♪音楽千夜一夜 第147夜
オペラの演出家で私が一等好きなのはジャン-ピエール・ポネルです。彼はモーツアルトの超若書きのこのK84の「オペラの試み」といってよい作品においても正統的な環境整備と劇的な表現を巧みに組み合わせて現代人の鑑賞に堪えるリアリザシオンを繰り広げています。
ローマと戦って戦死した、と聞いたポントの王ミトリダテスの2人の息子が戦場から飛んで帰って王妃に求愛し、王妃が長男とよろしくやっている最中に、ミトリダテスが「どっこい俺は死んじゃいないぜ」と帰国するところからこのオペラは始まります。
ラシーヌの原作からアイデアを得たトリノの田舎者サンティによる脚本はきわめてお粗末なものですが、天才の作曲の筆がそのイージーゴーイングさをどこか遠いところへうっちゃって、義務と愛との相克に引き裂かれた男女の苦悩を深々とえぐり出すにいたるさまはじつに聴きごたえがあります。
出演者で特筆すべきは、王妃に扮したイヴォンヌ・ケニーの役柄にぴったりはまった超絶的な美しさ。ほんとうの愛を求めるろうたけた年上の女の肉体とこころを、実際に歌いながら涙するなどの迫真の演技で3人の男どもを完全に征服します。
この美貌のヒロインには、右頬のほくろがあるのですが、ポネルはこれを情愛のシーンでは皮膚の色と一体化してぬりつぶし、死に瀕する悲劇的な場面では、黒の衣装とコーディネートさせて黒く塗るなど、ほとんど観衆が見逃してしまうような細部にも心理の綾を起伏させているのです。
劇伴はアーノンクールが指揮するウイーン・コンツエルトゥス・ムジクス。チューリッヒのオペラハウスではじめてポネルと組んだコンビが見事な演奏を繰り広げています。後年思惑通りにクラシック界の永ちゃんのように成り上がって、ウインフィルやコンセルトヘボウなどを偉そうに振るようになったアーノンクールですが、私見ではこの頃が一番優れた音楽をやっていました。
現金をゴミ箱の中に捨てていた不思議の国に生きている息子 茫洋
金捨てる息子の生きる不可思議な世界を知りてまた驚きぬ
No comments:
Post a Comment