Sunday, February 28, 2010

日伊2組の「ドン・カルロ」を視聴して

♪音楽千夜一夜第113回

こなた我が国の新国立劇場、かたやイタリアのミラノ・スカラ座で行われたヴェルディの中期を代表する傑作オペラ「ドン・カルロ」公演をビデオで見ました。

前者は06年9月16日にミゲル・ゴメス・マルティネス指揮の東フィル、後者は08年12月7日にダニエレ・ガティが指揮したスカラ座管のいずれもライブの演奏ですが、結果的にはそれこそ雲泥の差がつきます。
序奏のホルンの数小節を耳にしただけで勝負あり。日本で一二を争うオペラ巧者の東フィルが、3時間半にわたっていくら懸命に弾いても、ヴェルディの荒々しい血のざわめきと孤独な魂の悲嘆の調べはこれっぽっちも伝わってきません。ドラマも悲劇もイタリアの光と影も感じられない、まるで由良川の蒸留水のような音楽には閉口しました。

熱血漢ガティが統率するスカラ座のアレグロ・コンブリオはここぞという箇所ではフォルテが凄まじく、対照的に第3幕のフィリッポ2世のアリアの劇伴には深い叙情が込められ、緩急自在な歌い方が見事であう。これでは日本勢は到底太刀打ちできません。

歌手陣はというと国王フィリッポ2世は新国立がヴィターリ・コワリョフ、スカラ座はフェルッチョ・フルラネットの対決ですが、当今老練の超ベテラン、フルラネットをしのぐバスを探すのは難しいでしょう。題名役は日本勢がペーテル・ドボルスキー、イタリア勢がスチュアート・ニールですが、後者はちと太りすぎ。エリザベッタ役は新国立の大村博美が長身の清楚な醤油顔で健闘していますが、所詮情熱的な歌唱力においてフィオレンツイア・チエドリンスの敵ではありません。イタリア勢のロドリーゴ役ダリボール・イエニスも素晴らしい存在感を示していました。

演出は双方とも流行のシンプルなスタイルですが、イタリアのステファヌ・ブロンシュウエブがオーソドクスであるのに対して、新国立のマルコ・アルトーロ・コレッリが壁面の移動による頻繁なカット割りを行っていたのが記憶に残りましたが、まずは5分5分というところか。いずれも照明を効果的に使っていました。

 かくて指揮と音楽、主役歌手の歌唱力においてスカラ座チームに大差をつけられてた新国立でしたが、とどめは合唱団の演技とアンサンブル。歌が下手くそなのは仕方がないにしても、洋服を着せられたその洋式チンドン屋のような姿が、依然として浅草オペラさながらであるのは困ったものです。これでは当分本物のヴェルディは初台では無理。やっぱりミラノへ飛ばないと駄目なのでしょうか。


♪よく咲いたねえ頑張ったねえと妻に褒めてもらっているシンビジウム 茫洋

Saturday, February 27, 2010

茫洋西暦2010年如月茫洋花鳥風月歌日誌

ある晴れた日に 第71回


90爺マーチを駆って高速逆走

犬よりも猫に好かれる男かな

横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経

横須賀やヤンキーも詣でる地蔵尊

ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな

死んでしまえばすべて終わりだよ山本耀司
 
物言えば唇寒し民社党

がっつりと見つめ合いたり鷹と我

風穴に光入れたり縄文人

乳さらし光歩むや縄文の女

閉じた眼に何を思うや縄文の人

ミミズクの森に棲みしや縄文の民

深々と青空呑みおり縄文人

光避け思いに沈むや縄文哲学者

かにかくに生きてありしか縄文の民

一塊の土にひそみし命かな

眼口耳われらと違わぬかたちかな
あっけらかんと笑うていたり縄文の人

1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民

電池寿命測定器の寿命も電池が支えているんだ

冠詞がない日本語には骨思想がない

胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ

曇天にヘリ低く飛びし朝年少の友独り逝きけり

我よりも若き人死ぬる日は身を清浄にして静かに慎む 

我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる

就活のバカヤローが生み出している恐るべき国家的損失

げに歌舞伎こそわが国が世界に誇る最高の芸術

亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会

またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻

ポネル死せりされどゼフィレッリ残れりわが懐かしきオペラ演出家

3位になっても4位になっても彼女の人生は続いていく

生きておればさらなる高みに登れたが足元の岩ぐらり崩れて 

おくつきにどなたがおわすかしらねどもそのうやうやしきにこうべはたるる

理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭

堕ちよ堕ちよ地獄の果てまで倫理なき小沢民主党

声はせず姿も見せぬ地底人ほんにお前ら屁以下だぜ

倫理なく自由も奪われ仕事せず哀れ沈みゆく小沢民主党

能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民

パレスチナの民族衣装を踏みにじるイスラエルの民の驕り昂ぶり

これぞ冥途の土産死に損ないアバドが死の音楽を歓喜の歌にすり替えたり

自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち
 
真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語
 
冬の朝野の鳥も人も歌うべしこの世にあることの喜びと苦しみ



♪この冬もおたまを護らんわれ一人 茫洋

Friday, February 26, 2010

嫌な感じ

バガテルop123


五輪には五輪書ほどの興味もないのですが、TVKと教育テレビ以外のどこのチャンネルも朝から晩まで狂った様にパン食ったとか晩食う婆とか絶叫しているのでほとほと嫌気がさして、本を読んだり音楽を聞いたり歯医者さんに通ったりしています。

新宿で地下鉄に乗ろうとしたら、目の前の広告ボードで篤姫が出るメトロの動画CMを上映していてうるさいのなんの。以前は紙製のポスターだったから嫌なら目を瞑れば良かったが、そいつが動画になって大音量で絶叫するのをリーマンたちが口を開いて驚いたように眺めている。これを狂気の沙汰といわずになんと呼べばいいのでしょうか。

帝都から省線で鎌倉駅に帰ってくると、構内では鳥の鳴き声の「録音」を大ボリュームで放送しています。これをやめれば線路の上で遊んでいるドバトの「ホウホウ」という囁きを聞くことができるというのに……。
JR東日本は、鳥の鳴き声を模倣すれば天国的な音楽が出来上がるというメシアンの白痴的アイデアを参考にしたのでしょうが、じつに嫌な世の中になったものです。


私が嫌いな日本語も増殖中です。

真逆
弾ける
なので
良かったでしょうか
タメ口
なにげに
粛々と
読み解く
仕分け
回収される
老人語
自分探し
地球に優しく
癒し
元気をもらう


♪真逆なので粛々仕分けなにげに弾け回収されるタメ口読み解くこれで良かったでしょうか老人語 茫洋

♪自分探しに疲れたら癒しを求めて優しい地球に元気をもらう卑しい人たち 茫洋

Thursday, February 25, 2010

キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て

♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

「白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋

キーロフ劇場バレエ団のDVD「白鳥の湖」を見て

♪音楽千夜一夜第112回

キーロフ劇場は現在マリインスキー劇場のソ連時代の名前。スターリンに消された革命家にちなむネーミングらしいのですが、この劇場のバレエ団が白鳥の湖を踊ったDVDが500円で叩き売られていたので、すかさず視聴してみました。

冒頭から画面が揺らぎ原色の色彩があやしく点滅するなかを無数の白鳥がゆらゆら泳ぎ出てきていつのまにか幕が開いています。指揮はW.フェドトフ、管弦楽はサンクト・ペテルブルグ・アカデミカル・オーケストラといういかがわしいオケですが、これはたぶん現在かのゲルギエフ大先生率いるキーロフ劇場管弦楽団の前身のエキストラによる演奏なのでしょう。けれども白鳥が踊り、王子が踊り、オデット姫とデュエットしてもチャイコフスキーの音楽とはとうてい思えない無国籍音楽が鳴り響いています。

「白鳥の湖」はじつに不思議なバレエで、出し物によって長さや演出が異なり、CDで聞く音楽通りの公演などまずないので面喰うことが多いのですが、この時代も収録も不明の公演は、いちおうオウセンチックなプティパ=イワノフ版にのっとっていて主人公は幸せに昇天する演出のようです。

