Monday, August 31, 2009

橋本治著「橋本治という考え方」を読んで

照る日曇る日第287回

端倪すべからざる作家とは橋本治というような人物をいうのでしょう。「ドラマというのはドラマとして存在するものではなくて、風景そのものの中に存在するこのなんじゃないか」ということだけを言いたくて始まったこの「行雲流水録」のなかには、愚かにも私が知らなかった叡智に満ちた幾多の箴言が珠玉の如く鏤められていて、しばし瞠目させられます。

 著者は、小津の映画では汚いはずの昭和の日常が「嫌なものがなに一つない」映像として切り取られていて、別段どうということもないドラマが、その隙間に突如として挿入される丸の内のビルや土手の上の青空などの「実景」の永久不滅の美しさによって昇華されていること、またアンゲロプロスの映画における「風景こそが主役だ」と思わせるヨルゴス・アルヴァニティスのカメラの素晴らしさについて具体的に指摘します。
そして、「目に見える風景の向こうにはなにかがある。あらねばならない。耳に聞こえる音の向こうにもなにかがある。それがなければなんでもない。技法というのはそういうものを実現させよう、実現させなければなんでもないと思う、その意志のことかもしれない」と結ぶ時、私たちは彼の作家としての志を親しく解き明かされたような気持になるのです。

そのほか、彼が谷崎潤一郎を師と仰ぎ、師匠と同じくすべての小説を異なるテーマと語法で書き分けてきたこと、「窯変源氏物語」のテーマが、光源氏を主人公とする「小説による小説の小説化」であるという注釈も興味深いものがありましたが、とりわけ彼の創造の源泉は、歌舞伎の命がけの舞台のすごさを、歌舞伎以外の世界で再現して「恩返し」をしてみたいと思ったことにある、という告白に深い共感を覚えました。

「菅原伝授手習鑑」の寺子屋で、松王丸が「桜丸が不憫でござる」と言って「源蔵殿、御免下され」と大泣きをするシーン、その「不条理の悔しさ」に「己の悔しさ」を見て、その悔しさをじっと我慢し続けることにこそ、この作家の発条の基軸があったのです。


♪投じたるすべての票が死なざりき 茫洋

Sunday, August 30, 2009

西暦2009年文月茫洋歌日記

♪ある晴れた日に 第64回


政権の交代求め民動く世が変わるとはかくのごとし

理非にあらず曲直も問わず遮二無二人は旧きを倒す

かねてよりのわれの望みを叶えるはわれならぬリヴァイアサンの蜂起なりしか

神の手が至高の演奏を作るなりカラヤンごっこは今日も続く

嗜虐者なるかはた被虐者なるか弦打ち鳴らす黒髪の人

蝉時雨いっさんに走り抜けるぬける熱き心よ冷たき頭よ

いとやすく大いなる便をひりだして偉大な事業なし終えたるがごとし
 
幻の鰹を求め海に出る実朝が乗りしさすらいの宋船

もう二度と見ぬ海山空花こころゆくまで眺めたり 

わが眼裏になおもうるわし庄内平野白砂青松

逗子の海潜れば群れなす魚たちメビウスのごとわれも泳ぎき

昭和20年5月23日鎌倉十二所山林に初めて焼夷弾落つと吉野秀雄書く

みなそこのわがしんちゅうにたぎるものおんとえんぬぱんちーる

受けて落ち受けても落ちる学生にぐあんばれとしか言えぬ悔しさ虚しさ
 
手を振れば車より身乗り出し両手振り返したり神奈川4区長嶋一由

魚ならば溺れることもあるまいに海空陸の大レスキュー隊

西瓜ほどおいしい果物はないいずれは君にも分かるでしょう


世の中は明日待たるるその宝船

見よ汝が心中より露頭せしもの

六人の美女訪れし月夜かな 

月の下美人が戻るお盆かな
 
老舗滅び月下美人咲く夕べかな

青蛇や青縞光らせ草に消ゆ

処暑の夜わが陰嚢の冷たさよ

名も知らぬ蝉は鳴きたり鳥海山

油蝉交接終えて身罷る

逗子の海魚に混じりてわれも泳ぎき

古書市や芥川全集3500円で叩き売る

百合の薫りあまりにも強すぎる

けふもまたちゃんちゃらおかしくいきにけり


♪生涯ただ一度の大音響を発して極楽往生せしは慶日上人 茫洋

Saturday, August 29, 2009

叫びと囁き 網野善彦著作集第14巻「中世史料学の課題」を読んで

照る日曇る日第286回


中世の人々にとって音声や楽器などの「音」はどんな意味を持っていたのでしょう。
まず著者は、寺や神社の梵鐘や鰐口は日常と聖なる世界を結びつける役割を果たしていたのではないかと指摘します。(本書「中世の音の世界」参照)

今でも私たちも鰐口を鳴らして頭を垂れてから、ご先祖に思いを致しているわけですが、勧進聖が寄付を集め、鋳物師に作らせた鐘や鰐口は、はじめから「聖なるもの」として位置づけられ、みだりに打ち鳴らすことが禁じられていたそうです。
梵鐘を造る儀式は荘厳に行なわれ、「吾妻鏡」には頼朝がその現場に立ち会うシーンが出てきます。(しかしその時はなかなか完成せず、業を煮やした頼朝は御所へ引き上げてしまったのですが)

このように聖なる場所や聖なる人物の周辺においては、法と秩序と権威を保つための「微音」が使われてきたと著者はいいます。たとえば天皇や上皇などの貴人は、囁くような小さな声で己の意思を伝え、そのメッセージは当初は脇の復唱者によって「高声」で伝達されましたが、我が国ではそのプロセス自体を次第に「文書化」するようになってしまった点がアフリカなどとは決定的に異なるのだそうです。

しかしいかなる場合にも「高声」はけしからぬこととされていたわけではなく、戦闘や強訴の際には許されていたようです。
たとえば中世の合戦では陣太鼓(攻め太鼓)を使っていました。しかし御家人たちも巨大な太鼓や銅鑼を打ち鳴らして攻めてきた蒙古軍には驚いたようです。おそらく中国大陸や朝鮮半島の楽器と当時のわが国のそれとはおなじ楽器でも相当異なる音響を発していたのではないでしょうか。たとえば韓国のサムルノリが鳴らす金管や打楽器は、私たちとは耳慣れない強烈なサウンドです。

けれどもこのような例外を除くと、中世人は心のままに高い声で発音したり、怒鳴ったりすることは「狼藉」とされ、これは現代においてもそうですが、殊に寺社仏閣では絶対的な静寂が厳しく要求されてきました。

ところがこのような「権力による音響管理」に断固として抗ったのが「高声」で歌うように、踊るように念仏を唱える親鸞や一遍、日蓮などの鎌倉仏教です。親鸞は和讃を節で歌わせ、時宗では踊躍歓喜という踊り念仏を躍らせましたが、著者はこれこそは宗教と一体になった芸能の原点であり、もしこの聖と俗、精神と肉体が一体化されたムーブメントが、朝廷や織田信長などの代々の権力者たちの弾圧を乗り越えて持続的に成長発展し続けていたなら、宗教と政治経済社会のみならず、我が国の芸能の歴史、歌謡と詩歌の歩みがこの時点で根本的に変異していただろう、とその秘められた可能性に着目しているようです。

いずれにせよ権力は囁きと静謐と秩序をひたすら好み、民衆は叫びと哄笑と歌とダンスを愛し、そのことを通じて神仏の世界、あの世とこの世を架橋しようと試みという関係は鎌倉時代から不変のものであったといえましょう。



