Showing posts with label エッセイ 映画 アメリカ ハリウッド. Show all posts
Showing posts with label エッセイ 映画 アメリカ ハリウッド. Show all posts

Sunday, April 01, 2012

エドマンド・グールディング監督の「グランド・ホテル」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.218

1932年に製作された史上初めてのグランド・ホテル形式による映画。同じ場所に集う多くの人々の諸相を同時進行でスケッチしていく手法が、新しいドラマチックな興奮を生みだした。

従業員を奴隷視する強欲社長やその被害者で余命いくばくもないその企業の社員(ライオネル・バリモア)、泥棒や詐欺で世を渡っている女殺しの「男爵」(ジョン・バリモア)など興味深い人物が次々に登場するが、なんといってもロシアの有名バレリーナ役のグレタ・ガルボの美貌にとどめをさす。社長の秘書役でジョーン・クロフォードは完全な引き立て役に終わってしまった。

ガルボの前にガルボなく、ガルボの後ガルボなし。げにこの人こそ、古今音東西世界第一の大スタアであろう。


朝な夕な母と息子と余に尽くす野菊の如く可憐なる妻 蝶人

Thursday, March 29, 2012

ローレンス・カスダン監督の「シルバラード」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.216


 大リーグの開幕戦が行われているのを忘れて録画した映画を観ていたら、なんとイチローが4安打もしていたのだった! 

で、見たのはどういう映画だったかというと、役者だけはケヴィン・クラインやケヴィン・コスナー、スコット・グレン、猿の惑星のリンダ・ハント、ちょっと可愛いロザンナ・アークエットなども出演する一九八五年製作の西部劇なのだが、プロットも演出もどうしようもない駄作であった。嗚呼!

昔「日曜映画劇場」というテレビ番組があって、亡き淀川長治さんが解説を務めておられたが、その大半が下らない映画ばかりなので、最大の見どころ聞き所は、それでもなお映画を熱愛する彼がどこを褒めるか。という一点にあったことをはしなくも思い出した。

思うにヨドチョウさんなら、本作品たったひとつの美点である撮影監督のキャメラワークを褒めるに違いない。ジョン・ベイリーがロケ地サンタフェで切り取った馬と風景は、近来稀にみる美しさなのであった。


春蘭はきっと咲いているでしょう妻と見にゆく朝比奈峠 蝶人

Saturday, March 03, 2012

マイク・ニコルズ監督の「ワーキング・ガール」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.211&勝手に建築観光第48回&ふぁっちょん幻論第68回


1988年公開のアメリカ・キャリアウーマン格闘物語であります。

メラニー・グリフィス扮する低学歴のウオール街のオフィスガールが、上司のシガニー・ウイーバーの陰謀をハリソン・フォードと結託して打ち破り鼻をあかすという他愛もないサクセウスストーリーだが、この頃はまだ国や個人の未来の成長への夢があったことに驚かされる。

ドラマの内容はともかく、今は亡き世界貿易センタービルの威容や、バブルが沸騰するアメリカの女性のビジネス環境とファッション&ライフスタイルを懐かしく回顧することができる。

メラニー・グリフィスなどの一般職は、ど派手なメイク、クジャクが羽をおっぴろげたようなカーリーヘア、肩パッドの入ったビッグシルエットのジャケットという出で立ちだが、一流大学出役のシガニー・ウイーバーはショートヘア、シンプルなアルマーニ風スーツでびっしっと決めているのが興味深い。

 また世界貿易センタービルは、インド・イスラム建築を代表するタージ・マハール寺院の立柱にインスパイアーされた日系アメリカ人ミノル・ヤマサキによって設計されたが、その名建築が、この映画が撮影された5年後に狂信的なイスラム教徒のよって爆破された。アジアの知性がアングロサクソンに注ぎ込んだイスラムの叡智が、同じイスラムの憎悪に燃える血に因って解体されたことは、もっと興味深い歴史の皮肉である。


