♪音楽千夜一夜第76回
このところNHKの衛星放送でカラヤンのベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーの映像記録を放映していました。いずれも1970年代の初頭にユニテルが35ミリでビデオ収録した貴重な映像です。
どこが貴重かといえば、これがライブ映像なのか録画なのか判然としないごった煮であることです。曲によってはコンサートホールの情景や聴衆の拍手なども収録されていて、一見するとライブコンサートのライブ収録のようにみなされる個所もあるのですが、各パートのクローズアップになると奇妙な映像が続々登場します。
たとえば、奏者が実際にはありえない放射線状に美しく配置されていたり、チャイコフスキーの悲愴の第三楽章の小コーダでは、第一ヴァイオリンが「起立して」演奏しているのです。こんなことを「あーだこーだ」言っても始まらないのですが、「のだめ」やダスターボ・ドゥダメルが指揮するシモン・ボリバル・ユーズ・オーケストラの華麗なパフォーマンスの原点は、ほかならぬ七〇年代のカラヤン&ベルリンにあったということがわかるのですね。
おそらく最初に演奏を全部録音しておき、コンサートホールでも再度ライブ収録を行い、最後にスタジオでも要所要所の採録を行い、この3つのデータを適宜コラージュしてできたものがくだんの作品なのでしょう。演奏のみならず映像もおのれのコンセプトに合わせて最新の科学技術で自由自在に編集加工するという「ゴッドハンドの時代」をカラヤンは先導したのです。
カラヤンは例によって暗譜を誇示するかのようにほとんど瞑目して演奏しており、それだけでもかなり異常ですが、たまたま演奏がうまくいったりすると、眼をつぶったまま、かすかに笑ったりする不気味な瞬間があるので目が離せません。晩年とは違ってキャメラはカラヤンの顔を左からも右からも比較的自由に撮らせている点にも興味をひかれます。
多くの人々は、演奏は素晴らしいけれど、映像の遊びが過ぎるこうしたカラヤンの試みに否定的でしたが、トロントのCBCのスタジオでもっとクレージーな映像ごっこに夢中になっていたグレン・グールドだけは例外で、とりわけカラヤンのベートーヴェンの五番ごっこを高く評価していたようです。
♪神の手が至高の演奏を作るなりカラヤンごっこは今日も続いて 茫洋
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