闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.256
井伏鱒二の原作を渋谷実が1952年に映画化したモノクロ作品で、柳永二郎扮する医者がたまさかの休診日もなげうって滅私奉公する献身的な医師を演じている。むかしは医は仁術をまともに実践する「赤ひげ医者」が日本中のあちこちで健在だったのである。
冒頭で大阪から上京してきた娘が悪い奴にだまされて暴行されるので、どうも憂鬱な気分になるが、貧しい長屋の住人たちのやっさもっさのドタバタ話のほとぼりが覚めた後は、三國連太郎扮する頭のおかしい軍隊帰りが、狂気と現実とが幻想的に一体化するめくるめく夕焼けのラストに突入して、観客の襟を粛然と正さしむるのである。
かのワーグナーと同様、井伏もまた人間と人世の真実が無垢なしょうぐあい者の狂気の心底に存することを洞察していた芸術家のひとりであった。
なおこの映画ではその他淡島千景、鶴田浩二、佐田啓二、角梨枝子、岸惠子などが出演している。
「じゃあまた」と明るく別れを告げたり吉田秀和『名曲のたのしみ』 蝶人
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