照る日曇る日第121回
どことなくブロンテの「嵐が丘」を思わせる小説である。ただ「嵐が丘」がヒースが冷たい風に吹かれる荒涼たる北の国を舞台にしていたのに対して、こちらはモンスーンとタイフーンが太平洋から押し寄せるインドシナ半島の南の国の物語という違いはあるが、どちらも神話的な男と女が登場する愛の物語であることに変わりはない。
老母と2人の兄妹が壊れかけたバンガローに住んでいる。そこは毎年必ず海から押し寄せる高波のためにあらゆる家も田畑も耕作物も根こそぎ押し流されてしまう。にもかかわらず年々歳々稲を植えては流されてしまうフランス移民のその老婆の孤立無援の戦いは、さながらシジフォスの神話である。全財産をはたき、100人の百姓を指揮して構築した巨大な堤防が田んぼに棲む蟹に食い尽くされてあえなく崩壊してしまうさまは、悪意ある天地と大自然に挑む勇気ある人間の蟷螂さながらの不屈の戦いを象徴しているようだ。
ここは貧困とコレラと死と闘争に覆い尽くされた不毛の干拓地である。たえず生まれてはたえず死んでいく子供たち、永遠に君臨する太陽、水浸しの果てしない空間。そこに登場するヒースクリフのような老母の息子やキャサリンのような娘、町からやってくるリントンのような、アーンショウのような男たちとの間で繰り広げられる荒々しい、また純な恋。
荒蕪地にすっくとそそりたつそれら人物の造型は、輪郭がくっきりとしており、皮膚の隅々にまで熱い血がいきわたっており、新しい読者の共感を呼ぶことだろう。えぐいぞ、デュラス。
♪自動的に人間にピントが合うという新型カメラを私は買うまい 茫洋
♪まずは蝶、次には花と水と土この順番にフォーカスしなさい 茫洋
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