Sunday, October 31, 2010

モラヴィア&ゴダール監督の「軽蔑」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.41


男のさすらいの人生の頼りの綱は女性です。もしも愛する女性に軽蔑されたら、男なんてどうやって生きていったらよいのか途方にくれてしまうでしょう。漂流しながらおんおん泣いて、ついでに海に飛び込んで死んでしまうしかないでしょう。これがこの小説の主題です。おそらくモラヴィアの実際の体験と女性観がこのテーマに色濃く反映されていることは間違いありません。 しかしこの軽蔑はいつ、どこから女の心の中にやってきたのか。それがいまひとつ最後まで読者にはよくわからない。というのは男自身もよくわからないからで、主人公がわからないのは作者がわからないからで、モラヴィアは別れた元女房の謎をわかろうとしてこの心理思弁小説を書いたのですが、苦労して書いてみても結局はよくわからなかったのではないでしょうか。 モラヴィアは仕方なくホメロスの「オデッセイア」におけるオデッセウスとペネロペの関係をフロイト的に論じ、この単純明快な問題をペダンチックに取り扱おうとします。つまりペネロペに言い寄る男たちに寛容な態度を示したオデッセウスをペネロペは軽蔑していて、それが嫌さに7年もの間故郷イタケに寄り付かなかった。夫が妻の愛を取り戻せたのは求婚者どもをオデッセウスが皆殺しにしたからだ、などと唱えるのですが、こういう暴力をこの小説の主人公が振るえるくらいなら、そもそもこんな哀れな境遇に陥っているはずもないのです。 実は主人公があまりにも草食系のインテリゲンちゃんであるために優柔不断過ぎて、妻の危機を体育会系の男からちゃんと守ってやらなかった、というよくあるとってつけたような解説も飛び出てくるのですが、どうもそれだけでは説明できない事情がどこの夫婦にもあるのです。ともかくこの小説の無残な失敗は、最後のおちの付け方を見れば一目瞭然でしょう。 このモラヴィアの原作を、1963年に映画にしたのがジャン・リュック・ゴダールです。悩める脚本家には名優ミシェル・ピッコリ、辣腕プロデューサーにゴリラ男のジャップ・パランス、フロイト流の「オデッセイア」を論じる映画監督には名匠フリッツ・ラング、そして単純な精神と見事な肉体の持ち主であるヒロインにはブリジット・バルドー、という豪華なキャステイング、それにカプリ島の風光明媚をあざやかに駆使して、彼一流のわかったようでわからない演出を繰り広げているのですが、これこそモラヴィアの世界にもっともふさわしい「絵解き紙芝居」だったかもしれません。 けれども今回この映画を再見して何よりも驚かされたのは、室内のインテリアのおしゃれでシックなデザインと配色の美しさでした。おそらくゴダールほどファッションに敏感な映像作家はいないでしょう。(かの「ドイツ零年」を見よ!)
カプリ島のロケにしても青い海と空、白と茶色の別荘の絶妙な対比がラングの幻の映画「オデッセイア」を立派に顕現させています。ブリジット・バルドーを容赦なく全裸にひんむいて当時の彼女の唯一の魅力であった桃色の尻をもっとも効果的な美術意匠として使い倒したのもゴダールのお手柄でしょう。

そして映画のラストで、この物語の定型的な落とし前としてやって来る自動車事故も、1971年のゴダールの運命的なバイク事故を予見しており、また1963年の「軽蔑」のラストシーンは、来るべき1965年の傑作「気狂いピエロ」のランボオ的終幕の穏やかな前章曲となったのでした。


ランボオが海の彼方に見つけた永遠をラング=ゴダールの「オデッセイア」に見る 茫洋

Saturday, October 30, 2010

西暦2010年神無月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に 第81回


渓谷の小道をゆくは人か魔かげに美は恐るべきもののはじまり

グーグルで検索すればわが家の玄関口に靴の並べる

10月の16日に蝉が鳴く誰かさんの誕生日を祝うがごとく

人格が毀損汚染されているからあらゆる制度が劣化する

とっくに括弧に入れられた純粋理性をゴキブリどもが喰い散らかしている

おシャモジは奇麗に洗ってくださいね何回言ってもあなたは聞かないけれど

台所の流しの隅の物入れに髪の毛が入った風呂水を捨てるのは止めてください

邯鄲鳴く桜ケ丘の駅前で旅行帰りの息子待ちおる

読んよし眺めてよし一粒で二度おいしいイソップ物語はいかが

読めども読めども滓ばかりこれがほんとの一巻の終わり

難しいことをもっと難しくその難しいことを浅はかにその浅はかなことを面白おかしくさわぐ世間よ

○○ちゃんほどいい子はいないと言ってみる

モーツアルトは何故殺されたのかとひと晩じゅう考えていた

胃にバリウムを満載しわれは真っ逆さまに墜落せんとする老戦闘機

バリウムを呑まされた蝙蝠の如く必死で鉄棒にしがみついている
あと何年こんな芸当に堪えられるのだろう

右からって言うとるのになして左から回るあんた日本語分かっとるんかね

胃検診上杉謙信遺賢臣意見親

白い庇に降る雪は過ぎし昔の思い出か

死に急ぐカマキリを道端に放つ

人間が2人居ればそれが演劇のはじまり

ああ人の世は魑魅魍魎の百鬼夜行

雲去領寂もう鳴かぬか蝉

一粒の栗の実の比類なき充実

小夜更けてここだも集く虫の音かな




仕事来い来れば困るでも来ないよりいい仕事来い 茫洋

Friday, October 29, 2010

ジャン=リュック・ゴダール監督の「ゴダール・ソシアリスム」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.40


今年12月に米寿を迎えるゴダールの最新作の試写を見ました。その原題が「FILM JLG SOCIALISME」というのだからちょっとした驚きです。

しかしゴダールに社会主義なぞというなまぬるいレッテルは似合わない。もしかするとはじめは資本主義に気押されて不人気な社会主義を応援しようとして企画されたフィルムかもしれませんが、この映画は、世界中で狂奔する金融資本主義の危機をアトランダムに摘出しながら、あらゆるイデオロギーを超越したゴダール哲学の詩的アフォリズムがさく裂します。

全体が3つの映像楽章にわかたれ、アレグロの第1楽章では、混迷する現代世界の住人たちをノアの箱舟のように満載したゴダールの「酔いどれ船」が、嵐の海に船出するという波乱の幕開けですが、その冒頭の海のシーンのなんという美しさでしょう!
今年のカンヌ映画祭の観衆の目をいきなりくぎ付けにしたというのもむべなるかな、です。

第2楽章は仏スイス国境近くのガソリンスタンドの周辺で生きる家族を主人公にして「EUの危機」がアダージオで歌われます。資本と労働、親子の世代対決はこんな寒村のすみずみにまで浸透し、私たちが慣れ親しんだ旧秩序を日々解体し続けているのです。

そして最後のアンダンテ楽章では、人類の始原を尋ねてエジプト、パレスチナ、オデッサ、ギリシア、ナポリ、バルセロナを放浪したゴダールの「酔いどれ船」が、さまよえるオランダ人船長になり変わって旧世界の死滅を宣言し、滅亡寸前の人類へのかすかな希望を表明しているような気がします。

「太陽を襲ってやる。太陽が襲ってくるなら」(本作品の箴言から引用)

頻出する美しい映像と世界を激しく定義する箴言は、あるときは異様なコラージュとして衝突し、またあるときは乱舞する音声と三位一体となって私たちの心身を直撃します。全篇これ箴言と映像のシュールなモンタージュ! これこそモラリストゴダールが、1988年から20年を費やした「映画史」で完成させた世界認識の弁証法なのです。

老いてますます意気盛んなJLG。次回作「Adieu au langage」に期待しましょう。


権力が法を蹂躙するなら、こっちが権力を蹂躙するまでだ ゴダール&茫洋

*「ゴダール・ソシアリスム」は、12月18日より東京有楽町TOHOシネマズシャンテで公開。11月27日からは「ゴダール映画祭」も開催されるそうです。

Wednesday, October 27, 2010

182人のイラストレーターが描く「新訳イソップ物語」を読んで

照る日曇る日 第384回

イソップ物語を手にするのはラ・フォンテーヌの「寓話」を読んで以来ひさかた振りのことです。しかもこの本には一話一話に東京イラストレーターズ・ソサエティに所属する有名な挿画家たちのイラストが添えられているので、それこそ一話一絵、読んでから見るか、見てから読むか、あるいは読みながら見るかという3通りの楽しみ方ができるというわけです。

イソップはキリストが生まれる600年くらい前の古代ギリシアのフリギアで奴隷として暮らしていた人ですが、彼が書き残したこの寓話を読むと、非常に教養があり人と世の中を見る目があったことがよく分かります。

中でも「「北風と太陽」(絵・水口理恵子)や「カメとウサギ」(絵・伊藤彰剛)、「セミとアリ」(絵・100%ORANGE)などは世界中であまねく知られていますし、マルクスが「資本論」の中で引用した「ここがロドス島だ。ここで跳べ」という名台詞が出てくる「ほらふき男」(絵・佐藤直行)や、毛利元就の3本の矢の教訓を盛り込んだ「兄弟仲が悪い息子を持つ農夫」(絵・成富小百合)、“パンドラの箱”の逸話の嚆矢となった「良いことが入った壺とゼウス」(絵・羽山恵)などは、文学史的にも意義ある記録といえましょう。

しかし著名な寓話といっても、要するに人間界に起こる悲喜劇を動物界に置き換えた「教訓話」なので、少し強引な例え話や意味不明な話も混じっています。
オオカミやヒツジやキツネやロバやカラスやイヌやウシやヤギやカエルたちが主人公のたとえ話を続けざまに読んでいくと、だんだん嫌になってくる。
そこで読み手を助けてくれるのがわが国を代表するイラストレーターのあの手この手のビジュアルである、ということもできるでしょう。

例えば、旅人が最初軍艦かと思っていたらなんと1本の流木だったという「旅人と流木」のイラストを担当した安西水丸さんは、「何ともつまらない話でしたが、少しでも面白くなればとおもいこんな絵にしてみました」と語っています。

 このように本書は、イソップ選手の調子が最悪のときでも、あんじょうエンターテインメントしてくれる素晴らしい絵本でもあるのです。


読んよし眺めてよし一粒で二度おいしいイソップ物語はいかが 茫洋

Tuesday, October 26, 2010

世界文学全集「短編コレクション1」を読んで

照る日曇る日 第383回

河出書房新社から出ている池澤夏樹個人編集にかかる文学全集の短編集を読んでみましたが、その大半が私にはつまらないものばかりなので、池澤という人はこれらの作品のどこがどのように面白くてピックアップされたのか尋ねてみたいと思ったほどでした。

しかし、全部駄目なぞという乱暴を言おうとしているのではありませぬ。

ノーベル賞作家、高行健の「母」は、功成り名をあげた作家が、海よりも深く、山よりも高い母親の恩義にいささかも報いることのなかったおのれの非道振りを鋭くえぐります。

作家はみずからの親不孝を、血涙を流しながら物語ります。

母親は遠い田舎で身罷り、息子はとうとうその死に目にも会えませんでした。しかしその冷酷で自己中な息子の態度は、私のそれの生き写しであり、他人事とは思えず読みながら亡き母を懐いて滂沱たりでした。

あとの19編から採るとすれば、金達寿の「朴達の裁判」、リチャード・ブローティガンの「サン・フランシスコYMCA讃歌」とお馴染みレイモンド・カーヴァーの「ささやかだけれど、役に立つこと」くらいのものでしょうか。

まことに期待はずれの情けない一巻でありました。


読めども読めども滓ばかりこれがほんとの一巻の終わり 茫洋

Monday, October 25, 2010

神奈川県立近代美術館鎌倉で「岡崎和郎展」を見て

神奈川県立近代美術館鎌倉で「岡崎和郎展」を見て

茫洋物見遊山記第43回&鎌倉ちょっと不思議な物語第230回


雨の日に無人の美術館で現代美術を眺めるのも乙なものだ。岡崎という人の経歴も作品歴も何も知らないままにしおだれる軒をくぐって古い建物に入ると、そこには純白の精神世界が沈然と繰り広げられていた。

壁面の至るところに真っ白な庇が築かれている。庇といっても家の庇ではなく、庇に似たような出っ張りである。そのあるものは人の眉のように見え、またあるものは鳥のように、またおできのように、部屋のフックのように、盲腸のように、しまいには不吉な生物のように思えてくる。白くシンプルな形状をした様々な庇が、多様で複雑な表情を湛えて看る人の心をあらぬところへいざなっている。

無意味の意味といえばダダイズムだが、実際にこれは一種の無意味な挑戦であり、らちもない夢魔であり、時流に無関係なアナーキズムでもある。よってそれらをじっと見ていると、次第に理性がかく乱され、気が狂いそうになるのが分かるが、その手に乗ってはいけない。平地に静かなる大乱を起こそうとするのが、つまりはそれが作者の狙いなのだろう。

そのくせ白い庇から眼を放せば、すかさず作者は見る者を突き放すからたちが悪い。庇コレクションに混じって、白いキューピーちゃんや怪獣ガメラが現れてホッとしたが、
「補遺の庭」と題された今回の展示会の意図など、私のような無知蒙昧の徒には七度死んでも分かるはずはないが、「庇シリーズに飽きたら、周りの美しい樹木と水をホイホイ見てね」というような意味でもあるのだろうか。

作者よりも、こんなチンプンカンプンの作品を私蔵する人物に興味を懐いた不思議な展覧会であった。


白い庇に降る雪は過ぎし昔の思い出か 茫洋

Sunday, October 24, 2010

神奈川県立近代美術館鎌倉別館で「保田春彦展」を見て

茫洋物見遊山記第41回&鎌倉ちょっと不思議な物語第229回


こないだ横浜で見たドガのデッサンは予想外につまらなかったが、鎌倉の別館で見た保田のそれはつまらないどころではなかった。

この違いはどこから来るのかと考えると、前者が制作の途次そのものの残骸としての未完成品であるのに対して、後者がまったき作品として見事に完成されている点にあるだろう。ドガは眼の修練ないし油彩への一課程、あるいは趣味の手習いとして踊子を凝視しているのに対して、保田の視線は女体を貫徹し、妻やモデルの頭や手足や胴体をバラバラに解体しながら、同時並行的にオブジェに再構築し、それらの部品を批評し、観賞し、スケッチし直しながら、ふたたび生身の女体に勢いよく回帰してくる。

かつてセザンヌやピカソが、このプロセスの往路に精力を注いだのに対して、保田は同じエネルギーを還路にも注いだ。だから彼の裸婦のデッサンは私たちをかくも惑わし、撹乱し、限りなく惹きつけるのだろう。その激烈な眼と精神の往還そのものが、保田芸術の真髄である。

最近の大病で死にかけた作者は、患者となった自分や医師や看護師などを同じやり口で荒々しくスケッチしている。これぞ恐るべき百鬼夜行のライブ・ペインテング。生と死と魑魅魍魎が手術室で乱舞している。


ああ人の世は魑魅魍魎の百鬼夜行 茫洋

Saturday, October 23, 2010

「井上ひさし全芝居 その六」を読んで

照る日曇る日 第382回


昔昔貧乏な学生時代の私は、主にNHKの舞台大工のアルバイトやビル建築の真夜中の肉体労働でかろうじて生活していました。NHKにおける泊まり込みの主な仕事は「歌のグランドショー」と「ひょこりひょうたん島」のスタジオのセッティングでしが、後者の人形劇の作家の一人が井上ひさしという人物であることを知ったのは私が見事リーマンになりおおせた後のことじゃった。

彼の本業である演劇はテレビでしか見たことがなかったが、宮沢賢治の父親を佐藤慶が演じた「イーハトーボの劇列車」や樋口一葉の薄幸の生涯を描いた「頭痛肩こり樋口一葉」にはいたく感動し、いずれは彼の劇作品をのこらず見物してみたいという希望を抱いていた矢先にこの春に急逝してしまった。

それでという訳でもないが先日は小説の遺作「一週間」を読み、続いてこの本をひもといてみたという次第です。

本巻に収められたのは「父と暮らせば」「黙阿弥オペラ」「紙屋町さくらホテル」「貧乏物語」「化粧二題」「連鎖街のひとびと」「太鼓たたいて笛吹いて」「兄おとうと」の八編であるが、どの作品も心血を注いで書きあげられた傑作ぞろいでありました。

この人の脚本は単に内容がすこぶるつきに面白いのみならず、舞台や人物の設定やセリフやら音楽の吟味が徹底的に具体的な上演に即して書かれていることで、これは普通の戯曲家が普通にやるレベルをはるかに超えている。小澤征爾が振る「白鳥の湖」ではプリマドンナがずッこけるが、これがモントーやゲルギエフならみんな安心して踊れるというようなことである。

「父と暮らせば」「紙屋町さくらホテル」は広島鎮魂劇であるが、いずれも丸山定夫や園井恵子のサクラ隊の全滅などを直接描かず、幕が静かに、あるいは急速に降りた直後に惨劇の実態がくっきりと像を結ぶ手腕は並みのものではない。

河上肇と吉野作造兄弟、林芙美子をそれぞれ題材とした「貧乏物語」、「兄おとうと」「太鼓たたいて笛吹いて」も内容豊かな力作であるが、私は敗戦直後の旧満州を舞台にした喜劇的な音楽劇「連鎖街のひとびと」がいたく心に沁みた。そこでは演劇が過酷な現実を無化しようとする途方もない夢が丸裸で転がっている。

思えばこの戯曲家は、むずかしいことをやさしく,やさしいことをふかく,ふかいことをおもしろく,おもしろいことをまじめに,まじめなことをゆかいに,ゆかいなことをいっそうゆかいに、という彼の願いどおりの作品を、後の世代のために書き遺したのであった。



難しいことをもっと難しくその難しいことを浅はかにその浅はかなことを面白おかしくさわぐ世間よ 茫洋

Friday, October 22, 2010

ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の「イヴの総て」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.38

ベティ・デイビスとアン・バクスター火花が散るような競演に引きずられてあっという間の140分ですが、アメリカ演劇界の裏表と女の戦いをかくもスリリングに描きつくしたジョセフ・L・マンキーウィッツの脚本と演出が素晴らしい。

しかし恐らく背後でもっと大きな切った張ったの大芝居を演じているのが、20世紀フォックスに君臨した独裁的プロデューサーダリル・F・ザナックであることは、最初のクレジットの巨大さと、映画の中の「ザナックにやっつけられないように」というセリフひとつとっても明らかでしょう。当時のザナックは、マンキーウィッツの脚本を書き直したり、ジョン・フォードがせっせとつないだ映像をみずから切り刻んで平気で大幅に改編したりしていたのですから。

それにしても「8月の鯨」でリリアン・ギッシュと枯淡の演技を見せたベティ・デイビスの女に嫉妬丸出しの鬼気迫る怪演と、大女優役のベティ・デイビスを喰い物にしてのし上がっていくアン・バクスターの初めは処女の如く、終わりは脱兎の如き変身ぶりは見ごたえ十分です。

映画はそれだけでとどまらず、最後にかつてのアン・バクスターそっくりの女優の卵が出現して、はやくもその地位を伺うというきわめて印象的なシーンで終わるのですが、このときミルトン・クラスナーのキャメラは異常なほどの冴えを見せ、このワンショットだけでもこの映画は一見の価値があるでしょう。

もちろん私の御贔屓のマルリンモンローちゃんも、とぼけた味わいで友情出演していますが、しかしなんといっても「イヴの総て」は、「ザナックの総て」というべき映画だと私は思います。


胃検診上杉謙信遺賢臣意見親 茫洋

Thursday, October 21, 2010

バーンスタイン指揮NYフィルの「ベートーヴェン交響曲全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第167夜

60年代にバーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮してCBSソニーに入れたベト旧録音です。

しかしどの曲をとっても、60年代のとれたての地生りのトマトのように新鮮で、滋味豊かな味わいがする。これならなにもやたらと重厚長大にもったいぶった後年のウイーン・フィルハーモニカーとの再録音をやたら尊ぶひつようはないのではないか、と、ついつい思わされました。

私がベト全でいちばん好きな8番と4番がいまいちなのは残念ですが、1番、2番、3番、5番、7番、9番などは何回聞いても心がジャン・クリストフになります。若くて元気が良い音楽なら誰でもやりますが、これは生きている喜びが感じられる音楽、未来を信じている人の音楽、そして聴く者にもそのように訴えかけてくるではないでしょうか。
晩年のバ氏には、もうそんな生命の躍動も未来の希望への幽かな架橋もありませんでした。

そのことは彼の最後の録音となった1990年7月のボストン交響楽団との7番(グラモフォン)を聴くとよくわかります。重病患者がぜいぜいと喘ぐような鈍重なリズムは、まるで指揮者があげる断末魔の悲鳴のようです。その音楽は、ゴルゴタの丘を重い十字架を背負ってよろめきながら登っていくイエスの姿と重なり、耳を覆いたくなるような痛ましさです。

1964年に高らかに奏でられたまぶしいほどの青春の輝きと、瀕死の音楽家がタングルウッドで歌った白鳥の歌の間に、一代の鬼才バーンスタインの生涯が凝縮されているのでした。

 
死に急ぐカマキリを道端に放つ 茫洋

Wednesday, October 20, 2010

ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」を見て

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.37


ビリー・ワイルダーの脚本と監督による快速調の喜劇です。貧乏ミュジシャンのジャックレモンとトニー・カーチスを女装姿にしたところが素晴らしい。芸達者なレモンとつい最近亡くなったばかりのカーチスの歯切れのよいやり取りが壺にはまって、われらただ口を開けて眺めているだけで面白いのです。

禁酒法時代のシカゴから、陽光まぶしいフロリダまでの女楽員同士の珍道中も楽しいが、そこへ到着してからの男女入り乱れての恋愛騒動とシカゴから追っかけてきたギャング一味とのすったもんだも見ごたえがあります。

いちばんの見せどころ聞かせどころは、女楽団のウクレレ奏者マリリンモンローがSome Like It Hotという唄をうたうシーンでしょう。今までのコミカルな流れが突然転調されて、なにやらしんみりした雰囲気に変わっていくのは、音楽のアドルフ・ドイッチの力というよりはモンローの不思議な存在感のゆえでしょう。

なんでも題名の由来となったSome Like It Hotというのはマザーグースの「エンドウ豆のかゆ」の一節,Some like it hot、Some like it coldから来ているそうです。エンドウ豆の熱いの冷たいのは人によって好き好きさ、という「たで喰う虫も好き好き節」ですが、これがラストのジョーE・ブラウン扮する大富豪がトニー・カーチスが男であってもわしゃ構わんよ、男でも女でもいいじゃんか、という当時としては革命的にアナーキーなオチにつながっていくわけです。

そんな次第なので、「お熱いのがお好き」は面白いは面白いが、脚本のタッチがいつもと違ってかなり強引かつヘビーで、正直見ていてちょっとゲンナリしてくる部分もありますなあ。


右からって言うとるのになして左から回るあんた日本語分かっとるんかね 茫洋

Tuesday, October 19, 2010

ポール・オースター著「オラクル・ナイト」を読んで

照る日曇る日 第382回

1990年の「偶然の音楽」、2002年の「幻影の書」と、作者の力量はますます上昇し成熟の度を強めてきたようです。ともかくどんな作品でもいっときも巻を措く能わざるプロットの面白さと思いがけない展開、そしてきわめて知的で上品で抑制された語り口、幅広い芸術と文化全般にわたる教養、ニューヨーカー風のユーモアとウイット、そして「いま、ここを」常に感じさせるコンテンポラリーな共生感覚こそ、この1947年生まれのアメリカ人らしからぬアメリカ人作家の特徴といえましょう。

オラクル・ナイトとは「神のお告げの夜」というような意味で、この小説はあちこちでただならぬ神託や神意の降臨の予感がうまく降って湧いてくるように仕掛けられています。

例によって内容に深く立ち入ることはしませんが、本作の主人公は、作者本人を思わせる作家です。そして第1の物語は当然この主人公の愛と仕事と生活をめぐって展開されていくわけですが、ここに主人公がポルトガル製の青いノートに書こうとする第2の物語が入れ子になって交錯し、読者は2つの物語をどうじに並行して享楽することができます。
 第2の物語の主人公は、ニューヨークの一流編集者に設定されていて、彼の元に届いた「オラクル・ナイト」という知られざる作家の作品が、第3の物語として他の2つの物語の基底に大きな影響を与えるとともに、本書の題名にもなっているのです。

そしてこの都合3つの物語の中に登場するのは、アメリカの有名作家や魔法の青いノートを売っている文房具屋ペーパーパレスの不思議な中国人、美しく知的なキャリアガール、薬にまみれた明日なきジャンキー、どんなインポも5秒でいかせてくれるハイチ生まれの絶世の美女等々。さらに頭上からなだれ落ちるコンクリート片、突然の愛、セックス、失踪、逃走、暴行、死そして詩等々。

この小説世界では、ないものがない、のです。


バリウムを呑まされた蝙蝠の如く必死で鉄棒にしがみついている
あと何年こんな芸当に堪えられるのだろう 茫洋

Monday, October 18, 2010

横浜美術館で「ドガ展」を見る

横浜美術館で「ドガ展」を見る

茫洋物見遊山記第41回&勝手に建築観光第40回


ポール・ヴァレリーの「ドガ、ダンス、デッサン」で知って以来、エドガー・ドガのデッサンをこの目でみることはわが年来の夢でしたが、ようやくその夢が横浜で叶えれらました。

1988年に丹下健三の手によってデザインされたこの美術館は、さながら巨大な石材置き場のように空虚で鈍重な建築物で、どこかオリエントの権力者の遺構を思わせるポストモダン風モダニスム様式は、当時の建築家と時代のあてどなさを雄弁に物語っています。

さてドガです。ドガはプロとしてはデッサンが下手なのです。下手と言って悪ければ苦手なのです。そして下手で苦手なくせにデッサンが大好きなのです。そのことは彼が好んで描いたバレリーナや浴婦の習作を見ると分かります。私に言わせれば、こんな悪戯描きは彼の手で廃棄すればよかった。少なくとも公衆の面前で公開する価値はありません。

むげに否定せずに拾い上げると踊子よりも裸婦の素描でしょうか。豊満な熟女が奇妙な姿勢で身体を捻じ曲げて背中を拭くポーズを背後からとらえた3つの連作スケッチは、彼の女性に対する異常な、あえていえば変態的な感受性を示すとともに、裸婦の具象が魔性を帯びた抽象に変異してゆくさまを期せずして記録していて鬼気迫るものがありますが、そういう恐るべきデッサンは他にはひとつとしてありません。

他の油彩、パステルはどうかと眼を転じてもほとんど観賞に耐えるような作品はなく、やはりあの有名な「エトワール」にとどめをさすということになるでしょうか。
この作品は他の踊子関連の作品と違って、登場人物の輪郭は完全に無視され、セピアを基調とするこの世のものとも思われない幻想的で美しい色彩の雲が、私たちをつかの間の夢想の彼方へと連れ去ります。
これはドガが固執するフォルムの正確さの追及を放棄した瞬間に誕生した奇跡的な抒情詩のようなもので、彼はその後「エトワール」を超える作品をついにキャンバスに定着することはできませんでした。

ではドガの最高傑作はどこにあるのでしょう?

