♪音楽千夜一夜 第259回
レバインが病気降板したNYのメトでは凡庸な指揮者どもの登板と楽員の質の急速な低下で惨憺たるアンサンブルの乱れを呈し、ウイーン国立とミラノスカラ座また低迷久しい現在、アントニオ・パッパーノが指揮するコベントガーデンほど充実した演奏を繰り広げているオペラハウスは、世界でも稀ではないかと思うのだ。
これは両者のコンビがかつてのショルテイ時代を超える高みに到達していることを確信させる素晴らしいトスカの公演ライヴであった。
1幕はヨナス・カウフマンのカバラッドッシとアンジェラ・ゲオルギューのトスカのノリがいまいちだが、ブリン・ターフェルのスカルピアが登場すると場が俄かに引き締まり、画家と高名な歌手の2人を我がものにするとイヤーゴのように歌いあげると凄い喝采が贈られるんだ。
2幕はターフェルの黒い欲情が全開。ろうたけた美女を我がものにせんと迫真の演技で迫るとパッパーノはオケをあおりにあおるので、すべての男性観衆は、ゲオルギューのあの豊かな乳房をギューと鷲掴みにしたいしたいと完全に肉欲のとりことなってしまうのである!
そして突然暗闇にくず折れたゲオルギューが静かに歌い始める「歌に生き、恋に生き」の素晴らしさを何に譬えよう。恐らくかつてカラスが所も同じロイヤルオペラで歌って以来の奇跡的な名演であろう。虫も殺さぬトスカが冷酷無比な暴虐の独裁者をナイフで刺し殺し、「お前は女に殺されるのだ」と絶叫する場面、荘厳な逆光を浴びて退場する幕切れも圧倒的な感銘を与えずにはおかない。
終幕のトスカの投身も鮮やかで、ここでもジョナサン・ケントの演出が冴えわたる。これはNHKの衛星放送で上映された映像だが、間違いなく歴代ビデオの5指に入る名演奏だろうね。
吉田翁死して「名曲のたのしみ」残れり本年中は放送し続けるという 蝶人
No comments:
Post a Comment