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Wednesday, April 11, 2012

鈴木杜幾子著「フランス革命の身体表象」を読んで

照る日曇る日第508回


ジェンダーから見た200年の遺産という副題が付されているように、これは人類の半分が女性である以上、美術史学もまたその事実を尊重すべしと断言する、新古典主義について造詣の深い著者に因って執拗に掘り起こされたフランス革命時代の絵画や彫刻、建築、図像等の新解釈である。

これまでの美術史はそこで出現する身体について男女の性差を考慮に入れず、いわば「普遍的なもの」として取り扱かわれてきたことに激しく異議を唱える著者は、あえて女性の観点に立った身体論の適用に因って「フランス革命史の一点突破全面書き換え作戦」に挑戦しているともいえよう。

著者が解き明かすように、ダヴィッドの代表作「マラーの死」においては、美しき女性暗殺者コルデーの姿をあえて画面に登場させないことによって、当時既に身体的にも経済的にも政治的にも限りなく死に瀕していたジャコバン派の醜男を、一挙に「不滅の男性革命家」に引き上げる政治的役割を果たしたし、ロマン派の曙を告げたドラクロワの「民衆を率いる「自由」」に描かれたもろ肌脱ぎの女神は、「自由」という観念に導かれてバリケードを越えて進むパリの、なんと「男性」!を描いているということになる。

著者がいうように、自由、平等、博愛を標榜して民衆が武装放棄したフランス革命の初期には民衆の女たちが大活躍を遂げたにもかかわらず、彼女たちはすでに革命の最中に男性革命家たちによって抹殺され、美術に登場するのは「現実の男たちと抽象的な女の凍った身体」に過ぎなかった。

このように栄光の大革命は、男が外で活躍し女は家庭内でそれを優しく支えるという男女の役割分担システムの草創期であり、その本質は「女性不在の男性革命」であったとする著者の見解は、事の真相の一端を鋭く剔抉するものではあるが、来たるべきフランス革命美術史は、男性性と女性性を止揚した男性女性性の統一的視座の元で書かれるべきではないだろうか。

男性性に依拠した美術史が女性性を武器にした新美術史によって駆逐された暁には、その双方を弁証法的に止揚し終えた男性または女性、あるいは心身ともに両性を兼備した双方向トランスジェンダーたちの手で「次代の新々美術史」が編纂されるに違いない。


ダルが投げイチローが打つ愉楽哉 蝶人

Monday, March 26, 2012

ちくま日本文学全集「尾崎翆」を読んで

照る日曇る日第506回


 裏日本の山村の野良仕事には、弁当を忘れても雨具が欠かせない。晴れ間を縫ってたちまち驟雨が落ちてくるからだ。そんな山陰の陰鬱な風土に逆らうように、一輪の清新な花が咲いていた。それは泥田に咲いたポップでシュールなダダの花。新吉にも、中也にも、治にも、賢治にもちょっぴり似てはいても、それは全然種属を異にする、そしてついに誰にも継承されることなく絶滅した貴種の新しさであった。

そしてこの奇跡の新しさが誕生するためには、霧深い裏日本の山村の憂鬱な曇天と冬なお温暖な太平洋ベルト地帯の晴朗の光の両方を必要とした。陰と光、田舎と都会、女と男、日本と西欧、畳とガラス、現実と詩、動物と植物たちは、試験管の内部でいくら攪拌されようともついに融合されないまま、解剖台上のミシンと蝙蝠傘の思いがけない出会いのように邂逅し、予告もなしに訣別してしまう。

 作者の脳内には、異様な磁力を有する自己物語化の天賦の才が独楽のように高速回転していて、そこから病院と薬物や兄と妹や分身と分心やこおろぎ嬢と詩人うぃりあむ・しゃあぶとチエホフとチャプリンなどが、まるで朔太郎の手品のようにガラガラポンと飛び出してくるのである。

 このような創作手法は、大正9年の「無風帯」や彼女の最後の作品とされる「神々に捧ぐる詩」では凡庸で陳腐な作物を生み、彼女の代表作とされる「第七官界彷徨」では複雑怪奇な芳臭と輝かしい才気を全方位に亘って放散している。しかし所詮これらは著者自身にも自由に出来ない哀しい精神常態から自動産出されているので、世間や文壇がその芸術的価値の上下をうんぬんするのは勝手だが、著者自身には全く関わりのないことだった。

 そしていくら暗中模索しても、この「永遠の聖少女」には、それ以上の、あるいはそれ以外の表現回路を切り開くことができなかった。それが、彼女が三九歳の若さで擱筆してから三五年の歳月を、さながら昼間に点滅する蛍のように、明るく、はかなく生きながらえた最大の理由ではなかったのか、と平成のこおろぎ男は春宵独りさみしく呟いてみたりするのだった。