しかし全4幕の構成になってはいても、演奏時間は78分と短く、いたるところで物語が寸断され、なにがなんだか分からないうちに突然幕が降りてしまいます。出演者の名前も最後にロシア語でクレジットされているだけで翻訳がないので誰だか分かりませんが、いちばん迫力があったのは悪魔役の男性。フィギュアスケート男子シングルで優勝したエバン・ライサチエクそっくりの恐ろしげな面持ちと演技の大迫力が印象的でした。

♪能ある黒猫よりもむしろ能無き白猫を選ぶべし我ら能無き国民 茫洋

Wednesday, February 24, 2010

「吉村昭歴史小説集成」第七巻を読んで

照る日曇る日第328回


あの有名な「ターヘル・アナトミア」を翻訳した前野良沢を主人公とした「冬の鷹」、医師高松凌雲と松本良順の波乱に満ちたそれぞれの生涯を描いた「夜明けの雷鳴」、「暁の旅人」など、いずれも江戸時代の医学関係者を取り扱った評伝5本を集めたのが本巻です。

ドイツの医学書「ターヘル・アナトミア」のオランダ語訳をわが国で初めて翻訳し、「解体新書」として出版したのは杉田玄白とその門人大槻玄沢ということになっていますが、「冬の鷹」を読むと、それはほとんど誤りであることが分かります。オランダ語を解していたのは良沢だけで、彼が翻訳のほとんどを担当し、蘭語と蘭学に無知なあとの二人は、師匠格の良沢を物心両面にわたってバックアップしただけなのです。

しかし、もしも人当たりがよく時流を見極めるに敏な才子杉田玄白が、翻訳に際してあくまでも完璧を求め、偏屈で人間嫌いで孤高の独学者良沢をうまくプロデュースして原稿を版元に引き渡さなかったら、本邦初の医学実用書はついに世に出る事はなかったでしょう。

結局良沢は自分の名前を出さないことで「解体新書」の出版に同意しますが、そのことが2人の明暗を決定的にわかつことになります。良沢の功績を実質的に、いうなれば「独り占め」した玄白は、その後我が国の蘭学の泰斗として数多くの弟子、莫大な金銭そして輝かしい名誉に恵まれ、幸福な生涯を全うしたのに対し、性狷介な孤高のアルチザン良沢は、生涯にわたって貧困と孤独にさいなまれることになったのです。

わが国の尊王攘夷思想の元祖である高山彦九郎を愛し、最後まで庇護した良沢でしたが、彦九郎の自刃、息子達の早世に衝撃を受け、享和3年1803年、引き取られていた次女の嫁ぎ先で81歳で名声とも富とも無縁の生涯を終えます。

本書を読む私たちは、まさに蘭学の光と影、栄光と悲惨の鋭い対比を見せつけられるのですが、著者はなぜか人生の勝者玄白ではなく、ついにかなわぬ理想を追い求めながら敗れ去っていく良沢の「孤然とした生き方」につよい羨望を懐いているようです。

榎本武揚に従って五稜郭にわたり敵味方を分け隔てなく治療し、若き日に留学したパリの貧民病院の理想を後年になって実現した「夜明けの雷鳴」に登場する幕府の医師高松凌雲。同じく幕府の御用医師としての節操を貫いた「暁の旅人」の主人公松本良順――この2人に共通しているのも、前野良沢と同じ「孤然とした生き方」に他なりません。

そして人生最期の瞬間に、酸素マスクをみずからの手でひきちぎってこの世を辞した作者が実行してのけたのも、まさしくこの「孤然とした生き方」だったのです。

♪理想を求め孤然と歩み続けたり良沢良順凌雲昭 茫洋

Tuesday, February 23, 2010

映像狩りをするミクシィ、言葉狩りをする楽天

バガテルop122

このままにしておくと度忘れしてしまいそうなので、書いておきます。

つい先日のことですが、ミクシィ事務局から突然メールが舞い込んできました。「貴殿が掲載した写真がけしからんので削除した。以後注意するように」という無礼な内容です。
そのメールには当該の映像が公序良俗に反するなんたらかんたらと、このSNSが勝手に定めた「掟」がいくつか並べていましたが、削除された私の写真が、それらの禁止コードのどれに抵触したのか、いくら考えてもてんで思い浮かびません。

そもそも私はここ数年間というもの、毎日日記には3枚、フォトには4枚の写真をアップしてきましたから、およそ1万枚に達するそれらのなかのどれがイケテなかったのか、せめてヒントを与えてもらわないと当方としても今後どのように注意してよいのか皆目見当がつかないのです。

そこで私は、胸にふつふつと燃え盛る紅蓮の憤怒を押し殺して冷静を装い、もしかするとあれは去年の夏、出羽三山神社の境内で撮影したミイラの写真が「死体」と勘違いされて削除されたのではないかとまでこのくそ忙しい季節のさ中に想像をたくましくして、
「あれは実物ではなくて復刻された偽物だよ。だからおらっちも自信をもって掲載したんだよ」
と自己言及する懇切丁寧な解説文までつけて事務局に返信し、誠意ある回答を迫ったのですが、あれから2週間以上経ってもなしのつぶて。これっておおげさにいうと憲法が保障する表現の自由に対するいっぽう的な侵害ではないでしょうか。日頃お世話になっているミクシィ社への感謝と好意の念なぞ、それ以来ふっつり消えてなくなりました。

理解不能・対策不可能な理由で勝手に投稿映像を血祭りにあげているのがミクシィなら、同じく不条理な言葉狩りをしているブログが楽天です。

ここでは旧漢字や環境依存漢字の掲載に待ったをかけるだけではなくて「強姦」などのわいせつ?で社会の安寧秩序を震撼させそうな禍々しい言語?に取り締まりの網がビシビシかけられます。悪いのは強姦という行為であって、「強姦」という言葉ではないという社会人としての最低の教養すら、このブログの責任者には欠如しているのです。ユーザーが乱発する不穏な言葉を取り締まれば、明るく健康的な世の中が到来する。例えば「強姦」という言葉の使用を禁止すれば、世の中の強姦は跡を絶つ、などと信じているとすれば、彼らはそれこそとんでもなくおめでたい「楽天主義者」といわねばなりません。

まあそんな程度の低いメディアでも平気で利用するあんたが阿呆だといわれてしまえば確かにそうなのですが。

♪同じアホなら踊らにゃ損 茫洋

Monday, February 22, 2010

デニス・ラッセル・デービス指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団でハイドンの交響曲を聞く

♪音楽千夜一夜第111回

デニス・ラッセル・デービスは、なんと10年の歳月を費やしてカール・ミュンヒンガーが創立したシュトゥットガルト室内管弦楽団を指揮してハイドンの交響曲の全曲録音を果たしました。

これは昨2009年のハイドンイヤーにもっともふさわしいビッグイベントであり、全37枚のCDボックスがたったの5946円、1枚@わずか160円というお値段にもいたく感動して購入したのですが、どうにもこうにも残念無念な買いものでした。

デービスの演奏はECMレーベルに録音された近現代作品や最近のブルックナーではまずまずの成果を収めていましたが、交響曲の父の演奏を手掛けるには100年早すぎたようです。初期から中期の疾風怒涛時代の演奏があまりにも平凡でめりはりに欠け、いったいなにが面白くて演奏しているのかもわからない。まるで海底のナマコが猫じゃ猫じゃを踊っているような団子的無機的音響の連続に業を煮やして、後期のネームドシンフォニーを先に聞いてみましたが、主題の提示の明快さも、再現される主題の変奏の変化も、楽章ごとの緩急のつけかたも、テンポと音色の変化も切れ味が鈍く、すべてが格別の独創も企図もなくただただ凡庸かつ無感動に演奏されていくのです。