それは会場の隅にグリコのおまけのように展示された躍り子と馬の彫刻のなかにあるのです。被写体に対して隔靴掻痒の状態でついに肉薄できなかったこの作家は、視覚が薄れゆく最晩年に至って、実物よりもはるかに美しく、生命力に満ち満ちた驚異的な芸術世界を完成していたのです。

会場の最後に並んだ15点の彫刻を目の当たりにして、私は、私のドガにとうとう出会ったのでした。

追記
ドガのアトリエに遺された彼の冬の帽子とスカーフとメガネのおしゃれなこと。これこそ古き良きパリの粋というものでしょう。彼の愛した踊子の小さなバレエシューズを見つめているとなんだかドガという男のことがはじめて分かったような気がしました。


ドガダンスデッサン ドガの愛したバレエシューズよ 茫洋

Saturday, October 16, 2010

カプシチンスキ著「黒檀」を読んで

照る日曇る日 第381回

アフリカと聞けば人類誕生の地と思う。エイズを思う。西欧の奴隷制と植民地主義の圧政を脱して60年代に活躍したガーナのエンクルマやコンゴのルムンバの雄姿を思う。パン・アフリカ主義とアフリカ合衆国構想、アジア・アフリカ会議を思う。

雄大な自然と野生の動植物たちを思う。キリマンジャロの雪に横たわる1匹のヒョウや百獣の王ライオンの恫喝にもひるまぬ真の密林の帝王ゾウの突進を思う。「アウト・オブ・アフリカ」で流れたモーツアルトのイ長調ピアノ協奏曲のアダージオを思う。

ランボーやニザンやカミュや、強烈な色彩と骨太の線で80年代のアフリカを象徴したムパタの絵を思う。そのムパタにあこがれてケニアに「窓を開ければジラフが見える」ホテルを建てた編集者を思う。彼は「君の息子もあそこへ行けばきっと良くなるよ」と言ってくれた。

アフリカはアルファでありオメガである。希望の端緒であり絶望の果ての地でもある。

そのアフリカを40年間にわたって駆け巡ったポーランドのジャーナリストがいた。
こよなく愛するアフリカについて、豊富な現地体験に基づいてルポルタージュしつくした本書には、そんな懐かしく、貧しく、残酷なアフリカの面影が、強烈な色彩のコントラストとともにくっきりと描き出されている。

ガーナ、タンガニイカ、ウガンダ、ナイジェリア、エチオピア、ルワンダ、スーダン、ソマリア、カメルーン、リベリア、セネガル、エリトリアを旅した大旅行家は、植民地支配にもとづく全体主義、人種差別主義、異質者への嫌悪、軽蔑、排除欲求は、西欧世界に登場する100年前にすでにアフリカで実行されていた、という。

そしてまた、「アフリカはなんて存在しない。国や地域によって全部違う」という。すぐれたリアリストの言葉だ。だから全体より細部が大切なのだ。
しかしにもかかわらず、アフリカという全体は存在し胎動している。
かつてのカダフィ大佐のよる「アフリカは一つ」も、岡倉天心による「アジアは一つ」も一つの大いなる虚妄であったが、では今日のEUやFTAやEPAはどうなのか。それは新たな戦いの始まりではないのだろうか?

世界は再び巨大な共同体へと再編され、過去のいずれの時代よりももっと巨大な相克が始まろうとしているような気がする。



10月の16日に蝉が鳴く誰かさんの誕生日を祝うがごとく 茫洋

Friday, October 15, 2010

小川洋子著「原稿零枚日記」を読んで

照る日曇る日 第380回



10月のある日の昼下がりのこと(金)

ちょうど私が小川洋子さんの「原稿零枚日記」の132ページを開いて、天然記念物の桂チャボが20メートルくらいは泳ぐというくだりを読んでいるときだった。

ぎゃあ、ぐああ、がああという、いままでに聞いたこともないけたたましい物音がした。バサバサという翼が空を切る音に混じって、グアア、グアアという凄まじい叫び声もしている。本から眼を放して東の窓を見ると黒い影が2つ3つ移動していた。急いで南のガラス窓を見ると、まっ黒な鳥が何匹も何匹も押し寄せては急降下していく。まるで戦闘機のようだ。

急いで隣の居間から外の道路を見ると、大きなトビがひとまわり小さいカラスの下腹部を鋭い爪で両側から挟みこみ、全体重を傾けて抑え込んでいた。そして急を知ったカラスの友軍が大声で叫びながら、次から次に現場に殺到してくる。その数は見る見る増えて都合4,50羽はいただろうか。川っぷちの狭い舗装道路の真ん中で時ならぬ禽獣の戦いが繰り広げられていたのだ。

下敷きになった漆黒のカラスは死んだように身動き一つしない。私が窓を開けると、トビはカラスの胴体に加えようとしていた嘴の一撃を止め、すっと伸ばした首を左に振って、鋭い目で私を見た。大きな黒眼が濡れたように光った。

そこへ黒の集団が右翼から全速力で突っこんだ。タカは獲物をあきらめて飛び立とうとしたが、右の爪が肉から抜けないので必死でもがいていたが、ようやく離陸に成功したところへ、今度は左翼から10数羽のカラスが急襲する。私と息子が呆然と見上げる秋の空で1対50の壮絶な空中戦が始まり、米艦載爆撃機ヘルダイバーと戦艦大和の戦いを思わせるそれは、たちまちにして終わった。

多勢に無勢のトビは東のひよどり山の杉林に逃げ込み、勝ち誇った濡羽色のカラス集団は霊園の小高い丘に陣取ってぎゃあ、ぎゃあ、ぐああと下品な勝鬨をあげている。

道端に残された薄茶色の羽根をつまみながら、私は思った。
弱肉強食は世の習い。いずれ人類が滅びた暁には地球はカラスとゴキブリの天下だろう。しかし私は、徒党を組んで敵に向かうカラスよりも、孤立無援のトンビを限りなく愛する。 

トンビはタカを生む。けれどもカラスはカラスしか生めないのである。(原稿零枚)



○○ちゃんほどいい子はいないと言ってみる 茫洋

Thursday, October 14, 2010

ミンコフスキー指揮で「ポントの王ミトリダーテ」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第166夜


2006年8月、レジデンツホーフで行われたザルツブルグ音楽祭のモーツアルト生誕250周年記念のライヴ演奏です。

ローマと戦って戦死した、と聞いたポントの王ミトリダテスの2人の息子が戦場から飛んで帰って王妃に求愛し、王妃が長男とよろしくやっている最中に、ミトリダテスが「どっこい俺は死んじゃいないぜ」と帰国するところからこのオペラは始まります。 ラシーヌの原作からアイデアを得たトリノの田舎者サンティによる脚本はきわめてお粗末なものですが、天才の作曲の筆がそのイージーゴーイングさをどこか遠いところへうっちゃって、義務と愛との相克に引き裂かれた男女の苦悩を深々とえぐり出すにいたるさまはじつに聴きごたえがあります。  しばらく前に視聴したのはジャン-ピエール・ポネル演出、アーノンクール指揮ウイーン・コンツエルトゥス・ムジクスによる演奏でしたが、ポネルはモーツアルトの超若書きのこのK84の「オペラの試み」といってよい作品においても正統的な環境整備と劇的な表現を巧みに組み合わせて現代人の鑑賞に堪えるリアリザシオンを繰り広げていました。

今回はギュンター・クレマーという人の演出でしたが、ポネルとはまったく違うアプローチ。冒頭のギリシア演劇とモダンアートを融合させたパフォーマンスに見られるようにコンテンポラリーな今風の切り口が特徴です。お洒落な美術や照明や衣装とあいまってそれなりにこのオペラの持つ普遍的な悲劇性を温故知新しようと努力していたようです。


ミトリダーテがリチャード・クロフト、アスパジアがネッタ・オル、シーファレがミア・パーション、ファルナーチェがベジュン・メータ、イズメーネがインゲラ・ボーリンという中堅歌手たちもそれなりに健闘していましたが、特筆すべきは、ミンコフスキーの生き生きした指揮振りとそれに積極的に応えるルーブル音楽隊のモーツアルト演奏。
それはヘンデルを思わせるシーファレの第22番のアリア「恩知らずの運命の厳しさが」の長丁場のしのぎかたに端的にあらわれていました。

総じて中の上、あるいは上の下の部類に入る出来栄えといえましょう。

♪モーツアルトは何故殺されたのかとひと晩じゅう考えていた 茫洋

Wednesday, October 13, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第36回

bowyow megalomania theater vol.1


洋子と文枝はひきつった顔をして2人でひしと抱き合っています。僕も耳を手でふさいで

「こわいおう、こわいおう」

と叫びながら、不思議のお家のまわりを全速力で走りまわりました。

「よおーし、分かった。もういい。2人ともそこから降りてこいよ」

と公平君は、落ち着いた声で、興奮のるつぼで燃えたぎっていたのぶいっちゃんとひとはるちゃんに呼びかけると、2人は、かえでの巨木を両足でしめつけながら、ずるずると地上に降りてきました。

 やがて公平君は、大人のように腕組みをして、奥歯をぎゅっと噛みしめながら言いました。

「よおーし。じゃあこうしよう。みんなよく聞いてくれ。僕たちは、おまわりを傷つけるか、殺してしまった。おそらくはもう死んでしまっているだろう。でも僕たちは悪くない。あっちが先に攻撃してきたからこういうことになってしまったんだ。敵は今日から大部隊でこの不思議なお家めがけて押し寄せてくるに違いない。

 しかし僕たちは、ここでむざむざやられるわけにはいかない。僕たちは仲間をぜんぶここに集めて奴らと戦うんだ。のびいちとひとはるはもう一回星の子へ行ってみんなをここへ連れて来てくれ。岳と洋子と文枝は僕と一緒に警官隊を迎え撃つ準備をしよう。

さあ、かかるんだ!」




一粒の栗の実の比類なき充実 茫洋

Tuesday, October 12, 2010

サルトルの「嘔吐新訳」を読んで

照る日曇る日 第379回

昔この本を白井健三郎という人の翻訳で読みかけて、途中で放り出したことがありました。なんでも実存主義という哲学が大流行の頃でした。
今度手にとったのは鈴木道彦という人の翻訳ですが、こちらは当世風にこなれた訳語のせいもあってともかく最後まで読みとおすことができました。やれやれ。

しかしなんと評していいのかしらん、まったく訳の分からん変態的な小説です。
サルトル本人が色濃く投影されているロカンタンというやたら神経質な青白いインテリゲンチャンが、図書館のコルシカ人やスープの中の蟹を見ては吐き気を感じ、池に投じようとした小石に触り、公園のマロニエの根っこを見ては、そのガッツリとした存在感に圧倒され、自分自身のみならず外界、世界全体に大いなる違和と不条理(この言葉も大流行したな)を感じ、「われ思う故にわれ絶対的に存す」のデカルト的理解を脱却して、「われ存す、故にたまたまわれ存す」の実存的悟りに超絶的にエラン・ヴィタール(生命的飛躍)を遂げたと、まあ恰好よくいえばそういう哲学的小説なのでしょう。

しかし道行く人や下宿のおばさんやレストランのお姉チャンが己と異質な外部のモノに見えたり、都市や群衆やはたまた図書館の本をアイウエオ順に読んでいる孤独な独学者に吐き気を覚えたりするっていうのは、糞真面目な哲学青年の誰もが一時的に患う麻疹のような病理現象にすぎず、主人公がいったいどうして吐き気を覚えるのか誰にも分かりません。妊娠でもしているのでしょうか。

昔小林秀雄がこんな小説を書いたことがありました。小林を思わせる自意識過剰のインテリ青年が、川を渡るポンポン蒸気船に乗り込んだら、誰か同乗者がいて、自分も彼らも揺れている。それを見ているうちに、自分(小林)は彼らと自分が、同じリズムでポンポン揺れるのに堪えられなくなってきて、ヘドが出そうになる。

確かそういうくだりがありました。これを読んだ中野重治が「なにがヘドだか、全然分からない」と書いていましたが、当時のサルトルも小林とまったく同じ病気に罹っていたのでしょう。

だから私もこう言いましょう。サルトルよ、お前さんのもったいぶって繰り返す嘔吐とは何なのか、私には全然分からないよ、と。
嘔吐とは、高等遊民の唐人の寝言であり、世間知らずのぼんぼんの白昼夢に過ぎなかったことが、有名になってからのサルトルにはすぐに分かったはずです。

それゆえに、親の遺産で食べている30歳の青白きインテリ小僧ロカンタンは、フランスの小都市で大革命時代の貴族ロルボンの伝記を書こうとして果たせず、おまけに恋人アニーに振られて、Some of these days You`ll miss me honeyのレコードを聴きながらブーヴィルに別れを告げる。

というのが、この余りにも有名な実存主義小説のエッセンスなのです。



あにはからんやマロニエのぶっとい根っこに存在の実存を見つけたり 茫洋

Monday, October 11, 2010

月下美人のような妖しい芸術の花

月下美人のような妖しい芸術の花 「車谷長吉全集第1巻」を読んで

照る日曇る日 第378回

この巻では処女作「なんまんだあ絵」から平成年の「大庄屋のお姫さま」に至るまでの短編と中編をことごとく読むことができ、車谷長吉という不世出の作家の労作を読む楽しさというものを満喫させてくれます。

長編の代表作は「赤目四十八瀧心中未遂」と相場が決まっていて、それ以降の作品が生彩を欠くのに対して、短編と中編は予想に反して、近作ほど文学的価値がいや増していることに驚かされました。

著者が料理屋の下働きをしているときに知り合った青山さんの、恐るべき殺人の秘密を書きつづった「漂流物」や、著者の母親の人生観を赤裸々に描破しつくした「抜髪」における、さながら宮本常一の「土佐源氏」を思わせる一人騙りの名人芸は、2005年の「深川大工町」や、2006年の「大庄屋のお姫さま」において、一層豊かな広がりを見せながら、あらたな果実を収穫しているといえましょう。

「萬蔵の場合」「児玉まで」「神の花嫁」「忌中」「密告」における卓抜なストーリーテリングは、2005年の「阿呆物語」において、まるでシェークスピアの「ウインザーの陽気な女房たち」を思わせる極上の喜劇小説に結晶しています。

1992年の「鹽壺の匙」以来、長く苦しい創造の道を歩んできた車谷長吉は、ここに至って虚実皮膜の薄明の闇に誕生する月下美人のような妖しい芸術の花を、次々に咲かせようとしているようです。

虚心坦懐に本書を通読すれば、著者を指して平成のマンネリ私小説作家であるとする謬見なぞは、木端微塵に粉砕されることでしょう。

しかし作品を評するということのなんと軽薄にして残酷な営為であることか。作家が何十年も魂魄を禊ぎ、生身を削って彫琢した膨大な文字群をたった数日で速読して偉そうに断じるのですから。


       今宵咲く月下美人の彼方かな 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第35回

bowyow megalomania theater vol.1

のぶいっちゃんとひとはるちゃんは、

「ちくしょう、おいらをあんなひどいめにあわせやがって。くそっ、皆殺しだ! 

だいたいわいらあを星の子みたいな地獄に入れっぱなしにしておいて一度も見に来ない親も親だ。

わいらあをトレーラーの中に3日間も放り込んでメシもろくろく喰わせなかった校長も教頭も主任も、みんなあろくでなしの連中ばかりだ。

あんな奴らは生かしておいても誰のためにもなりゃせん。あいつらもおまわりも大嫌いだ! 

みんなみんなぶっ殺してやる! 出てくる敵はみなみな殺せえ!」

と絶叫しました。

そうして公平君のベルトからピストルを抜きとると、2匹の猿のように真っ赤に紅葉したカエデのてっぺんまでするするとよじ登って、ドオーンと1発大空めがけてぶっぱなしました。

深い憎しみのこもった銃弾の轟は阿弥陀山の渓谷を殷々とゆるがせ、木々の梢を越え、上空をゆるやかに旋回する鳶を驚かせながら、三浦半島の彼方に消えていきました。



人格が毀損されているからあらゆる制度が劣化する 茫洋

Saturday, October 09, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第34回

bowyow megalomania theater vol.1


あっちか、こっちか、戦うか逃げるか、右か左か、そんなことどうでもいいじゃないか。無理矢理どっちかに決めるほうがおかしいんじゃないか。

それに右のほっぺたを叩かれたら、左のほっぺたをどうして叩かなければいけないのだろう。

誰かが殺されたら、その代わりに誰かを殺さなければいけないのだろうか。

もし僕が殺されても、死んだ僕が、僕を殺した奴を殺したいかどうかはわからないはずだ。まして僕以外の人間にそれがわかるはずはない。

もし殺したければ死んだ僕に殺していいかどうかをよく聞いてから殺せばいいのだ。

と僕はいつも思っていました。だから、その時も、

「そんなこと急に開かれても、どうしていいか、僕わかんないおお」

と公平君に答えました。そしたら公平君は、

「ふつうはどっちでもいいんだけどね。でも男ってもんは、一回は右か左かどっちかに決めなくちゃいけにときがあるんだよ」

と言いました。



とっくに括弧に入れられた純粋理性をゴキブリどもが喰い散らかしている 茫洋

Friday, October 08, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第33回

bowyow megalomania theater vol.1


「第7機動隊のおまわりさんは、きっと死んでしまっただろう。

だからきっと彼らは、もうすぐここまで攻めてくるだろう。

団体で徒党を組んでやって来るだろう。

だから僕たちも、ここで命懸けで戦うか、いったん退却するか態度を決めなければならない」

公平君は、厳しい顔つきで、そう言いました。それから突然、

「岳、これから君はどうするんだ?」
 
と公平君は、僕に向かって問いただしました。

しかし僕はどうしてよいのやら分かりません。
こっちへ行くのがいいか、あっちへ行くのがいいか、と聞かれても、僕はいつもどっちへ行ったらいいのかてんで分からず、いつも誰かのいいなりになってきたのです。つねに付和雷同してきたのです。

ふだんからそういう状態なのに、こんな非常事態になって、いきなり

「君はどうするんだ?」

などと聞かれても答えられるわけがありません。こんな僕はやっぱりうごうの衆なのです。



ふりさけみればいきなりいがぐりおちてめにささりしこせきくんどうしているか 茫洋

Thursday, October 07, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第32回

bowyow megalomania theater vol.1


11月5日 晴れのち雨

ひと晩たつと公平君ものぶいっちゃんもだいぶ元気を取り戻しました。

大勢の警官隊にふくろだたきにあっているののぶいっちゃんを見た公平君がピストルを振りかざして突入していったら、いまわりは一斉にあとずさりしてから、またじりじりと2人を包囲してきたので、公平君がピストルの安全装置をカチャリとはずし、

「くそっ、ばかあ、のぶいっちゃんをはなせ、なさなないと一発お見舞するぞ!」

と叫んだら、おまわりたちはたんなるおどかしだと思ってあざ笑っていよいよ包囲の輪をちぢめてきたので、あせった公平君は一瞬逃げ出そうかと思ったのでしたが、

「いやここで逃げ出したら男がすたる、男の一分に申し訳がない」

と思い返して、

「にゃろめ、おまわりなんか消えろ!」

とジュゲムジュゲム心に念じつついいかげんに引き金を引いたら、

「ズドン!」

という鈍い衝撃音が走って、いちばん先頭の「第7機動隊」とワッペンにかいてあるおまわりのそのワッペンのところからいきなり鮮血がほとばしり、若いおまわりが朱に染まって地面に倒れ、その他のおまわりたちは蜘蛛の子を散らすように阿弥陀山の急斜面を賭け下って雲を霞と逃げて行ったそうです。

「血まみれのおまわりは可哀想だったけれども、もはやどうしようもなくって、仕方なくのぶいっちゃんを助け起こし、うんとこさと抱きかかえて小川のところまでやってきたけれど、とうとう力尽きて倒れてしまったんだ」

と、公平君は弱しい声で物語りました。


小夜更けてここだも集く虫の音かな 茫洋

Wednesday, October 06, 2010

ビリー・ワイルダー監督の「情婦」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.36

「情婦」という映画を観ました。これはアガサ・クリスティ原作の探偵ものですが、原作のトリックも凄いが、どちらかというと脚本・監督のビリー・ワイルダーのほうがもっと凄い。

最初にてっきり悪人と思った奴が途中で善人に変わってしまい、そして最後に思いがけないどんでんがえしが待っているという立体的な仕掛けを、この才人はタイロン・パワー、マレーネ・デートリッヒ(驚異の2役!)という超大物俳優を「駆使して」、はじめは処女の如く終わりは脱兎の如く息もつかせずにエンジョイできる極上の娯楽映画に仕上げている。

特筆すべきは老弁護士ウィルフリッド卿を演じるチャールズ・ロートンで、この病み上がりの太っちょ弁護士のいかにもイングランドな人柄の描出や、老看護婦や執事とのユーモラスなやり取りが、殺人事件の奥深い暗闇を照らす鮮やかなコントラストをなしていて見事である。

こういうちょうど2時間の人情サスペンスドラマなら、映画でもテレビでも毎日でも見たいと思うのですが。




邯鄲鳴く桜ケ丘の駅前で旅行帰りの息子待ちおる 茫洋

Tuesday, October 05, 2010

新国立美術館で「没後120年ゴッホ展」を観る

茫洋物見遊山記 第40回


またゴッホか、と思いつつも、ゴッホと聞けば万難を排して駆けつけざるをえません。今回のゴッホはオランダのファン・ゴッホ美術館とクレラー・ミュール美術館からの貸し出しで油36点、版画・素描32点が同時代の有象無象と並んで展示されていました。

ゴッホといっても私は今回どっさり並べられていた初期の作品、たとえばミレーの農夫やジャガイモを食べる人なんかは見てもつまらないし、まったく評価もできません。
やっぱり凄いと思えるのはゴッホが狂ってからの最晩年の作品、具体的には1889年と翌1990年の画家の没年に、アルルとサンレミとオーヴェール・シュル・オワーズで怒涛のように制作された鬼気と生命力がみなぎる異様な作品群です。

気違いに刃物とはよく言ったもので、これらの遺作はすべて狂人の作品です。アルスの精霊が占拠した気違いの右手がキャンバスに激しくぬりたくったお筆先が、気違いにさえなれない私たち凡人の精神をこうまで揺さぶるのはいったいどうしてだろう、といつも不思議に思うのです。

今回まず私の眼と心をわしづかみにしたのはアルルで描かれた「ある男の肖像」でした。青緑の光彩を背景に大胆な黒で隈どられた暗黒街の顔役のニヒルな表情は、凶悪でありながらも美しい。こんな矛盾に満ちた肖像画を描いたのはゴッホだけでしょう。

そうして誰もが言葉を失って画面に魂を吸い取られてしまうほかにどうしようもないのがサンレミとオーヴェール・シュル・オワーズにおける恐るべき遺作です。

画家が退院を許されてはじめて筆をとった「サンレミの療養院の庭」に立つ樹木の奥には天使たちが乱舞しているように無数の色彩が氾濫していて、私たちの脳髄を直射します。ほら、あれらのお筆先の跡は、いままさにキャンバスに触れられた瞬間のようにキラキラと輝いているではありませんか!

