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Sunday, January 06, 2013

山形国際映画祭グランプリ、王兵監督の「鉄西区第一部工場」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.376

中華人民共和国遼寧省の瀋陽の銅や鉛の精錬工場の浮沈を描き尽くした4時間を越える長編ドキュメンタリー映画で、03年の山形国際映画祭グランプリに輝いたそうだがそれもなるかなの秀作だ。

この工場はもともと中国を侵略した日本帝国が資源確保のために作ったのだが、この老朽施設が多くの労働者の手で稼働し続けていた。しかし工場群は2000年代に入って経営に失敗して次々に労働者は解雇され、ついに施設自体が閉鎖されるにいたるのだが、その間の労働者の悲惨な生活や工場の劣悪な環境をキャメラは冷静に見詰め、とにもかくにも生き続けることの過酷さと切なさをしみじみと訴えかける。

そして王兵以下のスタッフも、息を殺してその画面を流れる時間を生きているように感じられるのである。

職は無く金無く友無く望み無き若者たちに冬は来にけり 蝶人

Friday, December 28, 2012

ビャンバスレン・ダバー監督の「天空の草原のナンサ」を見て



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.371

ワカメ「「モンゴルの女性監督が母国の実在の家族を起用してその日常を描いたドイツ映画です。」

マスオ「大草原で羊の放牧をやっている一家の貧しいながらも楽しいパオの中での暮らしぶりが私たちの心を洗う。映画では別の放牧地に移動するためにパオを解体する様子をくわしく紹介しているが、この解体や組み立ては一人では無理だな。」

カツオ「若い夫婦には二人の女の子と一人の幼い男の子がいるんだけど、物語のナンサという女の子が草原で拾ってきた犬が問題。その前にそもそもナンサが言いつけられた羊の面倒をほっぽり出して犬探しに夢中になるのが問題。こんなのは我が家では絶対に許してもらえないよね」

波平「牧人が一匹のヒツジのために他の多くの羊を顧みないという話が聖書に出てくるが、ナンサもこれと同様に大事な羊をうっちゃらかす悪いやつ。しかし彼女の母親は叱らずに愛情でやわらかくつつむ。これは我が家ではなかなか出来ない真似だね。」

サザエ「モンゴル人の心の原郷にしばし親しむことができたナンサだったが、都会で学業を続けるためにふたたび大草原と羊と愛犬に別れを告げなければならない。古くて懐かしいモンゴルの世界の崩壊と新しい世界のはじまりをなまなましく描き出している映画でしたね」

死してなおシベリウスについて語り継ぐ吉田秀和『名曲のたのしみ』 蝶人


Sunday, December 23, 2012

鎌倉小町通りの鏑木清方記念美術館で「正月の風情展」を見る




茫洋物見遊山記第98 鎌倉ちょっと不思議な物語第269

全国の闘う学友諸君、そしてルンペン・プロレタリアートのみなさん、メリーⅩマス! いよいよ押し詰まって参りましたね。

今年は長年お世話になって来たクライアントからの発注が突然止まり、ヒジョウキンの口がひとつ減り、義母をはじめとして多くの人々が亡くなり、私が蛇蠍の如く忌み嫌っている政党とその一派どもが政権を奪取するなど、内外ともに気色の悪いことが積み重なりました。それらの影響はこれからジワジワと出てくると思いますが、それもこれも身から出た錆といふことなれば、この衰え行く痩身ぜんたいで受け止めて行かねばらなんと覚悟しておる今日この頃です。

さて家に閉じこもってばかりいては心身共にろくなことはないので、わたくしは中原中也が死んだ病院で検診を受けた帰りに、久しぶりに駅から朝の小町通りをぶらぶら鏑木清方記念美術館まで歩きました。普段は無数の観光客であふれかえっている小町通りですが、ここはいつ行ってもほとんど人がなく、かつてまさにこの地この場所に日本画家鏑木清方が居住した頃とそれほど変わらない落ち着いた雰囲気が保たれていることに驚かされます。

会場に入って見ると右側の壁面に上下に並べられている清方の羽子板の原画と永井周山手造りの押絵羽子板の展示がたとえようもなくあでやかです。周山は清方のオリジナルを忠実に踏襲しながらも、場合によっては人物を減らしたり向きを変えたりしながら在りし日の「明治風俗12カ月」を見事に再現していました。

清方という人は単彩のスケッチも精妙そのもので江戸の昔を再現していますが、ひとたび色筆を取ればまことに華麗な色彩世界に遊ぶ、さながら江戸のアンリ・ルソーのような自由さ自在さを併せ待っていて、それはたとえば今回展示されている「初雁の御歌」の青や緑や朱色の饗宴に現れています。

展示作品こそ少ないものの、ここにはつねに明治、大正、昭和の初期を通じて流れていた江戸の情緒がほのかに息づいているのです。東京からの資本や商材で賑わう虚栄の市の愚かなさんざめきに飽きたら、横丁を左に曲がって観光客が一人もいないこの小さな美術館へどうぞ。

