Monday, April 09, 2012
ジョン・ヒューストン監督の「黄金」を見て
1948年製作のアメリカ映画で、黄金の欲に取り付かれ常軌を失った貧乏な浮浪者をハンフリー・ボガードが熱演している。
舞台は1920年代のメキシコで一攫千金を狙うアメリカ人の山師がメキシコ人の山賊や軍隊や現地人の目をかいくぐって暗躍するのが見どころである。
ボガードは老齢のヴェテラン、ハワードとたまたま知り合った文無しカーティンの3人組で山奥に入って首尾よく黄金を探しあてたが、その性もっとも不純にして善良な仲間たちに疑心暗鬼を抱き始めるのだが、これはボガードならずともこういう状況では誰もがこうなるのかもしれない。
そんな形で人間心理の魔に迫るジョン・ヒューストン監督の父親ウオルター・ヒューストンが、非常にいい大人の味わいを出している。
櫻見るなんの己が櫻哉 蝶人
Tuesday, March 13, 2012
喜劇映画「トッツィー」と「ミセス・ダウト」を見て
前者は1982年にダスティン・ホフマン主演でシドニー・ポラックが、後者は1993年にロビン・ウイリアムズ主演でクリス・コロンバスが監督した上質のコメディ映画である。
しかしてその共通点は、いずれも主演男優が女装して中年のおばさん役を好演していることで、異性に扮した芸達者な2人のその語り口やヘアメイク、衣装取り替えのどたばた劇は見る者を抱腹絶倒させずにはおかない。とりわけ同じレストランで家族と社長にダブルブッキングしてしまったロビン・ウイリアムズの悪戦苦闘ぶりには思わず手に汗を握らされる。
2番目の共通点は、いずれも主役の男性が恋する2人の女性ジェシカ・ラングとサリー・フィールドへの思いを女性に扮することでしか伝えられないことで、この矛盾がそれぞれのドラマの牽引力になっているのである。
正体がばれた後のラストはいずれも心が晴れるハッピーエンディングとなり、さわやかな観劇感に浸ることができるでありましょう。
古を振り返ることなく歩むべし 蝶人
Friday, March 02, 2012
ジェームズ・ブルックス監督の「恋愛小説家」を見て
流行作家のジャック・ニコルソンが行きつけのレストランのウエイトレス、ヘレン・ハントと『As Good as It Gets』になるという典型的なハリウッドのファッキンアホ馬鹿映画だ。
ハントは確かにちょっと可愛い女優だがこんな演技でアカデミー賞とはちゃんちゃらおかしい。ジェームズ・ブルックスなどという3流の監督の手にかかるとジャック・ニコルソンのような名優ですら気持ちの悪いただのオッサンに変身してしまうのである。ブリュッセウ・グリフォンとかいうちんけなあほ犬もただただウザッタイだけ。
だいたい恋愛小説を書く作家はいても、恋愛小説家など世の中に1人もいないし、こんな奇妙な日本語もまた存在しない。
それなのに、私はこの下らない映画を、それと知らずに2回も見てしまった。おお、なんという人世の無駄だったことか!
恋愛小説家がいるから知事小説家強欲小説家失楽園小説家もいるのだらう 蝶人
Saturday, February 18, 2012
ジョン・アーヴィング著「あの川のほとりで下」を読んで
76歳になる主人公の父親を執拗につけ狙ってきた87歳の元保安官代理は、コルト45の凶弾を胸にぶちこんでついにその黒い宿願を果たすが、58歳の息子であり作家でもある主人公の20口径のウインチエスター銃の3発の散弾を浴びて息の根をとめられ、親の因果が子に報いる因縁の復讐劇はとうとう幕を下ろした。
しかしいかに元警官が冷血漢で、己の愛人を寝取られ、その殺人の濡れ衣を着せられたとはいえ、およそ半世紀に亘ってその憎悪と殺意を持続し、あらゆる困難にもめげずにその復讐を貫徹できるものだろうか? 恐らくその凶悪な暗殺者の悪への暗い情熱は、同伴し続けた作者の内奥にも不気味に蠢めいているのであろう。良きものを大切に育もうとする作者の善き情熱と同じ重さで……。
哀れ我らが主人公は、父親ばかりか最愛の息子も事故で失う。そして父親の親友で主人公の親代わりだった偉大な樵ケッチャムの悲愴な最期、9.11後の母国アメリカを覆い尽くす亡国現象……相次いで襲いかかる死と人世の虚無と無常を、著者はこれでもかこれでもかと描きだす。そう。作者に指摘されるまでもなく、世界は確実に死と滅亡に向かっているのだ。
しかしながら極寒の吹雪の大空から天使が降臨し、絶望の淵に沈む主人公に愛の光を注ぎ入れるささやかな奇跡は、私たちがかつて映画「ガープの世界」の冒頭で見たみどり児のほほえみをただちに連想させ、まるでダンテの「神曲」のように地獄と煉獄をさすらうこの神話的な長編小説が、天国への見果てぬ夢を紡ぐひとの巨人的な幻想の産物であることを思い知るのである。