イスラムの文化遺産の末裔をイスラムびとが自爆させたり 蝶人

Saturday, February 25, 2012

フランクリン・シャフナー監督の「パットン大戦車軍団」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.206

ジョージ・スコットが獅子奮迅の大活躍見せる第2次大戦のアメリカ陸軍大将軍物語です。

主人公の名前であり、この映画の原題でもあるパットンという将軍は典型的な体育会系の軍人で、戦争が大好き、戦史が大好きという風変わりな人物である。叩き上げの苛烈な軍人であるのみならず、カエサルやナポレオン、ライバルのロンメルの戦術論や戦闘記録も研究している立派な武人なのだが、惜しむらくは大局観と心身の冷静なバランスに欠け、一時の激情に駆られて取り返しのつかない軽挙妄動を引き起こすドンキホーテのような人物であったそうです。

彼はせっかくロンメル軍団をやっつけてイタリア戦線で赫赫たる成果を収めたというのに、野戦病院に収容されていた神経衰弱の兵士を腰ぬけ仮病人と罵って殴打したために左遷されるが、アイゼンハウアーの推盤でまた前線に再登場し、かつての部下であったブラッドレーの指揮下に入って欧州戦線でまたもや奇跡の大作戦を敢行します。

ともかくやたら好戦的で弱者への配慮どころか虐待を躊躇しない最低の人間ですが、東洋的な輪廻転生を信じ、おのれカルタゴのハンニバルの生まれ変わりと信じていたのは面白い。この映画では主演のスコットがまるでパットンの生まれ変わりのような名演技を披露しています。


カラヤンの濡れ手に粟のレガートの濡れ羽の色の気色わるさよ 蝶人

Monday, February 20, 2012

ジョージ・スティーブンス監督の「ジャイアンツ」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.203

1956年に製作されたハリウッド映画の大作で、麗しのリズ・テーラーと岩のように頑丈なロック・ハドソン、そして本作を一期に泉下の人となったジェームズ・ディーンが競演しています。

人種差別を時代に先駆けて鋭く摘発したこの映画最大の見どころは、牧場王ハドソンに仕えるしがない農奴から一躍アメリカ西部を代表する石油王に躍り出たジェームズ・ディーンの嵐の中の大パーティ。ではなくて、小さなエピソードのように描かれているハドソン対バーガーインの頑固親父の人種偏見をめぐる乱闘で、溺愛する息子デニス・ホッパー。ではなくて、その妻のメキシコ人のために老体に鞭打って徹底的に殴り合うロック・ハドソンの姿と、そんな彼を熱愛するリズの夫婦愛は感動的なものがあります。

改めて鑑賞していて気がついたのは「陽のあたる場所」や「シエーン」の監督であるジョージ・スティーブンスの巧みな演出で、これによって2人の凡優の存在が見事に造形されたのでしょう。ちなみに原題は時代に抗して力強く生き抜く巨大な男ロック・ハドソンを意味する「GIANT」で邦題の「ジャイアンツ」は間違い。これでは日本プロ野球最大ののアホ馬鹿巨悪球団名になってしまう。

なおこの作品の撮影直後に急死してしまうジェームズ・ディーンは、直前の2作品に比べると背伸びした空回りの演技が目につきますが、長生きすればきっと米国を代表する名優になったことでしょう。


からくも冥界から蘇り宝石耀く朝を迎えし哉 蝶人

Thursday, February 16, 2012

ヴィンセント・ミネリ監督の「花嫁の父」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.202

私の大好きなスペンサー・トレーシーが主演する1950年ハリウッド製作のどたばたコメディです。

長年にわたって私財を蓄えてきた弁護士が、目に入れても痛くない愛娘エリザベス・テーラーが突然結婚すると言いだして連れてきた青年にパニックとなり、はじめは反対したり、次には簡素な式を、などと注文をつけていますが、娘と妻の連合軍のペースにはまってどんどん大規模かつ物入りの挙式となり、挙句に来場者で溢れかえったホームパーティの会場で娘と別れの挨拶も出来ないままに新婚旅行に旅立ってしまいます。

