Sunday, September 30, 2012

西村雄一郎著「殉愛 原節子と小津安二郎」を読んで



照る日曇る日第542

家から歩いて10分くらいのところにこの大スタアが住んでいたので、けっしてパパラッチということではなくて散歩がてら浄妙寺まで出かけたものだったが、家内と違ってとうとうその実際のお姿を瞥見することは叶わなかった。

小学館の元編集者でかの「日本国憲法」をものした島本脩二さんも、かつてここで何日も張り込みを続けたそうだが、結局駄目だったという。

浄妙寺の隣の熊谷さんと家内は顔見知りだったが、その熊谷さんの父親が原節子の姉の連れ合いであり、戦前戦後に活躍した映画監督兼プロデューサーであり、この「永遠の処女」の処女を奪ったかもしれない、などと噂されているとは知らなかった。

その噂を信じた東宝の元社長の藤本真澄が原節子への恋を諦め、しかし彼女を経済的に庇護し続けたのみならず、パパラッチどもの特ダネ情報の公表を何度も阻止していたとは、これまたついぞ知らなかった。

そういう下世話な話が満載の実録ドキュメンタリーでもあるのだが、本書は表題のとおり、この日本映画界を代表するビッグネームが生涯にわたって貫き通したプラトニック・ラヴを巡る考察と推論であり、「麦秋」などの作品に影を落とした彼の戦争体験について具体的に言及した初めての解説書でもある。

小津の有名なロー・アングルは、正確には「ロー・ポジション、水平アングル」であることや、全作品で台詞のラスト10コマと次の台詞の冒頭の6コマの合計16コマ、3分の2秒が必ず空けられており、これが彼の映画に独特のテムポを創造したことなども、私は本書で初めて教えられた。

こういう人の娘さんならと結婚しましたいまの家内と 蝶人


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