照る日曇る日第521回
地元函館の強みを生かした母子情愛と女の生き方模索とミステリー、それに洞爺丸遭難事件という一大海洋サスペンスを足して4で割った大衆読み物です。
東京の表参道で有名デザイナーの愛人兼アシスタントをしていたヒロインが、その愛の不毛に疲れて郷里の北の港に帰り、余命いくばくもない母親の生涯の恋人探しに巻き込まれてゆくというストーリー展開は良くできてはいますが、その「いかにも」なぶん、いつかどこかで読んだような気がして通俗的です。
しかし久しぶりに郷里に戻ったヒロインが老いた母親に初めてのように向き合い、その知られざる秘めた情念に接するなかで自分を取り戻していく辺りは堂に入った描写となり、そこでは観光客が知らない函館の夜の街の表情や住人の姿が鏤められていてなかなかに興味深いものがあります。
しかし圧巻は1954年、昭和29年の台風マリーで海没した洞爺丸の惨劇で、この巨大な連絡船が嵐の海に呑まれてゆく光景を、作者はあたかも3月11日の大津波に亡くなった御霊の鎮魂譜のように、痛々しくも厳かに描破してのけたのでした。
十二所神社のバス停で座りこんでたあなたが待っていたものは何 蝶人
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