雑巾を豊岡の街で売り歩く五十一歳の聖少女よ 蝶人

Friday, February 24, 2012

花村萬月著「信長私記」を読んで

照る日曇る日第497回

太田牛一の「信長広記」の向こうを張って、やさぐれのごんたくれ作家がいっちょでっち上げたる「信長私記」である。どうせ編集者の推挽で無理矢理書かされた連載小説なのだろうが、彼の血湧き肉踊る京都を舞台にした肉弾自叙伝と違っていまいち、いま二、いま三乗りが悪く愉しめなかった。

ごんたくれが尾張織田家のごんたくれになり代わって一族のみそっかすを打倒したり、斎藤道三の娘濃姫と濡れ場を演じたり、後年の前田利家の尻の穴を破ったり、後年の秀吉や家康の人となりを見抜いたりする戦国青春ヤッホーホイサッサのアホ馬鹿噺であるが、例に因ってくだんのごとし。面白くもおかしゅうもない。

 竹千代、すなわち当時織田家の人質になっていた家康が、「永久に戦のない世界を作ることが自分の願いである」、と語って、そんなことは阿呆鱈経の絵空事と考えている信長親子を驚かせるところが出てくるが、この家康流の信条って昔からNHKの大河ドラマの女流脚本家の決まり文句であるなあ、と思って軽くのけぞってしまいましたよ。まる。


青空に孤蝶消えゆく寒さかな 蝶人

Saturday, February 18, 2012

ジョン・アーヴィング著「あの川のほとりで下」を読んで

照る日曇る日第497回

76歳になる主人公の父親を執拗につけ狙ってきた87歳の元保安官代理は、コルト45の凶弾を胸にぶちこんでついにその黒い宿願を果たすが、58歳の息子であり作家でもある主人公の20口径のウインチエスター銃の3発の散弾を浴びて息の根をとめられ、親の因果が子に報いる因縁の復讐劇はとうとう幕を下ろした。

しかしいかに元警官が冷血漢で、己の愛人を寝取られ、その殺人の濡れ衣を着せられたとはいえ、およそ半世紀に亘ってその憎悪と殺意を持続し、あらゆる困難にもめげずにその復讐を貫徹できるものだろうか? 恐らくその凶悪な暗殺者の悪への暗い情熱は、同伴し続けた作者の内奥にも不気味に蠢めいているのであろう。良きものを大切に育もうとする作者の善き情熱と同じ重さで……。

哀れ我らが主人公は、父親ばかりか最愛の息子も事故で失う。そして父親の親友で主人公の親代わりだった偉大な樵ケッチャムの悲愴な最期、9.11後の母国アメリカを覆い尽くす亡国現象……相次いで襲いかかる死と人世の虚無と無常を、著者はこれでもかこれでもかと描きだす。そう。作者に指摘されるまでもなく、世界は確実に死と滅亡に向かっているのだ。

しかしながら極寒の吹雪の大空から天使が降臨し、絶望の淵に沈む主人公に愛の光を注ぎ入れるささやかな奇跡は、私たちがかつて映画「ガープの世界」の冒頭で見たみどり児のほほえみをただちに連想させ、まるでダンテの「神曲」のように地獄と煉獄をさすらうこの神話的な長編小説が、天国への見果てぬ夢を紡ぐひとの巨人的な幻想の産物であることを思い知るのである。

冬空の下、もういちど物語の素晴らしさを信じ、もういちどそれぞれの「人生の大冒険」を始めよう、と説く作者の孤独なアジテーションが、ボブ・ディランの嗄れ声のように寥々と鳴り響いている。


宙天に孤鳥嘯く冬の朝 蝶人

Friday, February 17, 2012

岡井隆著「わが告白」を読んで

照る日曇る日第496回


歌壇の孤峰にして泰斗である当年とって84歳の著者が、かのアウグスティヌス、スタンダール、森鴎外の顰に倣い、アナトール・フランスの「エピクロスの園」に霊感を受けてものした「コンフェシオン」こそが本書である。

なにせこれまで3人の女性と離別し、32歳年下の4人目の女性と共棲している平成の大歌人が、過ぎ越し方をばゆくりなく振り返って、常の人なら墳墓の奥底にまで引き摺りこんでゆこうとする忌まわしき己の所業その罪咎を、あますところなく暴露するぞお、なーんて、宣言するのだから穏やかでない。と同時に、ますます下賤の身ゆえの好奇心がくみ取り便所の蛆虫のように湧きだしたのだが、なまなかの私小説作家の赤恥物よりスキャンダラスで面白いことは請け合いである。

