Friday, October 15, 2010

小川洋子著「原稿零枚日記」を読んで

照る日曇る日 第380回



10月のある日の昼下がりのこと(金)

ちょうど私が小川洋子さんの「原稿零枚日記」の132ページを開いて、天然記念物の桂チャボが20メートルくらいは泳ぐというくだりを読んでいるときだった。

ぎゃあ、ぐああ、がああという、いままでに聞いたこともないけたたましい物音がした。バサバサという翼が空を切る音に混じって、グアア、グアアという凄まじい叫び声もしている。本から眼を放して東の窓を見ると黒い影が2つ3つ移動していた。急いで南のガラス窓を見ると、まっ黒な鳥が何匹も何匹も押し寄せては急降下していく。まるで戦闘機のようだ。

急いで隣の居間から外の道路を見ると、大きなトビがひとまわり小さいカラスの下腹部を鋭い爪で両側から挟みこみ、全体重を傾けて抑え込んでいた。そして急を知ったカラスの友軍が大声で叫びながら、次から次に現場に殺到してくる。その数は見る見る増えて都合4,50羽はいただろうか。川っぷちの狭い舗装道路の真ん中で時ならぬ禽獣の戦いが繰り広げられていたのだ。

下敷きになった漆黒のカラスは死んだように身動き一つしない。私が窓を開けると、トビはカラスの胴体に加えようとしていた嘴の一撃を止め、すっと伸ばした首を左に振って、鋭い目で私を見た。大きな黒眼が濡れたように光った。

そこへ黒の集団が右翼から全速力で突っこんだ。タカは獲物をあきらめて飛び立とうとしたが、右の爪が肉から抜けないので必死でもがいていたが、ようやく離陸に成功したところへ、今度は左翼から10数羽のカラスが急襲する。私と息子が呆然と見上げる秋の空で1対50の壮絶な空中戦が始まり、米艦載爆撃機ヘルダイバーと戦艦大和の戦いを思わせるそれは、たちまちにして終わった。

多勢に無勢のトビは東のひよどり山の杉林に逃げ込み、勝ち誇った濡羽色のカラス集団は霊園の小高い丘に陣取ってぎゃあ、ぎゃあ、ぐああと下品な勝鬨をあげている。

道端に残された薄茶色の羽根をつまみながら、私は思った。
弱肉強食は世の習い。いずれ人類が滅びた暁には地球はカラスとゴキブリの天下だろう。しかし私は、徒党を組んで敵に向かうカラスよりも、孤立無援のトンビを限りなく愛する。 

トンビはタカを生む。けれどもカラスはカラスしか生めないのである。(原稿零枚)



○○ちゃんほどいい子はいないと言ってみる 茫洋

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