なお同館の「正月の風情展」は来年1月20日まで。ただし年始年末12月29~1月3日までは休館。詳しくはホームページ参照のこと。

清方は日本のアンリ・ルソーいつも江戸の春に遊んでるよ 蝶人

Saturday, December 15, 2012

岡松和夫著「実朝私記抄」を読んで




照る日曇る日第553

私が住んでいる鎌倉の小邑には二人の有名人が住んでいた。一人は日本画家の小泉淳作氏、もう一人は芥川賞作家の岡松和夫氏であったが残念ながらお二人とも本年一月に相次いで逝去された。本書はその岡松氏が綴られた鎌倉幕府の第三代将軍右大臣実朝の悲劇的な物語である。

鎌倉は中世の武家の都であるが、そこは殺戮と阿鼻叫喚の死都でもある。源氏ゆかりの将軍のみならず頼朝の御家人の代表的存在である畠山氏も和田氏も三浦氏も、ことごとく北条時政とその子孫たちが謀略と武力で屠ったのだった。

頼朝を殺したのも北条氏であるという説もあるが、その後継者の頼家を伊豆の隠れ里で謀殺し、三大将軍の実朝も頼家の甥公暁を指嗾して八幡宮階段下で暗殺せしめ、あわせて公暁も亡き者にすることによって源氏の直系を根絶やしにしたのは、他ならぬこの伊豆の成り上がり者一族である。下賤の北条が高貴な源氏を打倒したのがけしからんという気はさらさらないが、聞いてあまり愉快な話ではない。

この小説の中で著者は実朝の暗殺者は公暁であると断定されているが、その前後の義時の挙動不審を考えに入れると、政子を蚊帳の外に置いた執権が黒幕であることに疑いを挟む余地はなさそうだ。

実朝はみずから行政者と風雅の人と仏教者の三つの役割を担っていたが、著者は栄西や行勇、陳和卿などとの交友を詳しく辿ることを通じて、彼が由比ヶ浜での(義時の妨害による!)宋船建造失敗の後も宋への渡航を具体的に計画していたことをあからめ、もし彼が非業の死に斃れなかったとしたら前代未聞の将軍僧として本邦の歴史を変えていた可能性に触れている。

尼将軍とは子に先立たれた北条政子の別称であるが、みずからが宋の高貴な僧の生まれ変わりであると半ば信じていた実朝の二七歳以降の「もしも」は、甚だ興味深いものがある。夫を喪った妻の西八条禅尼は京に戻って八二歳の長命を全うしたそうだが、著者の繊細にして旺盛な想像は彼女の行状にまで及んでいるのである。


北条に睾丸切り取られて絶命す二大将軍頼家哀れ 蝶人

Thursday, December 13, 2012

鄙びたる軍楽の憶ひ~“自民大勝”の後に来るもの



バガテルop161

いよいよ運命の日が近づいてきた。

昔から政治や政治家が嫌いで極端な変化を嫌う私は、今回もどこに入れようかと迷っている。そんな混迷派の私が愚かにも政変を期待して清き一票を投じた元逗子市長の長島選手は、選挙民への挨拶もなく、義理も果たさず、落ち目の民主党から足を洗って早々と戦線から逃亡してしまった。なんと自分勝手な奴だろう。

今回も選挙のポスターやテレビスポットなどを一瞥すると、私利私欲と権力欲に目が眩んだと思しき醜い顔貌ばかりが並んでいてウンザリする。いま日本経済新聞の「私の履歴書」では、かつてこの国の総理大臣を務め、IT革命を「イット革命」と読み下して平然としていた男の自慢話が延々と続いているが、この男が「自分はバカダ大学や産経新聞にコネで入った」と恥じらいもなく公言しているので仰天したが、他の政党の首領も推して知るべし。こんな手合いがコッカコッカコケコッコー!と偉そうに呼号しているから困ったものだ。

さて今回は2大政党の他にいわゆる第三極が出現し、表向きでは原発や災害復興や経済再生政策等を巡って多種多様な選択肢が登場したように見える。それらはどれひとつゆるがせにできない重要な問題ではあるが、それらの帰趨はそれとして、じっさいには現行憲法を基軸とした戦後政治の是非こそが、水面下で激しく問われることになるのではないだろうか。

もとより現行憲法はアメリカ帝国からの押しつけであることは否めず、私のように第1章に異論があったり、第2章に文句をいう連中が増えてきたり、様々な問題点を含んでいることは事実だが、しかしそれが全体としてわが国の指導者と国家の恣な権力の発動と暴走に対する決定的な最後の枷と砦になってきたことは周知の事実である。

あの品性劣悪で極悪非道な暴走老人が口走っているように「憲法のお陰で人が殺されている」のではなく、憲法のお陰でわが国は彼が望むように他国とはみだりに戦争できず、その結果およそ70年の長きにわたって「人を殺したり殺されたりしないで済んだ」のである。自虐とかサドとかマゾなぞと口をきわめて罵っている人たちも、たまにはそんな石原慎太郎憲兵隊長の命令で尖閣諸島に突撃しないですんでいる僥倖を、せめて年に一度くらいは感謝したらどうだろう。「ありがとう憲法!」と。