頭にきたので日頃愛聴しているドラティやアダム・フィッシャー指揮の全曲盤、さらにはヨッフムやセル、バーンスタイン、カラヤン、トレバー・ピノックなどとも聴き比べてみたのですが、これほどレベルの低い演奏と録音は皆無でした。強いてましな演奏を拾えば第105番とも呼ばれる協奏交響曲でしょうか。

解説によればトランペットとティンパニーだけが古楽器を使っているそうですが、その効果もまったく顕現していない。全曲をライブで録音したために聴衆の反応も分かるのですが、どの曲も拍手はまばらで(ブーイングこそ稀でしたが)、毎回きわめてうそ寒い空気が会場のメルセデス・ベンツセンターを冷え冷えと包みこむのが体感されます。

最新のデジタル録音の成果がそんなところで発揮されているとはデービス自身も予期しなかったことでしょう。ともかく「木戸銭を返してくれえ」と久しぶりに叫びたくなるような古典落語でした。仕方なく手元にあるボーザールトリオの9枚組でけたくそ悪く汚染された耳を懸命に洗い落としているところです。


♪またしても買うてしもうたりグルダの平均律第2巻 茫洋

Sunday, February 21, 2010

東国博で「国宝土偶展」を見る

茫洋物見遊山記第16回&♪ある晴れた日に第71回

これだけはなにがなんでも見ておかねば、と重い腰を振り起こして早朝の上野くんだりまででかけたら一面の雪でした。大英博物館から帰国したばかりの縄文時代の土偶たちがおよそ六〇点並んでいました。

縄文のスーパースターという惹句のもとに、ネコ顔、みみずく顔、仮面、ビーナス、ハート形などさまざまな名称を冠せられた土偶、つまり土くれでできた人形が陳列されていましたが、どれもこれも高さ30センチを越えないくらいの大きさでとても小ぶりなのです。
しかし縄文早期の前7000年から晩期の前1000年くらいに青森、秋田、岩手、長野、宮城、埼玉などで発掘された土偶たちの藝術的完成度はきわめて高く、技術的な素朴さがかえってその簡素で象徴的な造形美を鮮烈に打ち出していて、岡本太郎が感動し、ここに己の創造の原点を見出したのもむべなるかなといえましょう。

これらの土偶は、多産・豊饒・再生の象徴として宗教的な儀式などに用いられたと考えているようですが、そんな学問的考察よりも子供を抱いたり背負ったりする土偶、しゃがんでいる土偶、手を合わせて合掌している土偶、すっくと誇りかに立つ土偶たちを眺めていると、1万年の遠い遥かな時空を瞬時に無化して、彼らと私たちが、「おなじ喜怒哀楽をともにしている存在」のように感じられるのはなぜでしょうか。もしかするとこの列島先住民と私たちには同じ血が流れているのかもしれません。

しかし宮城県蔵王町で発掘されたゴーグルをつけたような遮光器土偶だけは、それとは異質な文化の匂いを感じます。私見ではこれは中国四川省広漢市の三星堆遺跡で発見された同種の巨大な土偶(数年前に世田谷美術館で公開された)の影響を受けており、もしかすると紀元前2000年頃の三星堆文明の余波が東漸して、縄文前期の前1000~400年頃に日本列島に及んだ証拠ではないでしょうか。


眼口耳われらと違わぬかたちかな 茫洋
風穴に光入れたり縄文人
あっけらかんと笑うていたり縄文の人
1万の時を隔てて笑いおる日本列島先住民
乳さらし光歩むや縄文の女
胸を張り空を仰ぎて立ちいたり乳房も陰部もさらけ出しつつ
閉じた眼に何を思うや縄文の人
ミミズクの森に棲みしや縄文の民
深々と青空呑みおり縄文人
光避け思いに沈むや縄文哲学者
かにかくに生きてありしか縄文の民
一塊の土にひそみし命かな

Saturday, February 20, 2010

大江健三郎著「水死」を読んで

照る日曇る日第327回

久しぶりにノーベル賞作家の最新作を読みましたら、これが案に相違してとても面白く読み応えがあったのでびっくりしました。

はじめは例によって下世話な私小説風なので、やれやれまたですかとあくびなどをしていたのですが、次第に作者の巧みなストーリーテリングと推理小説のように緻密に考え抜かれた重層的なプロットの罠にはまり、終盤の息が詰まるような展開と思いがけないラストに大きな衝撃を受け、ああこれが小説を読む醍醐味なのだ、という深いカタルシスを味わうことができました。

この小説は3つの位相が組み合わさって構築されています。

まずいちばん下の平面では、迫りくる老いを迎えて急速に衰える体力と突然の眩暈、加えて妻の病気や障碍を持つ息子との軋轢、人気の下落と経済的不如意など、われらが主人公を襲う暗い日常がまずはドラマの下ごしらえとして描かれています。

その上のプレートには、父の水死体が乗せられています。彼が取り組もうとする作家としての最後の仕事は、60年前に郷里松山の洪水の川にあえて短艇を乗り入れて50歳で死んだ父にまつわる「水死小説」を書くことなのですが、その願いは彼が郷里で当てにしていた資料が見つからず放棄する羽目に陥ってしまいます。
しかしそれは見かけだけのこと、それを含めてあれやこれやの一連の顛末を縷々つづったこの小説全体が「水死小説」であり、つまりはこれが小説の最上部を形成するプレートなのです。

やがて「水死小説」をあきらめた主人公の前に、若い男女の演劇集団が現れ、彼の参画を得て彼の旧作や彼の父の水死事件、彼の郷里の民衆蜂起事件をテーマにした新作を上演しようとするのですが、この若い世代の運動に随伴することが彼を過去の自分に直面させ、彼を再び政治的人間、性的人間へと急接近させ、現代の政治的・性的カタストロフィーの最先端部分にみずからを突き出す推力となるのです。

そして驚いたことに、主人公の「戦後民主主義の旗手」という仮面の下には、牢固とした国家主義者の顔容が潜み、さらにその表皮をべろりとはぐれば、森と川の精霊、聖なる土地のゲニウス・ロキ、先祖代々の霊たちに守られ、かの大いなる黄金の枝にまたがったひとりの無垢な少年の姿があったのでした。

土と血に根差した父のモラリストとしての処世を知り、その血族の一員であることをついに理会した主人公は、その来歴をつぶさに綴ることによって、彼の作家的生命を賦活させるに至ります。老残の肉体に降り注いだ深紅の血潮が、さながら三島の浪漫的な精神が降臨したように、いまにも滅び去ろうとしていた大江の実存をよみがえらせるのです。王が新たな王によって殺され、王国の不滅の伝統が維持されるように――。

藝術は人生を救う、とはまさにこのことではないでしょうか。大江のケンチャン、さすがにあなたは当代一の作家です。


♪遅れてきた老人がついに書きたり最高傑作 茫洋

Friday, February 19, 2010

正岡子規と横須賀 横須賀ところどころ第11回

茫洋物見遊山記第15回


海に沈んだ軍艦の記念碑の傍らにおかれていたのは、どういうわけか正岡子規の句碑でした。

横須賀やただ帆檣の冬木立

明治二一年の八月、21歳の正岡子規は、友人とともに浦賀に上陸し、横須賀・逗子・鎌倉に遊び、この句を詠んだとされています。それは彼が生まれてはじめて喀血し、親友夏目漱石と知り合う前年のことでした。

帆檣は「はんしょう」と呼んで帆柱の意。横須賀に来てみればたくさんの軍艦が一杯でその帆柱がまるで冬木立のようだったよ、という意味でしょうが、現地に立ったのは真夏なのにどうして季語が冬なのかすこし理解に苦しむところです。夏なのに冬木立を連想したのか、それともこれは彼が創案した写生句ではなく、頭の中でこさえた観念の句なのかと判断にまようところです。

それにしても当時21歳の青年が、「帆檣」などという漢字をさらりと使っているのには驚きます。いまでは70歳の老人ですら読み下せないのではないでしょうか。漱石の英語といい、子規の漢文といい、明治のインテリゲンチャンの学力には脱帽のほかありません。


