Monday, August 20, 2012

「ヴィルヘルム・ケンプ・ソロ35枚ボックス」を聴いて




音楽千夜一夜 274

ケンプといえばやはりシューべルト全集ということになるのだろうが、このたび聴き直してみてさしたる感銘を覚えなかったのはなぜだろう。シフや内田などを耳にした後ではゆるすぎて核心に欠け、もはやその表現自体が古くなったと言わざるをえない。

グールドやシフに比べると、バッハの演奏ももちろん旧時代そのものなのだが、教会カンタータ「心と口と行いと生活で」BWⅤ147の第6曲のコラール「主よ、人の望みの喜びよ」を聴くと、ここにこそケンプの謙抑の精神の本領が発揮されていると感じられる。

昔あるブランドの新作発表展示会で映像ソフトを作ったのだが、そのBGMでケンプが演奏するこの曲を流すと、一瞬にして会場がおごそかな教会堂と化してしまったことがあった。そういう意味ではケンプのバッハには、いまなお格別なものが内蔵されているようだ。

このボックスには196465年にハノーファーのベートーヴェンザールで録音したベートーヴェンも含まれている。しかしその演奏は(ケンプ自身も告白しているように)DGのアホ馬鹿録音技師が「パーツ録り」を強要したために、モノラルの旧録音に比べていちじるしく自然な推進力が失われているのが惜しまれる。

それにしてもケンプがDG・DECCAに録音したバッハ、シューベルト、シューマン、ブラームス、リスト、モーツァルトなどの名盤が1208円で手に入るのは、まことに近来の慶事である。


武雄さん武雄さん亡夫の名を呼びながら義母はわが手を握り締めたり 蝶人


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