 しかし著者もみずから語っているように、2009年11月に日本芸術院会員に推されてからはメスの切っ先が鈍り、秘めたる暗所への自己切開に緩みが生じたのか、私がいちばん知りたかった彼の2度に亘る突然の出奔について全く触れていないのは、羊頭狗肉とは難じられないまでも、甚だ遺憾のコンコンチキである。

 それにしても、かつてのマルキストがあろうことか天皇皇后両陛下に親しく作歌を指導する宮廷第一等の桂冠歌人となりおおせた姿は、いかに思想の上下左右転回転倒は許されているとはいうものの、アホ馬鹿単細胞のわたくしには到底理解を絶したコンコンチキであった。

末尾の挑発的な「原発擁護論」も首をかしげてしまうような奇怪な論旨であるが、ゲーテが主唱した機会詩の今日的実践として自在に引用されている自作短歌の素晴らしさは、それらの瑕瑾を補って余りあるものだ。

国家など即「YMCA」に変えるべし全国民が立って踊って歌うだろ 蝶人

Wednesday, February 15, 2012

ジョン・アーヴィング著「あの川のほとりで上」を読んで

照る日曇る日第495回



現代アメリカを代表する偉大な作家の最新作の上巻を読んだところです。

この長大な(私が思うに)ビルドゥングスロマンは、1954年4月、泥の季節のニューハンプシャー州の小さな町を流れる「曲がり河」の丸太の下に沈んだ一人の少年の挿話から始まります。

そして1967年のボストン、1983年のヴァーモント州のイタリアンレストランへと舞台を移しながら、その間、氷結した川の上で2人の男のまわりで典雅なスクエアダンス踊っていた主人公の美しい母親の突然の溺死、叔母とのめくるめく性愛、主人公の父と冷酷な治安管の共通の情婦!をクマの襲撃と勘違いして!フライパンの一撃で!死に追いやった主人公!の悲嘆と一家の逃亡などの悲話を、「これが小説だあ!」とばかり銀ぎら銀にさりげなくさりげなく織り込みながら、ゆらゆる不気味に昇りつめる後楽園のジェットコースターのように次第に加速し、薔薇色の生と性の喜びと黒い死のコントラストを、父母未生以前の本源的なものにしていくのです。

作家は自らの分身である主人公とその一族の途方もない来歴を、始めは処女の泉のごとく、次には次第に激しく流れる川のごとく、佳境に達すれば悠揚迫らぬ海の満ち引きのように自由自在に語るのですが、その語りの低音部でじわじわと高まって来るこの未聞の法螺話とホラーがアマルガムに合体した恐ろしさの正体はいったい何なのでしょうか? 

それは少年時代の漱石が我知らず釣り上げてしまった巨大な怪魚の恐ろしさに少し似ていて、かつてこの作家の先達であるポーやクーパー、ホーソーンやメルヴィル、フォークナーがそれぞれの流儀で描いた世界でもあります。

果たして主人公の父ドミニクは、冷血カウボーイの魔手から逃げおおせることができるのか? そして父親と共にあっちこっちを逃亡しながらいつしか著者を思わせる有名作家になりあがった我らが主人公の運命は、これからどのように変転するのか? 

本書の翻訳を担当されたわが敬愛するミク友「上野 空」さんの、セミコロン連発の複雑怪奇な原文をあざやかに紐解く達意の翻訳と相俟って、途方もない傑作への予感が胸を限りなくときめかせます。

われ俄かに和製サンテックスとなりてマライ半島を下りぬ 蝶人

Friday, February 03, 2012

村山由佳著「放蕩記」を読んで

照る日曇る日第490回

挑発的な題名に惹かれて手に取ってみたが、いったいこの小説の主人公のどこが放蕩なのかさっぱり分からなかった。

放蕩とは広辞苑によればほしいままにふるまうこと。特に酒食に耽って品行が修まらないこと等とあるが、ヒロインは少女時代にちょっぴりレスビアンの真似をしたり、高校時代に2人のクラスメイトと先輩と致したり、大学時代に出版社勤務のリーマンとラブホテルへ行ったりするくらいで、この定義のいずれにもあてはまらない。

その後もいろんな男と寝まくったというのだが、よしんば彼女が毎晩違う男と床入りしたからといってそれを色情狂と称しても放蕩娘とは言えないだろう。それはこのヒロインンがきわめて意志強固な倫理的な志操の持ち主であり、肉欲に溺れて男を漁らざるをえないマンイーターとは鋭く一線を画しているからである。

それでも彼女は粋がって自分を放蕩娘と命名したいのかもしれないが、彼女が放蕩するのはより深く人世を知り生き抜くための方法的放蕩であって、肉が肉に溺れるほんたうの放蕩とは似て非なるものである。

本作では関西弁で饒舌に自己表現する主人公の母親が登場して大活躍するが、どこの家庭でも母と娘とはまあこんな関係だろう。そう大騒ぎして書きこむほどのことはない。花村萬月ばりの波乱万丈の放蕩記を期待したのに、出てきたのは世間でよくある母娘の葛藤話。これを平凡な文体で延々と書き連ねられると読むほうもうんざりしてくる。こんな作家がよく直木賞をもらったものだ。

鬼は外福は内!無限の闇に投げました 蝶人

Wednesday, January 04, 2012

高橋源一郎著「恋する原発」を読んで

照る日曇る日第478回

なんでもそうだが、大事件のあとで国全体、国民全体が白一色、赤一色に染まるのはよくない。それは闇世界の平成大政翼賛会が推進する精神の自由と民主主義の危機の姿であるともいえよう。

しかし9・11のNYでは「これまで見た最も美しい光景だ」と正直な感想を洩らした建築家がいたし、今度の大震災では「ぼくはこの日が来るのをずっと待っていたんだ」と語った有名人もいるそうで、世間の顰蹙や指弾をものともせずに心中に抱懐した存念を大胆かつ率直に公開するのはとても大事な民衆的行為だと思う。

それを著者も本書でやった。福島原発の大爆発と放射能汚染が帝国とその人民を瀕死の瀬戸際に追いやっているというのに、この小説の主人公の頭にあるのは売れるAⅤのアイデアだけ。来る日も来る日も腐れちんぽとおまんこと最新型ダッチワイフをめぐる下らない性愛の下半身ネタがダダの漫画のようにただただ書き連ねてある。

ここに対比され交錯し衝突しているのは絶望と希望、悲劇と笑劇、知性と痴性、大脳前頭葉と末梢神経、聖と俗、形而上と形而下の世界であり、著者がここで期待したのは相反する要素の弁証法的な調和であったが、その勇気ある壮大な意図が所期の成果を収めることなく不完全燃焼で終わってしまったのは、あらかじめ予想されたこととはいえ、いささか残念なことだった。


この世の不条理と不如意に怒りの津波が押し寄せるとき 蝶人

Friday, December 23, 2011

福永武彦著「福永武彦戦後日記」を読んで

照る日曇る日第475回

「廃市」「海市」「死の島」の作者、というよりも池澤夏樹の父である福永武彦の若き日の日記である。

1945年、46年、47年のほぼ3年間におよぶ日記を読んでみると、敗戦直後の生活苦、病苦、芸術苦、世界苦、とりわけ恋愛苦によってこの文学青年が強烈なダメージを蒙り、それがのちの彼の芸術に決定的な影響を、というより傷を残したということがよく分かる。

福永武彦の運命を決定づけたのは若き日に小説も書いていた「マチネ・ポエティック」の同人であった詩人・原條あき子で、この青年の生涯最大の危機をあるときは永遠の毒婦の如く加速させ、またあるときは永遠の童女のごとく回避させた運命的なヒロインが息子夏樹をこの世に誕生させたのだが、この夫婦の対峙関係はどこか島尾敏雄とその妻ミホのそれを思わせる。

1947年の日記は二人の実存がぎりぎりのところで軋み合う有様を、息苦しい緊迫感と臨場感とともに伝え、ある意味では下手な小説以上の迫力であるが、著者が自画自賛する内容を持つ「1949年日記」が発見されたと言うが、その上梓が一日千秋の思いで待たれるのである。


僻村の孤老となりて冬籠り 蝶人

Friday, December 16, 2011

井上ひさし著「一分ノ一」下巻を読んで

照る日曇る日第473回

我らが主人公は、分断された日本の再統一を夢見るソヴィエトによって占領された北ニッポン国の地理学者サブロー・ニザエモーノヴィッチ・エンドーこと遠藤三郎。

彼は、少数の味方を敵の警察やスパイの魔手によって次々に失いながらも、入手した7枚の偽の身分証明書を使いながら、幾たびもの死地と窮地をあやうく逃れに逃れ、ついに中央ニッポン国六本木交差点付近のモスクワ芸術座付属トウキョウ俳優座劇場にたどりつき、名女優コマキーナ・カズートヴナ・クルハレンコの献身と劇場スタッフの協力によってテレビ出演を果たし、全国の隠れ統一熱望者たちの決起をうながす。

救国の英雄となった遠藤三郎の輝かしい存在を知ったニッポン人たちはようやく蜂起し、東京の各地でデモや武装闘争が開始されようとしていたが、肝心要の主人公は対日理事会からの死刑宣告を受け、執拗な敵スパイからの攻撃と追及、卑劣な脅迫の前にひとたびは転向を決意するのであった。

が、しかし、しかし、火山噴火口上の西郷隆盛の如く、203高地直下の乃木希典の如く、怒れる若者たちによって祭り上げられた神輿状態に陥った遠藤三郎は、再び戦場に返り咲き、世界最終戦争の渦中に飛び込むことを決意する。

さあこうなったら乗りかかった船、平成4(1992)年から足掛け7年41回の断続的連載を経たこの冒険ファンタジー超大作は、平成22(2010)年の著者の死去にもめげず、泉下の「小説未来」にて永久連載の栄光の道を辿ることとなったのであるうう……。

玉虫を尋ねて行かむ幾千里 蝶人

Saturday, December 03, 2011

磯見辰典著「鎌倉小町百六番地」を読んで


照る日曇る日第470回&鎌倉ちょっと不思議な物語第252

「かまくら春秋」に連載された生粋の鎌倉生まれの鎌倉育ちの著者が訥々と綴った昭和初期の地元の子供たちの思い出話です。

亡くなる前に井上ひさしが絶賛したという本書のタイトルは別に奇を衒ったものではなく、著者たちが少年時代を過ごした住所の表記名で、そこはちょうど小町通りの入り口の不二屋辺にあたります。

聞けば当時、現在の鎌倉駅東口一帯は、磯見タクシー、磯見旅館など一族の会社や地所が駅をぐるりと取り囲むように立地していたそうです。駅前は子供たちの遊び場で空一面に赤とんぼやシオカラ、オニヤンマが舞い、著者たち兄弟は正月の凧揚げや独楽回し、石蹴り、鬼ごっこ、かくれんぼう、野球まで楽しんでいたそうですからまるで夢のような話ですね。

舗装されない道には馬糞が落ち、朝は納豆売りや豆腐屋、夜にはラオ屋の笛の音が流れる昭和一〇年代の物寂びた雰囲気は、私が当地に越してきた三〇年前にはまだ夜のしじまに幽かに漂っていたと記憶していますが、そんな長閑な小路に次第に観光客があふれ、その観光客を狙う商魂逞しい東京資本がぎんぎらぎんにさりげなく流入してきたのは、比較的最近のことといえましょう。

旧い昔を遠い眼で慈しみながら記したこの朴訥な回顧録を読みながら、私は半丁も歩けば商店も絶えた寂しい小町の通りを懐かしく思い出していました。

鎌倉の駅前広場の赤とんぼわれひとともにたそがれてゆく 蝶人

Thursday, December 01, 2011

細馬宏通著「浅草十二階」を読んで

照る日曇る日第469

最近東京の下町に東京タワーよりもぐんと高いジャックの空の樹というけったいな塔が出来るというので世間ではらあらあ騒いでいるようですが、明治23年11月に浅草に凌雲閣別名浅草十二階が完成したときはそんななまやさしいものではなく、明治一の高塔、東都のエッフェル塔にして至高のランドマークということで、江湖の話題を独占したそうです。

当時は世界でも珍しかった本邦初の電動式エスカレーターを装備し、鳴り物入りでオープンした十二階でしたが、ひとの噂も七五日。明治百美人写真の展示や演芸場のにぎやかしで集客を図りますが、やがて閑古鳥が鳴き、大正十二年九月の関東大震災で倒壊してしまいます。

本書はその浅草十二階がどのような経緯で建てられ、当時の文学者たとえば田山花袋、石川啄木、島崎藤村、北原白秋、木下杢太郎、江戸川乱歩などがこの地上一二階、高さ一七二尺(約五二米)の高塔についてどのような感想を抱いたかを論じるとともに、その社会思想的な意義について興味深い考察を行っていますが、著者が紹介している乱歩の言葉のように「どこの魔法使いが建てたのか実に途方もないへんてこりんな代物」であったこの高塔の謎は、追及すればするほど深まっていくかに思えてなりません。

卑小なる己を神に擬しいと高きところめざす者に呪いあれ 蝶人

Wednesday, November 30, 2011

井上ひさし著「一分ノ一」上巻を読んで


照る日曇る日第468

アジア太平洋戦争に敗れた日本は、米英ソ中の四カ国に分断占領されてしまいます。

すなわち、北海道・東北はソ連、東日本主体の中央ニッポンは米国、西日本・九州は英国、四国は中国のようにバラバラにされたために、かつての国家と民族のアイデンティが日毎に崩れ去っていくのでしたが、かのとき早くこの時遅く立ち上がったのが主人公、サブロー・ニザエモーノ・ヴィッチ・エンドー、略称サブーシャでした。

サーシャは、なんと赤の広場の一分の一、すなわち原寸大の地図を作成して北ニッポン政府をあっといわせた伊能忠敬を思わせる地理学者ですが、国境のない統一ニッポンの版図つまり日本独立をめざして孤立無援に似たゲリラ戦を開始します。

主人公のまわりにつどうのは、天才少年や高校野球監督やヤクザや熟女歌手や主将犬などなど、さながら八犬伝に出てくるような一騎当千の少数の同志たち。粉雪舞う山形を脱走した彼らは、四つの占領国に必ず散在しているであろう革命的な愛国者たちを糾合するために、さまざまな困難と身内の犠牲、さらにはCIAFBIKGBMI5等々四大国の諜報機関や暴力装置の妨害と弾圧を乗りこえて、占領国が覇権を競いつつひしめく東京は六本木交差点にまで進出してまいります。

さあ、いよいよ血湧き肉踊る前代未聞の一大英雄冒険譚のはじまり、はじまりィ……

西陽差すしやうぐあい施設の六畳間息子を託し黙して帰りぬ 蝶人

Friday, November 25, 2011

丸谷才一著「持ち重りする薔薇の花」を読んで


照る日曇る日第467

博学才知の文学者がものした最新作を、その思わせぶりな題名に誘われて読んでみましたら、なんのことはない私の好きなクラシック音楽の世界の話で、しかも東京カルテットに似たさる弦楽四重奏団の内幕、四人のメンバーの離合集散や栄光と悲惨を、面白おかしく大人の物語に仕立て上げました。

四人併せて一つの楽器と称されるカルテットを続けていくことは難しい。それは四人で薔薇の花束を上手に持つようなものだ、という苦労話が微に入り細を穿って延々と続きます。

しかしこの物語の語り手は、その名も「ブルー・フジカルテット」という世界的な弦楽四重奏団の名付け親であり後見人でもある財界の超大物で、彼が残り少ない生涯の思い出と抱き合わせに、このカルテットの誕生と栄枯盛衰の裏話を死後発表を条件に包み隠さず知己の編集者に物語る、というスタイルが、この表向きはポップなフィクションに微妙な陰影を与えているのです。

古典音楽に対する著者のうんちくや英仏独羅とりまぜた鼻もちならない弦楽ならぬ衒学趣味や、男と女の色恋沙汰やポルノまがいの下世話な人情噺も遠慮なく飛び出しますが、最後の最後はさすがに老成し達観した文化勲章受章者らしく、おもしろうて、やがて哀しき人世と芸術への感慨がふと漏れ出てくる。かのヴェルデイの最高傑作「ファルスタッフ」を見聞きした後に似た読後感でした。

惜しむらくは小説の中で著者がいくらボッケリーニやハイドンやモーツアルトについて語っても、吉田秀和氏のエッセイとは違って、肝心の音楽がちっとも聞こえても来ないことでしょうか。

音楽について語って音楽が聞こえてこない論者の至らなさ 蝶人

Tuesday, November 15, 2011

川上未映子著「すべて真夜中の恋人たち」を読んで


照る日曇る日第465

人気作家による最新作はなんと恋愛小説です。といっても正攻法というよりはちょっと設定に変化球を投げていて、内気で内向的な校正専門家の若い女性が、年上の自称高校物理教師にだんだん惹かれていく顛末をじわじわと描きます。

だから光とか物理の講釈が出てきたり、校正の仕事の実態がレポートされたりして恋愛一直線の単純さに陥る危険をあえて複合的に回避しようと努めているのですが、それがうまく行ったとは必ずしもいえません。

そもそも校正家なんて著者のすぐ近くにいる存在であり、これを主人公にするのは安直に過ぎます。ヒロインは恋人とカルチャーセンターで知り合うのですが、どうして彼女がそんな所へ行く気になったのか、またどうして彼女が急にアル中状態に陥ったのかもよく分からない。

が、二人の恋は、読者にとっても著者にとっても想定外に盛り上がります。けれどすべての物語には終わりがあるのです。助平な著者は、無理矢理終わらせようとしてヒロインの友人を突如乱入させたり、相手の男性ににわかにヴェールをかぶせて行方を晦ませようとしたり、気のきいたフィナーレにしてやろうと腐心するのですが、このやり方が最善だとは著者も思っていないでしょう。

さりながらこのようにいくつかの短所を内蔵していようとも、この本の276から278ページの文章は文句なしに素晴らしく、著者の努力と天稟が存分に発揮されています。ヒロインと心をひとつにして、一緒に呼吸し、泣きながら心をこめて描いたのでしょうが、ここには恋する人の真情が、痛々しくも美しく表現し尽くされています。

