照る日曇る日 第519回
原題は「Findings」という素晴らしいタイトルなのに、なんでこういう邦題になってしまうのだろう。彼は生涯に5冊の本を書いたそうだが、これが最後の著作で、いわば自叙伝的な作品であるという。それは良いとしても彼のハーヴァード大学の卒論やら誰それへの書簡やら日記のようなメモやらエッセイやインタビューやスピーチやらの集積が時系列で並べてあるだけで、統一的な視点はまるでない。いわば玉石混交の寄せ集めであるが、多くの細石に混じってたまにきらりと光る原石も散見できるので、大のレニーファン出ない人にもそれなりの存在理由もあるのだろう。
イスラエル・フィルの指揮者になることを決意した折のインタビューで、「自分は国家主義者ではない。あらゆる国境や境界線が撤廃され、パスポート、関税、検問、國歌がなくなれば素晴らしい」と語るレニーはいかにも彼らしいし、フランスのピアニスト、ナディア・ブーランジェの臨終に立ち会った2人の会話もこの世のものとも思えない美しさと哀しみにあふれている。
彼は昔からマーラーが得意だったが、この音楽に関しては「マーラーはn倍されたドイツ音楽である」と断じていて、なるほど彼の最高傑作である「大地の歌」にはバッハからワーグナーに至る偉大なドイツ音楽のすべてのエッセンスが混入していることにはじめて気付かされた。
ではベートーヴェンはどうかというと、「もはや全てが語り尽くされているはずの第9交響曲に、私は可愛らしさを発見したのです」と、我ながら驚いたように1970年に述懐している。
「ベトちゃんの可愛らしさとはロココ趣味でもモザール風の洗練でもなく、子供のように信じる純粋な単純さです。子供のように信じること以上に可愛らしいことがあるでしょうか。それは完全であり圧倒的です」と述べたレニーは、第3楽章と終楽章の解釈に触れて、「ベートーヴェンが子供から触発された「兄弟たちよ」「歓喜よ」という叫びを信じ、どこまでも彼と共に進まなければ絶対に演奏不可能なのです」と断じ、「彼の思想よ音楽を不滅にするのは彼の信念がもつ、抗いがたい可愛らしさなのです」と結んでいる。
「可愛い」は平成ニッポンのファッションのキイワードとばかり思っていたが、なんとバーンスタインの熱血ベートーヴェン演奏の合言葉だったのである!
またレニーは、1980年5月30日に米国ジョンズ・ホプキンズ大学の卒業式で行われた講演でイェーツの「再臨」の1節を引用していて、今なおわれらの心臓をグサリと刺す。
「血に混濁した潮が解き放たれ、いたるところで無垢の典礼が水に呑まれる
最良の者たちがあらゆる信念を見失い、最悪の者らは強烈な情熱に満ち満ちている。」(岡野弁訳)
日本アカデミー賞より聞きごたえがあったなあAKB女子の入賞スピーチ 蝶人
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