冬空の下、もういちど物語の素晴らしさを信じ、もういちどそれぞれの「人生の大冒険」を始めよう、と説く作者の孤独なアジテーションが、ボブ・ディランの嗄れ声のように寥々と鳴り響いている。
宙天に孤鳥嘯く冬の朝 蝶人
Thursday, October 27, 2011
ロバート・デ・ニーロ監督の「ブロンクス物語」を見て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.161
1993年製作のハリウッド映画で、デ・ニーロが製作、監督、主演と大活躍しています。
つづめていえばニューヨークのブロンクスを舞台にした、バスの運転手である父親と息子の成長と青春を描く平凡なビルダングスドラマということにあいなりますが、見どころといえばこの地の名物であるマフィアの親分やチンピラ、黒人の恋人をめぐる人種問題などが随所にちりばめられていることでしょうか。
少年の目の前でいきなり人が殺されるようなおっかない環境で、昔のブロンクスはあったのです。
親分に扮するチャズ・バルモンテリは脚本も書いていますが、なかなかいい味を出して死んでいきます。これはデ・ニーロの父親の自伝にもとづいたお話ではないかという気もするのですが、はるばるイタリアから流れてきて漂着したブロンクスへの愛情と執着がラストでじわじわと湧きおこって来るローカルな味わいには、なかなか捨てがたいものがあります。
誰にも、ふるさともしくは第二のふるさとはあるのでしょう。
「だ」は男性的攻撃的「です」は女性的受容的あら不思議 蝶人
Thursday, August 18, 2011
マイケル・カーチス監督の「カサブランカ」を観て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.141
1942年製作のアメリカの、というよりは全連合国側共同製作の反ナチス宣伝映画です。基本的にはこの頃キャプラが作っていた打倒枢軸国の国策映画とおなじラインにのっかっているプロパガンダムービーですから、芸術文芸のレベルで厳しく評価するとかなりの駄作と言わねばなりませぬ。
その最大のハイライトが、ボギーの経営するバーで闘われる両陣営の歌合戦。かたや独軍が愛国歌「ラインの守り」を高唱するとこなた連合国側では「ラ・マルセイエーズ」で対抗する。ここは何回見ても涙が流れるのですが、まてよ俺はかつて彼らの敵国であった日本人である。それなのにどうしてフランスやアメリカを応援してしまっている。可笑しいではないかと自問するのですが、いつもそうなる。見事につくられた宣伝映画なのです。
本作はもちろんボガード、バーグマンという美男美女大物役者が特別出演している大恋愛映画でもあるのですが、最後はそんなもの吹っ飛んでしまいます。
我らがボギーは、恋人イルザをわがものにするか、それとも恋敵のレジスタンスの闘士に与えるかについて一晩考えた挙句に、「自分たち3人の運命よりも大事なのは反枢軸国戦争の勝利である」という見上げた結論!に達して後者の道を選び、自分自身もビシー水(政権)を捨てて警察署長ともども再びレジスタンスに参加します。
「恋より戦争」「私事より公事」「酒場のひねくれたオヤジより反ナチの闘士」という選択ですが、どうも割り切りが乱暴かつ早すぎるようで単純明快すぎて私にはあまり面白くない。あんないい女をあんなチエコ人に呉れてやるくらいなら、俺が引き受けて世界の果てまで逃亡しようぜ、という具合の展開にできたらして欲しかったと思うのですが「皆さんいかがでしょうか?」(これは今は亡き菅首相の真似)
この頃のバーグマンは若くてキラキラ輝いているが、その同じ人物が三六年後に「秋のソナタ」のような映画に出るのだから女は怖い、凄い。それが分かっていたらボギーも「君の瞳に乾杯」などという訳の分からぬセリフを何回も繰り返さなかったと思うのですが。
今日からは時給40円となったことも知らず君はいそいそと出勤する 蝶人
Monday, May 02, 2011
ギイ・ハミルトン監督の「地中海殺人事件」を見て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.121
前作が興行的に成功したからでしょうか、1982年にまたしてもアガサ・クリスティ原作の同工異曲の観光探偵映画が制作されました。しかもピーター・ユスチノフ扮するポアロやジェーン・バーキンなどが本作にも登場してじつにわざとらしい演技を見せつけていて迷惑です。
今回もまた思いがけない犯人の出現に驚きあきれた私ですが、原作と違って映画では推理の元になる情報が後出しジャンンケンになったりするので、厳密な予想が難しい。それよりも風光明媚な地中海の光景を目で慈しむ種類の映画だと思います。