自民党はすでに本年4月に新しい改憲案を策定し、そこでは「国防軍」「非常大権」「天皇元首制」などが麗々しく謳われている。現行憲法を廃棄してより強権的な内容に改定するだけではなく、象徴天皇制を改めて明治時代のような元首制に変えるというのだが、それは「日本を取り戻す」のではなく、歴史の針を2世紀前の非民主的な昔に戻すという時代錯誤の試みというべきだろう。

もし自民党が第1党となれば石原・橋下の維新と合体した独裁的な極右政権が「合法的に」誕生し、戦後まがりなりにも継続されてきた“民主政治”は楽天的な私たちが思っているより早く崩壊するだろう。

現行憲法はたちまち骨抜きにされて強権的で偏狭で好戦的な国産憲法が誕生し、集団的自衛権を裏打ちするための徴兵制が復活して若者はささやかな愛と自由と平和を奪われ、いともたやすく戦場へ送られるだろう。「シナ」と対抗するアジアの最強国をめざして富国強兵と核武装への道が我等臣民の前途にたのしく、ルンルンとひろがっていくのである。

そういう次第であるからして、今回の選挙で私たちに問われているのは、「短兵急に決められる戦前型強権政治」への回帰か、それとも“相変わらずなかなか決められない、非効率でカッコ悪いオタンチン・パレオロガスでモモンガーのようなお馴染みの「俗流あらえっさっさあ的民主主義」の継続”か、という二者択一である。  

自民大勝の後にやって来るのは、私たちがこれまで見たこともない“地獄の季節”だ。政権交代の果実を収穫できなかった民主党のアホ馬鹿さをサディステイック・ミカバンドのように厳しく懲罰することも大事だが、私たちがとっくの昔に見捨てた超無能政党の「イトレル・チャプリン的」妄想の成就に加担し、戦後70年掛けてようやく形成し得た国家国民の現有政治遺産を根こそぎに崩壊させる愚だけはなんとしても避けたいものである。


ウレピーナ楽しいなニッポン全国ウヨクがウヨウヨ 蝶人

Tuesday, December 04, 2012

ヘンリー・ハサウェイ、ジョン・フォード、ジョージ・マーシャル監督の「西部開拓史」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.357

先住民時代から南北戦争の混乱を経て現代に至るまでのアメリカの西部開拓史をある開拓家族3世代の歴史をつうじて、3人の監督が全5部構成で演出している。

ファミリーのエピソードを追いながらアメリカの歴史を回顧するのは難題であり、しかも監督が1人でないから余計難しく、時折登場人物の相互関係がよく分からなくなったりもするが、全体的にはまずまずの仕上がりだろう。

この国を支えてきた底抜けの楽天性と反省や内面的な思索なき「ともかく西に行くんだゴーゴー前進主義」が野放図に発揮された、そういう意味では典型的にアメリカらしい映画といえよう。しかしここでジョン・フォードはたいした仕事をしているとは思えない。

 「大いなる西部」のキャロル・ベーカーとグレゴリー・ペックがここでも登場しているが、本作での彼女のお相手役はジェームズ・スチュアート(猟師役で好演)である。ギャンブラーのペックに惚れられる「雨に唄えば」のデビー・レイノルズが、本作でも見事なレビュー・ダンスを演じている。


今日もまた「行方不明者が出ました」と市の拡声機が叫んでる 蝶人

Tuesday, November 27, 2012

ルイ・オーギュスト・ブランキ著『天体による永遠』を読んで



照る日曇る日第551

これはその生涯の大半を監獄で過ごした「黒服と黒手袋のダンディな革命家」の思想を知る上で非常に興味深い1冊だ。ブランキ(1805-1881)は政治改革者であったのみならず当代一流の天文学者でもあり、有名な「革命論集」のほかに本書のような天文と宇宙についての詩と霊感に満ちた科学書を残してくれたことは嬉しい驚きである。

美しい幻想と予言が宝石のように鏤められたこの不可思議な天文の書が綴られたのは1871年のパリ・コンミューンの翌年、監禁されていた倫敦のトーロー要塞の地獄のように劣悪な牢獄の真っただ中において、なのであるが、彼は当時の最新学説であったカント=ラプラスの「星雲論にもとづく太陽生成論」などを批判的に継承しながらも、いかにも革命家らしい大胆不敵な宇宙論を提起している。

彼は全宇宙が無限だとしても、その内部の恒星系群はおよそ100の元素のみによって構成されていることから、その元素が生みだす化合物の組み合わせ(その中には地球やわれわれ人類も含まれている)は有限であるため、全天体はそれがどのような天体であろうとも時空の中に無限に存在すると考えた。

その結果われわれ人間は、この瞬間にも自分と同じ人生を送っている無数の「自分」の分身をこの膨大な宇宙のあちこちに持つことになる。このような「地球&人間複数論」は、ほぼ同じ頃にボードレールやニーチェによっても唱えられて現在の宇宙物理学説に及んでいるが、ブランキのそれはきわめてメランコリックでペシミスティックな点がユニークである。