      世の中は明日待たるるその宝船 茫洋

白砂青松

バガテルop111

明日は半世紀に一度、いやそれ以上というとっておきの楽しみがあるわけですが、今日は今日の楽しみを求めてまたもや由比が浜で泳いできました。今年17回目の海水浴です。

泳ぎながらまだ出羽三山の思い出に浸っています。いずれの山でも低地は松、その上は杉、さらにその上はブナの木が鬱蒼と茂っていて、高度と地相に合わせた植物が合目的的に生存していました。

驚いたのは庄内平野の日本海側にまだたっぷりと残されている松の大群落です。海岸線から数キロ内陸に入ってもそれはまだ美しくそびえている。白砂青松のおもかげをたたえて微笑している。その姿は感動的ですらありました。

酒田本間家などが防砂林として植林した過去の遺産の恩恵を500年後の私たちはかたじけなく享受しているということなのでしょうが、いつまでも後代に残しておきたい文化遺産だと思いました。


♪わが眼裏になおもうるわし庄内平野白砂青松 茫洋

Thursday, August 27, 2009

出羽三山を訪ねて




バガテルop110

火曜日から木曜日までの3日間、蔵王・月山・鳥海山のツアー旅行に参加してきました。出羽三山プラス鳥海山の四山探訪というわけです。

第1日は東京駅を朝の8時8分に出るやまびこに乗って福島駅まで。そこからは観光バスに運ばれて蔵王の山頂に登って眼下に広がるエメラルドグリーンの「お釜」を覗き、蔵王山麓駅からロープウエイーで蔵王高原駅に行って夏山リフトに乗り換えたあと、観松平・いろは沼を山岳ガイドさんと散策して黒姫展望台から360度のパノラマを展望、またバスに乗って蔵王温泉で宿泊しました。
この温泉は酸度が高く披露した体によく沁みとおりました。

2日目はお湯が流れる赤い巨岩が神体である湯殿山神社を訪ねたあと、急峻な坂道を猛烈なS字を描く月山高原ラインを懸命に走破して(主語はバス)月山に上り、阿弥陀ケ原湿原を山岳ガイドさんと散策したあと、今度は出羽三山のひとつである羽黒山に登り、開山から1400余年の歴史を誇る三山神社三神合祭殿に参拝し、そのあと日本海の海岸沿いの湯の浜温泉に宿泊し大きな蟹をまるごと一匹たいらげたのでした。きれいな海水がやわらかな砂浜に穏やかに打ちよせておりました。

最終日は酒田から北上して松島とならぶ九十九島・八十八潟の名所とうたわれた象潟を訪れ、松尾芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」ゆかりの地を見下ろし、一八〇四年の隆起なかりせばの思いを新たにしたことでした。その後バスは鳥海山の五合目まで登り、私たちは付近の白糸の滝を鑑賞したり、とおく岩木山の頂上を遠望したり、四囲の絶景を満喫し、最後に山形県内随一の高さ63mの玉簾の滝、安達太良山を見物して郡山駅にたどり着き、東京駅には夜一〇時、自宅には一一時半を過ぎて到着しました。

このコースは六月から運行していますが、三日間とも晴天に恵まれたのは今回がはじめてだそうですが、運よく好条件に巡り合うことができ感謝です。



♪もう二度と見ぬ海山空花こころゆくまで眺めたり 茫洋

♪名も知らぬ蝉は鳴きたり鳥海山

Monday, August 24, 2009

ロベルト・アバド指揮の「エルミオーネ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第78回


昨年の8月にイタリアのペーザロで開催されたロッシーニ・オペラフェスティバルで上演された「エルミオーネ」を衛星放送の収録で鑑賞しました。

演奏はロベルト・アバド指揮のボローニャ市立歌劇場管弦楽団、美女ぞろいのプラハ合唱団、演出がダニエレ・アバドという組み合わせです。
ダニエレはクラウディオ・アバドの息子、ロベルトは甥。道理で指揮者の顔はなんとなくおじさんに似ていますが、演出はまずまずの出来だとしても、指揮のアバドはおじさんほどの冴えはありませんでした。歌手の出来もまずまずでした。

この作品はラシーヌの戯曲「アンドロマック」にもとづいていますが、そのもとになっているのは皆様よくご存じのトロイ戦争の後日談。トロイの木馬の詭計で敗れたトロイアの英雄ヘクトルの妻アンドローマカ(マリアンナ・ピッツォラート)は息子とともにギリシアの英雄アキレウスの息子ピルロ(グレゴリー・カンディ)の奴隷にされています。

ところがピルロはメネラオスとヘレナとの間に生まれたエルミオーネ(ソニア・ガナッシ)という婚約者がありながら、この美しく気品のあるアンドローマカに恋してしまいます。嫉妬に狂ったエルミオーネは、彼女を慕ってギリシアから派遣されてきたアガメムノンの息子オレステ(アントニーノ・シラグーザ)をそそのかして、ついにピルロを殺すに至らしめるという、聴くも涙、語るも涙の愛の大矛盾大悲劇物語です。

なんせ台本の造作が劇的なので、これこそロッシーニ随一の傑作だとほめたたえる向きもあるようですが、音楽はいつもとおんなじパンパカパーンのロッシーニ節。ほんらい彼の音形は軽喜劇にもっともふさわしいスタイルなので、血まみれの短刀でぐさりとやるようなシーンには強烈なアンバランスを醸し出します。

ロッシーニ・クレッシェンドの劇的な高まりは、その基底部に毒のある哄笑を秘めていて、ギリシア悲劇の深刻な悲嘆とは絶対に調和しないのです。
イタリアの管弦楽団が例外なくそうであるように、ボローニャのオケも最初は寝ぼけています。しかしあおりにあおるアバドに乗せられて、次第にスパークするのですが、その頂点でオペラ自体が構造的に破綻するというきわめて貴重な瞬間を私たちは目撃することができるでしょう。



♪けふもまたちゃんちゃらおかしくいきにけり 茫洋

Sunday, August 23, 2009

アップダイク著「クーデタ」を読んで

照る日曇る日第285回


アラビアのロレンスがやったように、どこか遠いところ、たとえばアフリカのサハラ砂漠の近くの発展途上国の政治経済や社会をその国の心ある人たちとともに変革することは、冒険心豊かな先進国の男たちの野心をむやみと掻き立てるようです。

ロレンスの時代ならともかく、現代ではそれはなかなかむずかしい。しかし実際にそれができなくても、フィクションなら、小説の世界でなら、その疑似行為を夢想的に体験できるだろう。なぜなら、そもそも小説とはうそっぱちを描いて、それがあたかも真実であるかのように錯覚させる高等呪術だからである。

そう考えて、その国の独裁者にわが身をなぞらえ、アラーの大義にもとづく神聖政治を宣揚してアメリカ帝国主義やソビエト社会主義に伍して自主独立の王道を貧しい国民の先頭に立ったつもり、になったのが、この小説の著者でした。

クーデタを起こして大統領に就任した主人公のエレルー大佐は、リビアのカダフィ大佐、あるいはそれ以上に魅力的な人物です。国籍の異なる4人の夫人を持ち、ほとんどなにも産物がない不毛の砂漠地帯に棲息する人民の幸福と公共の福祉のために献身的に戦い、襲い来る未曾有の旱魃を防ごうと挺身します。

そのために自分を引き上げてくれた老国王の首をちょん斬ったり、官邸の大臣や護衛などに懸命にハッパをかけて彼なりの魔術的な手腕を駆使するのですが、それらの努力は結局はカフカ的状況の中でまったく報われず、大佐はすべての権力を失墜して第3夫人とともにパリに脱出するのです。やれやれ。

エレルー大佐が信奉するイスラム社会主義は裏切り者の側近が引き入れたアメリカ帝国主義の陰謀の前に屈服するので、この小説はアフリカ大陸を席巻するアメリカ帝国主義の黒い影を描いたものであるんであるんである、などとしたり顔で解説するインテリゲンチャンもいるようですが、別段そんなに大層なイデオロギー小説ではありません。


