照る日曇る日第335回
フィッツジエラルドが彼の代表作を書く前に、いわば練習問題のようにすらすら書いた短編小説が5本並んでいます。
村上春樹によれば、彼はみじかいものならだいたい1日で書き飛ばしたというのですが、その切れ味の鋭さといったら芥川も及ばない天才的なもの。とりわけ最後から2番目の「リッツくらい大きなダイアモンド」という作品なぞ、太宰治のストーリーテリングをはるかにしのぐ物語の行方知らずの恐るべき面白さです。
その大半がアメリカの通俗文芸誌向けのよくできた高級娯楽小説ですが、「罪の赦し」だけは一種異様な性格の物語。主人公の少年の「原罪」にまつわる宗教意識や苦悩について、張りつめた緊張感のもとで、重苦しい独白が積み重ねられてゆきます。
この古風なピューリタニズムこそが、後年の酒と女と薔薇の日々の放蕩と自己破壊を早くから準備したフィッツジエラルドの内面の知られざる核だったのです。
♪神を恐れおののく孤独な少年を待ち構えていた酒と薔薇の日々 茫洋
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