Saturday, March 20, 2010

平成の隠者、東京をさすらう 川本三郎著「きのふの東京、けふの東京」を読んで

照る日曇る日第334回


川本三郎という人は、嫌なことは、しない、書かない。ただ好きな人とだけ付き合い、好きなことだけをして、好きなことだけを記事にして生活している、と聞いたことがあります。まことにうらやましい平成の隠者、聖賢のような存在ですね。

そんな川本氏がもっとも好むのは東京の東西あちこちの気ままな町歩き。それも高層ビルやキンキラキンの商業施設が建ち並ぶ「街」ではなく、銭湯と居酒屋と古本屋がある昔ながらの庶民的な「町」を選んで歩くのです。

だから本書で主に取り上げられているのは永井荷風が好んだ隅田川を越えた深川や洲崎、三ノ輪浄閑寺、荒川の放水路などですが、川本氏の町歩きのフィールドは東京の全域にまたがっており、両国や神保町、神田、東京、新橋、阿佐谷、新宿なども忘れられてはいません。

それにつけても、荷風の幼馴染井上唖々ゆかりの森下町「山利喜」、小名木川六間掘、大久保湯灌場に杖を引いた荷風散人、その荷風の足跡をたどった野口富士男氏、さらにそれらの先達を慕う川本氏が、今は無き江戸の風景のよすがを求めてさすらう姿を見ていると、現代の読者である私(たち)もまた彼らの驥尾に付して懐古掃苔の旅に出かけたいと願わずにはおられません。

私は「断腸亭日乗」を読んで以来、かつて荷風が通い詰めた新橋の「金兵衛」という一膳飯屋の所在を尋ねていたのですが、本書でそれが汐留交差点角にある天明時代創業の佃煮屋「玉木屋」の近所にあったと初めて知らされ、久しぶりに新橋を訪ねてみたくなりました。

近年大規模な開発が行われたにもかかわらず、あの辺にはまだ江戸時代から続く老舗が残っているようです。


♪東京の明るい廃墟をよろばいつわが胸に浮かぶ江戸の俤 茫洋

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