いまは夏どころか厳寒の2月。人気のない公園を、「戦争反対」と書いた黄色いたすきを掛けた2人の日蓮宗のお坊さんが、湾内に停泊する2艘の潜水艦と4隻の駆逐艦に向かって太鼓をやけくそのように叩きながら行進していました。

♪横須賀や戦争反対南無妙法蓮華経 茫洋

Thursday, February 18, 2010

帝国海軍の夢の跡 横須賀ところどころ第10回

茫洋物見遊山記第14回

横須賀は旧帝国海軍ゆかりの軍港で、港の公園の一郭には大戦で会没した軍人の慰霊塔や軍艦山城、長門、沖島などの鎮魂碑が、訪れる人もなく建ち並んでいます。

巨大な舟形をした大理石に刻まれた「国威顕彰」のスローガンを眺めていると、身も心も冷たくなってきたので、その場を立ち去ろうとしましたら、

原始海は生命の故郷であった
その海に果て、その海に眠る
戦友たちの御霊やすかれといのちながらえしものあい集い
再びいくさあらすなとねがうものなり

と書かれたひとつの墓碑銘が目に留まりました。

そのあとに続けて

浮雲一片流北辰
何人不起望郷情
有時霊魂亦環家
夜半南星漂蒼海

という七言絶句も書かれていました。井伏鱒二風に、

北極星に雲がかかれば
みんな故郷に帰りたい
いつかは君もお家に帰る
青い海からお星さまになって

といういい加減なほんやくで、いかがなものでしょうか。


♪冠詞がない日本語には思想がない 茫洋

良長院というお寺 横須賀ところどころ第9回

茫洋物見遊山記第13回


どぶ板通りを少し離れて坂道を上っていくと龍谷山良長院という曹洞宗のお寺がありました。曹洞宗は道元が開祖で、のちに禅宗の一派と称されるようになりますが、道元自身はそのような狭いセクショナリズムを排してこれが仏教の正道だと考えていたようです。

あるネット情報によれば、この良長院は、元は米軍基地内の泊浦(現在の泊町)にあったそうです。本尊は開山堂に安置してある釈迦三尊像で、これは横須賀市内唯一の鉄製の鉄仏だとか。なんでも泊町の長峯城城主の瀬尾重兵衛良長という人が創建したので、良長院と名付けられといいます。 
良長院には聖観世音菩薩もあります。また別の情報によれば、この観音像は関東大震災の横死者追善供養のため大正十四年九月一日(三回忌)に第二町内会有志によって建立され、観音像の胎内には関東大震災で亡くなった人の名が刻まれた銅版が納められたので、それ以来、震災記念観音と呼ばれていましたが、昭和25年に境内入り口広場から現在の場所に移し、良長院の縁起にちなんで祇園観音と改称。続いて、昭和28年には梵鐘の再建、燈籠の再建などによって、祇園の浄地としての伽藍が整備されたことを記念してこの観音像の由来が記されることになったそうです。

別にそういう由来などはどうでもよいのですが、何度訪れても人影がなく、そのかわりに人懐こい猫が近寄ってくる感じのよいお寺です。


♪犬よりも猫に好かれる男かな 茫洋

Tuesday, February 16, 2010

ウイリアム・ワイラー監督「ミニヴァー夫人」を見る

闇にまぎれて bowyow cine-archives vol.24

ジャン・ストルーザーの原作を、名匠ワイラー監督が1942年に映画化した愛国キャンペーン映画です。

当時のアメリカは、日独伊などの枢軸国と戦争のさなかにありました。そこでワイラーも、及ばずながらと腰を上げて、1939年現在の英国ロンドン近郊の小さな村を舞台にした戦争協力映画をとりあげたというわけです。

愛国とか戦争協力といっても、そこは格調高いジェントルマンのワイラーなので、同時代の絶叫愛国者フランク・キャプラなどと比べると、それほど露骨な戦意高揚のにおいふんぷんの要素は慎重に避けていて、むしろある日突然戦争に巻き込まれた英国の中産階級の悲劇の様相を、格調高く描いているとも評せましょう。

冒頭、主人公のミニヴァー夫人(グリア・ガースンがひと時代前の古典的な美貌を見せる)がロンドンの街頭でプチブルジョワ風のショッピングの楽しみに耽るシーンは、到底ラストの戦争の悲惨さを想像だにさせない点で、ワイラーの演出の腕のさえを物語っています。

 また平和だった家庭に突然「凶悪な」ドイツ兵が侵入するシーンや、ミニヴァー夫人の夫があのダンケルクの撤退戦に駆り出されたり、観客が予想もしなかった人物が突然死んでしまうなど、劇的な要素もたっぷり盛り込んであり、凡庸な戦意高揚映画とはきちんと一線を画しているものの、最後にエルガーの「威風堂々」のBGMが流される中で、教会の牧師が正義の戦争への加担をアジテートしたり、エンドマークと共に戦争基金への参加が呼びかけられるのを目にすると、極東の一ワイラーファンとしても、さすがにいささか鼻白んでくるのはやむをえません。


♪ボロボロと歯が欠けてゆく2月かな 茫洋

Monday, February 15, 2010

大野和士指揮ベルギー王立劇場管でストラヴィンスキー「道楽者のなりゆき」を見る

♪音楽千夜一夜第110回


ストラヴィンスキーがバイロイトでワーグナーを見て反発発奮してかいたといわれる20世紀オペラをわが国の若手のホープがドライブしての演奏です。

物語のあらすじは、表題通りの道楽者トム・レイクウエル(アンドリュー・ケネディ)が、初恋の女性アン(ローラ・クレイコム)との約束を踏みにじって、悪魔シャドウ(ウイリアム・シメル)の誘惑に乗り、大都会の悪に染まって酒池肉林の快楽を味わい、とどのつまりは精神病院のベッドの上で郷里の村娘との平凡な幸福を夢見ながら痛苦と後悔にみちた一生を終るというどこかで聞いたことのあるようなお話です。

テキストはおそらくバイブルの放蕩息子の逸話やイプセンの「ペールギュント」の本歌取りであり、随所にチャイコフスキーの「スペードの女王」やモーツアルトの「ドン・ジョバンニ」、さらには反面教師であったはずのワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の遠い反響を聞きとることもできます。
要するにこのオペラは古今東西のあらゆるオペラや音楽の解体であり脱構築であり、新時代のオペラの集大成としてつくられたものなのです。私たちはひとたびは解体されたオペラが、新しい意味と光芒を備えてもういちど現代によみがえろうとする、その生成の現場に立ち会うことができるのです。

そして作曲家のその意欲的な試みを、21世紀初頭の現在という時点でじつに美しくも説得力をもってあざやかにレアライズしたのが演出のロベール・ルパージュと大野和士のコンビでした。けっして大げさな演奏と劇化ではないのですが、これほど心にしみる公演もそれほど多くはないでしょう。ただひとつ文句をいいたいのはストラヴィンスキーがなくもがなの道学者風のエピローグを付け加えたことですが、これは公演スタッフの罪ではありません。ともかく万人に推薦できるオペラビデオです。

♪亡き義父の形見のラルフのスーツ着て出席したり卒業発表会

Sunday, February 14, 2010

バレンボイム指揮スカラ座管で「アイーダ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第109回

09年9月6日に行われたスカラ座の来日公演のライブを、録画で見ました。会場はパリのパレ・デ・コングレ、NYのエイベリーフイッシャーホール、両国の国技館と並ぶ世界最悪音響空間の神南馬小屋ホールですが、収録マイクのセッティングが絶妙であるために、自宅での視聴が会場最上席のそれに優に匹敵するとはどうにも皮肉なものです。

 オーケストラボックスに入ったスカラ座の管弦楽と合唱団の素晴らしさは、誰もが知る通り世界最高のレベルにあり、今回の「アイーダ」における第3幕のオケとコーラスの咆哮は、バレンボイムの乗りに乗った指揮ぶりとあいまって、強烈な劇的興奮を生みだしていました。これぞヴェルディの音楽を聞く醍醐味といえましょう。