♪処暑の夜わが陰嚢の冷たさよ 茫洋

Saturday, August 22, 2009

リヴァイアサンの蜂起

バガテルop109

きのう由比ガ浜の海で亡くなられた2人の若者に深く哀悼の意を表します。

今日その同じ海で、泳いできました。監視員が2段固めのシフトで厳重に警戒し、「膝の高さまでのところで泳いでください」と声をからして叫び、沖に出る人たちに対しては全力で駆けつけて注意していました。

海岸は遊泳注意になっていましたが、波はかなり高く、ゆっくり泳ぐことなどとうていできません。昨日は今日と同じような波でしたが、元気な4人の若者が、海岸からわずか15メートルのところで溺れてしまったのです。

この海岸は、逗子と違って浜から5メートル付近が少し深くなっており、それより先に進むと、沖の潮目の影響で日によっては左右に激しく流されてしまいます。
海の中を流れる川の勢いが水面下では激しいのです。昨日の若者も、岸に帰ろうとしてかえって沖に流されてしまったところを高波で覆われたのではないでしょうか。

私もちょうど彼らの年頃に千葉の館山海岸で調子に乗って沖に出過ぎて、いくら泳いでも岸に辿りつけなくなり、潮の流れ、海の勢いとはこんなものかと怖い思いをしたことがあります。

 海に潮流があるとすれば、陸にも激しい流れがあります。有権者が政治の流れを変えようとする強烈な力、もはや人知を超え、思惑を超え、想像を超えた特定の方向への奔流です。

この流れがどのようにして起こったのかをのちの人々はもっともらしく分析することでしょうが、そうした要素還元主義者のこざかしい屁理屈とは無関係にそれはたったいま滔々と流れています。

自公が敗北して民主が勝利するという表層の政治的変化ではなく、その深部でうごめいている激流に注目しましょう。私たちは理非曲直を超越して、政権交代という渦に飲まれ、上流から下流へと激しく流されているのです。

これが大衆の意思です。これが自然の脅威よりもある意味では恐ろしい時代を動かす民意というものであることを、私たちは身をもって体感していることを末永く記憶しておきましょう。


♪かねてよりのわれの望みを叶えるはわれならぬリヴァイアサンの蜂起なるか 茫洋

Friday, August 21, 2009

2つの美術館

バガテルop108


今日も午後から由比が浜へ行きましたら、赤旗が立って救助用のヘリコプターが2機ホバリングしています。きっと誰かが海で溺れたのでしょう。そのまま材木座へ行くと黄色い旗が風に靡いていましたが、結局青旗の逗子海岸で泳ぎました。

浜からすぐそばの浅瀬で大きなアジが2匹、3匹と見事な跳躍を連続で見せてくれます。あみがあれば晩御飯のおかずに掬ってやるのにと思ったことでした。

さて今日の本題です。美術館というところは展覧展示の中身も大事ですが、その施設を運営する体制やスタッフの心遣いもそれに劣らず重要です。

19日の水曜日に東京竹橋の国立近代美術館へ出かけて「ゴーギャン展」を楽しんだ話はすでにこのブログでも書きましたが、実はその帰りにちょっと不愉快なことがありました。使用したコインロッカーから100円玉が出てこなかったのです。次の客もこのような目に遭うと厭だろうと思い、たまたま会場の出口に投書コーナーがあったので、「展示内容は素晴らしかったが、100円玉を失ったことは残念だ」と一筆したため、何気なく電話番号を書いてポストに投函しておいたところ、なんとその翌日の午前中に同館統括のSさんという方から、「調査した結果貴殿の一〇〇円玉が機械の奥で発見された。大変申し訳ありませんでした」という電話があり、今日になってその金額相当の切手と次回の招待券二枚が同封された丁重な詫び状を頂戴しました。(本当はたかが一〇〇円だし別に返ってこなくても良かったのですが、いかが致しましょうかと聞かれて同じ金額の切手にしてもらったのは当方のとっさの恥ずかしい思いつきでした。)

私がこういう目に遭ったのも、こういう素早いフォローに遭ったのも生まれて初めてのことなので、実はビックリなのですが、日本全国の美術館がこのように顧客本位の迅速かつ親切な対応をしてくれるとは限りません。いや例外中の例外なのではないでしょうか。

というのも数年前、私はこれとまったく逆の経験をしたことがあるからです。葉山に神奈川県立近代美術館の分館が誕生した直後に障ぐあいを持つ家族と一緒にそこを訪れた私たちは、係員からじつに不愉快極まる対応を受け、障ぐあい者の受け入れ態勢がなっていないのではないか、という趣旨の書簡を同館の館長宛に送ったのですが、待てど暮らせどなしのつぶてでした。おそらく館長の目にも触れなかったのではないでしょうか。

そういう無礼千万な公共施設も存在する中で、今回の国立近代美術館の措置はまことに気持ちがよく、晩夏の午後を吹き抜ける一陣の清風のように爽快そのものでありました。
おかしなもので、私たちはちょっとしたことでうれしくなったり、悲しくなったりするのです。


♪魚ならば溺れることもあるまいに海空陸の大レスキュー隊 茫洋

Thursday, August 20, 2009

幻の魚

鎌倉ちょっと不思議な物語第203回

夏といえば海、海といえば由比ケ浜、由比ケ浜といえば鰹、鰹といえば徒然草と山口素堂でしょうか。

兼好法師は徒然草の第百十九段に「鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり」と書き始め、鎌倉の年寄りが、「この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と語ったことを証言し、その低級な大衆魚が「このごろ上さままで入り立つ」有様を例によって「世も末」と切って捨てています。

また江戸時代の俳人山口素堂は、この由比ケ浜にやってきて「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と詠んだそうですが、御所見直好氏によれば、現在この海岸で獲れる八月の魚は、イシダイ、ボラ、カワハギ、メバル、カサゴ、タカノハダイ、ニザダイ、メジナ、コアジ、カマス、イセエビ、イカナゴ、シコなどであり、ソウダカツオの名はあってもカツオの名前は出てきません。彼の著書「鎌倉路」を調べてみても、春夏秋冬を通じてカツオは鎌倉の魚ではないようです。

しかし御所見直好氏が取材した当地の漁師の話では、戦争中はカツオ船が出ていたそうですが、戦後は絶えてしまったそうなので、もしかすると初夏に出漁すれば、文名高い鎌倉の鰹を一尾くらい釣り上げることができるかもしれませんね。


  ♪幻の鰹を求め海に出る実朝が乗りしさすらいの宋船 茫洋

Monday, August 17, 2009

由比が浜vs逗子海岸

バガテルop107&鎌倉ちょっと不思議な物語第203回


昨日の逗子海岸行きで今年の海水浴も12回目となりました。

例年ですとこの時期には土用波が押し寄せ、大中小のクラゲが現れるのですが、台風8号の余波と数匹のクラゲ攻撃はあったものの、概して今年の湘南の海は平穏続きであったのではないでしょうか。

 私は普段は鎌倉の由比が浜で泳いでいますが、こことか材木座、中央海岸が遊泳注意あるいは遊泳中止であったとしても、逗子海岸だけはほとんど遊泳可能です。なぜならこの海岸は岬の奥に少し引き込まれた内海なので、外海に直面した他の海水浴場が荒波に襲われていても、まるで沼のように穏やかなのです。

 それにこの海岸にはさまざまな魚たちがたくさん泳いでいる姿を浅瀬でも、沖でも見かけることができますし、潜りながら彼らに近づいていっても逃げずにのんびりと回遊しています。やわらかな砂の中にはヒトデや貝もうごめいていて、私たちの少年時代には引けをとるとしても、まだまだ豊かな自然が残されています。

