きの演奏などとても面白かったです。

しかしショパンてどうして日本で人気があるのでしょうね。もしかすると、それは彼の音楽がどこか日本人が大好きな俳句に似ているからではないでしょうか?

俳句は5・7・5で世界を描写・象徴し、諦観とリリシズムに彩られた世界認識の歌を歌います。さうしてそのようにきわめて数少ない、慎重に選びとられた文字数で世界を鋭く切り取り、短時間で性急にカタルシスをもたらそうとつとめる短詩形文学は、ショパンの短小で繊細で鋭敏な音楽にも共通する孤絶した芸術的時空ではないでしょうか。

左手で響かせる5・7・5の和音に乗せて右手が詩的に奏でる旋律は、ある時は激しく、またあるときは悲しく切ないけれど、色即是空まるで線香花火のようにあっけなく終わってしまう。俳句に翻訳すれば、例えばたとえば千代女の「朝顔に釣瓶とられてもらい水」。

故国ポーランドへの別れの曲も小犬のワルツも曲想はまったくちがうけれども、例えば漱石の「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」。おんなじ音楽語法と音楽作法で書かれてしまっているところがいかにもこの人らしい虚弱さ、痛々しくも切ない魅力的な弱さではないでしょうか。

同い年生まれのシューマンが、その矛盾に満ち満ちた内面に重々しく抱え込んだ時代精神との短歌的格闘やらライン川に飛び込まざるを得なくなった音楽技法への5・7・5・7・7的懐疑、マーラーが第九交響曲の第四楽章で延々と告げるこの世への終わりなき決別の辞など薬にしたくとも出来ない相談なのですね。

かくてわたしにとってショパンとは、五月の薫風の森で舌足らずに鳴き続ける孤独な鶯の囀りに他ならないのでした。

♪ホー、ホー、ホー、ホー ホケキョ ショパン 茫洋

Monday, May 03, 2010

鎌倉国宝館で「鎌倉の至宝展」を見る

茫洋物見遊山記第23回&鎌倉ちょっと不思議な物語第215回

連休の晴天の日にこのコレクションを駆け足で見物しました。例によって国宝、重要文化財がさりげなくどっさり展示してあるのが魅力です。

今回の目玉はご近所の浄妙寺の仏殿本尊である「釈迦如来像」が鶴岡八幡宮伝来でいまは寿福寺にある「銅造薬師如来像」と並べて展示されたことでしょうか。
解説ではその両作品が運慶派の優品であるとして喋々云々していますが、私の心眼では両者のポーズ以外なんの関連もなさそうでそれほど大騒ぎするほどのことはありません。

むしろ特筆大書すべきは後鳥羽上皇から源頼朝に贈られた螺鈿蒔絵の硯箱です。その絢爛豪華ななかにも王朝の趣味と高雅を湛えた美しさは、本邦工芸品の最高峰にランクされてしかるべきでしょう。

じつは上皇から北条政子に贈られたこれと同工異曲の優品があったのですが、明治6年にウイーンで開催された万国博覧会に出品すべく欧州に向かった輸送船が不運にも沈没してしまったために、哀れ海の藻屑となってしまいました。
じつにもったいないことをしたものです。

そのほかには北条氏の求めに応じて中国の南宋から建長寺にやってきた蘭渓道隆の書や肖像画などがたくさん並べられ、波濤を越えた烈々たる宣教心の一端を披歴しています。

なお本展は、薫風吹きわたる鶴岡八幡宮の一角で来たる6月6日まで開催されています。


♪飛んでいる蝶の名前を言えることほぼゆいいつの長所ですかね 茫洋

Sunday, May 02, 2010

バレンボイム指揮ベルリンフィルの「オックスフォード・ライブ」を視聴して

♪音楽千夜一夜第130回

1日のNHKのハイビジョンテレビ放送で、今年のベルリンフィルのヨーロピアンツアーを放送していました。英国のオックスフォード大学からの生中継です。指揮はダニエル・バレンボイム、コンマスは現在仮免許運転中の樫本大進、曲目はワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から第3幕への前奏曲、エルガーのチエロ協奏曲、そしてブラームスの第1シンフォニーという興味深いプログラムでした。

どこが興味深いかといえば、なんといってもエルガーです。この曲の録音ではかつてバレンボイムの妻であったジャクリーヌ・デュプレのソロでジョン・バルビローリの棒で入れた演奏が有名ですが、この日はバレンボイムの抜擢で米国のアリサ・ワイラースタインが独奏しました。