けれども「宇宙は限りなく繰り返され、その場その場で足踏みをしている。永遠は無限の中で同じドラマを平然と演じ続けるのである」と本書のエピローグで述べたブランキは、しとしとと雨降る今宵も、遥かなる宇宙の彼方で永久に終わることなき彼の孤独な革命運動を遂行しているのだろう。

死してまた蘇りつつ世直しを未来永劫続ける洒落者 蝶人

Saturday, November 24, 2012

鎌倉大御堂ヶ谷「勝長寿院跡」を訪ねて



茫洋物見遊山記第96 鎌倉ちょっと不思議な物語第266

大御堂ヶ谷の奥にあった勝長寿院は、源頼朝が父義朝を供養するために建てた寺院で、往時の鎌倉では、八幡宮司と永福寺、大慈寺に並ぶ重要な聖地であった。頼朝はみずからこの地に何度も足を運んで墓所や堂舎の配置などの陣頭指揮にあたった。

文治元年1185年8月の末には父義朝の頸が鎌倉に着き、頼朝は稲瀬川まで迎えに出た。勝長寿院が創建されたのは同年10月24日で、小春日和のその日の午前10時、頼朝は多くの兵を従えて束帯姿で大倉御所を出て歩いてこの大御堂に向かい堂供養を主宰したのである。

その後勝長寿院には多くの僧が法要を営み、法華堂、新御堂、御所などの新たな堂宇が建立され、源氏の菩提寺として頼朝はもちろん政子、大姫、頼家、実朝などが盛んに参詣した。

承久元年1219年正月27日、甥の公暁に暗殺された3代将軍の実朝は、その死後に火葬されてこの地に彼の母政子とともに眠っていたのだが、その後時代が下って鎌倉が寂れるに従って勝長寿院に関する記述も途切れ、現在では伊豆石の礎石と小さな五輪塔と記念碑をいまに伝えるのみとなった。五輪塔は頼朝と鎌田正清の墓と伝えられているが、一書には宝戒寺から運んできたとあり、当地の伝承では住宅建設の際にたまたま掘りだされたものであるという。

いずれにしてももう少し真面目に史跡保存の手を尽くしておけば大慈寺ともども現況のようなつまらない住宅地に埋もれてしまうことはなかったであろうと悔やまれてならない。

なお実朝の「金槐和歌集」には勝長寿院を詠んだ歌が四首残っているが、ある年の旧暦三月の末に訪れたときの二首を紹介しておこう。

行きて見むと思ひし程に散りにけりあなやの花や風たたぬまに
さくら花さくと見しまに散りにけり夢かうつつかはるの山風

まるで現代に生きる人がきのう詠んだ歌のようではないか!

*参考 貫達人・川副武胤著「鎌倉廃寺事典」(昭和五五年有隣堂刊)


残菊や凡人小事のうれしさよ 蝶人

Sunday, November 11, 2012

ルイ・マル監督の「さよなら子供たち」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.344

本邦における中学生のいじめと、この映画におけるフランス人中学生のユダヤ人同級生いじめとどこが、どう違うのだろう。

人種、宗教、顔容、文化、生活様式……、原因が異なっていたとしても「異端」として措定された存在に対するいじめの構造はまったく同じで、本作で登場する白哲のユダヤ少年は、いちおうの親友である主人公からさえもいじめの対象になるのだった。

いじめようと思えばいじめられるし、同胞の側に立とうと思えば立てるわずかなあわいを遅疑逡巡、戦々恐々と私たちは生き延びてきたし、現にそうしている。ちょっとした契機でどちらに転ぶか、その契機をとりまく諸要素を押さえよ。

本作では、頑なな正義と主義主張を貫く校長に馘首された少年の密告が、宗教共同体でかくまっていたユダヤ人生徒と校長自身をゲシュタポの手に引き渡す導火線になっていく道行がいかにも悲劇的であり、運命の皮肉でもある。

そういう紋切り型の評言よりも恐らく監督は自らの余りにも切実な個人的な体験をおおやけのものにしたかったのであろう。


高野山一日二食の聖かな 蝶人

Wednesday, November 07, 2012

山本薩夫監督の「台風騒動記」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.340

杉浦明平のルポルタージュ「台風13号始末記」を原作に山本薩夫がメガフォンをとった1956年の風刺喜劇映画です。佐田啓二、菅原謙次、佐野周二、野添ひとみ、桂木洋子、渡辺篤、藤間紫などが続々出演しているが、わたしが高く評価する三島雅夫のいやらしさが光っているな。

台風の被害よりもその後の人災のほうが被害甚大であるという紋切り型のテーマをどんと据えて、老朽化した小学校の校舎を台風で倒壊したことにして公金を流用しようとたくらんだ地元の政治家や町長や校長や教員や住民たちの奮闘努力と右往左往を巨匠?山本が生真面目に描いておる。

されど原作者と監督の思想傾向がはなからマッチし過ぎており、終始力が入り過ぎ、コメディ特有の軽妙さに欠ける。こういうのはもっと軽薄なタッチで演出してもらいたがこのメンバーでは所詮ないものねだりなのだろう。

