bowyow megalomania theater vol.1
9月27日 雨
昔、昔のこと。
僕が戸塚の子ども病院へ連れて行かれた時のことを思い出しました。
お父さんが、怒り狂っていました。
「俺の仕事が頭を使うから、子どもが自閉症になったんだと! どういうことだ。そもそも頭を使わないで済む仕事なんて世の中にあるのか! イ、イ、インテリゲンチャンの子どもがみな自閉症になるなら、(注1)どうしてお前の子どもも自閉症にならないんだ。え、どうなんだ!」
お母さんは、泣いていました。
「私の育て方が過保護で、そのせいでこの子が自閉症になっただなんて、とんでもないことです。(注2) 私は天地神明に誓って、そんないい加減な子育てをした覚えはありません。お医者さんが、そんな無責任なことを言っていいんですか?」
東大医学部精神科からここへ派遣されている30代のエリート医師は、口から猛烈に唾を撒き散らして怒り狂うお父さんと、泣きじゃくりながら必死に抗議するお母さんに困ってしまって、50代のいかにも偉そうな顔をした先輩医師の方を見やりました。
「まあ自閉症もいろいろありますが、結局は情緒障害(注3)ですから、まずお父さんお母さんの生き方から改めてもらわないとね」
その人を人とも思わぬ言葉に、お父さんは、またしても怒り狂い、お母さんは、また泣きました。泣きながら必死で抗議しました。
大好きなお母さんをこんな目にあわせた奴を、僕はぜったいに許さないぞ。ぜったいに……。くそっ、あんな奴ら、殺してやる。殺してやる……(注4)
注1 今から30年前には、「知的な能力を持つ親から知的障碍児が生まれる」という謬見があった。
注2 親の過保護から自閉症児が生まれるという誤解を当時の東大医学部精神科のアホバカ学者どもがうのみにしていた。
注3 東大医学部のみならず当時の専門家の大半が、自閉症を「脳の中枢神経系の先天的な機能障碍」であると正しく理解せず、「後天的な情緒の障碍」と考えていた。
注4 自閉症児は健常児と違って他者に殺意を懐くことは、ない。したがってこのセリフは物語を面白くするためのフィクションに過ぎない。なお当時の「戸塚子ども病院」は、神奈川県のみならず全国で有数の自閉症専門の病院であったことを思うと、この小説の作者と同じような兇暴な思いに駆られた自閉症児者の親は、多数存在するのではないだろうか。私はあれから30年以上の歳月が経過した現在もなお、この2名とどこかの街道筋で鉢合わせした場合、物理的な実力を行使せずに通り過ぎる自信は、ない。
♪お正月の過ぎてゆくのが早いこと 茫洋
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