Saturday, October 15, 2011

桐野夏生著「緑の毒」を読んで


照る日曇る日第459

タイトルに魅せられて読んだが、奇妙な失敗作というべきか。

開業医が水曜日の夜に手当たり次第に住居に不法侵入してスタンガンで気絶させ、麻酔薬を注射して婦女暴行するという話には大いに興味を抱いたのであるが、いったいどうしてそういう事に及ぼうとしたのかという動機が最後まで不明であった。

もしかするとそれは「当方の不明」によるものかもしれないが、いくら同業の医師である妻との関係がおもわしくないからといって、この若くて、お洒落で、金離れのよい東京の開業医が、なにを血迷ってだか連続レイプ事件を引き起こす「遺伝子異常」以外のなんらの必然性も感じられず、そんなことは頭の良い著者だって充分分かったうえで書いているに違いない。

だとすれば、これは暴行された女性たちの被害者同盟や復讐を誓う者たちの怒りや悲しみがいちおうもっともらしく描かれているとはいうものの、お話の本質は医師や病院を舞台にした一種の通俗娯楽小説であって、ここには最近著者が提起した「東京島」や「ナニカアル」などの文学的人生的サムシングは皆無なのであった。

少年の眼の塵をぞろりと舐めて取りしは祖父小太郎 蝶人

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