彼女が楽器を調整する暇もあらばこそ、いきなり棒を振りおろすバレンボイムは相変わらずの美女いたぶり趣味丸出しですが、もしやこのかわいらしくむっちりした肉体をもつ若手女性チエリストもデュプレの二の舞になるのではという、よからぬ疑心暗鬼が私の脳裏を走ったことでした。

それはともかくアリサ・ワイラースタインはこの重い楽器を、まるでヴァイオリンのように軽やかに扱い、早いパサージュも楽々と弾きこなしていきます。相当なテクニシャンと見受けられましたが、バレンボイムともどもエルガー特有の悲愴美がてんで表現できていなかったのは残念なことでした。

残念ついでに冒頭のワーグナーもドイツ的な重厚さに欠け、トリにおかれたブラームスも、曲頭のティンパニーの連打からノリが悪く、最終楽章のコーダでは首席ビオラ奏者の清水直子チャンはじめベルリンフィルの猛者連がもうれつなアッチェレランドをかけまくる熱演を示したのですが、すべてが単なる音響の空回り大洪水となり、ブラームスのますらおぶりのひとかけらもありゃしない。最近ラトルが同じオケと入れた録音と比べても天と地の無惨な出来映えに終わったのでした。そんなどうしようもない演奏を飯守なんとかという若手指揮者までもが褒めそやしていましたがいったいどういう耳を2つも備えているのか不可解です。


「トリスタンとイゾルデ」を指揮させたら天下無敵のバレンボイムも、こうしたコンサートでは往々にして手抜きの生ぬるい指揮をやってしまいます。この日の演奏でも手首のバネだけでくるくる遊び半分に回していた指揮棒を取り落とすという無様な姿を公衆の面前で晒していました。
今を去る40年前の昔、ポーランドから来日したワルシャワの国立オケのなんとかロストウという指揮者が、演奏中にやはり指揮棒を取り落としたので、隣にいた私の父が「あ、落とした、落とした」と鬼の首を取ったように叫んだことをはしなくも思い出しましたが、あの日のロストウはあきらかに極度の緊張のあまり棒を取り落としたのであって、バレンボイムのごとく長屋の隠居の居眠り指揮をしていたのではありません。


♪カラオケでわたくしがただひとつ歌える歌赤胴鈴之助 茫洋

Saturday, May 01, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第2回

bowyow megalomania theater vol.1

10月20日 雨

食っちゃ寝、食っちゃ寝、して、なにが悪い。豚みたいに生きて、なにが悪いんじゃ!

と、軽度の脳性麻痺の公平君が車椅子をけっとばして叫びました。

オレは18歳じゃ、オレは男じゃ。オレはヨーコを抱きたい。中田先生、オレをヨーコのところへ連れていってくれ! 

と公平君はもつれた舌をくねらせ、全身をウナギのようにでんぐりげえらせ、わななかせながら、白眼をひんむいて口から泡吹いて叫び続けました。

担当の女性の中田先生は、口をあんぐりとあけて、普段はあんなにおとなしい公平君が激しく憤るさまを呆然と見詰めていました。園長先生も駆けつけてきましたが、公平君の恐るべき気迫にかけおされて、見守るしかありませんでした。

車椅子の人ばかりでなく、大勢の仲間たちが公平君の異議申し立ての姿を見ていました。

おーし、僕だってなにかやらなくちゃ!

という気持ちが、鈍い身体の奥底から湧き起って来るような、そんな気分が僕だけじゃなく、のぶいっちゃんにも、ひとはるちゃんにも、まるで神宮寺の池に投げられた小さな石によって出来たささやかな波紋のように、ひたひた、ひたひたと伝わってくるような、そんな雨の日の午後でした。


♪フランス人がライオンの歯と名付けたるタンポポの花のギザギザを愛す 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第1回

bowyow megalomania theater vol.1


10月19日 曇

季節外れの台風が一晩中あれくるったために、僕はいっすいもできませんでした。

星の子学園へ行っても頭はガンガンするし、身体はフラフラするし、中田先生や高木先生がなにかおっしゃってもぜんぜん耳に入りませんでした。

やっぱり僕はバカなのかも知れません。

バーカ、岳のバーカ、能なしのバーカ、脳なしのバーカ、ゆーうつの鬱。


♪イルカ殺すなクジラ殺すな日本人よ 茫洋