とかく日本のオケは、長大なオペラや交響曲の終わりの箇所にさしかかると、まるでガソリンの切れかかった自動車のように息切れしてくることが多いのですが、外国のオケの大半はその正反対で、当夜のスカラ座管のように、むしろこの急坂からものすごい底力と登攀力を発揮します。

「アイーダ」の演奏においては、音響的クライマックスのピークが第3幕におかれていて、主役の2人が閉じ込められた密室で死んでいく最後の第4幕では、音響の激烈さではなく、音楽の内面的な意味と感情にものをいわせなければなりませんが、この難しい演奏課題を、指揮者は見事にクリアしていました。

表題役のヴィオレッタ・ウハマーナ、ラダメスのヨハン・ボータ、アムネリスのエカテリーナ・グバノワもその持てる実力を存分に発揮していましたが、それにもまして特筆すべきはフランコ・ゼフィレッリによる格調高く知的な演出で、豪華絢爛な美術装置の前で演じられるバレエの演技に力点をおくことによって、逆にこのドラマの悲劇性を鋭く浮き彫りにしていた点が素晴らしかったと思います。

♪3位になっても4位になっても彼女の人生は続く 茫洋

♪ポネル死せりされどゼフィレッリ残れりわが心に残る懐かしきオペラ演出家よ 茫洋

Saturday, February 13, 2010

アレクサンダー・マックイーンの死

ふぁっちょん幻論第57回

外電によれば英国のデザイナー、アレクサンダー・マックイーンがロンドンの自宅で
亡くなったそうです。世界でも指折りの非凡なクリエーターであった若冠40歳の孤独な死は、惜しみても余りあるものといえましょう。

ロンドンのセントマーチーン・アカデミーを卒業して1996年にロンドン・コレに参加し、その後まもなくジバンシーのデザイナーとしてめざましい活躍を続けた彼は、2001年からはみずからのブランドでパリとミラノのコレクションでメンズとウイメンズの作品を発表し、シーズンごとに高い評価を集めてきました。

アレクサンダー・マックイーンは、つねにファッションの領域を拡大し、前人未到の新しい美を追求しようとする強烈な意欲と冒険精神の持ち主でした。たとえばロンドンのストリート系雑誌「デイズド&コンヒューズド」の依頼に応じてコムデギャルソンなどとともに重度の身体障害者をモデルにした作品を発表したり、03春夏パリコレでは義足のモデルを起用するなど、健常・障碍の区分を超えたユニバーサルデザインに対して先進的な取り組みをみせていました。彼は、私たちが美しいとみなす世界の外側に、もうひとつの美しさを見出すことができた人でした。

けれどもファッションに対してきわめて前衛的な考え方を持ち、その理想を追求しようとすればするほど、バブル崩壊後の世界不況の嵐は、彼のファッションポリシーと生き方を苦難にみちたものに変えていったに違いありません。
他のデザイナーたちと共に、一方では着易いリアルクローズを提案し、プーマ社と提携するなど「食うためのデザイン」を推進すればするほど、「この世にあらざる理想のデザイン」を夢見る彼の良心はするどい痛みを覚えたに違いありません。

彼が死の直前に製作し、私たちへの最期の贈り物となったのは201年秋冬物のミラノコレクションでしたが、そこで登場するメンズウエアたちは、まったくコンセプトの異なる2種類のグループによって暴力的に引き裂かれているようです。

一方における「万人に愛されるリアルクローズ」と、まるでアフガニスタンのアルカイダへの孤独なオマージュのような、「異様でアバンギャルドなシュールレアリスムウエア」――。おそらく彼の内面におけるこの2つのベクトルの存在と内部矛盾、そしてその不可避的な対立と分裂の激化こそが、彼の早すぎる自死の引き金となったのではないでしょうか。

今宵私は、マックイーンと同じような悩みをかかえて激しく苦悩しているであろう山本耀司氏や川久保玲氏、そのほか数多くのクリエーターの健闘と自愛を切に祈りたいと思います。


死んでしまえばすべて終わりだよ山本耀司 茫洋

生きておればさらなる高みに登れたが足元の岩ぐらり崩れて 茫洋

Friday, February 12, 2010

渡辺保著「江戸演劇史下」を読んで

照る日曇る日第326回


とうとう最後のページまで読んでしまいました。

あとがきで著者は、「この本はもちろん今日の読者のためのものであるが、それ以上に歴史の闇に消えていった多くの人々の霊に捧げたい」と書いていますが、これは嘘偽りなくその通りです。

分厚い本をぱたりと閉じた私の脳裏には、歌舞伎一八番を創成した七代目団十郎や、その父七代目との金銭トラブルに巻き込まれて大坂で切腹した名優八代目団十郎の「助六」の力演、そして守田座の責め場の舞台から転落して釘を踏み抜いて脱疽にかかり、名医ヘボンなどによって両手両足を切断する手術を受けながら、わずか34歳で花の命を散らせた女形田之介のたおやかな演技、さらには富本節に引導を渡して清元節全盛の世を切り開きながら文政8年5月26年に暗殺された延寿太夫の朗々たる美声が、なぜかまざまざとよみがえってくるのですから。

著者の汗牛充棟ただならぬ膨大な資料を駆使しての博引旁証はさることながら、いまから200年以上前の江戸時代の歌舞伎三座を華やかに彩った名優や音楽の名人たちの演技や演奏を、「まるで見てきたように」描き出し、あまつさえ私たち読者の耳目にあざやかに現前化する著者の筆力と自由奔放な想像力は、ほとんど神業の領域に達しているというべきでしょう。これは単なる江戸演劇史ではありません。さながらイタコのように彼らによりそい、彼らに憑依し、青史の時代に生きた名優の一世一代の名演の真価を復刻再現して永遠の正史にとどめようとする驚異的な情熱と幻視の書物なのです。

天保一二年、水野忠邦の奢侈禁止令を利用して歌舞伎取りつぶしを狙った鳥居耀蔵でしたが、遠山の金さんの反対もある程度は奏功して、結局堺町・葺屋町・木挽町の芝居三町にあった中村・市村・森田の歌舞伎三座は、浅草聖天町近辺の猿若町に強制的に移転されました。ところがこんな辺鄙な内陸部に追いやられたにもかかわらず歌舞伎は元禄・宝暦明和・文化文政に匹敵する黄金時代を迎えるのです。

その理由として著者は、民衆が育てた江戸歌舞伎の恐るべきエネルギーを挙げています。万延元年三月三日の桜田門外の変のおり、猿若町の中村座ではまさに井伊大老の暗殺さながらの「封印切」の稽古をしていたそうですが、役者たちは「もしもこっちの初日が早かったら、あっちで遠慮してあんな騒動もなかったろう」と豪語したという挿話を紹介したあとで、著者は「この隔離された別世界には、恐ろしい現実を笑いとばすだけのエネルギーがみなぎっていた」と大略で評するのですが、ここにおいて著者の歌舞伎への愛の告白を思いがけず耳にした想いをするのは、私だけではないでしょう。


♪げに歌舞伎こそわが国が世界に誇る最高の芸術 茫洋

Thursday, February 11, 2010

ゲッティンゲン音楽祭のヘンデル「アドメート」を視聴する

♪音楽千夜一夜第108回

2009年5月28日にドイツのゲッティンゲンで行われたヘンデルのオペラ「アドメート」の公演をビデオで見ました。「音楽の母」と称されるゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルの没後250年に当たるヘンデル・イヤーのこの年は、世界各地でヘンデルを記念するイベントや演奏会が企画されましたが、これもその記念行事のひとつでした。

