Saturday, April 17, 2010

デッカ盤「ヴァイオリン・マスターワークス」を聴いて

♪音楽千夜一夜第129回

これはデッカが総力を挙げて取り組んだヴァイオリン演奏CD35枚組セットです。

アッカルド、アモワイヤル、ジョシュア・ベル、キョン・チョンファ、アルチュール・グリュミオー、ヘンリク・シェリング、ルジェロ・リッチ、ギドン・クレーメル、諏訪内晶子などがバッハからベートーヴェン、モーツアルト、ブラームス、チャイコフスキー、ヴィヴァルディなど古今の名曲を1枚当たり197円で弾き比べるという楽しい趣向ですが、かつて蘭フィリップス・レーベルから発売されていたCDの柔らかく温かな音色がみなデッカの硬質のサウンドに変わっているところにの一抹の寂しさを感じます。

それはさておき、演奏でまず興味深いのはギドン・クレーメルのバッハの無伴奏全曲。さながら鋭利に研ぎ澄ましたる正宗の妖刀で、バッハをバッタバッタと切り倒しながら進んでいく異貌の青眼剣士のごとし。その都度青白い燐光が見え隠れして物凄い。
ヨーヨーマやスターンのようにはどうしても弓馬鹿になり切れない世界浪人インテリゲンチャンの懶惰な悲しみが随所に放散されていて、これは若くして死んだオレグ・カガンの奇跡の名演奏には惜しくも一籌を輸するとはいえ、グリュミオーの超甘美な演奏と並ぶ好演ではないでしょうか。

次はそのグリュミオーによるCD2枚分のアンコール小曲集。この手のものではクライスラーが絶品で、宇宙の神秘と音楽の美の精華を数分の演奏に込めた珠玉の出来栄えにはかないませんが、下手なヴァイオリニストの大曲演奏よりも楽しませてくれます。

聴きごたえがあったのは、シェリングとイングリッド・ヘブラーのモーツアルトのソナタ全曲。モノラルを感じさせない2人の音色は美しさの極み。ハスキルだけがモーツアルトではありません。

圧倒的なオーラで迫るのは、やはり韓国の烈女キョン・チョンファ。サンサーンス、ヴュータン、ショーソンの代表曲を希代の色男シャルル・デュトワと奏でます。チョンファの後窯として同じすけこまし野郎に抱かれ、密かに子をなしたというわが諏訪内晶子チャンも、黒い噂にめげずにブルッフ、サラサーテ、ドボルザークで意外な?好演。
濃厚なチョンファとは対極にある清冽無比な大和撫子の恋の嘆かいを嫋々と歌い上げています。

それにつけても東洋の美女を両手に花とものにした元N響音楽監督が、羨ましくも憎たらしい。

♪昔のあんたはすごかったうれしがらせて泣かせて消えた 茫洋

No comments: