Friday, December 23, 2011
福永武彦著「福永武彦戦後日記」を読んで
「廃市」「海市」「死の島」の作者、というよりも池澤夏樹の父である福永武彦の若き日の日記である。
1945年、46年、47年のほぼ3年間におよぶ日記を読んでみると、敗戦直後の生活苦、病苦、芸術苦、世界苦、とりわけ恋愛苦によってこの文学青年が強烈なダメージを蒙り、それがのちの彼の芸術に決定的な影響を、というより傷を残したということがよく分かる。
福永武彦の運命を決定づけたのは若き日に小説も書いていた「マチネ・ポエティック」の同人であった詩人・原條あき子で、この青年の生涯最大の危機をあるときは永遠の毒婦の如く加速させ、またあるときは永遠の童女のごとく回避させた運命的なヒロインが息子夏樹をこの世に誕生させたのだが、この夫婦の対峙関係はどこか島尾敏雄とその妻ミホのそれを思わせる。
1947年の日記は二人の実存がぎりぎりのところで軋み合う有様を、息苦しい緊迫感と臨場感とともに伝え、ある意味では下手な小説以上の迫力であるが、著者が自画自賛する内容を持つ「1949年日記」が発見されたと言うが、その上梓が一日千秋の思いで待たれるのである。
僻村の孤老となりて冬籠り 蝶人
Thursday, September 08, 2011
梟が鳴く森で 第3部さすらい 第17回
bowyow megalomania theater vol.1
僕は涙が流れていましたが、どうして涙が出てくるのか分かりませんでした。
あの可愛らしい洋子を一人占めしたい。朝から晩まで自分のものにしたい。のぶいっちゃんなんかに絶対にわたしたくない。口もきいてほしくない……。
そんな強い思いが僕の全身を衝き上げてきて、その衝き上げた気持ちの行き先がどこにもなく、エッエッエッエッと言って結局はおびただしい涙になるのでした。
こんな絶望的な気持ちのどん底に沈んでしまうんのなら、洋子はどうして僕とねんねグーしたのか。
いっそのぶいっちゃんだけの女であってくれた昨日までのほうがよっぽど楽でとかったのにい、と、思いましたが、そう思っただけでも胸が苦しくて、僕はいったいどうなってしまったんだろう。
この眼脂のこの臭さがおらっちの臭さだ 蝶人
Friday, September 02, 2011
梟が鳴く森で 第3部さすらい 第12回
bowyow megalomania theater vol.1
「洋子って君の女なの?」
と聞くと、のぶいっちゃんは、
「あったりメエよ。とっくの昔からおれの女よ。おれの言うことは何でも聞く、何でもするんだぞお」
といばっているので、洋子に向かって、
「ほんとうに洋子はのぶいっちゃんの言うとおりにするの?」
と聞くと、小さく左右にかぶりを振りましたので、
「洋子は違うと言ってるぞ」
と言うと、のぶいっちゃんは怒り狂って僕にのしかかってきました。
それからまたしてものぶいっちゃんは僕をさんざんなぐったりけったりしましたので、僕はたくさんの血がどくどくと出て、あざもできてとても痛かったけれど、じーっと我慢をしていました。
そしてエーン、エーン、エーン、と泣きました。
エーン、エーン、エーン、痛いおお、痛いおお、と泣きました。
狼にロ短調ソナタ弾く少女かな 蝶人