「ゲッティンゲン国際ヘンデル音楽祭」は1920年に開始されたフェスティバルで、 古楽の音楽祭としては現在最も長く続いている音楽祭だそうですが、今回の ヘンデル・イヤーに選ばれたのがんだ歌劇「アドメート」でした。これは1727年にロンドンで初演されたヘンデル42歳の年のオペラで、 ギリシア神話に題材を採る瀕死の王アドメートとその妃アルチェステの物語です。 かつてはしばしば上演され、人気を博したそうですが、現在ではほとんど上演の機会のない珍しい作品なのだそうです。

演出は映画監督・ドリス・デリエという知らない女性です。なんでも日本文化に深く共感し、小津安二郎の影響のもとで監督した作品「HANAMI ―花見―」(2007) がベルリン映画祭でも注目されたそうですが、 今回の「アドメート」でも「HANAMI」で共演した日本人ダンサー遠藤公義を振り付けとソロダンスに起用し、和洋折衷の奇妙奇天烈な演出世界を粛々と展開しました。

ヘンデルが描いたのはトロイア戦争後のギリシアのさる王国の宮廷の恋のさや当ての物語なのですが、国王アドメート、王妃アルチェステ、トロイの王女アンティゴナをはじめ出演者の全員が、なんと日本の江戸時代?の武将や花魁の装束で登場します。
瀕死の国王の一命を救うために犠牲となって自害した王妃を黄泉の国まで救出にむかうエルコーレ(ヘラクレス)などは、な、なんと相撲取りの格好をしていて、こいつが器用に四股を踏んだり、今は亡き朝青龍の土俵入りのしぐさまでやってのけるのです。

はじめはあまりの荒唐無稽さにあんぐりと口を開けて眺めていた私でしたが、無国籍風ジャポニスムと切れ味の良いモダンバレエ、色鮮やかな照明、そしてニコラス・マギーガン率いるゲッティンゲン音楽祭管弦楽団の快調な劇伴にいざなわれて、気がつけば3時間になんなんとする長丁場を居眠りもせず気持ちよく鑑賞することができたのでした。

ヘンデルの音楽はバッハと違って音楽語法が単純明快なので、聞く人を退屈させずに終曲までなだれこむためには相当の手練を要しますが、私がはじめて耳にするこの指揮者とオケは、かなり上手にその難事業を乗り切ることに成功していたと思います。
もっとも最高のヘンデル演奏においては、まるで高級なミニマルミュージックの演奏に遭遇したときのような興奮と催眠、そして見神効果にまでまきこまれることがあるのですが、彼らはその至高の境地にはまだ遠く及ばないようです。

配役と歌手は以下の通りですが、いずれも「中の上」ないし「上の下」クラスのひとたちでした。
アドメート:ティム・ミード、アルチェステ:マリー・アーネット、アンティゴナ:キルステン・ブレイズ、トラジメーデ:デーヴィッド・ベイツ、オリンド:アンドルー・ラドリー、エルコーレ:ウィリアム・バーガー、メラスペ:ウォルフ・マティアス・フリードリヒ

我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる 茫洋

Wednesday, February 10, 2010

閉店迫る横須賀さいか屋  横須賀ところどころ第8回

茫洋物見遊山記第12回&ふぁっちょん幻論第56回


吉祥寺伊勢丹、有楽町西武、京都四条河原町阪急など全国各地で百貨店の閉店が相次いでいますが、ここ横須賀でも名門デパート「さいか屋」の大通り店が閉鎖されることになり、地元商圏に暗い影を落としています。

「さいか屋」は明治5年創業ですから、きっと戦国時代の歴史に名を刻んだあの雑賀一族の末裔がおこした当時は流行の最先端をいく商業施設だったのでしょう。現在では、川崎、藤沢、横須賀など神奈川に拠点をおく典型的な地方百貨店ですが、尋ねるたびに来客が減少していることが気になっていました。

しかし経営不振が極まって、まさか目抜き通りに面した大通り店をクローズするとは思いがけない結論でした。横須賀店は大通り店、新館、南館の3館で構成されていますが、あとの2つは大通り店のいわば背中側に立地しており、集客の点では相当のハンディがあるはずです。それなのにどうして今回のような選択をしたのか理解に苦しみます。

販売実績を見てみないと門外漢には勝手なことが言えませんが、現場を歩いてみた感じでは、新館と南館を売却して主力商品のみに絞った大通り店だけで営業を続けたほうがコストダウンと早期黒字化につながるのではないかという印象を持ちました。
南館は飲食街になっているようなので、もしここが黒字ならば大通り店との2館体制で新規巻き返しを図るべきではないでしょうか。

いずれにしても特性のない衣料品を主力とした特性のない百貨店は、特性のないアパレルメーカーとともにこれからもどんどん滅んでいくのでしょう。栄枯盛衰は世の習いとはいえ、総身に凍風が吹き付ける平成22年の横須賀の冬です。


曇天にヘリ低く飛びし朝年少の友独り逝きけり 茫洋

Tuesday, February 09, 2010

聖ヨゼフ病院 横須賀ところどころ第7回

茫洋物見遊山記第11回


諏訪大神社の階段を下った坂道の向こうにそびえているのが聖ヨゼフ病院です。

もともとは海軍の軍人の病院だったようですが、昭和21年からカトリック女子修道院聖母訪問会という組織に経営が移り、昭和36年に総合病院聖ヨゼフ病院と名称が変更され、平成17年には聖テレジア会に法人名が変更されて現在に至っています。まあそんなことはどうでもよいのですが、この病院にはかつて障碍児歯科があって、私の息子はもとより知的障碍を持つ神奈川県全域の親子が日参したものです。

健常児だって歯の治療は大変なのに、訳のわからんちんの障碍を持つ子の歯を削ったりすることがどれほど忍耐を必要とするかはどなたにも分かっていただけるでしょう。

中には猛烈に暴れる子供もいます。そんな障碍児たちを愛情と慈しみを持って辛抱強く治療に当たってくださったお医者さんと看護婦さんに深甚の敬意と感謝を捧げたいと思います。

高台の上のこの病院の頂きに居ます天使よ
幼く哀れな者たちの魂を安らかにしていと高きところへと速やかに導きたまわんことを!


♪がっつりと見つめ合いたり鷹と我 茫洋

Monday, February 08, 2010

格調高い諏訪大神社 横須賀ところどころ第5回

茫洋物見遊山記第10回

横須賀の湾を見下ろす諏訪公園の下に鎮座ましますのが、格調高い諏訪大神社です。だいじんじゃではなく、おおかみしゃと発音します。

 諏訪大神社の伝承によると、康暦二年(1380)にこの地の領主であった三浦貞宗(横須賀貞宗とも言う)が、信濃国(現在の長野県)諏訪から上下諏訪明神の霊を迎えて創建し、慶長十一年(1606)2月27日、大寒長谷川三郎兵衛の発起で、社殿と境内地の大改修が行われたことも伝えられています。
 祭神は、健御名方命(たてみなかたのみこと)と事代主命(ことしろぬしのみこと)の二柱です。健御名方命は武勇に優れた神で、東国の守り神と言われ、事代主命は、えびすさまとも言われ、開運の神として広く信仰されています。

またこの神社には大震災避難記念碑が立っていますが、関東大震災の折には高波を逃れた多くの住民が、境内の社務所や社殿で寝食をともにしたそうです。
なお高い階段の右奥に立派な日本住宅が見えますが、おそらくこの神社の神主さんのお宅ではないでしょうか。


♪おくつきにどなたがおわすかしらねどもそのうやうやしきにこうべはたるる 茫洋

Sunday, February 07, 2010

どぶ板通りのお地蔵様 横須賀ところどころ第5回

茫洋物見遊山記第9回

横須賀のどぶ板商店街のちょうど真ん中あたりに赤い門で囲われた岩屋のような一角があります。

この奥に安置されている延命地蔵尊は、昔から参拝者が絶えない、霊験あらたかな地蔵尊として知られています。いつ通っても、線香の香りが漂っています。若い人たちの姿も目立つドブ板通りに、ひときわ異彩を放つ延命地蔵尊ですが、あまり人に知られていない歴史がありました。
 昔の文献によると、このあたり一帯は海に突き出した険しい地形で、交通路といえばわずかに山裾をぬって造られた細い道だけだったようです。そこでこの付近に下町と結ぶ素掘りのトンネルを造ったところ、このトンネルが不完全だったことから、出水や地震などによってたびたび落盤事故を起こし、多くのけが人がでました。そこでこのあたりの有志の方々の発願によってトンネルの入り口にあたる場所に地蔵を祭り、通行の安全祈念することになったといいます。