そして「蔦の絡まる幹」「渓谷の小道」「夕暮れの松の木」「オリーブ畑と実を摘む人々」「草むらの中の幹」「アイリス」と続いて、どこか東洋的な諦観を感じさせる「麦の穂」で静かに告別の幕を閉じるこの偉大で異様なコレクションは、本展の圧巻でした。

美は恐るべきもののはじまり、とはまさにこういう一期一会の出会いについてのみ使うべき表現なのでしょう。没後120年だそうですが、ついさっき死んだばかりのゴッホは、いまも激しく生きているのです。


渓谷の小道をゆくは人か魔か げに美は恐るべきもののはじまり 茫洋

Monday, October 04, 2010

演劇集団「円」公演「シーンズ・フロム・ザ・ビッグ・ピキュチャー」を観て

茫洋物見遊山記第39回

ある国のある地方のある町村を描こうとするとき、その共同体や部落に住んでいるあれやこれやの任意の人物にフォーカスして、その人生の苦しみや喜びを伝えることができたら、私たちはその共同体や部落について少しは理解できたような気持ちになるのではないだろうか。

1961年に北アイルランドに生まれた劇作家オーウェン・マカファーティが「シーンズ・フロム・ザ・ビッグ・ピキュチャー」でやろうとしたのも、そういうことではなかったか。彼はおよそ10組20人余の老若男女を2時間の舞台に投じて、ベルファストといういささかややこしい町の24時間を群像劇で描こうとした。

たとえば小さな雑貨屋では老苦と病死が迫り、チンピラの万引きが老夫婦の頭を痛めているし、大きな食肉工場では労働者代表の青年と社長秘書が倒産におびえながら給料の工面で追い詰められている。

しかも青年はいわゆる良妻を持ちながらパブの女性オーナーと不倫し、社長秘書夫妻は(おそらくは宗教戦争の犠牲となった)息子の遺体を長年にわたって探し求めている。長引く不況で町に活気はなく、未来に絶望した若者たちの中にはコカインに手を出す者もいる。

そしてその薬で金儲けを企む怪しい組織の男たちや、愛と生きがいを求めながら虚しい心を抱いてひたすらパブでアイリッシュビールを飲み続ける男や女たちの切ない溜息は、ここベルファストのみならず、世界中の私たちのものであるだろう。

しかも向こう三軒両隣に棲息する人々の喜怒哀楽は、ワンシーン・ワンカットのドキュメンタリー映画のように非情かつ断続的に提示されるために、黄昏の町に生きる人々の陰影がよけいに深くなっている。そしてこの手法の開発にこそオーウェン・マカファーティの独創が発揮されているのだろう。

1組の男女が向き合えばそこには独自の言葉があり、次々に放たれるその言葉が切実な物語を紡ぎ、紡がれた小さな物語はまた別の物語を生み、ジャックの豆の木のようにつながり、やがて町を覆い、空の果てまでも連なり、いつのまにか誰も切断できない勁く温かい絆のような塊にふくれあがっていく。古くて新しい「演劇」がここにある。


朝日が昇って夜の闇が降り、やがてベルファストの1日が終わる。
明日は明日の風が吹くだろう。
これはもしかすると予定調和のハッピエンドを拒否する21世紀版「フィガロの結婚」なのかもしれない。



訳 芦沢みどり/ 演出 平光琢也 新宿紀伊国屋ホールにて10月10日まで上演中



人間が2人居ればそれが演劇のはじまり 茫洋

Saturday, October 02, 2010

塩野七生著「絵で見る十字軍物語」を読んで

照る日曇る日 第377回

ローマ史を完成させた著者が次に取り組んだのが十字軍物語です。

その予告編とでもいうべき本書ではギュスターヴ・ドレの精巧なモノクロ版画を紹介しながら、11世紀末から13世紀後半に至るまで聖地エルサレムの回復をめざして全8回にわたって繰り広げられた十字軍の歴史をかいつまんで紹介しています。

十字軍とは西欧キリスト教世界が総力を挙げて取り組んだイスラム教との武力闘争でしたが、彼らは一時は聖地奪還に成功したものの結局は全面的な敗北を余儀なくされ、暴に報いるに暴、狂信に報いるに狂信という非寛容の一神教のおろかさ、あほらしさを天下のもとにさらけだす結末を迎えたわけです。

しかし当の当事者たちはあれから何世紀も経過したというのにちっとも懲りずに、そのおろかさ、あほらしさの遺伝子をいまなお中近東をはじめ世界各地で引き継ぎながら果てしない死闘を繰り広げているといえましょう。


全8回の十字軍の姿形はそれぞれが異なっているのですが、やはり印象に残るのは隠者ピエールの「神がそれを望んでおられる」のキャッチフレーズのもとで開始された第一回の十字軍。ピエールに従って行軍するだけで「すべてを免罪にする」と請け負ったローマ法王の悪乗りがこの暴挙を後押ししたことは間違いないでしょう。

フランス国王ルイが捕虜になったり宮廷の美女がイスラム教徒に犯されたり、何百万の戦士が虐殺したりされたり、暴挙といえばこれほどの暴挙はありませんが、獅子王リチャードやサラディンの奮戦など数多くの英雄が大活躍したことも事実です。

回数のうちには数えられていませんが、第五次の前に実行された少年少女十字軍ほど悲劇的なものはないでしょう。フランスとドイツを中心に始まった自然発生的な子どもたちの大行進は南仏の港に向かうまでに生き倒れになったり、騙されて人買いに売られたりして悲惨な末路を迎えたのでした。

この人の日本語は相変わらずの悪文ですが、今回は短いので助かりました。


台所の流しの隅の物入れに髪の毛が入った風呂水を捨てるのは止めてください 茫洋

ステファヌ・マラルメ全集第1巻を読んで

照る日曇る日 第377回

マラルメの全詩集の邦訳といえば岩波文庫からでている鈴木信太郎訳が有名ですが、こちらは筑摩から出た松室、菅野、清水、阿部、渡辺氏の新訳です。なにせフランスの高踏派・象徴派の泰斗による超難解な詩ばかりなので、意味を取ることも解釈をすることも一筋縄ではいきません。例の「海の微風」の出だしの「肉体は悲し。万巻の書は読まれたり」のところを見ると「ああ肉体は悲しい、それに私はすべての書物を読んでしまった」となっているのでこの現代的な翻訳のやり方が分かるというものです。

一読して興味深かったのは「エロディアード」という舞台詩です。これはバイロンなどによって淫蕩な狂女として解釈されたサロメといううら若い乙女の精神を、手あかにまみれた通念を洗い流して、本来の処女エロディアードとして位置づけようとする試みで、エロディアードとその侍女による対話詩劇として構成されています。

マラルメがワーグナーとの交友を通じて音楽に親しみ、詩と音楽の親和性に強い関心を寄せたことはヴァレリーなどによっても証言されていますが、マラルメの「半獣神の午後」などを読むと、その調べのなかにすでにドビュッシーによって音化された「牧神の午後への前奏曲」が鳴っているようにも思えます。

さて本巻に収められたもっとも注目すべきは詩作品は言うまでもなく「賽の一振り」でしょう。人生と芸術の本質が「賽の一振り」のような偶然性によって支配されているがゆえにその偶然性から逸脱しようと絶望的な遁走を試みた詩人は、ここに詩の定型を大きく逸脱したフレームを構築し、旧来の詩集のレイアウト、デザイン、文字の大きさと余白の常識を打破した新しいメディアでもある詩的宇宙を創造することに成功したのでした。

見開き2ぺージを一単位として構成された詩編「賽の一振り」は、いわば「絵のない絵本」、「詩で綴られた創世記」であり、「賽の一振り」によって果てしない航海に乗り出した詩人の前に、前人未踏のめくるめく映像と高鳴る音楽が次々に繰り広げられるのです。


雲去領寂もう鳴かぬか蝉 茫洋

Thursday, September 30, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第31回

bowyow megalomania theater vol.1


「そこに、のぶいちが、いる」

と、公平君は押し殺したような低い声で、言葉を胸からきれぎれに押し出すように言いました。きれぎれに押し出すように言いました。

見るとススキの根元から3メートルくらい離れたところに、息も絶え絶えののぶいっちゃんが両手をぐったりと広げ、下半身が川の中にすっぽりと浸かったまま地面に横たわっていました。おそらく川を渡り切れずに途中で意識を失ってしまったのでしょう。

僕は大急ぎで不思議なお家にとって返して、みんなを連れてきました。みんなで公平君とのぶいっちゃんを、ふうふういいながら不思議なお家までひっぱりこみました。

洋子は小川から水を汲んで来て二人を裸にして全身をきれいに拭き清め、身体のあちこちで傷ついて、血が出たり、あざになっているところにきれをまいて、家の奥の方に並べて寝かせました。

夜中を過ぎたうしみつどき、公平君は突然

「くそ、ばかあ、のぶいちをはなせ、はなせ! はなさないと一発お見舞いするぞ!」

と寝言を言いました。



おシャモジは奇麗に洗ってくださいね何回言ってもあなたは聞かないけれど 茫洋

Wednesday, September 29, 2010

西暦2010年長月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に 第80回



歌ひとつ詠まずに旅から帰りけり

油蝉リュリュリュ晩夏流る

家守棲む家に寝そべる楽しさよ

居待月太鼓叩いて笛吹いて

一夜明け一億沈思の秋となる

イチローが一日一本打つように生きること

魔法使いの棒一閃オオウナギぐるりぐるり

この臭い汗は絶対に私の所産ではないぞ

これでもかこれでもかと君は己の臓物を投げつける

次男去りし翌日仙人草の白く小さな花咲きにけり

求めよさらば与えられんといいしはさだめし若きひとならむ

伊豆の夜真夏の銀河のさんざめきグールドの哄笑谷間を揺るがす

どうしようもなくつまらないのにつまるようにもてはやす世間の痴れ者たちよ

小利口な優等生の脳内にひそと咲きたる黒百合の花

1か月1滴の水もなく堪える草白く小さき花をつけたり

君と共に熊野神社を歩きおれば特許許可局と杜鵑鳴く

楽天的な革命家と革命的な楽天家いずれも困ったものなり

熊のような大猿が名指揮者の猿真似をしていたよ

ウエブによって結ばれし新しき友情ここにあり 

ああグルダのフィガロこの演奏を耳にせず泉下の人となるなかれ

どうしてああも自分勝手な男なのだらうと思っているのであろう

まぐわいて産みつけて一週間で死んでいく見事な生き方

一粒の麦死なば多くの実を結ぶのだろうかと一粒の麦は迷う

いずれが最小不幸宰相ならむ阿呆馬鹿絶叫大演説を消す

幾時代かがありまして、茶色い人たち騒いでおりました

私の好きな女子アナなど大海に漂うアブクのようなものなんだなあNHK

ペルリでもやって来たのかフジテレビお台場お台場と毎日騒ぐな

一本の腐りかけたる大根の葉っぱに咲きたる白き花かな



塩酸のたぎる湯の川に投げ入れてみちのくきりしたんを責め殺したり 茫洋

Tuesday, September 28, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第30回

bowyow megalomania theater vol.1


そうして、それから夜になりました。

ひとはるちゃんは、だいぶ発作が治まりましたが、いぜんとして熱が高く、あれからずっと洋子と文枝が看病しています。でもまだ意識は戻りません。

僕は一人で外へ出ました。おそろしいほど先端がとがった鎌のような月が銀河の無数の星星と一緒に西南の空を明るく輝かせています。冷たい大気が全身を包み、僕は思わずおちんちんがぎゅっと縮んでいくのが分かりました。

すると、昼間ススキの穂が動いていたあたりで、なにやら物音がしました。銀の波が大きく2つにぱかっと分かれ、高く茂ったススキの群れを踏みながら、黒い影がどさりと倒れました。

その黒い影のあたりから、なにやら奇妙なうめき声がしています。
僕は急いで小川を渡り、原っぱを走りに走ってススキの根元に駆けつけました。

公平でした。公平君は体中のあちこちが傷だらけでしたが、血まみれの左手にピストルをしっかり握りしめていて、僕がその銃身に触ると熱がほのかに伝わってきました。


ペルリでもやって来たのかフジテレビお台場お台場と毎日騒ぐな 茫洋

Monday, September 27, 2010

今井彰著「ガラスの巨塔」を読んで

照る日曇る日 第376回

かつてNHKの辣腕ディレクター&プロヂューサーとして「プロジェクトⅩ」などの人気番組を企画制作した人物による実録風小説です。

「プロジェクトⅩ」はその音楽の変態的誤用や仰々しいナレーション、出演者の異様な興奮と突然の涙が気色悪く、一度もラストまで観賞したことはないのですが、著者によれば「НHKの看板番組」として一世を風靡したようです。

私にとっての看板番組は「サラリーマンNEO」「世界街歩き」「アグリーベティ」「なげやりな妻たち」「刑事コロンボ」「ダメージ3」「クラシック音楽番組とCMが入らない映画」「ブラタモリ」などですから、お互いの嗜好には相当の違いがありそうです。

それはともかく、多くの国民の疲弊した精神を鼓舞し、驚異的な視聴率を稼いだだけでなく、あらゆるテレビ賞を総なめし、当時「天皇」と称された権力者会長の庇護を受けて得意の絶頂に立った著者は、一時は次期役員最有力候補と嘱望されたようです。(でも、それがいったいどうしたというんじゃ?)

しかし折悪しく露見したプロヂューサーの製作費横領事件に端を発した聴取料不払い事件が起爆剤になって、天皇会長が辞任を余儀なくされると、それまで順風満帆だった著者の人生は一瞬にして暗転します。局内の反会長派の陰湿ないじめと弾圧に遭遇し、手塩に掛けた「プロジェクトⅩ」も終了となって心身ともにボロボロになった著者はとうとう退社し、根深い私怨のこもったこの本を書くことになるのです。

けれども視点を変えれば、著者のようなケースは私の身近にもざらにある話で、リーマンの栄枯盛衰は世の習い。あなたよりもっとひどい目にあったひとなぞ世間にはいっぱいいます。ただあなたが「天下のNHK」の有名人だったという素材の面白さだけで、「顰蹙を買うのが大好きな出版社の社長」があなたに眼をつけたのでしょう。

それよりも問題は「プロジェクトⅩ」終了の直接の原因となった室井ヶ丘工業高校の
放送内容です。あなたは先方の教師や学校側にだまされたと文句を言っていますが、客観的に見て致命的な誤謬を犯したのはあなたたち制作者側です。
事前のリサーチがいい加減だからこんないかがわしい人物を登場させたのですから、この番組に泥を塗ったのは隗自身なのに、それを棚に上げて学校や校長のせいにし、あまつさえ局内の上司や敵をうだうだあげつらうのは、ジャーナリストにあるまじき醜い振る舞いといえましょう。

本書を一読して驚くのは「みなさまのNHK」内部の魑魅魍魎の跋扈振りです。
1万人を超す社員のうち記者やディレクターなどの報道現場関係者は3千人なのに、事務管理部門が七千人を超えているそうですが、これはちょっと多すぎます。国民からの大切な拠出金を預かりながら、彼らは一体どういう仕事をしているのかとても気になりました。

著者の言い分を信じるにしろしないにしろ、「みなさまのNHK」は、この際一度解体して再出発する必要があるのではないでしょうか。



私の好きな女子アナなど大海に漂うアブクのようなものなんだなあNHK 茫洋

光明皇后1250年御遠忌記念「小泉淳作展」を見る

茫洋物見遊山記第38回


日本橋高島屋で開催されていたご近所の絵描きさんの展覧会へ行ってきました。今年86歳になられた小泉画伯が平成遷都1300年、光明皇后1250年御遠忌を記念して東大寺の本坊に奉納された40面の襖絵が中心となった個展です。

会場に入るといきなり眼に飛び込むのがあざやかに咲き誇る蓮池のハス。深々とした緑の葉のあちこちに顔をのぞかせる紅白の花々は、大小の花弁だけでなくガクとシベの1本1本の色や形に画然とした個性が感じられ、全体の構図のみならず細部の近代的な表現力が際だっています。東大寺の蓮池とこの日本画の蓮池が対峙する初夏にいちど現地を訪れてみたいものです。


次には画伯がはじめて挑戦した3つの桜の襖絵です。浅緑の草原をバックに絢爛と咲き誇る桜の花弁は画伯が「賽の河原に小石を積むように」1枚1枚丹精込めて描きあげられたもので、その老いての苦労がしのばれます。「吉野の桜」の6本の桜の構図はじつに巧みに構成され、樹から樹へ、枝から枝へ、花から花へと画家が灯もした生命のみなぎりが伝えられていくようで、ある種の感慨を誘います。というのも画伯が2階のアトリエで電気を煌々とつけたまま制作に励んでいられる姿が自宅から時々見えたからですが。

画家にとって初めての題材を扱い、珍しくや全面的に可憐なまでに洗練された多色遣いで至純の新境地に挑まれた今回の作品は、氏の晩年を美しく彩る記念碑的なマイルストーンになったとはいえ、私は依然として彼の真骨頂は往年の精神性豊かな墨絵にあると確信しています。

今回会場の出口にさりげなく並べられた墨一色の「大根」の絵や、まるで1匹のうごめく動物のように躍動する全山の生動を静寂の1幅に閉じ込めた「岩木山」の力技こそは、平山郁夫のインスピレーションのかけらもない画業を大きく凌駕し、横山大観の幽玄の世界に肉薄する日本画界の最高峰のひとつといえましょう。

*なお本展は来月の横浜など全国の高島屋主要店にて巡回展示されるそうです。



  一本の腐りかけたる大根の葉っぱに咲きたる白き花かな 茫洋

Sunday, September 26, 2010

「車谷長吉全集第2巻」を読んで

照る日曇る日 第375回


車谷長吉は偏見と断定の人である。「女性の存在理由は男に向かって股を開くことにしかない」と言いきってはばからない。

車谷長吉はど阿呆の人である。大概の作家や評論家は自分がそうとうの叡智の人であるとうぬぼれているから、それがおのずと文章や人となりに出てきて嫌みであるが、この人には珍しくそれがないから、あれほど突き抜けた文になるのである。

車谷長吉は厭世の人である。生まれながらの蓄膿症の苦しみに耐えながらこの歳まで生き続けるよりも「死んだ方がはるかにまし」であった違いない。しかし「私は自殺しないで生きてきた」。

車谷長吉は捨て身の人である。学歴を捨て、立身出世を捨て、極貧に甘んじて地べたを這いずり、出刃包丁を投げつけられ、渡世人や世間の鼻つまみ者に愛されながら生き延びてきた。

車谷長吉は恥知らずな文学の鬼である。他人のプライバシーを無遠慮に侵害してその所業を社会にぶちまけただけでなく、喰うためにおのれの性的嗜好や腐れ金玉の所業を恥を忍んで書きまくってきた。

車谷長吉は生まれながらの詩人である。これと眼をつけた美女にはストーカーになることも辞さずに万難を排して酬いられない愛を求め、誰にも描けない珠玉のような「恋文絵」(絵入り葉書)を送りつける。

本巻に収められた長編小説のうちで圧倒的な感銘を与えるのは彼の代表作「赤目四十八瀧心中未遂」であるが、彼の自伝的小説である「贋世捨人」の最後の行で涙しない読者はいないだろう。

車谷長吉は、魂の料理人である。されば今日もおのれの臓物を原稿用紙になすりつけながら、世界も凍る恐るべき秘め事を書き続けているのだろう。


これでもかこれでもかと君は己の臓物を投げつける 茫洋

Friday, September 24, 2010

ソニー超廉価盤「ヴァン・クライバーン集7枚組CD」を聴く

♪音楽千夜一夜 第165夜

まあなんというか全国の学友諸君、こうやって毎日3回もごはんが食べられて戦争にも駆り出されず、さしたる病気もせず、日々是好日とばかりに生きながらえていられるのはうれしいことであり、こうして画面に向かえば誰も読んでいなくともひとつくらいは書いてみたくなるような些細なことがあるというのもまことによろこばしい限りであり、そうしてそういうちょっとおめでたい気分にふさわしいピアニストといえばこのクライバーンということになるのであろう。

いまの日中と違って米ソ相食む2極体制化にあって、メードインUSAの音楽家の輝かしい大勝利を告げたのが1958年に開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールであった。なんでもかのリヒテルが彼に満票を投じたために1位になったという話もあるようだが、キリル・コンドラシン指揮RCA交響楽団の伴奏で聴くチャイコフスキーの第一番協奏曲は胸がすくような晴朗かつ豪快な演奏で、若き日のリヒテル、ギレリス、ルービンシュタインに似たところもあるようだ。

チャイコフスキーのみならず彼の演奏は、郷里ルイジアナの牧場に咲き誇るひまわりのようにあっけらかんとした開放感にあふれ、青空にぽっかり浮かんだ白い入道雲のように爽快で、前へ前へと進んでいく。その技巧は完璧であり、書かれた音符をひたすら音化していくのだが、その音色からはいかなる狐疑も憂愁も幻影も不安も感じられない点でホロビッツやポリーニとはまったく異なる健康的な音楽世界の住人であることがわかる。

しかしたかが音楽であり、たかがピアノではないか。しょせんこの世はサーカス小屋の猿回し。自分もお客も楽しめる明るく楽しい演奏をする能天気な芸人の一人や二人がおっても構わないのではなかろうか。

さなきだに嫌な事件が相次ぐ当節ゆえに、世界苦をひとりで抱え込んだような神経衰弱患者の演奏が流行るのも無理からぬことだが、私はそんな曇りのち雨の午後には好んでクライバーンに耳を傾け、いっときの清涼を得るのである。


居待月太鼓叩いて笛吹いて 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第29回

bowyow megalomania theater vol.1

それから3時間以上もたって、午後の2時半くらいだったでしょうか。ひとはるちゃんが血だらけになって、服もズタズタに破れて、はあはあ肩で息をしながら、ワアワア泣きながら帰ってきました。

「やられた、やられた、のぶいちがつかまっちゃた。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、こんちくしょう! あいつらぶっ殺してやるぞお!」

と一息にしゃべって白眼をむいてぶっ倒れました。公平君は、

「洋子、文枝、ひとはるちゃんをかいほうしてやれ」

と言うと、ピストルをぎゅっと握りしめてたった一人でのぶいっちゃんとひとはるちゃんが出かけた方角へすたすたと歩み去りました。

それからおよそ1時間くらいたったでしょうか。ズドーンと音がして、それからアッという叫び声、ウワワワアーという悲鳴が遠くの方から空を切り裂くくようにしてここえてきて、またそれっきりあたりは静かになりました。


一夜明け一億物想う秋となる 茫洋

Thursday, September 23, 2010

福田和也著「現代人は救われ得るか」を読んで

照る日曇る日 第374回

著者は私のように粗放な脳味噌の持ち主と違って、おそらく非常に頭が切れる人なのでしょう。華麗なレトリックを凝らした超絶的美文?と該博な知識と教養を、これでもか、これでもか、とみせびらかすように駆使して、ただでさえ分かりにくい論旨をもっともっと難解にして、さあどうだ。これでも食らえ、とばかりに投げてよこされるのには、はなはだ迷惑です。

―江藤淳と江國香織を対置した時、江國の方がはるかに森鴎外に近い。それは、意識された「ごっこ」が、欺瞞が、「現実」を作り出す、社会を、国家を、家族を仮構する事を知っているからに他ならない。(396p)

これだけではどなたも何のことやら分からないでしょうが、その前後を繰り返し読んでも理解できないのは、きっと私が極度のアホ馬鹿人間だからでしょう。しかし才子才に溺れるの諺ではないけれど、著者の筆が、自分でもよく分かっていない内容についてどんどん滑っているように直観されます。文中で普通に「決して」と書けばいいのに、変に恰好をつけて「けして」「けして」と連発するのも、あまり良い趣味とは言えないでしょうね。

ところでこの本の最後は、村上春樹の「1Q84」を巡る考察になっています。

いとけない娘をレイプしている教団の大幹部を葬るために青豆を駆使する謎の老婦人は、はたして正義の味方か、それとも悪事が生んだ新たな悪事の張本人なのか? 

「眼には眼を、歯には歯を」。国家権力による法と秩序を無視して、あるいは自覚的に逸脱して、私憤を疑似的な公憤に擦り変えた彼女は、共同体からの処罰と自裁を覚悟の上で個人テロルの「暴挙」に訴えます。

しかしテロルはテロルを生み、復讐は復讐、殺戮は殺戮の果てしない連鎖を生みだすことでしょう。「眼には眼を、歯には歯を」の論理をうべなう限り、この連鎖のひと組には
「主観的な合法性」があるので、それらの鎖を任意の1点で切断することはおそらく当事者同士には不可能です。

それでもこの連関を断ち切るためには、双方がそれぞれの正義をテーブルの上に並べて、それぞれの正義の正しさの内容を、第3者の公正で客観的な視点でこまかく吟味しなければならないでしょう。しかし一口に正義というても、大義もあれば小義もあるし、中には正義という名の虚義もあるであろう。そしてもし天から見下ろせば、世に絶対的な正義なぞついにないのかもしれぬ。

血眼になっている正義の復讐者を争闘の現場から、広大無辺の裁判所に拉致して次元の異なる認識に目覚めてもらわなければなりませんが、さてそうするためにはどうしたらいいのか。

ああ、またしてもひとつの悪がひとつの復讐を生み、その復讐がまた別の悪を呼んでいる。己が信じる正義を貫徹しようとしたはずなのに、その貫徹の最後の瞬間に、正義が不正に、善が悪に転化する。
おそらく人はこの究極のパラドクスに突き当たった時に、はじめて自己滅却を願い、己を一挙に無化して、かの人知を超えた大いなる悟りを得ようとするのではないでしょうか。



太郎病んで尖閣諸島に月が出る 茫洋

Tuesday, September 21, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第28回

bowyow megalomania theater vol.1


11月4日 曇

朝起きるとなんだか様子が変です。虫が1匹も鳴いていないし、カラスもスズメも一羽もいません。いつもは家の周りをカアカア、チュンチュンと飛び回っているのに……。

向こうのススキの銀入りの穂先が風もないのにやたらとそよぎます。

「どうやら怪しい奴がいるようだ。いったい誰だろう?」

と、公平君が独り言を言いながら手を額にかざしてあたりを見やりました。

「なんだ、なんだ、誰かやって来たのかよお」

と、大声でのぶいっちゃんとひとはるちゃんが言って、

「よおし、俺たち兄弟2人でちょっくら偵察に行ってくるわ」

と言って、2人は連れだって小川の方へ降りてゆきました。

しかし、2人とも1時間たっても2時間たっても戻って来ません。




まぐわいて産みつけて一週間で死んでいく見事な生き方 茫洋

Monday, September 20, 2010

今夜もウナギはダンス、ダンス、ダンス――滑川夜話最終回


今夜もウナギはダンス、ダンス、ダンス――滑川夜話最終回

バガテルop132&鎌倉ちょっと不思議な物語第228回

この生命力みなぎる生物についての雑文を書いてからちょうど1か月が経ちましたので、後日譚の後日譚を書いておきましょう。

たしか前回は近所の植木屋のKさんが、カーバイドを入手したらそれを駆使して可愛いウナギ犬を逮捕する計画をたてたところ、までだったと思いますが、さいわいなことに今のところカーバイド爆発計画は不発に終わり、私の愛するウナギたちは、夜な夜な愛の交歓を続けています。

この節は日が落ちるのが早くなったので、夕方6時半に黄昏迫る滑川まで行ってみましたら、あれから一段と大きく長くなった2匹の大ウナギが、追いつ追われつ全身をぐるりぐるりと回転させながら、ウサギならぬウナギのダンスを見せてくれました。

楢の木のほの暗い木陰でひとところにかたまって背びれだけをひらひらさせているハヤたちも、息をひそめて彼らの舞踏を見つめています。

そこで私は、音痴であるのをものともせず、ア・カペラで高らかに歌いあげました。


♪ソソラソラソラウナギノダンス ソソラソラソラナメリカワダンス


6小節を歌い終わってまた道端の滑川を見下ろしていると、そこへちょうど近所のTさんが通りかかりました。Tさんは昔学校の教師をしていましたが、いまは悠々自適のご身分です。私が

「この世紀の見世物をご覧なさいな」

と勧めると、しばらく夢中になって見物しておられましたが、突然携帯を取り出しましたので、このオオウナギの饗宴をデジカメに記録しておこうとするのかと思ったら、

「そういえば最近私の家の庭にカルガモの親子が団体でまぎれこんできたんですよ」

と言って、可愛いいカルガモちゃんたちの写真を見せてくださいました。
けれどどうやらこの方は、ウナギよりもカルガモちゃんが可愛いいらしいので、私はちょっとがっかりしました。

Tさんが去ってしばらくすると、今度は有名な日本画家の小泉淳作先生が腰をくの字に折り曲げながら、ゆっくりこちらにやって来ました。
ちなみに先生は今月27日まで日本橋高島屋で東大寺本坊襖絵完成を記念した一大展覧会を開催されています。そこで私は、

「先生、先生、ウナギですよ。ウナギがダンスしておりますよ」

と申し上げようとしたのですが、折悪しくそこへ鎌倉駅行のバスが滑り込んできたので、白髪の魔法使いのような先生の姿は、疾走する京急バスのドアの奥に飲み込まれてしまったのでした。

魔法使いの棒一閃オオウナギぐるりぐるり 茫洋

Sunday, September 19, 2010

グルダの「モーツアルト・コンプリート・テープ」全6枚組を聴いて

♪音楽千夜一夜 第164夜

テープといってもCDです。フリードリッヒさんがひそかに自宅とかで1956年から97年にかけてこっそりテープレコーダーに録音しておいたやつを、彼の死後息子のパウル君が発見して、それを独グラモフォンから売り出すようにしてくれたお陰で、私たちはこの素晴らしいモーツアルトに接することができたのです。

それだけではありません。パウル君は偉大なお父さんが未完のままで放り出していたK.457の第3楽章をできるだけグルダ風に追加演奏して、親子合奏完結盤を新たに制作してくれました。

私は父グルダには会ったことなどないのですが、1961年生まれの息子のパウル君には、かつて渋谷のタワーレコードでひょっこりはちあわせしたことがあります。
私が6階のクラシック売り場でCDを物色していると、すぐそばにひとりの外国人がやってきて、やはりウロウロしています。その顔がどうもどこかで見た顔で、よく見ると「パウル・グルダが渋谷タワーにやって来る!」というポスターの写真の顔なのでした。

あちらの国の人たちは、こちらの国の人たちと違ってべつだん知り合いでなくとも挨拶代りに笑顔を差し向けますが、このときもパウル君が私に頬笑んだので、急いで慣れない「頬笑み返し」をしながら私が、「もしかして貴君はパウルさん?」と尋ねると、その青年はなぜかはにかみながら、小声で「イエス」と答えたので、私は特に理由はないのですが、それ以来おのずとパウル君の熱烈なファンになったのでした。

そんなパウル君が、亡き父君のために編んだ、私の大好きなモーツアルトのピアノ曲集は、これからも生涯の愛聴盤となっていくのでしょうが、どのソナタに耳を傾けても、聴衆をまったく意識しないインティメートな表情と赤裸の心に打たれます。
どうやらグルダは、モーツアルトその人に聴いてもらうために、深夜そっとベーゼンドルファーの鍵盤に触れているように思われてなりません。

そしてその白眉は、ボーナスCDに付された「フィガロの結婚」の自由なパラフレーズ集。たった1台のピアノが、スザンナの、モーツアルトの、そしてグルダの生きる喜びと悲しみをあますところなく表現しています。


ああグルダのフィガロ この演奏を耳にせず泉下の人となるなかれ 茫洋

Saturday, September 18, 2010

ワーナー盤「バッハ大全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第163夜

ワーナーミュージックといっても実際はテルデックとエラートレーベルによる全50枚CDによるコンンピレーションです。またしても1枚243円というロウプライスに目がくらんで買ってしまいましたが、さすがは音楽の王者J・S・バッハ。誰がどのように演奏しても頭を深く垂れて傾聴するにふさわしい演奏揃いなのはさすがです。

しかしてその内容は、アーノンクールが22枚のほか、コープマンが5枚、そのほかレオンハルト、リヒター、シュタイアー、スコット・ロスなど、定評ある演奏が数多く揃っています。

バッハの宗教音楽は誰がなんといおうがカールリヒターとミュンヘンバッハ菅の演奏に尽きるので、アーノンクールふぜいが懸命にやってくれてもそれほどの感銘は受けませんが、同じナンバーを謹厳生真面目なリヒター盤と比べてみると、ずいぶんあまくて緩くて自由な態度で演奏していることが分かります。
まあこういう立場のバッハがあってもよろしいのではないでしょうか。カンタータだけでなく仲間一党と組んだヴァイオリンソナタも思いがけない喜悦をもたらしてくれましたし。

そこへいくとトン・コープマン選手はさっぱりです。このセットでは心地よいハープシコード協奏曲の調べを聞かせてくれましたが、最近FMで聴いたばかりのベルリンフィルを指揮してのカンタータはアンサンブルもめちゃめちゃで、「これでもバッハ?」というけったいな演奏でした。超一流オケを前にしてあがってしまったのでしょうが、自分の手兵とでないと音楽ができない指揮者は困りものです。


ところでこのコンピレーションを企画したのは韓国のワーナーミュージックです。
しばらく前に鶴首されていたリリー・クラウスの第1回のモノラル録音のモーツアルトのソナタ全集を発売したのもおなじ韓国のEMIでした。
私がいま毎日のように聴いているRCAリビングステレオ全集全60枚セットもやはり韓国盤ですが、現在ウオンが安いというだけではなく、この国のクラシック業界のほうがマーケティングのセンスが優れているのではないかという気がしてなりません。



どうしてああも自分勝手な奴なのだらうと思っているのであろう 茫洋

ソニー盤「ロベルト・シューマン全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第162夜

この頃狂ったように廉価版の大安売りを全世界で展開しているソニーグループのシューマン全集25枚組。一枚当たり258円ということなので、やはり買わずにはいられませんでした。

交響曲はレヴァイン&フィラデルフィア菅という珍しい組み合わせであるが別にどうということなし。声楽の大曲でいま録音が相次いでいる「楽園とペリ」はアーノンクールとバイエルン放響、「ファウストからの情景」はアバド・ベルリンフィルの名演ですこぶる聴きごたえあり。

ちなみにアバドは昨夜のFM放送でブラームスのカンタータ「リナルド」という珍しい曲をやっていた。声とオケの合わせでは当代随一と思っていたが、その前日のマリク・ヤンソンスとベルリンフィルによるヴェルディの「レクイエム」には震撼させられた。

カラヤンやムーテイやらバレンボイムで聴いてだいたいあんなもんと思っていたこの曲の恐るべき真価を突き付けられました。脱帽。今世界中の指揮者で聴くに値する随一の存在ではなかろうか。随二はもちろんハイティンク。期待していたダニエレ・ガティのウィーンフィルとのヴェトーヴェンもクラーバーの下手くそな真似っ子でがっかりだったし。

結局この全集でも歌曲がいちばん楽しめました。フィッシャーデイスカウ、ホロビッツの「詩人の恋」、ヴァルトラウト・マイヤーの『女の愛と生涯』、プレガルディエンの『リーダークライス』Op.24、クヴァストホフの『リーダークライス』Op.39、シュトゥッツマンの『愛の春』など名曲の名唱が存分に享楽でけまっせ。



この臭い汗は絶対に私の所産ではないぞ 茫洋

Friday, September 17, 2010

鎌倉国宝館で「国宝鶴岡八幡宮古神宝展」を見物する

茫洋物見遊山記第37回&鎌倉ちょっと不思議な物語第227回


秋です。ようやく萩の花が咲きほころびはじめた国宝館を訪ねてみました。

鶴岡八幡宮の古いコレクションが並べてありましたが、ほとんどこれまでに見たものばかりで掘り出し物はありませんでした。

ただ面白かったのは例の強風で倒れた大銀杏にまつわる展示です。この巨大な植物は樹齢数百年といわれ、承久元年(1219年)の旧暦1月27日の朝、三代将軍の実朝が甥の公暁に暗殺された瞬間をただひとり(1本)目撃していたという噂もありますが、さて本当のところはどうだったのでしょう。

残念ながら当日の惨劇を記録した「吾妻鏡」には、この銀杏についての報告はなされていませんし、鎌倉・室町・南北朝時代をつうじていかなる文書や記録にもこの種の情報はまったく残されていないようです。

はじめてこの植物を歴史に登場させたのは、あの天下の副将軍徳川光圀が貞享2年(1685年)に編纂出版した「新編鎌倉志」という歴史書で、そこには「銀杏の木に隠れていた女装した公暁が実朝を切り殺した」と書かれており、この説が万治年間(1658年から60年)に出版された中川喜雲という人の「鎌倉物語」に転載されて江戸の人々にしっかり定着したのだそうですが、彼氏が女装していたとは私も初耳でした。

もし本当なら、隠されていた驚くべき真相が466年振りに明らかになったということになりますが、真偽のほどはさあどうでしょう?
ともかく大銀杏と将軍暗殺がワンセットになったのは事件発生からおよそ半世紀が経過した江戸時代からであり、ここから急速にくだんの銀杏の存在がフューチャーされてきたようです。

本会場にある江戸時代に製作された「相州鎌倉之図」という絵地図では、たしかに鶴岡八幡宮のランドマークがこの銀杏であることが明示されていますし、明治時代になって月岡芳年が描いた「美談武者八景-鶴岡暮雪」という武者絵ではくだんの大銀杏を挟んでおじさんと甥っ子が大立ち回りを演じています。

そういえば八幡様には数多くの名刀(国宝)が保存されていますから、かつて別当を務めた公暁が実朝の首を斬った刀が現存しているのかもしれませんね。
以上、鎌倉国宝館の説明文の引用でお茶を濁してみました。(10月11日まで開催中)


イチローが一日一本打つように生きること 茫洋

Thursday, September 16, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第27回

bowyow megalomania theater vol.1

公平君と洋子と文枝と僕も、のぶいっちゃんを助けようと手に手に近くに転がっていた石ころや棒ぎれを持って、おまわりの頭や顔や手や足をてんでにぶん殴りました。

思いがけない逆襲に驚いたおまわりは、びっくり仰天、慌てふためいて逃げ出しました。あんまりあわてたからでしょう、峠のそま道の真ん中には、なにやらものものしい物体が残されていました。それは警官が持っていたピストルと銃弾ベルトでした。

「へええ、ピストルじゃないか。本物のピストルだ! すごいじゃん」

「へええ、これが赤塚不二夫の漫画に出てきたピストルかあ。前から一度こいつにさわってみたかったんだ」

と、のぶいっちゃんとひとはるちゃんは狂ったように喜びました。

「おいおい、ちょっと僕にも触らせてくれよ」

と公平君が頼んでも、のぶいっちゃんとひとはるちゃんは、ピストルとガンベルトを握りしめ、まるでカーク・ダグラスとバート・ランカスターになったように飛び跳ねています。

それから僕たちは、かわりばんこにずしりと重い拳銃をベルトに差したり、楢の木のてっぺに止まっていたフクロウに狙いを定めたりしながら、3時間もかけてようやく懐かしのわが家に辿りついたのでした。

今日はほんとうにくたびれました。


油蝉リュリュリュ晩夏流る 茫洋

Tuesday, September 14, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第26回




bowyow megalomania theater vol.1


その途中、寒椿や水仙で有名な龍泉寺の上の山道にさしかかった時、一人の警官に見つかってしまいました。

「おい、こら、ちょっとお前たち、待て! 待つんだ!」

と怒鳴りながらすごいスピードで龍泉寺に下りる道を駆け登ってくると、いきなりのぶいっちゃんの顔を一発ぶん殴って、

「おい、お前だな。星の子学園から逃げ出したノータリンは。ちょっと来い。お前も、お前も、お前もだ! 揃いも揃って頭の悪そうな顔してやがる。さあ、来い。こっち来い!」

と言って、のぶいっちゃんの腕をねじあげてぐいっと引っ張りましたので、のぶいっちゃんはよろけて地面に倒れ、倒れながら警官に地面を引きずりまわされ、引きずりまわされながらえんえんと泣きだしています。

それを見たひとはるちゃんは、顔を真っ赤に紅潮させて、おまわりのお腹の真ん中にどんと頭突きをくれて、おまわりを押し倒し、おまわりの上に乗っかって両手で首を絞めあげました。
 


君と共に熊野神社を歩きおれば特許許可局と杜鵑鳴く 茫洋

Monday, September 13, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第25回

bowyow megalomania theater vol.1


11月3日

僕たちが星の子学園を脱走してから今日で3日になります。きっとはみんなが僕たちのことを心配して探し回っていることでしょう。きっと大捜索隊があちらこちらを探しているに違いありません。僕もお母さんや純くんのことが気になりますが、仲間と一緒なので里ごころがついたり悲しくなったりすることは全然ありません。
お母さん、大丈夫。僕はとても元気ですお。

けれどもみんなも家や家族のことが気になるので、今日は全員揃って朝早くから星の子学園の様子を偵察に行くことにしました。

細長いあぜ道を一列になってらせん状に山腹を何時間もぐるぐる回って合計3つの山を登って下りてお昼前にようやく星の子を見下ろす阿弥陀山のてっぺんにやって来ました。どうして阿弥陀山と呼ぶかというと、この山を星の子から見ると、大きな仏様がねんねぐーしている姿に見えるからです。

阿弥陀山の頂上から小さな盆地の下の方を見下ろしたのですが、なんだか様子が変です。僕たちが逃げてきた運動場と阿弥陀山の間には大勢の警察官のような人たちがウロウロ行き来しているのです。学園の中はしーんとして静まり返り、いつまでたっても仲間たちが外に出てくる気配はありません。

お昼休みが終わって阿弥陀山の日が陰る頃になっても誰も運動場に出てこないので、とうとう僕たちはあきらめてもと来た道を引き返しました。


次男去りし翌日仙人草の白く小さな花咲きにけり 茫洋

開高健著「夏の闇・直筆原稿版」を読んで

照る日曇る日 第373回

あまりにも暑いので、開高健の代表作と称されているこの本を、そのタイトルに魅せられて読んでみました。

お話としては作者を思わせる肥厚な主人公が夏のパリで「私の玉門香ってる?」なぞとほざくむっちりとした肉体の持ち主(ただしあまり美人ではなさそう)と再会し、初秋のベルリンで別れるまでの男と女の精神と肉体のがっつりとした格闘をリアルに描いた作家40歳の折りの大作です。

そりゃあ人間誰しも適切な異性と遭遇すればただちに全身を投げ出しさらけ出すような恋愛をするわけですし、そこで己の存在意義がひび割れてくるような深刻な体験もするわけです。

来る日も来る日もただただセックスをやるまくる日々もあるわけですし、それがとても気持ち良かったり悪かったり、セックスしながらベトナム戦争についてもっともらしいことを考察したり、激しいセックスの合間には湖で大魚をオーパ!と釣りあげたり、そいつを上手に料理して、レモンをぶっかけてワインで乾杯して満腹したり、そろそろこうゆう生活にも女体にも飽きたなあ、いよいよサイゴンも陥落しそうだからちょっくら現場に駆け付けようかな、などと考えて実行する話なら1970年当時にはざらにあったわけで、それをこの作者が書いたからといって作者自身にとっては格別の大事件だったのでしょうが、われら読者にとっては当時も今も別にどうということはありません。

作者が「第2の処女作」と解説しているくらいですから、それなりの思い入れを込めたのでしょうが、今は亡き江藤淳が「喪われたやさしさに対する悔恨の歌であり、愛を奪った時代への告発の書でもある」などとカッコつけて絶賛するほど素晴らしい作品とは思えませんでした。

確かに作者がおのれの魂の井戸の奥底のゆらぎを見据えながら発語していることはわかりますが、かの高名な批評家がおっしゃるようなセンチメンタルで悲愴な歌を絶叫しているわけではありません。

ウンコちゃんはお風呂の中でユーモラスな実存鼻歌を歌っているのですよ。

しかしながらこうしてモンブランの高級万年筆を握りしめ、おそろしく下手くそな書字で自家製400詰め原稿用紙に408枚をエネルギッシュに書きまくったその生命力と創作意欲の燃焼力をつぶさに感得できるのは、じつに貴重な読書経験でした。

まるで漫画のようなプロットの平板さはともかく、作者の恐るべき文才と卓越した小説操縦力、そしてその自在なインプロビゼイションを存分に堪能できる1冊です。


♪楽天的な革命家と革命的な楽天家いずれも困ったものなり 茫洋

Saturday, September 11, 2010

川西政明著「新・日本文壇史第3巻昭和文壇の形成」を読んで

照る日曇る日 第372回

この巻では例によって芥川龍之介、菊池寛、川端康成、中原中也、小林秀雄、そして室生犀星と萩原朔太郎の私生活と女性関係が顕微鏡的視野でこれでもかこれでもか、と映し出され、精査されます。

例えば芥川の巻では、秀しげ子からあなたの子を産んだと強迫された龍之介が、中国に逃げて心身に致命的な損傷を受け、帰国して自殺の決意を固め平松ます子に心中をもちかけた。ところが当時一家揃って大本教の熱烈な信者であったためにあっさり断られ、結局一人さびしく青酸カリをあおって死んだそうです。

しかし私は、そんな史実だか逸話だかの膨大な集積はいくら分量が増えても彼の文学とはまったく関係がないと考えているので、そんな与太話はどうでもよろしい。彼は、漱石のような長編小説が書けないために自死したのです。

また菊池寛は根っからの同性愛者で、後に共産党の指導者になった佐野文夫を熱愛するあまり彼が盗んだマントを自分が盗んだと言い張って一高を退学になる。結局都落ちして三高に入って悪しき性癖を清算するとともに冷徹な現実主義に目覚め、芥川と同じ芸術路線では成功できないと計算して「真珠夫人」のような通俗小説に走った、などと書かれていますが、彼の天成のストーリーテリングの才は、初期の短編「忠直卿行状記」「恩讐の彼方に」「藤十郎の恋」を読めば明らかなこと。天才菊池寛の文学の起点に、あえてホモセクシャリズムを設定するその魂胆がよくわかりません。

そのほか川端康成や梶井基次郎の秘められた恋など、読めば読むほど週刊新潮真っ青のプライバシー大侵害記事が続々登場して面白いこと無類の本ですが、さてちょっと待てよ。これがはたして日本文壇の歴史なのか。これでは日本文学の歴史ではなく、文学者を陰でリモコンした謎の女性シリーズではないか、とおおいに困惑したことでした。

じつはこの日本文壇史というシリーズを始めたのは伊藤整という文学者で、作家と作品の秘密を解明するためには作家の私生活と人間関係を洗う必要があるという固定観念にとらわれたこの人が、こういうプライバシー暴きを精力的に開始したのです。したがって前任者を継承した本シリーズもやはり一つ穴の狢にならざるを得ないのでしょうが、もう少しなんとか脱下半身路線に切り替えられないものでしょうかねえ。


いずれが最小不幸宰相ならむ阿呆馬鹿絶叫金切り声大演説を抹消す 茫洋

加藤典洋著「さようなら、ゴジラたち」を読んで

照る日曇る日 第371回

著者の「敗戦後論」以降のいくつかの論文を、ここでまとめて読むことができました。

戦前や戦中派にとっては第2次大戦の悲劇から受け取った教訓はそれなりに身に染むたぐいのものでしょうが、戦後生まれ、とりわけ10代、20代の戦争をまったく知らない若者にとってのそれはどうなっているのでしょうか。

彼らの多くは「自己中」であり、「戦争なんて関係ない」という捨て鉢の言辞のもとに、おのれと過去の歴史総体との関連を断ち切り、現在の社会や「世界」との関係もできるだけ希薄なものにしておこうとする性向が際だっているのではないか。

それを嘆く大人たちは、自閉する若者たちに向かってあれやこれやの戦争体験をラウドスピーカーでがなりたて、戦後民主主義の貴重な意義をいわば暴力的に吹きこもうとしているわけですが、そういう外部からのイデオロギーの注入は所詮は無駄なのでいっさい止めて、彼らをして彼らの道を歩ましめよ。

世界平和なぞ犬にでも喰われろ、などと叫んでいる手合いであっても、いずれは社会性にめざめ、おのれの無垢なる少年性に別れを告げ、おもむろに手ごわい他者と出会い、公共的な地平に歩み出て、この世界でいかに生きるか、いかに取り扱うかという問題に首をつっこむであろう。

先輩たちのもっともらしいご高説やらアドバイスをすべて退けて、てんで無知で白紙の彼らがゼロ地点から戦後と世界に向き合う時に、はじめて戦後人による戦後選択肢が生まれてくるので、憲法も第9条も天皇制も彼らの成長と成熟にゆだねよ、というのが彼の超楽観的?な考えのようです。

だからといってわれら年長組がなにもしないで万事を放擲すればいいということではないのですが、これまでの経緯と思考をいったんチャラにして、いまこの世に誕生したばかりの赤ん坊の視点で政治経済社会を俯瞰してみるのも悪くはないなと思ったことでした。


これと関連して著者が本書で展開している宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」論や憲法論、靖国神社を破壊するゴジラ論や「かわいい」論、埴谷雄高論も軽々しく読む捨てにできない興味深いものです。



一粒の麦死なば多くの実を結ぶのだろうかと一粒の麦は迷う 茫洋

Thursday, September 09, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第24回

bowyow megalomania theater vol.1

そしたら突然公平君が洋子から僕を引き離してチークダンスを踊り始めました。

僕が呆然としていると、文枝が僕の腕を取って全身を寄せてきたので、僕は文枝とチークダンスをしました。洋子もいい匂いでしたが、文枝も洋子とは少し違ったいい匂いがしました。

女の子の身体は、文枝も洋子もみんなとっても柔らかいものだということが、僕にははじめて分かりました。

そのあとみんなでお互いに相手をとっかえっこして夜が更けるまでダンスを続けました。
僕は生まれてから今日までこんなに楽しかったことははじめてです。

それから僕たちはきのうのぶいっちゃんとひとはるちゃんがどこかから探し出してきた段ボールを何枚も重ねて、それにみんながくるまるようにしてみんなで寝ました。

夜中を過ぎるとものすごく寒くなってきたので、僕は隣の洋子と身体をぴったりくっつけ、お互いに抱き合ったままで寝ました。

公平君は文枝と、のぶいっちゃんはひとはるちゃんと抱き合ったまま寝ました。

みんな幸せそうな顔をして寝ました。



   1か月1滴の水もなく堪える草白く小さき花をつけたり 茫洋

綿貫智人著「リストラなう!」を読んで

照る日曇る日 第370回

今年の3月上旬、出版準大手の光文社の早期退職募集に手を挙げた45歳の編集・宣伝・営業経験者たぬきち氏のリストラをめぐる実況中継記録です。

ブログで綴られた迫真の内部暴露的ドクメントが業界関係者のみならず全国の労働者諸君の関心をあつめ、6月1日の著者の退職とともに終了した連載がなんと最大手の新潮社から7月30日に出版されるという快挙!につながりました。

高給をはむわりには働きが悪くて甘く、基幹業務を下請けにマル投げしているととかく他業種から評判の悪いマスコミ業界ですが、著者たぬきち氏の内部情報が明るみに出されるにつれこのエリート出版社とその正社員に対するビジネスや社会認識に対する「ゆるさ」がするどく対象化され、たぬきち氏への妬みや嫉みも交えてブログへの書き込みは白熱化してゆきます。

しかし一方では雑誌・書籍・漫画マーケットの長期低落や電子書籍の台頭など、出版業界を巡る緊迫した情勢を前にして、このリストラはたんに一出版社の一社員の危機ではない、という真剣な問題意識が登場して、この一個人のブログがあたかもアテナイのアゴラのような風通しの良い公共空間に変化していくあたりが最大の読みどころといえるでしょう。

最後の最後で突然登場したたぬきち氏の父親のコメントもじつに感動的なもので、私たちはあるテーマをめぐって偶然ネットに集った赤の他人たちがいつのまにか公共的な友愛の絆のようなもので軽やかに結ばれていく新しいよろこびを体感することができるでしょう。

ウエブによって結ばれし新しき友情ここにあり 茫洋

Wednesday, September 08, 2010

橋本治著「リア家の人々」を読んで

照る日曇る日 第369回


 シェークスピアのリア王の悲劇を軽く踏まえてはいるが、作者は、娘に離反されていく明治生まれの文部官僚一家の運命を描きながら、改めて私たちにとって戦後とは何であったか、を自問自答しようと試みている。

 戦時中初等教育の管轄責任者であった主人公は、公職追放されても、数年後に文部省に復職しても、おのれを大河にもてあそばれる1枚の木の葉のように感じるだけであり、いまもむかしも「生活が第一」。自己の社会的責任を問おうとする発想などさらさらない。
かつて中原中也がうたったように、

「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました」

という一行で戦争が総括されていくのである。

60年代の後半になると既成の秩序や権威に若者たちが異議申し立てを行う「嵐」の時代がやってくるが、主人公と末娘はそんな流行に眉をひそめながら嵐が通り過ぎるのをじっと待つ。昔ながらの家庭生活を墨守しようと蛸壺の底にもぐりこむ臆病な蛸のように…。
しかし蛸は、おのれの生のむなしさをはっきりと自覚している。

当時の私もこの小説に登場する三女のように、自分を思想も生きがいもない空虚な存在と自覚していた。だからこそおのれを燃焼させる対象物がむやみに欲しかった。それが麻薬であれ歌であれスポーツであれ…。

別に自分で政治や革命ごっこを選んだわけではないが、そこに炎が燃え盛っているなら、思い切って飛び込んでも、飛びこまないよりはたぶん面白かろう。見る前に飛べ、である。 そしてそのささやかな自己投企は、狭い蛸壺の底で自縄自縛に陥っていた孤我をおびただしい他者たちが渦巻く広大な世界に連れ出してくれるうってつけのチャンスにつながっていったのだが…。

「幾時代かがありまして、茶色い闘争ありました」

作者はこの不器用な小説を書くことによって、戦前戦後を通じて本質的に変わることのない日本人の、思想も節操もなくただ時代に流されていく没主体的な「体質」を摘出することに成功したようだ。

幾時代かがありまして、茶色い人たち騒いでおりました 茫洋

Monday, September 06, 2010

EMIの「マーラー全集16枚組」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第161夜


交響曲は1番がジュリーニ&シカゴ響、2番がクレンペラー&フィルハーモニア管、3番がサイモンラトル&バーミンガム市響、4番がホーレンシュタイン&ロンドンフィル、5番がクラウス・テンシュタット&ロンドンフィル、6番がバルビローリ&ニューフィルハーモニア管、7番がラトル&バーミンガム市響、8番がテンシュタット&ロンドンフィル、9番がバルビローリ&ベルリンフィル、大地の歌がクレンペラー&フィルハーモニア管、10番がラトル&ベルリンフィルといった布陣で同工異曲のグラモフォン盤におさおさ劣るものではない。

しかしこうして全曲を順番に聴いてみると聴者の耳に対してはともかく心に対してきちんと届く音楽をやっているのは1にクレンペラー、2にテンシュタット、3にバルビローリという順位は明々白々で、相変わらず得体のしれない演奏を続けているサイモンラトルという指揮者への疑惑の念はここでのマーラーを聴いてもいっこうに消えなかった。

 最近のラトルではブラームスの交響曲全集をああこれはベルリンフィルの音だな、と懐かしく聴いたが、それだってかつてのフルベン、カラヤン、近くではアバドの演奏をいささかも凌駕するものではなく、いったいこの指揮者のどこがよくてベルリンの連中はかれをシェフに選んでいるのか私のようなロバの耳には理解しがたいところである。

こと伝統芸術や再現芸術の出来栄えにかんしては、フルベン、トスカニーニ時代の演奏の方が最新版のそれよりもずんと胸に沁みるのは楽器も演奏技術も格段の進歩をしたはずなのに、いったいどうしてであろう。

 私が密かに期待していた若手のティーレマン&ウイーンフィルによるベートーヴェンの4番、5番、6番の交響曲も、教育テレビの映像で見る限りは、亡きクラーバーの下手くそなモノマネ猿芝居のようでほとんど噴飯ものであった。彼はやはりオペラの人なのだろう。

♪熊のような大猿が名指揮者の猿真似をしていたよ 茫洋

グレン・グールドの「ベートーヴェン録音6枚組」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第160夜

グールドのバッハについては「吉田秀和翁称揚以後」は、それまで無視していたあほばか評論家も含めて猫も杓子も絶賛の嵐だが、その他の作曲家の演奏の是非についてはほとんど語られない。わずかにモーツアルトのソナタの異常に遅いテンポについて非難めいた言及がなされるくらいだが、ここで紹介するベートーヴェンがそれほど悪い演奏であるわけがない。私は彼のピアノソナタにはモーツアルトほどの感銘は受けないけれど、5つのピアノ協奏曲はLPの時代から好んで聴いていた。

とりわけバーンスタインの棒で入れた5番の「皇帝」の演奏は見事で、トルコ行進曲とは正反対のゆったりとしたテンポのオーケストラをバックに、ベートーヴェンの音楽が持っている豪胆と深々としたエロスを、いかにもグールドらしい知的に制御された頭と手と足で自在に演奏してのけていた。

この曲の第二楽章はかつてオーストラリアの映画監督ピーターウィアーの処女作「ピクニック・アト・ハンギングロック」で思いがけず効果的に引用されたことを懐かしく思い出すが(音楽担当はブルース・スミートン)、それはグールドの録音ではなかった。

それが録音されたのは60年代の終わりごろのことで、私は友人の友人が作陶にいそしむ西伊豆の山奥のアトリエで深夜ボリュウームを最大限にあげたステレオオーディオ装置でその大自然と一体化した雄大な演奏を聴いたのだが、グールドの例の唸り声と共に終楽章のコーダが空高く飛翔していった真夏の銀河のきらめきを、いまでもつい昨日のことのように思い出すのである。

なんでもこのテンポについては指揮者とピアニストの間で意見の対立があったが、結局バーンスタインが折れて、「このテンポには同意できないが発売には同意する」というコレジットが付されていたと記憶する。バーンスタインはもっと早めのテンポを採りたかったに違いないが、実際のパフォーマンスはグールドの直観の正しさを裏付けているようだ。

しかし残念ながらこのセットに収められている「皇帝」はストコフスキーとアメリカ交響楽団の伴奏で、バーンスタイン盤の光彩はその片鱗もない。もしかするとその後偉大な存在に成りおおせたバーンスタインがソニーに圧力をかけて廃盤にしたのかもしれないな。


♪伊豆の夜真夏の銀河のさんざめきグールドの哄笑谷間を揺るがす 茫洋

Sunday, September 05, 2010

トマス・ピンチョン著「メイスン&ディクスン」を読んで

照る日曇る日 第368回

この万年ノーベル文学賞候補作家の作品について、格別面白いとか内容が深いとか文学史的な意義があるとか思うたことは一度もない。

ないのになぜこうやってつらつら紙面に眼をさらし続け、唐人いな米人の寝言に耳を傾けているかというと、このいかにも面妖でけったいかつ思わせぶりな作者の悟り澄ましたような面持ちについつい吸引せられて、太平洋の大波のごとく繰り出される話題と思藻と逸話と笑話と小話の数々にあだかも人参に目移りするポニーのごとく広い地球のあちらこちらに引きずりまわされているうちに、とうとうさしたる事件もカタストロフも世界革命も、ありそでなさそで黄色いサクランボの1粒も転がることなく、唐突な巻頭とおんなじ調子でこの世紀の長編大小説が忽然と終了してしまうからである。

全体の構図としては、英国から漂流してきた2人の天文学者兼測量技師メイスンとディクスンが、独立戦争以前の植民地アメリカを舞台に繰り広げる抱腹絶倒のはずの弥次喜多道中膝栗毛であるが、十返舎一九の道中小噺は読んでいて時折くすりと笑えるほどには面白いが、亜米利加版の弥次さんも喜多さんも作者が♪ペペンペンペエンと自分で囃すほどに面白いものではなく、読めば読み進むほどに小澤征爾の指揮と小沢一郎の御託と同様、退屈とあくびの山がそびえたつばかり。

滑稽喜劇小説であるはずなのに巻末では主人公たちのあまり幸福でもない最期にいささかのいたましさを覚える始末でありやんすが、なんといっても致命的なのは、雄大なピラミッドを支えるほどにあまたの岩石で構築されたアネクドートや小噺がそれこそ無機物で無味乾燥で、教養の気付け薬にはなるかもしれないが、吉本興業の下らぬお笑いほどにもくすりとも笑わせてくれないことだ。

上下巻合わせて1094ページの超くだらん放漫脳味噌全開大小説をば、英語フランス語スペイン語の蘊蓄やら西洋史やら天文学やら測量学の専門知識を随所にふりまくペダンチックな作者の驥尾に付して懸命に邦訳された柴田元幸さんご苦労さん。あなたこんな小説必死で翻訳してほんとに面白かったの。

なに、面白そうで面白くないところが面白い。うむ、天下の大小説はみなそうかもしれんて。しかし唯一面白がっているのは作者だけだろう。見上げた根性だ。私には徹頭徹尾つまらんかった。キンチョールのCMで大滝秀治が言う通りだ。

やい、トマス・ピンチョン。お前の話はつまらん。まったくつまらん!


♪どうしようもなくつまらないのにつまるようにもてはやす世間の痴れ者たちよ 茫洋

Saturday, September 04, 2010

リヒテルのEMI録音全集を聴いて

♪音楽千夜一夜 第159夜

多くのピアニストたちと違ってリヒテルというひとは歳をとるほどに凡庸な演奏家になりさがっていったのではないだろうか。彼の晩年にヤマハの凡庸なピアノで蝋燭の明かりの下で聴かされたチャイコフスキーの3流の小曲集などは、曲も演奏もあまりにもつまらなくて途中で会場を抜け出したりしたものだった。

しかしたしか60年代のはじめだかに、彼が鉄のカーテンから西欧世界に逃れ出て、ブルガリアのソフィアだかで(ここはまだ旧共産圏であるが)蘭フィリップスのために録音した「展覧会の絵」なぞはいま聞いても新鮮な驚きが打ち鳴らされているとおもう。

それは80年代にチエリビダッケが管弦楽でやった爆奏に、ただ1台のピアノで比肩させた驚異的な名演だったが、ではこのボックスに入った14枚組のCDの中で、その人間わざとも思えぬ演奏や、あるいはフィリップス盤の平均律の至高の境地に匹敵するような音像が刻まれているかといえば、否である。

しかしベートーヴェンのピアノソナタの3番やシューベルトのドイッチエ664のソナタやWandererFantasy、シューマンの幻想曲や蝶々、知る人ぞ知るヘンデルの組曲や、あのクライバーと入れたドボルザークのピアノ協奏曲を真夏の夜に鳴く蝉の音を伴奏に改めて聴くよろこびはまた一入のものがある。


モーツアルトはオレグ・カガンとのコンビで入れたいくつかのヴァイオリンソナタを聴けるが、カガンはこのピアニストよりずっと若くして亡くなってしまった。私は一度この人のバッハの無伴奏を聴いたことがあって他の誰よりも高く評価しているのだが、10年前に渋谷の山野楽器の東横店にあった仏Erato盤の2枚組CDを買い損ねてしまい、以来ずっと探し求めている次第である。


求めよさらば与えられんといいしはさだめし若きひとならむ 茫洋

Thursday, September 02, 2010

島田雅彦著「悪貨」を読んで

照る日曇る日 第367回

政治的経済的に衰退期に入った二等国の内部では退嬰的な気分が蔓延しているが、なかにはそこからの反転攻勢を夢見る人たちも当然出現するわけで、本書の主人公は理想主義的な人道主義とエコロジー&地域通貨に基づく共同体「彼岸コミューン」のメンバーとしてグローバル資本主義の超脱解体克服に挑もうとしている。

しかし精巧な偽札の大量流通によって日本経済を混乱させ「彼岸コミューン」の覇権を確立しようとした主人公は、日本国の政治経済社会のすべてを手中に収めようとする中国政府機関の悪辣な陰謀によってあえなく打ち砕かれ、あわれはかなく東京湾の藻屑と消え去るのである。

 頭の良い作者は、こういう最新流行のプロットをいかにもそのようにリアライズするべく、偽札をつかんで狂喜するフリーターやルンペンプロレタリアート、薄幸の若者たち、美人過ぎる刑事などを要所要所に劇画風に張りつけるのだが、インテリゲンチャンの脳内で強引にでっちあげられたこれらの登場人物には生きた人間の生彩がてんで感じられず、まるで無機的なロボットのようにあらかじめ決められたセリフをぎこちなく喋っているにすぎない。要するに限りなく小説に似たひものなのである。

国や国民諸力が弱体劣化してくると、かつての一等国英国がそうであったように、肩を並べやがて一気に抜き去ろうとする強大国に対する嫉妬や憎悪や怨嗟が熱した脳髄に湧き起り、よからぬ妄想が渦巻いて自家中毒を引き起こすものだが、本書も台頭する中国と血気盛んな中国人にたいするそうした妄念の産物であると言うても過言ではないだろう。


小利口な優等生の脳内にひそと咲きたる黒百合の花 茫洋

カルロス・クライバー指揮「薔薇の騎士」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第158夜


これはウイーンではなくミュンヘンでのバイエルン国立歌劇場での1979年初夏のライブ収録です。

まず演出ですがオットー・シェンクの保守的でオーソドクスな設計、装置、衣装、色彩がよろしい。ホフマンスターが設定したこのオペラの脚本の舞台は1740年から80年にかけての女帝マリア・テレジア時代のウイーンなのだから、そういう時空で物語を展開してほしい。最近の演出はみなとち狂っている。

それから演奏では冒頭の序曲が大切で、これがうまくいくとあともうまくいく。
舞台では伯爵夫人マルシャリンとその恋人カンカンとのみだらな情事が繰り広げられていて、その性交がクライマックスに達した時に、3本のホルンが彼らのオルガスムスをいななく。

シュトラウスは男性の硬いものが女性器に3回グルングルンと突きいれられた瞬間をリアルに楽譜にしているのに、多くの(良識はあるけれど)凡庸な指揮者たちときたら、この箇所をあいまいにぼかして演奏している。

しかしさすがにクライバーは、このとき指揮棒を持った右手をスコア通りに3回グルングルンとえぐっているところが映し出されるので、「お、分かってるね。さすがクライバー」となるのであるんであるん。

清純で無垢な商人の娘と結婚することになったオックス男爵のセクハラも相当なもので、女と見れば誰にも手を出すドン・ジョバンニそっくり。これほど男尊女卑の図もあまりないけれど、男爵のいとこである伯爵夫人だって、夫の出張の合間に若い燕と浮気しているのだから、どっちもどっちです。

しかし前に触れたことがあるが、シュトラウスときたらよくもこんな卑猥な公序良俗に反する「いけないオペラ」を書いたもんだ。当時も不道徳だとして賛否両論があったそうだが、私はいまでもだんぜん上演禁止にするべきだと思います。


クライバーは絶好調で、ときおり楽員にウインクしたりしながら歯切れよく演奏しているが、有名な幕切れの絶唱以上に素晴らしいのは第1幕の終わりの伯爵夫人のアリア。恋人との別れを予期する切々たる歌に、当夜涙しない観衆はひとりもいなかっただろう。まことに一期一会の名演奏である。

配役は伯爵夫人のギネス・ジョーンズとオクタビアンのブリギッテ・ファスベンダーが素晴らしい。ソフィー役のルチア・ポップも好演だが、この人は昔はひいきにしていたのだが、あんな可愛い顔をしているくせに、カルロスにひどい仕打ちをした(クライバーの伝記上巻を参照のこと)そうなので、あえて絶賛はしない。いくら故人になってもファンの恨みは根深いのである。



  歌ひとつ詠まずに旅から帰りけり 茫洋

Sunday, August 29, 2010

西暦2010年葉月茫洋花鳥風月人情紙風船

♪ある晴れた日に 第79回


ニイニイ油カナカナ鳴き揃うたり文月尽

その茗荷も少し大きくしてから食らうべし

飛蝗共が喰うたる紫蘇を食らうかな

空高く青に溶け入る二羽のシロチョウ

二五歳 子規も明治も若かった

栗の木の木下闇抜けて大ウナギ見にゆく

名月やウナギは踊る滑川

三日月や雌雄を決する大ウナギ

まいにち三浦スイカむさぼり食らう快楽

逗子ゞと音だけ聞こえる花火かな

揚羽孵化し天青咲きぬ葉月辛丑 


夏の夜グルベローヴァのベルヴェットヴォイスに酔いしれて

新橋で袖刷り合いし今野雄二ひとり縊れし夏の夜かな

本当のことをいえば我は砕けこの世も裂けるべし

たとえ世界が滅ぶとも我のみは生きるぞと一億の民

待ち待ちて今年咲きける天青の空の蒼よりなお青き藍

瓦葺の平屋を見れば心安らぐわれは昭和のおのこなりけり

超高層の億ションペントハウスに住むという男の自慢を白々と聞く

マーメードの刺青したる右腕を窓から出しつつ運転する男

二度までも太平洋に投げ出され根岸氏は鱶に喰われざりき

なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに

いつなにがおこるかわからぬよのなかやなにとぞぶじにいきおおせたし

一生に一度は誰もが叫ぶ言葉アプレヌ・ル・デルージュ!

ママ、ママア!自分の妻を母と呼んでいる隣のご主人

戦争だけが平和をもたらすと哲人カント喝破せり 

鶴ならで「鳩の恩返し」たあ驚いた臭せえ仲だぜ小鳩兄弟

ツイッタアにうつつをぬかす馬鹿ものの脳味噌の底で腐りゆく蛆

食を断ち甲冑を纏い木乃伊となりし武蔵かな

とくすでに永遠界に属すべし午前に撮りし朝顔の写真

君とゆく海水浴は一六回今年の夏もやがて逝くめり

ハスの葉を光にかざし見つめをる息子の最後の夏休みかな

健ちゃんが逃がしてやりし大ウナギ今宵も躍るよ滑川の淵

陰険な漁師どもの罠逃れ滑川に帰還せしウナギの王よ




家守棲む家に寝そべるうれしさよ 茫洋

Saturday, August 28, 2010

夏は逝く

夏は逝く

ある晴れた日に 第78回


沖合からやって来た土用波が百千のヨットを次々に倒すと、海面すれすれに浮上してきたゴンズイが歓声を上げた。

伊豆大島の上空でゼフィルスが裳裾をからげたので、大仏を見下ろしていた雷神が小太鼓を連打した。

コートジボアールからやって来た青年の双眼がビキニからはみだした巨乳にくぎ付けになったので、由比ヶ浜監視所のてっぺんの烏が阿呆阿呆と叫んだ。


今年16回目の海水浴を終えた少年は、お父さん、浮輪をつぶしてくださいな、とつぶやいて萎れたハスの葉に顔をうずめた。


ちょうどその頃、
66年前に撃沈されたはずの駆逐艦は、相模湾の海底からゆっくり身を起こそうとしていた。



君とゆく海水浴は16回今年の夏もやがて逝くめり 茫洋

Friday, August 27, 2010

柄谷行人著「世界史の構造」を読んで

柄谷行人著「世界史の構造」を読んで

照る日曇る日 第366回


世界史の構造を、後期マルクスが資本論で規定した生産様式ではなく、初期マルクスが規定した交換(交通)様式で定義しなおすことによって危殆に瀕した世界を救済しようとする哲学者の絶望的でもあり最後の希望でもあるような知的営為です。

著者は経済的下部構造としての4つの交換様式=1)互酬、2)略取と再配分、3)商品交換4)互酬の高次元の回復、のそれぞれに対応する歴史的派生態を、1)ネーション2)国家3)資本4)新規構成体と位置付け、しかし実際の社会構成体は、こうした様々な交換様式の複合体として存在していると説きます。
現在の資本性社会では商品交換が支配的な交換様式ですが、他の交換様式も消滅することなく「資本=ネーション=国家」という複雑な結合体として存続しているというわけです。(←ここらへんは難解そのものなので、直接本書にあたってくださいな)

ではこの複雑怪奇な複合体をどうやって揚棄するか。どうやって現代のリヴァイアサンをやっつけるか。

そういういわば最新版の階級闘争のためのアイデアも、上記の交換様式という視点から導き出されます。

すなわち旧来の革命論は労働者の生産現場で世界同時革命を起こして資本家階級を打倒しようという夢想的なものでしたが、資本主義が高度に確立されればされるほどそんな無謀な企ては不可能になってしまいました。

しかし考えてみれば労働者の別名は消費者に他なりません。理論武装した消費者が、生産点以外の流通過程で異議申し立てやボイコット等を行えば、資本主義の牙城は多少は揺らぐ、のではなかろうか。のみならず資本が利潤追求のために犯す様々な行き過ぎを是正し、地域通貨や信用システム、協同組合運動の展開によって非資本性的な経済をみずから創造することができるのではなかろうか、という緩い見通しが披歴されたりします。


このように「資本=ネーション=国家」が三位一体となった現代国家を最終戦争の危機から救うために、著者はカントが唱えた世界共和国=諸国家連邦構想を高く評価し、その現実的組織としての国連の活動に人類史のはつかな希望をゆだねようとします。

著者によれば、カントはたんに戦争の不在としての永久平和を夢想したのではなく、諸国民のいっさいの敵意を終わらせ、国家の廃棄を目的とした「段階としての諸国家連邦」を唱えたのです。ほんとうはホッブス以上の人間性悪説に立つカントは、過渡的な諸国家連邦では国家間の対立や戦争を抑止することはできないことを熟知していました。

平和を希求しつつも国家間の利害が対立する。その結果として生じた戦争だけが諸国民に永久平和の決意を再確認させ、そのプロセスの繰り返しによる「血の学習=自然の狡知」だけが諸国家連邦の絆を強固し、国家廃絶の理想に接近させることができる、というカントのシニカルな予測が正しいとすれば、私たちはまだまだ多くの戦争を潜り抜けることなしには世界共和国の夢を実現できないということになりそうです。

絶対平和を射程に据えた思想家の冷酷なリアリズムに肝を冷やされた真夏の読書でした。


戦争だけが平和をもたらすと哲人カント喝破せり 茫洋

Thursday, August 26, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第23回

bowyow megalomania theater vol.1


食べ終わったあと、みんなでたき火の周りで踊りました。

もうすでに陽は落ち、とっぷりと暮れ、まわりの山々は黒い影絵のように沈み込み、一番星が南西の空にぴかぴか光っています。勢いよく燃えるたき火の日がパチパチとはぜるのを眺めていると、それだけで心が満たされてくるようでした。

公平君は文枝の手を取ってワルツを踊りました。のぶいっちゃんとひとはるちゃんは、火のまわりを交互に飛びあがり、かいくぐり、飛び、はね、狂ったように逆立ちし、叫び、また踊りました。

いつの間にか洋子が座り込んでいた僕の両手を引っ張って立ちあがらせ、ぴったりと身体を寄せてきました。やわらかい髪が僕の頬をそっとかすめたとき、僕の頭の中はぼおっとなって何が何だか分からなくなりました。洋子ちゃんはとてもいい匂いがしました。

わたし、岳君が大好きよ。

と、洋子は囁きました。暗闇の中、僕の耳元で小さな空気が甘く動きました。

大好きよ。

もう一度囁きながら、洋子はやわらかな太腿を僕の腰にぴったりくっつけてきたので僕はあえぎました。洋子の頬も胸も腹も僕の頬と胸と腹に強く押し付けられてきたので、僕は息ができなくなって、いつの間にか銀のような星があちこちでまたたいている夜空を見上げていました。

どこかでオオカミがウオー、ウオーと三日月に向かって吠えていました。

僕は幸福でした。



逗子ゞと音だけ聞こえる花火かな 茫洋

Wednesday, August 25, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第22回

bowyow megalomania theater vol.1

それからみんなで、食料を調達する計画を立てました。

今はまだ秋だから木の実も拾えるけれど、すぐに冬がやって来ます。計画的に食べ物を集めて飢え死にしないで年を越せるようにしよう。こういうのを、いえにあればけにもるいいをくさまくらたびにしあればしいのはにもる、というんだよ、とリーダーの公平君が言いました。

ふだん家や星の子で食べているカレーやハンバーグほど立派なメニューではないけれど、こうやって自分たちで野山で採ってきた食料を自分たちで料理して食べると、そっちのほうがむしろおいしいのでした。

周りにはすぐにぶん殴る長島のような先生やうるさい親も嫌いな奴もいないので、格別おいしいのでした。

のぶいっちゃんがものすごく太いイタドリの皮をむきながら頭から食べていると真ん中辺から小さなヤマカガシが出てきたのでびっくりしてみんなに見せるとヤマカガシも驚いて逃げ出そうとしましたのでのぶいっちゃんはしばらくヤマカガシを首に巻いて遊んでいましたがそれにも飽きたのでヤマカガシをガマの茶色の穂先が高くそびえているきれいな水たまりに投げ捨てるとヤマカガシはよろこんでガマの根っこに逃げて行きました。


とくすでに永遠界に属すべし午前に撮りし朝顔の写真 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第21回

bowyow megalomania theater vol.1



「当分の間、この不思議なお家で生活しよう」

とリーダー役の吉本公平君が言いだしたので、みんなも
「そうだ、そうだ、そうしよう、それがいい」
と口々に言い、そうすることに決まりました。

ごはんを食べないと死んでしまうので、栗と柿を食べた後全員でふたてに別れて食料を探しに出発しました。

森の奥から冷たい風が吹いて来て深い森の匂いが鼻を刺し、はらわたまで沁みました。

僕はのぶいっちゃんとひとはるちゃんの兄弟と3人組になって、不思議なお家の裏山に登りました。シイ、ドングリ、クリの実やイタドリ、ミョウガ、柿を両手で抱えきれないくらいいっぱい取りました。

クワの実を食べながら帰ってきました。青い鼻汁をずるずる流すのぶいっちゃんの口の中は真っ赤でした。

公平君と洋子と文枝もドングリやシイの実をたくさん持って帰りました。シイタケやヤマイモやマツタケや色々なキノコもありました。

「大戦果だあ!」

とのぶいっちゃんとひとはるちゃんは、青白い鼻汁を合計4本垂れながしながら叫びました。



陰険な漁師どもの罠逃れ滑川に帰還せしウナギの王よ 茫洋

Monday, August 23, 2010

井上ひさし著「組曲虐殺」を読んで

照る日曇る日 第365回

今度は同じ作者による戯曲の遺作です。

築地警察の特高刑事たちによって虐殺された小林多喜二が主人公です。築地には電通と歌舞伎座と都立中央図書館とマガジンハウスがあったので、その前をよく行き来していましたが、「成程ここが多喜二をなぶり殺しにした警察署か。それで入口がどこか不気味で暗いのか」と思いつつしばし立ち止まり、門番のおまわりさんを得意の三白眼でにらみつけたりしたものです。

そのおぞましい、身の毛もよだつ拷問シーンが出てきたらどうしよう、と心配していたのですが杞憂でに終わり、そこはなぜかはスマートに避けてあったので、「さすが井上よのう」という気持ちと、肩透かしされて物足らない気持ちの両方が読み終えたあとから押し寄せてきました。

帝国戦時暗黒時代の残酷で血なまぐさい生の現場はすでに歴史的事実であるとしてパスし、あえて括弧に入れてその周縁を喜劇的に劇化することによって、括弧に封じ込められた真実を一人一人の観客に想像させ、現代に呼び出そうとする作者一流の手法は、同じ作者の遺著『一週間』でも採用されていましたが、この洗練された?方法が反対方向に作用して、あたかも「括弧の内部には何もなかった」ような印象に陥る弊害があることも事実です。

例えば、お尋ね者の多喜二に何度も肉薄しながら結局逮捕できず、敵でありながら多喜二のシンパのような奇妙な役割を与えられている2人の刑事のありようは、「不思議」と「意外」の域を通り越して、「現実無視」のそしりをまぬかれないのではないでしょうか?

かつての歌声運動最盛期の共産党ではあるまいし、敵と味方がやたら声を揃えて和風オペレッタを歌いまくり、劇と現実のドラマツルギーを抒情と詠嘆のオブラートにまぶして予定調和的にフェイドアウトさせようとしているのも、少しく安易な演劇作法ではないでしょうか?

いくら官憲による多喜二虐殺事件をソフィスティケートしても、虐殺は虐殺であり、けっして「組曲」などに音楽的に転化されるやわな性格のものではありません。

「二度と『蟹工船』のような小説を書けないようにしてしまえと右の人差し指を折られた多喜二。体の20か所を錐で刺された多喜二」などと登場人物に語らせてよしとするのではなく、その鮮血淋漓の修羅場を舞台にかけて欲しかったと思うのは、私だけなのでしょうか。

もしも今は亡き作者が、真夏の夜に甦ってそのような改訂版をこの世に贈ってくれたなら、私のように極端に暴力と苦痛と出血に弱く、今朝右翼から拷問されれば超右翼天皇制支持のファシストへ、夕べに左翼から拷問されればただちに極左冒険主義テロリストへとまるで時計の振り子のように寝返るであろう、臆病で無思想で「命あってのモノだね主義者」も、もっと根性を入れて観劇できると思うのですが。


ツイッタアにうつつをぬかす馬鹿ものの脳味噌の底で腐りゆく蛆 茫洋

井上ひさし著「一週間」を読んで

照る日曇る日 第364回

本書は偉大なる演劇作家井上ひさし氏の最期を飾るにふさわしい長編小説です。

腰巻のコピーをそのまま引用すると、「昭和二十一年早春、満州の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から密かに手に入れる。それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった……」というような内容です。

たしかに梗概としてはその通りなのでしょうが、それではこの本の魅力が伝わらない。本書のいちばんの面白さは、作者がそういうちょっと気のきいたプロットを用いて戦争の生み出す残酷なまでの悲劇を見事にえぐり出した点にあるのではなく、たとえば「一週間」という表題を一瞥した一読者が、

「こいつはロシア物の小説だから、きっと♪日曜日に市場に出かけ糸と麻を買って来た。テュリャテュリャテュリャリャーというロシア民謡に関係があるに違いない」

とにらんだとすれば、はたせるかな作者は、弾圧や玉砕やツンドラや収容所内部の抗争や強制労働や皇軍上層部の腐敗と堕落や撲殺や拷問や陰惨なテロルや飢え死にや日ソ中立条約違反やヤルタ会談や冷戦の開始や極東裁判や二重スパイや革命家レーニンの裏切り問題等々を肌理細かに取り上げつつも、つねに裏声で♪テュリャテュリャテュリャリャーとハミングしていることなのです。

レーニン→スターリン独裁制と英雄的かつ漫談的に戦う日本軍兵士の七日間の出来事を♪テュリャテュリャテュリャリャーと鼻歌交じりにでっちあげ、あくまでも史実に寄り添うふりをしつつ、史実全体をこけにするこのドンキホーテ的な超楽天主義&夢想主義、現実が絶望的であればあるほどそこに希望を見出す強靭で頑固でどんくさい魯迅主義こそ、この作家の真骨頂と言わなければなりません。

それにしてもこの素晴らしい才能の持ち主が、かつての細君に対して殴るけるの暴行を加えたにもかかわらず、反省の一言もなく泉下の人になりおおせたとは、実に不可解にして不愉快な話です。


待ち待ちて今年咲きける天青の空の蒼よりなお青き藍 茫洋

Sunday, August 22, 2010

真夏の夜のオオウナギ 後日譚

鎌倉ちょっと不思議な物語第226回&バガテルop131
栗の木の木下闇抜けて大ウナギ見にゆく 茫洋


昨夜2個の仕掛けが撤去された滑川を訪れた私は、何回見直してもウナギの姿が見られないのでがっかりして橋のたもとを立ち去ろうとした。

その時、息を切らして駆けつける背の低い中年の男性の姿があった。この人物には見覚えがある。私の家の近所に住んでいる植木屋のKさん推定55歳で前夜のKさんの弟である。

縮のシャツとステテコをはいたKさんは食い入るように川面を見つめている。「いくら探してももういませんよ。昨夜ヤナを仕掛けた人たちが全部捕まえてしまったんだから」
と私が教えると、Kさんは私の顔を見て

「ところがね、ヤナは空っぽだったそうだ」

と言ったので、私はびっくりすると同時に、

「さすがは滑川のオオウナギ、やるもんだね」
とひそかに舌を巻いたのだった

「ウナギも馬鹿じゃない。危険を察知して上流に逃げたんだ。しかし今はウナギの産卵期でね。1匹のオオウナギのオスがいるところには何匹かのメスウナギが必ずいるんです。よーし、こうしちゃいられん。カーバイドの手配をしなくちゃ」

