Sunday, September 05, 2010

トマス・ピンチョン著「メイスン&ディクスン」を読んで

照る日曇る日 第368回

この万年ノーベル文学賞候補作家の作品について、格別面白いとか内容が深いとか文学史的な意義があるとか思うたことは一度もない。

ないのになぜこうやってつらつら紙面に眼をさらし続け、唐人いな米人の寝言に耳を傾けているかというと、このいかにも面妖でけったいかつ思わせぶりな作者の悟り澄ましたような面持ちについつい吸引せられて、太平洋の大波のごとく繰り出される話題と思藻と逸話と笑話と小話の数々にあだかも人参に目移りするポニーのごとく広い地球のあちらこちらに引きずりまわされているうちに、とうとうさしたる事件もカタストロフも世界革命も、ありそでなさそで黄色いサクランボの1粒も転がることなく、唐突な巻頭とおんなじ調子でこの世紀の長編大小説が忽然と終了してしまうからである。

全体の構図としては、英国から漂流してきた2人の天文学者兼測量技師メイスンとディクスンが、独立戦争以前の植民地アメリカを舞台に繰り広げる抱腹絶倒のはずの弥次喜多道中膝栗毛であるが、十返舎一九の道中小噺は読んでいて時折くすりと笑えるほどには面白いが、亜米利加版の弥次さんも喜多さんも作者が♪ペペンペンペエンと自分で囃すほどに面白いものではなく、読めば読み進むほどに小澤征爾の指揮と小沢一郎の御託と同様、退屈とあくびの山がそびえたつばかり。

滑稽喜劇小説であるはずなのに巻末では主人公たちのあまり幸福でもない最期にいささかのいたましさを覚える始末でありやんすが、なんといっても致命的なのは、雄大なピラミッドを支えるほどにあまたの岩石で構築されたアネクドートや小噺がそれこそ無機物で無味乾燥で、教養の気付け薬にはなるかもしれないが、吉本興業の下らぬお笑いほどにもくすりとも笑わせてくれないことだ。

上下巻合わせて1094ページの超くだらん放漫脳味噌全開大小説をば、英語フランス語スペイン語の蘊蓄やら西洋史やら天文学やら測量学の専門知識を随所にふりまくペダンチックな作者の驥尾に付して懸命に邦訳された柴田元幸さんご苦労さん。あなたこんな小説必死で翻訳してほんとに面白かったの。

なに、面白そうで面白くないところが面白い。うむ、天下の大小説はみなそうかもしれんて。しかし唯一面白がっているのは作者だけだろう。見上げた根性だ。私には徹頭徹尾つまらんかった。キンチョールのCMで大滝秀治が言う通りだ。

やい、トマス・ピンチョン。お前の話はつまらん。まったくつまらん!


♪どうしようもなくつまらないのにつまるようにもてはやす世間の痴れ者たちよ 茫洋

Saturday, September 04, 2010

リヒテルのEMI録音全集を聴いて

♪音楽千夜一夜 第159夜

多くのピアニストたちと違ってリヒテルというひとは歳をとるほどに凡庸な演奏家になりさがっていったのではないだろうか。彼の晩年にヤマハの凡庸なピアノで蝋燭の明かりの下で聴かされたチャイコフスキーの3流の小曲集などは、曲も演奏もあまりにもつまらなくて途中で会場を抜け出したりしたものだった。

しかしたしか60年代のはじめだかに、彼が鉄のカーテンから西欧世界に逃れ出て、ブルガリアのソフィアだかで(ここはまだ旧共産圏であるが)蘭フィリップスのために録音した「展覧会の絵」なぞはいま聞いても新鮮な驚きが打ち鳴らされているとおもう。

それは80年代にチエリビダッケが管弦楽でやった爆奏に、ただ1台のピアノで比肩させた驚異的な名演だったが、ではこのボックスに入った14枚組のCDの中で、その人間わざとも思えぬ演奏や、あるいはフィリップス盤の平均律の至高の境地に匹敵するような音像が刻まれているかといえば、否である。

しかしベートーヴェンのピアノソナタの3番やシューベルトのドイッチエ664のソナタやWandererFantasy、シューマンの幻想曲や蝶々、知る人ぞ知るヘンデルの組曲や、あのクライバーと入れたドボルザークのピアノ協奏曲を真夏の夜に鳴く蝉の音を伴奏に改めて聴くよろこびはまた一入のものがある。


モーツアルトはオレグ・カガンとのコンビで入れたいくつかのヴァイオリンソナタを聴けるが、カガンはこのピアニストよりずっと若くして亡くなってしまった。私は一度この人のバッハの無伴奏を聴いたことがあって他の誰よりも高く評価しているのだが、10年前に渋谷の山野楽器の東横店にあった仏Erato盤の2枚組CDを買い損ねてしまい、以来ずっと探し求めている次第である。


求めよさらば与えられんといいしはさだめし若きひとならむ 茫洋

Thursday, September 02, 2010

島田雅彦著「悪貨」を読んで

照る日曇る日 第367回

政治的経済的に衰退期に入った二等国の内部では退嬰的な気分が蔓延しているが、なかにはそこからの反転攻勢を夢見る人たちも当然出現するわけで、本書の主人公は理想主義的な人道主義とエコロジー&地域通貨に基づく共同体「彼岸コミューン」のメンバーとしてグローバル資本主義の超脱解体克服に挑もうとしている。

しかし精巧な偽札の大量流通によって日本経済を混乱させ「彼岸コミューン」の覇権を確立しようとした主人公は、日本国の政治経済社会のすべてを手中に収めようとする中国政府機関の悪辣な陰謀によってあえなく打ち砕かれ、あわれはかなく東京湾の藻屑と消え去るのである。

 頭の良い作者は、こういう最新流行のプロットをいかにもそのようにリアライズするべく、偽札をつかんで狂喜するフリーターやルンペンプロレタリアート、薄幸の若者たち、美人過ぎる刑事などを要所要所に劇画風に張りつけるのだが、インテリゲンチャンの脳内で強引にでっちあげられたこれらの登場人物には生きた人間の生彩がてんで感じられず、まるで無機的なロボットのようにあらかじめ決められたセリフをぎこちなく喋っているにすぎない。要するに限りなく小説に似たひものなのである。

国や国民諸力が弱体劣化してくると、かつての一等国英国がそうであったように、肩を並べやがて一気に抜き去ろうとする強大国に対する嫉妬や憎悪や怨嗟が熱した脳髄に湧き起り、よからぬ妄想が渦巻いて自家中毒を引き起こすものだが、本書も台頭する中国と血気盛んな中国人にたいするそうした妄念の産物であると言うても過言ではないだろう。


小利口な優等生の脳内にひそと咲きたる黒百合の花 茫洋

カルロス・クライバー指揮「薔薇の騎士」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第158夜


これはウイーンではなくミュンヘンでのバイエルン国立歌劇場での1979年初夏のライブ収録です。

まず演出ですがオットー・シェンクの保守的でオーソドクスな設計、装置、衣装、色彩がよろしい。ホフマンスターが設定したこのオペラの脚本の舞台は1740年から80年にかけての女帝マリア・テレジア時代のウイーンなのだから、そういう時空で物語を展開してほしい。最近の演出はみなとち狂っている。

それから演奏では冒頭の序曲が大切で、これがうまくいくとあともうまくいく。
舞台では伯爵夫人マルシャリンとその恋人カンカンとのみだらな情事が繰り広げられていて、その性交がクライマックスに達した時に、3本のホルンが彼らのオルガスムスをいななく。

シュトラウスは男性の硬いものが女性器に3回グルングルンと突きいれられた瞬間をリアルに楽譜にしているのに、多くの(良識はあるけれど)凡庸な指揮者たちときたら、この箇所をあいまいにぼかして演奏している。

しかしさすがにクライバーは、このとき指揮棒を持った右手をスコア通りに3回グルングルンとえぐっているところが映し出されるので、「お、分かってるね。さすがクライバー」となるのであるんであるん。

清純で無垢な商人の娘と結婚することになったオックス男爵のセクハラも相当なもので、女と見れば誰にも手を出すドン・ジョバンニそっくり。これほど男尊女卑の図もあまりないけれど、男爵のいとこである伯爵夫人だって、夫の出張の合間に若い燕と浮気しているのだから、どっちもどっちです。

しかし前に触れたことがあるが、シュトラウスときたらよくもこんな卑猥な公序良俗に反する「いけないオペラ」を書いたもんだ。当時も不道徳だとして賛否両論があったそうだが、私はいまでもだんぜん上演禁止にするべきだと思います。


クライバーは絶好調で、ときおり楽員にウインクしたりしながら歯切れよく演奏しているが、有名な幕切れの絶唱以上に素晴らしいのは第1幕の終わりの伯爵夫人のアリア。恋人との別れを予期する切々たる歌に、当夜涙しない観衆はひとりもいなかっただろう。まことに一期一会の名演奏である。

配役は伯爵夫人のギネス・ジョーンズとオクタビアンのブリギッテ・ファスベンダーが素晴らしい。ソフィー役のルチア・ポップも好演だが、この人は昔はひいきにしていたのだが、あんな可愛い顔をしているくせに、カルロスにひどい仕打ちをした(クライバーの伝記上巻を参照のこと)そうなので、あえて絶賛はしない。いくら故人になってもファンの恨みは根深いのである。



  歌ひとつ詠まずに旅から帰りけり 茫洋

Sunday, August 29, 2010

西暦2010年葉月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に 第79回


ニイニイ油カナカナ鳴き揃うたり文月尽

その茗荷も少し大きくしてから食らうべし

飛蝗共が喰うたる紫蘇を食らうかな

空高く青に溶け入る二羽のシロチョウ

二五歳 子規も明治も若かった

栗の木の木下闇抜けて大ウナギ見にゆく

名月やウナギは踊る滑川

三日月や雌雄を決する大ウナギ

まいにち三浦スイカむさぼり食らう快楽

逗子ゞと音だけ聞こえる花火かな

揚羽孵化し天青咲きぬ葉月辛丑 


夏の夜グルベローヴァのベルヴェットヴォイスに酔いしれて

新橋で袖刷り合いし今野雄二ひとり縊れし夏の夜かな

本当のことをいえば我は砕けこの世も裂けるべし

たとえ世界が滅ぶとも我のみは生きるぞと一億の民

待ち待ちて今年咲きける天青の空の蒼よりなお青き藍

瓦葺の平屋を見れば心安らぐわれは昭和のおのこなりけり

超高層の億ションペントハウスに住むという男の自慢を白々と聞く

マーメードの刺青したる右腕を窓から出しつつ運転する男

二度までも太平洋に投げ出され根岸氏は鱶に喰われざりき

なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに

いつなにがおこるかわからぬよのなかやなにとぞぶじにいきおおせたし

一生に一度は誰もが叫ぶ言葉アプレヌ・ル・デルージュ!

ママ、ママア!自分の妻を母と呼んでいる隣のご主人

戦争だけが平和をもたらすと哲人カント喝破せり 

鶴ならで「鳩の恩返し」たあ驚いた臭せえ仲だぜ小鳩兄弟

ツイッタアにうつつをぬかす馬鹿ものの脳味噌の底で腐りゆく蛆

食を断ち甲冑を纏い木乃伊となりし武蔵かな

とくすでに永遠界に属すべし午前に撮りし朝顔の写真

君とゆく海水浴は一六回今年の夏もやがて逝くめり

ハスの葉を光にかざし見つめをる息子の最後の夏休みかな

健ちゃんが逃がしてやりし大ウナギ今宵も躍るよ滑川の淵

陰険な漁師どもの罠逃れ滑川に帰還せしウナギの王よ




家守棲む家に寝そべるうれしさよ 茫洋

Saturday, August 28, 2010

夏は逝く

夏は逝く

ある晴れた日に 第78回


沖合からやって来た土用波が百千のヨットを次々に倒すと、海面すれすれに浮上してきたゴンズイが歓声を上げた。

伊豆大島の上空でゼフィルスが裳裾をからげたので、大仏を見下ろしていた雷神が小太鼓を連打した。

コートジボアールからやって来た青年の双眼がビキニからはみだした巨乳にくぎ付けになったので、由比ヶ浜監視所のてっぺんの烏が阿呆阿呆と叫んだ。


今年16回目の海水浴を終えた少年は、お父さん、浮輪をつぶしてくださいな、とつぶやいて萎れたハスの葉に顔をうずめた。


ちょうどその頃、
66年前に撃沈されたはずの駆逐艦は、相模湾の海底からゆっくり身を起こそうとしていた。



君とゆく海水浴は16回今年の夏もやがて逝くめり 茫洋

Friday, August 27, 2010

柄谷行人著「世界史の構造」を読んで

柄谷行人著「世界史の構造」を読んで

照る日曇る日 第366回


世界史の構造を、後期マルクスが資本論で規定した生産様式ではなく、初期マルクスが規定した交換(交通)様式で定義しなおすことによって危殆に瀕した世界を救済しようとする哲学者の絶望的でもあり最後の希望でもあるような知的営為です。

著者は経済的下部構造としての4つの交換様式=1)互酬、2)略取と再配分、3)商品交換4)互酬の高次元の回復、のそれぞれに対応する歴史的派生態を、1)ネーション2)国家3)資本4)新規構成体と位置付け、しかし実際の社会構成体は、こうした様々な交換様式の複合体として存在していると説きます。
現在の資本性社会では商品交換が支配的な交換様式ですが、他の交換様式も消滅することなく「資本=ネーション=国家」という複雑な結合体として存続しているというわけです。(←ここらへんは難解そのものなので、直接本書にあたってくださいな)

ではこの複雑怪奇な複合体をどうやって揚棄するか。どうやって現代のリヴァイアサンをやっつけるか。

そういういわば最新版の階級闘争のためのアイデアも、上記の交換様式という視点から導き出されます。

すなわち旧来の革命論は労働者の生産現場で世界同時革命を起こして資本家階級を打倒しようという夢想的なものでしたが、資本主義が高度に確立されればされるほどそんな無謀な企ては不可能になってしまいました。

しかし考えてみれば労働者の別名は消費者に他なりません。理論武装した消費者が、生産点以外の流通過程で異議申し立てやボイコット等を行えば、資本主義の牙城は多少は揺らぐ、のではなかろうか。のみならず資本が利潤追求のために犯す様々な行き過ぎを是正し、地域通貨や信用システム、協同組合運動の展開によって非資本性的な経済をみずから創造することができるのではなかろうか、という緩い見通しが披歴されたりします。


このように「資本=ネーション=国家」が三位一体となった現代国家を最終戦争の危機から救うために、著者はカントが唱えた世界共和国=諸国家連邦構想を高く評価し、その現実的組織としての国連の活動に人類史のはつかな希望をゆだねようとします。

著者によれば、カントはたんに戦争の不在としての永久平和を夢想したのではなく、諸国民のいっさいの敵意を終わらせ、国家の廃棄を目的とした「段階としての諸国家連邦」を唱えたのです。ほんとうはホッブス以上の人間性悪説に立つカントは、過渡的な諸国家連邦では国家間の対立や戦争を抑止することはできないことを熟知していました。

平和を希求しつつも国家間の利害が対立する。その結果として生じた戦争だけが諸国民に永久平和の決意を再確認させ、そのプロセスの繰り返しによる「血の学習=自然の狡知」だけが諸国家連邦の絆を強固し、国家廃絶の理想に接近させることができる、というカントのシニカルな予測が正しいとすれば、私たちはまだまだ多くの戦争を潜り抜けることなしには世界共和国の夢を実現できないということになりそうです。

絶対平和を射程に据えた思想家の冷酷なリアリズムに肝を冷やされた真夏の読書でした。


戦争だけが平和をもたらすと哲人カント喝破せり 茫洋

Thursday, August 26, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第23回

bowyow megalomania theater vol.1


食べ終わったあと、みんなでたき火の周りで踊りました。

もうすでに陽は落ち、とっぷりと暮れ、まわりの山々は黒い影絵のように沈み込み、一番星が南西の空にぴかぴか光っています。勢いよく燃えるたき火の日がパチパチとはぜるのを眺めていると、それだけで心が満たされてくるようでした。

公平君は文枝の手を取ってワルツを踊りました。のぶいっちゃんとひとはるちゃんは、火のまわりを交互に飛びあがり、かいくぐり、飛び、はね、狂ったように逆立ちし、叫び、また踊りました。

いつの間にか洋子が座り込んでいた僕の両手を引っ張って立ちあがらせ、ぴったりと身体を寄せてきました。やわらかい髪が僕の頬をそっとかすめたとき、僕の頭の中はぼおっとなって何が何だか分からなくなりました。洋子ちゃんはとてもいい匂いがしました。

わたし、岳君が大好きよ。

と、洋子は囁きました。暗闇の中、僕の耳元で小さな空気が甘く動きました。

大好きよ。

もう一度囁きながら、洋子はやわらかな太腿を僕の腰にぴったりくっつけてきたので僕はあえぎました。洋子の頬も胸も腹も僕の頬と胸と腹に強く押し付けられてきたので、僕は息ができなくなって、いつの間にか銀のような星があちこちでまたたいている夜空を見上げていました。

どこかでオオカミがウオー、ウオーと三日月に向かって吠えていました。

僕は幸福でした。



逗子ゞと音だけ聞こえる花火かな 茫洋

Wednesday, August 25, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第22回

bowyow megalomania theater vol.1

それからみんなで、食料を調達する計画を立てました。

今はまだ秋だから木の実も拾えるけれど、すぐに冬がやって来ます。計画的に食べ物を集めて飢え死にしないで年を越せるようにしよう。こういうのを、いえにあればけにもるいいをくさまくらたびにしあればしいのはにもる、というんだよ、とリーダーの公平君が言いました。

ふだん家や星の子で食べているカレーやハンバーグほど立派なメニューではないけれど、こうやって自分たちで野山で採ってきた食料を自分たちで料理して食べると、そっちのほうがむしろおいしいのでした。

周りにはすぐにぶん殴る長島のような先生やうるさい親も嫌いな奴もいないので、格別おいしいのでした。

のぶいっちゃんがものすごく太いイタドリの皮をむきながら頭から食べていると真ん中辺から小さなヤマカガシが出てきたのでびっくりしてみんなに見せるとヤマカガシも驚いて逃げ出そうとしましたのでのぶいっちゃんはしばらくヤマカガシを首に巻いて遊んでいましたがそれにも飽きたのでヤマカガシをガマの茶色の穂先が高くそびえているきれいな水たまりに投げ捨てるとヤマカガシはよろこんでガマの根っこに逃げて行きました。


とくすでに永遠界に属すべし午前に撮りし朝顔の写真 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第21回

bowyow megalomania theater vol.1



「当分の間、この不思議なお家で生活しよう」

とリーダー役の吉本公平君が言いだしたので、みんなも
「そうだ、そうだ、そうしよう、それがいい」
と口々に言い、そうすることに決まりました。

ごはんを食べないと死んでしまうので、栗と柿を食べた後全員でふたてに別れて食料を探しに出発しました。

森の奥から冷たい風が吹いて来て深い森の匂いが鼻を刺し、はらわたまで沁みました。

僕はのぶいっちゃんとひとはるちゃんの兄弟と3人組になって、不思議なお家の裏山に登りました。シイ、ドングリ、クリの実やイタドリ、ミョウガ、柿を両手で抱えきれないくらいいっぱい取りました。

クワの実を食べながら帰ってきました。青い鼻汁をずるずる流すのぶいっちゃんの口の中は真っ赤でした。

公平君と洋子と文枝もドングリやシイの実をたくさん持って帰りました。シイタケやヤマイモやマツタケや色々なキノコもありました。

「大戦果だあ!」

とのぶいっちゃんとひとはるちゃんは、青白い鼻汁を合計4本垂れながしながら叫びました。



陰険な漁師どもの罠逃れ滑川に帰還せしウナギの王よ 茫洋

Monday, August 23, 2010

井上ひさし著「組曲虐殺」を読んで

照る日曇る日 第365回

今度は同じ作者による戯曲の遺作です。

築地警察の特高刑事たちによって虐殺された小林多喜二が主人公です。築地には電通と歌舞伎座と都立中央図書館とマガジンハウスがあったので、その前をよく行き来していましたが、「成程ここが多喜二をなぶり殺しにした警察署か。それで入口がどこか不気味で暗いのか」と思いつつしばし立ち止まり、門番のおまわりさんを得意の三白眼でにらみつけたりしたものです。

そのおぞましい、身の毛もよだつ拷問シーンが出てきたらどうしよう、と心配していたのですが杞憂でに終わり、そこはなぜかはスマートに避けてあったので、「さすが井上よのう」という気持ちと、肩透かしされて物足らない気持ちの両方が読み終えたあとから押し寄せてきました。

帝国戦時暗黒時代の残酷で血なまぐさい生の現場はすでに歴史的事実であるとしてパスし、あえて括弧に入れてその周縁を喜劇的に劇化することによって、括弧に封じ込められた真実を一人一人の観客に想像させ、現代に呼び出そうとする作者一流の手法は、同じ作者の遺著『一週間』でも採用されていましたが、この洗練された?方法が反対方向に作用して、あたかも「括弧の内部には何もなかった」ような印象に陥る弊害があることも事実です。

例えば、お尋ね者の多喜二に何度も肉薄しながら結局逮捕できず、敵でありながら多喜二のシンパのような奇妙な役割を与えられている2人の刑事のありようは、「不思議」と「意外」の域を通り越して、「現実無視」のそしりをまぬかれないのではないでしょうか?

かつての歌声運動最盛期の共産党ではあるまいし、敵と味方がやたら声を揃えて和風オペレッタを歌いまくり、劇と現実のドラマツルギーを抒情と詠嘆のオブラートにまぶして予定調和的にフェイドアウトさせようとしているのも、少しく安易な演劇作法ではないでしょうか?

いくら官憲による多喜二虐殺事件をソフィスティケートしても、虐殺は虐殺であり、けっして「組曲」などに音楽的に転化されるやわな性格のものではありません。

「二度と『蟹工船』のような小説を書けないようにしてしまえと右の人差し指を折られた多喜二。体の20か所を錐で刺された多喜二」などと登場人物に語らせてよしとするのではなく、その鮮血淋漓の修羅場を舞台にかけて欲しかったと思うのは、私だけなのでしょうか。

もしも今は亡き作者が、真夏の夜に甦ってそのような改訂版をこの世に贈ってくれたなら、私のように極端に暴力と苦痛と出血に弱く、今朝右翼から拷問されれば超右翼天皇制支持のファシストへ、夕べに左翼から拷問されればただちに極左冒険主義テロリストへとまるで時計の振り子のように寝返るであろう、臆病で無思想で「命あってのモノだね主義者」も、もっと根性を入れて観劇できると思うのですが。


ツイッタアにうつつをぬかす馬鹿ものの脳味噌の底で腐りゆく蛆 茫洋

井上ひさし著「一週間」を読んで

照る日曇る日 第364回

本書は偉大なる演劇作家井上ひさし氏の最期を飾るにふさわしい長編小説です。

腰巻のコピーをそのまま引用すると、「昭和二十一年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から密かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった……」というような内容です。

たしかに梗概としてはその通りなのでしょうが、それではこの本の魅力が伝わらない。本書のいちばんの面白さは、作者がそういうちょっと気のきいたプロットを用いて戦争の生み出す残酷なまでの悲劇を見事にえぐり出した点にあるのではなく、たとえば「一週間」という表題を一瞥した一読者が、

「こいつはロシア物の小説だから、きっと♪日曜日に市場に出かけ糸と麻を買って来た。テュリャテュリャテュリャリャーというロシア民謡に関係があるに違いない」

とにらんだとすれば、はたせるかな作者は、弾圧や玉砕やツンドラや収容所内部の抗争や強制労働や皇軍上層部の腐敗と堕落や撲殺や拷問や陰惨なテロルや飢え死にや日ソ中立条約違反やヤルタ会談や冷戦の開始や極東裁判や二重スパイや革命家レーニンの裏切り問題等々を肌理細かに取り上げつつも、つねに裏声で♪テュリャテュリャテュリャリャーとハミングしていることなのです。

レーニン→スターリン独裁制と英雄的かつ漫談的に戦う日本軍兵士の七日間の出来事を♪テュリャテュリャテュリャリャーと鼻歌交じりにでっちあげ、あくまでも史実に寄り添うふりをしつつ、史実全体をこけにするこのドンキホーテ的な超楽天主義&夢想主義、現実が絶望的であればあるほどそこに希望を見出す強靭で頑固でどんくさい魯迅主義こそ、この作家の真骨頂と言わなければなりません。

それにしてもこの素晴らしい才能の持ち主が、かつての細君に対して殴るけるの暴行を加えたにもかかわらず、反省の一言もなく泉下の人になりおおせたとは、実に不可解にして不愉快な話です。


待ち待ちて今年咲きける天青の空の蒼よりなお青き藍 茫洋

Sunday, August 22, 2010

真夏の夜のオオウナギ 後日譚

鎌倉ちょっと不思議な物語第226回&バガテルop131
栗の木の木下闇抜けて大ウナギ見にゆく 茫洋


昨夜2個の仕掛けが撤去された滑川を訪れた私は、何回見直してもウナギの姿が見られないのでがっかりして橋のたもとを立ち去ろうとした。

その時、息を切らして駆けつける背の低い中年の男性の姿があった。この人物には見覚えがある。私の家の近所に住んでいる植木屋のKさん推定55歳で前夜のKさんの弟である。

縮のシャツとステテコをはいたKさんは食い入るように川面を見つめている。「いくら探してももういませんよ。昨夜ヤナを仕掛けた人たちが全部捕まえてしまったんだから」
と私が教えると、Kさんは私の顔を見て

「ところがね、ヤナは空っぽだったそうだ」

と言ったので、私はびっくりすると同時に、

「さすがは滑川のオオウナギ、やるもんだね」
とひそかに舌を巻いたのだった

「ウナギも馬鹿じゃない。危険を察知して上流に逃げたんだ。しかし今はウナギの産卵期でね。1匹のオオウナギのオスがいるところには何匹かのメスウナギが必ずいるんです。よーし、こうしちゃいられん。カーバイドの手配をしなくちゃ」

「エッ、爆弾を川に投げ込むんじゃないでしょうね?」

「とんでもない。カーバイドランプで川を照らすと、魚はみんな寄ってくる。そいつを一網打尽にするんですよ」

と言い捨てて、Kさんは脱兎のごとく家にとって返した。

きっとこれから新兵器のアセチレンガスを入手して、巨大ウナギを自分のものししようとするのでしょう。

新居に引っ越したばかりのKさんですが、急な病気で細君を亡くされたばかり。前夜Kさんの兄さんが、

「おいらは身内に不幸があったばっかりだから殺生はしたくない」

と言っていたのはそのことだったのですが、弟のKさんはその弔い合戦を、罪もないウナギに対して仕掛けようとするのでしょうか。

一難去ってまた一難。私はオオウナギたちの身の安全を祈りつつとぼとぼと家路をたどったことでした。


三日月や雌雄を決する大ウナギ 茫洋

Saturday, August 21, 2010

真夏の夜のオオウナギ 後篇

鎌倉ちょっと不思議な物語第225回&バガテルop130


息子が都会に去った翌日からも、私は夜になると例の小川にいそいそと足を運んでいた。

1メートル超の大ウナギは相変わらず健在で、毎晩見事な反転と跳躍を見せてくれるが、昨夜は30センチに満たない小ウナギもその近くで泳いでいた。どうやらこの界隈はかなりの数のウナギが棲息しているらしい。

ふと見ると2,3人の中年男がワイワイ騒いでいる。
やはり私と同じようにウナギ見物に来たのかと思っていたら、そうではない。あれを捕まえようとひそひそ相談しているのである。

聞くともなく耳を傾けていると、最近滑川の水がきれいになったので、アユが遡上するようになり、そのアユを追ってウナギが海から上るようになったらしい。ハヤはよく見かけるがアユまで棲んでいるとはしらなんだ。

