♪音楽千夜一夜第108回
2009年5月28日にドイツのゲッティンゲンで行われたヘンデルのオペラ「アドメート」の公演をビデオで見ました。「音楽の母」と称されるゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルの没後250年に当たるヘンデル・イヤーのこの年は、世界各地でヘンデルを記念するイベントや演奏会が企画されましたが、これもその記念行事のひとつでした。
「ゲッティンゲン国際ヘンデル音楽祭」は1920年に開始されたフェスティバルで、 古楽の音楽祭としては現在最も長く続いている音楽祭だそうですが、今回の ヘンデル・イヤーに選ばれたのがんだ歌劇「アドメート」でした。これは1727年にロンドンで初演されたヘンデル42歳の年のオペラで、 ギリシア神話に題材を採る瀕死の王アドメートとその妃アルチェステの物語です。 かつてはしばしば上演され、人気を博したそうですが、現在ではほとんど上演の機会のない珍しい作品なのだそうです。
演出は映画監督・ドリス・デリエという知らない女性です。なんでも日本文化に深く共感し、小津安二郎の影響のもとで監督した作品「HANAMI ―花見―」(2007) がベルリン映画祭でも注目されたそうですが、 今回の「アドメート」でも「HANAMI」で共演した日本人ダンサー遠藤公義を振り付けとソロダンスに起用し、和洋折衷の奇妙奇天烈な演出世界を粛々と展開しました。
ヘンデルが描いたのはトロイア戦争後のギリシアのさる王国の宮廷の恋のさや当ての物語なのですが、国王アドメート、王妃アルチェステ、トロイの王女アンティゴナをはじめ出演者の全員が、なんと日本の江戸時代?の武将や花魁の装束で登場します。
瀕死の国王の一命を救うために犠牲となって自害した王妃を黄泉の国まで救出にむかうエルコーレ(ヘラクレス)などは、な、なんと相撲取りの格好をしていて、こいつが器用に四股を踏んだり、今は亡き朝青龍の土俵入りのしぐさまでやってのけるのです。
はじめはあまりの荒唐無稽さにあんぐりと口を開けて眺めていた私でしたが、無国籍風ジャポニスムと切れ味の良いモダンバレエ、色鮮やかな照明、そしてニコラス・マギーガン率いるゲッティンゲン音楽祭管弦楽団の快調な劇伴にいざなわれて、気がつけば3時間になんなんとする長丁場を居眠りもせず気持ちよく鑑賞することができたのでした。
ヘンデルの音楽はバッハと違って音楽語法が単純明快なので、聞く人を退屈させずに終曲までなだれこむためには相当の手練を要しますが、私がはじめて耳にするこの指揮者とオケは、かなり上手にその難事業を乗り切ることに成功していたと思います。
もっとも最高のヘンデル演奏においては、まるで高級なミニマルミュージックの演奏に遭遇したときのような興奮と催眠、そして見神効果にまでまきこまれることがあるのですが、彼らはその至高の境地にはまだ遠く及ばないようです。
配役と歌手は以下の通りですが、いずれも「中の上」ないし「上の下」クラスのひとたちでした。
アドメート:ティム・ミード、アルチェステ:マリー・アーネット、アンティゴナ:キルステン・ブレイズ、トラジメーデ:デーヴィッド・ベイツ、オリンド:アンドルー・ラドリー、エルコーレ:ウィリアム・バーガー、メラスペ:ウォルフ・マティアス・フリードリヒ
我よりも若き人死ぬる日よわが過ぎ越しの無様を恥ずる 茫洋
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