「エッ、爆弾を川に投げ込むんじゃないでしょうね?」

「とんでもない。カーバイドランプで川を照らすと、魚はみんな寄ってくる。そいつを一網打尽にするんですよ」

と言い捨てて、Kさんは脱兎のごとく家にとって返した。

きっとこれから新兵器のアセチレンガスを入手して、巨大ウナギを自分のものししようとするのでしょう。

新居に引っ越したばかりのKさんですが、急な病気で細君を亡くされたばかり。前夜Kさんの兄さんが、

「おいらは身内に不幸があったばっかりだから殺生はしたくない」

と言っていたのはそのことだったのですが、弟のKさんはその弔い合戦を、罪もないウナギに対して仕掛けようとするのでしょうか。

一難去ってまた一難。私はオオウナギたちの身の安全を祈りつつとぼとぼと家路をたどったことでした。


三日月や雌雄を決する大ウナギ 茫洋

Saturday, August 21, 2010

真夏の夜のオオウナギ 後篇

鎌倉ちょっと不思議な物語第225回&バガテルop130


息子が都会に去った翌日からも、私は夜になると例の小川にいそいそと足を運んでいた。

1メートル超の大ウナギは相変わらず健在で、毎晩見事な反転と跳躍を見せてくれるが、昨夜は30センチに満たない小ウナギもその近くで泳いでいた。どうやらこの界隈はかなりの数のウナギが棲息しているらしい。

ふと見ると2,3人の中年男がワイワイ騒いでいる。
やはり私と同じようにウナギ見物に来たのかと思っていたら、そうではない。あれを捕まえようとひそひそ相談しているのである。

聞くともなく耳を傾けていると、最近滑川の水がきれいになったので、アユが遡上するようになり、そのアユを追ってウナギが海から上るようになったらしい。ハヤはよく見かけるがアユまで棲んでいるとはしらなんだ。

なんでも今年はこの近所では5匹のウナギが目撃され、前夜までにそのうちすでに3匹は捕獲された。残っているのはこのオオウナギを含めた2匹である。よって一刻も早くこの伝説の大ウナギをつかまえたい、と焦り逸っているのであった。

よく見ればそのうちの一人はすでにヤナを持っている。こいつにミミズをしかけて流れに伏せておけば間違いなく仕掛けにかかるであろう、と地元はえぬきのおやじさんが、ヤナを持った若い衆に教えを垂れている。

「俺はこないだ親戚で不幸があったから、今夜は殺生したくねええんだ。でもあんたにはやり方を教えてやるよ。ヤナなんかより橋の上から糸を垂らして直接釣ればいいんだよ。すぐにとびついてくるよ」
と自信ありげに語っているのは、町内会の役員のKさん65歳だ。

「でも、餌がないんや。餌はどうしたらええんや」

と大阪弁で喚いているのは、神社の麓に住んでいる新参者のAさん推定40歳だ。こいつはオオウナギをモノにしたいという欲望で目が血走っていた。

「それじやあ、これからオイラが懐中電灯を持ってくるから、一緒に餌のミミズを獲りに行こう。オイラも付き合ってやるよ」
と言った後で、Kさんがつぶやいた。

「でも、あいつ、なんだかうれしそうに泳いでいるじゃないか。このままにしといてもいいんじゃないか……」

そうだよね。君はよくわかってるじゃないか。
それにいくら天然自然の国産大ウナギでも、あれくらい大きくなった奴は食べても全然美味くないからね……。

さてその翌日、まだ大ウナギの饗宴は続いているのかしら、と恐る恐る滑川に足を運んだら、ウナギなんぞ大も、中も、小すら影も形もなかった。

その代わりに立派なヤナが2か所に仕掛けられていたので、きっと半月間にわたって孤高の五風十雨居士の疲れた心を慰藉してくれた本渓流今季最後のウナギたちは、悲しいかな一網打尽にされてしまったのあらう。

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


健ちゃんが逃がしてやりし大ウナギ今宵も躍るよ滑川の淵 茫洋

Thursday, August 19, 2010

真夏の夜にウナギは踊る 前篇

鎌倉ちょっと不思議な物語第224回&バガテルop129

 
毎日毎晩暑いですな。私の家は夏でも涼しい風が吹くので、クーラーなんて35年間無用の利器であったが、さすがに来年は1台くらいあってもいいかな、と思わせるに足る今年の暑さである。

そんなある夜、私は暑気払いに散歩に出たと思いねえ。で、なにげなく滑川を見下ろしたら大きな魚がウネウネ蠢いているので驚いた。蛇かと思ったがそうではなく50センチくらいの大きさのウナギでした。鎌倉名物の大ウナギに再会したのである。

そいつは月の光に身をくねらせながら、上流から下流へ、下流からまた上流へとおよそ10メーターの距離をいかにも楽しげに行ったり来たりしている。まるで手足のないダンサーのやうだ。

そういえば以前ここから200メートルほど上流で、私の息子が石の下で昼寝していた巨大なウナギを両手で捕まえたことがあった。

しかしその時は、彼はそいつを1メートル上の道端に放り投げる余力も道具もなく、そのまま下流に逃がしてやった。もしかしたら、そいつがおよそ10年振りにお礼参りに戻ってきたのではなかろうか、とはじめは思ったのだが、そうではなかった。

10年前のはまるでオオサンショウウオそっくりのずんぐり型であったのに対して、今回の奴はもっと長身で頭部はスマートなので、おそらくは別人、いな別ウナギであろう。

30分くらい見物してから帰宅したが、久しぶりに天然ウナギの雄姿に接してとてもうれしかった。

その翌日の夜、これまた久しぶりに(あの大ウナギを獲った)息子が帰省したので、一緒に滑川の橋の上から見下ろすと前夜のうなぎより大きな1メートル超の大ウナギがゆうゆうと遊弋しているではないか。

と見る間にそいつは岩肌をぬらりと縫って下流のウロ目指して猛烈なスピードで泳いでいく。

と、あろうことか、そこで待ち構えていたのはもう一匹の昨夜の大ウナギであった。

彼奴らの雌雄のほどは不明であるが、これほど巨大な2匹のウナギが、こんな小さく狭い川のど真ん中で遭遇するとは、それこそ真夏の夜の夢ではなかろうか。

上限の月がおぼろにけぶる鄙の里で、私たち親子はいつまでも彼らの交歓を眺めていたのであった。


名月やオオウナギ踊る滑川 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第20回

bowyow megalomania theater vol.1


11月2日 晴

朝起きたらものすごく濃い色をしたムラサキシジミが強い風に翅をあおられながら杉林の片隅からワッとどよめくように飛び出して、例の不思議なお家の左わきをチョロチョロ音を立てて流れている小川の方へと上下さかさまになって舞い落ちていきました。

のぶいっちゃんとひとはるちゃんがいつの間にか山の奥へわけ入って持ち帰ってきた栗のと熟した柿を、洋子と文枝が用意したフキの葉の上にのせて、みんなで朝ごはんを食べました。

レンガを積んで簡単なイロリをつくって枯れた草や木を並べ、その上に栗の実をたくさん並べ、公平が持ってきたマッチで火をつけると、栗の実はパチパチと音を立てて弾けました。

炭のようにまっ黒になった栗の外皮を歯で抉りあけてかみやぶると、中から甘い黄色い果実がホロホロと現れ出ました。

みんなで分け合って食べました。柿はまだ少し渋かったのですけれど、みんなお腹が減っていたので、気にしないでぜんぶ食べちゃいました。
ハスの葉を光にかざし見つめをる息子の最後の夏休みかな 茫洋

Wednesday, August 18, 2010

加藤廣著「求天記」を読んで

照る日曇る日 第363回

剣豪宮本武蔵を新しい視点から対象化した興味深い小説です。

細川家の剣術指南役に雇用された武蔵は、先任者の佐々木小次郎と船島(後の巌流島)で対決しますが、細川家では徳川家の政教分離方針によるキリシタン切り捨て政策がお家騒動と同時に進行しており、ほんらい武道家の練習試合であったはずの両雄の対決は真剣勝負に格上げされ、武蔵に敗れたキリシタンの小次郎は、その直後に家臣たちによって殺害されたというのです。

小次郎は秘剣「ツバメ返し」で有名ですが、武蔵は彼の武器である「物干し竿」の長さを4尺3寸と想定し、これをわずかに上回る4尺6寸の軽快な木刀を自作します。

作者の測定によればその木刀の重量比は小次郎の真剣に対して1対0.45であり、両者が同等の力、同等の回転駆動力(トルク)で振った場合、武器が同じ背格好の相手の脳天に達する時間は、小次郎0.1秒、武蔵0.082秒になることが計算でき、その科学的!な仮説を実践したことが武蔵の勝利に結びついたと作者は説くのです。

ここら辺は、作者の「秀吉による信長本能寺謀略説」と同様、あるいは梅原猛氏の古代史観と同様に、実際にはかなりの程度うさんくさいものですが、既存の俗塵にまみれた旧説を新しい知見を駆使して根本的に見直そうとするその意欲に、多くの読者はいささかの感銘を受けることでしょう。

小次郎を葬ったあとも武蔵は、孤高の剣士として、武人として、下手くそな絵画師!として各地を放浪しながら活躍を続けます。

かの大坂冬の陣では真田信繁の参謀として、夏の陣では徳川方の助っ人として、また天草四郎の島原の乱では小笠原軍の一員として相変わらず血なまぐさい争闘の現場にかけつけようとするのですが元和偃武の戦国の世の終焉と共に、この希代の武闘家にも穏やかな黄昏が訪れ、一代の思想書「五輪書」を書き上げた武蔵は、肥後細川家の庇護の元に正和2(1313)年5月、全身に甲冑を身につけたまま人間臭い一生を全うするのです。

そしてそんな「最後の侍」宮本武蔵の、これまであまり知られていなかった多彩な活動を、大胆な想像を交えながらいきいきと描きだしたところに、本書の価値があると思われます。


食を断ち甲冑を纏い木乃伊となりし武蔵かな 茫洋

Tuesday, August 17, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第19回

bowyow megalomania theater vol.1


丘の上にはとても大きなモミジの木が冬も間近だというのに深紅の葉を広げて、沈みゆく夕陽を全身に浴びながら黄金色の双頭の鷲のように輝いておりました。

この高さ10メートル、直径2メートル、樹齢300年になんなんとする巨木の下に、傾きかかった廃屋がありました。風雨に打たれた茅葺の屋根の下には板張りの六畳間がひとつ。これはいったい何十年、いや何百年前に建てられた小屋なのでしょうか?

今は人の住む気配もなくしんと静まり返っています。そうして何千何万という小さなベニシジミの形をしたモミジの葉っぱが、この不思議な家の上に音もなくハラハラ、ハラハラと紅い小雪のように降りしきっているのでした。

古い家の前には、これまたいつの時代に建てられたか分からない小さな苔むした墓標が2つ立っていました。

文枝と洋子は早速小川の水を園から持ってきた水筒に入れたのに小菊をいっぱい挿してお墓の前に置き、深く一礼しました。
するとその時、遠くの方でどこかのお寺の鐘がゴオーン、ゴオーンと幽かに鳴り響いたのでした。

その晩僕たちはこの人里離れた山奥のこわれかけたあばらやに寝泊まりすることにしました。



いつなにがおこるかわからぬよのなかやなにとぞぶじにいきおおせたし 茫洋

Monday, August 16, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第18回

bowyow megalomania theater vol.1


森の中は静かでした。

森の中は静かでした。

時折上空をワシやトンビがゆっくり旋回して、クヌギの木をあちこち忙しく飛び回るリスをぎょろりと鋭い目でにらみましたが、さすがにここまで降りてこようとはしませんでした。

タヌキには森の木陰で何回も出会いましたが、ちょっと目を合わせると、おいら何も見なかったよ、誰にも会わなかったよ、というように視線をすっとはずして常緑のアオキがいっぱい茂った草むらへへろへろと消えていくのでした。

丸まると太ってヨタヨタと歩いて行くそのタヌキの後を追って、脳性麻痺の吉本公平と筋ジスの塩川洋子、知恵遅れの小川文枝、ダウン症の小和田信一と脳微細損傷の武田仁治、それに低級自閉症で知恵遅れの僕は、ふうらりぶうらりまるでふうてんのように山の奥の奥の奥へと踏み込んで行きました。

ふたつの小さな山に挟まれた谷間の真ん中に、小さな川が流れておりました。川の中には、青空とその青空を流れ行く綿雲が映っていました。

いちめんの小菊で囲まれたその小川を左手に見はるかしながら、ススキやヨシが生い茂る湿地をずんずん進んでいくと、道はだんだん急勾配になり、そこからおよそ100メートルほど登ったところに小高い丘がありました。


新橋で袖擦り合いし今野雄二ひとり縊れし夏の夜かな 茫洋

Sunday, August 15, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第17回

bowyow megalomania theater vol.1

僕たちは裏山の頂上を過ぎて、星の子学園の反対側の斜面をゆっくりと降りてゆきました。

うっそうと茂った森の中には、ナラ、クヌギ、ブナ、クリ、クスノキなどの高い木がそびえていました。

僕は公平君とのぶいっちゃんとひとはるちゃんと文枝と洋子と一緒にドングリとシイノミをいっぱいとりました。ドングリを食べるとオシになるとおばあちゃんから聞いていたので、ドングリは食べないでシイノミをお腹がいっぱいになるまで食べました。

僕はシイノミを食べた後、まだドングリを食べたくなりました。すると公平君が言いました。

僕たちはもう立派なショーガイシャなんだから、もし僕たちがドングリを食べてオシになって二重にショーガイシャになったっておんなじことじゃないか。ああ、お腹が減って来た。さあドングリをどんどん食べよう。もっとじゃんじゃん喰おう。じゃんじゃんドングリを食ってショーガイシャになろう。ショーガイシャ足すショーガイシャ足すショーガイシャ、イコール地上最強のショーガイシャ同盟になって長島たちケンジョーシャたちを見返してやろうぜっ!

公平君はそう怒鳴ってドングリをビシバシ食べ始めたので、僕ものぶいっちゃんとひとはるちゃんと文枝と洋子もみんなみんな地上最強のショーガイシャになるためにドングリの実をぜんぶ食べてしまいました。


瓦葺の平屋を見れば心安らぐわれは昭和のおのこなりけり 茫洋

Friday, August 13, 2010

2つのオペラでエディタ・グルベローヴァを聞く

♪音楽千夜一夜 第157夜


1983年のミュンヘン、1992年のベネチア、2つの都市の2つのオペラハウスにおける名ソプラノの歌唱を聞きました。

前者は全盛時代のサバリッシュがバイエルンの国立歌劇場管弦楽団を指揮したモザールの「魔笛」、後者はカルロ・リッチがフェニーチエ座のオケを振った「トラビアータ」のいずれもライブです。

「魔笛」の夜の女王はたった2つのアリアしかありませんが、これぞ極めつけの名曲の名演奏。グルベローヴァはまるでヴェルベットのように滑らかで濡れた声でこの難曲を苦もなく歌ってのけます。(もっともたった1音符だけ刻み損なうのですが、寡瑾も芸の味とでも評すべきもの。)作曲家がこめたすべての音楽が正確無比に、温情を込めて歌い抜くのです。同じソプラノとはいえパミーナを歌ったルチア・ポップとは天地の懸隔があると言わねばなりません。

ほぼベームのテンポで開始したサバリッシュは、老練アウグスト・エヴァーディングの演出を得てオーソドックスな劇伴に徹しています。この人はやはりオペラがいちばんマシです。

その「魔笛」からおよそ10年経ったトラビアータでも、グルベローヴァのビロードの音色はあい変わらずいぶし銀のような輝きを見せ、帝政時代の高等娼婦の悲劇を存分に歌いきっています。

そかしヴィオレッタがグルベローヴァ、アルフレードがシコフのコンビは、彼らがカルロス・クラーバーの棒で歌ったときとはまるで別の音楽になってしまっているのが残念で、指揮者の1流と3流の差を如実に見せつけられますが、グルベローヴァの声だけは相変わらず魅力的で、どんな下手くそな指揮者でも構わないからいついつまでも聴き惚れていたいと思わせるに充分な宝石のようなものを備えているのでした。



夏の夜グルベローヴァのベルヴェットヴォイスに酔いしれて 茫洋

Thursday, August 12, 2010

ナボコフの「賜物」を読んで

照る日曇る日 第362回

ナボコフといえば「ロリータ」しか知らなかったが、これは回想も小説もロシア、ソヴィエトの社会思想史も味噌も糞もなにもかも詰め込んだ一大ごった煮大河長編である。

いちおう主人公はいて、随所で帝政末期の社会思想家チエルヌイシェコフスキーの思い出話や交友録をやらかすが、全編の中での位置づけは読めども読めども霧の中、はたしてこの難破船はどこへ行くのやらと首をかしげているうちに600ページの終わりに到達してしまうというげに奇妙奇天烈な読み物なり。

文中ゲルツエンやドストエフスキーやツルゲーネフやレーニンの話まででてくるので文学趣味やらロシア好きの人にはお薦めできるが、さてそれでは作者はいったいなにをいいたいのかと考えてみるも、その答えは吹きすさぶロシアの憂愁の風の中にしかないのだ。

よって、このけったいな文学的アマルガムを、苦し紛れにロシア風味のプルーストとかジョイスとレッテルを貼る自称ヒョーロンカがいても不思議ではないだろう。

そんな迷走小説のなかで私が惹きつけられたのは、作者の2代続きの蝶への偏愛であり、人類よりも鱗翅目を好む私は、ロシアのシロチョウの渡りや、少年の肩に止まるタテハチョウについての素晴らしい記述にうっとりと耳を傾けたことだった。

例えば第2章の次のような文章を読んでほしい。

「青い空を移動する細長い帯は雲かと思うとじつは何百万ものシロチョウの群れで、丘を越えてやわらかに滑らかに昇っていったかと思うと、今度は谷の中に沈んでいき、たまたま別の黄色いチョウの雲に出会うことがあっても、ためらうことなくその中に入り込んでみずからの白を汚すことなく先へ先へと漂っていき、夜が近づくと思い思いの木々に止まり、木々は朝までそのまま雪を振りかけたようになる。そしてシロチョウたちは、また飛び立って旅を続けるのだった。」

普通の作家ならこれで文を閉じるだろう。しかしこれに続けて、

「でも、どこに向かって? 何のために? その問いに対する答えは自然によってまだきちんと語られてはいない。」
と書いてしまうところが、いかにもナボコフだと思うのである。


空高く青に溶け入る2羽のシロチョウ 茫洋

山本薩夫監督「白い巨塔」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.35



 この映画、昔たしか一度は見た記憶があるのですが、つらつら見物しながら、結局覚えていたのはこのユニークな題名と、ラストの「財前教授の大回診」の場面だけであったことが分かりました。
 浪速大学医学部のビルなんて、ロングショットで見れば全然巨塔ではないのですが、もうこのタイトルだけでベストセラーが予測されるような素晴らしいネーミングを、山崎豊子さんはしたわけです。

 それからかっこいい「財前教授の大回診」はなにかに似ているなと思っていたのですが、それは花魁道中そのものなのですね。この映画の音楽は池野成ですが、芥川也寸志の「赤穂浪士」の音楽をつけるともっと映えるのではないかと思いつきましたよ。

 やはり橋本忍の脚本がよい。役者は田宮二郎もさることながら小沢栄太郎と石山健次郎、小川真由美が圧倒的によい。加藤嘉一、田村高広もよい。この映画を見れば昔はめっぽういい役者がごろごろしていたことがよく分かります。

 名脇役を存分に使いこなすことができた山本薩夫は、まことに幸せな監督でした。


本当のことをいえば我は砕けこの世も裂けるべし 茫洋

Tuesday, August 10, 2010

劇団「円」の「死んでみたら死ぬのもなかなか四谷怪談―恨―」を見物して

茫洋物見遊山記第36回



猛烈な暑さが一段落した夏の日の夜に「四谷怪談」を見物しました。

鶴屋南北や落語の四谷怪談ではなく、韓国の演劇作家、ハン・テスクが書き下ろし、パク・ロミが主演し、森新太郎が演出する劇団「円」の「死んでみたら死ぬのもなかなか四谷怪談―恨―」です。

ご存知のように鶴屋南北原作の四谷怪談は、非業の死を遂げて亡霊となったお岩が、夫を恨み、祟ってとり殺す怨霊復讐譚ですが、その原作を自由に翻案した本作では、その復讐の凄まじさが一通りではない。

夫を自ら刃にかけ、(鶴屋南北はお岩が自刃する)、夫をそそのかした5人の武士達をとらえて穴に閉じ込め、上から砂を注いで窒息死させ、あまつさえ明治政府の警察官に顔面騎乗してこれも圧殺してしまいます。

前半部で夫や姑にいびられ、これでもか、これでもかと不条理なDⅤ被害に堪えていた可哀想な女性が、劇薬と共に万斛の恨みを呑んで自死して怨霊となってからは、「さあ、これで私は本当の自由を得たんだよ」と叫び、一転して、おのれの加害者一同に徹底的に復讐する。そのサヂスチックな快感を嬉々として演じるパク・ロミの壮絶な妖艶美こそ、本作の最大の見どころといえましょう。

「死んでみたら死ぬのもなかなか」なのでしょうが、女の恨みはかくまで深い。しかし本邦の女の恨みはここまで深くはないかもしれない。それは100年前に日本帝国に併合された韓国の、100年経っても尽きることのない怨嗟の底しれぬ深さをはしなくもしのばせてくれるようでした。

全編を和太鼓、パーカッションで支えるレナード衛藤の音響が、どこかサムルノリの音楽を連想させるのもおつな趣向です。


恨むなら死ぬまで恨め日本人 茫洋

Monday, August 09, 2010

グラモフォンの「マーラー全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第156夜


没後100周年を記念して陸続とリリースされているマーラーの18枚組の全集です。

交響曲関連では1番がクーベリック、2番メータ、3番ハイティンク、4番ブーレーズ、5番バーンスタイン、6番アバド、7番シノーポリ、8番ショルティ、9番カラヤン、10番シャイイー、大地の歌ジュリーニという豪華絢爛なラインアップ。

ちなみに小澤ボストンは1番第2楽章のオリジナル「花の章」のみのご出演と、さすがプロフェッショナルな音楽屋ドイツグラモフォンはよくお分かり。適材適所の打順ではないでせうか。

 どんどん続けて聞いていると、最近の私の好き嫌いがはっきりしてきます。
「いいな」と思うのはクーベリック、アバド、シノーポリ、シャイイー、ジュリーニなどで、熱血バーンスタインや今回の目玉であるカラヤンの再録ライブなども意外なことにあまり心に残りません。おめえさん、なにをそんなに力んでいるのだ、ていう感じでげす。

 かつてメータがウイーンフィルと入れた2番を聞くと、「未完の大器」なぞといわれたこのインド人の最高の演奏が75年2月のこのライブであることにいささかの感慨もわいてきます。俗に指揮者は歳をとればとるほど良い演奏をすると言われていますが、メータと小沢がその例外であることだけは間違いないようです。

 しかし交響曲より面白いのはやはり歌曲の名曲で、とくにシャイイー&ベルリン放響による初期のカンタータ「嘆きの歌」とアバド&べリンフィルの「少年の角笛の魔法」は、ずしりとした聞きごたえがありました。

マーメードの刺青したる右腕を窓から出しつつ運転する男 茫洋

Sunday, August 08, 2010

「シャンドス・レーベル発足30周年記念30CDセット」を聴いて

「シャンドス・レーベル発足30周年記念30CDセット」を聴いて


♪音楽千夜一夜 第155夜


もう市場からは消えて久しい一枚当たり130円の超廉価の当盤は、1979年に英国の名門インディーズレーベルが発売した限定版30枚組のCDです。

やはりお国ものということで中心はパーセル、ウオルトン、バックス、ディーリアス、エルガー、ホルスト、ヴォーンウイリアムズなどの英国勢の音楽を、パロット指揮タバナープレイヤー、マリナー指揮ASMF、ブライデン・トンプソン指揮のアルスターso、リチャード・ヒコックス指揮ボーンマス響、ギブソン指揮スコットランド響などが楽しげに演奏しています。

そのうちの極めつけは先月の14日に84歳でなくなったチャールズ・マッケラス響がデンマーク国立響を指揮したヤナーチエックの「グラゴル・ミサ」とコダーイの「ハンガリー詩編」でありましょう。同梱されたナイジェルケネディのリサイタル、マリスヤンソンス指揮オスロフィルのチャイコフスキーの5番交響曲を凌駕するあまりにも見事な演奏です。

マッケラスはこの2人の作曲家のスペシャリストですが、筆者がもっとも評価しているのは他ならぬモーツアルトの演奏で、彼が米テラークに遺した交響曲集ほど典雅さとモダンさを両立させている演奏は稀でしょう。ワルターやセルやベームやバーンスタインに一瞬といえども倦んだことにある方はクレンペラーと同様に死に前に一度は耳にしておくべき珠玉の名盤と確言できませう。



二度までも太平洋に投げ出され根岸氏は鱶に喰われざりき 茫洋

Saturday, August 07, 2010

遠藤利國著「明治廿 五年九月の ほととぎす」を読んで

照る日曇る日 第361回

まずこの本の題名が面白い。ちょっと破格だが五・七・五になっていてそんなところにも作者の遊び心が隠されているような気がする。

明治二五年には正岡子規は漱石、露伴などと共にとって二五歳。漢文の素読によって遺伝子注入された江戸時代の国学文化を背骨に埋めながら、ご一新によって列島に洪水のように押し寄せた欧米の数理合理主義哲学と欧化政策の余沢にあずかろうと脳髄と手足を欣喜雀躍させていた。明治という時代も、その時代を起動させた逸材たちもおしなべて若かった。

そんな時代と知的開拓者の水準器を若冠二五歳の短詩形文学者に措定し、子規をリトマス試験紙として日本近代のあけぼのを総覧しようとする著者の試みは、タイトルの趣向以上に興味深く、それなりの成果を収めている。

著者は子規二五歳の「獺祭書屋日記」(をテキストに、若き文学者の鋭敏な目に映じた明治二五年から二八年に至る日本の政治、経済、社会、文藝のエッセンスを次々に論じ来たり、かつ論じ去るのであるが、例えば超然内閣と民党の海軍増強予算をめぐる対立など、はしなくも平成の御代の政界混乱とも重畳していることが諒解され、いと面白いのである。

子規は第二芸術、第三芸術として巷で軽んじられていた俳句や和歌の旧態依然たるチョンノマ世界をこんぽん的に革命した人物として知られているが、その最大の武器となったのが江戸時代の有名無名の俳人歌人の作品の研究である。

講談社から出ている浩瀚な子規全集を通読した人ならだれでも知っていることだが、膨大な古歌、古句を渉猟してその無尽蔵ともいうべき膨大なデータベースを脳内に私蔵していた子規だからこそ、縦軸に古今東西の俳句、横軸に明治二五年の政争を交差させた1日1句の切れ味鋭い俳句時事評を即日即夜に陸続と大量生産することができたのである。

私たちは本書に接することによって、明治の新文学者、新しい日本語としての写生文、あるいは明治という新時代そのものがいかに誕生したか、について漠とした知見を得るだろう。

それにしても二五歳全盛期の子規は恐るべき健脚の持ち主であり、たった一日で九里三六キロの遠距離をなんと高下駄ばきで踏破している。
そのような巨大な肉体的エネルギーの持ち主が、その後わずか数年で根岸の里の一帖の畳に拘束され、高熱と激痛の晩年をすごさなければならなかったとは、なんと痛ましい悲劇だろうか。


二五歳 子規も明治も若かった 茫洋

Friday, August 06, 2010

カラヤン指揮ウイーンフィルで「ドン・ジョヴァンニ」を視聴して

♪音楽千夜一夜 第154夜


 1987年ザルツブルク音楽祭におけるライヴをLDで視聴しました。カラヤンは交響曲や管弦楽曲では問題があるが、ほとんどのオペラの演奏の大半は素晴らしい。それは彼が歌手の声をよく知って彼らの最上の歌わせ方を心得た伴奏をしているからでしょう。