ちなみにこの海岸の神奈川県による衛生検査では他の海岸を押しのけて一位でした。

またこの海岸には地元出身のミュジシャン、キマグレンが経営するライブハウスも浜辺に建っていて、海水浴以外のコンサート体験もあわせて楽しむことができるのです。
東京方面から電車に乗って来ると帰るときに鎌倉からでは絶対に座れませんが、逗子駅からだと4両を連結するので1本待てば必ず座って帰ることができますし、湘南新宿ライ始発電車もここから出ています。


ゆいいつ嫌な感じなのは、この海岸にはかの尊大傲慢都知事の「太陽の季節」碑、および海岸を見下ろす高台に彼の山荘が鎮座していることですが、それを値引いても由比が浜vs逗子海岸ではどうも後者に軍配があがりそうです。


♪逗子の海潜れば群れなす魚たちメビウスのごとわれも泳ぎき 茫洋

由比が浜vs逗子海岸

バガテルop107&鎌倉ちょっと不思議な物語第203回


昨日の逗子海岸行きで今年の海水浴も12回目となりました。

例年ですとこの時期には土用波が押し寄せ、大中小のクラゲが現れるのですが、台風8号の余波と数匹のクラゲ攻撃はあったものの、概して今年の湘南の海は平穏続きであったのではないでしょうか。

 私は普段は鎌倉の由比が浜で泳いでいますが、こことか材木座、中央海岸が遊泳注意あるいは遊泳中止であったとしても、逗子海岸だけはほとんど遊泳可能です。なぜならこの海岸は岬の奥に少し引き込まれた内海なので、外海に直面した他の海水浴場が荒波に襲われていても、まるで沼のように穏やかなのです。

 それにこの海岸にはさまざまな魚たちがたくさん泳いでいる姿を浅瀬でも、沖でも見かけることができますし、潜りながら彼らに近づいていっても逃げずにのんびりと回遊しています。やわらかな砂の中にはヒトデや貝もうごめいていて、私たちの少年時代には引けをとるとしても、まだまだ豊かな自然が残されています。

ちなみにこの海岸の神奈川県による衛生検査では他の海岸を押しのけて一位でした。

またこの海岸には地元出身のミュジシャン、キマグレンが経営するライブハウスも浜辺に建っていて、海水浴以外のコンサート体験もあわせて楽しむことができるのです。
東京方面から電車に乗って来ると帰るときに鎌倉からでは絶対に座れませんが、逗子駅からだと4両を連結するので1本待てば必ず座って帰ることができますし、湘南新宿ライ始発電車もここから出ています。


ゆいいつ嫌な感じなのは、この海岸にはかの尊大傲慢都知事の「太陽の季節」碑、および海岸を見下ろす高台に彼の山荘が鎮座していることですが、それを値引いても由比が浜vs逗子海岸ではどうも後者に軍配があがりそうです。


♪逗子の海潜れば群れなす魚たちメビウスのごとわれも泳ぎき 茫洋

平野啓一郎著「ドーン」を読んで

照る日曇る日第283回


「私小説は自慢話である。自分は絶対に書かない」ときっぱり否定するこの人。その言うや良し、です。

私が最初に読んだ彼の作品は、ショパンやドラクロワやジョルジュ・サンドがまるで史実のように動き回る面白いロマンチック小説でしたが、その実録歴史風の時代がかった衒学的な文体がことのほか気に入りました。

ところがその次に読んだ「決壊」はまるで秋葉原事件の漫画風解説本のような趣で、主題こそ当世流行のネット時代のおける現代人の悪意と殺人事件を描いてはいるものの、登場人物にまるで存在感もリアリテイもなく、でくの棒のような不自然な人物造形と人工的なプロットに、「いったいこれのどこが小説なの?」と辟易させられたものです。

そこへ今回突然ドーンと登場したのが本書で、これは2033年に人類初の火星着陸を成功させたアメリカを舞台にした近未来フィクション小説です。

アメリカはもちろん全世界の家庭や街頭には隈なく監視映像ネットが隈なく張り巡らされ、全国民が複数のアバターを分かち持ち、それらのキャラクターをTPOごとに使い分けている「1人多重人格社会」がすでに確立されています。20世紀に揺らぎ始めた自己同一性原理は完全に破壊されてしまい、人類はそのアイデンティティをいかにして再確立するかに頭を悩ませているのですが、妙案は見つからず、その苦悩と分裂は深まるばかりです。

主人公は佐野明日人という日本人宇宙飛行士兼医師なのですが、世紀の偉業達成の陰に、彼の同僚の女性飛行士の妊娠、流産事件と言う不祥事、NASAのそのスキャンダルにからんだ大統領選挙の陰謀、さらに東アフリカ融解戦争への加担から派生したテロリストによるマラリア蚊兵器の登場等々、いかにも三文小説風、アメリカ流にいうとパルプマガジン風の「いかにもな事件」が次々に起こり、主人公とその家族たちを翻弄します。

つまりここで著者が闡明しているのは、いまからさらに時間が2,30年ほど経過し、科学技術が驚異的に発達しても、世界の政治と経済は相変わらず混迷を続け、人間の愚かしさはますますその度を加え、生も死もますます難儀になるぞ、という暗い予言なのでしょう。

しかしそんな小学生でもわかっているような当たりきしゃりき車引きのお話を宇宙関係の文献やらネット資料をもっともらしくどんどこ援用して500ページになんなんとする原稿用紙を無駄にする必要が果たしてあったのでしょうか? 

この小説に唯一救いがあるとすれば、そのタイトルの「ドーン」が英語のDAWNであり、人類の「ダウン」ではなく「夜明け」を暗示している点でしょう。


♪古書市芥川全集3500円で叩き売る 茫洋

Sunday, August 16, 2009

神奈川県立近代美術館葉山の「画家の眼差し、レンズの眼」展を見る

照る日曇る日第282回

海水浴の前に神奈川県立近代美術館の葉山分館へ行って「画家の眼差し、レンズの眼」近代日本の写真と絵画展を見ました。

高橋由一の地方の県庁などの絵がたくさん並べてありましたが、いずれもそのトーンの暗さに驚きました。ワーグマンなどから西洋絵画の基礎を学んでいた青年の心中に淀んでいた昏さとは西欧の明るさとの距離に伴う前近代性の自覚から起因するそれだったのでしょうか。

大正時代のはじめに上高地を訪れた高村光太郎が焼岳を背景にした白樺の木立を描いたセザンヌを思わせる油彩画の左隣に、資生堂初代社長の弟で我が国の写真黎明期を切り開いた福原路草の「枯木」というモノトーンの写真が並べてありました。

ほぼ同じころの同じ光景を、いっぽうは画家がリアリスティックに、もう一方では新進気鋭のフォトグラファーがシュール・リアリスティックに切り取ると、これほどにも相反する光景、心象風景が生まれてくるのかという驚きが湧いてきます。

人間の知的営為である画家の眼差しは、無機的なレンズが見ているものとは異なる景を見つめていますが、それを脳と手と道具を使って造形していくうちに、当初画家がとらまえていた景とは異なる次元の景へとどんどん変貌していくはずで、レンズが見た景などとはその出発点においても、経過点においても絶対に交わらないはずなのに、瓜二つの表現形態に落着するケースもあれば、まるで、というか当然のように愛異なる表現として定着されることもある。

