Saturday, September 22, 2012

「古井由吉自撰作品四」を読んで



照る日曇る日第540


その日、下駄屋の息子の僕は下駄ばきだった。出町柳から八瀬まで叡山電鉄で行き、そこから叡山ロープウエイに乗って終点で降りた。降りたのは僕たち四人だけだった。

時刻はまだ早く、午前九時くらいだった。駅の目の前にお化け屋敷があり、学生アルバイトが盛んに客引きをしていた。僕たちは別にお化け屋敷に登るつもりは毛頭なかったのだが、急ぐ旅でもなし、ちょっと寄って行こうかということになった。

入口の手前で五,六人の学生が立ち話をしていたが、呼び込みの学生が、「さあお客さんだよ。早く持ち場についた、ついた」と声をかけると、吸いさしの煙草をその場に投げ捨てて三三五五屋敷の内部に入っていった。

最初の部屋に入った途端、ヒュードロドロという音が聞こえたので、僕はたまらず「わあ!」と叫んで入口まで全速力で引き返すと、だいぶ前まで進んでいた友人たちも仕方なく戻ってきた。

それから態勢を整え直した僕たちは根本中堂に集結し、口々にラアラアと叫びながら切り立った断崖絶壁から坂本めがけて四匹のましらのように突進し、数時間かけて琵琶湖畔に呆然と立ち尽くしていたのだが、そこで遭遇した様々な物の毛や奇怪な想念などについては本巻に収録された「山躁賦」を参照してもらいたい。

茫々数十年、青春の門に立った洟垂れ小僧たちがその後いかなる運命を辿ったかについては、誰も知らない。

山からうみへどどししどっど死地に乗りいる四騎あり 蝶人

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