映画はそのランチキパーテーが終わってへたりこむ回想シーンから始まるのですが、「男は出て行って戻らないが女の子はいつまでも家にいる」と言って、初老なれどまだそれなりに若く、美しい細君とダンスを踊るラストが心に沁みます。

それにしても当時のアメリカでは、挙式費用は全部新郎側が負担したのでしょうか? わたしんときは確か折半でしたけど。

横須賀の歯医者へ行けば何か出来ると思いきや一句も詠めずただ痛いだけ 蝶人

Tuesday, February 14, 2012

スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.201

1989年製作のシリーズ第3作では、お馴染みハリソンフォードのジュニア時代役に急死したリバー・フェニックス、父親役にショーンコネリーが出演して一層のお楽しみ度を加えた。

ジェフリー・ボームによる脚本は、私にはなんの興味もないキリスト教の聖杯伝説にのっかった安直なナチス対決冒険譚であるが、冒頭ベネチアの図書館の地下に美女とスーツ姿で潜入して早速鼠や蛇や蠍に遭遇したり騎士の墓を見つけたり、ナチに追われて石油が燃える水面を潜ったり危機一髪一気呵成のローラーゲームに引きずりこむスピルバーグ一流のストーリー展開はめざましいものがある。

例によって例に終わるこの出来レースの中で出色の存在は紅一点、ナチの女マタハリ、ボンドガールならぬインディガール役を演じる理知的にして妖艶なるアリソン・ドウーディ選手。仕事のためにはなんとインディ・ジョーンズ親子丼を美味しく食べてしまうという積極性を示すのですからたまりません。

あとは例によって聖杯が隠されている神殿におけるナチスとの争奪戦やらミイラやら老騎士やら大崩壊やらなんやかやで、息もつかさずにラストまで引っ張ってゆきまする。


遺産処分のため3333万円差し上げますてふメール連日来る三井香奈子そも何者 蝶人

Monday, February 13, 2012

スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ魔宮の伝説」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.200

上海のマフィアとのトラブルがインドに飛び、飛行機から命からがら脱出したり、例によって大蛇子蛇に絡みつかれたり、狂信的な邪教の徒に命を狙われたり、超高速トロッコで逃れたり、東洋少年が大活躍したり、霊験あらたかな石を持ち帰って部族の長に感激感動を与えたりするので、結局は勧善懲悪の素晴らしい映画なのだろう。

スピルバーグはこの映画のヒロイン、ケイト・キャプショーと撮影直後に結婚したそうだが、ふーんこういうタイプが好きなんだと分かってしまう映画でもある。ともかくこの監督の面白冒険活劇趣味とそれゆえの低俗さを物語る超娯楽大作です。


温かき布団に包まれ寝た夜に南太平洋複葉郵便機のパイロットになりし夢見る 蝶人

Tuesday, February 07, 2012

コスタ・ガヴラス監督の「ミッシング」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.198

1973年に米国が軍部と結託して南米チリのアジェンダ政権をクーデターで圧殺して事件の内幕物。行方不明になった息子を案じて現地にやって来た保守的な父親が嫁と一緒に捜索するうちに米国大使館の陰謀に気づき、次第に事の真相に肉薄していく。

結局息子は米国の同意の元でチリ軍に虐殺されていたのであるが、無数の犠牲者が血まみれで横たわるサッカー場を2人が一人一人確認する場面は凄絶そのもの。おそらくこの映画が暗示するような問答無用の拉致、逮捕、拷問、処刑、殺戮が全土で繰り広げられたに違いない。

恐るべき国家犯罪の犠牲者となった息子のために父親は「われわれは、ひとつの国がその国民が無責任なせいで、共産主義化するのを無為に見ている必要はない」と述べたと言われるキッシンジャー大統領補佐官以下の政治家を訴えるのだが、結局彼らを裁くことはできなかった。

