Friday, November 23, 2012
陳凱歌監督の「子供たちの王様」を見て
Monday, November 05, 2012
福田晴一監督の「二等兵物語」を見て
Friday, November 02, 2012
佐藤賢一著「共和国の樹立」を読んで
Wednesday, October 31, 2012
新説亜細亜版桃太郎音頭
海に浮かんだ尖閣竹島
全部わたしに くださいな
二、やりましょう やりましょう
これから北の征伐に
ついて行くなら あげましょう
三、行きましょう 行きましょう
あなたについて どこまでも
仲間になって 行きましょう
四、そりゃ進め そりゃ進め
一度に攻めて攻めやぶり
つぶしてしまえ 北の熊
五、おもしろい おもしろい
のこらず四島攻めふせて
分捕物を えんやらや
六、万々歳 万々歳
お伴の犬や猿雉子は
Thursday, October 25, 2012
リティー・バニュ監督の「さすらう者たちの地」を見て
Saturday, October 20, 2012
神宮、熊野、高野山を巡る
Monday, September 03, 2012
シルベスター・スタローン監督の「ロッキー3」「ロッキー4」を見て
Saturday, September 01, 2012
大島渚監督の「新宿泥棒日記」を見て
Friday, August 24, 2012
佐藤賢一著「ジロンド派の興亡」を読んで
Sunday, August 12, 2012
エルネスト・チェ・ゲバラ著「チェ・ゲバラ革命日記」を読んで
Thursday, July 26, 2012
舛田利男監督の「二百三高地」を見て
Sunday, July 22, 2012
森史朗著「ミッドウェイ海戦第二部」を読んで
Saturday, July 21, 2012
森史朗著「ミッドウェイ海戦第一部」を読んで
Wednesday, July 11, 2012
シェーカル・カブール監督の「エリザベス」を見て
Friday, May 25, 2012
「山本周五郎戦中日記」を読んで
Tuesday, September 20, 2011
トマス・ピンチョン著「競売ナンバー49の叫び」を読んで
照る日曇る日第454回
佐藤良明の懇切丁寧な翻訳と注解に導かれて、今回はかろうじて最後まで読みおせたが、いったいこれは何なんだ。
熟れた人妻がサンフランシスコの黄昏をダシール・ハメットの探偵小説の主人公のようにさまよい始めるが、その彷徨はセリーヌの夜の果ての旅路よりも謎めいて不可解だ。
かつて淡く付き合っただけの大物実業家がヒロインに委託しようとした膨大な南加の土地、株、切手コレクション……。その莫大な遺産は、とうとうアメリカ合衆国全体へとふくれあがる。
他方では12世紀以来北イタリアに居住していたタッソ家が16世紀にブリュッセルで開始した郵便事業が次第に欧州全域に拡大し、フランスでの事業完遂を達成するためにかの仏蘭西大革命まで引き起こした!そうなんだが、野心的な一族はアメリカ大陸へも進出しようとして、ここ桑港一帯で数多くの国家権力と人民大衆を巻き込んだ一大陰謀が繰り広げられるのであるんであるんであるう……。
どうだ、驚いたか! この奇妙奇天烈荒唐無稽の阿呆馬鹿小説の野放図さに!
しかしこの古今東西にわたる複雑怪奇な世界を、形而上学的超高層から非形而上学的最深部に至るまで小さな大脳前頭葉一個で大精査想像創造し、ちびたトンボ鉛筆ただ一本で書きに書き殴るピンチョンの旺盛な作家根性には脱帽の他ない。
介護とは終わりなき自己犠牲らし秋海棠 蝶人
Monday, September 12, 2011
東博の「空海と密教美術展」を見物して
茫洋物見遊山記第63回
国宝・重文率98.9%という惹句につられてはるばる上野の森に出かけてはみたものの、猛烈な暑さと人の波で早々に退散。曼荼羅のパワーを浴びてくたびれ果てた心身が甦るどころか、もう少しで卒倒するところだった。
だいたい私は仏教に興味はあっても、そもそも密教とか曼荼羅なんかにてんで興味がないのであった。司馬遼太郎の最良の本を読んで以来人と宗教家としての弘法大師には興味を抱いてはいたが、どちらかといえば今でも伝教大師のほうが好きである。
中国から直輸入した密教の極意をライバルの最澄にすべて伝授するのを嫌がる空海の権謀術数も嫌いだし、彼の政治的策動も忌まわしさの限りだし、ついでにいえば彼の書も三筆などと世間でらあらあ騒ぐほど大したものとは思えない。
平安の二人の偉大なる宗教家死してのち現代に至る日本仏教の系譜において人々に圧倒的な影響を及ぼしたのは空海と真言宗ではなく最澄と天台宗であったことはよく知られているが、にもかかわらず平成の善男善女がこの「お大師さん」に限りない親和を感じていることだけは当日の雑踏に振り回されながらよく体感できた。
今となっては空海も最澄も、後代の法然と親鸞に否定され、乗りこえられることにおいて絶大な意義を発揮した過去の宗教思想家であろう。
蟷螂に喰われながら鳴く油蝉 蝶人
Sunday, July 24, 2011
ベルンハルト・シュリンク著「週末」を読んで
照る日曇る日第447回
60年代の後半から70年代にかけては左翼の武装闘争が全世界で荒れ狂った。日本では赤軍派などは牢屋に入れられたままだが、ドイツでは少しずつ釈放されているらしい。
本書は当時のドイツの資本主義の中枢にいた財界人などを殺した赤軍派の元リーダーが既往を悔いて出獄した直後の週末に起こったさまざまな事件と波紋を描いているが、こう要約しただけでこの小説の作者の魂胆が見え透いてくるようで私などは非常にいやな感じがする。
まず、かつて輝けるテロリストだった男が大統領の恩赦を受けて20年振りに出所してくるというので、彼の恋人兼母親のような姉が彼女の別荘に男の旧友を呼び集めて慰労会?を催す、などという設定が小説としても不自然である。
普通はどんな親友にも知らせず、1年くらいは心身の疲れを癒し、新たな社会復帰の準備をするのが世間の常識だと思うのだが、9・11について思いを巡らせる英語教師!やら、弁護士、この男に振られた過去を持つ女性ジャーナリスト、聖職者、男を闘争のシンボルに担ぎあげようともくろむ左翼の生き残り、しまいには行方不明だった男の息子まで乱入してきて、ドイツ赤軍派の思想と行動を金土日の3日間でいっきに総括しようと意気込むのだが、それって相当無理だよね。
こういうありそうで絶対にない都合のよい図式とお下劣な主題の設定そのものが、昔ながらの通俗読み切り三文赤小説であることに著者は最後まで気づかず、あたかも今世紀最大の深刻な思想小説であるかのように粋がっているから始末に負えない。
もちろんかつてのテロ行為を攻撃したり非難したり自己批判を要求したり、さらなる権力闘争への加担を呼び掛ける人物やテロリストをあの時代の「空気」では当然のことだったと擁護する人物なども続々登場して、これを映画や芝居の群像劇に仕立てたらかなり面白いとは思うが、主人公の病気で主人公への肉薄が全て放棄されるなどすべてがご都合主義のポンチ絵であり、ここに芸術的な真実が吐露されているとは到底思えない。
そもそも当時法学部の学生でたった2回だけデモに参加した男がドイツ赤軍派についてどれだけのことが書けるというのか? 君は売れそうな題材ならなんでも書くのか?
すべてはベストセラー作家の次なるベストセラー小説へのマーケテイングの空虚な試みにすぎない。
親子丼食えば死んだ鶏を食うておる心地す 蝶人