Sunday, August 23, 2009

アップダイク著「クーデタ」を読んで

照る日曇る日第285回


アラビアのロレンスがやったように、どこか遠いところ、たとえばアフリカのサハラ砂漠の近くの発展途上国の政治経済や社会をその国の心ある人たちとともに変革することは、冒険心豊かな先進国の男たちの野心をむやみと掻き立てるようです。

ロレンスの時代ならともかく、現代ではそれはなかなかむずかしい。しかし実際にそれができなくても、フィクションなら、小説の世界でなら、その疑似行為を夢想的に体験できるだろう。なぜなら、そもそも小説とはうそっぱちを描いて、それがあたかも真実であるかのように錯覚させる高等呪術だからである。

そう考えて、その国の独裁者にわが身をなぞらえ、アラーの大義にもとづく神聖政治を宣揚してアメリカ帝国主義やソビエト社会主義に伍して自主独立の王道を貧しい国民の先頭に立ったつもり、になったのが、この小説の著者でした。

クーデタを起こして大統領に就任した主人公のエレルー大佐は、リビアのカダフィ大佐、あるいはそれ以上に魅力的な人物です。国籍の異なる4人の夫人を持ち、ほとんどなにも産物がない不毛の砂漠地帯に棲息する人民の幸福と公共の福祉のために献身的に戦い、襲い来る未曾有の旱魃を防ごうと挺身します。

そのために自分を引き上げてくれた老国王の首をちょん斬ったり、官邸の大臣や護衛などに懸命にハッパをかけて彼なりの魔術的な手腕を駆使するのですが、それらの努力は結局はカフカ的状況の中でまったく報われず、大佐はすべての権力を失墜して第3夫人とともにパリに脱出するのです。やれやれ。

エレルー大佐が信奉するイスラム社会主義は裏切り者の側近が引き入れたアメリカ帝国主義の陰謀の前に屈服するので、この小説はアフリカ大陸を席巻するアメリカ帝国主義の黒い影を描いたものであるんであるんである、などとしたり顔で解説するインテリゲンチャンもいるようですが、別段そんなに大層なイデオロギー小説ではありません。


♪処暑の夜わが陰嚢の冷たさよ 茫洋

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