ジャック・レモンとシシー・スペイセクの渋い演技が心に残る。昔この映画の撮影監督に巴里に来たら遊びに来給えと言って名刺を貰ったがとうとう行かなかった。というのはやはり同じことを言われてノコノコ出かけた「エマニュエル夫人」のフランシス・ジャコベッティという監督が、若いスタイリストの尻ばかりを追っかけていて東洋人のわたしにつれない対応をしたからである。


ただひとりバーキン乗せてエアフラは放射能の島に舞い降りたり 蝶人

Monday, February 06, 2012

ルネ・クレマン監督の「海の牙」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.197

第2次大戦末期の北海を舞台に、あくまでも第3帝国の勝利を目指す人々のUボートの中での戦いと離反を名匠が最後までスリルとサスペンスを保ちながら演出しています。

敗色濃厚のスエーデンのオスロ港から南米脱出を図る潜水艦に乗り合わせたのはナチスドイツの将軍やゲシュタポ、ムソリーニ支持のイタリア財界人夫妻やノルウエーの学者と娘、途中で誘拐されたフランス人の医師(アンリ・ヴィダル)たち等の国際色豊かな顔ぶれが興味深い。呉越同舟の呪われた敵味方を乗せたUボート内部の息詰まる人間関係と最後の対決がみものだが、将軍の妾に扮したフロランス・マルリーが妖艶。

たった一人で潜水艦に取り残された医師が米軍によって救助され、1947年製作のこの映画のネタを執筆するという筋立てになっているが、いずれにしても潜水艦が登場する映画はすべて面白い。

一匹の山猫となりて巣に潜む 蝶人

Sunday, February 05, 2012

ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ベリッシマ」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.196

戦後間もない1951年製作の巨匠の初期の作品。チネチッタが映画に出演させる少女をローマ市内で公募したので、主人公の母親が愛娘を女優にしてやろうとなけなしのお金をはたいて懸命に奮闘する。

コネを作ってやると称するいんちきな青年に新居の建築資金をだまし取られたり、なぜか求愛されたり、夫に怒鳴られたりと、まるでリエママのように涙ぐましく滑稽などドタバタ劇が続くが、どういう風の吹きまわしか最終候補に勝ち残り一躍トップスターへの道が開かれるはずだったのに、それが娘の本当の仕合わせにならないと知ったイタリアのタレントママ第1号は、正気にたちもどって巨額の契約金を拒否するのでした。めでたし、めでたし!?

されど母も娘も美しい(ベリッシマ)が、あれだけ苦労した役をどぶに捨てるとはなんだかもったいない話じゃないか、という気がしないでもない。母親役のアンナ・マニャーニが強烈な存在感を発揮して今夜の夢に出てきそう。


マレーシアと中国の女子学生に「日本人なんかに負けるな」と就活アドバイスしている微妙なわたし 蝶人

Tuesday, January 31, 2012

エリア・カザン監督の「紳士協定」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.195

監督がエリア・カザン、プロデューサーはダリル・ザナック、主演がグレゴリー・ペックというハリウッド映画史上最強の黄金コンビによる堂々たるユダヤ擁護映画である。

すぐる大戦の前から私たちの先輩が故なく同じアジアの同胞をチャンコロとかチョウセンジンなどと嘲罵して故なき優越化に耽ったように、碧眼紅毛どもは短足黄班の私共をジャップと故なく蔑んだ。穢多非民部落民ユダヤ人アイヌイヌイットその他もろもろを問わず世界中で階級階層民族差別は古くから存在し、そしていまなお存続しているのである。