うるんだ羊の瞳だったよ国際免許の写真の次男 蝶人

Monday, November 07, 2011

四方田犬彦・石井睦美著「再会と別離」を読んで


照る日曇る日第462

一人の男と一人の女が出会えば、光と闇の中でさまざまな記憶がはぐくまれ、二人の間にはいくつもの時間が音を立てて流れはじめる。

これは五〇歳代の真ん中までてんでに漂流し続けてきた二人の作家が、来たるべき再会を前にして、彼らの過ぎこしと行く方をゆくりなく心をこめて語り尽くした真情あふれる魂の交流録である。

それは期せずして彼らの半生の呼び出しと向き合いの機会ともなり、男が幼き日々の父親への憎悪と軽蔑をあからさまにすれば、女は別れた夫の自滅の原因はおのれの不明にあるとする心も凍り付くような告白を行い、彼らの交換日記は単なる消息通知から突如お互いの全存在を賭けた魂の格闘技の様相を呈して読む者を慄然とさせる。

彼らが閲したあまたの生、そしていくたの死! 失われた時が一挙によみがえり、闇の奥に秘められていた彼らの実存が色をなして立ち上がる時、希望と絶望の鐘が鳴り響き、彼らはたしかにもうひとつの生を生きはじめるのである。

今日こそは毀れた夢を繕う日愛する魂よ美しく装え 蝶人

Sunday, November 06, 2011

小倉慈司・山口耀臣著「天皇と宗教」を読んで

照る日曇る日第461

「天皇の宗教」と聞かれれば、そりゃあやっぱり神道でしょう。なんたって国家神道というくらいだから、ものすごく格調高いんじゃないか、と思うのですが、実態はそうでもなさそうです。

私はときどき正月二日に鎌倉宮の正式参拝に訪れて、神主さんかその代理人の年頭のメッセージを聞くことがあるのですが、その内容たるやおそまつ君そのもの。犬が西向きゃ尾っぽは東、なんて地元の古老の人生訓に比べてもいちじるしく劣る内容を偉そうに演説しています。かつて口丹波は丹陽教会の名牧師、塩見森之助先生の素晴らしい説教に接した私にすれば、今は亡き我が家の愛犬ムクにでも喰われろという超低レベル。おそらく現在の神道の教義のレベルなんて、かの靖国神社でも伊勢神宮でもその程度に違いありまっせん。 

もちろん戦時中の高松宮のように「皇族よ、信仰に目覚め神ながらの道を拝せ。いまぞその時!」なーんていう性急に神道を国家宗教にしたがるファナチックな方々も大勢いらっしゃったようですが、古代から近世、現代に至るまで天皇家では紆余曲折の限りを尽くして、総合的には「神道6割、仏教4割」くらいの比重で恭しく信仰され、宮廷内の儀式として機能しているようですね。

本書を読むと、天皇の葬儀にしても江戸時代の大半は火葬してから京都の泉湧寺に葬っていたのに、明治維新で神道が巻き返して現在では懐かしの神式で土葬しています。されど当代の皇后陛下はカトリックの家に育った人だが、それでおよろしいのか? 死んで花実が咲くのでしょうか? それとも皇族には宗教の自由なんてないのかしらん。

この際、天皇や天皇家や天皇制のことなんかどうでもよろしいが、いったい神道って何なんですかね。広辞苑では「もと自然の理法、神のはたらき。我が国に発生した民俗信仰で祖先神や自然神への尊崇を中心とする古来の民間宗教が外来思想である仏教・儒教などの影響を受けつつ理論家されたもの」とあります。「信仰」とはあるが、「宗教」とは書いてない。

そこで思い出すのがかつて明治の初めに米欧を訪ねた岩倉使節団の当惑です。本書によれば彼らは西洋人に事あるごとに「何宗か?」と聞かれて往生したようですが、そのアナーキーな事情は現在もあまり変わっていないのではないでしょうか。

私たちの大半は冠婚葬祭のときだけは仏教や神道やキリスト教信者の振りをしていますが、一部の例外を除いて本当にそれらの神を信仰しているわけではない。かといって無神論者でもなさそうだ。宗教と無宗教の間をふらふらと彷徨いながら、じつは世界史上まれな自然の理法、すなわち「新しきかむながらの道」を模索しているのではないでしょうか。

汝等あらゆる宗教原理主義を拝しあたらしき自由の道を歩め 蝶人

Wednesday, October 26, 2011

川西政明著「新・日本文壇史第六巻」を読んで


照る日曇る日第460


葦平、泰次郎、泰淳、知二、順、宏、鱒二、道夫……、文士が、続々とアジアの戦場に出る。彼らは満州から中国、フィリピン、シンガポール、ビルマ、インド……、大東亜共栄圏のために積極的にしろ消極的にしろ陸海空で戦う。

