Tuesday, October 19, 2010

ポール・オースター著「オラクル・ナイト」を読んで

照る日曇る日 第382回

1990年の「偶然の音楽」、2002年の「幻影の書」と、作者の力量はますます上昇し成熟の度を強めてきたようです。ともかくどんな作品でもいっときも巻を措く能わざるプロットの面白さと思いがけない展開、そしてきわめて知的で上品で抑制された語り口、幅広い芸術と文化全般にわたる教養、ニューヨーカー風のユーモアとウイット、そして「いま、ここを」常に感じさせるコンテンポラリーな共生感覚こそ、この1947年生まれのアメリカ人らしからぬアメリカ人作家の特徴といえましょう。

オラクル・ナイトとは「神のお告げの夜」というような意味で、この小説はあちこちでただならぬ神託や神意の降臨の予感がうまく降って湧いてくるように仕掛けられています。

例によって内容に深く立ち入ることはしませんが、本作の主人公は、作者本人を思わせる作家です。そして第1の物語は当然この主人公の愛と仕事と生活をめぐって展開されていくわけですが、ここに主人公がポルトガル製の青いノートに書こうとする第2の物語が入れ子になって交錯し、読者は2つの物語をどうじに並行して享楽することができます。
 第2の物語の主人公は、ニューヨークの一流編集者に設定されていて、彼の元に届いた「オラクル・ナイト」という知られざる作家の作品が、第3の物語として他の2つの物語の基底に大きな影響を与えるとともに、本書の題名にもなっているのです。

そしてこの都合3つの物語の中に登場するのは、アメリカの有名作家や魔法の青いノートを売っている文房具屋ペーパーパレスの不思議な中国人、美しく知的なキャリアガール、薬にまみれた明日なきジャンキー、どんなインポも5秒でいかせてくれるハイチ生まれの絶世の美女等々。さらに頭上からなだれ落ちるコンクリート片、突然の愛、セックス、失踪、逃走、暴行、死そして詩等々。

この小説世界では、ないものがない、のです。


バリウムを呑まされた蝙蝠の如く必死で鉄棒にしがみついている
あと何年こんな芸当に堪えられるのだろう 茫洋

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