照る日曇る日第470回&鎌倉ちょっと不思議な物語第252回
「かまくら春秋」に連載された生粋の鎌倉生まれの鎌倉育ちの著者が訥々と綴った昭和初期の地元の子供たちの思い出話です。
亡くなる前に井上ひさしが絶賛したという本書のタイトルは別に奇を衒ったものではなく、著者たちが少年時代を過ごした住所の表記名で、そこはちょうど小町通りの入り口の不二屋辺にあたります。
聞けば当時、現在の鎌倉駅東口一帯は、磯見タクシー、磯見旅館など一族の会社や地所が駅をぐるりと取り囲むように立地していたそうです。駅前は子供たちの遊び場で空一面に赤とんぼやシオカラ、オニヤンマが舞い、著者たち兄弟は正月の凧揚げや独楽回し、石蹴り、鬼ごっこ、かくれんぼう、野球まで楽しんでいたそうですからまるで夢のような話ですね。
舗装されない道には馬糞が落ち、朝は納豆売りや豆腐屋、夜にはラオ屋の笛の音が流れる昭和一〇年代の物寂びた雰囲気は、私が当地に越してきた三〇年前にはまだ夜のしじまに幽かに漂っていたと記憶していますが、そんな長閑な小路に次第に観光客があふれ、その観光客を狙う商魂逞しい東京資本がぎんぎらぎんにさりげなく流入してきたのは、比較的最近のことといえましょう。
旧い昔を遠い眼で慈しみながら記したこの朴訥な回顧録を読みながら、私は半丁も歩けば商店も絶えた寂しい小町の通りを懐かしく思い出していました。
鎌倉の駅前広場の赤とんぼわれひとともにたそがれてゆく 蝶人
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