写真と絵画。今回の展示は、その思いがけない接触と絶縁の様相を楽しませてくれます。


♪見よ 汝が心中より露頭せしもの 茫洋

Friday, August 14, 2009

月下美人咲く


♪ある晴れた日に 第63回


六人の美女訪れし月夜かな 茫洋



月の下美人が戻るお盆かな 



老舗滅び月下美人咲く夕べかな

西瓜の味

西瓜の味

Thursday, August 13, 2009

恐るべきトライアングル

♪音楽千夜一夜第77回

リストのピアノ協奏曲などは最近ほとんど耳にする機会もなくなりましたが、20年ほど前にはかなり人気があって時々演奏されていました。

ある日都の乾の方角にあって、教授陣の大半が2流、3流ではあるけれども、学生と演劇とオーケストラが1流であることでつとに知られる大学の、その交響楽団でチエロを弾いているK君と一緒に、くだんの曲の演奏を聴きました。
なんでも会場は新宿厚生年金会館で、ロジェストベンスキーが指揮するモスクワのやたら暴満な音響を発するオケだった、とうろ覚えに覚えています。

そしてこのやたら騒がしい名曲がいよいよ第3楽章に入ってしばらくすると、それまでは左手奥の大太鼓の影で鳴りを潜めていたトライアングルが、主役のピアノや打楽器や金管楽器ともども狂ったように打ち鳴らされ、まもなく疾風怒涛のフィナーレに突入しました。

さうして、浪漫主義者リスト特有の壮大なこけおどしのコーダの咆哮を圧して、楽堂の山顚にすっくと聳え立ったのは、超高周波数の凛乎とした鈴の音でした。
耳も割れよ、天井よ砕けよ、とばかりに大山鳴動。終わってみれば、鼠一匹、これはピアノ協奏曲ではなく、トライアングル協奏曲だったのです。

そのように私が正直に感想を漏らしますと、K君は「この曲の初演のとき、反ワーグナー派の評論家ハンスリックが君と同じ批評をしている。素人にしてはなかなかいい線いってるよ」と褒められたことを懐かしく思い出しました。
思えば彼のその一言で、私のクラシック趣味が始まったのですから、持つべきものは良き友です。

自慢話はこれくらいにして、すべての楽器のうちでもっとも遠くまで鮮明に聴こえるのが、このちっぽけな三角形の金属であることは、あまり知られていないようです。
オーケストラのフォルテッシモの演奏中でも、この打ち出の小槌をほんの小さく鳴らしただけで、ティンパニーやチューバやシンバルや、マーラーが好んで使う青銅の大太鼓などを軽々と凌駕して、会場の隅々にまで玲瓏とひびきわたりますから、作曲家は十二分に注意する必要があります。

リストの場合は極端な例外ですが、ショスタコービッチの第5番の交響曲においても夜郎自大に乱打されて、その本来の正しい奏法がなされていません。いやロマン派のすべての作曲家がこの悪弊に染まって、音色の清らかさと音楽のあたりきな伝達方法を失ってしまったことは、ハイドンやモーツアルトの温和にして乾坤一擲、じつに目の覚めるように鮮やかな鳴らし方を一聴すればあきらかでしょう。


♪過ぎたるはなお及ばざるがごとしトライアングル 茫洋

Monday, August 10, 2009

日経広告研究所編「基礎から学べる広告の総合講座」を読む

照る日曇る日第281回

日経が毎年出しているこの本は、日経広告研究所が毎年開催している有料セミナー「広告の理論と実際の総合講座」の内容を1冊にまとめたものです。
最新の「2009年版」でも20名の著者が総論から各論までの20の講義を展開していますが、タイトルは変哲がなくても、常に業界の最新動向がどっさりと盛り込まれ、講師の大半がうろんなアカデミスト連中ではなくて、現場の最前線で活躍している実務家ぞろいであることが、凡百の類書と決定的に違うところです。

たとえばいま話題のソフトバンクの林浩司氏からは同社の経営戦略とシンクロした異色の宣伝広告キャンぺーンの舞台裏を垣間見ることができます。
真夏なのに冬景色のキャメロン・ディアスが登場したり白い犬が物を言うCMの背後には、その自由なクリエイティブを支持する現場担当者と、それを後押しする寛大な経営者が存在しているのでした。

しかもそれらのキャンペーンの前提として明確な理論と日常的なデータ管理がなされ、猛烈な速度で両者の修正と再構築が展開されているようです。名実ともにベストCMの評価を勝ち得た「白戸家の人々」に満足することなく、どんな名CMであっても陳腐化し、その効果は日ごとに失われる、と冷静に認識して、ライバルから奪ったビッグタレントによる一大キャンペーンを開始したこの会社の後生は、まことに畏るべきものがあります。

サッポロビールの寺坂史明氏からは、1本のテレビコマーシャルを断行するために辞表を胸に保守的な首脳陣と渡り合う武勇伝を聞くことができます。
どんな職業の、どんな仕事であっても、担当者が命を賭ける時はあるものです。



♪男一匹生きるも死ぬもこの時ぞこの時ぞ 茫洋

Sunday, August 09, 2009

カラヤンの映像作品を視聴する

♪音楽千夜一夜第76回


このところNHKの衛星放送でカラヤンのベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーの映像記録を放映していました。いずれも1970年代の初頭にユニテルが35ミリでビデオ収録した貴重な映像です。

どこが貴重かといえば、これがライブ映像なのか録画なのか判然としないごった煮であることです。曲によってはコンサートホールの情景や聴衆の拍手なども収録されていて、一見するとライブコンサートのライブ収録のようにみなされる個所もあるのですが、各パートのクローズアップになると奇妙な映像が続々登場します。

たとえば、奏者が実際にはありえない放射線状に美しく配置されていたり、チャイコフスキーの悲愴の第三楽章の小コーダでは、第一ヴァイオリンが「起立して」演奏しているのです。こんなことを「あーだこーだ」言っても始まらないのですが、「のだめ」やダスターボ・ドゥダメルが指揮するシモン・ボリバル・ユーズ・オーケストラの華麗なパフォーマンスの原点は、ほかならぬ七〇年代のカラヤン&ベルリンにあったということがわかるのですね。

おそらく最初に演奏を全部録音しておき、コンサートホールでも再度ライブ収録を行い、最後にスタジオでも要所要所の採録を行い、この3つのデータを適宜コラージュしてできたものがくだんの作品なのでしょう。演奏のみならず映像もおのれのコンセプトに合わせて最新の科学技術で自由自在に編集加工するという「ゴッドハンドの時代」をカラヤンは先導したのです。

カラヤンは例によって暗譜を誇示するかのようにほとんど瞑目して演奏しており、それだけでもかなり異常ですが、たまたま演奏がうまくいったりすると、眼をつぶったまま、かすかに笑ったりする不気味な瞬間があるので目が離せません。晩年とは違ってキャメラはカラヤンの顔を左からも右からも比較的自由に撮らせている点にも興味をひかれます。


多くの人々は、演奏は素晴らしいけれど、映像の遊びが過ぎるこうしたカラヤンの試みに否定的でしたが、トロントのCBCのスタジオでもっとクレージーな映像ごっこに夢中になっていたグレン・グールドだけは例外で、とりわけカラヤンのベートーヴェンの五番ごっこを高く評価していたようです。


♪神の手が至高の演奏を作るなりカラヤンごっこは今日も続いて 茫洋

不純な視点

♪音楽千夜一夜第75回


パソコンに向かって仕事をしながらテレビをつけていましたら、突然モーツアルトのバイオリンソナタの変ロ長調K454の有名な旋律が流れてきました。

音程だけは正確な清潔で、まずは丁寧な演奏といえるでしょうが、言葉ありて心足らず、まるで精神的に余裕のない、ギスギスした、潤いのない演奏です。同じモーツアルトの名曲なのに、クララ・ハスキルのそれとは比較にならない低次元の演奏に驚いて振り向いて画面を見たら、サントリーホールの真ん中で、赤いドレスを着た美人が、恐ろしく神経質な表情でヴァイオリンを奏でていました。

ブラームスならともかく、ただでさえ難しいモーツアルトを、あんなこわばった顔つきで弾いて人々を感動させることなぞ絶対にできません。私は彼女が発する醜いヒステリックな音声を消してしまい、女優を思わせるこの人の、苦悶に震える細い眉のアップや、不安におののく黒い瞳、嗜虐的な欲情さえそそる冷徹な美貌にしばし見とれていました。