明治の中ごろまでは、この付近を洞ノ口あるいは堂ノ口と呼んでいたので、この地蔵は当初は「洞ノ口地蔵」と称されていましたが、この地蔵尊の霊験あらたかなことが、いつしか近郷近在の人々に広まって、年を経るごとに信仰する人が多くなっていきました。

そして、その祈願の内容も、家内安全から商売繁盛に広がり、さらに明治、大正、昭和と時代を新たにするごとに、入学祈願の信仰の対象にもなってきました。やがてこの洞ノ口地蔵を信仰すると長生きできるという神話も生まれ、いつのころからか「延命地蔵尊」と呼ぶようになったといわれます。

以上「横須賀どぶ板商店街」のHPからの情報でした。

♪横須賀やヤンキーも詣でる地蔵尊 茫洋

Saturday, February 06, 2010

横須賀ところどころ




茫洋物見遊山記第8回

またしても横須賀にやって来ました。

左側の海を見ながらバスに乗って大滝町で降りて右側の道路に入ると、もうそこがどぶ板通りです。もともと横須賀は明治時代から軍港として栄えたのですが、なんとこの道路の真ん中にどぶ川が流れていたそうな。当然交通の妨げになるので、当時の海軍工廠から分厚い鉄板を寄付してもらい、どぶ川にふたをしたところから、「どぶ板通り」の通称ができたそうです。そしてそのどぶ川も鉄板もなくなった現在でも、その名前だけが残っているのです。

「どぶ板通り」には横須賀名物のスカジャン、ヨコスカネイビーバーガー、よこすか海軍カレー、肖像画店、土産屋、ミリタリーショップ、外人バーなどのお店が並んでいますが、私が好きなのは昔ながらの銭湯「大黒湯」です。同じ名前の銭湯は東京にもありますが、こちらはずっとひなびたローカル古典ヴァージョンです。

「どぶ板通り」の道端にとびとびに敷かれているのが、横須賀ゆかりの有名人たちの手形レリーフです。王貞治、斎藤明夫、佐々木主浩などのスポーツ選手や団伊久磨、清水哲太郎といった人々もその手跡を残していますが、雪村いづみ、原信夫、阿川泰子、白鳥英美子、渡辺真知子、宇崎竜童、阿木燿子、ジョージ川口などのミュジシャンが多いのは、この近くの海軍倶楽部に出演したことがあるからではないでしょうか。

横須賀は海と音楽とアーミーの街であります。


♪倫理なく自由も奪われ仕事せず哀れ沈みゆく小沢民主党 茫洋

♪堕ちよ堕ちよ地獄の果てまでモラルなき小沢民主党 茫洋

Friday, February 05, 2010

石渡嶺上司・大澤仁著「就活のバカヤロー」を読んで

照る日曇る日第325回&バガテルop121

この本には、企業・大学・学生が演じる茶番劇という副題がついています。

企業は優秀な学生を青田買いするために「就職協定」を幾度となく有名無実化してきました。大学側では「教育」が本分であるとうそぶき、就職など知ったことかという態度を取っていましたが、少子化が進んでどんどん学生の数が減り、経営基盤が足元から崩れ去っていく現実を目の当たりにして、どうしても就職率を上げざるを得なくなってきました。

そこに割って入るのがお馴染みのリクナビやマイナビを運用する就職情報会社です。企業からは「就職人気企業ランキング」などをちらつかせて説明会経費や媒体費用をむしりとり、大学に対しては就活指導ノウハウを様々な形で押し売りし、「就活と採活」の両側面において完全なマッチポンプで莫大な利益を上げています。

いい迷惑なのは学生たちです。勉学に専念できるのは3年生の1学期までのわずかな期間だけ。夏休み前にはインタンシップという訳のわからない就業体験に突入し、続いて大企業の説明会が大会場で開催され、大手テレビ局や電通博報堂などへのエントリーが開始されます。ともかく3年生の大みそかまでには内々定を獲得しようということで、学業などそっちのけで就活の東奔西走が繰り広げられているのです。

どこの大学でも企業訪問やら面接試験などに出陣する学生が相次ぎますから、ゼミや授業や実験などはみなうわの空。4年生になっても就職が決まらないと大事な卒業制作にも大きなダメージが出てきます。100年に一度という大不況で2010年度の内定率はこれまた史上最低を記録していることを知ってか、最近では2年生!が就職課に相談にくるという異常事態が発生しています。ゆがみにゆがんだ就活ゆえに、かなりのパーセンテージを占めるアホバカ学生のアホバカ度も、ますます亢進せざるを得ません。

アホバカ小鳩のおかげで国会がもはやまともな政策論議の場でなくなってしまったように、キャンパス内も、もはや真面目な勉強どころの騒ぎではないのです。
就職情報会社や就職本に脅かされた学生は、絶対おとされないエントリーシートの書き方や失敗しない面接の受け方を知ろうと私たちのところへやってきます。マニュアル通りの履歴書を持ち、マニュアル通りの質疑応答に熟達し、マニュアル通りのリクルートスーツを着たマニュアル人間のおぞましさ。そして彼らをそのような姿形に追い込んだ元凶であるにもかかわらず、彼らの来襲におびえる企業の異様さ。これを悲惨な蟻地獄といわずになんと呼べばいいのでしょう。

この悲喜劇を存続させている当事者は、企業・大学・就職情報会社・世間そして学生です。しかし学生自身にはこの苦境を逃れるすべはありません。私はやはり企業側が1996年に廃止した就職協定を復活し、それを政府が厳格に監視する形で、「会社訪問は4年生の8月20日、内定は11月1日」とおごそかに決めることが、現在の「就活のバカヤロー」状態を脱する唯一の道ではないかと思うのですが……。

♪就活のバカヤローが生み出している恐るべき国家的損失! 茫洋

Thursday, February 04, 2010

文化学園服飾博物館の「パレスチナの民族衣装」展を見る

茫洋物見遊山記第8回&ふぁっちょん幻論第55回

新宿の文化学園服飾博物館では「パレスチナの民族衣装」展が3月14日まで開催されています。

聖地エルサレムを囲むパレスチナ地方には、イスラエルとアラブ両民族が政治的、人種的、宗教文化的に厳しい対立を続けている訳ですが、この会場ではヨルダン川西岸とガザ地区に分断されながらも軍事的強国イスラエルにゴリアテに挑むダビデのように礫で戦いを挑んでいるパレスチナの人々の民族衣装が多数展示されています。

アラビアのロレンスを思わせる男性の衣服も興味深いものがありますが、なんといってたっぷりとした着分の生地を贅沢に使い、大きなAラインに造型された女性の色彩豊かなドレスが目を引きます。

ドレスには花や木など自然のモチーフが金の糸などで刺繍されていて、とりわけ胸元に表現されたV字型などの大胆な文様が、エルサレムやラマラ、ガザ、ベツレヘムなど彼女たちの出身地毎のアイデンティティをあざやかに表現しています。

タータンチエックを思わせるこれらの美しい意匠は、先祖代々母から娘に手作業で伝えられ、その地域や部族や家柄の誇り高い象徴であったわけですが、その連綿たる歴史と文化的伝統が、20世紀後半のイスラエルの武断的攻勢と陰険な分断政策によって暴力的に断ち切られつつあることは断腸の思いです。

