茫洋物見遊山記第28回
月曜日の午後、オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を見物してきました。
あらゆる方向からやってくる光線を描こうとしたモネ、森羅万象をキャンバスの上で解体し再構築しようと試みたセザンヌ、未開の国の風光に新芸術の根を下ろそうと苦闘したゴーギャン、女性の放恣な肢体に限りない偏愛の目を向けたボナールなどの傑作115点が続々登場して眼福の限りを尽くしますが、本展の白眉はなんといってもゴッホとルソーでしょう。
わが偏愛の日曜画家アンリ・ルソーの「戦争」と「蛇使いの女」を間近で眺めることができたのは望外の喜びでした。この2つの作品さえあれば、私は本展にガチャガチャ並べられているスーラやシニャックやシスレーやエミール・ベルナールやロトレックの凡作愚作どもを喜んでゴミ箱に投じるでしょう。
ゴッホは1887年から1889年までに制作された7点が並んでいますが、「自画像」「アルルのゴッホの寝室」「星降る夜」「銅の花器のフリティラリア」などを眺めていると、その比類ない藝術の素晴らしさに圧倒され、いつまでも鑑賞していたいという誘惑に駆られます。
思うにこの人の作品は単なる「絵画」ではなく、それ以上のなにか奇蹟的なもの、例えば此岸と彼岸を行き来する精霊の踊り、あるいは宇宙的な生命の饗宴そのものではないかと思われます。
自画像や白百合や大熊座から放射される紫や黄色や橙色や緑色の色彩の氾濫は到底この世の人間の業とは思えません。夜の空から降って来る無数の星を寄り添いながら仰いでいる小さな恋人たちをご覧なさい。これはゴッホという天才を仲立ちとして私たちに伝えられた一種の天界からのメッセージではないでしょうか。
そこでは人類の誕生以前の原始的な存在が、生の混沌のただなかであらんかぎりの歓喜の歌を歌っています。そして私は、聖なる酔っぱらいのその聖歌に、いつまでもいつまでも耳を傾けていたのでした。
荒れ狂う命のたぎりをキャンバスに叩きつけおりゴッホ顕現 茫洋
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