Saturday, September 04, 2010

リヒテルのEMI録音全集を聴いて

♪音楽千夜一夜 第159夜

多くのピアニストたちと違ってリヒテルというひとは歳をとるほどに凡庸な演奏家になりさがっていったのではないだろうか。彼の晩年にヤマハの凡庸なピアノで蝋燭の明かりの下で聴かされたチャイコフスキーの3流の小曲集などは、曲も演奏もあまりにもつまらなくて途中で会場を抜け出したりしたものだった。

しかしたしか60年代のはじめだかに、彼が鉄のカーテンから西欧世界に逃れ出て、ブルガリアのソフィアだかで(ここはまだ旧共産圏であるが)蘭フィリップスのために録音した「展覧会の絵」なぞはいま聞いても新鮮な驚きが打ち鳴らされているとおもう。

それは80年代にチエリビダッケが管弦楽でやった爆奏に、ただ1台のピアノで比肩させた驚異的な名演だったが、ではこのボックスに入った14枚組のCDの中で、その人間わざとも思えぬ演奏や、あるいはフィリップス盤の平均律の至高の境地に匹敵するような音像が刻まれているかといえば、否である。

しかしベートーヴェンのピアノソナタの3番やシューベルトのドイッチエ664のソナタやWandererFantasy、シューマンの幻想曲や蝶々、知る人ぞ知るヘンデルの組曲や、あのクライバーと入れたドボルザークのピアノ協奏曲を真夏の夜に鳴く蝉の音を伴奏に改めて聴くよろこびはまた一入のものがある。


モーツアルトはオレグ・カガンとのコンビで入れたいくつかのヴァイオリンソナタを聴けるが、カガンはこのピアニストよりずっと若くして亡くなってしまった。私は一度この人のバッハの無伴奏を聴いたことがあって他の誰よりも高く評価しているのだが、10年前に渋谷の山野楽器の東横店にあった仏Erato盤の2枚組CDを買い損ねてしまい、以来ずっと探し求めている次第である。


求めよさらば与えられんといいしはさだめし若きひとならむ 茫洋

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