Wednesday, July 14, 2010

川本三郎著「いまも、君を想う」を読んで

照る日曇る日 第355回


57歳で逝った妻を悼む鎮魂の書です。

著者の7歳年下の川本恵子さんは服飾評論家として知られていましたが、突然食道がんを患い、大手術の甲斐もなく次第に弱ってしまいとうとうラーメンを食べることすらできなくなります。

「再々入院の日 帰って来れるかなという妻を抱く」(p143)

文芸・映画評論の売れっ子の著者は、ほとんどの仕事を断って、病院と自宅を行き来しながら3年間にわたって最愛の妻を看護するのですが、万策尽き果て2008年の梅雨の日に、お茶の水の順天堂医大で早すぎる死を迎えることになってしまうのです。

思いもかけない災厄に動揺しながらも、著者は本書の中で、美しく、怜悧で、快活で、いつも自分を励ましてくれた生涯唯一無二の伴侶との30余年の思い出を、淡々と書き連ねていくのですが、その日々の思い出が楽しく、その筆致が冷静であればあるほど、著者の悲しみと痛手の大きさと重さがうかがい知られ、読者の心を鋭くえぐるのです。

著者の不遇の時に「真昼の決闘」の新妻グレイス・ケリーのように夫を助けてくれた妻、「匿名で人の悪口を書くなんて丸腰の相手を撃つのと同じことよ」と非難した妻。(その結果、著者は気に入った映画のことしか書かなくなる。私とは大違いだと反省反省)

そんな妻の意を汲んで、著者は「静かな葬儀」を行うことを決意します。一日にひとつだけの葬儀を行う小さな斎場を選び、通夜の酒を出さず、香典と弔電の披露を辞退し、2人の親しい先輩と友人の弔辞とお経と焼香だけの簡素な葬式を、実行したそうですが、私たちはそこにも著者の亡き人への大いなる愛を実感することができるでしょう。

この感動的な思い出の記を読んで、私などには及びもつかない故人への献身と真心に打たれましたが、できれば愛する人よりも先に姿を消したいとも思ったことでした。


なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに 茫洋

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