闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.373
ともかく香川京子(おさん)が美しい。さまざまな映画に出演している香川京子であるが、これほど艶にしてきよらかな美しさを見せつけた映画はない。溝口の彼女への愛が、このような世界映画史に刻まれる永遠の美を造型したのであろう。
近松の文楽や浄瑠璃の脚本を踏襲しながら依田義賢が練った川口松太郎の脚本が非常によく出来ている。不義と道行を偶然の所産とし、ラストをあろうことかハッピーエンドにしてしまった近松の原作と比べて、この映画は近代的な自我と愛が主題になっていて、裸馬で刑場に曳かれてゆくおさんと茂兵衛(長谷川一夫)の二人の表情は喜びに満ち、その手はしっかりと繋がれている。
おさんの迷惑になるまいと峠の茶屋から脱出した茂兵衛の後を懸命に追う彼女が倒れると木影に隠れていた茂兵衛がたまらず飛び出してひしと抱き合う長い長いワンシーン・ワンショットにも、演技の本質に肉薄する溝口の真髄が刻み込まれている。
粛々と死に急ぐなり去年今年 蝶人
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