Monday, March 26, 2007

ある丹波の老人の話(15)

第三話 貧乏物語その2

 私はありもしない金をはたいて牛肉をこうて親類の人々に集まってもらって相談に乗ってもらいましたが、叔父の一人は「おじじやおばばいうもんは縁のうすいもんじゃ。きょうだいとか嫁の親元とかで心配してもらいなはれ」などといって、結局構ってくれる者は一人もなく、かえってこんなことをしたのが仇となって督促はますますきびしゅうなり、ついに一部の債権者から財産を差し押さえられ、福知山からなんとかいう執達吏がやってきて、家財道具、畳、建具にいたるまで封印をつけてしまいよりました。

ところがこの執達吏は情け心のある人で「私は職務上やむをえずこんなことをやるが、あんたにはまことにお気の毒なことや」と、父の借金のために苦しんでいる私に思いやりのことばをかけてくれました。

これこそ鬼のおやだまはか、と恐れおののいていた執達吏にやさしく慰められたんは地獄で仏におうたほどうれしかったもんでした。

 しかしこんな惨めな身の上になってしもうた私は、もう到底故郷では生きてはいけんと思いました。

そうや、愛媛県に行こう! あそこでは蚕業界に多少は私の名前も売れているし、青野氏のような有力な知人もある。松山市には渡辺旅館という泊まりつけの宿屋もあるから、私たち夫婦をひと月くらいなら泊めてくれるやろう。その間に養蚕界にでも就職できるかもしれん。たぶんなんとかなるやろう…。

私は妻にもそんな話をして、夫婦で夜逃げをする決心をしました。

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