Thursday, March 04, 2010

塚原琢哉写真展「シレジア」を見て

茫洋物見遊山記第17回

シレジアというのはポーランドの地名です。かつてこの地方には、19世紀の終わりから20世紀の終わりごろまで、欧州の重化学工業を支える巨大な炭坑がありました。しかしシレジアは、現在ではわが国の三井三池と同様、生産施設も工場も住宅も誰ひとり訪れることもない見捨てられた廃墟となっています。

塚原琢哉がレンズを向けたのはその第1次産業と労働運動のかつての栄光の拠点でした。しかし黄昏の光にセピア色に照らし出された作業塔やコンベアや事務所や集会場や職員住宅には過去へのノスタルジーは感じられません。不在の労働者たちへの懐旧や悲嘆の情も皆無です。それらはいまはやりの建築遺産などでは断じてなく、時空を超えた物質それ自体なのです。かつて己をつくった人間からは遠く離れて、ただ一個の物として屹立している物たちを眺めていると、「物の生命は人間よりも長い」という不滅の真理を、ここでもまた思い出さないわけにはいかないのでした。

なお本展は今月いっぱい東京工芸大学写大ギャラリーで開かれていて、来る3月6日にはフォトグラファー自身によるギャラリートークもあるようです。


 ♪人よりも物の命は長ければ物に過ぎぬと驕るなかれ人 茫洋

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