なんでも今年はこの近所では5匹のウナギが目撃され、前夜までにそのうちすでに3匹は捕獲された。残っているのはこのオオウナギを含めた2匹である。よって一刻も早くこの伝説の大ウナギをつかまえたい、と焦り逸っているのであった。

よく見ればそのうちの一人はすでにヤナを持っている。こいつにミミズをしかけて流れに伏せておけば間違いなく仕掛けにかかるであろう、と地元はえぬきのおやじさんが、ヤナを持った若い衆に教えを垂れている。

「俺はこないだ親戚で不幸があったから、今夜は殺生したくねええんだ。でもあんたにはやり方を教えてやるよ。ヤナなんかより橋の上から糸を垂らして直接釣ればいいんだよ。すぐにとびついてくるよ」
と自信ありげに語っているのは、町内会の役員のKさん65歳だ。

「でも、餌がないんや。餌はどうしたらええんや」

と大阪弁で喚いているのは、神社の麓に住んでいる新参者のAさん推定40歳だ。こいつはオオウナギをモノにしたいという欲望で目が血走っていた。

「それじやあ、これからオイラが懐中電灯を持ってくるから、一緒に餌のミミズを獲りに行こう。オイラも付き合ってやるよ」
と言った後で、Kさんがつぶやいた。

「でも、あいつ、なんだかうれしそうに泳いでいるじゃないか。このままにしといてもいいんじゃないか……」

そうだよね。君はよくわかってるじゃないか。
それにいくら天然自然の国産大ウナギでも、あれくらい大きくなった奴は食べても全然美味くないからね……。

さてその翌日、まだ大ウナギの饗宴は続いているのかしら、と恐る恐る滑川に足を運んだら、ウナギなんぞ大も、中も、小すら影も形もなかった。

その代わりに立派なヤナが2か所に仕掛けられていたので、きっと半月間にわたって孤高の五風十雨居士の疲れた心を慰藉してくれた本渓流今季最後のウナギたちは、悲しいかな一網打尽にされてしまったのあらう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


健ちゃんが逃がしてやりし大ウナギ今宵も躍るよ滑川の淵 茫洋

Thursday, August 19, 2010

真夏の夜にウナギは踊る 前篇

鎌倉ちょっと不思議な物語第224回&バガテルop129

 
毎日毎晩暑いですな。私の家は夏でも涼しい風が吹くので、クーラーなんて35年間無用の利器であったが、さすがに来年は1台くらいあってもいいかな、と思わせるに足る今年の暑さである。

そんなある夜、私は暑気払いに散歩に出たと思いねえ。で、なにげなく滑川を見下ろしたら大きな魚がウネウネ蠢いているので驚いた。蛇かと思ったがそうではなく50センチくらいの大きさのウナギでした。鎌倉名物の大ウナギに再会したのである。

そいつは月の光に身をくねらせながら、上流から下流へ、下流からまた上流へとおよそ10メーターの距離をいかにも楽しげに行ったり来たりしている。まるで手足のないダンサーのやうだ。

そういえば以前ここから200メートルほど上流で、私の息子が石の下で昼寝していた巨大なウナギを両手で捕まえたことがあった。

しかしその時は、彼はそいつを1メートル上の道端に放り投げる余力も道具もなく、そのまま下流に逃がしてやった。もしかしたら、そいつがおよそ10年振りにお礼参りに戻ってきたのではなかろうか、とはじめは思ったのだが、そうではなかった。

10年前のはまるでオオサンショウウオそっくりのずんぐり型であったのに対して、今回の奴はもっと長身で頭部はスマートなので、おそらくは別人、いな別ウナギであろう。

30分くらい見物してから帰宅したが、久しぶりに天然ウナギの雄姿に接してとてもうれしかった。

その翌日の夜、これまた久しぶりに(あの大ウナギを獲った)息子が帰省したので、一緒に滑川の橋の上から見下ろすと前夜のうなぎより大きな1メートル超の大ウナギがゆうゆうと遊弋しているではないか。

と見る間にそいつは岩肌をぬらりと縫って下流のウロ目指して猛烈なスピードで泳いでいく。

と、あろうことか、そこで待ち構えていたのはもう一匹の昨夜の大ウナギであった。

彼奴らの雌雄のほどは不明であるが、これほど巨大な2匹のウナギが、こんな小さく狭い川のど真ん中で遭遇するとは、それこそ真夏の夜の夢ではなかろうか。

上限の月がおぼろにけぶる鄙の里で、私たち親子はいつまでも彼らの交歓を眺めていたのであった。


名月やオオウナギ踊る滑川 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第20回

bowyow megalomania theater vol.1


11月2日 晴

朝起きたらものすごく濃い色をしたムラサキシジミが強い風に翅をあおられながら杉林の片隅からワッとどよめくように飛び出して、例の不思議なお家の左わきをチョロチョロ音を立てて流れている小川の方へと上下さかさまになって舞い落ちていきました。

のぶいっちゃんとひとはるちゃんがいつの間にか山の奥へわけ入って持ち帰ってきた栗のと熟した柿を、洋子と文枝が用意したフキの葉の上にのせて、みんなで朝ごはんを食べました。

レンガを積んで簡単なイロリをつくって枯れた草や木を並べ、その上に栗の実をたくさん並べ、公平が持ってきたマッチで火をつけると、栗の実はパチパチと音を立てて弾けました。

炭のようにまっ黒になった栗の外皮を歯で抉りあけてかみやぶると、中から甘い黄色い果実がホロホロと現れ出ました。

みんなで分け合って食べました。柿はまだ少し渋かったのですけれど、みんなお腹が減っていたので、気にしないでぜんぶ食べちゃいました。
ハスの葉を光にかざし見つめをる息子の最後の夏休みかな 茫洋

Wednesday, August 18, 2010

加藤廣著「求天記」を読んで

照る日曇る日 第363回

剣豪宮本武蔵を新しい視点から対象化した興味深い小説です。

細川家の剣術指南役に雇用された武蔵は、先任者の佐々木小次郎と船島(後の巌流島)で対決しますが、細川家では徳川家の政教分離方針によるキリシタン切り捨て政策がお家騒動と同時に進行しており、ほんらい武道家の練習試合であったはずの両雄の対決は真剣勝負に格上げされ、武蔵に敗れたキリシタンの小次郎は、その直後に家臣たちによって殺害されたというのです。

小次郎は秘剣「ツバメ返し」で有名ですが、武蔵は彼の武器である「物干し竿」の長さを4尺3寸と想定し、これをわずかに上回る4尺6寸の軽快な木刀を自作します。

作者の測定によればその木刀の重量比は小次郎の真剣に対して1対0.45であり、両者が同等の力、同等の回転駆動力(トルク)で振った場合、武器が同じ背格好の相手の脳天に達する時間は、小次郎0.1秒、武蔵0.082秒になることが計算でき、その科学的!な仮説を実践したことが武蔵の勝利に結びついたと作者は説くのです。

ここら辺は、作者の「秀吉による信長本能寺謀略説」と同様、あるいは梅原猛氏の古代史観と同様に、実際にはかなりの程度うさんくさいものですが、既存の俗塵にまみれた旧説を新しい知見を駆使して根本的に見直そうとするその意欲に、多くの読者はいささかの感銘を受けることでしょう。

小次郎を葬ったあとも武蔵は、孤高の剣士として、武人として、下手くそな絵画師!として各地を放浪しながら活躍を続けます。

かの大坂冬の陣では真田信繁の参謀として、夏の陣では徳川方の助っ人として、また天草四郎の島原の乱では小笠原軍の一員として相変わらず血なまぐさい争闘の現場にかけつけようとするのですが元和偃武の戦国の世の終焉と共に、この希代の武闘家にも穏やかな黄昏が訪れ、一代の思想書「五輪書」を書き上げた武蔵は、肥後細川家の庇護の元に正和2(1313)年5月、全身に甲冑を身につけたまま人間臭い一生を全うするのです。

そしてそんな「最後の侍」宮本武蔵の、これまであまり知られていなかった多彩な活動を、大胆な想像を交えながらいきいきと描きだしたところに、本書の価値があると思われます。


食を断ち甲冑を纏い木乃伊となりし武蔵かな 茫洋

Tuesday, August 17, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第19回

bowyow megalomania theater vol.1


丘の上にはとても大きなモミジの木が冬も間近だというのに深紅の葉を広げて、沈みゆく夕陽を全身に浴びながら黄金色の双頭の鷲のように輝いておりました。

この高さ10メートル、直径2メートル、樹齢300年になんなんとする巨木の下に、傾きかかった廃屋がありました。風雨に打たれた茅葺の屋根の下には板張りの六畳間がひとつ。これはいったい何十年、いや何百年前に建てられた小屋なのでしょうか?

今は人の住む気配もなくしんと静まり返っています。そうして何千何万という小さなベニシジミの形をしたモミジの葉っぱが、この不思議な家の上に音もなくハラハラ、ハラハラと紅い小雪のように降りしきっているのでした。

古い家の前には、これまたいつの時代に建てられたか分からない小さな苔むした墓標が2つ立っていました。

文枝と洋子は早速小川の水を園から持ってきた水筒に入れたのに小菊をいっぱい挿してお墓の前に置き、深く一礼しました。
するとその時、遠くの方でどこかのお寺の鐘がゴオーン、ゴオーンと幽かに鳴り響いたのでした。

その晩僕たちはこの人里離れた山奥のこわれかけたあばらやに寝泊まりすることにしました。



いつなにがおこるかわからぬよのなかやなにとぞぶじにいきおおせたし 茫洋

Monday, August 16, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第18回

bowyow megalomania theater vol.1


森の中は静かでした。

森の中は静かでした。

時折上空をワシやトンビがゆっくり旋回して、クヌギの木をあちこち忙しく飛び回るリスをぎょろりと鋭い目でにらみましたが、さすがにここまで降りてこようとはしませんでした。

タヌキには森の木陰で何回も出会いましたが、ちょっと目を合わせると、おいら何も見なかったよ、誰にも会わなかったよ、というように視線をすっとはずして常緑のアオキがいっぱい茂った草むらへへろへろと消えていくのでした。

丸まると太ってヨタヨタと歩いて行くそのタヌキの後を追って、脳性麻痺の吉本公平と筋ジスの塩川洋子、知恵遅れの小川文枝、ダウン症の小和田信一と脳微細損傷の武田仁治、それに低級自閉症で知恵遅れの僕は、ふうらりぶうらりまるでふうてんのように山の奥の奥の奥へと踏み込んで行きました。

ふたつの小さな山に挟まれた谷間の真ん中に、小さな川が流れておりました。川の中には、青空とその青空を流れ行く綿雲が映っていました。

いちめんの小菊で囲まれたその小川を左手に見はるかしながら、ススキやヨシが生い茂る湿地をずんずん進んでいくと、道はだんだん急勾配になり、そこからおよそ100メートルほど登ったところに小高い丘がありました。


新橋で袖擦り合いし今野雄二ひとり縊れし夏の夜かな 茫洋

Sunday, August 15, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第17回

bowyow megalomania theater vol.1

僕たちは裏山の頂上を過ぎて、星の子学園の反対側の斜面をゆっくりと降りてゆきました。

うっそうと茂った森の中には、ナラ、クヌギ、ブナ、クリ、クスノキなどの高い木がそびえていました。

僕は公平君とのぶいっちゃんとひとはるちゃんと文枝と洋子と一緒にドングリとシイノミをいっぱいとりました。ドングリを食べるとオシになるとおばあちゃんから聞いていたので、ドングリは食べないでシイノミをお腹がいっぱいになるまで食べました。

僕はシイノミを食べた後、まだドングリを食べたくなりました。すると公平君が言いました。

僕たちはもう立派なショーガイシャなんだから、もし僕たちがドングリを食べてオシになって二重にショーガイシャになったっておんなじことじゃないか。ああ、お腹が減って来た。さあドングリをどんどん食べよう。もっとじゃんじゃん喰おう。じゃんじゃんドングリを食ってショーガイシャになろう。ショーガイシャ足すショーガイシャ足すショーガイシャ、イコール地上最強のショーガイシャ同盟になって長島たちケンジョーシャたちを見返してやろうぜっ!

公平君はそう怒鳴ってドングリをビシバシ食べ始めたので、僕ものぶいっちゃんとひとはるちゃんと文枝と洋子もみんなみんな地上最強のショーガイシャになるためにドングリの実をぜんぶ食べてしまいました。


瓦葺の平屋を見れば心安らぐわれは昭和のおのこなりけり 茫洋

Friday, August 13, 2010

2つのオペラでエディタ・グルベローヴァを聞く

♪音楽千夜一夜 第157夜


1983年のミュンヘン、1992年のベネチア、2つの都市の2つのオペラハウスにおける名ソプラノの歌唱を聞きました。

前者は全盛時代のサバリッシュがバイエルンの国立歌劇場管弦楽団を指揮したモザールの「魔笛」、後者はカルロ・リッチがフェニーチエ座のオケを振った「トラビアータ」のいずれもライブです。

「魔笛」の夜の女王はたった2つのアリアしかありませんが、これぞ極めつけの名曲の名演奏。グルベローヴァはまるでヴェルベットのように滑らかで濡れた声でこの難曲を苦もなく歌ってのけます。(もっともたった1音符だけ刻み損なうのですが、寡瑾も芸の味とでも評すべきもの。)作曲家がこめたすべての音楽が正確無比に、温情を込めて歌い抜くのです。同じソプラノとはいえパミーナを歌ったルチア・ポップとは天地の懸隔があると言わねばなりません。

ほぼベームのテンポで開始したサバリッシュは、老練アウグスト・エヴァーディングの演出を得てオーソドックスな劇伴に徹しています。この人はやはりオペラがいちばんマシです。

その「魔笛」からおよそ10年経ったトラビアータでも、グルベローヴァのビロードの音色はあい変わらずいぶし銀のような輝きを見せ、帝政時代の高等娼婦の悲劇を存分に歌いきっています。

そかしヴィオレッタがグルベローヴァ、アルフレードがシコフのコンビは、彼らがカルロス・クラーバーの棒で歌ったときとはまるで別の音楽になってしまっているのが残念で、指揮者の1流と3流の差を如実に見せつけられますが、グルベローヴァの声だけは相変わらず魅力的で、どんな下手くそな指揮者でも構わないからいついつまでも聴き惚れていたいと思わせるに充分な宝石のようなものを備えているのでした。



夏の夜グルベローヴァのベルヴェットヴォイスに酔いしれて 茫洋

Thursday, August 12, 2010

ナボコフの「賜物」を読んで

照る日曇る日 第362回

ナボコフといえば「ロリータ」しか知らなかったが、これは回想も小説もロシア、ソヴィエトの社会思想史も味噌も糞もなにもかも詰め込んだ一大ごった煮大河長編である。

いちおう主人公はいて、随所で帝政末期の社会思想家チエルヌイシェコフスキーの思い出話や交友録をやらかすが、全編の中での位置づけは読めども読めども霧の中、はたしてこの難破船はどこへ行くのやらと首をかしげているうちに600ページの終わりに到達してしまうというげに奇妙奇天烈な読み物なり。

文中ゲルツエンやドストエフスキーやツルゲーネフやレーニンの話まででてくるので文学趣味やらロシア好きの人にはお薦めできるが、さてそれでは作者はいったいなにをいいたいのかと考えてみるも、その答えは吹きすさぶロシアの憂愁の風の中にしかないのだ。

よって、このけったいな文学的アマルガムを、苦し紛れにロシア風味のプルーストとかジョイスとレッテルを貼る自称ヒョーロンカがいても不思議ではないだろう。

そんな迷走小説のなかで私が惹きつけられたのは、作者の2代続きの蝶への偏愛であり、人類よりも鱗翅目を好む私は、ロシアのシロチョウの渡りや、少年の肩に止まるタテハチョウについての素晴らしい記述にうっとりと耳を傾けたことだった。

例えば第2章の次のような文章を読んでほしい。

「青い空を移動する細長い帯は雲かと思うとじつは何百万ものシロチョウの群れで、丘を越えてやわらかに滑らかに昇っていったかと思うと、今度は谷の中に沈んでいき、たまたま別の黄色いチョウの雲に出会うことがあっても、ためらうことなくその中に入り込んでみずからの白を汚すことなく先へ先へと漂っていき、夜が近づくと思い思いの木々に止まり、木々は朝までそのまま雪を振りかけたようになる。そしてシロチョウたちは、また飛び立って旅を続けるのだった。」

普通の作家ならこれで文を閉じるだろう。しかしこれに続けて、

「でも、どこに向かって? 何のために? その問いに対する答えは自然によってまだきちんと語られてはいない。」
と書いてしまうところが、いかにもナボコフだと思うのである。


空高く青に溶け入る2羽のシロチョウ 茫洋

山本薩夫監督「白い巨塔」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.35



 この映画、昔たしか一度は見た記憶があるのですが、つらつら見物しながら、結局覚えていたのはこのユニークな題名と、ラストの「財前教授の大回診」の場面だけであったことが分かりました。
 浪速大学医学部のビルなんて、ロングショットで見れば全然巨塔ではないのですが、もうこのタイトルだけでベストセラーが予測されるような素晴らしいネーミングを、山崎豊子さんはしたわけです。

 それからかっこいい「財前教授の大回診」はなにかに似ているなと思っていたのですが、それは花魁道中そのものなのですね。この映画の音楽は池野成ですが、芥川也寸志の「赤穂浪士」の音楽をつけるともっと映えるのではないかと思いつきましたよ。

 やはり橋本忍の脚本がよい。役者は田宮二郎もさることながら小沢栄太郎と石山健次郎、小川真由美が圧倒的によい。加藤嘉一、田村高広もよい。この映画を見れば昔はめっぽういい役者がごろごろしていたことがよく分かります。

 名脇役を存分に使いこなすことができた山本薩夫は、まことに幸せな監督でした。


本当のことをいえば我は砕けこの世も裂けるべし 茫洋

Tuesday, August 10, 2010

劇団「円」の「死んでみたら死ぬのもなかなか四谷怪談―恨―」を見物して

茫洋物見遊山記第36回



猛烈な暑さが一段落した夏の日の夜に「四谷怪談」を見物しました。

鶴屋南北や落語の四谷怪談ではなく、韓国の演劇作家、ハン・テスクが書き下ろし、パク・ロミが主演し、森新太郎が演出する劇団「円」の「死んでみたら死ぬのもなかなか四谷怪談―恨―」です。

ご存知のように鶴屋南北原作の四谷怪談は、非業の死を遂げて亡霊となったお岩が、夫を恨み、祟ってとり殺す怨霊復讐譚ですが、その原作を自由に翻案した本作では、その復讐の凄まじさが一通りではない。

夫を自ら刃にかけ、(鶴屋南北はお岩が自刃する)、夫をそそのかした5人の武士達をとらえて穴に閉じ込め、上から砂を注いで窒息死させ、あまつさえ明治政府の警察官に顔面騎乗してこれも圧殺してしまいます。

前半部で夫や姑にいびられ、これでもか、これでもかと不条理なDⅤ被害に堪えていた可哀想な女性が、劇薬と共に万斛の恨みを呑んで自死して怨霊となってからは、「さあ、これで私は本当の自由を得たんだよ」と叫び、一転して、おのれの加害者一同に徹底的に復讐する。そのサヂスチックな快感を嬉々として演じるパク・ロミの壮絶な妖艶美こそ、本作の最大の見どころといえましょう。

「死んでみたら死ぬのもなかなか」なのでしょうが、女の恨みはかくまで深い。しかし本邦の女の恨みはここまで深くはないかもしれない。それは100年前に日本帝国に併合された韓国の、100年経っても尽きることのない怨嗟の底しれぬ深さをはしなくもしのばせてくれるようでした。

全編を和太鼓、パーカッションで支えるレナード衛藤の音響が、どこかサムルノリの音楽を連想させるのもおつな趣向です。


恨むなら死ぬまで恨め日本人 茫洋

Monday, August 09, 2010

グラモフォンの「マーラー全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第156夜


没後100周年を記念して陸続とリリースされているマーラーの18枚組の全集です。

交響曲関連では1番がクーベリック、2番メータ、3番ハイティンク、4番ブーレーズ、5番バーンスタイン、6番アバド、7番シノーポリ、8番ショルティ、9番カラヤン、10番シャイイー、大地の歌ジュリーニという豪華絢爛なラインアップ。

ちなみに小澤ボストンは1番第2楽章のオリジナル「花の章」のみのご出演と、さすがプロフェッショナルな音楽屋ドイツグラモフォンはよくお分かり。適材適所の打順ではないでせうか。

 どんどん続けて聞いていると、最近の私の好き嫌いがはっきりしてきます。
「いいな」と思うのはクーベリック、アバド、シノーポリ、シャイイー、ジュリーニなどで、熱血バーンスタインや今回の目玉であるカラヤンの再録ライブなども意外なことにあまり心に残りません。おめえさん、なにをそんなに力んでいるのだ、ていう感じでげす。

 かつてメータがウイーンフィルと入れた2番を聞くと、「未完の大器」なぞといわれたこのインド人の最高の演奏が75年2月のこのライブであることにいささかの感慨もわいてきます。俗に指揮者は歳をとればとるほど良い演奏をすると言われていますが、メータと小沢がその例外であることだけは間違いないようです。

 しかし交響曲より面白いのはやはり歌曲の名曲で、とくにシャイイー&ベルリン放響による初期のカンタータ「嘆きの歌」とアバド&べリンフィルの「少年の角笛の魔法」は、ずしりとした聞きごたえがありました。

マーメードの刺青したる右腕を窓から出しつつ運転する男 茫洋

Sunday, August 08, 2010

「シャンドス・レーベル発足30周年記念30CDセット」を聴いて

「シャンドス・レーベル発足30周年記念30CDセット」を聴いて


♪音楽千夜一夜 第155夜


もう市場からは消えて久しい一枚当たり130円の超廉価の当盤は、1979年に英国の名門インディーズレーベルが発売した限定版30枚組のCDです。

やはりお国ものということで中心はパーセル、ウオルトン、バックス、ディーリアス、エルガー、ホルスト、ヴォーンウイリアムズなどの英国勢の音楽を、パロット指揮タバナープレイヤー、マリナー指揮ASMF、ブライデン・トンプソン指揮のアルスターso、リチャード・ヒコックス指揮ボーンマス響、ギブソン指揮スコットランド響などが楽しげに演奏しています。

そのうちの極めつけは先月の14日に84歳でなくなったチャールズ・マッケラス響がデンマーク国立響を指揮したヤナーチエックの「グラゴル・ミサ」とコダーイの「ハンガリー詩編」でありましょう。同梱されたナイジェルケネディのリサイタル、マリスヤンソンス指揮オスロフィルのチャイコフスキーの5番交響曲を凌駕するあまりにも見事な演奏です。

マッケラスはこの2人の作曲家のスペシャリストですが、筆者がもっとも評価しているのは他ならぬモーツアルトの演奏で、彼が米テラークに遺した交響曲集ほど典雅さとモダンさを両立させている演奏は稀でしょう。ワルターやセルやベームやバーンスタインに一瞬といえども倦んだことにある方はクレンペラーと同様に死に前に一度は耳にしておくべき珠玉の名盤と確言できませう。



二度までも太平洋に投げ出され根岸氏は鱶に喰われざりき 茫洋

Saturday, August 07, 2010

遠藤利國著「明治廿 五年九月の ほととぎす」を読んで

照る日曇る日 第361回

まずこの本の題名が面白い。ちょっと破格だが五・七・五になっていてそんなところにも作者の遊び心が隠されているような気がする。

明治二五年には正岡子規は漱石、露伴などと共にとって二五歳。漢文の素読によって遺伝子注入された江戸時代の国学文化を背骨に埋めながら、ご一新によって列島に洪水のように押し寄せた欧米の数理合理主義哲学と欧化政策の余沢にあずかろうと脳髄と手足を欣喜雀躍させていた。明治という時代も、その時代を起動させた逸材たちもおしなべて若かった。

そんな時代と知的開拓者の水準器を若冠二五歳の短詩形文学者に措定し、子規をリトマス試験紙として日本近代のあけぼのを総覧しようとする著者の試みは、タイトルの趣向以上に興味深く、それなりの成果を収めている。

著者は子規二五歳の「獺祭書屋日記」(をテキストに、若き文学者の鋭敏な目に映じた明治二五年から二八年に至る日本の政治、経済、社会、文藝のエッセンスを次々に論じ来たり、かつ論じ去るのであるが、例えば超然内閣と民党の海軍増強予算をめぐる対立など、はしなくも平成の御代の政界混乱とも重畳していることが諒解され、いと面白いのである。

子規は第二芸術、第三芸術として巷で軽んじられていた俳句や和歌の旧態依然たるチョンノマ世界をこんぽん的に革命した人物として知られているが、その最大の武器となったのが江戸時代の有名無名の俳人歌人の作品の研究である。

講談社から出ている浩瀚な子規全集を通読した人ならだれでも知っていることだが、膨大な古歌、古句を渉猟してその無尽蔵ともいうべき膨大なデータベースを脳内に私蔵していた子規だからこそ、縦軸に古今東西の俳句、横軸に明治二五年の政争を交差させた1日1句の切れ味鋭い俳句時事評を即日即夜に陸続と大量生産することができたのである。

私たちは本書に接することによって、明治の新文学者、新しい日本語としての写生文、あるいは明治という新時代そのものがいかに誕生したか、について漠とした知見を得るだろう。

それにしても二五歳全盛期の子規は恐るべき健脚の持ち主であり、たった一日で九里三六キロの遠距離をなんと高下駄ばきで踏破している。
そのような巨大な肉体的エネルギーの持ち主が、その後わずか数年で根岸の里の一帖の畳に拘束され、高熱と激痛の晩年をすごさなければならなかったとは、なんと痛ましい悲劇だろうか。


二五歳 子規も明治も若かった 茫洋

Friday, August 06, 2010

カラヤン指揮ウイーンフィルで「ドン・ジョヴァンニ」を視聴して

♪音楽千夜一夜 第154夜


 1987年ザルツブルク音楽祭におけるライヴをLDで視聴しました。カラヤンは交響曲や管弦楽曲では問題があるが、ほとんどのオペラの演奏の大半は素晴らしい。それは彼が歌手の声をよく知って彼らの最上の歌わせ方を心得た伴奏をしているからでしょう。

マエストロの晩年のこのモーツアルトでもその特性はぞんぶんに生かされ、とくにドンナ・アンナのアンナ・トモワ=シントウと ツェルリーナのキャスリーン・バトルの歌唱は素晴らしい。不調のドンナ・エルヴィーラ役のユリア・ヴァラディでさえ難アリアをなんとか歌いおおせ聴衆の拍手を頂戴できるのもひとえにカラヤン御大の適切なテンポの設定によるのです。

演出はどんな場合でも安心してみていられるベテランのミヒャエル・ハンペ。冒頭でドン・ジョヴァンニに犯されたドンナ・アンナが、暴漢を憎んで右手にナイフを握りしめつつも左手でその男の右肩を抱いてしまう箇所などにその真髄が表れていますが、広大なザルツブルクの劇場空間をたっぷり使ってきわめて巧みな場面転換を見せています。
とりわけ終幕のドン・ジョヴァンニの地獄落ちの美術セットは宇宙的な光景を招来させて見事。これでこそ悪の帝王と人知を超えた天帝との対決のスケールが表現できるのです。

しかしモーツアルトがこのオペラをウイーンで再演したとき、第2幕の最後の6重唱はカットされ、音楽はドン・ジョヴァンニの地獄落ちで突然停止しました。保守反動の街ウイーンとヨーゼフ2世へのモーツアルトの命懸けの抵抗です。

映画「アマデウス」でもそのシーンは再現されていましたが、それでこそ絶対の自由を志向する反逆児の権力への拒否が活かされる。
「ノン! ノン! ノン!」とペトロのように3度否認した音楽は突然空中分解し、強烈な不協和音をまきちらしながらその場で急停止します。

その瞬間に訪れたものは恐るべき沈黙。そしてそこにのっぺらぼうのようにひろがった神も世界も無い空虚な時空の裂け目を正視できたものはひとりもいないでしょう。反逆児を呑みこんだ天界もまた即死したのです。神も人も無き無間地獄を見せる。それがこの天才のとほうもない仕掛けでした。

 よく気をつけてみれば、(女声はともかく)このオペラの男性の歌い手でテノールはまことに地味な役柄のドン・オッターヴィオただ一人しかいません。しかし管弦楽も低弦が強調されて異様に分厚い。「ドン・ジョヴァンニ」は、生きとし生ける者が地べたを這いずり、のたうちまわり、死から始まって地獄で終わる重々しいドラマであるがゆえに、かつて同じ音楽祭で上演されたフルトヴェングラーのライブを凌ぐ演奏は稀なのです。
モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』全曲キャスト ドン・ジョヴァンニ:サミュエル・レイミー ドンナ・アンナ:アンナ・トモワ=シントウ ドン・オッターヴィオ:エスタ・ヴィンベルイ 騎士長:パータ・プルチュラーゼ ドンナ・エルヴィーラ:ユリア・ヴァラディ レポレロ:フェルッチョ・フルラネット マゼット:アレクサンダー・マルタ ツェルリーナ:キャスリーン・バトル ウィーン国立歌劇場合唱団  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(コンマス ゲルハルト・ヘッツェル) ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮) 
演出:ミヒャエル・ハンペ 映像監督:クラウス・ヴィラー 収録:1987年 ザルツブルク音楽祭[ライヴ] 収録時間:189分


飛蝗共が喰うたる紫蘇を食らうかな 茫洋

Thursday, August 05, 2010

山本薩夫監督「不毛地帯」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.34

「金環触」と同じ監督の作品ですが、今度は山崎豊子の原作の前半部を仲代達矢と陸軍時代の戦友役の丹波哲郎が熱演します。

最後に熱血漢の丹波が鉄道自殺して主人公が悲涙に暮れるところなぞはおもわずほろりときますが、しかし待てよ。
そもそもシベリア帰りの主人公が、大阪のえげつない成りあがり商社に志願して、自衛隊の次期戦闘機の商談に加担していくことになったそもそもの動機がさっぱりわかりまへん。

旧軍隊はもうこりごりだから平和第一主義の民間企業を目指すというのは分かるが、多くの部下たちをいろんな会社にシュウショクさせた凄腕にくせに、他ならぬ自分をなりふり構わぬごきぶり商社に売り込むその料簡がまことに茫洋呆然だ。

そんなに繊維取引をやりたかったなら本町や丼池筋の小さな繊維問屋にでも潜り込めば良かった。それができなかったということは、まだ第日本帝国陸軍の超エリートという権威と地位のおおいさの幻影にしっかりとりつかれていたのでせう。

どうもこの元大本営参謀は、戦争中も戦後になってもその身の振り方にいかがわしいところが感じられ、たかが映画の中の役どころとはいえ、こういう悲劇を生みだす源泉は隗自身にありと言わざるを得ません。

新興商社の社長が元大本営参謀をどのように利用するかが分からずにリクルートしてくるようなあまったれ小僧だからこそ、大本営はあまったれた空想的で非現実的な作戦しか企画立案できなかったのです。

もちろん私は映画に文句をつけるというより、この映画の主人公壱岐正のモデルとされる瀬島隆三という人の生き方にいちゃもんをつけているのですが、この映画は敗戦で結局なにも学ばなかった兵士は、敗戦後にもふたたび同じように世界と人倫に対して過ちを犯すという不変の真理を3時間にわたって汗水たらして物語っているのだと思います。

かつて誰かさんがいみじくも語ったように、歴史は繰り返すのです。一度は悲劇として、二度目は茶番として。


その茗荷も少し大きくしてから食らうべし 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第16回

bowyow megalomania theater vol.1

11月1日 晴

けさ、のぶいっちゃんとひとはるちゃんが僕のところへやってきて、
「おい、岳。今からおれたちどっか遠いところへ逃げよう。公平も文枝も洋子も一緒だ。」
と言いましたので、僕とのぶいっちゃんとひとはるちゃんと公平君も文枝と洋子は6人組になって運動場の鉄棒のところにいっぺん集まってから星の子学園の裏山に登りました。

登りながら逃げました。

おととい台風がやってきて大雨が降ったので道はぬかるんでいました。
文枝が転んでスカートが泥だらけになったので、みんなでふいてやりました。

裏山のてっぺんのところから星の子学園を見下ろすと、ちょうど午前中の仕事が終わってみんなが作業室から出てくるのがよく見えました。

考二と敏が晴美にちょっかいを出したら、長島先生に怒られてぶん殴られてベソをかいている姿もはっきり見えました。

「岳、もう星の子なんか行かなくてもいいんだよ」
とひとはるちゃんがやさしくささやいたので、僕はほんとうにうれしくなりました。

ばんざーい! ばんざーい!


まいにち三浦スイカむさぼり食らう快楽 茫洋

Tuesday, August 03, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第15回

bowyow megalomania theater vol.1


10月31日

逆。其んな事、したら、汚れちゃうよ。

もっと広げなさい。岳君、那須先生に。圭君。圭君。

1月、2月、3月、4月、5月、6月、7月、8月、9月、10月、11月、12月。

お父さんに見せて、貰いなさい。岳君。

此れ。御願いします。

チャンと遣るから。今日、遣らないから。又遣ります。

ああ、頭が痛い。頭が痛いおう。割れそうだおう!



たとえ世界が滅ぶとも我のみは生きるぞと1億の民草 茫洋

Monday, August 02, 2010

山本薩夫監督「金環触」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.33

1975年製作の大映映画を、夏の夜長を居眠りしながら見るともなく眺めておりました。

まずは九頭竜ダム落札事件をモデルに、保守政党の総裁選挙に端を発した汚職事件を描いた石川達三の原作を見事に劇化した田坂啓の脚本がよくできています。
ために山本の演出の切れ味が冴えわたる。池田、佐藤政権時代の自民党政治の内幕が、まるで赤塚不二夫の漫画のように面白可笑しく描かれていてあきさせないのです。

そして腐敗堕落した政財界とマスコミ、土建会社の面々を演じる役者たちのなんと絢爛豪華なことよ。

とくに凄いのは前歯をむき出しにしてあほばか面を画面いっぱいに全開する希代の詐欺師森脇将光を演じる宇野重吉その人です。マッチポンプ代議士田中彰治役の三国連太郎を凌ぐ存在感をみなぎらせて秀逸。冷徹な官房長官黒金泰美役の仲代達矢を完全に喰ってしまっている。とりわけ田中彰治が森脇を接待するキャバレーの色と欲のシーンはこの70年代を代表する映画のハイライトといえるでしょう。

ぎらぎらと野心と欲望をむき出しにする怪しき男どもが暗黒界にうごめくとき、男優陣の陰に隠れている池田首相夫人の京マチ子や森脇の女中村玉緒、大塚道子、長谷川待子、鹿島建設が黒金に提供した安田道代、夏純子などの女優陣があたかも金環触の外輪のように妖しく輝く。

これは政治と汚職に材を借りた男と女の真夏の夜の供宴映画ではないでしょうか。


超高層の億ションペントハウスに住むという男の自慢を白々と聞く 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第14回

bowyow megalomania theater vol.1

10月30日

また台風がやって来ました。台風20号と21号です。

その前の19号は僕のウチの屋のカワラをぜんぶぶっとばしてゆきました。

こんどの20号と21号が、お隣とそのお隣も家ごとぜんぶぶっとばしていったら超おもしろいです。

台風が2つ3つばかりじゃなく、20も30もいっぺんにやって来て日本全国ぶっとばしていったらゆかい痛快です。

日本も世界も大あらしになって、大水になって、人もけものも生き物がすべてあっぷあっぷになっちゃって、のぶいっちゃんとほとはるちゃんと公平君とケイスケと雄二と洋子と麻衣と文枝とかおる子と僕とみんな一緒に大きな大きな船に乗って世界中が沈没していくのを眺めてみたいです。


一生に一度は誰もが叫ぶ言葉アプレヌ・ル・デルージュ! 茫洋

Saturday, July 31, 2010

ピーター・セラーズ演出ウイーン響で「フィガロの結婚」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第153夜

今年5回目の海水浴から帰ったあとで、いまや完全にオールドメディアとなったLDでクレイグ・スミス指揮ウイーン響でモ氏の「フィガロの結婚」を視聴しました。

舞台はニューヨークの高層マンションに設定されていて、このベランダからケルビーノが飛び降りたりするのはいくらなんでも無茶だと思うのですが、鬼才ピーター・セラーズはてんで頓着しません。終幕の夜の庭園も室内の設定になっているので、登場人物の布陣がまったくわからないのですが、セラーズはそういう全体図よりも夫婦や恋人や男と女のⅠ対1の相関関係のゆがんだ愛憎に焦点を当てているので、別段このオペラの舞台がニューヨークでなくてもいっこうに差し支えなかったのでしょう。ともかくエグクて図太い演出家です。

そんな次第で音楽は完全な添え物となってしまいましたが、クレイグ・スミス指揮ウイーン響もジョルジュ・プレートルほどではなくともそれらしいモーツアルトを鳴らし、泳ぎつかれてうとうとしているうちに全員が浮かれてダンスを踊る大団円に突入していました。

どんなつまらない楽団と演出家の組み合わせでも、最後に伯爵夫人があほばか伯爵を許すシーンでは、それこそ粛然とした気分が、それまでの馬鹿騒ぎを洗い流して、やはり人間て素晴らしいなあ、なーーんていう身もふたもない法悦に浸らせてくれるのですが、残念ながらこのコンビにはそれはない。あほばか音頭がすべてを覆い尽くして、それこそプッツンと終わってしまうのでした。



♪ニイニイ油カナカナ鳴き揃うたり文月尽 茫洋

Friday, July 30, 2010

西暦2010年文月茫洋花鳥風月人情紙風船

ある晴れた日に 第77回


現金をゴミ箱の中に捨てていた不思議の国に生きている息子

金捨てる息子の生きる不可思議な世界を知りてまた驚きぬ

横顔が母に似ているなと思いながら息子の顔を見ている私の顔

障碍を持つ長男の髪を切る鎌倉2小の同級生かな

私と障碍のある長男を並べて髪切る小林理髪店

世界と私との戦いではおそらく私は息子の側に立つだろう

しかすがにてふ枕詞思い出したりシカスガオの歌ききて

お位牌のチンは横からそっと打つのよと母がいう

亡き父の鞄の底に眠りしは肩書のない一枚の名刺

父死にて泣けぬ我かと案じしがとどまることなく涙流れたり

大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな

「お父さんは好きか嫌いかどっちなの」に遂に答えられぬ柳美里

なんの根拠もなく絶対生きているという言葉にすがりつく哀れ

美しきうわべの貌をひとめくり心はいかに美しき人か

新宿の天丼てんやで五〇〇円の天丼食らうアメリカ人カップル

文学の巨星なれど医学の巨悪人間森林太郎をいかに位置づけるべき

なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに

ポネル死してオペラまた死したりその雲居の声に残響に耳を澄ます

はじめに女ありき そこから始まった日本私小説 

ブロンドの謎の少女も叔父上もおのれもすべてうつせみにして

ライバルの御家人どもをなぎ倒し最後は自滅のああ伊豆豪族

ピッチには一度も立てずアフリカの歌をうたいし選手のこころ

野に山にノウゼンカズラの花咲けば狂乱の夏いまぞ来にけり

1200円の三浦スイカを食べにけり

シューマンの象徴の森深く分けて入る

おたま食らうヤマカガシ殺したるおぞましさ

ジャワ更紗サラサはスカンポの柄に似て

いくたびもカラス何代目あらわれては消え

佃煮にして食べたき魚泳ぎけり


ねえお母さん 茗荷と紫蘇が獲れる庭はいいね 茫洋

Thursday, July 29, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第13回

bowyow megalomania theater vol.1

10月29日

お母さんが、弟の純君を叱りました。
「こらっ、純。もっとちゃんとご飯を食べなさい」
僕も言いました。
「こらっ、純。もっとちゃんとご飯を食べろ!」

 そして、僕は、純がちゃんとご飯を食べないし、お母さんに純のことばかり注意するので、頭にきて、純の頭をごっつんと殴りました。

純は、びっくりして僕の顔を見ました。お母さんは、
「岳がほんきで怒ってるよ。マジだよ」
と言ってたいそう驚いて
「純君、どうしたの、なにが気にいらないの? どこか具合でも悪いの?」
と聞きました。

「ううん、僕どこも悪くないよ。大丈夫ですお」
と答えると、お母さんはなおも僕のことが心配になったようで、急に僕の機嫌を取ろうとするように、
「岳君、どこか遊びに行きたいところがあるんでしょう?」
とカマを掛けてきたので、僕が
「火星社書店」
と答えると、お母さんはもう一度びっくり仰天して
「そ、それは高尾山の麓の本屋さんじゃないの。あそこはあなたがもっと小さい頃に日曜日ごとにさんざん行ったところじゃないの。そんな遠いところじゃなくて、もっと近いところで岳が行きたいところがあるでしょ?」
と言ったので、
「それじゃあ川崎の岸さんちへ行きたいお」
と言ったら、お母さんはまたまたあわてて
「川崎も遠いよね」
と言ったので、
「それでは僕は大船のイトーヨーカ堂に行きたいです」
と言ったら、お母さんは思わず両手を胸の前でパシリと打ち合わせて、
「よおーし、じゃあ岳君、イトーヨーカ堂へ行こう。行こう、行こう、みんなで行こう!」と大声で叫んだので、僕は「僕は岳ちゃんではありません。岳君です!」
と言いました。


1200円の三浦スイカを食べにけり 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第12回

bowyow megalomania theater vol.1

10月28日 曇

今日は朝から風邪気味でした。

具合がとても悪いので、流れてきた「イチョウまんじゅう」の箱をぼんやり眺めていたら、突然目から火が出ました。

現場監督の長島先生が僕をぶん殴りました。僕の頭をぐあんと殴ったのです。

僕は目からバチバチと火を出しました。それからあんまり痛かったのでわあわあと言って泣きました。そしたら、
「いつまで泣いてんだ。バカ」
と言ってまた長島先生が僕を殴りました。

今度はほっぺをぶん殴りました。すごく痛かったので、また泣こうかと思いましたが、また泣くと、また長島先生にぶん殴られると思ったので、僕は必死で泣きませんでした。

いっしょうけんめい泣くのをこらえました。ヒックヒックと言ってこらえました。

長島先生は嫌いだ。長島なんてぶっ殺してやる。



美しきうわべの貌をひとめくり心はいかに美しき人か 茫洋

Tuesday, July 27, 2010

柳美里著「ファミリー・シークレット」を読んで

照る日曇る日 第360回

どうやらこの人はいいしれぬ苦悩に陥っているようです。そうして、それがどういう苦しみであるのか、またその苦しさがどこからやって来たのかについて、この人の苦難に満ちた来歴が、あるいはまたその絶望的に悲惨な日常生活の断片が、啼くがごとく、恨むがごとく延々と語り続けられるのです。

幼い時から父親の家庭内暴力の被害に遭い、世間からも迫害されてきたという作者は、様々な小犯罪やリストカット、自殺未遂を繰り返しながら、おのれを護持するために懸命に小説を書いてきたそうです。

しかし不幸なことに、40歳を超えた今日も過去のトラウマから解放されず、新しい連れい合いからは連日殴る蹴るの虐待を受け、しかしながら前夫との間に出来た最愛の息子に対しては時として暴力を加え、夜は寝られず、精神には異常をきたし、とうとう著名な精神分析者のカウンセリングを受けることになります。

そうして何度かの濃密なセッションを通じて、次第に作者の精神的な障碍の構造があきらかになり、長年にわたって音信不通であった父親との再会が実現し、(それらの「家族の秘密」はすべてあからさまに小説の中で公開されるわけですが)、幼い時から奪い去られていた「愛」を取り戻すためのささやかな試みがようやく開始されるかにみえるところで、本書はなんとかハッピーエンドの姿を取ろうと努めるのです。

けれどもまばらな拍手にこたえるべくカーテンコールによろばい出た作者の、鎌倉雪の下カトリック教会で聖体拝受にあずかる疲労困憊した姿や、横浜弘明寺商店街を彷徨する幽鬼のような姿は、とてもこの世のものとは思えません。

複雑な少女時代に「碧いうさぎ」の刻印を受けた酒井法子や、わが子を川に投じた畠山鈴香に自分の分身を感じるという作者の赤裸々な言行録は、読む進むほどに痛ましさがつのり、「親の因果が子に報い」などという古いことわざが、あたかもアポロンの不吉な神託のように聞こえてくるので面妖な心地さえしてくるのです。

いずれにしても、ほとんど精神の決壊寸前に立ち至ったこの俊秀の一日も早い拝復を祈らずにはおれません。

「お父さんは好きか嫌いかどっちなの」に遂に答えられぬ柳美里 茫洋

Monday, July 26, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第11回

bowyow megalomania theater vol.1


10月27日

星の子学園に行きました。

僕の住んでいる街でいちばん有名な「イチョウまんじゅう」の箱を折りました。

流れ作業です。最初にのぶいっちゃんと洋子がタテ折りだけして、次にひとはるちゃんと文枝がヨコ折りして、そこから回されてきたA4くらいのイチョウの絵が描かれたリサイクルペーパーを、僕と吉本公平君の2人がもういっぺんタテヨコきれいに折り直して化粧箱に組み立てます。

朝9時からお昼休みをはさんで午後5時までそればっかりやってる。やらされてる。

僕はとても不器用な人間なおですが、それでも毎日毎日やっているうちにだんだん上手になってきましたが、僕は結局なにをやっているんだろう。それが全然わからない。

朝から晩まで箱を折り続けているので、それでとても疲れます。

働くことは疲れることです。僕はもう働きたくありません。働くことは嫌になりました。

働くことが好きで上手な人だけ働いてください。


♪新宿の天丼てんやで五〇〇円の天丼食らうアメリカ人カプル 茫洋

Sunday, July 25, 2010

文化学園服飾博物館で「世界の更紗」展を見る

茫洋物見遊山記第35回&ふぁっちょん幻論第60回

更紗と聞けば、♪スカンポ、スカンポ、ジャワ更紗という歌を遠い日にどこかで聞いたことを反射的に思い出します。

調べてみると北原白秋作詞、山田耕作作曲の「酸模の咲く頃」という小学唱歌でした。正式には、次のような素敵な歌だったのでここで全国のよい子の皆さんとご一緒にのどちんこを全開しながら大きな声で合唱してみたいと存じます。

♪土手のスカンポ ジャワ更紗 昼は蛍がねんねする 
僕ら小学1年生 今朝も通って また戻る 
スカンポスカンポ川のふち 
夏が来た来た ドレミファソ

みなさん、いかがでしたか。ちゃんと歌えましたか。とってもいい歌ですね。
特に「昼は蛍がねんねする」というところと、最後の「夏が来た来たドレミファソ」というコーダはあーだこーだを許さないとてもチャーミングなもの。昨今の、歌詞が聞こえない、出鱈目英語入りのあほばかポップスなど足元にも及ばぬ白秋&耕作ゴールデンコンビの至高の境地でしたね。

私はこのスカンポソングをハミングしながら楽しく「世界の更紗」展を見物しました。展覧会のチラシによれば、更紗とは「主に木綿の布に手描きや型を使って文様をあらわしたもの」を指すそうですが、織りでなくなく染めで文様を作るところがポイントです。

原産国はインドですが、たちまちジャワ(インドネシア)近辺に飛び火し、ここから17世紀の大航海時代の東インド会社の貿易ルートを経由して、東は中国、日本、西はヨーロッパ、ロシア、中東、アフリカまでほぼ全世界に伝播していったようです。

それにしても同じ文様をアレンジしながらジャワ更紗、ペルシア更紗、アフリカ更紗、フランス更紗、日本更紗のおそろしく微妙で多彩な差異よ! ここに統合を夢見つつもけっして単一化されざる世界文化の一典型があるようにも思われます。

なおこの興味深い展覧会は新宿の文化学園服飾博物館にて9月25日まで開催されています。


♪ジャワ更紗サラサはスカンポの柄に似て 茫洋

Saturday, July 24, 2010

由比ヶ浜海水浴場にて

バガテルop128

今日も朝から猛烈な暑さです。午後の遅い時間に、例によって家族3人で、今年3回目の海水浴に出かけました。

由比ヶ浜の海岸は黄色い旗が立っていました。それほど波が高くないのにどうしてだろうと思っていたら、中央監視所からアナウンスがありました。
「今日は雷警戒警報が出ているので遊泳注意になっています。あまり沖には出ないようにしてください。それから海岸では決まった場所以外での喫煙はやめましょう」

そういえば今年の4月から神奈川県の喫煙条例が施行されたので、こういう放送をしているのでしょう。従来から海岸でプカプカ煙草を飲む連中には頭に来ていたので、この規制は大賛成ですが、ライフガードの人たちは例年にも増して大忙し。去年は大波で若い学生を溺死させたのですが、今年は海に加えて陸地でも目を光らせなければならなくなりました。

私たちはいつものようにライフガードの人たちがたむろしている監視所のすぐそばに陣取りました。これなら泳げない息子が浮輪で遠くまで行ってもすぐに助けてもらえます。

息子はもうとっくに星条旗の派手なデザインの浮輪に乗って波間にゆらゆら浮かんでいます。私も海に入りました。先日の花火大会のせいでしょうか、海水が濁って少しゴミがういています。(花火大会の後にはトラック何台分もの物凄いゴミが出て、毎年市の職員やボランテイアが総動員で片付けるのですが、大変な重労働だそうです。)

しばらく進むと次第にきれいになって中指くらいの大きさの魚がたくさん気持ちよさそうに泳いでいます。これを佃煮にしたらさぞやおいしいだろう、と思って両手ですくおうとしたのですがそうは簡単に問屋が卸さないのでした。

辺りを見回すと男女のカップルと家族連れが半々くらいでしょうか。みんな思い思いに楽しく遊んでいます。今からざっと700年前の和田の合戦で討ち死にした若武者たちの骨がおよそ5メートルの深さに眠っている砂浜の上では、褐色の肌の筋骨たくましいアフリカ人の青年が若い女性にフランス語で声を掛け、あちらではいかにも色男風のイタリア人が長身のモデル風の日本人女性を英語でくどいていますが、これまたそうは簡単になびいてはくれないのは北条氏の陰謀に斃れた武士達の怨念ゆえであることを、彼らは永久に理解できないでしょう。

私が海水浴に来るのは海で泳ぐためです。太古私の祖先が生まれた海に肌近く接し、海と風の声を聴きながら静かに物思いにふけるためですが、その大いなるさまたげになるのが海の家からの騒音。DJだかあほだらミュージックだか知らないがアルコールをあおりながら傍若無人に踊って叫んで騒音をまき散らして喜んでいる破廉恥漢々はどこか無人の山奥か都会のビルの地下室に直行してほしいものです。

♪佃煮にして食べたき魚泳ぎけり 茫洋

Friday, July 23, 2010

高橋源一郎著「「悪」と戦う」を読んで

照る日曇る日 第359回

どうやら作者にはいわゆる「発達障碍」の子どもが身内に居るようで、その切実な個人的な体験が、偉大な「ドンキホーテ」を想起させるこの気宇壮大な哲学的ファンタジー小説を生みだしたことは間違いないようです。

作者自身を思わせる父親には3歳のランちゃんと1歳半のキイちゃんという2人の男の子がいるのですが、このキイちゃんの言葉の発達が遅れているので父親はとうぜん心配するわけですが、母親はおおように構えている。

しかし不思議なことに、ろくに言葉を発しないキイちゃんの意思を、ランちゃんだけは的確に読み取り、いわば「親をしのぐ介護者」として叡智に満ちた大人のようにふるまうのですが、ある日彼らの前に超絶的な魅力を持った少女が登場するところからこの小説の発熱と激動がはじまります。

じつはこの少女は顔容のみ奇形ですが、他の部位はまるでモデルのように非の打ちどころのない完璧な美形なのです。生まれながらに天から授かったこの悲劇に耐えてきたミアちゃんの母親は、公演の片隅で「わたしは「悪」と戦っているのです」と父親に囁く。ここまでが本作の見事なプロローグです。

ここで彼女がターゲットにしている「悪」とは、障碍という不公平を地上にばらまいた天とその障碍をネタに迫害する世間の双方です。彼女と娘のミアちゃんには彼らがこうむった不当な悪に対して抗議し、反抗し、もしかするとその正当な復讐を要求し実行する権利があるのかもしれません。

しかし彼女は、天と世間への怨嗟や異議申し立てを健気にも押し隠し、正体不明の巨悪にやむを得ず立ち向かわざるを得ない自分の孤立無援の思想を、あたかもチャイコフスキーの6番目の交響曲の最終楽章のように奏しているようです。

物語はさらに進み、作者は世界中のいたるところに、この世界とこの世界に住む人間たちの「悪」を発見します。世界も世界の創造者も、それ自体が善悪を超越した存在であるために、ミアちゃんのような犠牲者は次々に生まれ、世界の住人たちも負けじと数知れぬ犯罪を引き起こし、その悪の連鎖が、またしても無数の悪と敵意と復讐の連鎖を生みだしているのです。

これらの諸悪を必罰懲戒せんとする正義の味方・善玉ボスから強いられて、なぜか悪玉暗殺者になってしまったランちゃんのところには、これまで人類のせいで惨殺されたシロクマやゾウたちまでもが、「千人一殺」(責任者全員ではなく任意の誰かだけを殺害すること)の復讐を要求して詰めかけます。

たった3歳の男の子が、世界を破壊しようとする悪意の持ち主を、みずからの判断で見ぬき、サイレンサーでプシュッと消さなければ、これまで世界中の善意の人たちがかろうじて守ってきた平和と秩序が決定的に破壊されるという極限状態は、どこかカフカの「世界と君との戦では、君はどちらを支援するか?」という名高い設問を想起させます。

いまや悪の象徴と化した最愛のミアちゃんを、わが幼いヒーローは果たして自分の手で消せるのか? それにしても、いったいなにが悪でなにが善なのか? 悪にも正義があるように、善にも不正があるのではないだろうか? ほんとうの幸せはどこにあるのだろうか? 

かつてドストエフスキーが問い、宮沢賢治が問うたこの難問に、今一度われらが高橋源ちゃんも鋭く問いかける。これは古くて新しい普遍的な人倫小説の平成新装版と言えましょう。


世界と私との戦いではおそらく私は息子の側に立つだろう 茫洋

Thursday, July 22, 2010

ギュンター・グラス著・池内紀訳「ブリキの太鼓」を読んで

照る日曇る日 第358回

現代ドイツ文学の最高峰の若書きとしてあまねく人口に膾炙する本作ですが、いったいどこがどう面白いのか理解に苦しみます。

3歳の時に地下室に転落して以来成長を拒否した主人公が故郷ダンツヒを舞台に第2次大戦の戦中戦後をアクロバチックに怪しく生き延びるピカレスクロマンにして20世紀のビルダングス浪漫、なのではありましょうが、それらのやっさもっさが著者の切実な戦争体験に基づく政治的性的ドキュメンツなのだとしたところが、それがいったいどうしたのさ。

それでも新工夫を凝らそうとする著者は、主人公の言動を、「オスカル」と「ぼく」に2分化して描写しようとしているのですが、ではこの3人称と1人称をどのように区分けし、どのように統合しようとしているのかが読めどもてんで分からない。いかにも20代の若造の考えそうなアイデア倒れに過ぎません。

もしかするとヒトラー・ユーゲントに入っていた前歴を2重人格的に複合化(ナチと非ナチの自分)しようと思いついたのかも知れませんが、このように重大な事実を著者が告白したのはようやく06年になってからのことでした。

あまり否定的なこと挙げばかりでは公平を欠くので、無理矢理面白そうなことをとりあげると、この主人公のいちばんの執着は女性のスカートの下の匂いで、祖母のそれからはじめって恋人や看護婦のその部分への異常なこだわりが随所で執拗に描写されているのはそれほど変態的でもなく、人間の本質を外貌ではなく肉体生理に求める文学者らしいフェチ嗜好として微苦笑しつつ読み飛ばすことができます。

そういえば、昔これを原作としたフォルカー・シュレンドルフの映画を見たことを思い出しましたが、オスカルの太鼓連打で教会の窓ガラスが粉砕される光景がことのほか印象的で、あのような武器を欲しいと今でも思わないでもありません。



♪一斉の太鼓連打で宿敵打倒恩敵退散 茫洋

Wednesday, July 21, 2010

グラモフォン盤「シューマン全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第152夜

ショパンと並んで今年はロベルト・シューマン(1810-1856)の生誕200年記念に当たるためにこのような大きなコレクションが続々発売されています。

交響曲はガーディナーと革命浪漫交響楽団の演奏ですが、ロマン派を古楽器で演奏するのは邪道につきゼロ評価となりますが、フィッシャア・デイスカウとエッシェンバッハを主力とする歌曲大全集が抜群に面白く、シューベルトと同様やはりロベルトは歌の詩人であることがよく理解されます。シューベルトもシューマンも歌曲においてもっとも重要なな仕事ができたわけで、その他のジャンルの作品は別になくても構わないと放言したら本気で怒るひともいるのでせうね。

時折エディト・マチスの可憐な声も入ってくるのですが、バリトンとソプラノに寄り添うエッシェンバッハのピアノ演奏の見事なこと。全35枚のうちでこの9枚の歌曲集がもっとも聴きごたえがありました。

ともかく1枚258円の廉価版なのであとはおまけのつもりで聴きましたが、室内楽のハーゲンカルテット、私のひいきのボーザールトリオ、クレメル&アルゲリッチも悪かろうはずがありません。ピアノの名曲の多くをポリーニが弾いていますが、牛刀割鶏の嫌いあり。シューマンの含蓄ある音楽をどうしてこのような神経衰弱患者が弾き急ぐのでしょうか。この名人は(ミケランジェリと同じく)音楽に無知なピアノの技術屋にすぎず、ショパンだろうがベートーヴェンだろうがシューマンだろうが同じことで、ただただ物理的な音響の連鎖を切ったり張ったりして粋がっている。

げいじゅつなんて昔も今も河原乞食の芸、サーカスの曲芸、いかがわしい小手先の魔術とおんなじなんだから、それすらわかろうとしないなまじインテリゲンチャンな藝術家がいちばんハタ迷惑なのです。この男はもいちど生まれ直してきてバックハウスやコルトーやサンソン・フランソワやホロビッツ、ポゴレッチ、サイなどのアホなところをたっぷりと外部注入しないと、世の心ある人は聴いてくれんだろう。いまだまされているのは耳無芳一的トウシロウばかりだよ。

音響には強いが音楽とは無縁の世界でボケることさえできずに醜態をさらしているポリーニと比べると明らかにシューマンらしい音を並べていたのが意外にもアシュケナージ。どこのオケを振っても下らない演奏しかできない指揮など一日も早くやめてもっとピアノの録音をいれてほしいと思いました。(これはエッシェンバッハ、バレンボイムも同様)。

シューマンの象徴の森深く分けて入る 茫洋

Tuesday, July 20, 2010

ウナギの大回遊

バガテルop127

謹んで暑中お見舞い申し上げます。

こんなに暑いと自分の脳力ではなんにも考えられないので、本日は以前日経の夕刊コラムで国際高等研究所の尾池和夫さんが東大大気海洋研究所の西田睦所長のお話にもとづいて書かれていた「ニホンウナギの記憶」からほとんどそのまま引用したいと存じます。

四万十川など西南日本の河川には天然ウナギが棲息しています。ウナギの稚魚は冬の川を上ってクロコになり、黄鰻になって数年を過ごし、銀鰻となって川を下るのですが、さてそこからどこへ行って産卵するのでしょう?

この長年の疑問が、やっと06年になって解決しました。ニホンウナギの産卵地がマリアナ諸島の北西約370キロにある北緯14度、東経143度付近の「スルガ海山」であることが、東大海洋研究所の塚本勝巳さんたちによって特定されたのです。ここで生まれたニホンウナギは北赤道海流と黒潮に乗って3000kmの大回遊をして日本にやって来るのです。

ウナギの先祖が地球に登場したのが2000万年前だとすると、その頃の西南日本の地は今よりももっと南にあり、その近くにマリアナ諸島がありました。またちょうどその頃インド大陸とアジアの衝突でヒマラヤが隆起し始め、その隆起した山地から豊かな栄養が大河によって海に運ばれるようになりました。安全な深海で生まれたウナギは近くの栄養のある浅い海に来て、その近くの陸地の川に上って成長したのでした。

地球のプレートは1年に5センチというゆっくりした速度で動いていますが、2000万年あれば1000キロ動くことになります。この結果マリアナ諸島は東へ、西南日本は北へ大きく移動して現在の位置に来たのですが、驚いたことにニホンウナギは、遠い先祖の記憶をたどって大回遊しながら相変わらず産卵を続けているのです。


野に山にノウゼンカズラの花咲けば狂乱の夏いまぞ来にけり 茫洋

Monday, July 19, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1

小さな滝から冷たそうな水が次々に流れ落ちて、小さな滝つぼをつくっています。

滝つぼの上にももみじ色をしたもみじがいっぱいたまっていて、ほとんど水が見えないくらいでした。その、もみじの葉っぱを見ていてもぜんぜんこころが静まらないので、僕は石をつかんで滝つぼに投げ入れました。

でも、滝つぼは、ぼちゃんといったまま知らん顔をしています。
僕は頭にきて、ふたつ、みっつと石を投げ入れました。

ふと気がつくと、散歩にやって来た滝沢のおじいさんと秋田犬のシロが、滝の手前のところでじっと僕の方を見ています。変な目つきで見ています。

それで、僕はシロに咬みつかれるとヤバイと思って、いっさんに家の方まで駆けて帰りました。逃げて帰りました。

帰りましたけど気持ちは炭のように真っ暗で、身体のすみずみまでなにか膿のようなタンのようなものでぬりたくられているような気がしました。汚されているように感じました。

僕は、これからどうなっていくんだろう? 自分で自分のことが、分からない。

少し怖くなりました。


♪大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1

小さな滝から冷たそうな水が次々に流れ落ちて、小さな滝つぼをつくっています。

滝つぼの上にももみじ色をしたもみじがいっぱいたまっていて、ほとんど水が見えないくらいでした。その、もみじの葉っぱを見ていてもぜんぜんこころが静まらないので、僕は石をつかんで滝つぼに投げ入れました。

でも、滝つぼは、ぼちゃんといったまま知らん顔をしています。
僕は頭にきて、ふたつ、みっつと石を投げ入れました。

ふと気がつくと、散歩にやって来た滝沢のおじいさんと秋田犬のシロが、滝の手前のところでじっと僕の方を見ています。変な目つきで見ています。

それで、僕はシロに咬みつかれるとヤバイと思って、いっさんに家の方まで駆けて帰りました。逃げて帰りました。

帰りましたけど気持ちは炭のように真っ暗で、身体のすみずみまでなにか膿のようなタンのようなものでぬりたくられているような気がしました。汚されているように感じました。

僕は、これからどうなっていくんだろう? 自分で自分のことが、分からない。

少し怖くなりました。


♪大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな 茫洋

Sunday, July 18, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1



10月26日 雨

 白いつぶつぶを混ぜた、変な雨が、ざざあ、ざざあ、と降って来ました。

僕は、じんせいがいやになってきました。すべてのことが、いやになってきました。星の子学園が、いやになってきました。

僕は、僕のことも、弟のことも、お父さんのことも、ムクのことも、みんなみんな、いやになってきました。僕なんか、生まれてこなかったほうがよかったんだ、と考えたとたんに、自分で自分が悲しくなってしまいました。

なにもかもいやになってしまったけれど、だからといって特になにかすることを思いつかなかったので、近所の金沢八景へ抜ける切り通しのところへ行きました。


♪しかすがにてふ枕詞思い出したりシガスカオの歌ききて 茫洋

Friday, July 16, 2010

林望訳「謹訳源氏物語三」を読んで

照る日曇る日 第357回

第1巻がこの間出たと思ったら、もう第3巻でちょっと民主党の小沢を思わせる政敵右大臣の愛娘朧月夜の尚侍をまたしてもやってしまった源氏は、そりゃあんまりだ、当然の酬いだという訳で哀れ須磨に流されてしまいますが自業自得身から出た錆びの都落ちをおいおい泣いたり侘びたりするうちにまたしても都合よく明石の君を発見して奥方の紫の上を気にはするものの結局この鄙には稀な美女もおのがものにして玉のような女児をあげるのですがこういういいかげんうんざりするようなワンパターン的色好みすけこまし譚も一種貴種流離譚のようなお伽噺もすべて超インテリオバハン紫式部の空想にすぎず一世一代の色男を自分の都合のいいように手のひらの上でポンポコリンさせて色即是空させているだけのことじゃねえかと思えばなんだか物語の操り人のその怪しい手つきがほのみえてような気がしていささか興ざめにもなるのですがとはいえ平安時代は藤原道長が位人臣を極めこの世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えたご時世にあって藤原氏以外の貴族たちは立身出世の道を断たれて書画骨董文芸淫美女色の脇道に深入りするしか生きるすべがなかった時代ですからいくら道長から寝ようと誘われ自作の第一読者を自任されていたとしても所詮式部は藤原一族のはしくれですらない彼女はアンチ藤原氏一同を代表して彼らの見果てぬ夢である幻想の源氏の御代を描いてその世界初世界最大最高の物語のあちらこちらにおいて道長一派を皇室を危うくする権謀術数家や権力にこびへつらう滑稽な道化師女の性を利用し踏みつけにしてどこまでも私利私欲を追い求めようとする小市民として点描することによってせめてもの気晴らし口散じをすることだけが関の山だったといえばいえるのでしょうが結果的にその小さな嫌がらせないしささやかな政治的報復行為がこの史上空前の大ロマンの多種多様な副主人公たちの光彩陸離たる大活躍につながって物語の細部を異常なまでに充実させあまつさえそこに読者の視線が集中するという思いがけない結果を生んだために恐らくは致命的欠陥になりかねなかった主人公光源氏のあほばかウドの大木的キャラの肥大化および下半身爆弾常時突貫小僧的単細胞肉体性と諸行無常的空虚感の後景化に見事に成功したといえそうです。


♪藤原の摂関政治にあぶれたる貴族が励みしセックスと歌 茫洋

Thursday, July 15, 2010

吉村昭著「歴史小説集成第8巻」を読んで

照る日曇る日 第356回

「ニコライ遭難」「ポーツマスの旗」「白い航跡」の3冊の本を1巻におさめた最終巻をやっとこさっとこ読了しました。

帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世の皇太子時代の大津事件を扱った「ニコライ遭難」は、当時この暗殺未遂事件がいかに日ロ両国の政治外交関係に大きな衝撃を与えたかについて、手に汗握るような臨場感と事実の積み重ね(例えば長崎で入れた両腕の龍の刺青!)で描き、たとえば富岡多恵子の「湖の南」の視点の定まらぬ凡庸な記述などとは比べ物にならない歴史小説の力量を見せつけています。

日露戦争にかろうじて勝利したあと、国民の重すぎる期待を背負ってロシア全権ウイッテと凄まじい外交戦争を繰り広げた「短躯の巨人」小村寿太郎を主人公とする「ポーツマスの旗」では、当時イソップ物語に出てくるカエルのようなでパンク状態にあった日本という国を、未曾有の苦難から救済すべく粉骨砕身の努力を続けた孤独な外交官への熱い共感がいつもながらの冷静な筆致から隠しようもなくふつふつと湧き起ってくるのが格別の魅力です。

 そして1882年(明治15年)からの4年間に食物を改善して日本海軍の脚気を根絶し、後年のビタミンB欠乏原因説のさきがけの道を切り開いた医学者高木兼寛の孤軍奮闘の生涯を描き尽くした「白い航跡」では、幕末の薩摩でウイルスに医学を学んだあと、英国に留学して経験主義を大事にする現実的な臨床医学のノウハウを身に付けた高木兼寛と、理論主導医学の本場ドイツに留学してコッホ譲りの脚気細菌説を死ぬまで唱え続けた鴎外森林太郎の科学者としての生き方が、するどく対置されて見事です。

いかに文学者として偉大な業績を遺したにせよ、石黒陸軍軍医総監と結託して(結果的に)誤った非科学的な学説に依拠し、日清日ロの大戦で数多くの脚気死亡者を出した責任は、この謹厳実直かつ頑迷牢固な医学者に帰せられるべきでしょう。

 
文学の巨星なれど医学の巨悪人間森林太郎をいかに位置づけるべき 茫洋

Wednesday, July 14, 2010

川本三郎著「いまも、君を想う」を読んで

照る日曇る日 第355回


57歳で逝った妻を悼む鎮魂の書です。

著者の7歳年下の川本恵子さんは服飾評論家として知られていましたが、突然食道がんを患い、大手術の甲斐もなく次第に弱ってしまいとうとうラーメンを食べることすらできなくなります。

「再々入院の日 帰って来れるかなという妻を抱く」(p143)

文芸・映画評論の売れっ子の著者は、ほとんどの仕事を断って、病院と自宅を行き来しながら3年間にわたって最愛の妻を看護するのですが、万策尽き果て2008年の梅雨の日に、お茶の水の順天堂医大で早すぎる死を迎えることになってしまうのです。

思いもかけない災厄に動揺しながらも、著者は本書の中で、美しく、怜悧で、快活で、いつも自分を励ましてくれた生涯唯一無二の伴侶との30余年の思い出を、淡々と書き連ねていくのですが、その日々の思い出が楽しく、その筆致が冷静であればあるほど、著者の悲しみと痛手の大きさと重さがうかがい知られ、読者の心を鋭くえぐるのです。

著者の不遇の時に「真昼の決闘」の新妻グレイス・ケリーのように夫を助けてくれた妻、「匿名で人の悪口を書くなんて丸腰の相手を撃つのと同じことよ」と非難した妻。(その結果、著者は気に入った映画のことしか書かなくなる。私とは大違いだと反省反省)

そんな妻の意を汲んで、著者は「静かな葬儀」を行うことを決意します。一日にひとつだけの葬儀を行う小さな斎場を選び、通夜の酒を出さず、香典と弔電の披露を辞退し、2人の親しい先輩と友人の弔辞とお経と焼香だけの簡素な葬式を、実行したそうですが、私たちはそこにも著者の亡き人への大いなる愛を実感することができるでしょう。

この感動的な思い出の記を読んで、私などには及びもつかない故人への献身と真心に打たれましたが、できれば愛する人よりも先に姿を消したいとも思ったことでした。


なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに 茫洋

Tuesday, July 13, 2010

ミヒャエル・ハンペ演出で「ウリッセの帰還」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第150夜

前夜に引き続いてモンテヴェルディの歌劇を鑑賞しました。これは1985年夏のザルツブルグ音楽祭でのライブを収録したもので、演出は正統派のミヒャエル・ハンペ、そしてジェフリー・テイト指揮のオーストリア放送管弦楽団が手堅い伴奏を務めています。

「ポッペアの戴冠」がローマ時代の史実を脚色したのに対し、このオペラの原作はギリシア神話のホメロスの「オデュッセイア」で、10年におよぶトロイア戦争のあと海の神ポセイドンの悪意で妨害されたオデュッセウス(英語ではユリシーズ、イタリア語ではウリッセ)が、様々な苦難の果てに、女神ミネルヴァとゼウス(ユピテル、ジュピター、ジョーヴェ)の助けによって故郷イタカに帰還し、王妃ペネロペに言いよる求婚者どもを巨大な弓矢で射殺して晴れて再会のよろこびに浸るところで大団円となるのです。

モンテヴェルディの音楽は、「時」「運命」「愛」の3つの神が拮抗するあわいに、一枚の木の葉のようにもてあそばれる人間のはかなさ、そしてつかのまの喜びを、切々と美しく、またあるときは激しく、一瞬の弛緩もなくいきいきと表現していきます。

とりわけ帰還した謎の男が、ウリッセ本人であることをとうとう認めたペネロペが、長らく身にまとった黒衣を脱ぎ捨て白い肌着姿になってひしと夫と抱き合うラストシーンではテイトの棒は白熱の光を帯び、ORFのオケは凄まじい歓喜の調べを奏でるのです。

むやみに広いザルツブルグの大劇場の巨大空間を宇宙を象徴する黄金の円球でかこって天地海を自在に切り分けたミヒャエル・ハンペの演出も光っていました。


お位牌のチンは横からそっと打つのよと母がいう 茫洋

Monday, July 12, 2010

ポネル演出で「ポッペアの戴冠」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第149夜


1979年に天才的演出家のジャン・ピエール・ポネルがアーノンクールと組んでチューリヒで行ったモンテヴェルディの素晴らしい蘇演ビデオです。

モンテヴェルディは1567年に生まれて1643年に死んだイタリア・バロック初期のオペラ作曲家ですが、後年のオペラ音楽の原型はすべて彼の3つの作品(1607年の最初の作品「オルフェオ」、1641年の「ウリッセの帰郷」、翌42年の「ポッペアの戴冠」)の内部に含まれているといっても過言ではないでしょう。

17世紀のモンテヴェルディに発した西洋オペラ史はいっきに18世紀のモーツアルトに飛んでその最高の達成を刻んだあと、20世紀のワーグナーの楽劇の宇宙で大爆発を遂げるのです。

さて彼の遺作となったこの「ポッペアの戴冠」では、主題からして衝撃的で、勧善徴悪ならぬ「勧悪徴善」を謳歌するという反社会的な内容になっていて、これは当時の世間の常識はもとよりキリスト教会の教えとも完全に逆行していました。

ローマの危ない皇帝ネロが、恩師の哲学者セネカの反対を無視し、自死すら命じて従順な后妃オッターヴィアを追放し、野心的で官能的な誘い女ポッペアに戴冠するという物語はいま接してみても保守的な精神を動揺させる違和があり、そこにこのオペラの現代性と普遍性があると思います。

第2幕のセネカの粛然たる自死の直後に、その同じ場所で繰り広げられる若者たちの生と恋の讃歌、そして第3幕のポッペアの戴冠式をことほぐ合唱における聖歌隊の哄笑などには、この不世出の演出家の真価が遺憾なく発揮されており、随所で展開される歌手と楽員たちの演劇的な戯れ、「愛の神」に翼を持った少年の起用などはその後のオペラの演出に大きな影響を与えました。

アーノンクールとチューリヒ歌劇場モンテヴェルディ・アンサンブルの劇伴も、ポネルの指示に忠実に従っており、その後夜郎自大に成り上がってウイーンやロイヤルコンセルトヘボウの大オーケストラを振って内容空疎な音楽を奏でるようになった指揮者とは、とても同一人物とは思えない好ましい演奏振り。たかがビデオといえど、オペラの快楽ここに極まれり!

1970年代の半ばにチューリヒ歌劇場の総監督を務めたクラウス・ヘルムート・ドレーゼとポネルとアーノンクールの黄金トリオが奏でたモンテヴェルディ・チクルスのような革命的なオペラ公演があれば、世界の果てまで飛んで行って見物するのですが……。


♪ポネル死してオペラまた死したりその雲居の残響に耳を澄ます 茫洋

ショルティ指揮ロンドン響で「青ひげ公の城」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第148夜

懐かしやハンガリーの歌姫シルビア・シャーシュによるバルトークの傑作オペラです。

しかも作曲者も、指揮者も、青ひげ公役のコロシュ・コヴァーチエも、もちろんシャーシュもハンガリー人という完全なお国もののラインアップ。そこまでやるならどうしてハンガリーのオーケストラでやらないのかと思うのですが、そこはやはり老練ロンドン・フィルのバックアップあってこそのこの演奏でせう。

ニヒルでクールで残酷な青ひげ公のどこが女心をそそるのか、私にはてんで理解できませんが、そんな怪しい男にシャーシュ扮する美しくうら若い乙女は一方的にいれあげます。古今東西好きになるというのは本人にもどうしようもない病気ですから、不治の恋愛病に冒された重病患者は、両親も兄弟も、婚約者さら投げ捨てて、くだんの青ひげ男の前に身を投げるのです。なんとも管とも、あほなやっちゃ。

ところで、ひとつ、ふたつ、またひとつと青ひげ公の秘密の部屋をひらいていく趣向は、ヨハネ黙示録の世界の終りに封印が開示される状況にちょっと似ているところがあります。

ご存知のように新訳聖書では、第4の封印が開かれるとロープシンの「蒼ざめた馬」が、第5の封印では殺されし者たちの霊魂が叫び、第6の封印では地震が起こり月が真っ赤になりますが、最後の「第7の封印を解けば、およそはんときのあいだ天静かなりき。われ神の前に立てる7人の御使いを見たり」という光景が展開するのですが、この扉を開いてさあ今度はどんな怖いものが出てくるのだろう。はらはら、どきどき、という感じを、バルトークの音楽はとても上手に出していると思うのです。

それにしても「第2のカラス」などと呼ばれてひところちやほやされていたシャーシュ嬢、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。


♪クロシジミ一羽舞ひたり中野坂上プラットホーム 茫洋

Saturday, July 10, 2010

川西政明著「新・日本文壇史第2巻」を読んで

照る日曇る日 第354回


シリーズ第2作目では若山牧水、広津和郎、島木赤彦、斎藤茂吉、志賀直哉、里見弴、宇野浩二、有島武雄など「大正の作家たち」が次々に俎上に載せられ、彼らの女性関係が赤裸々に描かれます。

園田小枝子と別れ、太田喜志子を得てようやく歌人としての基盤を確立した若山牧水。

下宿の娘神山婦くとの腐れ縁につながれながら、婦くの妹を孕ませ、有楽町のカフェの女給栗林茂登を「第二の妻」とし、カフェライオンの松沢はま、新橋の待ち合の女将白石都里、インテリ女秋月伊里子と関係しつつ、長く文学活動を持続した広津和郎。

前妻うた、御妻ふじとの間に三男三女を産ませながら、年下の後輩静子との愛欲に溺れた島木赤彦。

気性の合わない妻てる子との満たされない思いを、若い美貌の歌人永井ふさ子との恋に激しく燃焼させた斎藤茂吉。

女中千代との肉交をきっかけに女遊びに走り、吉原の女郎峯との情交にうつつを抜かした志賀直哉。

その直哉と同様、自家の女中八重を妊娠・堕胎させた後に、志賀直哉から女郎買いを教えられ、吉原の君代との房事過多の日々を経て、芸妓山中まさと結ばれた後も、赤坂の芸妓菊龍との情交を続けた里見弴。

インテリの家庭に生まれながら蛎殻町の銘酒屋で娼妓をしていたヒステリー女伊沢きみ子との悲惨な「苦の世界」を描くことによって文壇に躍り出たが、置屋に叩き売った彼女を自死させ、その後芸妓村田キヌと結婚しつつも、上諏訪の芸妓原とみや星野玉子、村上八重との関係を続けて、ついには発狂した「小説の鬼」宇野浩二。

そして「妻波多野秋子を譲るから1万円出せ」との忌まわしい夫の強迫を断固拒否して純愛を貫き、大正一二年六月九日午前二時過ぎ軽井沢で縊死心中して果てた有島武雄まで、作家はすべて女性によってつくられたのです。

著者は「作家を作った女たち」という視点から、作家たちの、とても褒められたものではない無様な生き方を、舌なめずりするように精査し、そのレポート自体を彼らの作品論としています。

そもそも日本の私小説は、明治四四年東京朝日新聞に連載された徳田秋声の「黴」をもってその濫觴とし、大正九、一〇年頃には私小説という言葉が定着したそうですが、著者はそうした私小説作家の私生活を縁の下の「妹の力」として支えた女性たちにまばゆいばかりのスポットライトを浴びせながら、「日本文壇史」とはとりもなおさず「日本文壇女性関係史」であることを雄弁に物語っているようです。


はじめに女ありき そこから始まった日本私小説 茫洋

Friday, July 09, 2010

マノエル・デ・オリヴェイラ監督「ブロンド少女は過激に美しく」を鑑賞して

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.32


当年とって御歳101歳!というおそらく世界最長老のポルトガルの現役映画監督の「100歳の時の作品!」を試写会で鑑賞しました。

まず前座にオリヴェイラ監督が好きなJRゴダールの1958年の短編「シャルロットとジュール」が上映されました。これは当時のゴダールの狭いアパルトマンでほとんど即興的に撮影されたそうですが、題名役のシャルロットにはアンヌ・コレット(超キュート!)、その元恋人のジュールにはジャン・ポール・ベルモンドが出演しています。

1本のハブラシを持っていくためにだけ立ち寄ったシャルロットに対して、ベルモンドがよりを戻そうと懸命にしゃべりまくる。その漫才のような機関銃トークだけで14分を持たせます。なんでも編集の際にベルモンドが兵役でいなかったためにゴダール自身が吹き替えたそうですが、じつに達者なものです。

ちなみにフランスでは大概の外国映画をフランス語に吹き替えているので、ゴダールやトリュフォーたちはずっと反対してきたとはいえ、そのような翻訳カルチャーが妙なところで活かされたとも言えそうです。

さて本編は、リスボンを舞台にした謎の少女に恋した男の物語。叔父に雇われて衣料品店の2階で会計士として働く主人公は夕べを告げる鐘の音と共に通りを隔てた向かいの窓辺にたたずむブロンドの美しい娘に惹かれるようになるのですが、そんな恋する2人の古くて新しい感情を、オリヴェイラは現代では珍しくなった詩的で古典的な手法でじっくりと描いていきます。

男はブロンド娘と結婚しようとして叔父の許可を求めたのですが、意外にも強く反対され、順調だった仕事を辞めざるを得なくなります。頑迷な叔父は最終的には甥の結婚を許すのですが、最初の反対の理由も、最後の承認の理由も、物語が終わっても明らかにされず、このような「人間存在の了解不可能なくらがりを暗示すること」がこの作品のテーマのように思われます。

職場から追放された我らが主人公は、ご他聞に洩れず様々な苦難を経るのですが、2度にわたる遠隔地での一攫千金に成功してついに当地での社会的地位を確立します。そしてあこがれのブロンド娘はもとより彼女の母親、難攻不落だった叔父のゆるしも得て、順風満帆晴れて結婚にこぎつけたと思ったちょうどそのとき、結婚指輪を買いに行った2人に思いがけない事件が突発し、物語は突如謎のヴェールを下ろすのです。

そして「人間ていう奴は分からんよ、とりわけあんたの隣に居るブロンドの若い女はね……」という100歳翁のつぶやきが、暮れなずむリスボンの茜色の空から聞こえてくるようです。(9月、日比谷TOHOシネマズ シャンテにて公開)


♪ブロンドの謎の少女も叔父上もおのれもすべてうつせみにして 茫洋

Thursday, July 08, 2010

五味文彦編・現代語訳「吾妻鏡8承久の乱」を読んで

照る日曇る日 第353回

鶴岡八幡宮の大銀杏の陰から躍り出た公暁の兇刃にかかって三代将軍実朝が暗殺されたのは建保7(1219)年1月27日の雪降る朝のことでした。

甥の公暁がなぜ叔父を殺そうとしたのか昔から様々な説が乱れ飛んでいますが、実朝の兄頼家の謀殺と同様、やはり背後の巨魁である2代目執権北条義時の仕業でありましょう。
初代執権北条時政を退けつつも大枠では彼の源氏撲滅・北条独裁の野望を受け継いだ時頼は、姉政子の協働を得て、このいまわしい惨劇を実行したのです。

そのきっかけになったのは建保5年1217年6月20日の公暁の鎌倉到着です。どういう風の吹きまわしか仏道修行のために園城寺にいた公暁を政子がわざわざ京から呼び寄せ、当時欠員となっていた鶴岡別当に任じたのですが、これがどうもあやしい。弟の義時が姉のこのおためごかしの行動に関与していなかったはずはありません。 

「吾妻鏡」の建保6年12月5日の条によれば、「公暁がなにやら一心不乱に祈願にふけってまったく髪を切ることもない」と書かれていますが、暗殺決行までおよそ2カ月の時点で、彼は北条一族の手の者によって、父の敵実朝の仇を討てと、完全に洗脳されていたのでしょう。

そして実朝が後鳥羽上皇から頂戴した右大臣の地位を拝賀する運命の朝、黒幕の北条義時は「急に心神が乱れ」、御剣役を仲章阿臣に譲って自分は小町の邸宅に引き返しています。これぞ事件の真犯人の動かぬ証拠というものでしょう。

実朝はこの日自分が暗殺されることを予知しており、形見の鬢の毛を公氏に与えたとか、不思議な鳩が鳴いたとか、菅原道真の逸事にちなんで

出でていなば主なき宿と成りぬとも軒端の梅よ春をわするな

という「禁忌の和歌」を詠んだ、などと「吾妻鏡」は嘘八百を並べたてますが、こんな稚拙な歌をあの文学的天才が作る訳がありません。そうではありませんか皆さん?!(←政治センス皆無の某国首相のモノマネ)

さて「承久の乱」では尼将軍と言われて希代の名スピーチで実家の北条政権の勝利をアジりまくった実朝の母、政子ですが、頼朝、頼家、実朝と三大続いた源氏政権については、代が下るにつれてそうとうクールな態度をとってはばかることがなかったように思われます。そんな政子を含めて私は北条一族が大嫌いなのです。


ライバルの御家人どもをなぎ倒し最後は自滅のああ伊豆豪族 茫洋

Wednesday, July 07, 2010

リッツィ指揮レーンホフ演出で「西部の娘」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第147夜

これまでカルロ・リッツィという人はあまり聴いたことがなかったのですが、なかなかオペラには適した指揮でネーデルランドの管弦楽団を鮮やかにドライヴしています。

幕ごとに乗りが良くなってくるこの見事な伴奏を下敷きにして、悪玉保安官のルチオ・カルロ、強盗犯の悪人だけれども善玉に回心したソラン・トドロビッチ、そして今夜のヒロイン、ミニーを立派に演じ切ったエファ・マリア・ウエストブルックがプッチーニの次第に無調に傾きかけた美しい旋律を見事に歌いきるのです。

脚本はどうみてもでたらめで、いくら西部の荒くれ男たちが酒場のアイドルミニーちゃんにどれほどお世話になっていたにしても、クライマックスでどうして強盗犯のヒーローが死刑にならずにすむのか理解に苦しむところですが、こういう理不尽な箇所を理不尽と感じさせないために俊才ニコラウス・レーンホフが用意したのは、第3幕の大詰めで登場したミニーの背後に、なんとメトロゴールドウイン・メイヤー映画のあの有名なビギニング・タイトルを映写する!というユニークなアイデアでした。

私も大好きなあのライオンが「ぐおう、ぐおう」と咆哮すれば、満員の観衆もどどっと笑いこけながらそれ以降に展開される愛の救済劇に納得するという趣向です。つまりここでレーンホフはこのご都合主義のリブレットを半分漫画にしながらも、恋人の危機一髪を救うために登場した西部の女を、超法規的に正当化し、もろともにエンジョイしようと提案している。じつにユーモアとウイットに富む賢い演出家と申せましょう。

私はこれまで「西部の娘」はプッチーニの3流オペラだと思い込んでいたのですが、こういう優れた演出と演奏で聴くと、それがとんでもない誤解であったことにはじめて気付かされました。


横顔が母に似ているなと思いながら息子の顔を見ている私の顔 茫洋

Tuesday, July 06, 2010

三菱一号館で「マネとモダンパリ展」を見物しながら

茫洋物見遊山記第34回&勝手に建築観光39回

最近買ったばかりのパナソニックのブルーレイレコーダーの電源が勝手に入ったり、やくざと一体化した相撲界がてんやわんやの大騒動になったり、せっかく小沢と鳩山がおん出てくれた政党でなにを勘違いしたのか消費税を10%上げると口走ってまたまた支持率大幅ダウンを勝ち取ったあほばか首相が出てきたり、ともかくいろんな事件が毎日のように起こるのでついつい見そびれていたマネ展をようやく瞥見することができました。

 さて印象派もいろいろありますが、私がこれは印象派だなあと思うのは美術流派としてはポスト印象派に勘定されているセザンヌやらゴーギャンやらゴッホなどであって、モネを例外とすれば、今回のマネもドガもあんまりインプレッションは感じない。むしろ写実の中にある種のインプレッションを求めようと模索したのではないでしょうか。


私はむかしポール・ヴァレリーの「ドガ、ダンス、デッサン」という美術論を読んで、この博学の思想家の絵画を見る目の鋭さに驚きましたが、今回のマネについても「マネは黒だ。黒だ。要するに黒だ」という彼の名言に尽きると痛感しました。マネ独創の黒の中には無数の明度、彩度そして色相さえもが入っていて、それが彼の絵にじつに豊かな感興をもたらしているのです。

例えば有名な「死せる闘牛士」を見よ。牛に刺されて地面に横たわっているトレアドールはあまり死んでいるようには思えませんが、それでも彼が死んでいると分かるのは赤い血と黒い格闘着の漆黒の黒の死の色があまりにも生き生きとして美しいからであって、彼の顔容に死の気配が漂っているからではありません。(つまり私は、マネは死体としての表現は下手くそだけど、ただ黒の素晴らしい彩色で助かっていると主張している)。

次にはあの有名なバルト・モリゾの肖像画の連作を見よ。この愛すべき人物画の主役を務めているのはじつはモリゾというモデルではなくて、黒という色彩の鮮やかな存在そのものであることに見る人は気づくでしょう。
黒、黒、黒! そこがモネの生命線なので、じっさい彼が黒を基調としない人物画や風景画にこれといったものはないといっても過言ではありません。(つまり私は、モネに幽玄の黒なかりせば2流、3流の作家であると主張している。)

ついでに今回初めて訪れた三菱1号館は(もともとがオフィスであったために)いくつもの小さな部屋から成り立っていますから、この狭隘な空間を美術館として使うことは(観客がうんと少なければ別ですが)、視野狭窄、空間重層、移行不自由、美術品安全管理の上で数多くの難点をもたらしています。開館を続行するのはトラブルの元でしょう。ここを美術館として商売に使おうなどというけちな考えは即刻やめてほしいものです。
(つまり私は、こんな場所では絵をじっくり鑑賞することなど断じてできない。同じデベロッパーの森ビルが運営する六本木ヒルズの美術館と並んで都下最悪の美術館ではないかと主張している。)

それにしても巨大デベロパーの考えることはよくわかりません。1894年ジョサイア・コンドルの設計で丸の内最初のビジネスビルジングとして誕生した三菱1号館を2009年になって再建するほどの価値があるなら、三菱地所はどうして1968年にいとも簡単にぶっこわしたのでしょうか?

丸ビルだって新丸ビルだって、どうしてあんな立派な文化資産をいそいそと破壊して、超くだらない超高層ビルに建て替えたのでしょうか?
ああそうだ。いっそそれらも全部ぶっこわしてこの際明治時代の「一丁倫敦」を完璧に再現してみてはどうでしょう。ご当地の英国を含めて世界中から観光客がやって来て、泉下の岩崎弥太郎もごっつう喜ぶのではないでしょうか。


嘘臭い平成超高層うちくだき即一丁倫敦に戻すべし 茫洋

Monday, July 05, 2010

ポネル演出でモザール「ポントとの王ミトリダテス」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第147夜

オペラの演出家で私が一等好きなのはジャン-ピエール・ポネルです。彼はモーツアルトの超若書きのこのK84の「オペラの試み」といってよい作品においても正統的な環境整備と劇的な表現を巧みに組み合わせて現代人の鑑賞に堪えるリアリザシオンを繰り広げています。

ローマと戦って戦死した、と聞いたポントの王ミトリダテスの2人の息子が戦場から飛んで帰って王妃に求愛し、王妃が長男とよろしくやっている最中に、ミトリダテスが「どっこい俺は死んじゃいないぜ」と帰国するところからこのオペラは始まります。

ラシーヌの原作からアイデアを得たトリノの田舎者サンティによる脚本はきわめてお粗末なものですが、天才の作曲の筆がそのイージーゴーイングさをどこか遠いところへうっちゃって、義務と愛との相克に引き裂かれた男女の苦悩を深々とえぐり出すにいたるさまはじつに聴きごたえがあります。

出演者で特筆すべきは、王妃に扮したイヴォンヌ・ケニーの役柄にぴったりはまった超絶的な美しさ。ほんとうの愛を求めるろうたけた年上の女の肉体とこころを、実際に歌いながら涙するなどの迫真の演技で3人の男どもを完全に征服します。

この美貌のヒロインには、右頬のほくろがあるのですが、ポネルはこれを情愛のシーンでは皮膚の色と一体化してぬりつぶし、死に瀕する悲劇的な場面では、黒の衣装とコーディネートさせて黒く塗るなど、ほとんど観衆が見逃してしまうような細部にも心理の綾を起伏させているのです。

劇伴はアーノンクールが指揮するウイーン・コンツエルトゥス・ムジクス。チューリッヒのオペラハウスではじめてポネルと組んだコンビが見事な演奏を繰り広げています。後年思惑通りにクラシック界の永ちゃんのように成り上がって、ウインフィルやコンセルトヘボウなどを偉そうに振るようになったアーノンクールですが、私見ではこの頃が一番優れた音楽をやっていました。


現金をゴミ箱の中に捨てていた不思議の国に生きている息子 茫洋

金捨てる息子の生きる不可思議な世界を知りてまた驚きぬ

Sunday, July 04, 2010

カール・ベーム指揮バイエルン放響で「後宮からの誘拐」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第146夜

1980年4月にミュンヘン国立歌劇場でライブ収録されたLDの映像です。ベーム翁はこのあと思い出のウイーンでフィガロを振ったあと翌81年8月14日にザルツブルクで無くなりましたから、これは最期から2番目の白鳥の歌ということになります。

恐らくこの日の演奏は、若き日の思い出の地に決別するためのものであることを、老鶴のように病み衰えた指揮者も、マエストロをこよなく愛する観衆も暗黙のうちに了解しているためでしょう、例によってゆっくりとしたテンポで始められた序曲の1小節1小節が万感の想いで彩られているように聴こえてきます。ベーム翁はこの青春の都を、最愛のモールアルトの音楽を、彼が歩んできた波乱の生涯を懐かしく振り返るようにしながらこのオペラの幕を開くのです。

出演はセリムパシャにトーマス・ホルツマン、ベルモンテにフランシスコ・アライサ、オスミンにマルッテイ・タルベラ、ブロンデにレリ・グリストですが、いずれも破綻なく、わかてもヒロインのコンスタンツエを演じる芳紀20数歳のエディタ・グルベローバが、栴檀の若葉のように初々しく美しく、その歌唱が素敵なことは筆舌につくしがたいものがあります。

第2幕の有名なアリア「あらゆる拷問が」では、興奮した聴衆の呼び出しに応じて登場した彼女がうやうやしく答礼するという、トスカニーニなら絶対に許さなかったであろうシーンもちょっとした見ものでした。

演出は安心して見物することができる正統派のアウグスト・エファーディング。トルコ風呂に入った偉丈夫のタルベラが吹き出す蒸気にむせかえる一幕もありましたが、照明や美術、オスマントルコの異国情緒豊かな衣装やインテリアも含めてこのモーツアルトの出世作の素晴らしい音楽をくっきりと引きたてていました。

そしてなによりのご馳走は、もちろんベーム翁の音符の隅々にまで歌心が充満した円熟の指揮振り。どんな軽いパッセージにもモーツアルトの音楽を生きる喜びが満ち溢れていました。モーツアルトのこのオペラの決定盤的な演奏であり、マエストロの遺作にふさわしいまことに立派な演奏といえましょう。


私と障碍のある長男を並べて髪切る小林理髪店 茫洋

Saturday, July 03, 2010

「デスパレートな妻たち」第5集第13夜を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.31

現在NHKで放映されているお馴染みの海外ドラマ番組です。原題:DESPERATE HOUSEWIVES、制作:チェリー・プロダクションズ/ABCスタジオ(2008年 アメリカ)ですが、面倒くさいので以下番組HPから引用します。
郊外に住む主婦たちの日常に隠されたさまざまな本音や苦悩を、ミステリーとサスペンスをからめ、コミカルかつスタイリッシュに描いたアメリカの人気ドラマシリーズ第5弾!5年の歳月が過ぎてもウィステリア通りには騒動や謎がイッパイ! 
運命の愛を成就させたはずのスーザンに新たな恋人!? リネットの双子の息子たちは思春期に突入し、ガブリエルはすっかり地味なママに! ブリーは全米のカリスマ主婦への道を歩み始め、一人暮らしのキャサリンはさみしさを埋めるために…。そしてあのイーディも戻ってきた。もちろんただでは終わらない!!

その第13夜「ほほ笑みがえし」(原題The Best Thing That Ever Could Have Happened)には思わず泣いてしまいました。またまたHPを引用すると、

ウィステリア通りで便利屋をしていたイーライが亡くなり、ここに住む女性たちはこれまでどれほど彼に救われてきたかを思い出すのです。初め郊外の生活になじめなかったガブリエル。出産後、職場復帰を焦りとんでもないことをしてしまったリネット。2度も離婚したスーザン。前夫と破局したイーディ。そして、一度は料理本を書くことをあきらめざるをえなかったブリー。彼女たちがつらい時、いつもイーライがそばにいてくれた……。

というお涙頂戴の話なのですが、これがじつによく練られた台本(マーク・チュリー、ボブ・テイリー他)で、さすが本場アメリカらしい素晴らしい出来栄えでした。
しかもイーライ役を演じるのがゲスト出演のボー・ブリッジス。「ホテル・ニューハンプシャー」「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」をしのばせる渋い名演で梅雨空をさらにウエットに湿らせてくれたのでした。


父死にて泣けぬ我かと案じしがとどまることなく涙流れたり 茫洋

Friday, July 02, 2010

米映画「天はすべて許し給う」を視聴する

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.30

原題のAll That Heaven Allows(邦題「天はすべて許し給う」という言い方がAll ThatJazzとか私の造語であるAll That Fashionに似ていて恰好が良いのでついつい視聴してしまいました。1955年製作のアメリカ映画です。

ロック・ハドソン扮する若者と母親くらいの年齢のジェーン・ワイマンのラブストーリーを見ました。夫に死に別れて大学生の息子と高校生の娘を持つワイマンはあんまり美人とはいえないけれど、どこか田中絹代を思わせるろうたけた風情とかわいらしさもあって悪くありません。

内心から湧き出る恋情もだしがたくとうとう若いハドソンと結ばれてしまいますが、いざ結婚となると世間体と子供が気になってなかなか踏み切れずとうとう身を引く決心をするのですが、せっかく大きな犠牲を払ったというのに子供たちは自分勝手な道に走ってしまう。取り残された女はやはり愛する人の元へといっさんに駆けつけるというめでたしめでたしの結末です。

ジェーン・ワイマンはそれなりに苦悩に引き裂かれた年上の女性の表情を懸命に演技しようとしているのですが一方のロック・ハドソンは相変わらずの大根役者振りをあからさまにしていて、ダグラス・サーク監督は彼にあんまり演技をさせまいと懸命なのですがどうしようもないというところが見どころのかつてはよくあった典型的なB級ハリウッド映画です。

男と女の恋が次第に燃え盛ろうとすると必ずブラームスのハ短調交響曲の第4楽章のコーダが遠く近くで鳴り響いて、文字通りクラシカルに恋の予感という奴をまきちらしているのが耳に残りました。

亡き父の鞄の底に眠りしは肩書のない一枚の名刺 茫洋

Thursday, July 01, 2010

林望訳「謹訳源氏物語二」を読んで

照る日曇る日 第352回

なかなかに味わい深かった第一巻に続いて、本巻では末摘花、紅葉賀、花宴、葵、賢木、花散里の各編をすいすい読ませる快適な現代日本語にほんやくしおおせ、凡百の源氏研究家との違いを見せつけました。

とかく源氏は難物で、真面目な学者先生のみならず流行作家や文学者のはしくれが手がけた場合でも、読んでちっとも面白くないことが多いのですが、りんぼう先生のはまずは合格点を差しあげられます。とりわけ物語・小説の面白さを第一義にして、重箱の隅をつつくような煩瑣すぎる語義解釈に傾かず、平安時代物の格調にさほどこだわらず、適当にポップで遊び心を取り入れているところが特によろしいのではないでしょうか。

それらの美点は、あほばか下半身突貫男がどうしようもなく藤壺に惹かれて執拗に迫るところや、六条御息所の怨霊が本人の意思を超越して葵上の肉をとり殺すシーンなどに生々しく活かされています。

それにしても紫式部という女性は恐ろしい作家です。片方では源氏の放恣な性的欲望とその全面的な勝利を描きながら、後半部ではその矛盾と崩壊を徹底的にえぐりだし、愚かにも哀れな男のさがを、さながら掌中に蠢く虫けらのように描破するのですが、そのありさまはちょいとモーツアルトのダポンテ・オペラの「ドンジョバンニ」に似ているのではないでしょうか。

たとえば六条御息所はドンナ・エルヴィラ、藤壺や紫上や朧月夜の君はドンナ・アンナタイプ、末摘花は歳をくったツエルリーナといったところ。そしてレポレロが揶揄したように「スカート(肌襦袢)をつけている女なら誰でもモノにした」この希代の好き者は、結局己の妻を寝とられて苦悶しながら地獄の業火に身を焼かれる。自業自得とはこのことでしょう。

「光り輝く君」などともてはやしておきながら、それらは表層のキンキラキンのお飾りに過ぎず、とどのつまりは「高転びに、あおのけに」地獄に蹴落とされる。源氏とは、「所詮男はこうしたものよ」という紫式部の冷笑が、全編にわたってあちこちから聞こえてくるような男子禁断の書かもしれませんね。


フィールドに一度も立てずアフリカの歌をうたいし選手のこころ 茫洋

Wednesday, June 30, 2010

ルミネの広告

茫洋広告戯評第13回

JR東日本が運営する商業施設「ルミネ」は、おなじ会社による駅ナカ施設「エキュート」の大宮や品川、立川店などと共に都会の若い女性に人気があるようです。

「エキュート品川」が誕生した日に、見違えるようにきれいに変身した構内を散歩していましたら、昔私が駅の前」キャンペーンをやっていた丸井にヒントを得て、これからは駅中の小売店が百貨店を駆逐するに違いないと大予言して当時の会社の人たちに奇人変人扱いされたことをはしなくも思い出しました。少なくとも人よりも建物の寿命の方が長いのですね。

 さてルミネは「仏語lumiere と英語mine」の合成語ですし、(エキュートは「駅+cute」の合成語)、そのスローガンが「わたしらしくをあたらしく」であることをみても、この商業施設のコンセプトをつくった人はタダものではありません。恐らくこれは例の「ルミ姉」を主人公とするテレビCMを企画制作した電通のプランナー兼コピーライターの田中選手ではないかとにらみましたが違っているでしょうか?

 さて設立当初は大手の広告代理店の専門家によって巣だっていったこの「ルミネ」の広告キャンペーンは、現在は親会社の系列下にあるJR東日本広告によって企画制作されているようです。私がよく利用するJR新宿駅の湘南新宿線の線路際の構内広告にはサントリーとピーチジョン(ワコールに買収された下着メーカー)と並んで、「ルミネ」の巨大ポスターが掲示され、割合頻繁に更新されています。

 いやでも目に入るのでじっと見つめているとどうも焦点が定まりません。歳のせいで視力が減退しているのかと思っていましたが、どうもそうではありません。春夏秋冬歳時記のように張り出されるファッション広告のキャメラマンは毎回ニナミカこと蜷川実花であり、彼女のピンはいつも甘いのです。意図的に甘くしてあるのです。

これはつねに商品に正確にフォーカスすることを暗黙裡に義務付けられているファッションの広告の世界ではきわめて例外的なケースであり、そこにニナミカ選手とルミネという企業の独特のスタンスが象徴されているのかもしれません。

 ニナミカが好むのは大空をバックにした砂浜や青い海で、そこに主人公の若いモデルが空中ブランコをしたりハンモックで揺れていたり、おとぎ話の馬車に乗っていたりするのです。
それはまあ許せるとしても、これにつけあわせになっているキャッチフレーズが毎回きわめて頭でひねくりまわしたコピーなのでいささか難があります。いま使われている「体ごと着替えたくなる時がある」もまるで男がこさえた観念的な文章で、その凡庸さを救おうとするかのように毎回グラフィックデザイナーが発明している奇妙奇天烈な変態書体と相俟って、私的には辛口評価にならざるを得ません。


  ♪朝比奈の峠の上で立ち小便 茫洋

Tuesday, June 29, 2010

西暦2010年水無月茫洋花鳥風月人情紙風船

ある晴れた日に 第76回


藤多き里に住みたる嬉しさよ

いざ行かん蛍舞う橋の袂まで

君とふたり蛍見にゆく夏の夜

妻とふたり蛍見にゆくうれしさよ

手のひらを返すがごとく生きており

ホトトギス特許許可局と鳴きにけり

春蘭が咲いていたのはこの辺り

ルリシジミ両手に花と飛びにけり

健ちゃんが突破したのは瑠璃シジミの瑠璃

生きてしあらば良きこともあらむナズナ咲く


百年の昔を吹きし水無月の奇麗な風が今日吹き過ぎる

たしかに神はいますらし されど日ごとに神は弱くなるらし

東京の都市景観を毀損する六本木ヒルズを疾く建て替えるべし
 
入梅の朝、一匹の大蛇が道路を横断していった。

知に働けば角が立つことあるけれどやっぱりフィッシャー・ディースカウには叶わない
 
君が代の歌声響く競技場唇結びし君の凛々しさ

東京の都市景観を毀損する六本木ヒルズを明日建て替えるべし

昨日辞め今日忘却の総理大臣無常迅速世の常なれど

腹黒き王沢蜂を一刺し哀れ死にたる鳩蜂マーヤ

ドン・ジョヴァンニの地獄落ち思い出したり小鳩刺し違え

歌え、歌え、心から歌えとサー・ジョンが叫ぶ

原節子司葉子野田高悟が徹マンしていた浄明寺遥かなり

君知るや蛍は毎晩同じ葉の同じ宿にて眠ることを

父よ母よムクよみなみなホタルとなりて我をおとなう

鎌倉の夜のホームに降り立てば潮のかおりが胸元にくる

鎌倉のプラットホームに降り立てば潮のかおりぞ胸元にくる

荒れ狂う命のたぎりをキャンバスに叩きつけおりゴッホ顕現

かにかくに資本の走狗と成り果てて会社会社と喚く君(俺)たち

はげたかファンドの雇われ社長となりて肩で風切る哀れな君たち

リークッスンが言った。おやお前丸腰じゃないか?キム・イルソンも言った。ゲイリークーパーをきどっているんだろうよ。ヤーポンよ俺たちはお前さんを武装解除しちゃうぞ。

カバたちがタンクで茹で死ぬ季節こそニル・アドミラリの境地を目指さむ

チャンチャン、スチャラカチャンとまことにお粗末な一席でげす

今日のお言葉 クラシックを好む輩なぞは、淫靡な奴に決まっている



      でんでん虫車に轢かれし恨みかな 茫洋

Monday, June 28, 2010

白い犬の陰に

白い犬の陰に

茫洋広告戯評第12回

最近の携帯通信会社の決算を見ると伸び率ではソフトバンクがダントツで、次が老舗のドコモ、ひと頃元気だったKDDIが伸び悩んでいるようですが、3社の広告キャンペーンもおおかたはそれらの業績を反映しているような気がします。

広告が面白いのは何と言ってもソフトバンクの「白戸家の白い犬キャンペーン」で、いまや遣りたい放題。犬のお父さんがサッカーをしたり選挙に出たりと神出鬼没の大活躍で、かつてはどうしようもない安売り後発会社であったこの企業イメージをおおいに盛り上げ、ユーザーの好意好感度を上昇させています。まいにちおよそ4000本流されるCMの中でこれほど面白いものはないでしょう。

ほんらい広告は商品の特性を消費者にうまく伝達するべきなのですが、このキャンペーンではその基本的メッセージを超えて企画のドラマ性とキャスティングの妙が想定外にヒットしたために、CMが通常のCMの規範を逸脱して一種の社会現象となりおおせました。

民族差別と果敢に闘ってきた反骨の企業経営者と、その意気に感じた制作者のいまどき珍しい幸福かつ奇蹟的な協業であり、あの名作「そうだ京都行こう。」キャンペーンを企画した制作会社シンガタの佐々木宏氏のもうひとつの代表作として、後世に残る傑作でありましょう。

 最近どうも事業も商品企画も沈滞気味のKDDIでは、相変わらずガンガンメールの土屋アンナがぐあんばっていますが、「嵐」とかいう虚弱団体がぞろっと出てくるだけの防水キャンペーンは、そのキャスティングといい、演出といい最悪。最近の資生堂の「椿」もそうですが、こういう有名タレントをただ垂れ流しただけの芸の無さを、視聴者=消費者は鋭く見抜いており、それが企業イメージのずるずる低下につながっているのです。

対するドコモが最近展開したのは渡辺謙、岡田将生、堀北真希、木村カエラなどを起用した「ひとりとひとつ」キャンペーン。ソフトバンクが犬を擬人化したのに対抗して、今度はケーター自体を擬人化しました。

 携帯電話が使用者本人に帰属するパーソナルな存在であることを製品企画の原点に戻って訴求しようとしていますが、それはあまりにも当たり前の話なので、本キャンペーンに先立ってダスベーダーが登場して「俺のボスはどこだ?」と騒いだ(巨額が投じられた!)わりには消費者の反応は白けたものでした。

そもそも「原点に帰ろう」などと言いだした人間はそこで終わっており、そういう経営者が率いる企業は、さらなる衰弱の一途をたどるしかないのです。


    君が代の歌声響く競技場唇結びし君の凛々しさ 茫洋

Sunday, June 27, 2010

ケルアック&バロウズ著「そしてカバたちはタンクで茹で死に」を読んで

照る日曇る日 第351回

なにやら奇妙なタイトルに惹かれて読みだしましたら「路上」のジャック・ケルアックと「裸のランチ」のウィリアム・バロウズの、いずれも無名時代の小説だったのでちと驚きました。

この題名は当時どこかの動物園だかサーカスだかが火事で丸やけになって大勢の動物や人間が死んだというラジオのニュースを2人が聴いていたのでつけられたそうですが、命名の理由なぞ聞かないほうがよっぽどシュールで良かったね、というところ。なぜなら、この素人小説にはそれ以外の取り柄がさっぱりなかったからです。


ではカバ小説の中身といえば、これが1944年8月にニューヨークで起こった殺人事件のてきとーなカバー! 2人が偶数章と奇数章をそれぞれ書きついで完成させたというリレー方式の目新しさをのぞけば、特にどうということもない面白くもおかしくもない三文小説でした。

たまたまその年の夏、ルシアン・カーという少年が彼につきまとうデヴィッド・カラマーという年上の男をナイフで刺し、意識不明のカラマーをハドソン川に投げ落として殺害したそうですが、この2人はケルアックやバロウズやアレン・ギンズバーグなど後にビート世代を代表する文学者や詩人たちの知り合いでした。

彼らは殺害直後のカーに対して自首を勧めるどころか殺人の感想を聞いたり、逃亡の相談に乗ったりしたのでケルアックなどは牢屋にぶち込まれたり、後年になってこのカー・カマラー事件の顛末を何度も小説化していますし、バロウズなどはこの事件を参考?にして細君を銃殺しているくらいですから、若い彼らにとってはそうとうショックな事件だったとは思うのですが、読まされる方にとっては面白くもおかしくもない話だねえ、という一点に帰着するわけです。

