♪音楽千夜一夜 第167夜
60年代にバーンスタインがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮してCBSソニーに入れたベト旧録音です。
しかしどの曲をとっても、60年代のとれたての地生りのトマトのように新鮮で、滋味豊かな味わいがする。これならなにもやたらと重厚長大にもったいぶった後年のウイーン・フィルハーモニカーとの再録音をやたら尊ぶひつようはないのではないか、と、ついつい思わされました。
私がベト全でいちばん好きな8番と4番がいまいちなのは残念ですが、1番、2番、3番、5番、7番、9番などは何回聞いても心がジャン・クリストフになります。若くて元気が良い音楽なら誰でもやりますが、これは生きている喜びが感じられる音楽、未来を信じている人の音楽、そして聴く者にもそのように訴えかけてくるではないでしょうか。
晩年のバ氏には、もうそんな生命の躍動も未来の希望への幽かな架橋もありませんでした。
そのことは彼の最後の録音となった1990年7月のボストン交響楽団との7番(グラモフォン)を聴くとよくわかります。重病患者がぜいぜいと喘ぐような鈍重なリズムは、まるで指揮者があげる断末魔の悲鳴のようです。その音楽は、ゴルゴタの丘を重い十字架を背負ってよろめきながら登っていくイエスの姿と重なり、耳を覆いたくなるような痛ましさです。
1964年に高らかに奏でられたまぶしいほどの青春の輝きと、瀕死の音楽家がタングルウッドで歌った白鳥の歌の間に、一代の鬼才バーンスタインの生涯が凝縮されているのでした。
死に急ぐカマキリを道端に放つ 茫洋
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