あまり大きな声ではいえませんが、肩、腕、背中などを露出した美しい女流奏者が、歯を食いしばり、髪を乱し、われを忘れて演奏に取り組む姿は、どこかエロチックな行為を思わせることがあります。
大きなチェロを両の肢でがしりと挟み込み、エルガーの協奏曲を狂ったように弾く若きジャクリーヌ・ヂュプレの姿は、音楽の神との崇高なインターコースと私には感じられました。

もしかすると熱狂的なコンサートゴアーの中には、美しき女性奏者との官能的なエクスタシーを体感するためにコンサートホールに通いつめる人がいるのかもしれませんし、売り出し中の若手美人ミュジシャンの中には、そのことを熟知してファッションやメイクに留意しているケースもあるのではないでしょうか。

♪嗜虐者なるかはた被虐者なるか弦打ち鳴らす黒髪の人 茫洋

Friday, August 07, 2009

残暑お見舞い申し上げます

♪音楽千夜一夜第74回


前回話に出てきたヨセフ・カイルベルトですが、去る8月3日の夜にブラームスの1番を聴き、その真率の気に満ちた演奏に驚嘆しました。1968年5月のN響とのライブですが、彼は帰国わずか2ヶ月後の7月に「トルスタンとイゾルデ」を指揮しながら世を去りますから、これはまさしくわが国の音楽ファンにたいする白鳥の歌だったといえましょう。
同じ日の放送のロブロフォン・マタチッチのベートーヴェンの7番、オトマール・スイトナーのモーツアルトの39番も絶品で、当時のN響と比べていかに今日のそれが腐敗堕落しているか、さらにこの偉大なる指揮者に続いてN響が迎えたブロムシュテットだのデュトワだのアシュケナージだのがいかに下らない三流役者であるかを雄弁に物語る演奏でした。

古典音楽を聴けば聴くほど痛感するのは、古代、縄文、新石器時代の芸術家の素晴らしさです。ベートーヴェンの交響曲全集も毎月のように発売されていますが、改めて聞いたトスカニーニのすごさは、カラヤンなど足元にも及ばぬ迫力でした。これはソニー&BGMの最新リマスター版が@200で入手できます。


ALTUSレーベルからこれは1枚1000円という高値で発売されている外来オケのライブではムラビンスキー&レニングラードフィルの「田園」&ワグナー管弦楽集、チエリビダッケ&ミュンヘンフィルのブラームスの4番、クーベリック&チエコ響のスメタナ「わが祖国」のサントリーホールの一期一会のライブが名状しがたい感興を誘います。

私がクーベリックと手兵バイエルン放響の生演奏を耳にしたのは70年代のパリ・シャンゼリゼ劇場でしたが、生まれて初めて聞いたマーラーの4番の独唱に思わず涙した日のことをいまでも懐かしく思い出します。そのクーベリックのマーラーの5番の1981年6月12日の壮絶なライブ録音は、同じく1枚1000円のaudita盤で堪能することができます。グラモフォンの全集も手元に備えるべきですが、やはりクーベリックのマーラーは、ライブで炎と燃えるのです。

こんな調子で続けていくと秋になってしまうのでもうやめますが、最後にご紹介したいのは現在世界で最も充実した演奏を繰り広げているマリス・ヤンソンスによるショスタコービッチの交響曲全集です。ベルリンフィル、ロンドンフィル、クーベリックゆかりのバイエルン放響とオーケストラはさまざまですが、ロストロ&ワシントン響盤などを圧倒する素晴らしい演奏を聞かせてくれます。これも1枚250円也。バレンボイム&ベルリンフィルによるモーツアルトの協奏曲集九枚組にショルティ、シフとの2台、3台協奏曲のDVDをおまけに付けて2800円ともどもお薦めです。

あれも聴きたい、これも聴きたい。1枚500円以下で聴きたい。聞くはいっときの快、聞かぬは一生の損。そんなアホバカマニアがいま発注しているのは、アルゲリッチの独奏&協奏曲全集全15枚。この秋も各社から超廉価CD、DVDが続々発売されるようなので目が離せません。


♪聴くはいっときの快、聴かぬは一生の損 茫洋

Thursday, August 06, 2009

続 暑中お見舞い申し上げます

♪音楽千夜一夜第73回


オペラ以外のお買い得、聞き得CDもいろいろありました。まずはドイッチエ・グラモフォンのブラームス全集全46枚組のセットです。
これまで4つの交響曲をはじめ管弦楽曲を中心にさんざん聞きかじってきたブラームスですが、このセットの大半を占める7枚の歌曲、8枚の合唱曲がことのほか新鮮でした。

歌手はジェシーノーマン、フィッシャーディスカウなどの大家にダニエル・バレンボイムが絶妙のピアノ伴奏をつけています。エディット・マチス、ビルギット・ファスベンダー、ペーター・シュライヤーのアンサンブルにカール・エンゲルが伴奏した二重唱、三重唱もまたとない盛夏の聴きものといえるでしょう。

ルドルフ・ケンプを中心としたピアノ曲、アマデウスカルテットを主力とした弦楽四重、五重奏曲、カラヤン&ベルリンフィルによる4つの交響曲もいかにもブラームスらしい重厚な演奏ですが、とりわけ若き日のアバドによる2つのセレナード、ポリーニの独奏による2つの協奏曲は本集の白眉といってよいでしょう。
ともかくブラームスを一枚三〇〇円程度で骨の髄まで享楽できる充実した全集でした。

次はこれも若き日のレオナード・バーンスタインが七〇年代にニューヨーク・フィルを振ったハイドンのロンドン$パリ交響曲集にいくつかのミサ曲とオラトリオ「天地創造」を加えた12枚組の超廉価盤。後年の重厚長大で悲愴な大演奏とは一味も二味も違う、いわば軽妙洒脱で都会的なハイドンがわずか1枚200円強で楽しめます。
ハイドンの「天地創造」はきのうカイルベルト&ケルン放響の1957年の演奏を聞きましたが、これがあの名人カイルベルトかと思う期待はずれの凡演で、ヤング・バーンスタインに軍配が上がってしまいました。

ちなみにこのカイルベルトの演奏は、現在Membranというドイツのレーベルから出されている1枚130円の廉価版のハイドンセットに入っています。ちなみついでに、私がこの10枚組シリーズで購入したのは、ハイドンのほかに「ヘンデル」「パブロ・カザルス」「エリザベス・シュワルツコップ」「ブルックナー交響曲集」の各セットで、これがどれもこれも名演奏ばかり。シュワルツコップのモーツアルトを聴いているとかたじけなさのあまりに文字通り泣けてきます。

カザルスの無伴奏チエロの2枚組は、もうおなじものを何セットも買って(買わされて)いますが、なぜだかこの安物の録音が私の耳にはいちばんしっくり届きました。カザルスってほんとうにすごいへたうま音楽家だったんですね。
またMembranの「ヘンデル」集には同じバーンスタイン&ニューヨーク・フィルによる1956年録音のメサイアが入っていて、これはハイドンをしのぐ情熱的な名演でした。いわゆるひとつの掘り出し物というやつでしょうね。

To be continued

昭和20年5月23日鎌倉十二所山林に初めて焼夷弾落つと吉野秀雄書く 茫洋

Wednesday, August 05, 2009

クロード・レヴィ=ストロース著「パロール・ドネ」を読んで

照る日曇る日第280回

「パロール・ドネ」などという正体不明のタイトルですが、なんせあの人類学の最長不倒距離翁クロード・レヴィ=ストロースさんの名著を中沢新一選手が翻訳された「渾身の本邦初訳」とあらば手に取らずにはおられません。