 しかしながらいまや現代小説の肝が、あらすじの面白さや主題の積極性ではなく、読み進むに従って読者の胸中に生じる不断の生命の躍動(エランヴィタール)そのものにあるとすれば、この元祖ビート小説の最大の特徴は、その生命の躍動を一歩も二歩も進めた無窮の生命の非躍動(ニル・アドミラリ)にこそあるのでしょう。お茶漬けの味にこそグルメを凌ぐ深い滋味が宿るのです。

 それゆえ平成最晩期に生きるサイバーパンクな作家たちは、このニル・アドミラリの境地をこそいまいちど目指すべきではないでしょうかなう。


♪カバたちがタンクで茹で死ぬ季節こそニル・アドミラリの境地を目指さむ 茫洋

Saturday, June 26, 2010

エオリアン四重奏団の「ハイドンのカルテット全曲」を聴いて

音楽千夜一夜 第145夜

ようやくハイドンの弦楽四重奏曲の全曲を22枚のCD(@347円)で聴き終わりました。この偉業を1970年代にはじめて達成した英国のエオリアンカルテットの演奏です。

私はたまにはラサールやアルバンベルクなどの鋭角的なカルテットも聴きますが、すぐに大脳前頭葉に物理的な痛みを感じてしまい、聴く人に無用の緊張を強いる彼らを敬しつつ遠ざけ、そのかわりにこのように前途茫洋で曖昧模糊、天衣無縫で八方隙だらけのゆるい四重奏団の音曲に耳を傾けることが多いのです。

フルヴェンの生きるか死ぬか乾坤一擲の運命交響曲にひしと聴き入るのは年に一度のことでして、スチャラカチャンチャンの三六四日はモールアルトの小夜曲に浮かれているほうが性に合っているのですね。ト短調交響曲やレクイエムよりもシャンドール&ザルツブルクァメラータのセレナードや喜遊曲を取りたいとなすますおもう平成も晩期の今日この頃であります。

ハイドンは交響曲とおなじように外見はあまり変化がなくても細部のあちこちに思いがけない仕掛けや創意工夫があって、ロマン派の大仰な絶叫音楽にはけっしてない淫靡な楽しみを与えてくれます。そもそもクラシックを好む輩なぞは、淫靡な奴に決まっているのです。

第一ヴァイオリン主導の古典的な演奏で、時折は音程をはずしたり縦の線がずれてしまったりする古拙で鄙びた演奏ですが、それはそれでハイドンらしく、それでも後期の作品76や77くらいになると目が覚めるような音彩を四方に放つので、さすがに英国の楽団には英国のスピーカーが似合うなあと思わされた次第です。

なおハイドンの全曲盤は、2000年にフィリップスから発売されたアメリカのエンジェル弦楽四重奏団の21枚組の格安CDも出ていますが、1994年から1999年に録音されたこちらの演奏はもっと若々しくモダンです。

♪今日のお言葉 クラシックを好む輩なぞは、淫靡な奴に決まっている 茫洋

レヴァインMETでモザールの「魔笛」を視聴する

音楽千夜一夜 第144夜


毎度おなじみの千夜一夜でげす。

そういえばこないだ久しぶりにモツアルトの「魔笛」を視聴しましたが、やはり古今東西無敵の名曲でやす。演奏はジェームズ・レヴァイン指揮のメトロポリタン歌劇場管弦楽団。1991年11月の公演をてだれのブライアン・ラージがライブ収録したものです。

演奏はいつのもレヴァインらしい安定したモーツアルト節。もっと劇的にやればやれる人ですが、そこはぐっと抑えてあら珍しや英国の美術家デイヴィット・ホックニーのポップな演出に奉仕しておりやす。

出演はザラストラにクルト・モル、タミーノにフランシスコ・アライサ、夜の女王にリチアーナ・セッラ、加えてタミーナにはキャスリーン・バトルといった御一行さん。

レヴァインによってその類稀なる才能を見いだされたバトル嬢は、このオペラハウスの専属ソプラノとして大活躍しておりやしたが、根が下賎の身であったのか生来の遺伝子のゆえか、はたまたニューヨークの花見酒気分の観光客どもにちやほやされてだんだんと嬌慢の病に冒されたのかはいざしらず、次第に彼女の自堕落な立ち居振る舞いが湿地のツキヨタケのごとくにょきにょきと芽生え、夜遊び朝寝坊のあまりたびたびリハーサルにも遅れるようになりやした。

バトル嬢は温厚無比なる音楽監督を軽んじて恩を仇で返したのみならず伝統あるオペラハウスに多大の迷惑をかけること度重なるに及んで、ついにこの公演のあとしばらくしてMET永久追放の憂き目をみることにあいなりました。

身から出た錆びを地でいく阿呆の所業、諸行無常とはこのことかや。雉も鳴かずば撃たれまいに、の嘆きの一言が天井桟敷のどこかから聞こえてくるような黒き白鳥の歌であり、鶴の最期の絶唱でありまする。

♪チャンチャン、スチャラカチャンとまことにお粗末な一席でげす 茫洋

Friday, June 25, 2010

デッカ盤「PIANO MASTERWORKS」50枚組CDを聴いて

音楽千夜一夜 第143夜

2008年9月にデッカから発売されたピアノによる演奏大全集をようやく聞き終わりました。例によってついつい1枚180円という廉価につられて買ってしまったのですが、これはどれをとっても聞き逃せない名盤揃いで、さきの35枚組ヴァイオリン名曲集以上の耳の悦楽を与えてくれました。

ラインアップはシフによるバッハのパルティータやピアノ協奏曲、グルダの平均律全曲、ケンプ、ギレリス、ゼルキン、アラウによるベートーヴェンのソナタや協奏曲、バックハウス、ベームによるブラームスの協奏曲、アルゲリッチのショパン、リヒテルのハイドン、カーゾン、ルプーのシューベルト、コヴァセビッチ、デービス、ハスキル、フリッチャイによるモーツアルトの協奏曲、ケンプによるシューマン等々ですが、なかでもシフとグルダは抜群の聴きごたえがありました。

半分くらいはすでに所有しているCDでしたが、最新のマスタリングがなされているので演奏だけでなく録音も素晴らしいのです。

もはやこの世にあらざるピアノの名人たちの名演奏に次々に耳を傾けていると、聴いている私も、この世にあるかあらぬか定かではない不思議な世界にたゆたいゆき、夢の中で鳴り続けている音楽にいつまでも身をゆだねているのでした。


♪はげたかファンドの雇われ社長となりて肩で風切る哀れな君たち 茫洋

Thursday, June 24, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第9回

bowyow megalomania theater vol.1

ゲッ、ゲッ、ゲエーとぜんぶの穴から出しちゃいました。

そして泣きました。

こわかったのです。

頭が痛い。もういやだ。僕は女のひとに汚されてしまった。僕は女のひとは、いやです。なにされるか分からない。乙姫なんて大きらいだ。許せない。ぶっ殺してやる。

額のところに玉のような汗をかいて「ちくしょう、ぶっ殺してやる! 許せない!」
と叫んだところで、パッチリ目が覚めました。お母さんが心配そうに僕をのぞきこんでいました。病院でした。真っ白なシーツにつつまれて僕はあくむのような夢を見ていました。そしてそれが発作でした。


     春蘭が咲いていたのはこの辺り 茫洋

Tuesday, June 22, 2010

レーモンド・カーヴァー著「ビギナーズ」を読んで

照る日曇る日 第350回

アメリカの作家レーモンド・カーヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」という短編集を読んだ時、それが当時の「ニューヨーカー」の辣腕編集者ゴードン・リッシュによって原文のおよそ半分がカットされ、残された部分も徹底的に切り張りされた代物であり、その奇妙なタイトルさえも、くだんの編集者によって命名されていたことを、私はこの本の翻訳者村上春樹のあとがきによってはじめて知りました。

当時アル中で小説を書くどころか、死に瀕していた無名の作家にとって、自作を改変されることは屈辱的ではありましたが、その改変が原作よりも優れた成果を収めていたり、改変されたその協調性に欠けた共著が著名出版社から世に出たり、ましてや江湖の文学ファンから歓迎されてベストセラーになるに及んでは、それこそ功罪相半ばということになって、長くお互いの「企業秘密」になったことは、門外漢の私にもわかるような気がします。

さて文学者である妻テス・ギャラガーの協力を得て限りなく当初のオリジナル原稿に忠実に復刻された「愛について語るときに我々の語ること」改め「ビギナーズ」の読後感はどうかと聞かれたら、収録作品ごとに優劣はあるにせよ、原作も良ければ改訂版も悪くないことあたかもブルックナーの交響曲のごとし、と答えるしかありません。

たとえば表題作の「ビギナーズ」は改訂版である「愛について語るときに我々の語ること」の倍の分量に復活したために、交通事故から奇蹟的に生還した老夫婦の再会のシーンで大きな感動を与えられたり、作者の思いがけないゆったりとした語り口に小さな驚きを味わったりすることができるわけですが、その反面、あちこちの冗長な描写が気になるだけでなく、カーヴァーの最大の特徴である生の真髄に冷酷無比に切り込む鋭い筆鋒が失われている不満を感じないわけにはいられません。まるで泡のないサイダーを飲まされているような味気なさといえばいいのでしょうか。

やがて腐れ縁で結ばれたこの2人は、切れろ切れないのすったもんだを繰り返したあげくようやく決別し、晴れて独立して自由の身になったこの20世紀アメリカ文学の旗手は、短すぎた生涯の最晩年を彩る「大聖堂」などの心に重く沁み込む傑作を遺して1988年に亡くなったわけですが、その文壇デビュー以来の前半生を創造したのは作家以上に作家を知る編集者との二人三脚であったことを思うと、複雑な感慨に誘われます。

おそらく私たちはこの作家の内部にキメラやミノタウロスの残骸を見出し、その作品の内部に棲息するジキルとハイド氏の対話を読まされているのではないでしょうか。


かにかくに資本の走狗と成り果てて会社会社と喚く君(俺)たち 茫洋

Monday, June 21, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第8回

bowyow megalomania theater vol.1


そう、そう、そう、そう、結構やるじゃんこの子。あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あん、ぐんぐぐぐぐぐぐーん、アッハ、アッハ、アッハ、アッハ、ア、いいいいいいいいいいーーーーーーーーーい。

 おーし、こんどはそっちをいじめてやる。どお、どお、どおだい。、どら、どら、どおだい。こんなとこに指を入れられたことある? ないでしょ。どうかな、どうかな、どんな気持ち?

んぐ、んぐ、んぐぐ、あっ、あっ、あっ、あっ、もうだめ。もうだめ、もうもうかんべんしてくださあーい。いいっ、いいっ、いいっ、いいよおう。あっ、あっ、やめて、やめて、やめ、やめ、やめ、や、や、や、やあーん。あん、あ、あ、あ、あ、あああああああああーーーーーーーーーん。

僕は頭の中に赤や青や黄色の絵具をチューブからうんこのように何重もぶちまけられたよう気分になって目がくらみ吐き気がして、とうとう上からも下からも吐き出してしまいました。


    ルリシジミ両手に花と飛びにけり 茫洋

    健ちゃんが突破したのは瑠璃シジミの瑠璃 茫洋

Saturday, June 19, 2010

子規と六月と風

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明治の短詩形文学の豪傑、正岡子規のうたが好きな私ですが、とりわけ


毎年よ彼岸の入りに寒いのは

六月を奇麗な風の吹くことよ

いくたびも雪の深さを尋ねけり


のように、あまり頭でひねくったところのない、平凡な、いわゆる月並みの句を好みます。

星雲の志を懐いて松山から上京した子規は、陸羯南の世話で「日本」新聞社の社員となって明治25(1892)年11月に郷里から母の八重と妹の律を下谷区上根岸に呼び寄せ、家族3人で暮らしはじめます。

明治26年3月につくられた「彼岸の入り」の歌は、母親八重の言葉をそのまま5・7・5の調べに乗せたもので、俳句を第2芸術とののしった頭の良い仏文学者にはそれこそ最低の句なのでしょうが、文芸と理屈はしょせん無縁のものと確信している頭が悪い私にとっては、愛惜すべきなかなかに味わい深い佳句なのです。

3句目の「雪の深さ」の句は、子規がついには死に至る脊椎カリエスを患って床に就くようになった明治29年の冬の句ですが、やはり母と子の楽しい会話のやりとりの中から誕生した日常生活の小さなよろこびが息づいているようです。

先日の朝日新聞の詩歌欄で、ある俳人が「六月の風」の句について触れ、これは明治28年の3月、日清戦争に従軍した子規が帰国する船中で喀血し、須磨の病院にかつぎこまれて九死に一生を得て詠んだ、いわば生への帰還の感慨の句である、と鬼の首でも取ったように書いていました。

賢い頭で実証的に右脳を納得させた結果、はじめて得心して感動されたようですが、私は、この句は時代環境や彼の個人的体験とは無関係に、野に咲く花のような自然の魅力を放っていて、その解釈と鑑賞のために、上述の背景の理会が必要になるとはさらさら思いません。

子規はただ梅雨から初夏にかけてときおり爽やかに吹き抜ける六月の風を、ただ無心に「奇麗」と感じ、その気持ちをそのまま詠んだのです。それとも、もしかするとこの句は、子規が須磨から根岸に帰った後で、母親の八重が、

「のぼさん、今日は朝からきれいな風が吹きよるねえ」

と話しかけた、その瞬間に誕生したのかも知れません。

いずれにせよ、今から115年前の昔、あの鄙びた根岸の里を吹いた風は、今日も奇麗に吹いているのでした。


ホトトギス特許許可局と鳴きにけり 茫洋

百年の昔を吹きし水無月の奇麗な風が今日吹き過ぎる 茫洋

Friday, June 18, 2010

小川国夫遺著「弱い神」を読んで

照る日曇る日 第349回


藤枝の大井川周辺の河口と原っぱと集落と海と空を舞台にし、明治、大正、昭和の大戦期を貫き、祖父母、父母、息子夫婦三代にわたって連綿と繰り広げられる紅林家の物語は、確かにその題材を作者の一族とその周辺からとられているものの、読み進むうちに祖父である家長があるときは清水の次郎長のように、ある時は旧約聖書の苦難に悩めるヨブのように、またあるときはガルシア・マルケスの小説に出てくる孤独な英雄のようにも思えてきます。

しかも驚いたことには、この膨大な大河小説は、全編にわたって静岡県の一地方の方言の会話文だけによって延々と描き続けられています。作者はかつて袖をすり合わせたすべての親族や友人、知己を自分の枕元にさながら「いたこ」のように呼び出し、この世にあらぬ親しき人々が語り出すまでひたすら待っています。

そして生者はもちろん死者たちも、作者のうながしに応えて、在りし日のかけがえのない記憶を、とつとつと語り始める。したがってこれは死者が語った言葉を傾聴する「聖書」や「古事記」のような物語なのです。

―たとえ正当防衛でも人は殺さないっていうことですね。
―そうなんだよ。                 (「危険思想」より)

―この調子だと、国は喰い荒らされてしまうと言うんですか。大井川に落ちる渡り鳥のように、残骸になってしまうと言うんですか。
―残骸……、ね。国というものがあればの話ですが……。
―国などというものはないと言うんですか。
―ありませんよ。あるのは国という言葉だけです。あるように見せかけているだけだ。利用したい者には便利な言葉ですが。         (「幾波行き」より)

そこには俗にまみれて動物のようにうごめく男と女の貧しい赤裸々な生活があり、闘争と戦争と殺人と自殺と敵対と暴力と友情と情欲と純愛と聖なる自己犠牲があります。
いつまでも果てることない物語は、いつしか実在の作家の郷里を浮遊して壮大な神話の世界にまで星雲にように広がってゆく。すると遠い雲の彼方から光り輝くまばゆい人が姿を現し、読者のなかにはそれをイエスキリストであると囁く人も間違いなくいるでしょう。

小川国夫はすぐれてモラルに生き、モラルに殉じた人でした。
敬愛する作家の最期の小説は、私の心に大きな置き土産を残してくれたようです。それは残された私の生の歩みに少なからぬ影響を及ぼすことでしょう。楽しみでもあり、また怖いような気もする死者からの最期の贈り物です。

たしかに神はいますらし されど日ごとに神は弱くなるらし 茫洋

写大ギャラリーで「高木こずえ写真展」をざっと眺めつつ

茫洋物見遊山記第33回

私がはじめて見た高木こずえの作品は、昔活躍した陰湿な歌うたいデュオ「ウインク」をもっと美人に、もっとカジュアルに、ぐんと若くした2人の少女の笑顔をツインセットにして並べたポスターでしたが、問答無用の明るく楽しい青春の表情の一瞬がさわやかに切り取られていました。

この人はきっと広告代理店か制作会社のカメラマンになって、いかにも当世風な和らぎの映像をつくっていくのかとたかをくくっていたら、とんでもない。一転して今回の宮崎県の口蹄疫騒動を先取りするような不安におびえる牛のおそれとおののきを突き付けたり、混迷のどん底にあえぐ現代人の魂に内視鏡を挿入した心霊写真を撮ってしまったり、一作ごとに視点を変え、手法を変えて試行錯誤を続けるそのありさまは、さながら文学における平野啓一郎の万華鏡戦略を写真で置き換えたようなアヴァンギャルドなアプローチのいきおいを感じさせて、まことに興味深いものがあります。

ふつうの作家や写真家は特定の文体やアングルを見出すとそれを墨守して揺るがないのですが、「第三五回木村伊兵衛賞」を受賞した彼女には、そういう予定調和の道をいさぎよしとせず、前人未到の表現の沃野ないし泥沼へ匍匐前進しようとする反逆的な精神がむんむんみなぎっているようなのです。

だから四〇点のカラーとモノクロもあんまり共通点がない。そのかわりに異様な緊張と不安、生のよろこびと死への衝動がないまぜになってせめぎ合っているカオスの奔流・逆流をまるでブブゼラの暗騒音のように感じます。さらにはスチールという静止的な要素と激しくアクティブに問題提起するアートとの汽水域における相互乗り入れを企てている不穏な気配もうかがえ、東京を捨て長野に帰る彼女のこれからにはとうぶん目が離せそうにありません。(8月1日まで東京工芸大学中野校で開催中)


♪高い木のこずえの上から下りてくる不思議で不気味なブブゼラの音よ 茫洋

♪ブブゼラの暗騒音のように不気味な不安が押し寄せる高木こずえの新境地 茫洋

Wednesday, June 16, 2010

独ドキュメント盤「クロード・ドビュツシイ集」10枚組を聞いて

音楽千夜一夜 第142夜

お馴染み独ドキュメント盤によるたった1000円のドビュツシイ・コレクションですが、その内容はモントー、マルケビッチ、アンセルメ指揮による管弦楽の名品「海」、「牧神の午後への前奏曲」やホロビッツ。コルトー、ギーゼキング、ツービンシュタイン独奏による「練習曲」、カルヴェカルテットによる「弦楽四重奏曲」、歌曲まで選曲・演奏ともなかなか充実した格好のセレクト集です。

とくに注目に値するのは、ドビュツシイのエキスパートと称されたデジレ・エミール・アンゲルブレヒト指揮によるオペラ「聖セバスチヤンの殉教」の名演奏が収録されていること。

このCDはかつて仏ディスク・モンターニュからほそぼそと出されていましたが80年代から廃盤になっていたマニア垂涎のお値打ち品で、「ぺリアスとメリザンド」でオペラ界に衝撃を与えたドビュツシイの、アラン・ポー原作による、もうひとつの傑作にこころゆくまで耳を傾けることができます。

ドイツの単純明快な音楽と比較すると、イギリス、フランスの音楽はいったいなにをいいたいのかよくわかりませんが、最近はまさしくその点が素晴らしいのだと得心がいくようになりました。つまり音楽には最終的な解決はない以上、彼らもなにをどう表現していいのかよくわからなかったのです。

明るい光に包まれたラベルの平原から、深い霧に閉ざされたドビュツシイの森に入るとアンリ・ルソーの花や樹木や蛇や女やライオンに出会う楽しみがあなたを待っていることでしょう。


♪入梅の朝、一匹の大蛇が道路を横断していった。茫洋

Tuesday, June 15, 2010

ミヒャエル・ハンペ演出・ムーテー・スカラ座で「コシファントゥッテ」を視聴する

音楽千夜一夜 第141夜


1989年4月にミラノ・スカラ座で行われたライブです。序曲の棒が普段より早いのか世界一のオーケストラも、珍しやついて行くのが精いっぱいになりますが、幕が上がると次第にいつものペースを取り戻し、2幕のフィナーレでは大きな大団円の輪を築きおおせます。安心といえば安心、つまらんといえばつまらない御大ムーティのモーツアルトです。

先日ご紹介した鬼才ピーター・セラーズの奇抜な演出と違って、ミヒャエル・ハンペの演出はオーソドックスそのもの。物語の古典的な骨組みをしっかりと踏まえたうえでところどころで美術、衣装、照明を含めて「ちょっと斬新な」効果を打ち出します。冒頭で男性陣の2人が出帆していた船の帆は白でしたが、2度目の登場は夕方で赤い夕陽と帆が目に鮮やかです。2人の女性陣のおさげが左右に垂らされているので似たような姿形でもすぐに判別できるのです。

出演はフィオルディリージがダニエラ・デッシー、ドラベラはデレス・ツイーグラー、デスピーナがアデリーナ・スカラベリ、フェランドがヨゼフ・クンドラック、グリエルモがアレサンドロ・コルベッリ、ドン・アルフォンソはクラウデイア・デスデーリという布陣でしたが、デスデーリひとりが絶不調で、他の演者の健闘の足をひっぱっておりました。

このモーツアルト最晩年のオペラは、フィガロなど先行する名作に酷似したアリアも頻出してこの天才の早すぎた晩年の創作の衰えも感じさせますが、第2幕のフィオルディリージの長大なアリア「どうか許してください私の恋人よ」など忘れ難い名曲もふんだんにちりばめられていて、我々の耳目を奪います。

♪君知るや蛍は毎晩同じ葉の同じ宿にて眠ることを 茫洋

Monday, June 14, 2010

森アーツセンターギャラリーで「ボストン美術館展」を見る

茫洋物見遊山記第32回&勝手に建築観光38回

古典派の画家とは違って、印象派の画家たちは、目前の事物を心眼でとらえても、そのまま写生することはありません。

心眼に映じた風物の心象を白い画布の上に投影しながら、とりあえずは事物をその構成要素に解体して主観的な映像に置き換えることを狙ったドガ、マネ、ルノワール、ゴーギャン。徹底的に事物をその構成要素に還元して、微細な極点として再配置する神経衰弱家のスーラやシニャック。事物を丸や三角や四角などの抽象的な図形に還元しながら観念的に再構築しようとするセザンヌ。事物を赤や緑や黄色の色彩素に還元しながら新たな事物を再構築しようと試みたモネ。そして、事物を完膚なきまでに解体しながら地上では存在しない宇宙的な事物を再創造しようと祈ったゴッホ……。

それら多種多様な画家たちのさまざまな近代絵画への取り組みの一端をこの展覧会の貧しい展示によってもうかがい知ることができました。

以下は例によって例の如く言わでもがなの悪口雑言になりますが、「1890年オーヴェール、ゴッホ晩年」を特筆大書し、「エル・グレコ、レンブラント、ミレー、ドガ、セザンヌ、モネ、ルノワール、ピカソなど、ボストン美術館名画80点の競演」という惹句で大量の顧客動員を図った本展の内容は、本家ボストンの宝の山に比べたらほんの九牛の一毛に過ぎず、確かに上述の画家の作品はあちらこちらにちらほら並べられているものの、超目玉ゴッホも、セザンヌも、ピカソもたったの一点。モネの11点はさすがに見ごたえがあったものの、あとはミレーやコロー、ドガなどを散発5安打くらい打ちっぱなしただけの初夏なのに超寒いコレクションです。

肖像画、宗教画、オランダの室内画、日常画、風景画、静物画などと、いちおう8つのミニコ-ナーに区分した展示方法もきわめてぞんざいなやっつけ仕事で、たぶんここにはプロのキューレーターなど一人もいないのでしょうが、こんな分類や会場構成なら素人でもやってのけるでしょう。

かてて加えて、その存在自体が東京の都市景観を大きく破壊しているこの醜悪なビル自体が大問題です。超高層にある会場に辿りつくのも、私のような田舎者や光輝老齢者にとっては一苦労。はじめての人は容易に近づきがたいヒマラヤの高地のようなところで偉そうに虚妄の店舗を開いているのですが、こういう貴重な藝術文化財を緊急避難させるためには最悪の環境とロケーション。顧客利便と安全管理のために美術展を低層階で開催するのは世界の常識です。

あまつさえ家電量販店の呼び込みのような美術に無縁な案内人の傲岸不遜な態度、300円も取られて返ってこないあほばかロッカーなどなど、いかにもこの新興成金デベロッパーにふさわしいいんちきでやくざまがいのやりくちが随所に見受けられて非常に不愉快な雨の月曜日でした。私が愛した江戸ゆかりの六本木の故地を壊滅させた彼奴らがボストン美術館展を開催するなんて10年早いのです。


♪東京の都市景観を毀損する六本木ヒルズを明日建て替えるべし 茫洋

ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウTHE GREAT EMI RECORDINGSを聴く

音楽千夜一夜 第140夜

フィッシャー・ディースカウで思い出すのは、彼が吉田秀和翁と一緒のタクシーに乗り合わせたときの逸話です。そのタクシーのラジオからはちょうどクラシック音楽が流れていたので、まだ若き日の吉田翁が、「ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番!」と言い当てると、隣の席に座っていたディースカウが、「ソロはバックハウス、オケはカールベーム指揮のウイーンンフィル」と引き取ったというのですが、ここに彼のやや神経質で律儀な性格と正確無比をモットーとするきめ細かな音楽作法の一端がうかがえるような気が致します。(ところで昭和時代の東京の運転手には高尚な音楽趣味の持ち主がいたものですね。)

世界に冠たるバリトンの帝王の地位を辞したあと、彼は第二の人生に入り、第二のクレンペラーたらんと指揮者を目指してチエコフィルハーモニーを振って独欧系の交響曲をいくつか録音しました。しかし歌曲では成功した上記の音楽術が、指揮では仇となったためでしょう、クレンペラーなどからも冷たい視線を浴びて結局雄図むなしく熟年の夢を捨てたのでした。

されど古今東西男性のバリトン歌手多しと言えども、フィッシャー・ディースカウの前にディースカウなくフィッシャー・ディースカウの後にディースカウなし。その紋切り型の定評をいやおうなしに認めさせられてしまうような11枚組のEMI盤コレクションです。

そもそも私がシューベルトの歌曲の素晴らしさにはじめて目覚めたのは、忘れもしないここに収められたフィッシャー・ディースカウがジェラルド・ムーアのピアノ伴奏で歌う「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」「白鳥の歌」の3つの代表的な歌曲集のLPレコードの演奏においてでした。

ドイツ語から翻訳された日本語の歌詞をフレーズごとに辿っていたとき、この作曲家がたくまずして企図した詩と音楽の絶妙な交歓が、フィッシャー・ディースカウの知的で、滑らかで、清潔で、かゆい所に手が届くような巧みな口跡によって奇蹟的に果たされていると感じたのです。

その懐かしいシューベルトをはじめ、シューマンの「リーダークライス」やブラームスの「マゲローネによるロマンス」(リヒテルの伴奏)、マーラー、ウオルフ、シュトラウスの有名な歌曲の録音を網羅したこのコレクションは、その1枚166円というバジェット価格ともども、この不世出のバリトン歌手の魅力をあますところなく伝えてくれるでしょう。

知に働けば角が立つことあれどやっぱりフィッシャー・ディースカウには叶わない 茫洋

Saturday, June 12, 2010

石川九揚著「近代書史」を読んで

照る日曇る日 第348回

私の郷里の実家には犬養毅や西郷隆盛、新島襄、賀川豊彦などの揮毫を扁額にしたものが長押の上に掲げてありました。

南洲の「敬天愛人」はもちろん偽作ですが、やたら安易に健筆をふるった木堂に詩魂なく、襄にプロスタントの矜持あれど、「死線を越えて」の作家に初期の社会主義思想というよりは、「奇妙な童心」をくみ取ってやや意外の感に打たれたことなどを思い出します。
それでも政治家や文人墨客の書については、文がその人を表わす以上に、書がその人となりを直示することを、幼いながらになんとなく理解していたようなのです。

その後青山の根津美術館で出会った良寛の書と八〇年代のはじめに六本木の小さなギャラリーで見た井上有一の有名な「壁新聞」シリーズは、書に疎い私にとっては大きな衝撃でした。
当時世間では相田みつおや榊莫山などの手合いがらちもない紙屑をかき散らして世間の人気を博していましたが、こんな低俗の輩に比べたら、大本教の開祖出口なをの墨痕淋漓たる「お筆先」でも拝め、と言いたくなったものです。

ところが当節では、またぞろ武田なんとかとか紫の船なぞという私にはさっぱり良さのわからない書き手がマスコミの無知に乗じるように登場して超表層の話題となり、とうとう「女子書道ブーム」なるものが列島全域に嵐のように巻き起ったようで、まっこと慶賀の至りでございます。(←「龍馬伝」の福山選手の真似)
ここらでわが国の書の歴史や特性について概略を知りたいと思っていたところに、折よくこの本が出現したというわけです。

石川九楊の名前は、「毛筆の数百本から数千本が、最終的には一本一本全部別々の方向に動くように進んでいる」とか「無意識の水が動いている」というような言い方で、彼が書をかく際の「筆触」の生命力をことのほか重要視している当代屈指の書道家であるとだけ承知していました。

本書では明治の元勲から漱石、子規、藤村、晶子、茂吉、潤一郎、一政、山頭火、希代の悪筆扇千景(による国土交通省の看板)に至るまで、多くの作家や政治家、書家の墨跡と作品を具体的に例示しながら、その背景にある彼らの人物像や思想までぴたりと言い当てる離れ業を見せるのですが、たとえば宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」手帳全一冊、正岡子規の絶筆となった「辞世三句」の徹底的な解字分析には心底驚嘆させられました。
死に瀕した彼らがどのような心境でこれらの遺言を書き記したのかが、まるでその現場に居合わせたかのような臨場感と共にあざやかに分析されているからです。

また私は著者によって紹介される多種多様な書家の膨大な作品群の中にあって、政治家を卒業してプロの書き手になった副島種臣と中林悟竹の天馬空を行くような書、内藤湖南や夏目漱石などの保守的優等生によって酷評された洋画家中村不折の中国六朝書を自家薬籠中のものにした超前衛的な「龍眠帖」の前で、大きな衝撃を受けたことを驚きと喜びをもって告白しないわけにはいきません。

世間では先刻承知のことなのでしょうが、恥ずかしながら私は、これらの書の革命的な素晴らしさ、パンクなドラマトゥルギーについて、棺桶に片足を突っ込んだこの年になるまで無知だったのです!