そして著者は読者を道ずれに、にわか戦士となった文士のその足跡を、執拗に追う。追いながら、その抽象的な戦争体験ではなく具体的な戦場体験を疑似追体験しながら生々しく執拗にあぶりだす。戦争体験と戦場体験は天地ほども違う。

戦場は普通の市民を狂気に駆りたて、精神を錯乱させて地獄の亡者に変身させる。この世の修羅に全身を晒した彼らにとって、もはや理非曲直を冷静に判断することはできない。頭でっかちの歴史観は蒸発し、血と殺戮と動物的本能だけが彼の知情意を支配するのだ。

兵士相手の慰安婦たちの手摺れた肉体にはない村落の中国人女性の肉体を犯すことでおのれの肉体奥深く仕舞いこまれていた官能の火が消せなくなった文士がいる。中国兵を殺さざるを得なかった文士がいる。そして、それは、僕。それは、君。

中国女を強姦し、中国兵の捕虜を斬殺し、強盗、略奪、放火、傷害その他ありとあらゆる犯罪を意識的かつ無意識的に敢行する「皇軍」兵士と、その同伴者の立場に立たざるを得なかった文士たち。この陥穽を逃れるすべは当時もなかったし、これからもないだろう。

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す 宮柊二

恐ろしい句だ。悲愴で真率の句だ。そして彼らは、この惨憺たる最下層の真実の場から再起して、彼らの戦後文学を築き上げていったのである。

私たちは、「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもよい。早く済さえすればよい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい」、という井伏鱒二の言葉をもう一度呑みこむために、もう一度愚かな戦争を仕掛けて、もう一度さらに手痛い敗北を喫する必要があるのかもしれない。

田舎の一キリスト者として戦争に反対し牢屋に繋がれた祖父小太郎よ、あなたは偉かった。不肖の孫たる私にはあなたのような思想と信念と勇気はない。私は命じられれば唯々諾々と無辜の民を殺戮しそうな自分が怖いのだ。

脳内に兇暴なる鰐を飼うわたしたち 蝶人

Friday, October 14, 2011

金原ひとみ著「マザーズ」を読んで


照る日曇る日第458

3人の独身女性がそれぞれの子をもうけ、育児に翻弄されながらそれぞれの道を切り開いていくありさまが、おのがじしの体験と重ね合わせるようにして愛と共感と激励とともに語られる。

一人は作家、一人はモデル、もうひとりは普通の主婦であるが、いずれも同年代で同じ保育所に愛児を託していることから、この3つの生の軌跡ははじめはゆるやかに、そして最後は激しく切り結ばれるのである。

薬物に依存しながら自己の創造の限界に挑むユカ、幼児虐待の泥沼に転落してしまう涼子、そして美しく聡明な己の分身を悪夢の偶然から喪失してしまう五月……。

三者三様の仕事や異性や子供との対峙の仕方はすべて著者の心身に刻まれた毒と蜜であり、その激烈なリアルが、のほほんと生きてきた私のような男性を戦慄させ、うちのめす。

黄セキレイが私を見ている私も黄セキレイを見る 蝶人

Saturday, September 10, 2011

町田康著「残響」を読んで


照る日曇る日第453

夭折の天才詩人、中原中也に詩にことよせてパンク音楽文芸家が短いコントを添付している書物だ。

その安直な発想と投げやりな編集のあり方に激怒したおらっちは、思わず本書を虫干し中のCDだらけの狭い書斎に投げ出そうとしたが、待て待て捨てる神あれば拾う神もある。

中也の詩編を再読するだけでも真夏の真昼の快楽ではないかと考えなおし、はらはらとページをはぐれば、でてくるは出てきたは珠玉の詩歌のありがたき言の葉の数々。まずはゆるりとご唱和あれ。

―雨が、降るぞえ、雨が、降る。今宵は、雨が、降るぞえな。

―チョンザイチョンザイオイーフービー 俺は愁しいのだよ。

―僕は知ってる煙が立つ 三原山には煙が立つ

―私はもう歌なぞ歌はない 誰が歌なぞ歌ふものか

 みんな歌なぞ聴いてはゐない 聴いているやうなふりだけはする

―テンピにかけて焼いたろか あんなヘナチョコ詩人の詩

―マグデブルグの半球よ! おおレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃ふべきわが従者!

―袖の降り合ひ他生の縁 僕事、気違ひには御座候へども 格別害も致し申さず候間

―いとしい者の上に風が吹き 私の上にも風が吹いた

―ああ神よ、私が先づ、自分自身であれるやう 日光と仕事とをお与へ下さい!

―俺はおもちやで遊ぶぞ 一生懸命おもちやで遊ぶぞ

 さすがに詩の選択あやまたずといえども、君の感想文は愚劣そのものだ。

夏が逝きわが泉ひとつ涸れにけり 蝶人