Sunday, March 01, 2009

半藤一利著「幕末史」を読んで その1

照る日曇る日第233回

東京生まれの東京育ち、しかも祖父が戊辰戦争で官軍と奮戦した越後長岡藩出身という著者ならではの、じつに面白くてとても為になる幕末・明治10年史である。

当然ながら基本的には薩長嫌いの著者は、漱石や荷風同様、明治維新を「維新」ととらえるよりは、徳川(とくせん)家の瓦解、という視点からこの「暴力革命」の日々を眺めていくことになるわけであるが、しかしご本人がそう芝居がかって意気込むわりには、西郷も大久保も木戸も坂本も否定的に描かれているわけではない。

また著者ごひいきの勝海舟を引き倒していることもない。むしろ類書よりも彼らの行蔵を温かく親切に見守っている趣もあり、この人の懐の深さが思い知られるのである。

明治史を成り上がりの薩長とそれ以外の諸藩の内紛の歴史、つまり戊辰戦争の拡大ヴァージョンとして語ることは一面的であるかもしれないが、まさしく「長の陸軍、薩の海軍」、昭和になっても官軍閥が強力に存在していたのは間違いがない。

永井荷風は「大日本帝国は薩長がつくり、薩長が滅ぼした」と語ったそうだが、太平洋戦争直前の海軍中央部は薩長の揃い踏み。こいつらが日本をめちゃめちゃにした挙句、最後の最後に国家滅亡を救ったのが関宿藩出身の鈴木貫太郎、盛岡藩の米内光政、仙台藩の井上成美の賊軍トリオという不思議な暗合も因縁めいて興味深いものがある。

著者いわく。「これら差別された賊軍出身者が、国を救ったのである。」


勝てば官軍負ければ賊軍勝たず負けず不戦で行きたし 茫洋

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