どこが渾身なのかは最後まで不明でしたが、ストロースさんの入魂の1冊であることだけはよくわかりました。つまり本書は現在101歳になんなんとする老学者が、40代の前半から70代の半ばまでの32年間にわたってフランスの高等研究院とコレージュ・ド・フランスで行った壮大にして野心的な超長期連続講義のレジュメ、講義録の簡略なの
です。
つまりパロール(語る)したもんをドネ(与える)したもんね、という題名だったわけですが、それなら「おいらの講義録」でよかったのではないでしょうか。

それはともかく「今日のトーテミズムと野生の思考」とか「生のものと火にかけたもの」「アメリカにおける聖杯」とか「カニバリズムと儀礼的異性装」とか、講義タイトルを眺めただけでいかにもな全世界をまたにかけた人類学の壮大にしてものすごくアカデミックな緻密な研究と考証のうんちくの限りが、延々と、かつまた淡々とつづられてゆきます。

たとえば、と101歳翁は語ります。
「アメリカ5大湖周辺に住む、ニューヨークのこていなホテルの名称にもなったアルゴンキン族ちゅうのんはな、ワグナーはんがかの「パルシファル」で描いた「聖杯伝説」によく似た興味深い神話を保持しておってのお、あるときトウモロコシを馬鹿にするアホな若者のせいで、部族の土地が大飢饉に襲われたんじゃ。ほんでな、とうとうある日、ひとりの英雄が荒地の果てまで冒険の旅に出よったんじゃ。そいでもって彼は老人の姿をしたトウモロコシの精霊―無尽蔵の富を生む大鍋の主―に出会うんじゃ。ところがのお、この老人の姿をした精霊はなんと背骨を骨折しておったんじゃ。しゃあけんどわれらが英雄は、アルゴンキン族の不幸の原因をつきとめ、自分たちの精霊の王を癒すことに成功したちゅうわけよ。めでたし、めでたし」
―「アメリカにおける聖杯1973年~1974年度」より引用し吉本興業風に脚色。

これらあまたの事例から、翁がいかにして魔術的な結論をあざやかに引き出すかは、それこそ読んでからのお楽しみです。


青蛇や青縞光らせ草に消ゆ 茫洋

Tuesday, August 04, 2009

暑中お見舞い申し上げます

♪音楽千夜一夜第72回

拝啓H様

関東地方ではずいぶん早くから梅雨明けとなり、小生も家族ともども何回か海水浴を楽しんで参りましたが、その後は晴れたり降ったり霧がかかったりでどうもすっきりしないお天気です。そちらの夏はいかがでしょうか。きっと例年に比べて涼しいのでしょうね。

今年はいちだんときびしい景気後退の影響を受けて、学生諸君の就職活動は困難を極め、景気の上下動は仕方がないにしても、同じ4年生でも1年違えば天国と地獄というこの就職格差は、むごたらしい限りです。去年なら簡単に受かっていた会社からも今年は内定が出ないという過酷な状況は年を越えても続くでしょう。

また一番学業に身を入れるべき3年生の時点で、本格的な就職活動を開始する、あるいは開始せざるをえない状況は、学生にとっても、学校、企業にとっても大きな弊害をもたらしており、一刻も放置できない由々しき問題です。今度の選挙で民社党が政権を取ったらまっさきに解決すべき教育と社会の優先課題ではないでしょうか。

暑苦しい前置きはこれくらいにして、私たちのゆいいつのお楽しみであるクラシックCDの話をいたしましょう。2009年の上期で私の耳をもっとも喜ばせてくれたのはEMIから発売されたマリア・カラスの全スタジオ・レコーディング集70枚@150円の大セットでした。彼女の海賊版を含めたライヴ録音の大半を入手していた私は、「カラスの本領はやはりライヴだ、スタジオ録音なんて死んだ缶詰音楽だ」とバカにしていたのですが、1949年の初録音以降1969年の最後のテイクに至るまでそれこそ1枚1枚舐めるように聴いていくなかで、スタジオでも死力を尽くして音楽に精魂を傾けるデイーヴァの姿に熱い感銘を受けたのでした。そのなかでもやはり恩師トリオ・セラフィンの棒に厳しく導かれた歌唱がいま耳の奥底に懐かしく響いております。

同じオペラでは、廉価版の王者ソニー&BGMが出してくれたプッチーニの全作品を収めた@350円の20枚組セットが素晴らしかった。トゥーランドットやトスカ、ボエーム、蝶々夫人などの有名オペラはもちろんですが、「妖精ヴィッリ」「エドガール」などの初期の作品、「つばめ」や「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」の3部作も見事な旋律美を堪能できます。全体を通じてロリン・マゼールの熱い指揮ぶりが印象に残っています。彼はバレンボイムと並んでやたらレパートリーが広い何でもやさんですが、プッチーニの初期作品とドビッシーの「ペリアスとメリザンド」を振らせたら今でも彼にかなう指揮者はいないと断言できます。

次はグラモフォンがライバルに負けじと出したヴェルディの8つの有名オペラ作品、リゴレット、トラビアータ、トロバトーレ、仮面舞踏会、ドン・カルロ、マクベス、シモン・ボッカネグラ、アイーダに加えてレクイエムもおまけに加えた21枚組の廉価版。1枚500円を切る安価というだけではなくて、そのすべてを私が世界最高と確信するスカラ座の合唱とオーケストラがお付き合いしているという豪華版です。

異論もあるかと思いますが、これまで私が聴いてきた世界の有名オケの中で、もっとも耳朶を震撼させられた楽団こそ「ラ・スカラ」なので、このベスト盤を逸するわけがありません。指揮はアバド、ガバツエーニ、クーベリック、サンチーニ、ヴォトーですが、やはりここでも老練セラフィンのタクトと若くして死んだエットーレ・バスティアーニの透明な美声を堪能できるのがうれぴい限りです。

To be continued

 
政権の交代求め民意動く世が変わるとはかくのごときものか 茫洋
理非にあらず曲直も問わず遮二無二人は旧きを倒す

Monday, August 03, 2009

「谷川雁セレクション2・原点の幻視者」を読みながら

照る日曇る日第279回

平成天皇が百済の武寧王なら、己の出自を高麗人と宣言してはばからない南の孤高の詩人谷川雁が、これまた北の孤高の思想家宮沢賢治に透視していたもの、それは「倭」の鎮西弓張月の巨大な孤の「極北」でした。

倭を形成していた列島の縄文人の子孫たちは、朝鮮半島からやってきた鉄器を携えた弥生人によって圧伏され、半島からの新興渡来人たちは、彼らが武力で追いやった西南の琉球民族と東北のアイヌ民族と激しく抗争しながら、7世紀中葉にようやく天皇制を装備したヤマト国家を誕生させます。歴史の舞台に初めて登場した日本です。

以来14世紀の歳月を閲して、わが神国ニッポンチャチャチャは、なかなかにまつろわぬ2つの民族を飴と鞭の両面作戦で完膚なきまでに制覇したかに見えましたが、地下茎の陰微な反乱は絶えることなく継続され、南では沖縄独立運動が、北では賢治ゆかりの東北精神独立運動がつづけられているのです。

呪力を持つ縄文人であり、かつまたランボーのごとき近代の「見者」でもあった宮沢賢治は、その短い生涯にわたってその全著作を挙げて、伽藍のような巨大なドームを建設し、イーハトーブという名の聖地を立ち上げようとしました。

礼拝堂の天井には「銀河鉄道の夜」が輝き、床面は「ポラーノの広場」、壁面には「風の又三郎」「グスコーブドリの伝記」が置かれ、柱には「花鳥童話集」、その他「古いみちのくの断片」をちりばめた数々の小編が回廊までつづくその巨大なフラードームは、ガウディがバルセロナに建てた未完の聖家族贖罪教会大聖堂に少し似ています。