野田橋下安倍石破慎太郎どいつもこいつも消えて無くなれ 蝶人

Thursday, November 01, 2012

スタンリー・ドーネン監督の「パリの恋人」を見て



闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.336ふぁっちょん幻論72&勝手に建築観光51

トップシーンからして不愉快で鼻もちならない映画だ。「ピンクで統一するのよ」と突如思いつくヴォーグ風編集長(実際にこういうアホ馬鹿人間は20年前にも大勢いた)やNYの古書店に事前の許諾なく撮影に押し掛けるアベドン風カメラマンの横暴さに、1957年当時のふぁっちょん業界の肩で風切る偉そうなポジショニングが示されているが、ふぁっちょんが時代の先頭から脱落して後塵を拝するようになるとともに、こういう傍若無人な振る舞いが姿を消したのは同慶に耐えない。

この映画では目にも綾なジバンシーの所謂トップファッション!が続々と登場するが、平成の御代にひそと棲息する我等の目には、それらの華麗な衣装の輪郭があまりにも際立ち、色彩が強烈であることに違和感が先に立つので、これらが名匠による歴史的名品であることを忘れてしまいそうになる。いわば異様な服がまっとうな人間らしさを圧倒して、過剰に自己を主張しているのだ。

完璧なヘアメイクと共に変身したヘプバーンの艶姿よりも、彼女が冒頭の古書店で来ていたシンプルな黒のデイウエアのほうがよほど美しくファニーフェイスの彼女に似合っていることに、当時は誰ひとり気付かなかったのである。

「パリの恋人」以来半世紀が経過し、数多くのデザイナーが数多くの特色を秘めた数多くの服飾の作品を製作し、それはいまなおパリやミラノや東京のコレクションで発表されつづけているが、それらの大半は依然としてこの映画のジバンシーのような「服じゃ服じゃ」という人間無視の異様な服の開発にいそしんでいるのは恐るべきことであり嘆かわしいことでもある。

近代の洋服は人間の美や機能に奉仕しようと闡明しながら、結局は人間の個性を覆い尽くす結果に終わった。あくまでも服が主で人が従であった。これに反して現代の優れた洋服は服の主張を放棄して、あくまでも人間の自己主張に異なって奉仕しようとする。人間の自由のためには、服は服としての主張を控え、おのれを溶かし、その姿を消そうとさえすべきなのだ。

「露わな服から、溶ける服、消える服へ」「地上樹ふあっちょんから地下茎ふあっちょんへ」というこの考え方は、最近の建築にも共通している。電通の汐留ビルを設計したジャン・ヌーヴェルのコンセプトは「見えない建築」であるし、実際に2012年のベネチア国際建築展では触れれば崩れる脆い建築がグランプリを獲得したように、平成末期のふあっちょんもそのように「自己否定的に自己の存在意義を訴える」ようなスタイルに急速に変遷していくだろう。

そしてこの「全く目立たないようにして目立つ」という常識をふあっちょんの退化や腐敗堕落と受け止めて反発したり、パリコレや東コレなぞで妙にぐあんばってしまう「反動的な」クリエーターやデザイナーたちは、石原や橋下虚妄政治と同様、時代の挟雑物として大衆から早々に忘却されてゆくのであるんであるんであるん。


季語の無き俳句を憎む俳諧師 蝶人

Thursday, September 06, 2012

F.W.ムルナウ監督の「吸血鬼ノスフェラトゥ」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.307


ドイツ表現主義だかなんだか知らないが、ムルナウの映像は端正で美しく、無声映画ではあるが音楽の支援など必要としない。いやすべての無声映画の映像は、音声の支援をあてにしていなかったから、すべからく端正で力強く、それゆえに美しかったのだ。

吸血鬼ドラキュラ物の元祖となった1922年製作の古典的作品であるが、ドラキュラを扱ったすべての映像、ドラマを圧して面白く、芸術的な完成度が高い名作である。



朝っぱらから小説を読んでいる極道映画を見ている横着者 蝶人

Saturday, August 25, 2012

半藤一利著「日露戦争史1」を読んで




照る日曇る日第535

満州から朝鮮半島へと南下してくる西欧の超大国ロシア。朝鮮を落としたら彼奴は日本海を渡って帝都を侵すに違いない。臥薪嘗胆、仏の顔もここまでだ、二度と「三国干渉」の憂き目を見てはならない。今こそ北方の巨熊にひと泡ふかせるのだ。そしてついに明治37年2月4日、涙の御前会議で対ロ戦争の聖断が下され、ここに世紀の一戦が始まるのだった。

それにしてもいっこうに要領を得ないのが日露戦争だ。日清、日露、第一次大戦の進軍があって大東亜戦争があり、その悲惨な結末の終点が現在ならば、当時いくら西欧列強のアジア侵略が猖獗をきわめていたにせよ、我が方のみは(山本海軍大将が唱えたように)朝鮮半島はもちろんあらゆる外地に介入せずに現列島版図をかたく保守していたほうが、よっぽど「東洋及び世界の永遠の平和に資する」こと大であったはずだからだ。

などと抜かすのは、厳しい現実(飢、物価高騰と鬱々たる社会不安)を知らぬ平成の脳天気ボーイの妄言であろうが、本書を読むとこの成算無しの無謀な戦争に最後まで反対し、抵抗していたのは帝国の滅亡に頭が及んでいた伊藤、山県の二元老と他ならぬ明治天皇であったと知れる。(大東亜との何たる相違!)

