闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.372
新時代の到来にともなうある華族の没落と再生を一夜の華麗な舞踏会を舞台に描いた吉村公三郎と原節子の代表作です。あちこちで演出上の破綻は散見(例えば原の姉と元運転手の関係の急変についてちゃんと描かれていないなど)されるものの、なんといっても新藤兼人の脚本の規矩骨格が折り目正しいためにこの盛りだくさん波瀾万丈の物語はさして破綻することなく最後のうるわしいハッピーエンドに安堵することも出来たのです。
しかしこの映画が見据えているものが階級や身分の差につきまとう差別の問題であることも見逃してはなりません。維新で成り上がった薩長の志士たちやその末裔が享受してきた様々な特権は、そもそも外部から付与された不条理な贈与であるにもかかわらず、彼らはそれがみずからの彼らの人間存在に内在するかけがえのない資産と思いこんできました。
この映画は、剥奪された特権に慌てふためき、長らく軽侮してきた新興勢力の台頭に慄く貴族階級の醜悪な姿を冷酷に活写してもいるのです。
それにしても広大な屋敷の深夜のフロアでタンゴを踊る滝沢修と原節子のすがたのうるわしさよ! ここでは あの名作「Shall we ダンス?」やあの凡作リズ・フリードランナー監督の「レッスン!」ともども、「ダンスが苦悩する人々を心身共に蘇生するという神話がまたしても見事に再現されているのでした。襲いかかる困難に耐え抜いて未だ見ぬ未来をみつめる原節子のアップの素晴らしさも忘れることはできません。
元旦や野望なき男となりにけり 蝶人
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