さうしてこの差別の真因がどこにあるのかは、その不条理を完膚なきまでに解剖し尽くしたこの映画を観終わっても、まだしかとは把握できない。非ユダヤの身でユダヤ人になりかわってその隠微な差別の根の深さを体験したグレゴリー・ペックのように、私たちも一生に何回かは民族や身分や地位を舞台衣装のように脱ぎ着できたら差月史観を肉体的に相対視できてよろしかろうが、眼前の人生劇場がそれほどドラマ仕立てに出来ていないのがまことに残念である。

新聞記者のペックの恋人が映画の最後でようやくおのが人種差別の当事者であったことに遅まきながら気がついてその差別に反対する行動を取るに至り、ついに価値観を共有するにいたった恋人がひしと抱き合うところで本作は終わるが、このいかにもヒューマニズムと理想主義の残滓芬芬たるカザンらしいエンディングを「甘い甘い」とせせら笑いながらも、かの鬼のザナックはフィルムに鋏を入れなかったのである。

ペックの恋人役のドロシー・マクガイアはつまらないが、母親役のアン・リヴィアの風貌が忘れ難い。この映画を観終わった私は、わが国が生んだ一代の梟雄豊臣秀吉が尾張名古屋の村落のしがない針売りであったことをはしなくも思い出した。

Wednesday, January 25, 2012

アンソニー・マン監督の「シマロン」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.191

珍しやグレン・フォードとマリア・シェルをフーチャーし一風変わった西部劇。1931年版を1960年にリメイクしたものである。

開発途上のアメリカ・オクラホマ州などでは「ランズ・ラン」という名の早い者勝ちの土地獲得競争が行われたそうな。一獲千金を夢見る全米の老若男女やアウトローや喰いつめ者が号令一発せいので荒野に飛び出していくのであるが、新婚早々のグレンとマリアもその一員。新聞社を作ってこの地に基盤を築いたが生来の冒険心を自制できないグレンは平穏な生活を求める妻子を顧みず各地を放浪していたが、ようやく帰省して知事に任命されることになる。

しかしそれが先住民の自立を妨げ開発のお先棒担ぎへの加担を意味すると知ったグレンは潔く名誉あるポストを投げ出したが、マリアは怒り狂って夫と絶縁。やがて11年の歳月が流れてマリアは新聞社を大成功に導いたが、その時グレンの最初で最後のラブレターと共に、英国女王からの訃報が届くのだった。

波乱万丈の冒険野郎の生涯と米国の開拓史をシンクロさせて描く壮大なスケールが見もの。とりわけシマロンの時代にさきがけた公民権運動が印象に残る。

病院に行けば病の人ばかり病ならずとも病みし心地す 蝶人

Monday, January 23, 2012

ジーン・ケリー&スタンリー・ドーネン監督の「雨に唄えば」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.190
恋する男が降りしきる雨のなかを歌って踊るシーンが有名なこの映画だが、もっと印象的なのは主人公が美脚の持ち主シド・チャリシーと繰り広げる息を呑むようなダンスメドレーの連続シーンで、広大なスタジオ狭しと繰り広げられる歌とソロと群舞、照明と場面転換の見事さは、ドナルド・オコーナーのダンスの切れ味と相俟ってこのミュージカル映画に不朽の生命力を吹きこんでいる。

当時さしたるキャリアと技量を持ち合わせていたとも思えないジーン・ケリーとスタンリー・ドーネンがここで展開している演出も、見事な出来栄えで見る度に新しい発見がある。それにしてもジーン・ケリーの相手役の大女優リナ・ラモントを演じたキイキイ声のジーン・ヘイゲンはその後どうなったんだろう?