戦争への道に最初に踏み込んで行ったのは政治家や指導層ではなく、一部の右翼や官僚、軍人、アホ馬鹿東大七教授や国粋的新聞社で、彼らがつけた口火は当時の一般大衆によって巨大な烽火となって燃え盛り、(「清水の舞台から飛び降りる」東条内閣などとは雲泥の差の)冷徹果断な桂内閣を激しく揺さぶることになる。

はじめは戦争に反対していた新聞社も、国民世論が「対ロ憎し」で沸騰すると、社論を投げ捨てて大衆に屈服して好戦的な論陣を張り、それがまた大衆のナショナリズムを燃え上がらせ、新聞社の部数は爆発的に増加する。大東亜とまったく同様に、戦争はマスコミは戦争で儲けるのである。

膨大な資料を読みこなしながら著者は日露戦争の真因に迫ろうとする著者には、二度と戦争許すまじの老いの一徹の迫力があるが、著者が明言するように、「戦争が不可避であるという確信が戦争を引き起こす」(トゥキディデス『戦史』)のであろう。

 われわれは尖閣、竹島よりも大事なことが、世の中にはいっぱいあることを忘れてはならない。

    尖閣、竹島よりも大切なことが世の中にはあるんだ 蝶人

この動画を見よ!


Monday, August 06, 2012

ドナルド・キーン著作集第4巻「思い出の作家たち」を読んで




照る日曇る日第527


読んでも読んでも終わらないので往生しましたが、なんのことはない、この分厚い本には谷崎、川端、三島、安部、司馬について書かれた「思い出の作家たち」、鴎外、子規、啄木、太宰などについて書かれた「日本の作家」、二葉亭四迷から大江健三郎までざっと49名の文学者をとりあげた「日本文学を読む」、加えて「私の日本文学遥遥」、「声の残り」の凡そ5冊の単行本が内蔵されていたのだから、読みでがあるなどという生易しいものではなかったのです。

そう書くといやいや読み続けていたと誤解されそうなので心配ですが、この元アメリカ人、現日本人翁が書いた日本文学と文学者についてのあれやこれやの思い出噺は、酷暑に打ち負かされた世捨て人の腐りかけの脳髄に旱天の慈雨の如く投下された揮発性のヘロインのごとき悦楽作用をもたらしてくれたのです。

 因果は巡る風車、東奔西走日米合作回り灯籠の筆のすさびに、碧眼太郎冠者鬼院先生かく語りき。

明治21年鎌倉に遊んだ子規は、大雨の中頼朝の墓から八幡宮へ急ぐ途中で2度も喀血したこと。(これは家の近所の話なので生々しいな)

マリアカラスの「ルチア」を聴いた大江健三郎が、彼女の声は「女性のあらゆる可能性を集中したものだ」と断定したこと。(当たらずとも遠からず)

一度だけ市川の陋屋で会った永井荷風の「バートランドラッセルの優雅な英語に匹敵する美しい日本語」を聴いて驚嘆したこと。(ちと意外だなあ)

尾崎紅葉の「金色夜叉」は大愚作であるが「多情多恨」は紛れもない傑作であること。(さすがのご明察)

谷崎は漱石の「明暗」がうその組立からできていて、そこには作者の巧慧なる理知の働きがあるのみ、と喝破したこと。(これにはちと疑問)

荷風は「昔は良かった」というが、その昔の定義は時代と共に変わっていったこと。(しかり)

転向は、ある場合には自己保存の手段として必要であるばかりでなく、社会全体が要求することが多い。絶対に転向しない人に会うと場合によっては滑稽であり、場合によってはみじめであること。(しかりしかり)

親友の河上徹太郎が酔っ払って新橋の芸者の肩に自分の足を押しつけ、大声で『帰ろう』と叫んだのを見て断固絶交したこと。(これまた当然)

トルーマン・カポーティは、私がそれまでに会ったうちでもっとも不快かつ信用できない人物の一人であること。(真偽不明)

「豊饒の海」の取材で奈良桜井の大神神社に行った三島由紀夫が、近くの松を指差して「これは何の木ですか」と尋ね、その夜蛙の鳴き声を聴いた隣室の三島が「あれは何の声」とキーンに尋ねたこと。(三島は動植物に無感心な都会人だった)

川端康成が自殺したことを聞いた大岡昇平が「三島がノーベル賞をもらいさえすれば2人とも生きていたろう」と語ったこと。(さもありなん)

大江と三島がNYで連れだって高級玩具屋を訪れ、(恐らくあまりにも高価なので)三島が諦めた革製のサイのぬいぐるみを、大江が買ってしまったこと。(大人のくせにガキ大将みたい)