あとは登場人物がまとう多種多様なファッションですが、この点では今回のアンソニー・パウエルよりも「ナイル殺人事件」のコニー・ウイルスのほうが数等洗練されていました。
美女が棲む隣家に紅しチューリップ 茫洋
Saturday, April 30, 2011
ジョン・ギラーミン監督の「ナイル殺人事件」を見て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.120
名探偵ポアロがナイル川に浮かぶ豪華客船で起こった連続殺人事件を、私にはどうもいまいちよく分からない独特の推理とロジックで解き明かすお話ですが、まあそんなことはどうでもよくて、これは大スタア特別出演による風光明媚なエジプトの観光旅行映画というところでしょうか。
ピーター・ユスチノフ扮するポアロは、僚友デヴィッド・ニーヴンと協力してベティ・デイビス、ミア・ファーロー、ジェーン・バーキン、ロイス・チャイルド、ジージョジ・ケネディなどいずれも一癖ある怪しい面々の内偵を進めますが、今回はなんと3名の女性の殺害を許したところで遅まきながらの謎解き登板となるのです。
いずれにしても同じアガサ・クリスティ原作の「オリエント急行殺人事件」に比べるとそうとう作品の出来栄えが落ちるのが残念です。なおわが偏愛のジェーン・バーキンが、英国人の癖にガンスブールの仏語の洗礼を受けた奇妙なアクセントの英語を喋っていますが、彼女はこの映画の中ではフランス人の女中役なので、わざとそうしているのだと思います。
連休やB級映画の愉楽かな 茫洋
Tuesday, April 26, 2011
ダグラス・サーク監督の「翼に賭ける命」を見て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.119
ウイリアム・フォークナーの原作だというので期待して見た1957年製作のハリウッド映画でしたが、出来はいまいち、今二、今三ということでさっぱりでした。
主演はお馴染み大根ロック・ハドソン。新聞記者に扮して第一次大戦の撃墜王ロバート・スックに近づくがお目当ては彼の妻のドロシー・マローン。この三角関係を軸にしがない曲芸飛行士の愛と哀しみの人情ドラマが繰り広げられていくが、役者も演技もドラマにも深みがないので、読んだこともないがフォークナーの原作にまでけちをつけたくなる超B級の飛行機映画野郎譚でありました。
事故を起こしたパイロットが群衆が群れる場所を避けて海上に墜落死するという感動のラストは、むかし実際に静岡県で起こった米軍パイロットの英雄的な最期を思い出させてくれました。彼は市街地を避けて河川に降下して亡くなったわけですが。
銀行に勤めておりしこの私利子を間違えうろたえる夢 茫洋
Friday, April 22, 2011
ジョン・マッデン監督の「恋におちたシェークスピア」を見て
闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.118
監督や主演俳優についてはヒロインのバルトロウの乳房の尖り方が美しいという以外に格別言うべきことはないが、「未来世紀ブラジル」や「太陽の帝国」の脚本を書いたトム・ストッパードの卓抜な思いつきがことのほか素晴らしい。
シェークスピアの「ハムレット」に拠る戯曲も書いている彼は、本作ではわが偏愛の奇書「ソネット集」をひとひねりして、若き日の沙翁の恋愛譚をこしらえた。
沙翁の「ソネット集」は謎の美貌の青年貴族とこれまた謎の「ダークレディ」への愛を描いているが、ストッパードはこの映画のヒロイン、ヴァイオラを男装させることによって、沙翁の両性愛、バイセクシュアリティをビジュアライズしようとしている。
すなわち、あのオスカーワイルドが着目した「ソネット20番」の、
姿かたちは男だがすべてのかたちをうちに従えている。
だからその姿が男の眼をうばい、女の魂をまよわせる。(高松雄一訳)
の艶姿に翻弄される沙翁を描こうとしたわけだが、それにしてはバルトロウも、ましてやジョセフ・ファインズも明らかに役(者)不足で、この優れたシナリオでの再映像化を望むこと切なるものがある。
しかしながら、沙翁の恋が「ロミオとジュリエット」の戯曲&上演と同時並行で生き生きと進行していくことや、ロミオ上演の成功が同時に2人の現世の恋の終わりであり、それを次作の「十二夜」のプロットへと接ぎ木していく脚本家のアイデアはこれまた秀逸で、沙翁への永遠の愛を胸に秘めたヒロインが、未踏の荒野に歩み去るラストシーンは、ほとんど感動的でさえある。
一票を投じた党の無様さは我等自身の無様さでもある 茫洋