うれしかったのは書の専門家である著者が子規の二人の高弟である「有季・定型・花鳥諷詠派」の高浜虚子の書を退けて「無季・自由律・短詩派」である河東碧悟桐の「再構成された無機なる自然」の境地を高く評価し、あわせて腐敗堕落した虚子亜流の現今の俳句界について警鐘を乱打していることで、これこそわが意を得た思いでした。

著者の思索の対象は、毛筆による古典的な書道の世界を離れて、石川啄木、島崎藤村、高村光太郎の「近代ペン書き三筆」の書体特徴の分析に及び、さらに啄木の「口」という字の書き方が一九八〇年代に猖獗を極めた「丸文字」の元祖であるとの指摘に至り、ついには九〇年代から始まった「金釘流横書き」が、日本語の漢字かな混じり文の将来をいちじるしく損なっているとその実例を挙げて説き、最後に一日も早い縦書きの復活を願って九〇〇〇〇〇字にわたって「三菱のユニ鉛筆で手書きされた」この大著の全巻をおもむろに閉じるのですが、そういうことなら、これからは私も板書を「金釘流縦書き」にせねば、としばし考えさせられた鋭い指摘ではありました。

早い話が、わが国近代の「書」の解剖を通じて文明の病根を剔抉する、記念碑的な名著の誕生と評せましょう。


♪明日よりは「金釘流横書き」にいたしませう悪評高き余の「金釘流横書き」 茫洋

Friday, June 11, 2010

梅原猛著「葬られた王朝」を読んで

照る日曇る日第347回

かつて「隠された十字架」で法隆寺は藤原不比等によって聖徳太子の怨霊を鎮魂するために再建されたと説き、「水底の歌」では柿本人麻呂は不比等によって石見の国で水死させられて怨霊となった、と説いた著者が、今度は出雲の国を訪ねて、出雲王朝の創始者である「スサノオとその子孫のオオクニヌシこそ、不比等がもっとも手厚く祀った大怨霊神なのであり、その不比等こそがヤマト王朝に敗れた出雲王朝の神々を出雲の地に封じ込めた張本人である」と高らかに宣言します。

菅原道真の怨霊を鎮めるために藤原忠平が京都の北野天満宮を建てたところ、道真の怒りは時平の子孫に向かったために忠平一族は難を逃れて摂政関白の職を独占するようになり、ついには天満宮が摂関家の守護神になってしまった話は有名ですが、怨霊鎮魂派にして藤原不比等原理主義の泰斗である著者は、今回もかなり強引にこの論法を古代出雲文明の誕生と死滅の歴史に適用して、かなりの成果?をおさめた模様です。

 およそ40年前に「神々の流竄」でヤマトで起こった物語を出雲に仮託したフィクションであると断じた著者でしたが、本書ではその誤りを全面的に認め、やはり古代出雲にはヤマト王朝にまさるとも劣らぬ偉大な文明と文化があったことを、記紀の徹底的な読み直しや最近の考古学上の遺跡・遺物発掘や郷土史研究の成果を踏まえて、威風堂々と骨太に論証しているのです。

 私は、著者のいつもながらの鋭い直観に裏打ちされた規模雄大な構想力と大胆不敵な想像力に対して、深甚なる敬意を惜しむものではありません。しかし、「縄文時代の日本(あるいは日本人)」などという明らかに非歴史科学的な用語を乱発したり、神話上の人物と実在の歴史的人物とがいともたやすく観念的に接ぎ木されてしまったり、相変わらず「古事記」の選集に従事した稗田阿礼が藤原不比等その人である、と力説している梅原翁の「論証」のやり方には、多少の粗雑さを感じないわけにはいきませんでした。

いざ行かん蛍舞う橋の袂まで 茫洋
細君と蛍見にゆく夏の夜

Thursday, June 10, 2010

写大ギャラリーで「写真家と静物との対話」展を見る

茫洋物見遊山記第31回

すでに6月の6日に終わってしまいましたが、東京工芸大学・中野キャンパスで開催されていた「写真家と静物との対話」展を足早に見物していたのでした。
 
写真と私の初めての出会いは「日光写真」でした。いつ差してくるかわからない光線をひたすら待ち続けていると、深い霧がようやく憂鬱なヴェールを開いて転写装置を載せた小さな方形のフレームの上に幽かな陽の光が落ちると、印画紙の上に影とも形ともつかない図像がぼんやりと姿を現します。露台の上でうずくまって、裏日本地方特有のうら悲しい曇天の空を見上げていた少年は、いったいなにを考えていたのでしょうか。

長じた後、その少年はようやく手に入れたデジタルカメラで10年近くおのれの風貌と頭上の空を撮り続け、それらの、微細な差異があるような、ないような画像をときおりパソコンのモニターで自動再生して呆然と眺めているようですが、そのとき彼の脳裏には、いったいいかなる想念が湧き起っているのでしょうか。


写大ギャラリーの会場に並んだW.H.フォックス、エドワード・ウエストン、イモジン・カニングハム、ジャン・クルーバーなどの主として静物を対象としたもの寂びた写真は、私のそんな遠い日の記憶を呼び覚ましてくれたようです。


腹黒き王沢蜂を一刺しし己は死にたり鳩蜂マーヤ 茫洋

ドン・ジョヴァンニの地獄落ち思い出したり小鳩刺し違え 茫洋

Wednesday, June 09, 2010

ジョン・バルビローリTHE GREAT EMI RECORDINGSを聴く

♪音楽千夜一夜 第139夜

バルビローリといえば亡くなった三浦淳史という北国の音楽評論家を思い出します。こよなく英国音楽を愛した彼は、私にバルビローリやビーチャム卿が指揮するディーリアスやエルガーの音楽、そしてデニスブレインのホルンやジャクリーヌ・デユプレのチエロ、シュテファン・コワセヴィッチのピアノの素晴らしさを教えてくれました。

相思相愛の仲であったデユプレとコワセヴィッチの間に乱暴に割って入ることによってこの不世出の閨秀チエリストの人生をめちゃくちゃにしたダニエル・バレンボイムを生涯にわたって許さなかった三浦氏は、デユプレとコワセヴィッチの唯一の共演であるベートーヴェンのチエロソナタをこよなく愛したのでした。

さて今回EMIから発売された10枚組の超廉価版CDセットには、サー・ジョンが手兵のハレ管弦楽団を指揮したディーリアスの「夏の庭」やシベリウスの「フィンランディア」、シンフォニア・オブ・ロンドンを率いたヴォーン・ウイリアムスの「グリーンスリーヴズの主題による幻想曲」、ウイーンフィルと入れたブラームスの第3交響曲などがバランスよくレイアウトされていますが、久しぶりに聞いたベルリオーズの「夏の夜」におけるジャネット・ベーカーとの声涙ともに下る名演奏に魂を奪われてしまいました。

抒情的な旋律を歌いに歌って聴く者の琴線にとことん迫る斯界の第一人者とは、かのトスカニーニではなくなんとジョン・バルビローリその人だったのです。



♪歌え、歌え、心から歌えとサー・ジョンが叫ぶ 茫洋

Tuesday, June 08, 2010

ピーター・セラーズ演出で「コシファントゥッテ」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第138夜


原作が想定する物語の時代や空間に従わず、恣意的なTPOを任意に設定し、物語の書き換えを図ろうとするオペラの新演出がいつごろから始まったのかは分かりませんが、少なくとも私がその「新しい演出」に接して驚いたのはこのレーザーディスクに収められたピーター・セラーズのモーツアルト作品からでした。


この作品は、当初ニューヨーク州立大学が主催する国際パフォーミングアートフェスティバルで上演されたものをピーター・セラーズ演出で1990年にスタジオでライブ収録されたものですが、いきなりカメラはNYからマイアミと思しき海辺に車とともに疾走し、その名もレストラン「デスピーナ」に到着したところからドラマが開始されます。

ドンアルフォンソは「デスピーナ」のオーナーで2組のバカップルはこの安レストランに出入りするお姉ちゃんとお兄さんという設定です。そういう軽佻浮薄なアメリカンという下世話な世界から立ちあがったこの安直なはずの「西洋取り変えばや物語」は、後半男性二重唱で「女はこうしたもの」が歌われるあたりから次第に深刻な様相を呈し、男と女の間を隔てている深くて速い川の運命的な葛藤が、私たち観客の心の中にもひやりと冷たく流れ込むようになるのだから、才子才に溺れがちなピーター・セラーズの演出もまんざら捨てたものではありません。

クレーグ・スミス指揮ウイーン交響楽団の劇伴も、モーツアルトの天才的な楽譜を損なわない程度には自然な流れをつくって、セラーズのやりたい放題の演出をきちんと下支えしています。


♪リークッスンが言った。おやお前丸腰じゃないか?キム・イルソンも言った。ゲイリークーパーをきどっているんだろうよ。ヤーポンよ俺たちはお前さんを武装解除しちゃうぞ。茫洋

Monday, June 07, 2010

報国寺のタケノコを見る

茫洋物見遊山記第30回&鎌倉ちょっと不思議な物語第222回

 しばらく前に細君と一緒に名物の筍を見に報国寺を訪ねました。竹寺として知られるこのお寺は建武元年1334年に天岸慧広の開山、足利家時を開基として開かれ、当時の寺領は5キロ先の衣張山に及ぶ広大なものだったと「鎌倉の寺小事典」には記されています。

 この衣張山という優雅な名前をもつ山は、仏様がゆったりと横そべったような姿をした低い山で、最近難視聴に苦しむ住民がデジタル放送受信の巨大アンテナをこの山の頂上に立てようとしたのですが、環境破壊につながるとしてその提案は当局によって退けられたそうです。

 また同書によれば、永亭の乱1439年では第4代の鎌倉公方の嫡男足利義久が10歳で自刃した悲劇の地でもあるそうですが、古くから境内の孟宗の竹林が有名で、さらに木下利玄の歌碑やお墓もあります。それは

   あるき来てもののふ果てし岩穴の ひやけきからにいにしへおもほゆ

という和歌ですが、元はもののふではなく「北条」であったのを当時の報国寺の菅原道之という住職が勝手に書き換えてしまったといからひどいものです。

 報国寺のある浄明寺の町内には「浄妙寺」という名刹もあって鎌倉時代から張り合ってきました。寺格からいえば圧倒的に後者が高いのですが、戦後は商才にたけた住職が観光客を巧みに誘致し、元広島カープの古葉監督が篤く帰依したりして竹寺報国寺の人気が沸騰しお向かいの浄妙寺さんは閑古鳥が鳴いていたのですが、東京の広告代理店に知恵をつけられた?浄妙寺が、自家製のパンを目玉にした洒落たレストランを境内に開設し観光バスが停まれる駐車場を作ったために形勢にわかに逆転中というところでしょうか。

いずれにしてもわれらがアイドル原節子老嬢が遠くに去ってしまった浄明寺界隈はもう往年の輝きがうせてしまったような気がいたします。


   ♪原節子司葉子野田高悟が徹マンしていた浄明寺遥かなり 茫洋

バーンスタイン指揮・ウイーンフィルで「運命」「田園」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第137夜

昨日に続いてやはり定評のあるコンビによる70年代のベートーヴェン演奏です。

「運命」は1977年9月にウイーン・コンツエルトハウスで、「田園」は翌78年11月にムジークフェラインザールで行われたライブを収録しており、「レオノーレ序曲第3番」がおまけについています。

私はこの輸入盤のレーザーディスクをなんと大枚4380円!をはたいて購入していますが、いまなら同じ値段で同じ演奏によるDⅤDのベートーヴェン全集が買えるでしょう。デフレと技術革新の進歩はとどまるところがないようですが、当然ながら演奏は昔日の水準のままでとどまっていて、それが名演奏家の演奏の歴史的価値とその限界を同時に伝えるアーカイブとなっています。

平凡な「運命」と比較すると「田園」の演奏はじつに丁寧にベートーヴェンのスコアを再現していて、ウイーンを舞台に活躍したこの作曲家への共感と愛情にあふれた名演奏には違いありません。
「運命」のコンマスのライナー・キュッヒルは指揮者の急激な加速についていくだけで精いっぱいですが、「田園」におけるヘッツエルは余裕綽々。バーンスタインの名代としてまるで指揮者のように身振り手振り全身を揺らしながら弓を高く掲げてウイーンのオーケストラをリードしてゆきます。

このような指揮者以上の指揮ができるコンサートナスターは、ウイーンフィルのみならず世界中で跡を絶ちました。1992年7月29日のザルツブルグ近郊ザンクト・グルゲンでのゲルハルト・ヘッツエルの滑落死は、惜しめてもあまりある大きな損失であり、光輝あるウイーンフィルの歴史はまさにこの瞬間から腐敗と堕落の道を辿ることになったのでした。


手のひらを返すがごとく生きており 茫洋

Sunday, June 06, 2010

バーンスタイン指揮・ウイーンフィルで「マーラー交響曲」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第136夜

ともかく早くレーザーディスクをDⅤDに焼いておかないと2012年のデジタル態勢に乗り遅れてしまうので、数百枚あるLDを見直しながらダビングせざるを得ない消耗な毎日です。という次第でバーンスタイン、ウイーン、マーラーの70年代の黄金コンビの演奏ですが、さすがにこういう血と汗と涙の熱演タイプは時代遅れになったのかなあというのが率直な感想です。

1番ニ長調「巨人」ではもっと第4楽章で燃えてほしいのに1974年10月のバーンスタインがいくら指揮台からジャンプしても発火せず。コンサートマターがゲルハルト・ヘッツエルではなく若く凡庸なライナー・キュッヒルであることもマイナスに作用しているのでしょうが、これでは大昔のジェームス・レバイン指揮フィラデルフィア管の清新な演奏に比べてもかなり遜色があります。

ヘッツエルがコンマスに入った1972年5月ライブの第4番ト長調は最終楽章でソプラノのエディト・マチスの清純な独唱「我らは天上の喜びを味わう」が歌われるといくぶんの昂揚を見せますが、私が1979年パリ・シャトレ座で聴いたクーベリック指揮バイエルン放響の天国的で透明な演奏には及びもつかない凡演です。

1972年4月と5月にライブ収録された第5番嬰ハ短調は、有名な第4楽章のアダージェットで深い瞑想と愛と抒情の歌を聴かせてくれるものの、強いて比較すればバーンスタインのニューヨークフィルとの旧録、あるいは1987年の同じウイーンフィルとの録音のほうがより優れた演奏ではないかと思われます。

1974年10月の交響曲第7番ホ短調ではバーンスタイン・ウイーンフィルが「夜の歌」を歌います。第5楽章のロンド・フィナーレはいかにもレニーらしさが横溢しており、今日の3曲のなかではこれが最上と思えます。


生きてしあらば良きこともあらむ薺咲く 茫洋

Friday, June 04, 2010

「ウテ・レンパーsingsクルト・ワイル」を視聴する

♪音楽千夜一夜第135回


ウテ・レンパーは1963年ドイツ・ミュンスター生まれの美貌の歌姫です。キャッツやキャバレーやシカゴなどのミュージカル歌手としてつとに有名ですが、1994年にパリのブフ・デユ・ノールでライブ収録されたこのクルト・ワイル歌唱はじつに聴きごたえ、見ごたえがあります。

「クルト・ワイルの音楽の本質は彼が一過性の抒情を徹底的に排除したことです」などと時折解説を交えながら、レンパーは「赤いローザ」や「セーヌ哀歌」「バルバラ・ソング」「アラバマ・ソング」「私は船を待っているの」などワイルの代表作品に激しく感情移入して、時折は涙を滂沱と流しながらドラマチックに歌っています。そして休憩をはさんだ後半のプログラムで、ワイルの名曲として知られる「セプテンバーソング」や「マイシップ」の熱い思いを込めた絶唱に接すると、いったいワイルのどこが反抒情主義なのという疑問がわいてもくるのです。冷血の下にひそむ熱血のたぎりを私たちはあびせかけられたのでした。

 ウテ・レンパーはドイツ語・英語・フランス語を苦もなく使い分け、ローザルクセンブルクやメッキー・メッサー、ジェニーになりきってあざやかに歌います。曲想に応じてあざやかに豹変する表情や機敏な身のこなし、とりわけその官能的な肉体の運動性は見る者を強く惹きつけてやみません。

私は三文オペラといえばロッテ・レーニアとひとつ覚えで思い込んでいたのですが、この美しいミューズの前ではどうやら古い固定観念を改めざるをえないようです。ウテ・レンパーの緩急自在な身体表現力を支えた演出のジャン・ピエール・バリジェンと練達のピアニストジェフ・コーエンの好演も見事でした。

♪昨日辞め今日忘却の総理大臣無常迅速世の常なれど 茫洋

Thursday, June 03, 2010

独メンブラン社盤「クララ・ハスキル・ポートレート」を聴いて

♪音楽千夜一夜第134回

クララ・ハスキル(1895-1960)はどこか魔法使いのおばあさんに似たやさしい風貌の持ち主でしたが、そのモーツアルトの演奏ではつとに定評があるところです。

この10枚組のCDにはそのモーツアルトの13番、19番、20番、ゲザ・アンダとの2台の協奏曲k365を柱に、ベートーベン、バッハ、シューベルト、シューマンの有名曲が収められていて、彼女の多彩なピアノ演奏を1枚たった100円というバジェットプライスで楽しむことができます。

 しかしこのセットにはグリュミオーと組んだモーツアルトのヴァイオリンソナタが欠けているのが残念です。あのフィリップス原盤の演奏には孤高の天才に終生つきまとった硬質の悲しさ、そしてハスキルにもつきまとった生の物悲しさが相乗して痛々しいまでに感じられ、そこへ若きグリュミオーの空虚な明るさが加わることによって明暗一如となった名状しがたい魅力を醸し出しているのです。

 しかしハスキルのバッハやとりわけシューマンの演奏も悪くありません。ピアノ協奏曲や「子供の情景」「アヴェッグバリエーション」を聞いていると、このルーマニアの媼の孤独な魂の奥の奥を垣間見たような気持ちになります。


藤多き里に住みたる嬉しさよ 茫洋

Tuesday, June 01, 2010

蛍の頃

バガテルop125&鎌倉ちょっと不思議な物語第221回

今年も滑川に蛍の季節が訪れました。

2010年の初見は5月28日の午後7時30分、小さな竹橋の上流で2匹が舞っておりました。ちなみに昨年は5月21日に1匹、おととしは6月4日になんと7匹の乱舞、その前年の2007年は6月2日に2匹でした

どうしてそんなことが分かるかって? それはね、私が博文館の10年連用日記をつけていてね、その日の天気と四季折々のチョウやカエルの産卵日や昆虫類の初見日についてメモしてあるからなのです。

それはともかく、今年はなんども台風並みの大水がこの狭くて小さな滑川を奔流のように襲いかかり、すべての動植物を由比ヶ浜の海岸に押し流したはずなのに、よくぞ蛍の幼虫の棲み家であるカワニナが川の底に残っていてくれたものです。

さきほどまた自転車で捜索に行ってきましたら、和泉橋の上流の葉っぱの陰で3匹の青白い光が点滅していましたから、昨年ほどではなくとも初夏の夜の風物詩としての役割を何とか果たしてくれそうです。

しかし町内会の連中が近々川掃除をするとかいうているので、彼らの棲み家を根絶やしにしまいかと心配。川をきれいにするのもいいけれどこの河川が全国的に貴重な天然ヘイケボタルの中世以来の自生地であることによくよく思いを致してほしいものです。

私の意見では人類は蛍の光を愛でる人とそうでない人とに分かれ、私は後者の人々とは席を同じくしたいとは思いません。またこの際ついでに言いたいことを言わせていただくならば、チョウと蛍が死者の精霊であることについてはかなり確かであるように思われます。

    父よ母よムクよみなみなホタルとなりて我をおとなう 茫洋

Monday, May 31, 2010

杉本寺を訪ねて

茫洋物見遊山記第29回&鎌倉ちょっと不思議な物語第220回

このお寺の歴史は鎌倉幕府の開府よりも古く天平3年(731年)にさかのぼります。まず当時関東地方を行脚していた行基がこの地に観音像を安置し、ついでその3年後に光明皇后が本堂を建立したのが杉本寺の開基のいわれとされています。

「吾妻鏡」には文治5年(1189年)に近所の家からの火災で本堂が焼失した、とありますが、その折になんと3体の観音像が自力で庭の大杉の元に避難したので、それ以来「杉本観音」と呼ぶようになったそうですが、杉本寺の周辺にはいまなお大小の杉の木が見られます。

さらにこのお寺を乗馬したまま通りかかった武士は必ず落馬するというので「下馬観音」という異名もつけられています。似たような地名に「下馬四つ角」という場所が鎌倉駅を右折して由比ヶ浜に向かう途中にありますが、昔はここで武将が下馬する定めでした。

私が小林秀雄とすれ違ったのはこの「下馬四つ角」の近くでしたが、彼が下駄ばきで海の方へ急いでいた姿がいまも忘れられません。「下馬四つ角」は大雨の後にはいつも冠水していましたが、最近はそういうこともなくなったようです。


六月や奇麗な風の吹くことよ 子規

鎌倉のプラットホームに降り立てば潮のかおりが胸元にくる 茫洋

オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を見る

茫洋物見遊山記第28回

月曜日の午後、オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を見物してきました。

あらゆる方向からやってくる光線を描こうとしたモネ、森羅万象をキャンバスの上で解体し再構築しようと試みたセザンヌ、未開の国の風光に新芸術の根を下ろそうと苦闘したゴーギャン、女性の放恣な肢体に限りない偏愛の目を向けたボナールなどの傑作115点が続々登場して眼福の限りを尽くしますが、本展の白眉はなんといってもゴッホとルソーでしょう。

 わが偏愛の日曜画家アンリ・ルソーの「戦争」と「蛇使いの女」を間近で眺めることができたのは望外の喜びでした。この2つの作品さえあれば、私は本展にガチャガチャ並べられているスーラやシニャックやシスレーやエミール・ベルナールやロトレックの凡作愚作どもを喜んでゴミ箱に投じるでしょう。

 ゴッホは1887年から1889年までに制作された7点が並んでいますが、「自画像」「アルルのゴッホの寝室」「星降る夜」「銅の花器のフリティラリア」などを眺めていると、その比類ない藝術の素晴らしさに圧倒され、いつまでも鑑賞していたいという誘惑に駆られます。

思うにこの人の作品は単なる「絵画」ではなく、それ以上のなにか奇蹟的なもの、例えば此岸と彼岸を行き来する精霊の踊り、あるいは宇宙的な生命の饗宴そのものではないかと思われます。

自画像や白百合や大熊座から放射される紫や黄色や橙色や緑色の色彩の氾濫は到底この世の人間の業とは思えません。夜の空から降って来る無数の星を寄り添いながら仰いでいる小さな恋人たちをご覧なさい。これはゴッホという天才を仲立ちとして私たちに伝えられた一種の天界からのメッセージではないでしょうか。

そこでは人類の誕生以前の原始的な存在が、生の混沌のただなかであらんかぎりの歓喜の歌を歌っています。そして私は、聖なる酔っぱらいのその聖歌に、いつまでもいつまでも耳を傾けていたのでした。


荒れ狂う命のたぎりをキャンバスに叩きつけおりゴッホ顕現 茫洋

Sunday, May 30, 2010

西暦2010年皐月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に第76回 


ホー、ホー、ホー、ホー ホー、ホケキョ ショパン哉

長島一茂がギリシアの暴動について語っている五月の朝よ

飛んでいる蝶の名前を言えることほぼゆいいつの長所ですかね

年年に知らぬこと多く現れ出でてよくも考えずみなほうりなげる

カラオケでわたくしがただひとつ歌える歌赤胴鈴之助

若き日のわたしをクラシックから遠ざけた平井丈一朗のバッハ演奏

わが胸の奥の奥にも巣食いたる「空気さなぎ」よ何を孕むや

摩周湖を泳いでいたが怖くなり引き返したりと元赤軍派学生

母のごとき咳をしている咳しつつ思う

ちちははの京の土産に頂きし「ギリシア神話」はついに読まれず

氷雨降る春の夕べの桜花光を待たで白々と散る

瓶というものに惹かれる資本蓄積を思わせる故なるか

なにゆえぞ広告を商う君(われ)の顔卑しき

ええじゃないかそれがどうなろうとあれがどうなろうとええじゃないか

MGMのライオンのごと吠えることわが唯一の特技なりけり

今日もまた鏡の前でMGMのライオンのごとく三つ吠えたり

日本橋の三越前のライオンで待ち合わせし人はついに来たらず

原宿のR社ビルのエレベータードアが開いてホワイトライオン降りたり

フランス人がライオンの歯と名付けたるタンポポの花のギザギザを愛ず

チューリップアントワネットの如く落つ

首飛んで君が魂魄いずくにやおわす

イルカ殺すなクジラ殺すな日本人よ

鶯は三人囃子ではやしおり

鶯の囃し疲れて休むかな

ダンデリオンライオンの歯が笑っている

横須賀やきのうの夢の捨て所
  
菖蒲湯や息子のあとに入りけり

この棒がこの黄金虫が虚子である



俳聖のいかな名句も吾輩のひりだす駄句に叶わじと知れ 茫洋

Saturday, May 29, 2010

蒲原有明・川端康成旧居跡を訪ねて

茫洋物見遊山記第27回&鎌倉ちょっと不思議な物語第219回

鎌倉文学館の「文学散歩」に参加して、明治時代の詩人蒲原有明と昭和の文学者川端康成の旧居を見物しました。大塔宮からほど近くにあるこの旧居跡には現在も蒲原有明の遺族の方が住んでおられるそうです。