「次回は九月一日午前一〇時です」歯医者に告げられしその三ヶ月後の自分が見えない 蝶人

Friday, July 13, 2012

ヴィクター・フレミング監督の「オズの魔法使い」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.276


主人公のジュディ・ガーランドが愛犬を意地悪ばあさんにいじめられて行き場所がないといって、いきなり『オーバー・ザ・レインボウ』を少女なのか大人なのかわからない声で歌い始める。それがかの「虹の彼方に」というわけだが、すべてのミュージカル映画が唐突に歌い出す不自然さをもつのと同様あまりにも唐突で不自然である。

カンザスの郷里の田舎に(現代と同様)突然竜巻が現れ、彼女はそれこそ虹の彼方に飛ばされ舞い降りた不思議な小人たち(村上春樹のリトル・ピープルのように不気味)の村に降り立ち、オズの魔法使いを訪ねる旅に出るところから画面は突然カラーになるが、世界的な人気は別にしてこの監督の演出は、かの大愚作「風と共に去りぬ」と同様まったく凡庸そのものである。

それはともかく、少女が道中で出会うかかし男、ブリキ男、ライオン男、最後に登場する魔法使いの全員が懐かしい郷里の知り合いたちの扮装になっていて、この物語の全篇がヒロインの少女の白昼夢でもあるという仕掛けになっている。

しかしてそのキーワードはThere is no place like home。「おうちほど素敵な場所はない」という文部省唱歌と共に全巻の幕が閉じられるがここで画面は再び褐色のモントーンに戻るのであった。

劇中でライオン男が「僕はタンポポのように弱虫」と歌うのは、ライオンをフランス語で“ライオンの歯”ともいうことから。私の長男が通っている県央福祉会のカフェの名前と同じです。なお日本の歌うたいの「ラルクアンシエル」もフランス語で空の孤、つまり虹の意だから、まあこの映画の主題歌にちなんだネーミングと考えてもいいだろう。


この頃は玉葱ばかりなり百円野菜 蝶人

Wednesday, July 11, 2012

シェーカル・カブール監督の「エリザベス」を見て




闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.276


エリザベス女王をケイト・ブランシェットが、スコットランドのメアリー女王をファニー・アルダンが演じているが、後者は前者より年齢が若いのでこの配役はおかしい。むしろ逆にした方が良かったかもしれない。

それに波瀾万丈のエリザベス女王の生涯を描くのにメアリーの処刑に触れずに済ませているのはもっとおかしい。

また彼女の生涯の恋人がロバート・ダドリー卿であったことは事実だが、この映画では彼女がロバートとのセックスに夢中になる有様を侍女たちにのぞき見させており、これがどうして「処女王」なのか理解に苦しむのである。

メアリー女王と共謀したノーフォーク卿の陰謀にロバート・ダドリー卿も加担したように描かれているが、その事実はないし、恋人を失いながらも英国と国民を夫とする処女王として悲愴な決意で能面のような顔を晒すラストシーンで流れるのは、なんとモーツアルトのレクイエムであるのには苦笑の他はない。それまで劇中で使用されていたのは同時代の音楽なのだから、せめて少し時代が下がるがパーセルなどを流すべきだろう。

それより何より私はロバート・ダドリー役のジョセフ・ファインズの顔が死ぬほど嫌いなので吐き気をこらえながら2時間我慢して眺めていたのであった。


被災地より昨日着きたる柴犬次郎我が家のムクに生き写しなり 蝶人

Thursday, June 28, 2012

デビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」を見て


闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.266



何度見ても素晴らしいのは広大な砂漠の美しさで、モーリス・ジャールのテーマ音楽に乗ってくり広げられるこの雄大な自然の景観を眺めているだけでもう十分映画の醍醐味を堪能した思いになってしまう。

 ロレンスがラクダを乗りこなす場面、部族の白い衣装を纏って踊る場面、アラブの遊牧民を率いて要衝アカバに突撃する場面、部下を命懸けで救出する感動的な場面、その部下をやむを得ず射殺する場面、不覚にもトルコ軍の捕虜となって凌辱される場面、人を虐殺しながら楽しかったと告白する場面などなど忘れ難いシーンは数多いが、もっとも見事なのは効成り帰国して万骨枯れ果てた現代の英雄が映画の冒頭であっけなくオートバイで事故死する場面であろう。


 大英帝国の一軍人でありながら彼の脳内で理想化された「アラブの大義」のために獅子奮迅の活躍を続けたロレンスは、ある意味では個人として可能な極限の領域を踏破した大冒険家であり革命家であったといえようが、その後の歴史の推移を見るならば、しょせんは大国の利害と政治的思惑に呑みこまれていった哀れなドンキホーテという他は無い。



1ドル79円1ユーロ99円の日本に生きる幸せと不幸せ 蝶人


Wednesday, April 11, 2012

鈴木杜幾子著「フランス革命の身体表象」を読んで

照る日曇る日第508回


ジェンダーから見た200年の遺産という副題が付されているように、これは人類の半分が女性である以上、美術史学もまたその事実を尊重すべしと断言する、新古典主義について造詣の深い著者に因って執拗に掘り起こされたフランス革命時代の絵画や彫刻、建築、図像等の新解釈である。