難民キャンプに追いやられたパレスチナ人たちが、ありあわせの素材と拙い技術でつむいだ貧しいドレスが、そのことを雄弁に物語っているようでした。


♪パレスチナの民族衣装を踏みにじるイスラエルの民の驕り昂ぶり 茫洋

Wednesday, February 03, 2010

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第35回

bowyow megalomania theater vol.1


10月15日 雨

僕は、横浜線のことを考えています。それでお父さんに尋ねました。

お父さんはきのう僕を怒ったので反省して、今日は僕にやさしくしようと努力しているので、それが分かっている僕はお父さんに協力してあげようと思ったのです。

「いま横浜線、新しい?」

「新しいよ。JR東日本の横浜線は、新しいジェラルミン車だよ。質問はそれで終わり?」

「それでおしまいです」

僕はしばらくしてから「レコード芸術」を読んでいるお父さんにまた質問しました。

「横浜線はどこからどこまで走ってるの?」

「えーと、大船から八王子だよ」

「横浜線、新型だけ走ってるの?」

「うん、そうだよ。岳君、横浜線好き?」

「大好き」

「じゃあ横浜線の新型と旧型とどっちが好き?」

「両方好きです」

「ほんとう?」

「ほんとうです」

「新型と旧型とどこが似てるの?」

「黄色いのが」

「どこが黄色いの?」

「ここが黄色いの」
と言いながら僕は胸を指差しました。


♪電池寿命測定器の寿命も電池が支えているんだ 茫洋

梟が鳴く森で 第1部うつろい 第34回

bowyow megalomania theater vol.1

10月14日 曇

「岳、うるさい! いいかげんにしろ!」と、お父さんが怒鳴りました。

「バカヤロー!」と3回怒鳴りました。

お父さんは嫌いです。僕を怒るから大嫌いです。
「旧型の山手線は、お払い箱ですか?」と尋ねただけなのに、いきなり怒鳴るお父さんなんか死んでしまえ。僕はお父さんなんか大嫌いです。

ウグイス色の103系統の山手線はいまごろどこを走っているんだろう?



♪90爺マーチを駆って高速逆走 茫洋

Monday, February 01, 2010

アバドの「マーラーの7番」を視聴する

♪音楽千夜一夜第107回

2005年の8月、スイスのルツエルン音楽祭で同管弦楽団を指揮したマーラーの第7交響曲のビデオを視聴しました。

画面を見て驚くのはミラノの孤鷹クラウディオ・アバドの病み上がりの痩身といしだあゆみに匹敵するまるで骸骨のような顔容。しかし、ようやく癌の治療を終え、古巣のベルリンフィルを辞して、新天地に羽ばたく中老のマエストロの死から生への帰還のよろこびが爆発したような力強い演奏です。

オーケストラはベルリンフィルを主体に世界各地からアバドの人柄と音楽を慕ってはせ参じた寄せ集め部隊ですが、ザビーネ・マイヤーのクラリネットをはじめ、世界でも指折りの超一流音楽家集団の演奏だけに、そのテクニックの鮮やかさは抜群で、この大作をまるで室内楽の器楽協奏曲のように弾きこなしていきます。

各パートの楽員の乗りのものすごいこと。全員がジャズバンドのように上体をスイングさせ、弾きながら歌っているようです。そしてマーラーならではの難渋で絶対矛盾の自己同一的な総譜が、これほどの名技性と透明性ですみずみまで繊細に照射されたことはかつてなかったのではないでしょうか。特に憂愁と諧謔に満ちた第3楽章の行進曲などは管と管、弦と管との対比がじつに美しく描かれ、この曲の隠された表情の出現に息をのむ思いでした。

第2楽章と第4楽章の小夜曲も同様に素晴らしい出来栄えで、超絶ソロの官能的なまでの愛の交歓に、われら聴衆の耳朶が思わずぼおと紅らむまでに酔いしれたのですが、まてまて、そもそも第7番シンフォニーは、暗闇の中でのたうつ自我の暗転と解脱の秘儀の曲ではなかったか、と思いいたれば、アバドとその1党が自己愛に陶酔しながら奏でるまるで地中海の真昼の太陽を思わせる白熱の輝きがどうにも不可解なものに思われて来るのも事実です。

引き続いて、夜の苦悩ならぬ1点も陰りのない真昼の歓喜が朗々と歌い継がれる第5楽章のコーダの大爆発を耳にすると、はたしてこれがマーラーの内面の魂の音楽なのか、やはりクレンペラーやバーンスタインの暗鬱な解釈の方が正統的なのではあるまいか、とほとほと謎と悩みの尽きない世紀の大演奏でありました。

♪これぞ冥途の土産死に損ないアバドが死の音楽を歓喜の歌にすり替えたり 茫洋

「小沢チルドレン」は何をしている

バガテルop120

先日の朝日新聞に「新人黙らす小沢5原則」という民社党関連の記事がでていました。昨年の総選挙で当選した民主党の新人143人が小沢や鳩山の醜いスキャンダルに全員が貝になって沈黙を守っている問題について論じています。

なんでも小沢学校に属する彼らは、まるで小学生のように10班に分かれて徹底的に管理・統率されているらしいのです。班長は中堅の国対副委員長たちで、国会内での朝礼(山岡国対委員長)を終えると各班に分かれてミーティングに移り、おもむろに本会議や予算委員会に出撃してやじを飛ばすのだそうです。

小沢学校の新人教育5つの掟は、1)「横並び」で党内秩序維持、2)党内の出来事はすべて班長に報告せよ、3)政府の要職につくべからず、4)テレビに出て目立つべからず、5)地元回りはこまめに、だそうです、これらはすべて小沢校長の方針だというから開いた口がふさがりません。君たちはチイチイパッパの幼稚園児か? と言いたくなります。

小沢学校を登校拒否して、あまでうす校長が唱えるように、1)党内秩序など完全に無視して、2)党内スパイの汚名を返上し、3)どんどん政府の要職を奪い取り、5)じゃんじゃんマスコミに出て己を主張し、6)地元回りなどはいっさいやめて朝から晩まで天下国家を論じてほしいものです。

選挙民は小沢とか鳩山のような手あかのつきまくった旧人よりは、しがらみのない新人に期待して票を投じたはずなのに、彼ら「期待の明星」が、福田、田中、横粂などのフレッシュマンともども、光のささない座敷牢に閉じ込められ、言論や行動の自由を奪われて、自民党の金脈政治にまみれた老獪な政治ゴロの言いなりになっている姿は「情けない」の一語に尽きます。

どれほど小沢の世話になったかしらないが、君たちが議員になれたのは、小沢の「生活第一」なぞという訳のわからぬツイッターを、選挙民が真に受けたからではありません。腐敗堕落の極に達した自民公明政治に鉄槌を下して、「ともかく政権交代させよう!」という圧倒的な民意の嵐が吹きまくった結果にすぎないのです。

小沢の言う通りに地元を地道に歩いたから見事当選したのではなく、民意があなたを当選させたのです。世間では小沢が選挙のプロであると評されているようですが、総選挙の選対が小沢以外の誰であっても、しゃらくさい選挙技術が皆無でも、民主党は勝利していたでしょう。むしろダーティなイメージが強い小沢がいなかったほうが、もっと数多くの得票を獲得していたにちがいありません。 

それを偉そうに己の手柄のようにして新人を私物化する小沢も小沢ですが、借りてきた猫のように言いなりになる新人諸君の責任は重大です。こんな右翼系体育会か帝国陸軍初年兵まがいのあほらしい新人教育5つの掟を一日も早く返上して、党内にふつうの民主主義を早急に確立してほしいのです。

私があえて1票を投じた元鎌倉市議、逗子市長の長島選手にも、同じ神奈川県の小泉選手のように、もっと自由闊達に言いたいことを言ってもらいたいのです。

現在の「小鳩民主党」は、金と政治や基地問題などで予想通り混迷を深めており、このままでは失速破綻して参院選でも民衆の大いなるしっぺ返しに遭遇し、思いがけない敗北を余儀なくされるでしょうが、そんなことはわが国の政治にとって2の次、3の次。そんな些事より、言論の自由のない政党に、輝かしい未来などこれっぽっちもないのです。



♪物言えば唇寒し民社党 茫洋