Friday, March 06, 2009

橋本征子著・詩集「闇の乳房」(1999年刊)を読んで

照る日曇る日第238回


北の女流詩人による第2詩集である。

6年前に刊行された処女詩集「夏の呪文」に比べると、さらに発想が柔軟なものとなり、詩的言語はいっそう自在に駆使されるようになる。

詩人は、目の前にあるもの、たとえば、にんじん、さくらんぼ、ピーマン、すいか、茄子、しいたけ、とうもろこし、たまねぎ、トマト、胡蝶蘭、百合根、ブロッコリー、キャベツ、れんこん、クレソン、などのさまざまな野菜を取り上げて、これをしみじみと眺め、ゆっくりくりと手に取り、ざっくりと包丁を入れ、生で、あるいはたちどころに調理して、おいしそうに食べてしまう。すると見事な詩が出来上がっている。例えば次のように。

ブロッコリー

店先にこんもりと積まれたブロッ
コリーがひとつ不意にころがり落
ちた 手をのばしてつかみとると
黄緑色の太い茎から水が滴り わ
たしの掌を濡らして 指のつけ根
に暗い沼が広がった

ふつふつとたぎる湯でゆでたブロ
ッコリーを皿に盛る どこまでも
深まってゆく緑の血 かすかに開
いた無数の花蕾に悪夢の膿んだ匂
いがたちのぼってくる つぎつぎ
と引き裂くわたしの指の先に わ
たしの生まれる前のからだのしく
みがよみがえってくる

しっかりとたくわえられたゆたか
な乳房 ぽってりと厚いのびやか
な四肢 たっぷりと水をふくんだ
あまい耳 金の鍵がかかったわた
しの細胞 まあるく まあるくな
って ただ漂うだけの充ちたりた
眠り

光る刃 産道の小径は冷く 遠く
に海鳴りの音がする 生まれ得る
ために削られ えぐりとられてゆ
くわたしの王国 その凹みに 命
のさみしさが滞り 地球の自転の
かなしさが響く

熟れすぎたかたちが崩れゆく寸前
でかろうじて 生とつり合ってい
る緑の球形 ああ この昏さのな
かで育つがよい 亡くなったわた
しのからだ


この詩の第3連を読むたびに、私はこの北の女流詩人の懐かしい声音と丸い体躯と瞳に宿るいのちの烈々とした輝きを思い出さずにはいられない。


蛇のような棒か棒のような蛇か 茫洋

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