これまでの美術史はそこで出現する身体について男女の性差を考慮に入れず、いわば「普遍的なもの」として取り扱かわれてきたことに激しく異議を唱える著者は、あえて女性の観点に立った身体論の適用に因って「フランス革命史の一点突破全面書き換え作戦」に挑戦しているともいえよう。

著者が解き明かすように、ダヴィッドの代表作「マラーの死」においては、美しき女性暗殺者コルデーの姿をあえて画面に登場させないことによって、当時既に身体的にも経済的にも政治的にも限りなく死に瀕していたジャコバン派の醜男を、一挙に「不滅の男性革命家」に引き上げる政治的役割を果たしたし、ロマン派の曙を告げたドラクロワの「民衆を率いる「自由」」に描かれたもろ肌脱ぎの女神は、「自由」という観念に導かれてバリケードを越えて進むパリの、なんと「男性」!を描いているということになる。

著者がいうように、自由、平等、博愛を標榜して民衆が武装放棄したフランス革命の初期には民衆の女たちが大活躍を遂げたにもかかわらず、彼女たちはすでに革命の最中に男性革命家たちによって抹殺され、美術に登場するのは「現実の男たちと抽象的な女の凍った身体」に過ぎなかった。

このように栄光の大革命は、男が外で活躍し女は家庭内でそれを優しく支えるという男女の役割分担システムの草創期であり、その本質は「女性不在の男性革命」であったとする著者の見解は、事の真相の一端を鋭く剔抉するものではあるが、来たるべきフランス革命美術史は、男性性と女性性を止揚した男性女性性の統一的視座の元で書かれるべきではないだろうか。

男性性に依拠した美術史が女性性を武器にした新美術史によって駆逐された暁には、その双方を弁証法的に止揚し終えた男性または女性、あるいは心身ともに両性を兼備した双方向トランスジェンダーたちの手で「次代の新々美術史」が編纂されるに違いない。


ダルが投げイチローが打つ愉楽哉 蝶人

Sunday, April 08, 2012

小林正樹監督の「人間の條件・第6部 曠野の彷徨篇」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.225

 逃亡兵を引きつれて秋深い旧満州を放浪する梶は、一人の老人(笠智衆)に率いられた女たちが住む家を見出す。その夜寄る辺なき女性たちは自らの身体を開いて男たちを招き入れたが、高峰秀子扮する人妻の誘いを、梶は断って独り朝を迎える。

 翌朝やって来たソ連兵たちを前にして梶たち日本兵は投降して捕虜となったが、ここも安住の場所には程遠く、誇り高い我らが主人公は森林鉄道の強制労働に駆りだされるが、その間に息子のように可愛がっていた新兵(川津祐介)を執念深い旧敵(金子信雄)のために殺されてしまう。

 怒り狂った梶はその伍長を殺してから収容所を脱走し、雪降る荒野の涯に小さな白い丘となって斃れる。最愛の妻美千子の名を呼びながら……。

 まことに残酷で可哀想な最期を遂げた梶ではあったが、内務班の暴力に耐え、戦場の露と消えずにここまで逃げおおせたのであれば、ソ連兵のイデオロギー攻勢になんとか耐えて、最悪はシベリア送りになったとしても命だけは取り留めて帰国出来たのかもしれない。

 ともあれ、人々の平穏な暮らしのかけがえのなさを奪い去る戦争の過酷さと愚かさを思い知らしめる比類なき反戦連作映画として、その表現技法や俳優の演技をうんぬんする以前に大きな推奨に値するだろう。


いいねいいねと内輪褒めしているうちに沈没していく私たち 蝶人

Saturday, April 07, 2012

小林正樹監督の「人間の條件・第5部死の脱出篇」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.224

 梶は生き残りの部下たちと共に妻美千代の住む方角をめがけて脱出行を試みるが、途中でソ連兵の斥候と遭遇したためにやむを得ず彼を刺殺してしまい、血に染まった右手を何度も見詰める。彼には何の恨みもないが、梶は自分が生き延びるために人を殺してしまったのである。

やがて梶は、ちりじりばらばらになった兵や民間人の逃亡者と一緒になり、喰うや喰わずの生き地獄の森の中で多くの犠牲者を出しながら辛うじて脱出したが、ようやく見つけた農家で、梶に好意を抱いていた娼婦(岸田今日子)を現地人に殺されてしまう。

彼等の急襲から逃れて偶然社会主義者の丹下一等兵(内藤武敏)と再会した梶だったが、あくまでもソ連を理想化する丹下との間には次第に溝が出来ていく。やがてまた逃亡する邦人女性の一行と出会った梶は、いたいけな少女中村玉緒の処女を仲間の兵たちに蹂躙されてしまうのであった。

本作品ではヒューマニストであるのみならずフェミニストでもある主人公の正義感振りが力強く表現されている。当時梶のようにそれなりに民間人を保護誘導し、食料を分け与えて人間並みに取り扱った兵隊が果たしてどれくらいいたのだろうか。甚だ疑問である。


俳諧を第二芸術などと侮蔑した男ももう死んだ 蝶人