お父さんドのダブルシャープはレだよとピアノを弾きながら教えてくれました 蝶人

Thursday, January 19, 2012

マイケル・ケイトン・ジョーンズ監督の「ジャッカル」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.188

1997年製作のハリウッド映画です。題名は「ジャッカルの日」をリメイクしたただの「ジャッカル」。その名で呼ばれる物凄い能力を持つ殺し屋が、チエチェンのテログループに大金で雇われて米ロ連合の捜索チームの追及をかわして大統領夫人を暗殺しようとするが……。

いつもは正義の味方のブルース。ウイルスがここでは札付きの殺人鬼に扮してどんどん刃向かう敵を殺していく。米FBIとロシア内務省の要請で牢屋から特別に出してもらったリチャード・ギアがかなり良い線までジャッカルを追い詰めたんだが……。

今日はなぜだか……が多いなあ。……が続く映画です。



なぜ樺太をサハリンなどと言い変える悪辣無法ソ連に奪われし島を 蝶人

Wednesday, January 18, 2012

ロジャー・ドナルドソン監督の「カクテル」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.187

除隊したあとグレイハウンドに乗って一旗揚げようとニュヨークに乗り込んできたトム・クルーズがお勉強を放棄して人気者バーテンダーになる。ジャマイカで運命の女性に出会ったのだが、運命のいたずらで運に見放されもう駄目かと思ったけれど最後に幸運の女神が微笑むという恋と成功のカクテルストーリー。

1988年現在の肩に力の入ったファッションや糞面白くもないダンスミュージックがてんこもり。若い2人を彩るMTⅤみたいな映画です。

師匠役のブライアン・ブラウンと組んで見せるフレアバーテンディングが笑えます。役者の演技はみな未熟、監督の演出も稚拙だがジャマイカのリゾートが出てきて懐かしかった。こういうアホ馬鹿時代はきっともう戻ってこないんだろうな。


リハビリは一生懸命やりなさいけどやってるうちに腱がピシッと切れる時もあると警告されている妻 蝶人

Saturday, January 14, 2012

トマス・ピンチョン著「ヴァインランド」を読んで

照る日曇る日第483回

マイケル・ティルソン・トマス指揮、サンフランシスコ交響楽団演奏会のFM放送を聴きながらこの駄文を書いているところ。ヘンリー・カウエル作曲「シンクロニー」の演奏が終わって、今度はクリスティアン・テツラフの独奏によるアルバンベルクのバイオリン協奏曲が始まったが、クールなくせに甘い素敵な演奏だ。いかにもサンフランシスコらしい渋い味を出している。

この小説の舞台は、その北米の都市の北に想定された古き良き時代の架空の街である。この逃げた女房に未練たらたらの子連れの住民ゾイドが、生活保護金めあてにショップのショーウインドウに突撃する1984年夏のシーンから始まって、物語は彼らが黄金色の革命伝説に青春を燃やした60年代、その幻想が露と消えたニクソンの70年代、国家主義が肥大してゆくレーガンの80年代を、その胸奥の苦い記憶を断ち切ろうとするかのように怒涛のように回想し、またしても酒歌女マリファナ乱交の悪夢を再来させながら、LAからハワイ、東京からヴェトナム、メキシコからハリウッド、ラスヴェガス、そしてまたヴァインランドへと登場人物たちを遍歴させ、ひと度は幻視した世界がよみがえる美しい夢を、自虐的に再生しようと虚しくも試みている。らしい。

 醜悪な現実が犯した途方もない愚行を、作者はおのれの大脳前頭葉が全面展開させたこれまた途方もない壮大な虚構と対比させ、「さあどっちが真実だ。ほらほらこっちの方がほんまもんの正史じゃろが」とすごんでみせているようだ。

ふと気が付けば、マイケルとサンフランシスコ響はベト5の太鼓を狂ったように乱打しているぜ。


全ての国に一個ずつ原爆与えてその直後一斉廃棄すればどうでせう 蝶人

Wednesday, January 11, 2012

ジャック・ドレー監督の「フリックストーリー」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.184

アランドロンが1975年に製作・主演した刑事ものサスペンスドラマ。フランスでは国家警察と警視庁の2大警察機構があって昔から仲が悪いそうだが、これは前者に属した実在の刑事が書いた実話を「ボルサリーノ2」の監督が映画化した。

