Friday, September 14, 2012

「古井由吉自撰作品5」を読んで




照る日曇る日第538

本巻ではいずれも福武書店から1983年に刊行された「槿」と1986年刊の「眉雨」の2冊の単行本を収録しているが、前者の方がはるかに読みでがあった。

 読みでがあると書いたものの、そこで2段組307頁にもまたがって延々と果てしも無く牛の涎のごとく書きつらねてあるのは、中年の男性の主人公杉尾と、同じく中年の女性、井出伊子、萱島國子、行きつけのバアの女将をめぐる精神と肉体の相姦関係、異様なまでの蝮の絡み合いである。

 そこでは主人公に犯されたことがあると主張する者や、実際に犯されてしまう者が登場するのだが、それであるかといってこの本はポルノ小説などでは断じてなく、人世に悩める男女がこの難しい世の中にあってなんとか破綻寸前の彼らの生き方を立て直そうと真摯に努力している点で、むしろ際立って倫理的な特色を示しているのである。

 しかしながら、この全篇に臭い立つ成熟し切った女性の隠微な肉欲と饐えた体臭はいったいなんだろう。次から次に押し寄せる女軍の霊肉一体の攻勢を避けようともせずに真正面から受け止めてしっかと立つ主人公こそ、現代に生きる中年男の理想であろう。

 それにしても、この家の根方にがっつり巣食うているはずの主人公の山の神についてほとんど叙述が無いのは摩訶不思議だ。

横須賀のマクドナルドで口にした1杯100円のコーヒーの不味さよ 蝶人


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