Thursday, September 02, 2010

島田雅彦著「悪貨」を読んで

照る日曇る日 第367回

政治的経済的に衰退期に入った二等国の内部では退嬰的な気分が蔓延しているが、なかにはそこからの反転攻勢を夢見る人たちも当然出現するわけで、本書の主人公は理想主義的な人道主義とエコロジー&地域通貨に基づく共同体「彼岸コミューン」のメンバーとしてグローバル資本主義の超脱解体克服に挑もうとしている。

しかし精巧な偽札の大量流通によって日本経済を混乱させ「彼岸コミューン」の覇権を確立しようとした主人公は、日本国の政治経済社会のすべてを手中に収めようとする中国政府機関の悪辣な陰謀によってあえなく打ち砕かれ、あわれはかなく東京湾の藻屑と消え去るのである。

 頭の良い作者は、こういう最新流行のプロットをいかにもそのようにリアライズするべく、偽札をつかんで狂喜するフリーターやルンペンプロレタリアート、薄幸の若者たち、美人過ぎる刑事などを要所要所に劇画風に張りつけるのだが、インテリゲンチャンの脳内で強引にでっちあげられたこれらの登場人物には生きた人間の生彩がてんで感じられず、まるで無機的なロボットのようにあらかじめ決められたセリフをぎこちなく喋っているにすぎない。要するに限りなく小説に似たひものなのである。

国や国民諸力が弱体劣化してくると、かつての一等国英国がそうであったように、肩を並べやがて一気に抜き去ろうとする強大国に対する嫉妬や憎悪や怨嗟が熱した脳髄に湧き起り、よからぬ妄想が渦巻いて自家中毒を引き起こすものだが、本書も台頭する中国と血気盛んな中国人にたいするそうした妄念の産物であると言うても過言ではないだろう。


小利口な優等生の脳内にひそと咲きたる黒百合の花 茫洋

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