闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.26
名匠ジョン・フォードが監督したこの映画の原題は「How Green Was My Valley」です。
直訳すれば「私の谷はなんと緑色だったことよ!」という意味なのでしょうが、これを
「わが谷は緑なりき」とさらりと文語体で言い表したところが見事です。「ここに泉あり」と並ぶ名ネーミングではないでしょうか。
しかし、かつては豊かな自然に恵まれていたという英国ウエールズ地方の美しい谷間は、ほとんど顔を出しません。その谷底に生きるモーガン一家をはじめとする労働者たち、そして彼らに生活の糧を与え、彼らの暮らしを支えるとともに時として彼らの命を奪う谷底の下の炭坑そのもの、最後に全編を彩るウエールズの民衆の合唱が、この映画の主人公なのです。
そこで描かれるのは育ちゆく多感な少年の内面、男と女の宿命の恋と悲劇、貧しい家族同士や近隣、友人たちの間の友愛の絆とその断裂、労働者同志の連帯と対立、家族炭坑主と労働者たちとの階級的対決、正義感やプライドを持ちながらも信仰心薄く品性下劣な民衆の複雑怪奇な心根ですが、ウエールズではないもののアイルランド出身のジョン・フォード監督は、あたかもそこが自分の故郷であるかのように、この谷間に生きる人々の清濁を併せ呑むように、すべての喜怒哀楽に対していつくしみを懐きながら、美しい白黒の映像を繰り出します。
主演は少年ヒューを演じたロディ・マクドウオール、少年の姉でヒロインを演じたモーリン・オハラ、その恋人役の牧師を演じたウオルター・ピジョンなどですが、ウキペデアによれば、当時あんなにかわいらしかったロディ・マクドウオールは、後年「猿の惑星」でコーネリアス博士を演じたというので驚きました。そして清純な美貌を誇ったモーリン・オハラは当年とって90歳でまだ存命だというのですから、これまたびっくりです。
さらにウキペデアには、長男のイヴォールの妻であるブローウィン役のアンナ・リーが撮影当時妊娠していたのにフォードはそのことを知らずに、彼女を階段から転げ落ちるシーンを撮影したために流産させ、生涯このことを悔やんだと書かれているのですが、私が見たNHKの映像にはこのくだりは登場しませんでした。
思うに例によって2時間を超える長尺物をつくってしまったフォードのオリジナルを、20世紀フォックスの帝王と称されたこの映画のプロデューサー、ダリル・F・ザナックが自分でずたずたにカットしたに違いありません。
♪梅の花花との間に萼ありて 茫洋
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