賢治もまたこれらの作品の完成を期さず、まるでグレン・グールドの「ゴルドベルク変奏曲」の演奏のように、あるいはまたメビウスの輪のように巡りめぐる精神の永劫回帰運動をそのコンセプトと定めたからです。

賢治は、この己が夢見た円天井の広大な空間に、芸術と科学を愛する少年少女を招きいれようとしました。そしてこの賢治の発想こそが、来るべき「単一世界権力」に対して無謀にもゲリラ的に対抗しようとする谷川雁の最終戦争、すなわち賢治童話を素材として使った「人体交響劇」の全面展開へとつながっていったのです。「粛々たる虚無の声が渡る」なかを……。


♪いとやすく大いなる便をひりだして偉大な事業なし終えたるがごとし 茫洋

Sunday, August 02, 2009

続「谷川雁セレクションⅠ」をめぐって

照る日曇る日第278回

「私のなかにあった『瞬間の王』は死んだ」と告知して、詩人谷川雁が永久に試作を放棄し、アルチュール・ランボオのように工作者として荒々しい現実に突入したのは1960年の1月6日のことでした。
しかし遅れてやってきた後世の若き詩人たちのためには、彼が詩と詩作について遺した「わたしの物置小屋」という珠玉のようなアフォリズムがあります。

以下本書55pから65pまでを随意に引用します。

詩作はちいさな革命、ほとんど失敗に終わる革命、夕刊の片すみで息絶える南米の革命である。

「私」と呼ばれるあいまいでちいさな星雲よりも言葉の方がほんのすこし安定しているという認識が文学の前提である。

人間が言葉をみいだすのではない。言葉が人間を計量するのだ。詩作の根本条件は選択の自由ではなくて必然性の認識である。

詩においては発端と結末が同時に存在する。つまり老人と幼児だけがおり、ほかの者はいてはならない芸術だ。

ひとつの単語は相反するすべての諧調を微量づつ含んでいる。このペンキ屋の常識すらもたない作品が横行している。

質量が小さくなればなるほど密度を増すいくつかの物質を想定せよ。作品はこの函数の和として与えられる。

ある種の級数のように、去年の決算が今年の決算の出発であるように、現在の一編は過去の百編をふくむ。

無限から一点をめざし収斂する言葉の螺旋運動――詩。小説は一点から放散して無限へ広がる。小説は特殊を、詩は無限すなわち普遍を説きあかす。

短歌は時として小説に似た放散運動を起こす。これはメロディの癖だ。短歌的抒情よりもこの方が問題だ。

短歌とは何か。私なら二行詩もしくは三行詩と答える。俳句は一行詩である。一行の長さは二十字以内とする。

一編の俳句は三ないし四個の名詞をふくむとき最も安定する。いけばなの先生がやたらに応用する椅子の原理。

漢字とひらがなの同盟が始まったとき、すなわち平安末期だか、鎌倉初期だかに、現代日本語の美感の大部分は定まったのである。

日本の詩に長所があるとすれば、それは形式の不純さである。油彩の日本画と水墨の西洋画、それらの戦慄すべき調和である。

各行の第一字目を漢字で書くか、ひらがなで書くかは視覚の均衡に重要な役割を果たす。実験したまえ。

一行のうちに少なくとも一個の運動する影像をふくむならば、印象の希薄さを避けることができよう。

音楽の強さを決定する振り子は行の長さである。一息に読みおろすことのできる行数が一行でなければならない。

作品を書くタイミングを誤らないようにせよと言いたい。同じ人生が三篇の名作をうむことも三百の駄作をうむことも可能である。

詩は習練によって上達する芸術ではない。うまい詩というものはありえない。詩をまなぶのは他のことを知るためである。

すぐれた詩は人間に対する信頼、世界に対する信頼がそのまま言葉に対する信頼に一致している、それだけのことだ。                  (引用終わり)


碩学吉本隆明氏の名著「詩学叙説」を一言にして乱暴に尽くせば、「単純で初歩的な直喩ではなく、複雑で高踏的な隠喩を多用したものが、立派な詩である」ということになるかと愚考するのですが、これは知識偏重評論家にありがちな詩の進化論ではあっても、詩の本質的な価値とはなんの関係もない物差しでしょう。
このように詩を形式主体で論じると万葉集より新古今が高級だという身も蓋もない結論に至るのです。

世に無内容な詩論は掃いて捨てるほど叩き売られていますが、ここに生々しく素描された詩の本質と詩作実践技術論こそ彗星のように現れて消えた詩の天才的工作者にふさわしいものだと思います。

♪百合の薫りあまりにも強すぎる 茫洋

「谷川雁セレクションⅠ」をめぐって

「谷川雁セレクションⅠ」をめぐって

Saturday, August 01, 2009

「大庭みな子全集」第1巻を読んで

照る日曇る日第276回&遥かな昔、遠い所で第87回

「三匹の蟹」と聞いて思い出すのは、遠い昔のある情景です。

私たち三人の孫を率いた祖父は須知山だかどこかの街道筋の山峡のバス停でいつ来るとも知れぬバスを待っていました。待っても待ってもバスは来ません。車も来なければひとっこ一人通りかかりません。
退屈し切った私たちはバス停の傍を徘徊していましたが、道端の溝に小さな水たまりがあり、その水底に何匹かの沢ガニが静止しているのに気付きました。

私は幼い弟と妹を呼んでその愛すべき生物の発見を喜びましたが、いざ捕獲しようとすると彼らが左右の武装した手で幼児の攻撃を威嚇し、防御する猛々しさにひるんでしましい、溜息をつきながら彼らが勝ち誇って発する大粒の泡を見つめるほかはありませんでした。

するといつの間にか孫たちの傍に来てその光景を眺めていた明治生まれの祖父が、いきなり持っていたステッキを水中にグイと差し入れ、しばらく左右に動かすと薄い赤と白に染め抜かれた子供の目にはかなり大きな一匹の沢ガニが杖に噛みついたまま地上に引き上げられてきたではありませんか。

私たちはワッと歓声を上げてその獲物を取り囲み、バスがやってくるまでの相当長い時間を十分に堪能することができ、それ以来私たちにとって祖父の杖は「おじいちゃんの魔法の杖」となったのでした。

しかし、この作家の文名を一躍高からしめた「三匹の蟹」に登場するのは、丹波の山奥の淡水に潜む沢ガニではなく、アメリカ産の海のカニであり、「三匹の蟹」とは六〇年代の米国に滞在している鬱屈した日本人の学者妻カニと夫カニと妻を誘う米国人男性カニの3点セットであり、最後に米国人男性カニが日本人女性カニを連れ込もうとしているバラック連れ込みモーテルの名前なのです。

夫にも嫌気がさし、異国暮らしの己の生活にも不満を覚え、訳がわからぬ外国人連中とのパーティの不毛さにも飽き果てた主婦……。触れれば落ちなんその風情は、アントニオーニの映画のヒロイン、モニカ・ヴィッテのアンニュイな世界を彷彿とさせます。

しかし、生と性のはざまで微妙に揺れ動く空虚な心と体に忍び込む「桃色のシャツの男」とは、そも何の象徴でしょうか? また、苦しげにふつふつと泡を吹く3匹のカニたちは、それからどのような運命をたどったのでしょうか? 

それを知るためには、この「三匹の蟹」の第1部「構図のない絵」と第2部「虹と浮橋」、それからその続編として書かれた「蚤の市」を併せて読む必要があります。
「三匹の蟹」という本の第3部を成し、なぜか芥川賞をかち得た「三匹の蟹」という、今読めばなんということもない古色蒼然とした短編は、著者が述べているとおり「ほんの手すさびの習作」にすぎないのです。


♪みなそこのわがしんちゅうにたぎるものおんとえんぬぱんちーる 茫洋