マエストロの晩年のこのモーツアルトでもその特性はぞんぶんに生かされ、とくにドンナ・アンナのアンナ・トモワ=シントウと ツェルリーナのキャスリーン・バトルの歌唱は素晴らしい。不調のドンナ・エルヴィーラ役のユリア・ヴァラディでさえ難アリアをなんとか歌いおおせ聴衆の拍手を頂戴できるのもひとえにカラヤン御大の適切なテンポの設定によるのです。

演出はどんな場合でも安心してみていられるベテランのミヒャエル・ハンペ。冒頭でドン・ジョヴァンニに犯されたドンナ・アンナが、暴漢を憎んで右手にナイフを握りしめつつも左手でその男の右肩を抱いてしまう箇所などにその真髄が表れていますが、広大なザルツブルクの劇場空間をたっぷり使ってきわめて巧みな場面転換を見せています。
とりわけ終幕のドン・ジョヴァンニの地獄落ちの美術セットは宇宙的な光景を招来させて見事。これでこそ悪の帝王と人知を超えた天帝との対決のスケールが表現できるのです。

しかしモーツアルトがこのオペラをウイーンで再演したとき、第2幕の最後の6重唱はカットされ、音楽はドン・ジョヴァンニの地獄落ちで突然停止しました。保守反動の街ウイーンとヨーゼフ2世へのモーツアルトの命懸けの抵抗です。

映画「アマデウス」でもそのシーンは再現されていましたが、それでこそ絶対の自由を志向する反逆児の権力への拒否が活かされる。
「ノン! ノン! ノン!」とペトロのように3度否認した音楽は突然空中分解し、強烈な不協和音をまきちらしながらその場で急停止します。

その瞬間に訪れたものは恐るべき沈黙。そしてそこにのっぺらぼうのようにひろがった神も世界も無い空虚な時空の裂け目を正視できたものはひとりもいないでしょう。反逆児を呑みこんだ天界もまた即死したのです。神も人も無き無間地獄を見せる。それがこの天才のとほうもない仕掛けでした。

 よく気をつけてみれば、(女声はともかく)このオペラの男性の歌い手でテノールはまことに地味な役柄のドン・オッターヴィオただ一人しかいません。しかし管弦楽も低弦が強調されて異様に分厚い。「ドン・ジョヴァンニ」は、生きとし生ける者が地べたを這いずり、のたうちまわり、死から始まって地獄で終わる重々しいドラマであるがゆえに、かつて同じ音楽祭で上演されたフルトヴェングラーのライブを凌ぐ演奏は稀なのです。
モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』全曲キャスト ドン・ジョヴァンニ:サミュエル・レイミー ドンナ・アンナ:アンナ・トモワ=シントウ ドン・オッターヴィオ:エスタ・ヴィンベルイ 騎士長:パータ・プルチュラーゼ ドンナ・エルヴィーラ:ユリア・ヴァラディ レポレロ:フェルッチョ・フルラネット マゼット:アレクサンダー・マルタ ツェルリーナ:キャスリーン・バトル ウィーン国立歌劇場合唱団  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(コンマス ゲルハルト・ヘッツェル) ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮) 
演出:ミヒャエル・ハンペ 映像監督:クラウス・ヴィラー 収録:1987年 ザルツブルク音楽祭[ライヴ] 収録時間:189分


飛蝗共が喰うたる紫蘇を食らうかな 茫洋

Thursday, August 05, 2010

山本薩夫監督「不毛地帯」を見ながら

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.34

「金環触」と同じ監督の作品ですが、今度は山崎豊子の原作の前半部を仲代達矢と陸軍時代の戦友役の丹波哲郎が熱演します。

最後に熱血漢の丹波が鉄道自殺して主人公が悲涙に暮れるところなぞはおもわずほろりときますが、しかし待てよ。
そもそもシベリア帰りの主人公が、大阪のえげつない成りあがり商社に志願して、自衛隊の次期戦闘機の商談に加担していくことになったそもそもの動機がさっぱりわかりまへん。

旧軍隊はもうこりごりだから平和第一主義の民間企業を目指すというのは分かるが、多くの部下たちをいろんな会社にシュウショクさせた凄腕にくせに、他ならぬ自分をなりふり構わぬごきぶり商社に売り込むその料簡がまことに茫洋呆然だ。

そんなに繊維取引をやりたかったなら本町や丼池筋の小さな繊維問屋にでも潜り込めば良かった。それができなかったということは、まだ第日本帝国陸軍の超エリートという権威と地位のおおいさの幻影にしっかりとりつかれていたのでせう。

どうもこの元大本営参謀は、戦争中も戦後になってもその身の振り方にいかがわしいところが感じられ、たかが映画の中の役どころとはいえ、こういう悲劇を生みだす源泉は隗自身にありと言わざるを得ません。

新興商社の社長が元大本営参謀をどのように利用するかが分からずにリクルートしてくるようなあまったれ小僧だからこそ、大本営はあまったれた空想的で非現実的な作戦しか企画立案できなかったのです。

もちろん私は映画に文句をつけるというより、この映画の主人公壱岐正のモデルとされる瀬島隆三という人の生き方にいちゃもんをつけているのですが、この映画は敗戦で結局なにも学ばなかった兵士は、敗戦後にもふたたび同じように世界と人倫に対して過ちを犯すという不変の真理を3時間にわたって汗水たらして物語っているのだと思います。

かつて誰かさんがいみじくも語ったように、歴史は繰り返すのです。一度は悲劇として、二度目は茶番として。


その茗荷も少し大きくしてから食らうべし 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第16回

bowyow megalomania theater vol.1

11月1日 晴

けさ、のぶいっちゃんとひとはるちゃんが僕のところへやってきて、
「おい、岳。今からおれたちどっか遠いところへ逃げよう。公平も文枝も洋子も一緒だ。」
と言いましたので、僕とのぶいっちゃんとひとはるちゃんと公平君も文枝と洋子は6人組になって運動場の鉄棒のところにいっぺん集まってから星の子学園の裏山に登りました。

登りながら逃げました。

おととい台風がやってきて大雨が降ったので道はぬかるんでいました。
文枝が転んでスカートが泥だらけになったので、みんなでふいてやりました。

裏山のてっぺんのところから星の子学園を見下ろすと、ちょうど午前中の仕事が終わってみんなが作業室から出てくるのがよく見えました。

考二と敏が晴美にちょっかいを出したら、長島先生に怒られてぶん殴られてベソをかいている姿もはっきり見えました。

「岳、もう星の子なんか行かなくてもいいんだよ」
とひとはるちゃんがやさしくささやいたので、僕はほんとうにうれしくなりました。

ばんざーい! ばんざーい!


まいにち三浦スイカむさぼり食らう快楽 茫洋

Tuesday, August 03, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第15回

bowyow megalomania theater vol.1


10月31日

逆。其んな事、したら、汚れちゃうよ。

もっと広げなさい。岳君、那須先生に。圭君。圭君。

1月、2月、3月、4月、5月、6月、7月、8月、9月、10月、11月、12月。

お父さんに見せて、貰いなさい。岳君。

此れ。御願いします。

チャンと遣るから。今日、遣らないから。又遣ります。

ああ、頭が痛い。頭が痛いおう。割れそうだおう!



たとえ世界が滅ぶとも我のみは生きるぞと1億の民草 茫洋

Monday, August 02, 2010

山本薩夫監督「金環触」を見る

闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.33

1975年製作の大映映画を、夏の夜長を居眠りしながら見るともなく眺めておりました。

まずは九頭竜ダム落札事件をモデルに、保守政党の総裁選挙に端を発した汚職事件を描いた石川達三の原作を見事に劇化した田坂啓の脚本がよくできています。
ために山本の演出の切れ味が冴えわたる。池田、佐藤政権時代の自民党政治の内幕が、まるで赤塚不二夫の漫画のように面白可笑しく描かれていてあきさせないのです。

そして腐敗堕落した政財界とマスコミ、土建会社の面々を演じる役者たちのなんと絢爛豪華なことよ。

とくに凄いのは前歯をむき出しにしてあほばか面を画面いっぱいに全開する希代の詐欺師森脇将光を演じる宇野重吉その人です。マッチポンプ代議士田中彰治役の三国連太郎を凌ぐ存在感をみなぎらせて秀逸。冷徹な官房長官黒金泰美役の仲代達矢を完全に喰ってしまっている。とりわけ田中彰治が森脇を接待するキャバレーの色と欲のシーンはこの70年代を代表する映画のハイライトといえるでしょう。

ぎらぎらと野心と欲望をむき出しにする怪しき男どもが暗黒界にうごめくとき、男優陣の陰に隠れている池田首相夫人の京マチ子や森脇の女中村玉緒、大塚道子、長谷川待子、鹿島建設が黒金に提供した安田道代、夏純子などの女優陣があたかも金環触の外輪のように妖しく輝く。

これは政治と汚職に材を借りた男と女の真夏の夜の供宴映画ではないでしょうか。


超高層の億ションペントハウスに住むという男の自慢を白々と聞く 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第14回

bowyow megalomania theater vol.1

10月30日

また台風がやって来ました。台風20号と21号です。

その前の19号は僕のウチの屋のカワラをぜんぶぶっとばしてゆきました。

こんどの20号と21号が、お隣とそのお隣も家ごとぜんぶぶっとばしていったら超おもしろいです。

台風が2つ3つばかりじゃなく、20も30もいっぺんにやって来て日本全国ぶっとばしていったらゆかい痛快です。

日本も世界も大あらしになって、大水になって、人もけものも生き物がすべてあっぷあっぷになっちゃって、のぶいっちゃんとほとはるちゃんと公平君とケイスケと雄二と洋子と麻衣と文枝とかおる子と僕とみんな一緒に大きな大きな船に乗って世界中が沈没していくのを眺めてみたいです。


一生に一度は誰もが叫ぶ言葉アプレヌ・ル・デルージュ! 茫洋

Saturday, July 31, 2010

ピーター・セラーズ演出ウイーン響で「フィガロの結婚」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第153夜

今年5回目の海水浴から帰ったあとで、いまや完全にオールドメディアとなったLDでクレイグ・スミス指揮ウイーン響でモ氏の「フィガロの結婚」を視聴しました。

舞台はニューヨークの高層マンションに設定されていて、このベランダからケルビーノが飛び降りたりするのはいくらなんでも無茶だと思うのですが、鬼才ピーター・セラーズはてんで頓着しません。終幕の夜の庭園も室内の設定になっているので、登場人物の布陣がまったくわからないのですが、セラーズはそういう全体図よりも夫婦や恋人や男と女のⅠ対1の相関関係のゆがんだ愛憎に焦点を当てているので、別段このオペラの舞台がニューヨークでなくてもいっこうに差し支えなかったのでしょう。ともかくエグクて図太い演出家です。

そんな次第で音楽は完全な添え物となってしまいましたが、クレイグ・スミス指揮ウイーン響もジョルジュ・プレートルほどではなくともそれらしいモーツアルトを鳴らし、泳ぎつかれてうとうとしているうちに全員が浮かれてダンスを踊る大団円に突入していました。

どんなつまらない楽団と演出家の組み合わせでも、最後に伯爵夫人があほばか伯爵を許すシーンでは、それこそ粛然とした気分が、それまでの馬鹿騒ぎを洗い流して、やはり人間て素晴らしいなあ、なーーんていう身もふたもない法悦に浸らせてくれるのですが、残念ながらこのコンビにはそれはない。あほばか音頭がすべてを覆い尽くして、それこそプッツンと終わってしまうのでした。



♪ニイニイ油カナカナ鳴き揃うたり文月尽 茫洋

Friday, July 30, 2010

西暦2010年文月茫洋花鳥風月人情紙風船

ある晴れた日に 第77回


現金をゴミ箱の中に捨てていた不思議の国に生きている息子

金捨てる息子の生きる不可思議な世界を知りてまた驚きぬ

横顔が母に似ているなと思いながら息子の顔を見ている私の顔

障碍を持つ長男の髪を切る鎌倉2小の同級生かな

私と障碍のある長男を並べて髪切る小林理髪店

世界と私との戦いではおそらく私は息子の側に立つだろう

しかすがにてふ枕詞思い出したりシカスガオの歌ききて

お位牌のチンは横からそっと打つのよと母がいう

亡き父の鞄の底に眠りしは肩書のない一枚の名刺

父死にて泣けぬ我かと案じしがとどまることなく涙流れたり

大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな

「お父さんは好きか嫌いかどっちなの」に遂に答えられぬ柳美里

なんの根拠もなく絶対生きているという言葉にすがりつく哀れ

美しきうわべの貌をひとめくり心はいかに美しき人か

新宿の天丼てんやで五〇〇円の天丼食らうアメリカ人カップル

文学の巨星なれど医学の巨悪人間森林太郎をいかに位置づけるべき

なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに

ポネル死してオペラまた死したりその雲居の声に残響に耳を澄ます

はじめに女ありき そこから始まった日本私小説 

ブロンドの謎の少女も叔父上もおのれもすべてうつせみにして

ライバルの御家人どもをなぎ倒し最後は自滅のああ伊豆豪族

ピッチには一度も立てずアフリカの歌をうたいし選手のこころ

野に山にノウゼンカズラの花咲けば狂乱の夏いまぞ来にけり

1200円の三浦スイカを食べにけり

シューマンの象徴の森深く分けて入る

おたま食らうヤマカガシ殺したるおぞましさ

ジャワ更紗サラサはスカンポの柄に似て

いくたびもカラス何代目あらわれては消え

佃煮にして食べたき魚泳ぎけり


ねえお母さん 茗荷と紫蘇が獲れる庭はいいね 茫洋

Thursday, July 29, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第13回

bowyow megalomania theater vol.1

10月29日

お母さんが、弟の純君を叱りました。
「こらっ、純。もっとちゃんとご飯を食べなさい」
僕も言いました。
「こらっ、純。もっとちゃんとご飯を食べろ!」

 そして、僕は、純がちゃんとご飯を食べないし、お母さんに純のことばかり注意するので、頭にきて、純の頭をごっつんと殴りました。

純は、びっくりして僕の顔を見ました。お母さんは、
「岳がほんきで怒ってるよ。マジだよ」
と言ってたいそう驚いて
「純君、どうしたの、なにが気にいらないの? どこか具合でも悪いの?」
と聞きました。

「ううん、僕どこも悪くないよ。大丈夫ですお」
と答えると、お母さんはなおも僕のことが心配になったようで、急に僕の機嫌を取ろうとするように、
「岳君、どこか遊びに行きたいところがあるんでしょう?」
とカマを掛けてきたので、僕が
「火星社書店」
と答えると、お母さんはもう一度びっくり仰天して
「そ、それは高尾山の麓の本屋さんじゃないの。あそこはあなたがもっと小さい頃に日曜日ごとにさんざん行ったところじゃないの。そんな遠いところじゃなくて、もっと近いところで岳が行きたいところがあるでしょ?」
と言ったので、
「それじゃあ川崎の岸さんちへ行きたいお」
と言ったら、お母さんはまたまたあわてて
「川崎も遠いよね」
と言ったので、
「それでは僕は大船のイトーヨーカ堂に行きたいです」
と言ったら、お母さんは思わず両手を胸の前でパシリと打ち合わせて、
「よおーし、じゃあ岳君、イトーヨーカ堂へ行こう。行こう、行こう、みんなで行こう!」と大声で叫んだので、僕は「僕は岳ちゃんではありません。岳君です!」
と言いました。


1200円の三浦スイカを食べにけり 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第12回

bowyow megalomania theater vol.1

10月28日 曇

今日は朝から風邪気味でした。

具合がとても悪いので、流れてきた「イチョウまんじゅう」の箱をぼんやり眺めていたら、突然目から火が出ました。

現場監督の長島先生が僕をぶん殴りました。僕の頭をぐあんと殴ったのです。

僕は目からバチバチと火を出しました。それからあんまり痛かったのでわあわあと言って泣きました。そしたら、
「いつまで泣いてんだ。バカ」
と言ってまた長島先生が僕を殴りました。

今度はほっぺをぶん殴りました。すごく痛かったので、また泣こうかと思いましたが、また泣くと、また長島先生にぶん殴られると思ったので、僕は必死で泣きませんでした。

いっしょうけんめい泣くのをこらえました。ヒックヒックと言ってこらえました。

長島先生は嫌いだ。長島なんてぶっ殺してやる。



美しきうわべの貌をひとめくり心はいかに美しき人か 茫洋

Tuesday, July 27, 2010

柳美里著「ファミリー・シークレット」を読んで

照る日曇る日 第360回

どうやらこの人はいいしれぬ苦悩に陥っているようです。そうして、それがどういう苦しみであるのか、またその苦しさがどこからやって来たのかについて、この人の苦難に満ちた来歴が、あるいはまたその絶望的に悲惨な日常生活の断片が、啼くがごとく、恨むがごとく延々と語り続けられるのです。

幼い時から父親の家庭内暴力の被害に遭い、世間からも迫害されてきたという作者は、様々な小犯罪やリストカット、自殺未遂を繰り返しながら、おのれを護持するために懸命に小説を書いてきたそうです。

しかし不幸なことに、40歳を超えた今日も過去のトラウマから解放されず、新しい連れい合いからは連日殴る蹴るの虐待を受け、しかしながら前夫との間に出来た最愛の息子に対しては時として暴力を加え、夜は寝られず、精神には異常をきたし、とうとう著名な精神分析者のカウンセリングを受けることになります。

そうして何度かの濃密なセッションを通じて、次第に作者の精神的な障碍の構造があきらかになり、長年にわたって音信不通であった父親との再会が実現し、(それらの「家族の秘密」はすべてあからさまに小説の中で公開されるわけですが)、幼い時から奪い去られていた「愛」を取り戻すためのささやかな試みがようやく開始されるかにみえるところで、本書はなんとかハッピーエンドの姿を取ろうと努めるのです。

けれどもまばらな拍手にこたえるべくカーテンコールによろばい出た作者の、鎌倉雪の下カトリック教会で聖体拝受にあずかる疲労困憊した姿や、横浜弘明寺商店街を彷徨する幽鬼のような姿は、とてもこの世のものとは思えません。

複雑な少女時代に「碧いうさぎ」の刻印を受けた酒井法子や、わが子を川に投じた畠山鈴香に自分の分身を感じるという作者の赤裸々な言行録は、読む進むほどに痛ましさがつのり、「親の因果が子に報い」などという古いことわざが、あたかもアポロンの不吉な神託のように聞こえてくるので面妖な心地さえしてくるのです。

いずれにしても、ほとんど精神の決壊寸前に立ち至ったこの俊秀の一日も早い拝復を祈らずにはおれません。

「お父さんは好きか嫌いかどっちなの」に遂に答えられぬ柳美里 茫洋

Monday, July 26, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第11回

bowyow megalomania theater vol.1


10月27日

星の子学園に行きました。

僕の住んでいる街でいちばん有名な「イチョウまんじゅう」の箱を折りました。

流れ作業です。最初にのぶいっちゃんと洋子がタテ折りだけして、次にひとはるちゃんと文枝がヨコ折りして、そこから回されてきたA4くらいのイチョウの絵が描かれたリサイクルペーパーを、僕と吉本公平君の2人がもういっぺんタテヨコきれいに折り直して化粧箱に組み立てます。

朝9時からお昼休みをはさんで午後5時までそればっかりやってる。やらされてる。

僕はとても不器用な人間なおですが、それでも毎日毎日やっているうちにだんだん上手になってきましたが、僕は結局なにをやっているんだろう。それが全然わからない。

朝から晩まで箱を折り続けているので、それでとても疲れます。

働くことは疲れることです。僕はもう働きたくありません。働くことは嫌になりました。

働くことが好きで上手な人だけ働いてください。


♪新宿の天丼てんやで五〇〇円の天丼食らうアメリカ人カプル 茫洋

Sunday, July 25, 2010

文化学園服飾博物館で「世界の更紗」展を見る

茫洋物見遊山記第35回&ふぁっちょん幻論第60回

更紗と聞けば、♪スカンポ、スカンポ、ジャワ更紗という歌を遠い日にどこかで聞いたことを反射的に思い出します。

調べてみると北原白秋作詞、山田耕作作曲の「酸模の咲く頃」という小学唱歌でした。正式には、次のような素敵な歌だったのでここで全国のよい子の皆さんとご一緒にのどちんこを全開しながら大きな声で合唱してみたいと存じます。

♪土手のスカンポ ジャワ更紗 昼は蛍がねんねする 
僕ら小学1年生 今朝も通って また戻る 
スカンポスカンポ川のふち 
夏が来た来た ドレミファソ

みなさん、いかがでしたか。ちゃんと歌えましたか。とってもいい歌ですね。
特に「昼は蛍がねんねする」というところと、最後の「夏が来た来たドレミファソ」というコーダはあーだこーだを許さないとてもチャーミングなもの。昨今の、歌詞が聞こえない、出鱈目英語入りのあほばかポップスなど足元にも及ばぬ白秋&耕作ゴールデンコンビの至高の境地でしたね。

私はこのスカンポソングをハミングしながら楽しく「世界の更紗」展を見物しました。展覧会のチラシによれば、更紗とは「主に木綿の布に手描きや型を使って文様をあらわしたもの」を指すそうですが、織りでなくなく染めで文様を作るところがポイントです。

原産国はインドですが、たちまちジャワ(インドネシア)近辺に飛び火し、ここから17世紀の大航海時代の東インド会社の貿易ルートを経由して、東は中国、日本、西はヨーロッパ、ロシア、中東、アフリカまでほぼ全世界に伝播していったようです。

それにしても同じ文様をアレンジしながらジャワ更紗、ペルシア更紗、アフリカ更紗、フランス更紗、日本更紗のおそろしく微妙で多彩な差異よ! ここに統合を夢見つつもけっして単一化されざる世界文化の一典型があるようにも思われます。

なおこの興味深い展覧会は新宿の文化学園服飾博物館にて9月25日まで開催されています。


♪ジャワ更紗サラサはスカンポの柄に似て 茫洋

Saturday, July 24, 2010

由比ヶ浜海水浴場にて

バガテルop128

今日も朝から猛烈な暑さです。午後の遅い時間に、例によって家族3人で、今年3回目の海水浴に出かけました。

由比ヶ浜の海岸は黄色い旗が立っていました。それほど波が高くないのにどうしてだろうと思っていたら、中央監視所からアナウンスがありました。
「今日は雷警戒警報が出ているので遊泳注意になっています。あまり沖には出ないようにしてください。それから海岸では決まった場所以外での喫煙はやめましょう」

そういえば今年の4月から神奈川県の喫煙条例が施行されたので、こういう放送をしているのでしょう。従来から海岸でプカプカ煙草を飲む連中には頭に来ていたので、この規制は大賛成ですが、ライフガードの人たちは例年にも増して大忙し。去年は大波で若い学生を溺死させたのですが、今年は海に加えて陸地でも目を光らせなければならなくなりました。

私たちはいつものようにライフガードの人たちがたむろしている監視所のすぐそばに陣取りました。これなら泳げない息子が浮輪で遠くまで行ってもすぐに助けてもらえます。

息子はもうとっくに星条旗の派手なデザインの浮輪に乗って波間にゆらゆら浮かんでいます。私も海に入りました。先日の花火大会のせいでしょうか、海水が濁って少しゴミがういています。(花火大会の後にはトラック何台分もの物凄いゴミが出て、毎年市の職員やボランテイアが総動員で片付けるのですが、大変な重労働だそうです。)

しばらく進むと次第にきれいになって中指くらいの大きさの魚がたくさん気持ちよさそうに泳いでいます。これを佃煮にしたらさぞやおいしいだろう、と思って両手ですくおうとしたのですがそうは簡単に問屋が卸さないのでした。

辺りを見回すと男女のカップルと家族連れが半々くらいでしょうか。みんな思い思いに楽しく遊んでいます。今からざっと700年前の和田の合戦で討ち死にした若武者たちの骨がおよそ5メートルの深さに眠っている砂浜の上では、褐色の肌の筋骨たくましいアフリカ人の青年が若い女性にフランス語で声を掛け、あちらではいかにも色男風のイタリア人が長身のモデル風の日本人女性を英語でくどいていますが、これまたそうは簡単になびいてはくれないのは北条氏の陰謀に斃れた武士達の怨念ゆえであることを、彼らは永久に理解できないでしょう。

私が海水浴に来るのは海で泳ぐためです。太古私の祖先が生まれた海に肌近く接し、海と風の声を聴きながら静かに物思いにふけるためですが、その大いなるさまたげになるのが海の家からの騒音。DJだかあほだらミュージックだか知らないがアルコールをあおりながら傍若無人に踊って叫んで騒音をまき散らして喜んでいる破廉恥漢々はどこか無人の山奥か都会のビルの地下室に直行してほしいものです。

♪佃煮にして食べたき魚泳ぎけり 茫洋

Friday, July 23, 2010

高橋源一郎著「「悪」と戦う」を読んで

照る日曇る日 第359回

どうやら作者にはいわゆる「発達障碍」の子どもが身内に居るようで、その切実な個人的な体験が、偉大な「ドンキホーテ」を想起させるこの気宇壮大な哲学的ファンタジー小説を生みだしたことは間違いないようです。

作者自身を思わせる父親には3歳のランちゃんと1歳半のキイちゃんという2人の男の子がいるのですが、このキイちゃんの言葉の発達が遅れているので父親はとうぜん心配するわけですが、母親はおおように構えている。

しかし不思議なことに、ろくに言葉を発しないキイちゃんの意思を、ランちゃんだけは的確に読み取り、いわば「親をしのぐ介護者」として叡智に満ちた大人のようにふるまうのですが、ある日彼らの前に超絶的な魅力を持った少女が登場するところからこの小説の発熱と激動がはじまります。

じつはこの少女は顔容のみ奇形ですが、他の部位はまるでモデルのように非の打ちどころのない完璧な美形なのです。生まれながらに天から授かったこの悲劇に耐えてきたミアちゃんの母親は、公演の片隅で「わたしは「悪」と戦っているのです」と父親に囁く。ここまでが本作の見事なプロローグです。

ここで彼女がターゲットにしている「悪」とは、障碍という不公平を地上にばらまいた天とその障碍をネタに迫害する世間の双方です。彼女と娘のミアちゃんには彼らがこうむった不当な悪に対して抗議し、反抗し、もしかするとその正当な復讐を要求し実行する権利があるのかもしれません。

しかし彼女は、天と世間への怨嗟や異議申し立てを健気にも押し隠し、正体不明の巨悪にやむを得ず立ち向かわざるを得ない自分の孤立無援の思想を、あたかもチャイコフスキーの6番目の交響曲の最終楽章のように奏しているようです。

物語はさらに進み、作者は世界中のいたるところに、この世界とこの世界に住む人間たちの「悪」を発見します。世界も世界の創造者も、それ自体が善悪を超越した存在であるために、ミアちゃんのような犠牲者は次々に生まれ、世界の住人たちも負けじと数知れぬ犯罪を引き起こし、その悪の連鎖が、またしても無数の悪と敵意と復讐の連鎖を生みだしているのです。

これらの諸悪を必罰懲戒せんとする正義の味方・善玉ボスから強いられて、なぜか悪玉暗殺者になってしまったランちゃんのところには、これまで人類のせいで惨殺されたシロクマやゾウたちまでもが、「千人一殺」(責任者全員ではなく任意の誰かだけを殺害すること)の復讐を要求して詰めかけます。

たった3歳の男の子が、世界を破壊しようとする悪意の持ち主を、みずからの判断で見ぬき、サイレンサーでプシュッと消さなければ、これまで世界中の善意の人たちがかろうじて守ってきた平和と秩序が決定的に破壊されるという極限状態は、どこかカフカの「世界と君との戦では、君はどちらを支援するか?」という名高い設問を想起させます。

いまや悪の象徴と化した最愛のミアちゃんを、わが幼いヒーローは果たして自分の手で消せるのか? それにしても、いったいなにが悪でなにが善なのか? 悪にも正義があるように、善にも不正があるのではないだろうか? ほんとうの幸せはどこにあるのだろうか? 

