照る日曇る日第535回
満州から朝鮮半島へと南下してくる西欧の超大国ロシア。朝鮮を落としたら彼奴は日本海を渡って帝都を侵すに違いない。臥薪嘗胆、仏の顔もここまでだ、二度と「三国干渉」の憂き目を見てはならない。今こそ北方の巨熊にひと泡ふかせるのだ。そしてついに明治37年2月4日、涙の御前会議で対ロ戦争の聖断が下され、ここに世紀の一戦が始まるのだった。
それにしてもいっこうに要領を得ないのが日露戦争だ。日清、日露、第一次大戦の進軍があって大東亜戦争があり、その悲惨な結末の終点が現在ならば、当時いくら西欧列強のアジア侵略が猖獗をきわめていたにせよ、我が方のみは(山本海軍大将が唱えたように)朝鮮半島はもちろんあらゆる外地に介入せずに現列島版図をかたく保守していたほうが、よっぽど「東洋及び世界の永遠の平和に資する」こと大であったはずだからだ。
などと抜かすのは、厳しい現実(飢饉、物価高騰と鬱々たる社会不安)を知らぬ平成の脳天気ボーイの妄言であろうが、本書を読むとこの成算無しの無謀な戦争に最後まで反対し、抵抗していたのは帝国の滅亡に頭が及んでいた伊藤、山県の二元老と他ならぬ明治天皇であったと知れる。(大東亜との何たる相違!)
戦争への道に最初に踏み込んで行ったのは政治家や指導層ではなく、一部の右翼や官僚、軍人、アホ馬鹿東大七教授や国粋的新聞社で、彼らがつけた口火は当時の一般大衆によって巨大な烽火となって燃え盛り、(「清水の舞台から飛び降りる」東条内閣などとは雲泥の差の)冷徹果断な桂内閣を激しく揺さぶることになる。
はじめは戦争に反対していた新聞社も、国民世論が「対ロ憎し」で沸騰すると、社論を投げ捨てて大衆に屈服して好戦的な論陣を張り、それがまた大衆のナショナリズムを燃え上がらせ、新聞社の部数は爆発的に増加する。大東亜とまったく同様に、戦争はマスコミは戦争で儲けるのである。
膨大な資料を読みこなしながら著者は日露戦争の真因に迫ろうとする著者には、二度と戦争許すまじの老いの一徹の迫力があるが、著者が明言するように、「戦争が不可避であるという確信が戦争を引き起こす」(トゥキディデス『戦史』)のであろう。
われわれは尖閣、竹島よりも大事なことが、世の中にはいっぱいあることを忘れてはならない。
尖閣、竹島よりも大切なことが世の中にはあるんだ 蝶人
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