Saturday, April 28, 2012

マリオ・バルガス=リョサ著「チボの狂宴」を読んで




照る日曇る日第512

 ドミニカ共和国を30年以上に亘って完璧に独裁したトルヒーヨの全盛時代とその栄光の座からの転落を、あざやかに描破した南米文学の最高傑作です。

 この「祖国の恩人」、「国家再建の父」が、その持って生まれた才覚と熱情と勤勉を武器に軍事政治経済社会の中枢を一身に掌握していく有様、また奴隷のように盲従する手下たちの己むを得ざる卑しさ、そして独裁に挑むテロリストの命懸けの陰謀の進行を、私たちは隣室で見聞きしているような臨場感と共に手に汗握って体感できるのです。

 しかも著者は、数多くの歴史上の実在人物が登場するこのドキュメンタリーな物語を、時系列を無視した人物ごとの複合的な視点からいくたびも語り直すので、その都度小説は新たな輝きと微妙な陰影を帯びて歴史の裏舞台からいきいきと立ち上がります。 
 
 漸くにして独裁者を斃したにもかかわらず、味方の将軍の裏切りで捕えられ、陰嚢を切断されるなど身の毛もよだつ拷問の末に惨殺されてゆく暗殺者たちの末路こそ哀れなるかな! しかもあと数カ月年生き延びれば「英雄」の称号が贈られたとあれば、歴史の皮肉と野蛮を痛感せざるをえません。

しかしこの小説で一番印象に残ったのは、「チボ(発情期の雄山羊)」と呼ばれた大元帥の挫折のシーンです。美しき人身御供の無数の処女膜を強靭な男根で次々と突き破ってきた不敗の独裁者は、本書のヒロイン、ウラニア嬢のフェラチオをもってしても勃起しません。怒りにまかせてそれを指で破った後で70歳の老人はついにおいおいと泣きだすのですが、この回春の狂宴、一転して梟雄の屈辱の夜こそが、独裁制の実質的な終焉の刻だったのです。

粥の如き精液が出る男哉 蝶人

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