Monday, October 24, 2011

さようなら「青砥」


鎌倉ちょっと不思議な物語244バガテルop146

いつもその前の道路をバスで通っていながら気がつかなかったのだが、青砥橋のバス停の近所にあった家庭料理屋の「青砥」がこの3月に閉店していた。

素材を吟味した質朴な家庭料理を上品な家庭婦人が饗するこのひなびた民家の店がこの地に開店したのは、戦後間もなくのことであったらしい。

すぐ近所には浄妙寺や報国寺があるというのに観光客が少なく、いつ行っても空いていてリーズナブルな値段でシンプルな四季折々の日本料理を供してくれるこの店は私の大のお気に入りで、親族の冠婚葬祭の集いにもよく利用したものだった。

離れの日本間の別室では、滑川の向こうの杉林や竹林、庭の植え込みの木々が来客を歓迎してくれるのだが、各室の部屋の床の間には孤高の洋画家熊谷守一(もりかず)の書「五風十雨」が掛けてあった。

いつぞやの集いでもその立派な書をみんなで褒めていると、お店の方が特別サービスで守一95歳の折の書「一去一来」も見せてくださった。最晩年の枯れた書体が背景の軸物の薄茶色や床に活けられた秋海棠と映えて情趣深いものがあった。


 ちなみに「五風十雨」とは5日ごとに風が吹き、10日ごとに雨が降る農作物にとって最善の状態をさし、「一去一来」とは、ひとり去ればまた別の人が訪れる世の中の無常迅速をいうが、鎌倉生まれの鎌倉育ちの由緒ある名店が去ったあとにはいったいどのような珍客が訪れるのであろう。またあの店のおばさんたちや守一の名品はいったいいずこへと流れてゆくのであろうか? 

閉店を告げるポスターの上を、今日も秋風が吹き過ぎる。

さらば青砥五風十雨の恵一去一来の所縁哉 蝶人

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