Sunday, March 07, 2010

ビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.25

まず原題は確か「アパートメント」というのですが、これを「アパートの鍵貸します」とした宣伝マンは偉い。こっちのほうが事の本質をとらえています。
それから誰もがいうように、名優ジャック・レモンとシャリー・マクレーンの持ち味をフルに生かしきった名匠ビリー・ワールダーの演出の冴えは見事です。

私が勝手に思うのには、演出は指揮と同じで、思い切って速くするかうんとテンポを遅くすると効果的です。中途半端がいちばんつまらない。
例えばワイルダーやジョンフォードやトリュフォーは、トスカニーニに似て物語をキビキビ進行させ、観客に生理的な快感を与えます。小津はその正反対で、私の大好きなチエリビダッケのように些細なデテールの描写に時間をたっぷりかけるのですが、そこから普段は見えない世界が見えてくる。いわば映像と音響のミクロの決死圏ですね。

さて、この映画の冒頭は主人公が勤務する生命保険会社で、巨大なオフィス空間に大勢の社員たちが整然と並んでいます。それはアメリカ資本主義特有のテーラーシステムが猛威をふるう非人間的な管理体制を象徴しているようですが、物語はそういうカフカの「審判」的状況を踏まえながらも、この会社資本主義のアホらしさを漫画批評的に描き出すことによって笑い飛ばし、最後は等身大の愛のある生活を取り戻した恋人たちにフォーカスを当てて、ワイルダー一流の「泣き笑い人生の応援歌」をララバイしながら閉幕するのです。

酒も涙も温かい……アメリカの古く良き理想主義なるものが、まだマンハッタンのそこここに確かに存在していた時代の懐かしい置き土産といってもよい映画ではないでしょうか。


♪古き良きアメリカの黄金時代二度と帰らず 茫洋

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