照る日曇る日第529回
えげつないタイトルだが、激烈な生涯を完走した伊藤野枝、辻潤、大杉栄、荒畑寒村などの革命家、詩人、芸術家などの生と死の火花を活写している全力疾走エッセイだ。
葉山の日陰茶屋で新参者の野枝に出しぬかれた神近市子が、嫉妬に狂って刃物で大杉の首を刺した有名な事件も、結局は一世一代の色男、大杉栄の3つのフリーラブ行動方針の余滴であったことが本書を読んで呑み込めた。
「春3月縊り殺され花に舞う」と詠んだこの大正の世之介は、ポスト大逆事件の革命運動の後退に焦れて女体狩に遁走し、1)お互いに経済上独立する 2)同棲しないで別居生活をする 3)お互いの自由(性的を含め)を尊重する、の3大マニュフェストを掲げて本妻の保子と対抗馬の市子に臨むのだが、意外や意外、大穴の伊藤野枝と相思相愛の仲になり、この清濁併せ呑む世紀の燃ゆる恋は大正12年9月の関東大震災における甘粕大尉らによる惨殺によって幕を閉じるのである。
それにしても伊藤野枝のいきざまの物凄さよ。平塚らいちょうから譲り受けた「青踏」をなんとか発行しながら辻潤との間に2児、栄との間に5児をもうけている。たった28年の短い生涯の間に7人の子をたてつづけに産みながら、それこそ男をこやしに、女性として、人間としてあっけらかんと成長を遂げて行ったのである。
本書でもっとも感動的なのは著者と歴史上の人物たちとの出会いで、とりわけ栄と野枝の長女魔子との哀切な対話、そして幸徳秋水に恋人管野須賀子を奪われた荒畑寒村との邂逅は、読者の胸を打たずにはいないだろう。
いずれにしても著者がいうように、この本は、ある日突然電撃のごとく落下してその人を直撃し、「常識や倫理観、貞操をこっぱみじんにしてしまう恋の怪力」を知らない人には無縁の書物であろう。
それが恋青天の霹靂我らを直撃す 蝶人
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