鎌倉のいいところは、表通りからちょっと入ればどこか山奥の侘び住まい風の雰囲気が楽しめることですが、鶯乱れ鳴く当地もちょっとそのような野趣を醸し出しておりました。なんでも林に誘われて東京から移った最初の住まいがこの旧有明邸であり、1946年(昭和21年)に三島由紀夫が自作を携えてはじめて鎌倉を訪問した場所もこの川端邸であったそうです。

わが国の詩壇に象徴詩という手法を薄田泣菫とともに確立したといわれるこの詩人を私は嫌いではありません。再読しようと思って書斎を探したのですが、有明の詩集と随筆集「夢は呼び交わす」はいつのまにか息子が勝手に持ち出してしまって手元にないので、文学館のテキストから「あまりりす」という詩を彼の「春鳥集」より孫引きして、全国の学友諸君に対する本日の連帯の御挨拶に代えたいと存じます。


『あまりりす』

おほどかに、
ひとりほほゑめる
わが戀の
花や、あまりりす。

あやしうも
貴に、すゐれんの
照りいづる
媚にも似もやらず、

おもひ屈し
すこしたゆたげにも
うつむける、
あはれ、あまりりす。


ちちははの京の土産に頂きし「ギリシア神話」はついに読まれず 茫洋

Friday, May 28, 2010

佐藤賢一著「王の逃亡」を読んで

照る日曇る日第346回

血わき肉躍る「小説フランス革命」も、いつのまにやら第5巻となりました。
ヴェルサイユからあほ馬鹿おばさん連中によってパリのチュイルリー宮に拉致されていたルイ16世は、なにをとち狂ったのかマリー・アントワネットの情人と噂のフェルセン伯の先導で国外逃亡を図ります。

 しかし様々な労苦と蹉跌の後、あと一歩というヴァレンヌの地で、とうとう王本人であることがばれてしまったルイ御一行さんたちは、逃亡に気付いた国民議会の追手につかまってしまうのです。

この小説のもっとも面白い箇所は、フランス王国の王様ともあろう人物がコルフ男爵夫人ことマリー・アントワネットの執事デュランに扮装して、ヴァレンヌ町の助役ソースと吉本興業的漫談を取り交わすところでしょう。

そこでは王などという肩書を取り払った、あるいは取り払われた生身の、結構機転のきく、人の良い、太ったおっさんの等身大の姿が浮かび上がり、身分や地位や権威や権力というもののあほらしさがはしなくも逆照されているのです。

国民議会の右派、左派、中間派を代表する3名の議員に強引に逃亡用の大型ベルリン馬車に乗り込まれたルイ6世の周章狼狽ぶりもあざやかに活写されていて遺漏がなく、さあこれからフランス革命はいったいどうなるのだろう、とハラハラドキドキさせてくれる著者の手腕は見事です。

瓶というものに惹かれる資本蓄積を思わせる故なるか 茫洋

Tuesday, May 25, 2010

「鎌倉宮」を拝しながら

茫洋物見遊山記第26回&鎌倉ちょっと不思議な物語第218回


「鎌倉宮」は、承久3年1209年に建立されたいまはなき東光寺の跡に明治2年に建立された新造の神社ですが、これも廃仏毀釈の変種かもしれませんね。この神社にはどういう因縁だか毎年新年に一個人という資格で「正式参拝」しているのですが、そこで聞かされる神主のくだらない講話には辟易しています。

 宗教者にとってこの種の精神講話は必須の布教手段であって、私はこれまでキリスト教と仏教とこの神道というの3つの系統の講師のレクチャーを耳にしてきたことになりますが、その順番で内容がおそまつ君になるような気がしています。

 靖国神社といい鎌倉宮といい現代史に無知で不勉強なために落ち目の神道勢にあって、私がゆいいつ期待しているのが、最近ННKを退職して神主に転向された神戸大震災時のアナウンサーとして有名な宮田氏で、いつかは彼の精神講話を聞いてみたいと思っています。

閑話休題。

さて「鎌倉廃寺事典」によれば、東光寺の前身が建久2年に頼朝が建てた薬師堂であるとする「吾妻鏡」の記述は誤りで、これは近くの永福寺の伽藍の一部であったそうですが、このために現在の大塔宮の一帯は薬師堂谷と呼ばれるようになりました。

東光寺のもっとも著名な事績は、このお寺に幽閉されていた後醍醐天皇の皇子である護良親王が、足利直義の命令で殺されたことでしょう。「太平記」には彼が淵辺某の刀の鋒を口にくわえて激しく抵抗したけれど、ついに首切られて果てたことが生々しく記述されております。

護良親王の墓はこの神社にもありますが、じっさいの生首が葬られているのは浄妙寺の首塚で、かつて作家の高橋和巳夫妻がそのすぐそばの洋館に住んでいました。

首飛んで君が魂魄いずくにや 茫洋

Monday, May 24, 2010

古井由吉著「やすらい花」を読んで

照る日曇る日第345回


一羽の胡蝶によって夢見られた酔生夢死の奇譚が、耳を傾ける人とてなく、とつとつ語り継がれております。そのさま在原業平のしどけなき恋物語を、あるときは漂泊の詩人西行法師の高雅な法話を、またあるときは耳無芳一の流麗な琵琶さばきを聴くがごとし。

いかにも面妖な食わせ者のこの老人は、古今東西いかなる風体のいかなる存在・非在のものにも軽々と身をやつして、囁くがごとく、啼くがごとく、またあるときは嗤うがごとく、風のように浮かび、水のように流れる物語のやうな独吟を臆面もなくわれわれに送ってよこすのです。

この端倪すべからざる風癲老人はまだ生きておるのか、もうとっくの昔に死んでしまっているのか、生きながらに死んでいるのか、それとも死んでいながらなお生き延びておるのか、されさえも定かならず、彼岸と此岸、男と女、仙人と童子の領域を自在に往来しながら一種の悟りごとき箴言をのたまい、弱法師の能面をつけて風雅の踊りをひとさし舞ってみせるのです。

古典文学の精華と現代文学の「これまでの蓄積」がほどよく熟成された見事な作品ではあるけれど、「いったいそれがどうしたの?」と尋ねたら、どこからも誰からも返事がなさそうな、そんな虚しさも内蔵する珠玉の短編集、であります。
それにしてもこの老人が小説の登場人物に仮託して描き出す、性と生へのあくなき執着にはほとほと感嘆せざるをえません。

ああ、このやり手爺め!


♪なにゆえぞ広告を商う君(われ)の顔卑しき 茫洋

Sunday, May 23, 2010

ポール・トルトリエの「EMI録音集」を聴いて

♪音楽千夜一夜第133回

1枚200円というスーパー・バジェット価格につられて買ってしまった20枚組のCDですが、なんという音楽のたのしみをプレゼントしてくれたことでしょう。窓際の梅から桜、桜から躑躅へと季節が過ぎるのも忘れて、書斎の英国製ハーベス・モニターから流れ出る流麗なチェロの音色に耳を傾けたことでした。

まず驚いたのはバッハの無伴奏の演奏です。カザルスもロストロポービチもヨーヨーマもフルニエもマイスキーもデユプレもトルトリエに比べると、いかにも重い楽器を重々しく弾いているという印象になってしまいます。
トルトリエは、まるでヴァイオリンのように軽やかに、鶯が歌うように楽しくチェロを鳴らすのです。

しかも彼は、抜群の技量をもちながらも、そのテクニクを表に出さず、いっさいの虚飾を排してひたすら作品の本質に迫り、作曲家の音楽に奉仕しようとするところが好ましい。彼の前ではすべてのチェリストが、鈍重で、神経質なゴーシュという趣になるのです。

ここまで書いてきてひとつ思い出したことがあります。私が生まれて初めて聴いたのは平井丈一朗という下手くそかつ音楽性皆無のチェリストの超超どんくさい演奏でした。かのカザルスの高弟という触れ込みの男のそのバッハを、私はカントの純粋理性批判を拝読する思いで傾聴したのですが、あまりにも拙劣で無味乾燥なその演奏に心身が拒否反応を起こし、それ以来長きにわたってこの楽器とこの作曲家、そしてクラシック音楽に対して決定的に悪印象を懐くようになりました。じつにじつにわが生涯最悪の不幸な音楽体験でしたが、もしあの時、平井丈一朗の代わりにポール・トルトリエを聴いていたら、と改めて思わずにはいられない雨の日曜日の午後でした。

♪若き日のわたしをクラシックから遠ざけた平井丈一朗のバッハ演奏 茫洋

Saturday, May 22, 2010

バーンスタイン指揮ウイーンフィルで「マーラーイ短調交響曲」を視聴する

♪音楽千夜一夜第132回

今年はショパンとシューマンの記念の年であることは知っていましたが、マーラーの生誕150周年でもあるということを、私は最近レコード会社から続々発売されるマーラー全集の販促宣伝キャンペーンで知らされました。

誰かの記念年だからと言ってその人の記念品を購入する義理もないわけですが、商魂逞しい企業のおかげで今は亡き音楽家の存在についての認識を新たにしたり、彼らの名演奏の記録を破格の値段で入手できたりするのは、それほど悪い気はしません。

今日の昼下がりに仕事をしながら視聴したのは、バーンスタイン指揮のウイーンフィルが1976年の10月にウイーンのムジークフェラインザールでお客さんを入れて録画したマーラーの第6番イ短調交響曲のライブ演奏でした。

第5番のシンフォニーが妻アルマへの愛の告白であったのに対して、その次に作曲されたこの曲には「悲劇的」という名前が与えられ、だからこれはマーラーとアルマとの愛と幸福の生活の崩壊の予言とその実現の実況中継の音楽ということになります。
つまりこの音楽家は、貧乏や不倫や不幸やらを悲劇的に描くことを特技とするわが国の私小説作家の手法を模倣して?、はじめて交響曲という形式で表現したわけです。

なにやらいわくありげな序奏にはじまって、妻との牧歌的な人間関係に亀裂が走り、双方の行き違いや誤解がお互いの不和や対立を深めていくと、指揮者は激しく指揮台の上でジャンプを重ね、オーケストラはマーラー夫妻と一緒に泣いたりわめいたり致します。

そして終曲の第4楽章アレグロ・エネルジコのクライマックスになると、カタストロフは最高潮に達して、楽屋の奥の方から打楽器奏者がえんやこらさと持ち出してきた巨大な木製の大槌が3度にわたってやはり木製の土台に叩きつけられ、われらが愛する主人公マーラーは、心臓麻痺?で死んでしまいます。

しかしいったいどうして我々は誰がこんな奇怪な、けたくその悪い、ほとんど病気の音楽を聞かされなければいけないのでしょうか。偉大な音楽家を襲った個人的な不幸には衷心からの同情を惜しむものではありませんが、できればこのような四丈半襖の下張の如き身辺音楽、肺病やみ風の私小説音楽、自己中的自分史音楽ではなく、自分の人生を遠くに放擲した宇宙音楽、あるいは森羅万象を対象にした普通の音楽を書いてほしかった。

異様なまでに肥大化した卑小な己の自意識を、なんの慎みも恥じらいもなく大衆の面前にさらけ出し、まるで己がイエスキリストか狂ったニーチェのように「世界苦」を主題とした壮大な音楽として公開しようとするのは、(現に今鳴り響いている音響に限りなく私自身が惹きつけられているいるとはいえ、ほんとうはらちもない愚かな行為ではないでしょうか。

マーラーのその悲愴で悲劇的な音楽を、あたかも己がマーラーその人であるかのように錯覚し、偽装して汗と涙の実演を繰り広げるバーンスタインという人にも、最近の私は昔のようには共感できずに、白々とした気持ちで眺めておりました。
赤むけのお猿さんが己の性器を弄んで泣き笑いしているような後味の悪い道化音楽を耳にしたあと、ハイドンのピアノ音楽なぞを聴いてお祓いし、そのどす黒く汚染された心をさっと洗い流した、ある「守旧派」の土曜日の午後でした。


♪ええじゃないかそれがどうなろうとあれがどうなろうとええじゃないか 茫洋

Friday, May 21, 2010

鎌倉文学館で「高浜虚子 俳句の日々」展を見る

茫洋物見遊山記第25回&鎌倉ちょっと不思議な物語第217回



百千の薔薇薫る鎌倉文学館で、俳人高浜虚子の特別展を眺めてきました。(7月4日まで開催)

虚子と言えば、ただちに

流れ行く大根の葉の早さかな

遠山に日の当たりたる枯野かな

などの秀句を思い浮かべますが、いずれも叙景のデッサンが的確で、イメージの喚起力がことのほかあざやかです。

虚子は正岡子規が唱えた写生句から出発して、「客観写生」「花鳥諷詠」という理念を唱え、俳句という芸術にはじめて理論的骨格を与えた人物ということになっています。しかしその偉大な功績を評価するとともに、彼によって拒否され、切り捨てられてしまったより多様で豊饒な俳句世界の可能性についてもあわせて一瞥を投げておく必要があると思います。

子規の膨大な句作をつらつら眺めてみると、この近代俳句の始祖が抱え込んだ複雑怪奇で融通無碍、さながら化け物のように自在な複合的表現世界は、とうてい「客観写生」などという無味乾燥なスローガンにとどまるような単純な性格の代物ではなかったと思われます。弟子の虚子は、そのほんのひとにぎりの遺産だけを譲り受けて、彼の個人営業を開始したにすぎないことがわかるのです。

そのことは、虚子と並ぶ子規のもうひとりの高弟であり、かつては子規の後継者に擬せられ、いまではほとんど忘れられた同郷の俳人、河東碧梧桐の自由奔放な新傾向俳句に接してみれば、身に沁みて理会できることでしょう。

しかしながら、碧梧桐の自由律に対して生涯にわたって徹底的な戦いを挑み、あえて「守旧派」を自称した虚子自身が、「客観写生」をモットーとする「花鳥諷詠」を詠んだかといえば、まったくそうではないところに、この人物の懐の深さをうかがい知ることができるでしょう。

去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの

金亀子(コガネムシ)擲つ闇の深さかな

春風や闘志抱きて丘に立つ

などという俳句を詠む人間が、己がしつらえた「客観写生」と「花鳥諷詠」の2枚看板糞食らえ、とひそかに考えていたことだけはまず間違いないでしょう。私にいわせれば、この図太い棒、この輝く黄金虫、この柔らかな春風と真っ赤に燃える闘志こそが、虚子の本質そのものなのです。
俳諧の中興の祖は、師の子規ほどのスケールではなくとも、獅子「心」中にあまたの魑魅魍魎が暗躍する漆黒の闇を抱えこんでいたようですね。


♪この棒がこの黄金虫が虚子である 茫洋

Tuesday, May 18, 2010

黒井千次著「高く手を振る日」を読んで

照る日曇る日第344回

こういう作家がいるとは知っていましたが、その作品を読むのはおそらくこれがはじめて。タイトルが抒情的で、なんだか涙腺を刺激するので、ついつい読む気になったのですが、ラストではその通りになりましたから、まずは想定内の首尾を収めたというところでしょうか。

テーマは「高齢者思慕あるいは恋愛」と言って構わないと思います。会社を定年退職して還暦を過ぎ、古希を迎え、長い人生の「行き止まり」に逢着した男女の交情が、はじめは処女の如く、終わりは脱兎のごとく描かれ、諸般の事情で老人ホームに入ることを決意した大学時代の同窓生の女性に「高く手を振って」別れを告げるところで、この30年遅れの思慕純愛小説が終わるのです。

といいたいところですが、実際は「右手を高々と差し伸べる仕草を見せかけて途中で止めた」と書かれているのが悲しいところ。「今日はね、ご挨拶に上がりました」と言うなりソファーの上の主人公に激しく覆いかぶさってみずから接吻を求めてきたヒロインが、今生の別れに際して、「私に見えるように、大きく振ってね」と頼んでいるのに、黒井選手はどうして「題名通りに」ちゃんと手を振ってあげないんですか? これでは羊頭狗肉でしょう、と文句をつけたくなる主人公のカッコ悪さです。

全然関係ないけど、同窓会の後、タクシーで女性を送って行って、「さよなら」を言おうとしたら、いきなり接吻されたりしたりした経験は、みなさんありませんか。ああいう夜は、どうもそういうことをやってみたくなるものらしい。そしてこの小説もそーゆーノリで書かれている節もあります。

それはともかく、小説の最後の最後で電話が♪リンリンと鳴ります。
相手はもしかするといま別れたばかりのヒロインかも知れない。そうであれば「行き止まり」状態に陥った主人公に、新しい生の情炎がふたたび点火されるかもしれません。
はてさていったいどうなるのか? 読者に気をもたせつつ最後の一節が王手飛車取りの妙手のようにぴしゃりと盤上に打ちつけられるのです。

「電話の呼び出し音は家の中から止むこともなく続いている」

さすが名人の練達の手腕というところでしょうか。


♪マリー・アントワネットの首の如く落花せり一輪の真っ赤なチューリップ 茫洋

Monday, May 17, 2010

桐野夏生緒「ナニカアル」を読んで

照る日曇る日第343回

「ナニカアル」という奇妙奇天烈な題名は、この小説の主人公林芙美子の詩から採られています。林芙美子って「放浪記」の作者であるだけでなく、詩人でもあったのですね。

(前略)刈草の黄なるまた
紅の畠野の花々
疲労と成熟と
なにかある……
私はいま生きている。

詩というよりは、このような単なる断片から思わせぶりな断想を引き出した著者は、林芙美子の花の命のように短い生涯の只中の、それもあっというまに終わってしまった1942年10月から翌年5月までの出来事に、さながら隼戦闘機のように襲いかかり、彼女の実存を丸裸にしてしまうのです。

報道班員として軍隊に徴用された林芙美子は、仏印、シンガポール、ジャワ、ボルネオくんだりまで命懸けの取材旅行を強要されます。そして著者は、天真爛漫な彼女がどのようにして軍部に取りこまれて戦争協力のお先棒を担ぎ、さらには嘘か本当か、軍に睨まれていた新聞記者との情事にのめり込んで一児をなした、なぞという恐るべき秘事を、どこでどうかぎつけたのか、鮮やかにスクープしてのけるのです。

しかしこのスクープの真贋は、この小説自体が「芙美子が書き残した秘密の回想録」であるという形式をとっているために、あたかもフィクションのように巧妙にカモフラージュされているのですが、おそらく彼女はこの偽装された回想録の記述のとおりに南洋のアヴァンチュールの夜の形見として子をなし、それを夫に養子と偽って養育したのでしょう。やはり芙美子の生涯には、不可思議なナイカがあったのです。

それはともかく、ここにひとりの作家がその周辺の文学者や新聞社といまはやりの言葉でいうとコラボレーションして、いかにたやすく精神の独立と表現の自由を喪失し、国家権力の走狗となり果てていくのかが赤裸々に描写してあるので、慄然粛然たらざるを得ません。

ほれ諺にも「殷鑑遠からず」というではありませんか。この種のむごたらしい悲劇が、ふたたびこの国で再現される日は、それほど遠くないに違いありません。


♪摩周湖を泳ぎ出したが怖くなり引き返したりと元赤軍派学生 茫洋

Sunday, May 16, 2010

林望訳「謹訳源氏物語一」を読んで

照る日曇る日第342回

りんぼう博士による源氏物語の現代語訳の刊行がはじまりました。

第一巻では桐壺から若紫までを取り扱っていますが、橋本治による前代未聞の自由奔放訳をのぞけば、これまでに発表されたどの翻訳よりもフレキシブルな現代日本語を軽快に駆使して、なにやらりんぼう博士お手製の小説のような趣で語りだされています。

この本の二番目の特色は、類書と比較して和歌の解釈に格段の細やかな配慮を示していることです。頻出する歌のやり取りは懇切丁寧に噛み砕かれ、かゆいところに手が届くように本文の中で解説されているので、男女のひめやかな交情の裏の裏が手に取るように理会されるのです。

しかしなんですね、源氏という男はどうしてこれほど好色なのでしょうか。一七歳の男子はポケットの中の手がちょっとあそこに触れただけですぐにやりたくなると多くのインテリゲンチャが語っており、私自身の経験に照らしてもそれは半面の真理なのですが、この光の君は、そういう平均レベルをはるかに超え、二七歳になっても四七歳になっても超簡単勃起型の陰茎を常備していたに違いありません。

まだ年端もゆかぬ若紫をやってしまおうかと思いながら、やはりそれは早すぎると自制した嵐の夜の帰り道、その代わりにさる女のところへ忍び込もうとして門をたたかせるが誰も出てこないので、

朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも 行き過ぎがたき妹が門かな

などというシュプレヒコールを投げかけるというあたりに、この貴君子の本領が発揮されているような気が致しますが、はていかに。異常なまでの好色を追及した男が、その好色の咎で手痛い復讐受け、終生癒されぬ苦悩のうちに世を去るという因果応報の手の込んだプロットの裏側に、この偉大な文学者の、男って所詮はどうしようもない奴というねじれた心情が隠されているようです。

♪鶯は三人囃子ではやしおり 茫洋
♪鶯の囃し疲れて休むかな 茫洋

Saturday, May 15, 2010

クリント・イーストウッド監督・主演映画「トゥルークライム」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.29
 
1999年にクリント・イーストウッドが監督・主演した映画「トゥルークライム」を見ました。アンドリュー・クラヴァン原作のサスペンス小説「True Crime」を20世紀フォックスの大プロデューサー、ダリル・ザナックの息子リチャード・ザナックが製作した中級の佳作です。

あらすじを書くのが面倒くさいので、おなじみウキペデイアから引用すると、スティーブ・エベレット(イーストウッド)はかつては敏腕新聞記者として鳴らしていましたが、飲酒と女性問題で今ではすっかり閑職に追いやられています。
ある夜、若い同僚のミシェルが交通事故で急死したため、翌日、エベレットはミシェルの仕事を引き継ぐことになりました。それはその日死刑が執行されることになっている殺人犯フランク・ビーチャムの最後のインタビュー取材をすることでした。事件現場を訪れてみて、目撃者の証言に違和感を抱いたエベレットは急遽事件の洗い直しを始めますが、そのときすでに、死刑執行まで残り12時間を切っていたのです…。

予想通り我らがスーパーマンイーストウッドはたった半日で万難を排して事件の真相に迫ります。真犯人を突き止めたのみならず唯一の証人であるその母親をオンボロ中古車に乗せて加州知事邸宅に急行、すでに毒液を注入されていた無実の死刑囚の奇跡的救出に成功するというハラハラドキドキのサスペンスドラマですが、想定内の展開とはいえなかなか楽しませてくれます。

なお「本当の罪」という原題は、無実の死刑囚を救おうと刑務所に向かった東森記者が、死刑囚の妻から「あなたはどうして死刑になる日にここへ来たの。今日まで何をしていたの?」と詰問され、言葉を失うシーンから採られているようです。

クレジットの最後に流れる女性ボーカルが、都会の孤独を切々と歌いあげて泣かせます。


♪年年に知らぬこと多く現れ出でてよくも考えずみなほうりなげる 茫洋

Thursday, May 13, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第7回

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第7回

bowyow megalomania theater vol.1

ああら、坊や初めてなのね。おやおや、もうこんなにおおきくしちゃって。

ねえ、どんな気分? いい? いいんでしょ? 分かってるんだから。隠さなくたって、分かってるんだから。

ほら、ここんところ、君のちっちゃなオッパイのとこ、しゃぶってあげる。 どおお? 気持ちいいか? いいか? いいでしょ? 男でも感じるとこなんだから? よーく分かってるんだから。

でも、どうして男の子にもオッパイがついているんだろうねえ。坊や、知ってる? 

ほら坊や、ここをなめなさい。ここも、ここも、ここもよ。ほら、ほら、ぜんぶなめるのよ。

何してるの? ちゃんとやらなきゃ駄目じゃないの。よし、よし、よーーし。
上手、上手、上手だおおおー。なかなかやるじゃないの。ああ、とってもいい気持ち。

そう、そう、そうよ。ヨーシ、こんどはこっちをこうやって、こうやって、それからこうやるんだよ。


♪氷雨降る春の夕べの桜花光を待たで白々と散る 茫洋

Tuesday, May 11, 2010

村上春樹著「1Q84BOOK3」を読んで

照る日曇る日第341回


はじめに言葉がありました。そして言葉を信じる者は言霊を信じ、言霊の幸ふ精神の王国を言葉の力によって創造することを夢見るのです。

著者はこのようにして1984年に住んでいた青豆と天吾を拉致して「1Q84年」に連れ去り、本巻の最後に元の1984年ならぬもう「ひとつの1984年」、つまり新たな「1Q84年」へといったんは帰還させたのでした。

主人公の青豆と天吾だけでなく、ここで著者がつくりだしたのは、現実と非現実が複雑に入り混じるねじれた時間と空間そのものです。3次元だけではなく4次元、5次元、6次元という数多くの時間と空間が複雑に共存し、相互に微妙な影響を及ぼし合う異数の世界を、そこに生き、死に、また甦る人々(それはもはや普通の意味での人間ではありませんが)の喜びと悲しみを、2人の主人公の運命的な恋を軸として描くことこそが著者の狙いなのです。

世紀の大恋愛の周囲には、生い立ちの謎や幼年時代のいじめ、不幸な家族の思い出や秘密結社の暗闘、スパイの張り込みや恐喝、殺人、情事や性交や妊娠、古典音楽や文学者・思想家の名セリフの引用などが過不足なくちりばめられていますが、だからといってそのプロットの斬新さと仕掛けの大きさに比べて物語の本質がさほど新しいわけではなく、むしろいささか古色蒼然たるものであるといえばいえるでしょう。

「彼はその手を記憶していた。20年間一度としてその感触を忘れたことはなかった。」

それはともかく、著者が深夜の書斎で徒手空拳で創造した小説の世界のなんという素晴らしい出来栄えでしょう。
よしんばそれらがことごとく荒唐無稽な「見世物の世界」であったとしても、私たちは著者が手品師のように繰り出す、何から何までまったく真実らしいつくりものあれやこれやを、ついつい「本物」と信じ込まされてしまうのですから。
私たちの目には月はひとつしか見えませんが、きっとある人には2つの月が見えているに違いありません。真っ赤な嘘を恐るべき真実に変えてしまう本当の小説とは、まさにこのような作品をいうのでしょう。

しかしながら、この本の終わりでは、もはや東の夜空に2つの月は輝いてはいません。
愛すべき愚直な探偵牛河は無惨な死を遂げましたが、怪しい新宗教団体「さきがけ」では相変わらず青豆と天吾の間に誕生するであろう子供を彼らの後継者として追い求めていますし、どこか不気味な6人のリトル・ピープルは、新たな「空気さなぎ」の製造にせっせといそしんでいるに違いありません。

この世の悪に対して正義の鉄槌を振り下ろす深窓の婦人とその忠実なしもべ剛腕タマルも、さきがけの元教組の娘で、小説『空気さなぎ』の原作者である「ふかえり」こと深田絵里子の行方も杳として知れません。

その文章が読む者の心をやわらかくときほごし、無条件に楽しませ、退屈で手あかにまみれたこの世界になにがしかの新しい意味を付け加えることによって、閉塞困憊し切った私たちに「読むことによってもういちど生き直すような類の喜び」を与えてくれる点で、まことに貴重な価値を有するこの作家の「果てしなき物語」は、まだ始まったばかりであり、次なるBOOK4の刊行が、せつにせつに待たれるのです。


♪わが胸の奥の奥にも巣食いたる「空気さなぎ」よ何を孕むや 茫洋