かつてドストエフスキーが問い、宮沢賢治が問うたこの難問に、今一度われらが高橋源ちゃんも鋭く問いかける。これは古くて新しい普遍的な人倫小説の平成新装版と言えましょう。


世界と私との戦いではおそらく私は息子の側に立つだろう 茫洋

Thursday, July 22, 2010

ギュンター・グラス著・池内紀訳「ブリキの太鼓」を読んで

照る日曇る日 第358回

現代ドイツ文学の最高峰の若書きとしてあまねく人口に膾炙する本作ですが、いったいどこがどう面白いのか理解に苦しみます。

3歳の時に地下室に転落して以来成長を拒否した主人公が故郷ダンツヒを舞台に第2次大戦の戦中戦後をアクロバチックに怪しく生き延びるピカレスクロマンにして20世紀のビルダングス浪漫、なのではありましょうが、それらのやっさもっさが著者の切実な戦争体験に基づく政治的性的ドキュメンツなのだとしたところが、それがいったいどうしたのさ。

それでも新工夫を凝らそうとする著者は、主人公の言動を、「オスカル」と「ぼく」に2分化して描写しようとしているのですが、ではこの3人称と1人称をどのように区分けし、どのように統合しようとしているのかが読めどもてんで分からない。いかにも20代の若造の考えそうなアイデア倒れに過ぎません。

もしかするとヒトラー・ユーゲントに入っていた前歴を2重人格的に複合化(ナチと非ナチの自分)しようと思いついたのかも知れませんが、このように重大な事実を著者が告白したのはようやく06年になってからのことでした。

あまり否定的なこと挙げばかりでは公平を欠くので、無理矢理面白そうなことをとりあげると、この主人公のいちばんの執着は女性のスカートの下の匂いで、祖母のそれからはじめって恋人や看護婦のその部分への異常なこだわりが随所で執拗に描写されているのはそれほど変態的でもなく、人間の本質を外貌ではなく肉体生理に求める文学者らしいフェチ嗜好として微苦笑しつつ読み飛ばすことができます。

そういえば、昔これを原作としたフォルカー・シュレンドルフの映画を見たことを思い出しましたが、オスカルの太鼓連打で教会の窓ガラスが粉砕される光景がことのほか印象的で、あのような武器を欲しいと今でも思わないでもありません。



♪一斉の太鼓連打で宿敵打倒恩敵退散 茫洋

Wednesday, July 21, 2010

グラモフォン盤「シューマン全集」を聴いて

♪音楽千夜一夜 第152夜

ショパンと並んで今年はロベルト・シューマン(1810-1856)の生誕200年記念に当たるためにこのような大きなコレクションが続々発売されています。

交響曲はガーディナーと革命浪漫交響楽団の演奏ですが、ロマン派を古楽器で演奏するのは邪道につきゼロ評価となりますが、フィッシャア・デイスカウとエッシェンバッハを主力とする歌曲大全集が抜群に面白く、シューベルトと同様やはりロベルトは歌の詩人であることがよく理解されます。シューベルトもシューマンも歌曲においてもっとも重要なな仕事ができたわけで、その他のジャンルの作品は別になくても構わないと放言したら本気で怒るひともいるのでせうね。

時折エディト・マチスの可憐な声も入ってくるのですが、バリトンとソプラノに寄り添うエッシェンバッハのピアノ演奏の見事なこと。全35枚のうちでこの9枚の歌曲集がもっとも聴きごたえがありました。

ともかく1枚258円の廉価版なのであとはおまけのつもりで聴きましたが、室内楽のハーゲンカルテット、私のひいきのボーザールトリオ、クレメル&アルゲリッチも悪かろうはずがありません。ピアノの名曲の多くをポリーニが弾いていますが、牛刀割鶏の嫌いあり。シューマンの含蓄ある音楽をどうしてこのような神経衰弱患者が弾き急ぐのでしょうか。この名人は(ミケランジェリと同じく)音楽に無知なピアノの技術屋にすぎず、ショパンだろうがベートーヴェンだろうがシューマンだろうが同じことで、ただただ物理的な音響の連鎖を切ったり張ったりして粋がっている。

げいじゅつなんて昔も今も河原乞食の芸、サーカスの曲芸、いかがわしい小手先の魔術とおんなじなんだから、それすらわかろうとしないなまじインテリゲンチャンな藝術家がいちばんハタ迷惑なのです。この男はもいちど生まれ直してきてバックハウスやコルトーやサンソン・フランソワやホロビッツ、ポゴレッチ、サイなどのアホなところをたっぷりと外部注入しないと、世の心ある人は聴いてくれんだろう。いまだまされているのは耳無芳一的トウシロウばかりだよ。

音響には強いが音楽とは無縁の世界でボケることさえできずに醜態をさらしているポリーニと比べると明らかにシューマンらしい音を並べていたのが意外にもアシュケナージ。どこのオケを振っても下らない演奏しかできない指揮など一日も早くやめてもっとピアノの録音をいれてほしいと思いました。(これはエッシェンバッハ、バレンボイムも同様)。

シューマンの象徴の森深く分けて入る 茫洋

Tuesday, July 20, 2010

ウナギの大回遊

バガテルop127

謹んで暑中お見舞い申し上げます。

こんなに暑いと自分の脳力ではなんにも考えられないので、本日は以前日経の夕刊コラムで国際高等研究所の尾池和夫さんが東大大気海洋研究所の西田睦所長のお話にもとづいて書かれていた「ニホンウナギの記憶」からほとんどそのまま引用したいと存じます。

四万十川など西南日本の河川には天然ウナギが棲息しています。ウナギの稚魚は冬の川を上ってクロコになり、黄鰻になって数年を過ごし、銀鰻となって川を下るのですが、さてそこからどこへ行って産卵するのでしょう?

この長年の疑問が、やっと06年になって解決しました。ニホンウナギの産卵地がマリアナ諸島の北西約370キロにある北緯14度、東経143度付近の「スルガ海山」であることが、東大海洋研究所の塚本勝巳さんたちによって特定されたのです。ここで生まれたニホンウナギは北赤道海流と黒潮に乗って3000kmの大回遊をして日本にやって来るのです。

ウナギの先祖が地球に登場したのが2000万年前だとすると、その頃の西南日本の地は今よりももっと南にあり、その近くにマリアナ諸島がありました。またちょうどその頃インド大陸とアジアの衝突でヒマラヤが隆起し始め、その隆起した山地から豊かな栄養が大河によって海に運ばれるようになりました。安全な深海で生まれたウナギは近くの栄養のある浅い海に来て、その近くの陸地の川に上って成長したのでした。

地球のプレートは1年に5センチというゆっくりした速度で動いていますが、2000万年あれば1000キロ動くことになります。この結果マリアナ諸島は東へ、西南日本は北へ大きく移動して現在の位置に来たのですが、驚いたことにニホンウナギは、遠い先祖の記憶をたどって大回遊しながら相変わらず産卵を続けているのです。


野に山にノウゼンカズラの花咲けば狂乱の夏いまぞ来にけり 茫洋

Monday, July 19, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1

小さな滝から冷たそうな水が次々に流れ落ちて、小さな滝つぼをつくっています。

滝つぼの上にももみじ色をしたもみじがいっぱいたまっていて、ほとんど水が見えないくらいでした。その、もみじの葉っぱを見ていてもぜんぜんこころが静まらないので、僕は石をつかんで滝つぼに投げ入れました。

でも、滝つぼは、ぼちゃんといったまま知らん顔をしています。
僕は頭にきて、ふたつ、みっつと石を投げ入れました。

ふと気がつくと、散歩にやって来た滝沢のおじいさんと秋田犬のシロが、滝の手前のところでじっと僕の方を見ています。変な目つきで見ています。

それで、僕はシロに咬みつかれるとヤバイと思って、いっさんに家の方まで駆けて帰りました。逃げて帰りました。

帰りましたけど気持ちは炭のように真っ暗で、身体のすみずみまでなにか膿のようなタンのようなものでぬりたくられているような気がしました。汚されているように感じました。

僕は、これからどうなっていくんだろう? 自分で自分のことが、分からない。

少し怖くなりました。


♪大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな 茫洋

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1

小さな滝から冷たそうな水が次々に流れ落ちて、小さな滝つぼをつくっています。

滝つぼの上にももみじ色をしたもみじがいっぱいたまっていて、ほとんど水が見えないくらいでした。その、もみじの葉っぱを見ていてもぜんぜんこころが静まらないので、僕は石をつかんで滝つぼに投げ入れました。

でも、滝つぼは、ぼちゃんといったまま知らん顔をしています。
僕は頭にきて、ふたつ、みっつと石を投げ入れました。

ふと気がつくと、散歩にやって来た滝沢のおじいさんと秋田犬のシロが、滝の手前のところでじっと僕の方を見ています。変な目つきで見ています。

それで、僕はシロに咬みつかれるとヤバイと思って、いっさんに家の方まで駆けて帰りました。逃げて帰りました。

帰りましたけど気持ちは炭のように真っ暗で、身体のすみずみまでなにか膿のようなタンのようなものでぬりたくられているような気がしました。汚されているように感じました。

僕は、これからどうなっていくんだろう? 自分で自分のことが、分からない。

少し怖くなりました。


♪大股を開いてメール打つガンガン娘は災いなるかな 茫洋

Sunday, July 18, 2010

梟が鳴く森で 第2部たたかい 第10回

bowyow megalomania theater vol.1



10月26日 雨

 白いつぶつぶを混ぜた、変な雨が、ざざあ、ざざあ、と降って来ました。

僕は、じんせいがいやになってきました。すべてのことが、いやになってきました。星の子学園が、いやになってきました。

僕は、僕のことも、弟のことも、お父さんのことも、ムクのことも、みんなみんな、いやになってきました。僕なんか、生まれてこなかったほうがよかったんだ、と考えたとたんに、自分で自分が悲しくなってしまいました。

なにもかもいやになってしまったけれど、だからといって特になにかすることを思いつかなかったので、近所の金沢八景へ抜ける切り通しのところへ行きました。


♪しかすがにてふ枕詞思い出したりシガスカオの歌ききて 茫洋

Friday, July 16, 2010

林望訳「謹訳源氏物語三」を読んで

照る日曇る日 第357回

第1巻がこの間出たと思ったら、もう第3巻でちょっと民主党の小沢を思わせる政敵右大臣の愛娘朧月夜の尚侍をまたしてもやってしまった源氏は、そりゃあんまりだ、当然の酬いだという訳で哀れ須磨に流されてしまいますが自業自得身から出た錆びの都落ちをおいおい泣いたり侘びたりするうちにまたしても都合よく明石の君を発見して奥方の紫の上を気にはするものの結局この鄙には稀な美女もおのがものにして玉のような女児をあげるのですがこういういいかげんうんざりするようなワンパターン的色好みすけこまし譚も一種貴種流離譚のようなお伽噺もすべて超インテリオバハン紫式部の空想にすぎず一世一代の色男を自分の都合のいいように手のひらの上でポンポコリンさせて色即是空させているだけのことじゃねえかと思えばなんだか物語の操り人のその怪しい手つきがほのみえてような気がしていささか興ざめにもなるのですがとはいえ平安時代は藤原道長が位人臣を極めこの世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えたご時世にあって藤原氏以外の貴族たちは立身出世の道を断たれて書画骨董文芸淫美女色の脇道に深入りするしか生きるすべがなかった時代ですからいくら道長から寝ようと誘われ自作の第一読者を自任されていたとしても所詮式部は藤原一族のはしくれですらない彼女はアンチ藤原氏一同を代表して彼らの見果てぬ夢である幻想の源氏の御代を描いてその世界初世界最大最高の物語のあちらこちらにおいて道長一派を皇室を危うくする権謀術数家や権力にこびへつらう滑稽な道化師女の性を利用し踏みつけにしてどこまでも私利私欲を追い求めようとする小市民として点描することによってせめてもの気晴らし口散じをすることだけが関の山だったといえばいえるのでしょうが結果的にその小さな嫌がらせないしささやかな政治的報復行為がこの史上空前の大ロマンの多種多様な副主人公たちの光彩陸離たる大活躍につながって物語の細部を異常なまでに充実させあまつさえそこに読者の視線が集中するという思いがけない結果を生んだために恐らくは致命的欠陥になりかねなかった主人公光源氏のあほばかウドの大木的キャラの肥大化および下半身爆弾常時突貫小僧的単細胞肉体性と諸行無常的空虚感の後景化に見事に成功したといえそうです。


♪藤原の摂関政治にあぶれたる貴族が励みしセックスと歌 茫洋

Thursday, July 15, 2010

吉村昭著「歴史小説集成第8巻」を読んで

照る日曇る日 第356回

「ニコライ遭難」「ポーツマスの旗」「白い航跡」の3冊の本を1巻におさめた最終巻をやっとこさっとこ読了しました。

帝政ロシア最後の皇帝ニコライ2世の皇太子時代の大津事件を扱った「ニコライ遭難」は、当時この暗殺未遂事件がいかに日ロ両国の政治外交関係に大きな衝撃を与えたかについて、手に汗握るような臨場感と事実の積み重ね(例えば長崎で入れた両腕の龍の刺青!)で描き、たとえば富岡多恵子の「湖の南」の視点の定まらぬ凡庸な記述などとは比べ物にならない歴史小説の力量を見せつけています。

日露戦争にかろうじて勝利したあと、国民の重すぎる期待を背負ってロシア全権ウイッテと凄まじい外交戦争を繰り広げた「短躯の巨人」小村寿太郎を主人公とする「ポーツマスの旗」では、当時イソップ物語に出てくるカエルのようなでパンク状態にあった日本という国を、未曾有の苦難から救済すべく粉骨砕身の努力を続けた孤独な外交官への熱い共感がいつもながらの冷静な筆致から隠しようもなくふつふつと湧き起ってくるのが格別の魅力です。

 そして1882年(明治15年)からの4年間に食物を改善して日本海軍の脚気を根絶し、後年のビタミンB欠乏原因説のさきがけの道を切り開いた医学者高木兼寛の孤軍奮闘の生涯を描き尽くした「白い航跡」では、幕末の薩摩でウイルスに医学を学んだあと、英国に留学して経験主義を大事にする現実的な臨床医学のノウハウを身に付けた高木兼寛と、理論主導医学の本場ドイツに留学してコッホ譲りの脚気細菌説を死ぬまで唱え続けた鴎外森林太郎の科学者としての生き方が、するどく対置されて見事です。

いかに文学者として偉大な業績を遺したにせよ、石黒陸軍軍医総監と結託して(結果的に)誤った非科学的な学説に依拠し、日清日ロの大戦で数多くの脚気死亡者を出した責任は、この謹厳実直かつ頑迷牢固な医学者に帰せられるべきでしょう。

 
文学の巨星なれど医学の巨悪人間森林太郎をいかに位置づけるべき 茫洋

Wednesday, July 14, 2010

川本三郎著「いまも、君を想う」を読んで

照る日曇る日 第355回


57歳で逝った妻を悼む鎮魂の書です。

著者の7歳年下の川本恵子さんは服飾評論家として知られていましたが、突然食道がんを患い、大手術の甲斐もなく次第に弱ってしまいとうとうラーメンを食べることすらできなくなります。

「再々入院の日 帰って来れるかなという妻を抱く」(p143)

文芸・映画評論の売れっ子の著者は、ほとんどの仕事を断って、病院と自宅を行き来しながら3年間にわたって最愛の妻を看護するのですが、万策尽き果て2008年の梅雨の日に、お茶の水の順天堂医大で早すぎる死を迎えることになってしまうのです。

思いもかけない災厄に動揺しながらも、著者は本書の中で、美しく、怜悧で、快活で、いつも自分を励ましてくれた生涯唯一無二の伴侶との30余年の思い出を、淡々と書き連ねていくのですが、その日々の思い出が楽しく、その筆致が冷静であればあるほど、著者の悲しみと痛手の大きさと重さがうかがい知られ、読者の心を鋭くえぐるのです。

著者の不遇の時に「真昼の決闘」の新妻グレイス・ケリーのように夫を助けてくれた妻、「匿名で人の悪口を書くなんて丸腰の相手を撃つのと同じことよ」と非難した妻。(その結果、著者は気に入った映画のことしか書かなくなる。私とは大違いだと反省反省)

そんな妻の意を汲んで、著者は「静かな葬儀」を行うことを決意します。一日にひとつだけの葬儀を行う小さな斎場を選び、通夜の酒を出さず、香典と弔電の披露を辞退し、2人の親しい先輩と友人の弔辞とお経と焼香だけの簡素な葬式を、実行したそうですが、私たちはそこにも著者の亡き人への大いなる愛を実感することができるでしょう。

この感動的な思い出の記を読んで、私などには及びもつかない故人への献身と真心に打たれましたが、できれば愛する人よりも先に姿を消したいとも思ったことでした。


なにゆえによきひとさきにゆくならむむらさきいろのあじさいさくひに 茫洋

Tuesday, July 13, 2010

ミヒャエル・ハンペ演出で「ウリッセの帰還」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第150夜

前夜に引き続いてモンテヴェルディの歌劇を鑑賞しました。これは1985年夏のザルツブルグ音楽祭でのライブを収録したもので、演出は正統派のミヒャエル・ハンペ、そしてジェフリー・テイト指揮のオーストリア放送管弦楽団が手堅い伴奏を務めています。

「ポッペアの戴冠」がローマ時代の史実を脚色したのに対し、このオペラの原作はギリシア神話のホメロスの「オデュッセイア」で、10年におよぶトロイア戦争のあと海の神ポセイドンの悪意で妨害されたオデュッセウス(英語ではユリシーズ、イタリア語ではウリッセ)が、様々な苦難の果てに、女神ミネルヴァとゼウス(ユピテル、ジュピター、ジョーヴェ)の助けによって故郷イタカに帰還し、王妃ペネロペに言いよる求婚者どもを巨大な弓矢で射殺して晴れて再会のよろこびに浸るところで大団円となるのです。

モンテヴェルディの音楽は、「時」「運命」「愛」の3つの神が拮抗するあわいに、一枚の木の葉のようにもてあそばれる人間のはかなさ、そしてつかのまの喜びを、切々と美しく、またあるときは激しく、一瞬の弛緩もなくいきいきと表現していきます。

とりわけ帰還した謎の男が、ウリッセ本人であることをとうとう認めたペネロペが、長らく身にまとった黒衣を脱ぎ捨て白い肌着姿になってひしと夫と抱き合うラストシーンではテイトの棒は白熱の光を帯び、ORFのオケは凄まじい歓喜の調べを奏でるのです。

むやみに広いザルツブルグの大劇場の巨大空間を宇宙を象徴する黄金の円球でかこって天地海を自在に切り分けたミヒャエル・ハンペの演出も光っていました。


お位牌のチンは横からそっと打つのよと母がいう 茫洋

Monday, July 12, 2010

ポネル演出で「ポッペアの戴冠」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第149夜


1979年に天才的演出家のジャン・ピエール・ポネルがアーノンクールと組んでチューリヒで行ったモンテヴェルディの素晴らしい蘇演ビデオです。

モンテヴェルディは1567年に生まれて1643年に死んだイタリア・バロック初期のオペラ作曲家ですが、後年のオペラ音楽の原型はすべて彼の3つの作品(1607年の最初の作品「オルフェオ」、1641年の「ウリッセの帰郷」、翌42年の「ポッペアの戴冠」)の内部に含まれているといっても過言ではないでしょう。

17世紀のモンテヴェルディに発した西洋オペラ史はいっきに18世紀のモーツアルトに飛んでその最高の達成を刻んだあと、20世紀のワーグナーの楽劇の宇宙で大爆発を遂げるのです。

さて彼の遺作となったこの「ポッペアの戴冠」では、主題からして衝撃的で、勧善徴悪ならぬ「勧悪徴善」を謳歌するという反社会的な内容になっていて、これは当時の世間の常識はもとよりキリスト教会の教えとも完全に逆行していました。

ローマの危ない皇帝ネロが、恩師の哲学者セネカの反対を無視し、自死すら命じて従順な后妃オッターヴィアを追放し、野心的で官能的な誘い女ポッペアに戴冠するという物語はいま接してみても保守的な精神を動揺させる違和があり、そこにこのオペラの現代性と普遍性があると思います。

第2幕のセネカの粛然たる自死の直後に、その同じ場所で繰り広げられる若者たちの生と恋の讃歌、そして第3幕のポッペアの戴冠式をことほぐ合唱における聖歌隊の哄笑などには、この不世出の演出家の真価が遺憾なく発揮されており、随所で展開される歌手と楽員たちの演劇的な戯れ、「愛の神」に翼を持った少年の起用などはその後のオペラの演出に大きな影響を与えました。

アーノンクールとチューリヒ歌劇場モンテヴェルディ・アンサンブルの劇伴も、ポネルの指示に忠実に従っており、その後夜郎自大に成り上がってウイーンやロイヤルコンセルトヘボウの大オーケストラを振って内容空疎な音楽を奏でるようになった指揮者とは、とても同一人物とは思えない好ましい演奏振り。たかがビデオといえど、オペラの快楽ここに極まれり!

1970年代の半ばにチューリヒ歌劇場の総監督を務めたクラウス・ヘルムート・ドレーゼとポネルとアーノンクールの黄金トリオが奏でたモンテヴェルディ・チクルスのような革命的なオペラ公演があれば、世界の果てまで飛んで行って見物するのですが……。


♪ポネル死してオペラまた死したりその雲居の残響に耳を澄ます 茫洋

ショルティ指揮ロンドン響で「青ひげ公の城」を視聴する

♪音楽千夜一夜 第148夜

懐かしやハンガリーの歌姫シルビア・シャーシュによるバルトークの傑作オペラです。

しかも作曲者も、指揮者も、青ひげ公役のコロシュ・コヴァーチエも、もちろんシャーシュもハンガリー人という完全なお国もののラインアップ。そこまでやるならどうしてハンガリーのオーケストラでやらないのかと思うのですが、そこはやはり老練ロンドン・フィルのバックアップあってこそのこの演奏でせう。

ニヒルでクールで残酷な青ひげ公のどこが女心をそそるのか、私にはてんで理解できませんが、そんな怪しい男にシャーシュ扮する美しくうら若い乙女は一方的にいれあげます。古今東西好きになるというのは本人にもどうしようもない病気ですから、不治の恋愛病に冒された重病患者は、両親も兄弟も、婚約者さら投げ捨てて、くだんの青ひげ男の前に身を投げるのです。なんとも管とも、あほなやっちゃ。

ところで、ひとつ、ふたつ、またひとつと青ひげ公の秘密の部屋をひらいていく趣向は、ヨハネ黙示録の世界の終りに封印が開示される状況にちょっと似ているところがあります。

ご存知のように新訳聖書では、第4の封印が開かれるとロープシンの「蒼ざめた馬」が、第5の封印では殺されし者たちの霊魂が叫び、第6の封印では地震が起こり月が真っ赤になりますが、最後の「第7の封印を解けば、およそはんときのあいだ天静かなりき。われ神の前に立てる7人の御使いを見たり」という光景が展開するのですが、この扉を開いてさあ今度はどんな怖いものが出てくるのだろう。はらはら、どきどき、という感じを、バルトークの音楽はとても上手に出していると思うのです。

それにしても「第2のカラス」などと呼ばれてひところちやほやされていたシャーシュ嬢、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。


♪クロシジミ一羽舞ひたり中野坂上プラットホーム 茫洋

Saturday, July 10, 2010

川西政明著「新・日本文壇史第2巻」を読んで

照る日曇る日 第354回


シリーズ第2作目では若山牧水、広津和郎、島木赤彦、斎藤茂吉、志賀直哉、里見弴、宇野浩二、有島武雄など「大正の作家たち」が次々に俎上に載せられ、彼らの女性関係が赤裸々に描かれます。

園田小枝子と別れ、太田喜志子を得てようやく歌人としての基盤を確立した若山牧水。

下宿の娘神山婦くとの腐れ縁につながれながら、婦くの妹を孕ませ、有楽町のカフェの女給栗林茂登を「第二の妻」とし、カフェライオンの松沢はま、新橋の待ち合の女将白石都里、インテリ女秋月伊里子と関係しつつ、長く文学活動を持続した広津和郎。

前妻うた、御妻ふじとの間に三男三女を産ませながら、年下の後輩静子との愛欲に溺れた島木赤彦。

気性の合わない妻てる子との満たされない思いを、若い美貌の歌人永井ふさ子との恋に激しく燃焼させた斎藤茂吉。

女中千代との肉交をきっかけに女遊びに走り、吉原の女郎峯との情交にうつつを抜かした志賀直哉。

その直哉と同様、自家の女中八重を妊娠・堕胎させた後に、志賀直哉から女郎買いを教えられ、吉原の君代との房事過多の日々を経て、芸妓山中まさと結ばれた後も、赤坂の芸妓菊龍との情交を続けた里見弴。

インテリの家庭に生まれながら蛎殻町の銘酒屋で娼妓をしていたヒステリー女伊沢きみ子との悲惨な「苦の世界」を描くことによって文壇に躍り出たが、置屋に叩き売った彼女を自死させ、その後芸妓村田キヌと結婚しつつも、上諏訪の芸妓原とみや星野玉子、村上八重との関係を続けて、ついには発狂した「小説の鬼」宇野浩二。

そして「妻波多野秋子を譲るから1万円出せ」との忌まわしい夫の強迫を断固拒否して純愛を貫き、大正一二年六月九日午前二時過ぎ軽井沢で縊死心中して果てた有島武雄まで、作家はすべて女性によってつくられたのです。

著者は「作家を作った女たち」という視点から、作家たちの、とても褒められたものではない無様な生き方を、舌なめずりするように精査し、そのレポート自体を彼らの作品論としています。

そもそも日本の私小説は、明治四四年東京朝日新聞に連載された徳田秋声の「黴」をもってその濫觴とし、大正九、一〇年頃には私小説という言葉が定着したそうですが、著者はそうした私小説作家の私生活を縁の下の「妹の力」として支えた女性たちにまばゆいばかりのスポットライトを浴びせながら、「日本文壇史」とはとりもなおさず「日本文壇女性関係史」であることを雄弁に物語っているようです。


はじめに女ありき そこから始まった日本私小説 茫洋