ドロン刑事が追うホシは名優ジャン・ルイ・トランティニャンで、なんでも36件の殺人事件を起こした名うての凶悪犯らしいが、こいつはすぐに拳銃をぶっ放して人殺しをするくせにかっこいい。官僚組織の中でいつも上司のプレッシャーを受けているドロン刑事がいつしか共感を覚えるのも分かるような気がする。

レストランのピアノでピアフの曲を弾いているドロンの恋人役のクローディーヌ・オージェに近づくシーンなどもあやしい緊張感があり、彼女が犯人の眼が優しいと語る箇所もあってこの2人は以前関係があったのではないかという気もしたが、そういうあいまいな演出をしてみせたのであろう。

結局さしもの凶悪犯もドロン刑事の大陰謀にひっかかって捕えられ、死刑に処せられるのだが、全篇に流れるニヒルでアンニュイなモードが好ましい。大取りものとは関係なくキャメラが映し出すパリの街頭や路地やメトロの風景とゆるい時間の流れがかつてのフランス映画の魅力であったが、いまや絶滅に近い希少種となってしまった。ドロンもいつもと違ってあまりカッコつけずに駄目刑事振りを披露していて好感が持てる。


鎌倉の改札口で美しき女性と接吻していた小泉画伯みまかりにけり 蝶人

Wednesday, December 28, 2011

ジェームズ・ブリッジス監督の「チャイナ・シンドローム」を観て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.183


スリーマイル島の、チエルノブイリの、そして東電福島の原発事故を予見した記念碑的な1979年のハリウッド映画である。

ここでは監督のジェームズ・ブリッジスよりもまず製作者兼フリーキャメラマン役で出演のマイケル・ダグラスの先見の名に深甚なる敬意を表したい。

 テレビ局のキャスター役のジェーン・フォンダも珍しく素直に好演しているが、原発を愛しながら原発の安全性と原発会社の秘密隠ぺい体質に疑問を抱いて苦悩するジャック・レモンの演技が素晴らしい。

フォンダやダグラスの外部からの突っ込みに対して、原発会社の身内のレモンがあるときは会社人間の、またあるときは正義と真実を追及する公正な市民の立場のあいだを揺れ動くさまが、見る者の共感をさそう。そもそも原発で喰っている人間がどうして原発を根本的に批判することができようか。それをあえて身体を張ってやろうとする男を観客は手に汗を握って見詰めるのである。

そして次なる原発着工を目前に控え、事故の真相を隠蔽しようと焦るアメリカ東電は、既存の政治権力と結託してスパイ、脅迫、あまつさえ身内の粛清さえ図ろうとするのだが、これって日本東電の醜悪な現況をなんと30年前に予言していたといえないだろうか?


神仏を一縷の望みと頼りけり 蝶人

Tuesday, December 27, 2011

シドニー・ルメット監督の「ネットワーク」を観て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.182

「12人の怒れる男」「狼たちの午後」「評決」のシドニー・ルメットが今年の4月に86歳で死んでいたなんてぜんぜん知らなかったよ。

彼はつとに社会派の巨匠と評価されているようだが、そんなことよりどんな作品でも役者の存在感を最大限に発揮させている点が評価できる。

テレビというメディアの腐敗と堕落を厳しく糾弾したこの作品では、視聴率獲得のためには人殺しさえも辞さないフェイ・ダナウエイーのあざとい魅力、おのれの主客の立場を喪失して狂っていく人気キャスターのピーター・フィンチの異常なペルソナ肥大、老練ウイリアム・ホールデンの死に際に渋い花を咲かせた演出の膂力が素晴らしい。

 そして1976年という時点でテレビと言うメデイアの本質を鋭く洞察したバディ・チャイエフスキーの脚本にも拍手を惜しんではならない。そして俺たちは
 I'm as mad as hell, and I'm not going to take this anymore!
という叫びをもう一度取り戻そうではないか!


喉ちんこ赤く腫れたり午前二時 蝶人